バーチャルグランドオーダー
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1 名前:名無しさん[age] 投稿日:2020/11/10 06:35:39 ID:e2ryl5IgSn
鯖化Vtuberを皆で妄想するスレ様から着想を頂いて書くSSの長い奴です

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684 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/08/05 22:49:42 ID:q6Yw34Fi0n
>>683
 ばあちゃるのナイフが振り抜かれる。短期間に何度も衝撃を受けた甲殻がついに崩壊を始めた。一振り毎に舞い散る破片と血。
 苦し紛れに振り回される節足は掠りすらしない。

「7/\……止/wh;」

 ついにラフムの動きが止まり、弱々しい呟きを漏らすだけになった。別に死にかけている訳ではない。傷は決して浅くないがまだ戦える。
 ただ……心がポッキリと折れてしまったのだ。
 生まれつき強靭な体を持ち、天敵も寿命も病もないラフムにとって『死』の迫る感覚は余りにも恐ろしかった。それは幼子が闇を恐れたり、大人が未来を恐れたりするのと同じ、『未知』への恐怖であった。

「……大技の準備っすかね?」

 しかし、ばあちゃるは止まらない。ひたすら攻撃し続けている。
 当然の帰結だ。言葉が通じない以上、ラフムの心が折れている事なんて解るハズがない。これは人と怪物の殺し合いで、人同士の戦いとは違う。
 そもそもこれはラフムの方から仕掛けた殺し合いだ。

 葬儀もほぼ終わりとなり、場に静寂が満ち始める。ばあちゃるがラフムを砕き、裂く音だけが無機質に響く。岩の大地に祈りと血がしみ込む。

「……溺;.94u眠気、氷k94i冷qeuitk指先。b;fuyq@? 0qdk知oue感覚q@」

 最早抗う気力すらない。死ぬのは恐ろしく、それ故に向き合う事も抗う事も困難であった。真の恐怖とはそういうモノだ。
 ラフムは観念して瞼(にあたる器官)を閉じる。

「…………?」

 しかし、何時まで経ってもラフムに死の気配が迫ってこない。怯え切った怪物はナメクジのようにゆっくりと目を開き、そしてばあちゃるがナイフを納めるのを見た。

685 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/08/05 22:51:08 ID:q6Yw34Fi0n
>>684

 ──────別に、ばあちゃるが突然怪物愛護に目覚めたとかそういう事はない。ウルクの長の死を察知しそちらを優先しただけだ。
 ウルクの長、ビルガメスは死んだ。その死は実に静かなモノだった。岩の如き存在から本物の岩へ。それは本当に些細な”変化”だった。それでも尚、生死の境に横たわる差は歴然としている。
 『長であったあの岩は、もう生きていない』。理屈ではなく心でそれが解ってしまう。眠りと死の違いが解るのと同じように。

「……」

 長の死を察知した瞬間、ばあちゃるは戦士から人間に戻った。戦士には祈る為の手がないから。
 もしラフムが健在ならこんな事は絶対にしなかっただろう。だが、もうラフムは動いていなかった。勿論それでも多少のリスクはあったが、色々と世話になった長の死を軽いモノにしたくない気持ちが勝ったのだ。

「…………」

 長への黙&#31153;を終えた ばあちゃる はラフムの方へ向き直る。ナイフはまだ抜かない。『今退くなら見逃す』と態度で示している。
 彼のメッセージを受け取ったラフムは少し迷った様子を見せたものの、結局は大人しく去って行った。

「m4b@/yq@」

「……フゥ」

 ──────ラフムが完全に去ったのを確認し、ばあちゃるは覆面の中で安堵の溜息をつく。もちろん相手を殺す覚悟はあったし殺す気でもいた。だが、殺さないで済むならそれが一番だ。
 ばあちゃるはその場に座り込み、覆面のすそを持ち上げる。そして戦闘中に流れた汗と血を拭いた。

「よくよく考えてみたら……後で改めてウルクの人達に襲い掛かってくるかも知れないっすねハイ…………」

686 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/08/05 22:51:52 ID:q6Yw34Fi0n
>>685
「その時は俺たちで倒すさ。ありがとう、俺らの為に戦ってくれて。お陰で葬儀をつつがなく行えた」ウルクの男性が近づいてくる。葬儀の時にばあちゃると話した人だ。

「オイラの勝手な恩返しですよ」

 小さくアゴを上げ、ばあちゃるは頬の下側をポリポリと掻く。

「その恩返しに恩返しがしたいんだ。これを…………受け取ってくれ」

「……これは?」

 男がばあちゃるの手にナニカを押し付けた。ごく小さな黒色の石と──────半分に割れた大きな水晶玉を。

「石の方は、俺らの岩石化を使えるようになるブツだ。飲めば使えるようになる。あそこの岬にでっかい立方体があるだろ? アレがこいつを生産してくれるんだ。まぁ原理も由来も解らねえんだけどな。
 それと、渡した俺がいうのもなんだが、可能な限り飲まない事をオススメする。岩石化の代償は人間性だ。だがそれを差し引いても、役に立つ。そんで水晶玉の方は──────」

 ウルクの男は岩製の顔面に悪戯っぽい笑みを浮かべ、ばあちゃるの耳元に口を当てた。

「ウルクの秘宝、導きの灯だ。万民を楽園に導く灯さ」

「えっ!? そ、そんな大切なモノ貰えないっすよ!」

 ばあちゃるは水晶玉から手を離す。

「良いんだ。というか……貰ってくれ、頼む。
 ぶっちゃけこれさ、楽園信仰で生まれたなんちゃって秘宝なんだよ。灯とかいう癖に今まで一度も光った事ないし…………だからさ、こいつの幻想を終わらせて欲しいんだ。
 いつも悩んでた使命を終えたら、またこの島に戻って来てくれ。数年はここらの近くで待ってるから。そんでどんな島に行って、どんな冒険してきたか教えてくれよ。それで……………………『灯はなんの役にも立たなかったので、路銀の足しにしました』なんて風に言ってくれ」

「それは…………流石に」

687 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/08/05 22:52:09 ID:q6Yw34Fi0n
>>686

「頼む。お願いだ。とっくのとうに廃れた楽園信仰の秘宝なんて持ち続けているから……俺たちは楽園への幻想を捨てられないんだ。
 とっくに廃れた信仰を忘れられないんだ。今代の長が死んで、お前等がきた。今が切り替えの時なんだ、今を逃せばまたズルズルと縋ってしまう」

 少し寂しそうな、男の優しい声。男は口元の笑みを保ったままに瞼を伏せる。

「でも……アナタが良くても他の人達はどうなんですか?」

「これはウルクの皆で決めた事なんだ。次代の長に選ばれた、俺を中心にしてな」

「……」

 ばあちゃるが周囲を見渡すと、偶然目の合ったウルクが彼に向かって頷いた。男の言葉はウソではないらしい。
 いつの間にか近くにいた2CHが口を開く。

「彼の願いを聞いてあげてはどうですか…………と、提案します。一般的な道徳に反している訳でもないですし」

「…………解りましたよハイ。幻想の終了、しかと成し遂げて見せるっす」

 ばあちゃるは割れた水晶玉を改めて受け取った。それはズシリと重かった。

688 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/08/05 22:59:12 ID:q6Yw34Fi0n
馬の実質強化回&秘宝ゲット回でした
ボスの歌配信よかった…………

因みに、ラフムのセリフは
https://yt8492.com/RafmanTranslator/
から翻訳できます
原作だとラフムの言葉に(確か)漢字は入りませんが

大まかなラフムの意図を解るようにしたい&この世界でのラフムが怪物から一生物へと変化し始めている(情緒が育って来ている)事を表現するために敢えてこうしました

今回のbgm
https://www.youtube.com/watch?v=zuZsWKEWkCI&list=PLlc4VauHL1hCdN6g7tv1jNlX4DX0kfvcS

689 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/08/06 06:07:26 ID:LX7QHWCF2J
おっつおっつ、馬はどこまで強くなってもなんとなく許される、気がする

690 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/08/06 08:06:13 ID:q6Yw34Fi0n
>>689
馬は1章毎に強化イベント入れてく予定です!

691 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/08/31 22:46:04 ID:hamsIBvE6d
>>687


「いやー、皆優しい人でしたねハイ」

「……ですね」

 ばあちゃると2CHは海の上にいた。ウルクの皆が作ってくれた船に揺られて。
 動物の骨を組み合わせて、隙間を砂とサンドワームの分泌物で固めた特性の船。本来は死者の霊魂を運ぶ為の船、長距離の航行など想定されていないそうだが……今回は特別丈夫に作ってくれたので問題ないらしい。
 少なくとも今は問題ないので、多分この先も大丈夫だろう。
 心地の良い潮風が二人のほおを撫でる。2CHが愉快そうに頭を揺らした。

「ずいぶんと上機嫌っすね。良い事でもあったんすか?」

「ハイ……実はですね、ウルクの人達が岩石化の力を手に入れるのに使っていたモノリス。
 アレは私の創造主が作ったモノなんですよ。つまりあの場所に、私の創造主達はたどり着いたという事……そして、その痕跡がウルクの人達を助けたという事。
 つまり、生き残りをかけて海へでた創造主の行動は無駄ではありませんでした」

 ばあちゃるは心底から驚いて身を乗り出す。骨船がこれまた愉快そうにノタリと揺れた。

「えっ、おめでとうございますハイ! ……でもなんでソレをウルクの人達に言わなかったんすか?」

692 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/08/31 22:47:02 ID:hamsIBvE6d
>>691
「私が思うに、彼らの『楽園信仰』は私の創造主が齎したモノだと思っております。異界の技術を携えてやってきた流れ者の話す、懐かしき故郷の話。それに尾ひれがついて楽園信仰に繋がったと推測できます。
 つまり、ある意味で楽園は実在します。しかし……あの人数を連れて行くのはまず不可能です。かなり遠く険しい場所にありますから。
 仮に十分な量の船があったとしてもたどり着く前に絶対半分以上は沈みます。二割辿りつければ万々歳といった所…………しかし、それでも人の憧れはきっと止められません。楽園の実在を知ればなんとしてでも辿りつこうとしてしまうでしょう」

「知らない方がいい過去もある……という事ですかハイ」

「そういう事です。あの人達は遠い楽園から目を離し、自分たちに目を向けようとしていました。部外者である私たちが、その意思を踏みにじってはいけません」

 そう言い切る2CHの表情は寂しげで、しかしそれ以上に嬉しそうだった。
 ばあちゃるが骨とサンドワームの皮で出来たオールを回す。

「2CHさんがそれでいいならオイラは何も言いません。でも……この先は何を目的にするんすか? 創造主の結末を見届けるって目的は果たしちゃいましたよね?」

「もしかしたら……あの砂漠以外にも創造主が辿り着いているかもしれません。なので世界中を周り、創造主の痕跡をコンプリートしてみようかと」

「なんかゲームのやりこみプレイみたいっすね」

「まあ1000年以上生きていますからね。実際そんな感じですよ」

 2CHは自身の蒼い長髪を細い指先でくしとかし、肩をシニカルに竦めた。

693 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/08/31 22:47:55 ID:hamsIBvE6d
>>692
「──────ところで、オイラ達って2CHの故郷に向かう予定なんですよね? そこでオイラの記憶を取り戻す為に」
「ハイ」
「その場所には、二割辿りつければ万々歳なんすよね?」
「…………ハイ、そうです」
「……中々ハードな旅になりそうっすねハイ」

 波濤の向こうに小さく見える砂漠の島。更に遠くに見える緑色の島。潜航して船を狙う巨大肉食魚。
 一人と一機の旅はまだまだ始まったばかりだった。



閑話休題
マリン視点・嵐から半日後

「皆! 何人生きてる!?」

 どこかの海岸で、マリンの元気な声が響く。
 海岸には真っ二つに折れた船……もとい船であった木材の塊が漂着している。その木材にぐったりともたれ掛かった船員達。

 嵐を伴った真鍮色の巨獣、グガランナによりマリンの船は壊滅してしまった。あの巨獣は滅多に出会う存在ではないので、今回の航海ではかなり運が悪かったと言える。

 元気そうなのは、フリントロック(式の銃)をクルクルと回しながら海岸を歩くマリンだけ。
 船員の一人────副船長格の男────が精一杯の声を張り上げてマリンの質問に答える。

「今回死んだのは少しです! なので生き残ってる数は……たくさんいます!」

「それじゃ報告にならないって。ラークはどうしたの!? アイツなら100まで数えられるでしょ! それかあの、航海士やってる男の子!」

694 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/08/31 22:48:43 ID:hamsIBvE6d
>>693
「航海士なら、ペンが脳天にぶっ刺さって死にました! 嵐で船が揺れた拍子に! ラーク船長は……なんか、船から飛ばされた客人を追って海に飛び込みました」

 副船長の答えを聞き、マリンは困ったように頭を掻く。

「ありゃまぁ。航海士の子は死んじゃったのか。まだ若かったのにね。ラークはどうせ生きてるとして……どうしよっかなぁ。
 別に私が航海士やっても良いんだけどさ、そうすると不測の事態に対応できなくなるかもなんだよね。人員も結構減っちゃったし、ここらでそろそろ人材を補充するべきかもね。近くの街を探して訪ねようか!」

 フリントロックでジャグリングモドキをしながらマリンは呟く。その呟きを耳ざとい平船員が聞きつけた。

「おっ、補充ですか。補充って事は略奪ですか大船長!」

「そんな訳ないでしょ! マリンは海賊団で堅気に手を出すのはルール違反だよ!」

「……じゃあ、堅気相手じゃなけりゃOKってことですか大船長!」

「もちろん。悪人相手ならじゃんじゃん略奪しちゃって良いよ! …………といってもまあ、まずは街を見つけないと略奪もクソもないけどね!」

 そう言って肩を竦めるマリンの表情に、船員を失った悲しみは微塵もない。船員達にも悲壮感は一切ない。

 船旅というのは人が死んで当たり前。怪物、悪霊、疫病、食糧不足、水不足、仲間の諍い、呪い、アーティファクト、意味不明な災害…………とにかく色んな理由で人が死ぬ。死ぬだけならまだマシで、死ぬより酷い目に会う事だってザラにある。
 今回の災害ですら”酷い部類”と言うだけであって、最悪には程遠い。

695 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/08/31 22:49:03 ID:hamsIBvE6d
>>694
 ──────しかしこの特異点における海賊というのは、そういったリスクを理解した上で海に漕ぎだしてしまった、本当にどうしようもない生物なのだ。死への恐怖など微塵もない。仲間の死に悲しみなどしない。死に方次第ではむしろ羨望の対象になる。

「大船長、遠くに飯炊きの煙が見えます!」

「良いね! でかした!」

 この特異点の島は常にその座標が流動し、それ故に確かな航路と言うモノが存在しない。どれほどの短距離であっても常にリスクが付きまとう。
 マトモな悪党であれば大人しく山賊や盗賊をする。そちらの方が安全だから。
 故に、この特異点における海賊というのは、すべからくロマンと冒険の中毒者と言えよう。
 そしてそれはマリンとて例外ではない。

「指針が決まったよ! シャキッとしな野郎共! 冒険のお時間だよ!」

「「いよっしゃあ!」」

 ”冒険”という言葉を聞いて途端に元気を取り戻した船員達。マリンは彼らを引き連れて冒険に出る。マリンも彼らも皆一様に口角が持ち上がっていた。

 ……生者が皆去った後の海岸には、船の残骸と幾人かの死体が残されているのみ。
 『やっちまった』とでも言いたげな表情をした死体達を、大きな海鳥達が無慈悲についばんでいった。



シロ視点・嵐から半日後

「………う、ん……」

 酷く乱れた平衡感覚。泥のように重い体。シロは手をつき、強引に体を引き起こす。
 周囲を見渡す。シロが立っている場所は小さな砂浜。近くには鬱蒼と茂る森。木々の一本一本が異様に大きい。

「ここ……どこ?」

696 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/08/31 22:49:27 ID:hamsIBvE6d
>>695
 ──────あの時、真鍮色の巨獣が襲来した時。巨獣のまとう凄まじい嵐に船から弾きだされた時。ばあちゃるは折れたマストに吹き飛ばされてどこかに流されていった。生きているかどうか心配だ。
 ブイデアとの通信は繋がらない。嵐の時に壊れたな。
 シロがそんな事を考えていると、背後から微かに足音が聞こえて来た。シロは武器を出さずにそのまま振り向いた。知っている人間の足音だったからだ。

「シ、シロちゃん! 目覚めたんだね! 良かったよぉ!」

「うん……シロも会えて良かった。それで、シロは何日眠っていたの? シロとイオリちゃん以外には誰が流れ着いている?」

 抱きついてくるイオリの蒼髪をそっと手でくし解かし、シロは努めて明るく微笑む。

「えっとね、あのね、ラークさんと一緒にばあちゃるを探してみたんだよ? ただその、うん、色々と探すのが難しくって」

「ラークさん……マリンちゃんの部下だね。その人と一緒にいるって事で良いのかな?」

「そうだよシロちゃん! 今は食料の調達に行って貰っているんだ!」

「……そっか」

697 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/08/31 22:49:36 ID:hamsIBvE6d
>>696

 ポツリと呟くシロ。彼女の微笑みが少しだけ硬くなる。
 ばあちゃるが死亡し、シロが一人で流されていた可能性もあった。今の状況は最悪の事態から程遠い。だというのに彼女の心は酷く沈んでいた。
 蒼い瞳が静かに閉ざされる。シロは、イオリの鼓動と穏やかな波の音に耳を澄まして心を落ち着かせた。そして──────

「ギィッ!?」

 森の中から這い出してきた、半透明の怪物を撃ち抜く。英霊としての力を使い出現させた銃剣で。
 センチメンタルな空気が一瞬にして消し飛ぶ。イオリはシロに抱きつくのを止め、自身の護衛である”赤いオジサン”を出現させた。

「ねぇイオリちゃん。もしかしてここってさ──────」

「…………うん。多分シロちゃんが想像している通りかなってイオリは思うよ」

 ──────ここは、地球の何倍もの面積を持つこの特異点において、ブイデアが観測した中では最も過酷な生態系を持つ巨大な島である。
 英霊すら凌ぐ狂った生物が跳梁跋扈する島。その名は『アンダーヘル』。

698 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/08/31 22:54:10 ID:hamsIBvE6d
9月末締め切りの文学賞に応募する為ミステリーを執筆しており、投稿が遅れました……
今回出した海賊のイメージはピーターパンのフック船長がモデルです
あのコミカルさの端々から漏れ出る残虐さが好きです

そんな事よりシロちゃんの新オリソンが良き!

今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=AKaRUH5wPaQ&list=PLUjwA-Z4c05rAfdrDkQt8ZJP7iohktSIP&index=14

699 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/09/04 05:47:26 ID:HFdgt31p9L
おっつおっつ、海賊ってそのイメージよね、黒髭見てるとそう思う、オリソン良いよねぇ、ピノ様のライブも楽しみ

700 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/09/04 10:57:43 ID:8LX1kz8ctw
>>699
海賊はやっぱ愉快な悪でないとですからね
ただ、この特異点では”とある事情”から島に秘宝財宝の眠る確率がかなり高いため
fgoの海賊よりもロマンの比率がやや大きかったり

701 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/10/04 23:24:46 ID:FkFTKXVc1c
>>697
シロの日記

一日目
 私──シロの流れ着いた場所に日記が漂着していた。どうも嫌な感じのする日記だが、自分の思考を文字にして整理しないと気が狂いそう。
 それはそうと……食料と水は一週間分も残っている事をイオリちゃんから知らされた。
 何故そんなにあるのかと言うと、ラークが流される直前に水と食料を掻っ払っていったかららしい。
 そんな事する余裕があった辺り、ただ流された訳では無さそうだね。イオリちゃんにそれとなく警戒を促し……イヤ、この状況で不和を招く様な行動は良く無いか。
 因みにラークはいない。森の調査に行っているそうだ。

 現状補足
・ブイデアからの魔力供給は問題なし
・馬からの魔力供給は途絶えている、距離が離れているのだろう

二日目
 朝目覚めても馬がいない。まあ当然か。
 ラークが調査から戻ってきた。森の調査へ行ってきたとの事。
 やはりというか何と言うか……ここらの森は相当にヤバいらしい。
 まず昼間は鱗の怪物が森林の中を闊歩している。少しちょっかいを出してみたが、傷一つつかなかったみたい。
 どうも彼らは長時間は動けないようで、逃走自体はそこまで難しくなかったとの事。避けた方が賢明だね。

 他にも周囲から光と音を奪う獣、人食い樹木など注意すべき相手は多いっぽい。

 次に夜の森。
 夜は肉食性の蟲が跳梁跋扈するので森に住む猛獣すらマトモに行動できないらしい。
 樹上などに居ればやり過ごせるが、落ちたら終わりとの事。
 ……ラークはどうやって調査をしたのかな? 後で聞いてみよう。

702 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/10/04 23:25:02 ID:FkFTKXVc1c
>>701

三日目
 シロとイオリちゃんの二人で沿岸部の調査に行ってきた。ラークはお休みだ。
 沿岸部はほとんど岩がちで、常に濃い霧がかっている。
 奇妙な生態系が築かれており、何故かワカメ等を食って生きる水陸両生のヤギ、そこそこ凶暴な人型の水生生物(食料を少し与えたら大人しくなったが)、空飛ぶクラゲ、歌うフジツボなどを見かけた。
 フジツボの歌は聞いていると鬱々とした気分になる……しかし、ヤギがペースト状にした海藻を与えると歌が止まった。
 『歌が嫌なら栄養をよこせ』という事なのだろうか? なんとも悪質なジャイ〇ンだ。
 ……シロ達が流れ着いたような砂浜は見受けられない。不思議。

 一時間に一回ほど不自然に音の消える瞬間がある。音を食う生き物でもいるのだろうか?場合によっては有効活用できそうだ。
 明日も調査を続けよう。

四日目
 ラークに魔術で連絡を送り(彼も魔術使いだ)、調査に出かける。
 異様に静かだ。フジツボの歌はおろか、波の音すら聞こえない。霧が濃くなってきた。
 海が凪いでいる。


五日目
 おおきな  がいた
 きりのむこうに  がいた


六日目
 気がつくとあの砂浜で呆然と立っていた。となりにはイオリちゃんが居る。
 ラーク曰く『半日くらいの間、話しかけても体を揺らしても一切反応がなかった』との事……確かに昨日の記憶がない。日記を読み返しても意味不明な事がチョロっと書かれているだけ。
 体が冷えて仕方ない。
 もう沿岸部に近づくのはやめよう。あそこは異質過ぎる。

703 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/10/04 23:25:26 ID:FkFTKXVc1c
>>702

七日目
 手持ちの食料が底をつきそう。
 イオリちゃん、ラークと協議を重ねた結果『食料を調達しつつ森の奥へ足を伸ばす』ことに決まった。森から食料を調達しつつこの砂浜に拠点を築く案もあったが、そちらは不採用になった。
 ここはどうにも平穏すぎるから。
 森から獣が侵入してきたのも初日だけ……動物が寄り付かない場所には大抵理由があるんだよね。

八日目
 砂浜から物資を動かし、森の少し奥に拠点を作った。
 イオリちゃんもシロ、英霊が二人もいるので作業自体はすぐに終わったけど、一つだけ怖い事が。なんとシロ達が流れ着いた砂浜が消えていたのだ。
 土地ごと消えていた。不自然に抉れた海岸だけがあった。
 『安全な場所に擬態して人を食おうとする生き物だった』とかの仮説は立てられるけど……それに意味はないね。

九日目
 この森、食料がやたら取れる。
 水も果物から摂取できるし飢える心配はなさそう。
 にしても……リンゴとココナッツが同じ森に自生しているのはおかしくない? ぶっ飛んだ生態とかは『そういうモノ』として受け入れられるけど、こういうのは何か気になる。

 夜中には確かに肉食性の蟲が出てきた。こちらには何故か興味を示さない。
 気になってしばらく観察してみたところ『蟲たちは夜になっても巣に戻っていない、死ぬ戻るだけの体力がない』動物だけを狙っているのだと解った。賢い。

704 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/10/04 23:25:56 ID:FkFTKXVc1c
>>703
十日目
 夢の中に馬が出てきた。馬がアホほど広い砂漠を横断する夢だ。
 シロと馬はマスター契約によって魔術的な繋がりが出来ている。アレがただの夢ではなく、馬の現状を示している可能性は十分にある。
 よくよく考えてみると、今まで一度も『馬が死んでいるかもしれない』という発想が頭に浮かんでこなかった。繋がりによって馬の生存を感じ取っていたのだとすればそれにも納得がいく。

 拠点を作りつつ、順調に距離を稼げている。
 出来ればここに住む人なんかと合流したいのだけど……そもそも人が存在するのか微妙かな。

十一日目
 今日は鱗の怪物と戦った。
 拠点の近くだから逃走も難しかった。

 まずイオリちゃんの守護霊(多分)である”赤いオジサン”が一撃を放ち、怪物は転倒。ラークがすかさず魔力弾を撃ち放って眼球を潰す。
 シロは木を蹴って上へ跳び、落ちる勢いのまま怪物の首に銃剣を突き刺し────それでもなお鱗の怪物はやみくもに暴れ続けた。完全に動かなくなったのは、五分も経ってからだっただろうか。

 ラークから鱗の怪物が頑丈だとは聞いていたけど、まさかあそこまでとは。
 イオリちゃんの使役?する『赤いオジサン』の拳を受けてマトモに生きている時点で異常。英霊でもモロに喰らったら死ねるのに。
 それと……首に刃物を刺されて動けるのも異常かな。ちゃんと頸椎まで刃を押し込んだはずなんだけど。
 三人掛かりかつ、万全の状態だったから問題なく勝てたけど、タイマンだったら手こずっていたかも。刺してみた感触からして銃弾はまず通らなさそうだし。


十二日目
 いつもの様に樹上でキャンプの設営をしていると、遠くに人のような影が見えた。人に擬態する怪物の可能性も十分にあるので期待は禁物だけど。
 毎晩出現する虫たちが今日は不思議と大人しい。

705 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/10/04 23:26:02 ID:FkFTKXVc1c
>>704
十三日目
 奇妙な大亀がいた。森の中を闊歩している時点で割と珍しいが、それより注目すべきはその周囲環境だろう。びっくりするくらい平和。猛獣はいるのだがこちらに一切興味を示さない。
 香水みたいな香りがあの亀から漂っており、それを嗅ぐと異様に心が落ち着く。多分この匂いのお陰なのだろう。
 昨日見た人影をまた見かけた。あちらも興味を示しているような……気がする。

十四日目

十五日目

十六日目
 失敗した失敗した失敗した


シロのせいだ。

706 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/10/04 23:33:22 ID:FkFTKXVc1c
久しぶりの投稿です
横溝正史ミステリ&ホラー大賞というのに応募する為、小説を仕上げたまでは良かったのですが、無理が祟ってしばらくダウンしてしまいました……


そろそろ本格的に環境が牙を&#21085;き始めます

今回のbgm
https://www.youtube.com/watch?v=GgMwbkEsHrA

707 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/10/07 12:51:47 ID:umk//8wV41
おっつおっつ、あらやだ怖くなってまいりましたわ、作者様もご無理なさらず

708 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/10/07 18:13:34 ID:52bYlyr01V
>>707
お気遣いいただきありがとうございます

今回の話はお察しの通り『野生の怖さ』がコンセプトです
野生は色んな生物の価値観が不規則に重なり合って動いています
だからこそ次に起こることが予測できない
そんな野生が怖いから……人は村や街を作ったんだと私は思います

709 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/11/04 23:56:04 ID:smeZ.PmgN9
>>705
十六日目
 イオリちゃんは今日も目を覚まさない。あの”大亀”と接触してからずっと眠りっぱなしだ。
 シロの方はなんら問題ない、精神状態以外は。ラークは……よく解らない。彼は常に真面目なんだか不真面目なんだかよく解らない態度を取っている。
 仲間として信頼したい気持ちはあるけど、正直難しい。こんな時に馬がいてくれたらなと思う。馬がいれば……いや、ない事を嘆くのはやめよう。
 これ以上のミスは許されない。

十七日目
 『何故イオリちゃんが眠ってしまったか』について仮説を立ててみた。
 あの大亀と接触した後にイオリちゃんが倒れたので、アレが原因である事は間違いない。
 そしてあの亀がいた時、周囲の動物は皆温厚になっていた。多分アレは生き物の精神……それも害意や敵意といった負の部分を喰らう亀だったのだと思う。

 イオリちゃんの心には負の部分がかなり少ない。少なすぎて、負の部分以外の大切な部分まで喰われてしまったのだろう。多分だけど。負の心なんて生きてる限り無限に補充されてくけど、それ以外はそうもいかない。
 強いて例えるなら負の部分が『webサイトのキャッシュデータ』で、それ以外が『パソコンのOSデータ』。今のイオリちゃんはOSが破損して動けなくなっているような状態なのだ。多分。

710 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/11/04 23:56:45 ID:smeZ.PmgN9
>>709
十八日目
 寝たきりのイオリちゃんが獣に喰われそうになった。
 なんであの子がこんな目に……なんて嘆いても状況は一切改善しない。けど嘆きたい。
 イオリちゃんを看病する為に長期滞在可能な拠点を設立した。樹上にツリーハウスのような建築を建てたのだ。魔術で偽装を施してあるから早々襲ってはこないはずだ。

 ここの生物は極めて獰猛だ。普通戦闘って格下相手でも負傷のリスクがあるから極力戦いを避けるのが普通なんだけど……ここではその普通が当てはまらないっぽい。
 とにかく殺す為に殺す、食うモノには困らない環境なのにわざわざ人間などの大型動物を殺しに来る。そんな生き物ばかり。
 多分だけど自分が生きるためというよりは『環境を保つため』に他の生物を襲っているんだろうね。どんなに肥沃な土地でも養える生き物の数には限界があるから。なんにせよ、眠ったままのイオリちゃんを庇いながら移動するのは不可能に近い。
 シロが頑張らないと。

十九日目
 イオリちゃんはまだ目を覚まさない。森で取れた色々な薬草を試してみたが一切効果を示さない。知識にない薬草っぽいモノもあったが、流石にそれを使う気にはなれなかった。
 ラークに変化はない。

二十日目
 手持ちのリソースでできる儀式魔術による治療を一通り行った。イオリちゃんは眠ったままだ。いくら英霊とはいえ、そろそろヤバいかもしれない。
 ……ラークは儀式魔術に協力してくれた。そろそろ彼を信じてしまっても良いだろうか。

二十一日
 今日もイオリちゃんは目覚めない。今やれる治療法はやり尽くしてしまった。どうしよう。どうしたら良いんだろう。こんな時にオペレーターのあずきちゃんや牛巻ちゃんに連絡が取れたら……いや、いない人を思ってもどうにもならない。なって欲しいけど。

711 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/11/04 23:57:53 ID:smeZ.PmgN9
>>710
 ここ数日、どうにも獣たちが慌ただしい。イオリちゃんを看病する為、樹上に建てていた拠点を放棄した方がいいかも知れない。何かあってからでは遅いし。
 けどそうすると寝たきりのイオリちゃんに負担が……どうしよう。今日は準備だけして明日以降に動こう。ラークと今後の指針をすり合わせる作業もしなくちゃ。

 ラークからの提案で彼を近辺の偵察に送り出す事となった。少し前に見かけた人影の正体も気になる。リスクはあるが、このまま立ち止まっている方がよっぽど危険だ。
 本来であれば彼に看護を任せ、シロが偵察に出た方が良いのだろうが……如何せんイオリちゃんは女の子なので、まあ、男性には任せられない作業がいくつかある。

二十二日目
 獣たちが昨日よりも騒がしい。まるで[紙に誰のとも知れぬ歪な文字が焼きついている]

 私──シロ──がふと空を見上げると龍がいた。それは子供の落書きをそのまま三次元に貼り付けたかの様であった。近いと思えば近くに、遠いと思えば遠くに見える。ある瞬間においてソレは無数の色彩を纏い、次の瞬間には透明となり、色の概念を再定義する。
 変化。あの龍は常に変化しているのだ。『龍である』という楔が辛うじてアレを一つの生命に留めている。その事実をあの龍はその威容のみでもって知らしめていた。
 その変化に合わせて周囲も組み変わってゆく。獣も草木も、雄大なる大地でさえ。
 石は捻じれた灰色の蛇となり、近くの獣は人の形をとった直後に沸騰して極彩色の気体になった。何もかもが変化する。不規則に、無秩序に、けばけばしく。私のいるこの場所を置き去りにして。
 この拠点には魔術で防護が施されている。恐らくはその防護が変化から守ってくれているのだろう。完全に守ってくれているかどうかは微妙だが。

712 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/11/04 23:58:18 ID:smeZ.PmgN9
>>711

 五感に激しい痛みを覚え、私は外から顔をそらす。

「────」

 この森を構成する大樹たちが細い若木のように頼りなく傾ぐ。全てが引き寄せられているのだ。あの龍に。

「イオリちゃん!」

 寝たきりであるイオリの体が、拠点の出口に向かって滑り動く。私は顔を青く染めながら彼女を抱き止めた。
 何となくだが、外に出てしまえば”アレ”に巻き込まれる、そう思えてしまったのだ。

 ……ちょっと前に偵察へでたラークは無事だろうか。いくら魔術が使えるとはいえ、この環境下では英霊でも死のリスクが付き纏う。異常事態が巻き起こっている今であれば尚更。
 そんな風に思考を一時逃避させ、肩の震えを押さえつける。怖くて仕方がない。あの龍もそうだが、イオリにこれ以上何かあったらと思うと、それ以上に怖い。
 ばあちゃると離れ、ブイデアとは連絡がつかず、その上にイオリまでどうにかなってしまえば……私は戦う理由をきっと見失ってしまう。孤独は人を蝕む、そして英霊も。知性ある限りそこにきっと例外はない。私はそう思っている。

「────!」

 変化の嵐が周囲を包む最中、私はイオリを抱きながらジッと嵐が過ぎ去るのを待つ。魔術防護を施された拠点が外の変化に侵され、徐々に崩壊してゆく。私の意識が情報の海に沈んでゆく。
 ────意識が沈み切る直前、私は人のような影を視界の端に捉えた。

713 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/11/05 00:15:03 ID:smeZ.PmgN9
vtubeバトルロイヤルがメッチャ面白かった!

それはそうと、ずっと前から温めていた展開に入れそうで楽しみです


おまけの裏設定
創造龍
危険度S(対策するだけ無駄)
 死したティアマトの心から生まれた龍。砂漠の方にいる個体とは対の関係にあり、こちらは怒りや乱心といった激しい部分の具象化。
 ティアマトが元々持っていた怪物の生産能力をより強化継承しており、無生物からも怪物を生み出せる他、一時的にでがあるが周囲の環境すら書き換える。
 シロちゃん達のいる場所に生息する怪物たちは全てこの龍によって生み出された存在……というより、この世界に存在する怪物のほとんどはこの龍由来。
 これに理性や思考能力はない為、生まれた怪物の大半は半日以内に生理機能の不備で死ぬというかなり残酷な運命を背負っている。

今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=kgO7qOc1z5Q

714 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/11/08 10:40:51 ID:.vmjZ0.7aR
おっつおっつ、やばくなってまいりましたわ!楽しみがえぐいですわ!
バトロワはシロちゃん惜しかったなぁと、武器持ちすぎると撃てないっていうルールが極限下ではすっぽ抜けるよね、あの二人がそろうと敵なしに見えるぜ

715 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/11/08 22:57:52 ID:4JONIkqeu8
>>714
仲良し殺人鬼(お互いもハント対象)っていうのが良いですよね!

716 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/12/13 00:15:39 ID:YOG0wtNvh5
>>712
「……」

 シロは目覚めた。緑のけぶる風がほほを撫でる。

「……ふぁ」

 酷い寝起きに特有の泥めいた眠気。シロは頭とアホ毛をユラユラと揺らしながら周囲の情報を脳に取り入れる。
 ここ最近ずっと所持していた日記には、小さな節足が生えていた。あの龍による変異の影響であろう。何故か脳内に『日記を手放してはいけない』という声が響いてきたものの、それについて考える必要はなくなった。
 日記がうぞうぞと節足を蠢かしてどこかへ去っていったからだ。

「うわっ」

 余りにもあんまりな光景にシロの眠気がすっと覚める。脳が正常に回り出す。
 ────自分が寝ていたのは見たことのない場所。周囲には太陽光が過不足なく入って来る程度に樹が生えていて、樹のサイズもこれまで見てきたモノよりはいくらか常識的だ。(それでもかなりの大きさではある)
 遠くには凄まじく巨大な樹が見える。幹が雲をぶち抜いてその遥か上まで伸びている。もしかしたら宇宙まで伸びているかも知れない。

717 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/12/13 00:16:19 ID:YOG0wtNvh5
>>716
「イオリちゃん、どこかな?」

 そう言いながら周囲を探るも、人らしき気配は感じられない。それどころか獣の気配すらない。不思議だ。この島は常にむせかえる程の生命に満ちていたはずなのに。
 よくよく注意してみると、シロは周囲に無視できない空白があることに気が付いた。このような野外であればあらゆる場所から虫の気配がしてくるはずなのだが、所々ソレが途切れている。

(空白の数は一個。空白の正体は多分『気配遮断の魔術を使用している人間』……害するつもりならシロが寝ている間にいくらでもチャンスがあった訳だし、そこまで警戒はしなくていいかな? いや、イオリちゃんを人質にしてこっちに何か要求してくる可能性もある。とはいえ、相手にやまれぬ事情があってこちらを隠れながら観察している可能性も捨てきれない……ダメだ、そんな甘い思考をしちゃ。シロが油断する度に、誰かに寄りかかろうとする度に誰かが失われていく。間違えないようにしないと。想像するべきは最悪。最悪を常に考慮し、備えるのがシロの義務)

 そんな思考が脳内を何度もグルグルと回り、一巡する度にシロは攻撃的な気配を増して行く。その攻撃性は周囲にいる正体不明の相手というよりは、彼女自身にベクトルを向けたモノだった。

「そもそも……ここはどこなんだろ?」

718 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/12/13 00:16:38 ID:YOG0wtNvh5
>>717

 地面に座り込んだままそう言って、シロは近くに落ちていた石をそれとなく握り込んだ。適切に使えばこんなのでも人を殺せる。
 ゆるりと立ち上がって向かう先は、気配の空白。きっと誰かが潜んでいる、あの空白。偶然を装って近づき相手の出方を伺う。

「と言ってもまあ、周囲を把握しないと何も始まらないかぁ……一人だと独り言が増えて嫌になっちゃうよ。独り言は一人の時にしか言えないんだからそりゃそうか」

『────』

 シロが”空白”に近づくと────木の葉が擦れる音、風の吹く音、枝の折れる音、こういった自然の音たちに奇妙な法則性が混じり出す。魔術を行使した気配はない。『どうやっているのかまでは解らないが、自然音に見せかけた暗号でどこかへ連絡を行っているのだろう』と考察し、手中の石を固く握りしめた。
 ある程度聡い人であれば容易に気づける規則性なところを鑑みるに、対人というより対獣に特化した技術であろうか。とはいえこういう技術は決して侮るべきではない。
 あと三歩、二歩、一歩。空白との距離が眼前にまで縮まる。

『……』

 茂みの中から音もなく出現してくる女性が一人。
 身長は150cm程度で体格は極めて華奢。瞳は新芽のような薄緑、形は切れ長。耳が鋭い。概ねファンタジーのエルフとほぼ同じ顔をしている……が顔の三分の一程が黒い殻に覆われており、怪物めいた異質さを醸し出していた。

719 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/12/13 00:17:00 ID:YOG0wtNvh5
>>718
『おいで下さイ。貴女のご友人がお待ちでス』

 樹のウロから響いてきたかのような声。話している間、相手の表情は一切動かない……というより、木肌部分に阻まれて表情を動かせないのであろう。
 シロはしばし思案した後、脳内から戦闘の選択肢を除外した。
 目の前にイオリを人質として突き出されたのであれば戦闘による奪還の余地は十二分にあるが、この場にいないのであればどうしようもない。
 それに今のところ相手に敵意は感じられない。今のところは。

「……解った、ありがとう。ところで名前はなんなの?」

『プアナム・ドゥム……プアナムとお呼びくださイ』

 プアナムはぎこちない動作で手を胸に当て、シロを案内し始めた。

(友好そうなのは良いけど……そうすると最初気配を隠してこちらを観察していたのがどうにも不可解だね。ちょっと怪しいかも)



『ここガ私たちノ住む場所でス』

 シロが案内をされ始めて数分後。まばらに建物が現れ始める。周囲の木々は先程までよりも疎らで、獣の姿はどこにもない。
 たまにプアナムと似たような見た目の人間?がこちらを覗いてきている。
 数はさほど多くなく、彼らの顔も黒い殻に一部覆われている。一体アレは何なのだろう、とふとシロは考えたが、そんな事を考える前に警戒をしなければ、と意識を現実に引き戻す。
 周囲の建物を本格的に観察し始めると、それらには奇妙な特徴がいくつか見受けられた。

720 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/12/13 00:17:17 ID:YOG0wtNvh5
>>719

「……」

 いずれの建物も巨大な木々の枝から果実のようにぶら下がっており、魔術を使わないと実現困難な構造をしている。材質は木製で、表面には緑コケによる魔術的な紋様。やはりここにも獣の気配は無い。
 遠くに見えていた規格外の巨大樹は、相も変わらず雲をぶち抜いて悠然と立っている。
 シロは何故か酷い疲労感に襲われ、ふと上を────

「白髪の姉御! ラークです。いやぁ……色々ありましたが、親切な人たちに拾われてどうにかなりましたぜ」

 見ようとした瞬間、背後からラークに声をかけられた。シロ・イオリと共に島に漂流した、上司であるマリンに下剋上するためシロたちに恩を売ろうとしている、あのラークだ。
 シロは振り返って挨拶を返そうとしたが、出来なかった。彼女の胸を打つ衝撃によって。

「そ……それどうしたの?」

「ん? ああ、なんか変な龍が近づいて来たと思ったら……こんなんなっちゃいましてなぁ」

 ラークが頬をかきながら己の右脚をぎこちなく揺らす。
 彼の右脚……その膝から先が、昆虫のような黒い節足に置き換わっていた。
 シロの瞳が罪悪感に揺れる。
 ラークはそんな彼女を見て一瞬だけ思慮深く目を細めた後、いつも通りの海賊らしい笑みを浮かべだした。

「……まあ、気に病むことはないですぜ、白髪の姉御。そりゃ脚がこんなんなったのはちょいと残念ですが、まぁ、姉御が気にするようなことじゃねぇですよ。ほら、青髪の姉御もここに匿われてるんで、早いとこ会いに行きましょうや。な、プアナムさん」

 ラークが話を振ると、プアナムは深い頷きを返し、歩き始める。
 彼女が歩む先にはあの大樹があった。

721 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/12/13 00:26:36 ID:YOG0wtNvh5
メッチャ久しぶりの更新です……
冬場に入ったせいか体がバグり散らかしてました

それはそうと.liveの箱イベメッチャ楽しみ
馬の白スーツが普通にかっこよくてなんか腹立つ

裏設定
プアナム・ドゥム
『プアナム』はギルの出生地であるメソポタニア文明の王様の名前
『ドゥム』はシュメール語で『子供』という意味(諸説あり)
名前が生まれに準ずるので血筋はガチで高貴です

顔の殻はラフムのと同じもの
創造龍は基本的にランダムで周囲の存在を変化させますが
ティアマトが元になった存在なので
相手が人間の場合に限り確定でラフム化させようとしてきます


今回のbgm
https://www.youtube.com/watch?v=WKvUcrBUEL8&list=PLWnDfZkfcqo-32emnwBVeMRXIZXUoFaPY&index=2

722 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/12/13 00:27:44 ID:YOG0wtNvh5
>>719
×木肌部分
〇殻部分

723 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/12/14 06:49:17 ID:oS/H3OTDHo
おっつおっつ、貴重な現地協力者(仮)だぁ!
箱イベ楽しみよね、地方民だからチケは買わなかったけど(血涙)馬とリクム姐さん並べると凄い格好いいのムカつくよなぁw
令和ちゃんは季節のベクトルめちゃくちゃにしがちだから体調にはお気をつけを〜

724 名前:名無しさん[age] 投稿日:2023/12/14 10:32:35 ID:AWiz50VdyM
>>723
スーツってガタイが良い程映えますよね
箱イベはきっと配信があるのでそっちで楽しみましょう!

725 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/01/16 00:25:00 ID:a9B.aaF42r
>>720
 歩き始めてから数十分。シロとプアナム、それとラークの三人は大樹の近くにまでたどり着いていた。直径3m程もある木の根が無数に隆起し、絡み合い、立体的な地形をなしている。

「……」

 この数十分間、会話らしい会話はなし。普段のシロであれば空気を読んで程々に場を盛り上げる所だが……いかんせん今は余裕がない。そしてプアナムは寡黙な人間であり、ラークは顎に手を当ててなにやら考え事をしており、誰かと話すつもりは無さそうだ。
 よってこの気まずい沈黙は保たれ、この先も続くかに思われていたがしかし、プアナムがそれを破った。顔についた殻と皮膚の境をやや気まずそうに掻きながら。

『そういエば……御客人の名前を直接伺っテおりまセんでしたネ。一応、そこのラーク様より一通りの事情は伺っておリますが』

「……ん、ああ、えっと……」

 唐突に声をかけられたのと、精神状態の悪さ故に口ごもるシロ。

「おいおいプアナムさん。様付けは勘弁してって前に言いましたぜ。俺ぁこれでも名うての海賊……それが様付けで呼ばれちゃ形無しってもんでさぁ」

 そこへラークがスルリと会話に割り込んだ。彼の気安い態度からは自称するほどの海賊らしさはない。
 そのまま自身の”らしさ”を誇示するように海賊帽を指先でクルクルと回して放り投げ……そして取り損ねた。一連の動作を見たプアナムが小さく吹き出し、ラークはゆっくりと帽子を拾い上げ、誤魔化すように肩をすくめる。

726 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/01/16 00:25:16 ID:a9B.aaF42r
>>725

「まあ、今回は失敗しましたがね、これでも俺は名うての海賊なんですって……ああそうだ。白髪の姉御、プアナムさんに名前を教えてやって下せえよ」

「……そうだね。私の名前はシロ、よろしくね」

 シロは軽やかに頭を下げ、自身の頭頂部に生えたアホ毛を揺らす。
 周囲の気安い空気が彼女に精神的余裕を取り戻させ、ある程度いつもの様に振る舞う事を可能とさせていた。

「話は変わるんだけどさ、馬みたいな頭部をした人を見かけた事ってある? シロの……まあ、大切な人でさ、でも今は逸れちゃっててさ」

『馬の頭? 頭部が馬に変形した人というのは聞いたことが御座いまセんネ。基本的に人が変異する時は黒い怪物になりますのデ』

「ああいや、本当に頭部が馬そのものって訳じゃなくてね、馬のマスクを被ってるの」

 シロは幼げな顔に苦笑いを浮かべ、手をパタパタと振る。
 ────話しながら歩く三人。彼らの行く先に薄っすらとした光が見え始める。光の色は穏やかな薄青。

『そういう事デすか。しかし、馬のマスクというのも聞いた事が御座いまセん……申し訳ございまセん、シロ様』

「謝らなくて良いよ、ダメ元で聞いただけだし。それと、シロも様付けはしないで欲しいな。助けて貰ったシロ達の方が本来そっちに敬意を払うべ────」

『そレだけはあり得まセん』

727 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/01/16 00:25:31 ID:a9B.aaF42r
>>726

 プアナムは唐突に足を止め、酷く疲弊した悔恨の表情をシロへ向けた。それはどこか祈りめいていた。
 ────薄青の光が不規則に揺れ動く。
 深く息を吸い込み、彼女はまた歩き始めた。

『私達はかつて大きな過ちを犯しました。そレにより、完成しテいた”楽園”へ続く船は押し流され、同胞たる石と砂漠の民は……楽園へゆく機会を永久に失いました。故に私達は罪人デす』

「ど、どういう事?」

『……そうデすね。少し長い話になりますが、よろしいデすか?』

 シロは小さく頷く。

『今は昔。かつての故郷、ウルクが荒ぶる神に滅ぼされた少し後の話。ウルクの民は二つの島に分かれていました。二つの島は距離こそ近いものの、環境は大きく異なっておりました。怪物がはびこる森の島、不毛の砂漠の島、どちらも違った地獄。ただ幸運なことに森の民である祖先は今よりずっと強く、砂漠にはまだ大地の恵みが多少残っていました。故に祖先は怪物に抗することができ、砂漠の民もなんとか生きてゆく事ができたのです』

 滔々と流れる語り口。それまでの言葉にあったぎこちなさは立ち消え、彼女がこれを何度もそらんじてきたであろう事が伺える。

728 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/01/16 00:26:03 ID:a9B.aaF42r
>>727

『しかしそれらの幸運は、いずれ無くなる事が目に見えていました。祖先の血は少しずつ衰えてゆき、砂漠の恵みも同様に枯れてゆき……ジワジワと迫りくる衰退と破滅に、祖先たちはどうすることも出来ませんでした────そんなある日、遠くの海から二隻の船がやってきたのです。一隻はこの島へ、もう一隻は砂漠の方へ』

 プアナムは寝れない子供をあやしつけるように単調な抑揚をつけて語る……実際、彼女はこれを子守唄代わりに聞かされてきたのかもしれない。何度も、何度も、夜が来る度に。
 ────話を聞きつつシロ達の足は前へと進む。遠くに見えていた光が僅かに強まる。

『祖先の方に流れ着いた船は怪物たちによって破壊されていましたが……幸いなことにその乗員と通信を行う装置だけは生きておりました。そこから砂漠に流れ着いた船と連絡を取ることが出来……それを通じて砂漠の民とも連絡を取ることが出来たのです。
 祖先は流れ着いた男から様々な話を聞きました。途方もなく発展した都市からやってきたこと。その都市には不治の病が蔓延していること。男もまた病に犯されていること……しかし不思議なことに、祖先が霊薬を使うとその病はあっけなく治りました』

 ────光がさらに強くなる。

729 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/01/16 00:26:51 ID:a9B.aaF42r
>>728
『男は勇み喜び故郷へ帰ろうとしましたが……肝心の船が壊れてしまっており、直せるような状態でもありません。とはいえ、手が無いわけでは有りませんでした。砂漠の方に流れ着いた船はまだ直せる程度だったのです。
 砂漠の民との話もつつがなく進み、砂漠主導で船の修理を進めようという話になった時……男は言いました「厚かましい願いになるが、あなた達も一緒にきて欲しい。仮に故郷の病を治したとしても、もう住民はほとんど死んでいるだろう。万が一……一人で生きていくことになったらと考えるとゾッとする」と。実際のところ、それが地獄めいた環境に住む祖先を慮っての言葉なのは明確でした』

 ────光はこれ以上ない程に強くなり、巨大な木のウロが見えてきた。

『砂漠の民も共にいく意向を示し、そして男の故郷……”楽園”へ行くための大事業が始まりました。砂漠の民は船に載せられていた機械により岩の体を手に入れ……その体でもってある者は船を治し、ある者はその為に必要な資材を収集していました。そして私の祖先はかつてウルクを滅ぼした荒ぶる神の成れの果て…………創造龍を島に閉じ込める為の儀式を始めていたのです。
 かの龍は周囲を改変しておぞましい生命を生みだす怪物。この島から外に出さぬよう、定期的に結界が張られておりました。その結界を永遠の物とするための儀式を行っておりました。改変を受け付けないようにした迷いの霧で島を包み込み、永久に閉じ込めようとしたのです』

 ────ウロにたどり着くまで後少し。

730 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/01/16 00:27:14 ID:a9B.aaF42r
>>729
『長い長い準備を経て船の修理が概ね終わり、封印の儀式がほぼ完了した頃。私達の祖先は…………気のゆるみから儀式の手順を間違えてしまいました。
 それによって霧を出すだけだったはずの魔術は暴走を起こし、島を包み込む迷い霧の巨人となり……そして三日三晩島の周囲は霧の濁流に晒され……霧が薄まった時にはもう……治りかけの船は沖の遥か遠くに流されてしまっていたのです。故に────』

「プアナムさん。目的地に着きましたぜ」

 トントンとつま先を打ち鳴らし、話を遮るラーク。彼の言う通り、目的地と思わしき大樹のウロが目の前にあった。樹皮は長い年月によって色褪せ、その質感もあいまり樹というよりは岩のそれに近い。
 先ほどまで眩しい程に感じられた光はもうない。不思議だ。
 ウロの中には────

「……シロちゃん?」

 眠たげな瞳をしばたかせるイオリの姿があった。

731 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/01/16 00:42:20 ID:a9B.aaF42r
今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=AKaRUH5wPaQ&list=PLUjwA-Z4c05rAfdrDkQt8ZJP7iohktSIP&index=14

今回は過去回でした
それはそうと.liveの箱ライブメッチャ良かった!
またみたいなぁ


裏設定
砂漠の民と森の民で伝承の精度に格差がある理由
 ウルクが滅んだ辺りにゴタゴタについて砂漠側が詳しいのは、砂漠の民の先祖が『最後までウルクに残り抗戦した末、王権の象徴である粘土板を死守して生き延びた人たち』である為。
 楽園周りのゴタゴタに関してはあえて『そんな物なかった』となるように色々改変したりぼかしたりした上で当時の事を後世へ伝承している。
 というのも、『森側がなんかやらかしたなコレ』というのを薄々察知していたため『会えもしない相手への恨みを子孫が抱いてもアホ臭いだけ』という発想に至ったため。

 ちなみに森側はケツァルコアトルに拉致られたウルク民の末裔。
 エルフっぽい見た目になってるのは文化圏がメチャクチャ違う神の守護を直に受けた影響。
 フルパワー状態の南米ゴッドが気合で彼らを守り切ったため、ラフムとかについてはあんま知らない

732 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/01/17 10:44:07 ID:bHgDblD3a.
おっつおっつ、いろいろと考えられる過去でして、箱イベマジでよかった、まぁちょっとロス気味だけど、でも星物語の円盤も来るしこれからも楽しみだぁ

733 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/01/17 18:41:27 ID:zQXl3/vuAi
>>732
DVD楽しみですよね!
過去に関してはこの特異点の正体を語る上でどうしても外せないのでここに差し込みました

734 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/02/12 23:10:23 ID:Ra.Ci133CL
>>730
「シロちゃん、シロちゃんだ……ウッ」

 ウロに横たえた体へ力を入れ、起き上がろうとするイオリ。しかし出来ない。長い間寝たきりだったせいで、体の動かし方を忘れてしまっているのだろう。
 イオリの倒錯した美貌もあいまって真に痛ましい姿である。
 だがそれでも────シロは嬉しかった。蒼い瞳を細め、寝たきりのイオリの手を優しく握りしめる。そして静かに涙を流す。

「良かった……戻ってきて良かった……二度と治らないんじゃないかって……」

 それは、遭難してから一度も口にしていなかったシロの弱音だった。彼女の顔には相手を懐柔するためのモノではない、心底からの笑みが久方ぶりに浮かんでいた。

「ありがとうプアナムさん。他人のシロ達を、イオリちゃんを助けてくれてありがとう」

『いえ、イオリ様は助けテも大丈夫であると解っテましたから……その症状は例の大亀によるもの。あれは周囲の邪念を吸い取っテ生きる無害な生物ですが……邪念のなさすぎる相手だと稀に心の大事な部分まデ……つまりこの症状が出たイオリ様は善良という事デす』

「そんなこと言っちゃって、別に善良じゃなくても助けてたでしょ?」

『……人命救助は人としテ当然のことデすから』

 顔に付いた殻をポリポリと掻くプアナム。彼女は気恥ずかしさを振り払うように、話題を変える。

735 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/02/12 23:10:39 ID:Ra.Ci133CL
>>734
『それはさテおき……今後の話をしましょう。貴女方はこの島に漂流しテきてますので、イオリ様が治り次第、船デ外へ……と、言いたいのですが問題がありましテ』

「問題?」

『エエ……先祖が創造龍を閉じ込めるために使用した魔術が……ややこしい状態になっテおりまして。島沿岸部が霧の異界と化しテおり、外に出ようとすると誰であろうと引き戻さレてしまいます。血は衰え、同胞は数を減らし、もはや私たちが祖先の魔術をどうこうするのは不可能なのデすよ』

 彼女はゆっくりと手を振って周囲を霧で満たした。霧はプアナムによく似た……しかし彼女よりも大きな人型となる。直感的な魔術行使のもたらす現象。これだけで彼女が一流の魔術師であるという事が解る。

 ────そんな彼女が断言するのだから本当に不可能なのだろう。ブイデア本部にいる牛巻やあずきと連絡が取れれば、また話が違っていたかも知れないが。
 シロはそう考え表情を歪ませた。イオリから手を離し、彼女から自分の表情が見えないようにしてから。

「……じゃあ島から出るのは不可能って事?」

『いえ、祖先が遺した秘宝『霧払いのランタン』があれば霧を超えて島の外ヘ行けるでしょう。ですが、以前に秘宝を持ち出し外に出ようとした者がおりましテ。まっ、海岸にたどり着く前に捕食されましたがね。今更海へ出たとテ、楽園への道などないというのに…………と、無駄話が挟まってしまいましたネ』

 霧を操り奇妙なランタン──涙を流す目玉が中央に浮かんでいる──を形作った後、プアナムが手を乱雑に振り払って霧を消し去り、自嘲めいた笑みを浮かべた。

736 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/02/12 23:11:12 ID:Ra.Ci133CL
>>735
『まあ、そんなこんなデ秘宝が怪物に持ち去らレまして。祖先より伝わるモノなので取り返そうとはしたのデすが……どうにも歯が立たず……』

「解った、シロがその怪物を倒して────」

 シロが頷こうとした瞬間、腕を引く者がいた。横たわったままのイオリだ。彼女の紅い瞳から強い意思が感じ取れた。

「シロちゃん……イオリも一緒に戦う…………」

 そう呟く彼女はシロの腕を強く握る。その力はつい最近まで寝たきりだった人間のモノとは思えない程に強く────しかし英霊のソレには届かなかった。
 シロは笑みを浮かべ、イオリの髪を手櫛でとかす。

「ううん、大丈夫。安心して、シロが全部どうにかしてみせるから。もう失敗しないから。大切な人はみんなシロが守るから」

 そして手の中に魔力を集め、単純な眠りの魔術でもってイオリを眠らせる。
 まぶたを伏せるシロ。彼女の顔に影がかかる。プアナムはそれを困惑気味に見届け────ラークはヘビのように瞳孔を細めつつ口を開いた。

「じゃあ姉御……俺も守ってくれるんですかい?」

「もちろん、ラークは仲間だからね。まだ完全に信頼してる訳じゃないけど」

「おや、まだ心底からの信頼は勝ち取れてないんですねぇ」

「そりゃ海賊相手だからねぇ。それにラークが協力してるのは打算ありきでしょ? あくまでビジネス仲間だよ、ビジネス」

「そりゃ酷いですぜ。俺ぁこんなにも尽くしてるってのに」

 胸に手を当て、ラークは大げさに悲しむフリをする。
 会話の内容に反し、お互いの態度は至極気安い。確かにラークは海賊であり、言動も胡散臭いが、何十日も接していれば人並みの情は湧く。少なくともシロはそうであった。

737 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/02/12 23:12:07 ID:Ra.Ci133CL
>>736
「尽くしてくれてるのは認めるけどね。まぁ、イオリちゃんとは付き合いの長さが違うからね」

「へいへい、さいですか……じゃあそうだ!」

 ラークが唐突に目を見開く。そしてシロの肩に手を回す。何故か体に触らないよう微妙に手を浮かせ、シロの顔色を伺いながら。なんとも奇怪な気の使い方だ。

「どうしたの?」シロが首をかしげる。

「その……ここじゃちょっと話しづらい内容でしてね、ちょっと場を移しましょう。じゃっ、プアナムさん。青髪の姉御をしばし頼みましたぜ」



 歩くこと僅か数分。ラークとシロの二人は巨大な切り株に、互いに背を向けて座っていた。この場所は彼たっての願いによって選ばれたモノだ。

「場所を移した訳だけど、話ってなんなの? あそこじゃ話せない内容ってなぁに?」

「まあ、他の人にゃちょいと聞かせたくない話でしてね……まあ言うより見せる方が早いですかねぇ。ほら」

 そういってラークが一枚の紙を渡す。その紙には複雑な魔力が込められていた。
 シロは紙上に指をしばし這わせた後、瞳に驚愕の色を浮かべる。

「これは……セルフギアススクロール!?」

 ────セルフギアススクロール、またの名を自己強制証明。魔術師が実質違約不可能な契約を結ぶときに使う、極めて強力な魔術契約書だ。間違いない。
 シロはブイデアの機密保持のため何度かこれを使った事があるため、その存在を知っていた。

「ご存知でしたか、じゃあ話が早い。話というのは、この契約書に署名して欲しいって内容でしてね。なに難しい話じゃございません」

「いや……署名って言ってもさ。肝心の文面がないんじゃ契約書としてなりたたないよ」

738 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/02/12 23:12:55 ID:Ra.Ci133CL
>>737
 真白いアホ毛をいじりながら、そう答えるシロ。彼女の顔には困惑と警戒が浮かんでいた。ラークを敵か味方かどちらに認識するか決めかねているのだ。元より打算ありきでの協力だとは解っていたが、ここまであけすけに駆け引きをして来るとは予想していなかった。
 そんな懸念を他所に、ラークが契約書をひったくってシロに背を向け、手際よく文字を書き連ねた。

「そりゃそうですなぁ……内容を……書きましたよと……ほいっ」

 契約書がシロの手に戻される。

「……内容は『1.シロ及びその仲間に対し、ラークは直接的・間接的に意図して危害を加えない。2.シロはラークに対し、一度だけどんな願いでも聞かなければならない。3.ただしシロに対し直接的な不利益を及ぼすような願い、遂行不可能な願いは無かったことに出来る』……この契約でシロにメリットはあるの?」

「ありますとも、ありますとも!」

 契約書を再度ひったくって手元に戻し、ラークはもみ手をしつつ笑みを浮かべた。混じりっ気のない悪党の笑みを。
 冷え切った風が二人の間を吹き抜ける。

「なんと、俺に裏切られるリスクを無くす事ができるんですよ! コイツは、昔に俺を殺そうとした魔術師崩れから何枚か分捕ったモンなんですがね……これ使った契約が破られた事は一度もないんですよ。ただ信じるのと、100%信じられるのとじゃ任せられる事が大分変わりますぜ?」

「……それで、ラークのメリットは?」

「そりゃ勿論『願い』の部分ですよ。俺の目的を達成する為にゃ姉御の力が必須でしてね……目的がなんなのかは秘密ですぜ? これだけは誰にも言えないものでして。それで、署名はしてくれるんですかい?」

 ラークが切り株の上で仰向けになり、紙を差し出す。彼の表情は海賊帽に隠れて見えない。

739 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/02/12 23:13:20 ID:Ra.Ci133CL
>>738
 対するシロは顎に指を当てて思案する。
 ────願いの内容や態度など不明瞭な点は多いがメリットがあるのも事実。リスクのない協力者が手に入るのは確かにありがたい。
 それにこの先……シロの力でどうにもならない敵が出て来た場合、『馬や他の娘たちに知られたくないような』手段に訴えかける覚悟がある。良心は痛むが、仲間を失う痛みに比べれば些細なモノ。なんにせよ、その場合ラークが手駒として使えるのは大きなメリットだ。海賊であればそういった手段に抵抗はないだろう。

「解った。サインを────」

 『する』と口にしようとした瞬間、つむじ風が巻き起こり無数の青葉がシロの手にまとわりつく。彼女を思いとどまらせるかのように。
 しかし、シロはそれを振り払った。

「サインを、する」

 そう口にするとペンが手に握られていた。
 シロが名前を書き、ラークが紙を三度ひったくって懐にしまう。それで終わり。
 契約書に名前を書いてもこれといった変化は現れない。ただ、契約してしまったのだという実感がシロの胸を重く締め付けた。
 ふと上を見上げると空は夕暮れで、夜がすぐそこまで迫って来ていた。
 森の夜は危険だ。たとえ獣がいなくとも。

740 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/02/12 23:47:14 ID:Ra.Ci133CL
今回のbgm
https://www.youtube.com/watch?v=ETEg-SB01QY&list=PLUjwA-Z4c05rAfdrDkQt8ZJP7iohktSIP&index=69

次回更新で地味に久しぶりの本格的な戦闘回の予定です
それはそうとバーチャル歌伝楽しみ!

裏設定
森の怪物について
理性のない創造龍が作り出した存在であるため
ほとんどが生理機能の不備で死ぬか仮に生き残ったとしても子孫を残せず一代限りの存在で終わる事がほとんど
しかし極まれに生き残り繁殖する種族もいる

スケイラー
危険度B(危険ではあるがある程度有効な対策アリ)
トカゲと木が混ざって変異した怪物
生態系の頂点に位置する
二足歩行の鱗つき熊といった風体をしている
鱗のせいで異様に頑丈な上
半分木であるためか怪我にも並外れて強い
腕力は言わずもがな
脚力も山道で時速40kmをだせる程のパワーを誇る

しかし体温調節機能に重篤な欠陥を抱えており
夜は体が冷えてマトモに動けない上
太陽が出てからも動けるようになるまで数時間かかる
かといって運動をしすぎて熱が溜まっても動けなくなるため
実は10分〜15分程度しか全力で動けない
なのでその間どうにかして凌げば対処可能

741 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/02/12 23:47:24 ID:Ra.Ci133CL
ハイブビースト
危険度A〜C
夜行性の獣
ラクダとハエとサソリが混ざって変異した怪物
ラクダの頃に存在した背中のコブは穴の開いた肉塊で
手足はサソリめいたグロテスクな形状
夜行性とはいいつつ昼夜関係なく自身が動くことはほとんどない
コブから出るフェロモンで肉食昆虫を操りそれによってエサを得る

昼でも普通に活動できるが天敵のスケイラーに目を付けられたくないのでやらない
サソリ由来の巨大なハサミを持っておりそれを用いて地下に昆虫用の巣を造営している
また、手駒の虫自体も自身で産んでいる
虫を産む為の産卵機構は本来の生殖器とは別にオスメス関係なく存在しているが、メスの生む虫の方が微妙に大きく強い

出来損ないのキメラのような見た目をしているが知能は非常に高く
弱った獲物にしか手を出さない(出させない)
なのでそこを弁えてさえいれば対処は比較的容易
しかしそもそも万全の状態でも貧弱な人間の場合
弱っていなくとも襲われる場合があり油断は禁物

742 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/02/13 10:47:11 ID:wsyqxLDxKA
おっつおっつ、ほほう不穏になってまいりましたな、戦闘楽しみー

743 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/02/13 16:49:56 ID:H0IF0kVbj.
>>742
戦闘回の前半はオーソドックスな能力バトル
後半はジャンプラのダンダダンのような変わり種のような感じにする予定なので
楽しみにして頂ければ幸いです!

744 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/03/12 22:23:25 ID:kXlYjtHPJf
>>739


 プアナム達の住む里に戻ると、彼女と同じような見た目をした人らが準備をしていた。里の皆で集まって準備を行い、明後日には歓迎の催し物をしてくれるそうだが……数は二十と少し、目視で数えきれる程度。子供に至っては二人しかいない。
 わざわざ今ウソをつく意味はないので、本当にこれで全員なのだろう。

 シロは里で久方ぶりに身を清め、食事を取る。里の空き家に案内され、そこで眠る様に言われた。
 里の建物はどれも巨大な木の枝から果実の様にぶら下がっており、一度木を昇らなければ中に入ることが出来ない。恐らくは、怪物が侵入して来ないようにする工夫なのだろう(里には怪物を退ける結界が張ってあるのだが、たまにそれを突破してくるのがいるそうだ)。

 建物はそれほど広くない。住めて三人……頑張っても四人といった所か。木にぶら下がっている割には、歩いても特段揺れなどは感じられない。そういう魔術をかけているのだろう。
 内部には生活感のある家具が置かれたままになっている。形が元の世界のモノと大分異なっているので確かな事は解らないが、シロが見る限り割と最近まで使われていそうだ。人の住まなくなった家は急速に寂れて行くそうなので、最近まで人の住んでいた家を客人用として選んだのであろう。
 シロは小さく伸びをして、ベッド?(床に四本支柱を立てて水平にハンモックを張ったようなモノ)に身を横たえ────

745 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/03/12 22:24:23 ID:kXlYjtHPJf
>>744
「……これは」

 ベッドの下に古びた日記帳を見た。
 シロは日記を一度手に取り、肩をすくめながら元の場所に戻す。好奇心で他人のプライベートを覗き見るのは流石に趣味が悪すぎる。
 ────元の場所に戻す時、偶然のいたずらによってページがめくれた。
 そこには『妻が怪物に食われた。一矢報いに行く』とだけ書かれていた。

「……」

 何処から吹き抜けた隙間風がビュウビュウと、恨み言とも泣き言ともつかぬ様子で鳴いていた。



 次の日。シロはラークと共に例のウロにいた。
 イオリはもうすっかり良くなって、ふらつかずに歩くことができる。通常であれば寝たきりから回復するために長期間のリハビリが必要なのだが……そこは流石英霊といった所だろう。

「じゃあラーク、イオリちゃんの事は頼んだよ」

「へい! ……しかし良いんですかい? 病み上がりの姉御を護衛するのに俺を使っちまって。そりゃ姉御達にゃ敵いませんがね、これでも俺ぁそこそこ名の知れた海賊ですぜ?」

 腕に力こぶを作り黄ばんだ歯を見せるラーク。本気で疑問に思ってるというよりかは、じゃれつくような聞き方だ。
 シロは微かに苦笑を浮かべて、

「今確実に信じられるのは、契約があるラークだけだからね。一番大事なイオリちゃんを護衛していて欲しいの」

746 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/03/12 22:25:46 ID:kXlYjtHPJf
>>745
 といった。
 ────シロとラークが話している間、イオリは適当な所に腰掛けて二人をジッと見上げていた。普段はやや過剰なくらいに感情豊かな彼女の表情は今や、菩薩様を思わせる微かな苦悩を孕んでいる。
 青く長いイオリの前髪が沖波のようにゆるりとのたうち、濃く紅い彼女の両瞳がシロを不意に捉えた。

「シロちゃん、イオリの事も信じて欲しいな」

 そういったきり彼女は口を閉ざす。
 『もちろん信じているよ』そうシロは返そうとしたが、何故か言葉が出てこなかった。

「…………いってくるね」

 結構、こう返すのが精一杯だった。



 数時間後、シロはプアナムから貰った地図に沿って森を進んでいた。
 常軌を逸したサイズの木々、砲弾を打ち込んでもビクともしないであろうそれらは、半ばから融解し倒れ、開けた場所を形作っている。
 鼻をつく酸の匂い。
 シロは足を止め、目の前の光景を驚愕と共に見据えた。

「……」

 プアナム曰く、獰猛な森の怪物達ですらここには近づかない。『アンケグ』がいるからだ。大型動物を持ち上げられる程に発達した長い節足を持つ……大長虫。強大な顎で穴を掘り地下を潜行し、上を通った動物を喰らう。
 喰らった獲物の消化しづらい部分、骨や殻などを体内の消化液と共に吐き出す習性があり、それ故にアンケグの巣には酸の匂いが絶えない。
 この酸はドラゴンブレスのように吐き出すこともでき、マトモに喰らえば英霊でもタダでは済まない。また原始的な魔術を使うことができる。巨大なムカデめいた外見に反しその知能は比較的高く、魔術のかかった品を収集することを好む。
 魔術回路を持つプアナムの同胞死体もアンケグのコレクション対象であり、薬草を取りに里から出た人間などがコレの餌食となっている。

747 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/03/12 22:26:36 ID:kXlYjtHPJf
>>746
 数百年前に創造龍の力で偶然生まれた怪物であり、森の一角を長らく支配する生態系の絶対的上位者。龍が産んだおぞましき龍モドキ。

 それがプアナムの語る、『島から出るための秘宝』を持ち去った怪物の全容。
 英霊であるシロといえども容易に勝てないと覚悟を決めた相手。

「……死んでる」

 その怪物が、死んでいた。
 おかしな格好をした男に殺されていた。紫と黒の縞々模様の服に身を包み、仮面──猫を模したモノ──を被った男に殺されていた。
 男は左手にランタン、右手に無骨なレイピアを持っており、道化師めいた服とのアンバランスさが余計に可笑しさを強調している。服の上からでも解るしなやかな筋肉。明確な目的意識をもって形作られた、アスリートめいた筋肉だ。

「こんな森の奥にお若い女性が一人。新手の怪物……ではない。しかし人間でもない……おお、サーヴァントか! こりゃ珍しい! 野良の同族と会えるとは」

 レイピアについた血を袖でふき取ると、男は大仰に腕を広げシロに近づいてくる。

「実は私も英霊でしてね! 厳密にいうと『英霊に近しい存在』ですが、これ以上言うと……おっと!」

 彼の足元に打ち込まれる銃弾。シロが手元に愛用の銃剣を呼び出し、撃ったのだ。
 男は顎を引いてくつくつと笑う。

「中々に熱烈な返答で。まだ私が敵と決まった訳でもないでしょうに」

「アナタ、憑依幻霊でしょ? 前に会った憑依幻霊と魔力の感じが似てるから一目で解った。そっちの実力は身にしみて解ってるから。前回は一応……勝ったとはいえ、油断はしないよ」

「おお、よくご存じで! 一応、憑依幻霊については機密事項なんですが……同胞で漏らしそうなの……暴走して制御を離れた”ハートの女王”、もしくはお喋りなウサギ騎士とみた!」

748 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/03/12 22:27:21 ID:kXlYjtHPJf
>>747
「まあ……ウサギ騎士の方だよ」

「なんと!? アレに勝ったと? 召喚されて一年程度の新参で、憑依幻霊として与えられた力への理解もまだ浅かったとはいえ……それを差し引いても割と強い方だったんですがね…………大変な仕事になりそうだ」

 最後の部分以外をお道化た声で言い切った男は、手元のレイピアをクルリと回して鞘に収めた。
 男が剣を収めたのに応じて、シロも銃の引き金から指を離す。

「ああそうそう、私の名前はチェシャ、チェシャ猫。かの名作文学『不思議の国のアリス』を彩るトリックスターにございますにゃあ。この度は主の命を受け、”願望器モドキ”である『霧払いのランタン』とかいうのを回収しにきた次第でして」

「……私の名前はシロ。目的は大体同じで、シロもそのランタンが必要なんだけど……願望器モドキって何?」

「おや、知らないのですか。じゃあ聞かなかった事にしてください。それはさておき、どうもお互いの目的は競合しているようで。衝突は不可避ということで早速……」

 そういって男、もといチェシャはレイピア────ではなく羊皮紙と羽ペンを取り出した。

「宣誓書にサインを」

「……へ? どういうこと?」

「生前に色々とあり、無秩序な闘争って奴が大嫌いになりまして。人と戦う時は誓約書を書いてもらうようにしてるんですよ。まっ、ポリシーって奴です」

「そ、そう……」

749 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/03/12 22:28:24 ID:kXlYjtHPJf
>>748
 ペースを崩されたシロは誓約書に目を通す。特段魔力などは感じられない。本当にただの誓約書だ。内容も『どちらが死んでも恨みっこなし』という……至極当たり前のことしか書かれていない。
 手の中で羽ペンをしばし弄んだ後、シロはやや躊躇い気味に署名した。

「どうもどうも、こちらの我儘に付き合ってくれてありがとう。じゃあ戦いますかね、ボチボチそろそろ、真剣に」

 チェシャは署名のお礼とでも言わんばかりに銀貨を親指で一枚弾いて投げ渡し、二枚目を自身の真上に弾き上げ……遡る雷のような剣筋でソレを刺し貫く。
 シロの目をもってしてもレイピアを抜く瞬間は捉えられなかった。

 距離にしておおよそ五歩分まで距離を取ると、ランタンを安全な場所におき、チェシャはレイピア片手に頭を下げた。抑揚のついた道化師じみた動作で。

「仮面越しにどうも失礼! 改めて、私の名前はチェシャ。剣に長けた我が身ですが、汚い手も積極的に使います……どうかご容赦を!」

 頭を上げ、チェシャが裂帛の気合と共に踏み込んでくる。
 初手で繰り出したのはもちろん突き……ではなく真上からの振り下し。手首の向きを固定したまま振る、古い剣術のやり方だ。
 シロはそれを横に動いて捌き、愛用の銃剣で返しの突きを────

「……痛ッ!?」

 額に走った鈍い衝撃により妨害された。シロの額から血が流れ、彼女の視界を少なからず苛む。突きをとっさに横凪ぎの動きに変更してチェシャをけん制しつつ、シロは安全な距離まで下がった。

 ────今、何をされた? 銃弾や石礫であれば見て避けられたはず。魔術であれば発動に何かしらの予兆があるはず……憑依幻霊としての能力か。つまり能力は『見えない弾を飛ばす』事…………か?

750 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/03/12 22:29:26 ID:kXlYjtHPJf
>>749
 袖で血を拭い去り、シロは一瞬の内に思考を終える。そして銃弾を三発打ち放つ。

「アン! ドゥ&トロワ!」

 急所に飛んで来ていた一発目だけをハンドガード(レイピアの柄につけられた簡易的な盾)で弾き、二発目と三発目を体に掠らせながら前へ踏み込むチェシャ。
 再度レイピアを直上に振り上げ放たれたのは……鋭い袈裟斬り。手首を返すことで剣の軌道を操る、オーソドックスな技術だ。
 シロは例の衝撃に警戒しつつ半歩退いて銃剣で攻撃を受け止め、お返しに最小限の動作でチェシャの手首を傷つけ、出血を強いる。続けざまにそのまま────

「まずっ……!?」

 背中に走る悪寒。死の気配。
 目を見開きながら本能に従って体を後ろに逸らす。シロの首元スレスレに斬撃が走り、産毛を斬っていった。
 シロはたまらず大きく後ろに飛んで距離を稼ぐ。

 ────また、動作が見えなかった。銀貨を貫いた時と同じ。おかしい。多分さっきのは袈裟斬りからの切り上げ、それほど高度な技って訳でも無いのに。もしもこんな時……いや、もしもの話はやめよう。今ある手札で頑張らないと。
 歯噛みし、冷や汗を流すシロ。彼女の青い瞳が疲労と焦りでかすかに濁る。

「……!」

 本能的な危機察知に従い、シロが銃剣を振って『見えない弾』をガードする。『見えない弾』は妙に硬い感触と共にアッサリ弾かれた。
 チェシャとシロ……互いの距離はおよそ十歩分。互いに決定打を失い、戦いの中に小休止が生まれる。

751 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/03/12 22:29:35 ID:kXlYjtHPJf
>>750

「ねえチェシャさん……そっちの能力はなんなのかなぁ? ヴォーパルちゃんのは『無限再生』だったけど」

「さあ? それは言えません。まっ、正解を当てたら教えてあげますよ。それが真実か保証は出来ませんがね」

 猫の仮面を小さくズラし、毛づくろいする猫のように手首の血を舐めとるチェシャ。彼の態度からは確固たる自信があふれ出ている。
 対するシロは大きなダメージこそないものの、精神的に疲労気味。とはいえ勝機がないかと言えばそれは違う。

(能力の正体は掴めないけど……真名を見抜くか、憑依の”核”になってる部分を壊せば、憑依状態を保っていられなくなるはず。ヴォーパルちゃんが確かそんな事を言ってた。
 真名は見当も付かないけど、核になってるのは多分猫の仮面だね。仮面ってのは人の本質を多い隠すものだし、チェシャ”猫”だし)

 良いことだけを考え、力強い意思で己を満たし、シロは銃剣を握りしめる。拳が白くなる程に。弱気な考えが湧いてこないように。
 戦いはまだ始まったばかりである。

752 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/03/12 22:51:18 ID:kXlYjtHPJf
久しぶりの戦闘回でした
今回出て来たキャラですが、一応FGOのキャラに薄っすらと関係がある感じです マジで薄っすらとですが
チェシャのイメージはディズニー版のチェシャ猫に18世紀辺りのヨーロッパ貴族成分をブレンドして擬人化した感じです


それはそうと、ぶいぱいのライブすんごい楽しみ!
メンバーの身長差を3Dで改めて確認してみたい所存

今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=qz7WxuR6z7o

753 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/03/15 12:36:35 ID:qkAIRcrlB3
裏設定
アンケグ
危険度A(極めて危険 対処困難)
 D&DというTRPGから七割方設定を引っ張ってきたモンスター。出オチ要因として登場したものの、元ネタではドラゴン数歩手前くらいの強さはある。

754 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/03/15 16:10:58 ID:qujP58Ln9m
おっつおっつ、これまた厄介そうなやつですこったい、ライブも楽しみですねぇ、この前のシロゲームも面白かったせいでイオリンに強運というか突拍子の無さというかを覚えた

755 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/03/15 19:18:31 ID:qkAIRcrlB3
>>754
ハイ、結構厄介な敵です
実のところチェシャはかなりの古参の憑依幻霊であり
危険性物わんさかな森に単騎で派遣される位には信頼されてます
もちろん 信用度=強さ と言う訳ではありませんが、危険な任務を幾度となく切り抜けてきた油断ならない敵なのは間違いありません

シロゲームのイオリちゃんはアレ凄かったですね

756 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/04/13 23:26:07 ID:vRvjF.AjTG
>>751
「さあ……幕間は終わりですよ!」

 チェシャはそういうとシロに向かって深く、体が沈むほどに深く踏み込む。その体勢から繰り出すは抉り込むようなレイピアの突き。防御の難しい一撃。
 対するシロは銃剣の先を巧みに回し、死の切っ先を受け流した。深く踏み込んだチェシャが体を後ろへ戻すのに合わせて前へ────

「クッ!」

 アゴをしたたかに打ち据える見えない弾。シロは首に力を込めて強引に堪え、銃剣で切り返した。チェシャの体に切創が走る。だが浅い。
 口の中が切れて血がシロの喉に絡む。こういう些細な不快が重なればいずれ集中を欠く。このままズルズルいくと危険だ。シロは眉をかすかにひそめ、二歩下がりながら弾丸を放った。一発は相手の方へ、もう一発は────

「今更この程度……なっ!?」

 頭上の枝へ。
 今シロ達が戦っている場所は森の中。打ち落とす枝はふんだんにある。落ちた枝が行く先は当然チェシャの上。自分に向けられた弾をかわすのに一手使った彼はソレを避けられない。絡み合った枝葉が動きを一瞬止め、彼の視界を塞いだ。

 シロは近くの木を蹴って跳ぶ。頭上から銃剣で刺しにゆくために。相手からこちらがほぼ見えていないとはいえ、正面からバカ正直にいけば流石に反撃を────

「ッ!?」

 ホンの一瞬、目の前の枝が不自然にチラつき、直後レイピアの刃が上空のシロを正確に狙って突き出された。
 シロは辛うじてそれを避けて着地し、その勢いのまま体を沈めて強烈な足払いを繰り出す。つま先がチェシャの足首に当たる。木製バットのスイングめいた乾いた打撃音。骨がひび割れた音。

757 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/04/13 23:26:48 ID:vRvjF.AjTG
>>756
 足首を蹴られたチェシャはどうにか倒れるのを耐え────ようとはせず、蹴られた際のモーメントに体の勢いを付加して回転、枝を振り払いつつ立ち上がる。
 そのままレイピアを構え直し、突く。動作が見えない。時間が跳んでいるのかとすら思えるほどの奇剣。シロが辛うじてかわし、銃剣で薙ぎ払いつつ距離を取る。

 小休止。

 シロは銃剣を握り締めながら歯&#22169;みした。しかし結果として受けたダメージが多かったのは、チェシャの方である。

「これは……中々に痛烈ですねぇ。ハハ」

 歩く度にチェシャを襲う激痛。それでも彼は抑揚のついた動作で肩をすくめて笑った。己の感情を瞳に秘めて。
 対するシロはかすかに首を傾げた。その瞳にどこか、道化師じみた彼に似合わないモノを見出したのだ。ソレが具体的に何なのかまでは解らない。シロは浮かびかけた疑問を振り払うように目の前の闘いへと意識を戻す。

 ────それなりに良い蹴りを入れたが、こちらも完全に無傷とはいかなかった。まぶたの上を浅く斬られた。ほんの少しずつだが目に血が入り始めている。だがそれを差し引いても得られたモノは大きい。
 先ほどの攻防を通じてシロの中で一つの仮説が立っていた。見えない弾、動作の見えない突き、そして先の不自然なチラつきと見切り。これらの事象を合わせれば一つの答えが見えてくる。

 痛みでチェシャの表情がかすかに歪んだ瞬間、シロは銃剣に残っていた弾丸を決断的に全て吐き出した。地面に向かって。
 辺りに立ち込める土煙。

「……」

 シロは重い槍となった銃剣を魔力に戻して収納し、ナイフを呼び出した。ばあちゃるに持たせていたモノと同じ型。とにかく折れづらく、滑りづらく、信頼できる一振りだ。

758 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/04/13 23:27:49 ID:vRvjF.AjTG
>>757
 爆発的に間合いを詰めて飛び込み、一撃。あえて足を乱雑に運んで土煙を絶やさないようにする。
 チェシャは足を止めてシロの攻撃を右手のレイピアで打ち払い、左手から『見えない弾』を打ち出し────

「やっと見えた」

 それを掴み取られた。

「……ありゃりゃ、種が割れちゃった感じですかね?」

 これまでシロを的確に妨害してきた見えない弾の正体。それはただの石礫であった。左手に石を握り込み、指で弾き飛ばしていたのだ。もちろんただ飛ばしていた訳ではない。
 シロの攻撃。

「うん。チェシャの能力は多分『透明化』でしょっ? それも割と融通効く感じの透明化」

 土煙が揺らぐ。チェシャの反撃、息を付かせぬ五連刺突。シロは揺らぎを頼りにそれを避け、受け止め、往なし、弾き、最後に切り返す。
 五連撃の中に先ほどまで散見された『動作の見えない攻撃』は一度もなかった。

「じゃあ私の攻撃……パッと繰り出す不思議な斬撃の秘密もお解りで?」
「解るよ」

 ────人間には攻撃の”予兆”というモノが必ず存在する。
 個人個人で微妙に違うソレを読み取って対処するのが防御の基本で、その予兆を可能な限り減らすのが攻撃の基本だ。
 だが一部の極まった達人はそのセオリーを無視する。予備動作ゼロの攻撃…………無拍子。
 ソレを強いて例えるなら『虚空から唐突に飛来してくる弾丸』のようなモノである。神代の英霊でもなければ見切ることなど不可能。
 当然その域に達する人間はほぼいない。凄まじい才能のある人間が生涯を捧げればもしかしたら……というレベル。

 だがチェシャは、憑依幻霊として与えられた『透明化』スキルで疑似的にだがそれを可能にした。

759 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/04/13 23:28:24 ID:vRvjF.AjTG
>>758

「体の一部を透明化させてたんだよね。攻撃の予兆として動く部位だけ厳選して、透明化させる時間を凄く短くして、バレないように」

 シロの切り上げ。体全体を使って振り抜く重い一撃。チェシャは無事な方の足で円を描くように体を動かし往なす。

 ────攻撃の予兆を知覚するのは眼球で、ならば予兆となる動きを透明にして、見えないようにしてしまえば疑似的な無拍子ができあがる。剣を極めるよりはずっと楽だ。
 だが決して安易な業ではない。透明化させるタイミングが攻撃の予兆とズレれば無意味だし、透明化させる時間が長ければすぐに種が割れる。
 チェシャは召喚されて憑依幻霊となってから、膨大な反復練習によってこれを身に着けた。手の皮が剥け、腕が動かなくなるまで努力した。自分を召喚した主や幻霊仲間の見ていない所で密かに努力した。
 『優雅な道化師』たる自分に泥臭い努力など似合わないから。だけど主の”望み”は絶対に叶えてやりたいから。

「正ッ解! そう、私に憑依幻霊として与えられた力は透明化! 透明化させる対象は自由自在、そして透明化させるスピードは超絶的ッ! ご存知でしょう? アリスインワンダーランド、神出鬼没のチェシャ猫を。自在に姿を消し、自在に現れるのですよ。チェシャ猫というのは。
 まっ……透明化させられる”体積”は大きめの猫一匹分だけなんですが。でもこういう”ズル”が出来ちゃうんだから、それくらいの縛りがないと強すぎるんですよ」

760 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/04/13 23:28:43 ID:vRvjF.AjTG
>>759
 砂煙の中、チェシャはニヤニヤ笑いながら巧みに剣を操る。自分の能力が見破られているのにも関わらず。
 ────いかに巧みに透明化を操ろうと、チェシャの動きに応じて対流する土煙までは誤魔化せない。そして不定形の土煙まで透明化させるのは流石に無理だろう、というのがシロの算段であり、実際それは読み通りであった。

 唯一読み違えがあるとすれば、それはチェシャへの対処。能力さえ攻略すれば押し切れると無意識に踏んでいた事。

「それにこういう事も……出来ちゃいますしねッ!」

 まぶたから垂れた血がシロの目に入った瞬間、チェシャはおもむろに手をゆらりと動かし────そしてヒビが入った方の足でシロを蹴り上げた。不意を打つためだけに。
 つま先が顎を捉えて脳をしたたかに揺らす。
 チェシャ。真名はチェシャ・フルート。『主』が最初に召喚した憑依幻霊であり、最も忠義深きもの。

 シロの体が後方へぐらりと傾き……

「ッ……フゥッ」

 終幕とはならず、シロによる反撃の頭突きがチェシャの顔面、ひいては彼のつけている黒猫の仮面に突き刺さり、それを割った。
 当初シロが憑依の核と踏んでいた部分はこれで破壊できたことになる。

 ────シロはブイデアのリーダーで世界の命運を背負っている。そう簡単に負けはしない。負けてはいけない。チェシャはそれを知らず、故に彼女の限界を読み違えた。

「ああ残念。”そこ”は核じゃあ────」

 チェシャの言う通りその憑依は解けていない。
 彼は努めて軽薄さを保ちながら勝ち筋を冷静に────

761 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/04/13 23:28:57 ID:vRvjF.AjTG
>>760
「やっぱりそうなんだ。透明化の力を知った時から思ってたんだよね、シロなら絶対弱点は透明化で隠しとくのになって」

 取り戻す間もなく致命の一手をシロから叩き込まれた。滑るように回りこまれ尻の辺りに刃を通された。

 これまでずっと透明化によって隠されていた憑依の”核”……紫縞模様のシッポが切り飛ばされ、地に落ちる。

 チェシャの紫縞模様の服がプウと膨らみ、クラッカーめいた音とカラフルなリボンを伴って弾ける。弾けた後には誰もいない。
 シロが怪訝に眉をひそめた次の瞬間……木の枝上に彼はいた。チェシャは足の半分ほどの幅しかない枝の上でクルリと回る。

「どうも、どうも! 真の姿で改めてご挨拶!
 18世紀フランス国民の皆々様方に愛されし芸術の一つ、コメディア・デラルテ(予め決まったキャラクターたちが演じる即興劇)の演じ手、劇団チェシャ! 私は座長兼、用心棒兼…………アルレッキーノ役。チェシャ・フルート。
 私の演じるアルレッキーノ、その性質はトリックスターの道化師! 否! トリックスターというアーキタイプの原型こそがこれ、アルレッキーノですよ」

 バク宙を決めつつ枝から”軽快に”飛び降りるチェシャ。

「なんで……」
「おや、知りませんでしたか? 憑依幻霊から憑依が&#21085;がれる時……存在が切り替わる事によりある程度傷が治るのですよ。まっ、流石に限度はありますし、もちろんスペックの低下はさけられませんがね」

 そう嘯く彼の体には、傷一つなかった。

762 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/04/13 23:51:17 ID:vRvjF.AjTG
久しぶりの投稿です
学業で消費した体力を配信の視聴でどうにか補う毎日です


コメディア・デッラルテについて
決まったキャラクターたちによって演じられる即興劇
トムとジェリーのような黎明期アニメの演劇版みたいな感じ(というかアニメがそっちの流れを汲んでいる可能性もある)

■■劇団の○○役は基本的に××さんが演じる、といった風に役者ごとに演じる役が固定されいたらしく
そこら辺割とvtuberにも通じる感がある
有名なキャラとしては

アルレッキーノ:
 別名ハーレクイン、アルルカン
道化師というキャラのご先祖であり、道化師衣装もアルレッキーノの衣装が元になったとかなってないとか
性格としては気まぐれでずる賢く、しかし悪人ではない
社交的でロマンチスト

黒猫の仮面をつけて演じられることが多かったらしく、チェシャが猫の仮面をつけていたのもこれが理由
あと物凄い頻度で西洋絵画の題材になってる
確かピカソもアルルカンというタイトルの絵を書いている

コロンビーナ:
理知的で活発な女使用人
アル×コロのカプで有名らしい

今回のbgm
https://www.youtube.com/watch?v=DZfNAObp-bo&t=168s

763 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/04/21 00:03:13 ID:QlC1oFSFLt
>>760
文章に拙い所と間違いがあったので一部書き直し



「やっぱりそうなんだ。透明化の力を知った時から思ってたんだよね、シロなら絶対弱点は透明化で隠しとくのになって」

 判断する間もなく致命の一手を、背後に回り込んだシロから叩き込まれた。
 これまでずっと透明化によって隠されていた憑依の”核”……紫縞模様のシッポが切り飛ばされ、地に落ちる。

 チェシャの紫縞模様の服がプウと膨らみ、クラッカーめいた音を伴って弾けた。弾けた後には誰もいない。
 シロが怪訝に眉をひそめた次の瞬間……木の枝上に彼は移動していた。チェシャは枝の上で深々とお辞儀を行う。

「どうも、どうも! 真の姿で改めてご挨拶!
 18世紀フランス国民の皆々様方に愛されし芸術の一つ、コメディア・デラルテ(予め決まったキャラクターたちが演じる即興劇)の演じ手が一人! 私はチェシャ一座所属、用心棒兼…………アルレッキーノ役。チェシャ・フルート。
 アルレッキーノとはすなわち、劇をかき回すトリックスター。自由気ままな道化師に御座います!」

 バク宙を決めつつ枝から”軽快に”飛び降りるチェシャ。

「なんで……」
「知りませんでしたか? 憑依幻霊から憑依がはがれる時……存在が切り替わる事によって傷が治るのですよ。もちろん限度はありますし、憑依がなくなる事によるスペックの低下はさけられませんがね」

 そう嘯く彼の体には、傷一つなかった。

764 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/04/21 08:06:52 ID:5mHJw8b.sE
おっつおっつ、面白くも厄介な奴ですなぁ……好き(唐突)

765 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/04/21 22:58:51 ID:CWrzDGABCO
>>764
元ネタのアルレッキーノが完成度高い設定だったのでキャラも中々イイ感じになりました
ちなみに裏……と言う程でもない設定ですが
チェシャが死んだのは丁度フランス革命真っ只中の頃だったりします

766 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/05/21 23:34:29 ID:iP/Pe2ClJc
>>761
「そしてこれはもうご存知かと思いますが……実のところ、憑依が解けて初めて使える力というのがあるのですよ。どうか油断なさらぬよう。
 ”来たり至るは二人の役者。至り来たるは無数の目。喝采。薪の原に我ら立つ。もつれた糸と意図をより紡ぎ、果てに待つは悲劇と喜劇。定まらぬモノ、貴きモノ、その名は────”」

 不穏な詠唱、シロはとっさに相手の額へ弾を打ち込む。チェシャの頭が後ろに倒れ、猫めいた琥珀の瞳が周囲を睥睨し、

「”未来”」

 ────濃霧が一帯を満たした。

「まずっ……!」

 シロは呼吸を抑え、その場から離脱しつつ彼のいた方へ拳銃を撃ち放った。だが銃弾は霧を&#25620;き分け遠く遠くへ飛ぶばかりで、何かしらに当たる気配はない。チェシャにはもちろん、そこら中に生えた木々にすら。
 木々のざわめき、下草の囁き、虫の声。森を満たしていたそれらが消え失せる。
 入れ替わるように別の音が来る。咳払い、足擦り、そして大勢の話し声。

 夕暮れの空。

『即興劇、コンメディア・デラルテの開場です。貴女方が勝った暁には霧渡りのランタンを差し上げますが、どうか皮算用はなさらぬよう』

767 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/05/21 23:34:49 ID:iP/Pe2ClJc
>>766
 チェシャの声が響く。霧が薄れ、周囲の光景が見え始める。

「これは……一体……?」

 シロは青い瞳を震わせた。現状になんら対処せず、呆然としながら。
 足元に木と釘の硬い感触。パリッとした空気。抑制された土の匂い。シロとチェシャを取り囲む……人間達。

 シロは今、野外に組み立てられた舞台劇場の上に立っている。
 木組みの舞台はあちこちが赤い布で装飾され、しかしシロから見て正面──舞台の正面にあたる部分──だけは無地の白布がピンと張られ、周囲の人間達とシロを隔てていた。
 周囲にいる人間は観客だろうか。かなりの人数。西洋貴族から物乞いまで、様々な時代の様々な格好をした彼らは、身分の垣根なく互いに顔を突き合わせて何かしら囁き合っている。

「ここは私の固有結界、心象風景。これから始まるのは即興劇。演者の心はいつもここにある。解るでしょう? 貴女方も────本質は同じエンターティナーなのですから。ヴァーチャルユーチューバーの電脳少女シロさん」

「……どうしてそれを?」

 シロの問いに、チェシャはほのかに光を放つ眼をトントンと指で示して返した。どこか中性的な動作で。踊るように、誘うように。

「なんでも良いじゃないですか。それよりさぁ────早く劇を始めましょう。アナタも出て貰います。もちろん拒否権はありませんよ。なにせこれ、自分ルールを押し付ける為の固有結界ですから。
 それと、劇の筋書きに干渉するのはどうぞご自由に。もちろん観客の許す範囲内で、ですが」

 チェシャが手を叩く。舞台と観客を隔てていた布が落ちる。鼓膜を割らんばかりの喝采と野次。期待の目でシロとチェシャを見る無数の観客たち。

768 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/05/21 23:35:08 ID:iP/Pe2ClJc
>>767
 シロはvtuberとしての本能で期待に答えようとし、すんでの所で思いとどまった。
 ────流されてはいけない。合理的でいなければならない。間違えてはいけない。間違える度に周りの人間が傷つく。それは自分が傷つくよりも、ずっと、ずっと耐え難い。

 迷いを振り切るため、ナイフでチェシャに切りかかろうとするシロ。しかし体が動かない。固有結界にて定められた、何かしらの禁則事項に引っかかったのであろう。
 固有結界は所有者の心象風景を具現化したモノ。扱いは難しいが……発動中は固有結界の法則によって世界が塗り替えられる。

 舞台の背景に大道具が立つ。ロミオとジュリエット辺りによく使われていそうな、塔を模したモノだ。

「さぁ御客様方。此度の演目は私、道化師アルレッキーノの快速破滅劇!
 ……さる貴婦人の寵愛を受けた道化師が一人おりました。貴婦人は大層器の大きいお方で、周囲を太陽のように照らしておりました。その傍らにいる道化師もまた、その光に照らされて……」

 低く、伸びのある声。彼はひょうきんな大股歩きで塔へ近付き、塔から顔を覗かせる青い目の女性にかしずく。彼の声も動作も先程までとはまるで別人であった。
 劇を始めた瞬間、彼は『チェシャ・フルート』から『アルレッキーノ』に成ったのだ。

 パンと塔に光が当たり、女性を照らす。その女性とはシロであった。塔が生えた時、シロはその場所に移動していた。固有結界の力によって。

「羨ましい道化師だぜ!」「器の大きい貴族って、なんか肉嫌いの狼みたいな話だべ」「流石にそれは酷くないかしら……」

769 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/05/21 23:35:50 ID:iP/Pe2ClJc
>>768
 レトロなパンクロック風革ジャン男、頬のこけた百姓、王冠風の赤帽子を被ったお嬢様。観客の三人が語り合う。この三人は”劇”の常連仲間である。
 チェシャ……否、アルレッキーノは彼らを見て緩やかに笑う。

「しかし! 道化師は足るを知らない愚か者でした。ただ寵愛を受けるだけでは嫌だ、その光を我が物にしてしまいたい。そう、道化師は────貴婦人を力づくで我が物にしようと考えたのです。到底上手く行くわけないと、そんな事すら分からずに。
 そも、その野望すら貴婦人を良く思わない人間に吹き込まれた物。仮に上手くいったところで、道化師の心は満たされなどしない。故にその末路は破滅だけ……もちろんその破滅がいつになるかは、まだ解りませんが」

「そんな願いを抱けるなんて……恵まれた人だべな」「借り物の野望ほど虚しいモンもねぇぞ」「どんな願いでも私は貴いと思うわ」

 アルレッキーノが剣を取り出す。それは過剰に装飾された、刃のない剣であった。剣と言うモノから一切の暴力性を抜き取ったような形をしていた。

「東の果てより来たと嘯く詐欺師より剣を買い、道化師は貴婦人を殺しに……破滅へと走り出す! 携えた剣は愚者をだまくらかすための────否! それは真、魔性の剣!
 なんの因果か、偽物の中に本物が有ったのです……まさに呪いめいた奇跡、いえ、魔性を帯びた剣は自ら主を選ぶと言います。きっとそれは、魔剣が選んだ運命だったのでしょう」

 舞台の中央に立ち、アルレッキーノは剣をフラフラと振り回す。それはまるで素人が剣に振り回されているようであり、そう見えるように意図された動きでもあった。

770 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/05/21 23:36:26 ID:iP/Pe2ClJc
>>769
「剣があるなら、魔性のクワもありそうだべ」「クワは知らんけど魔性のギターなら見た事あるぜ」「ホープダイヤっていう魔性の宝石が宮殿にあったわ」

「魔剣が力の代償に求めるのは正気! 遠からず狂い死ぬ定め! それを知らぬ道化師は借り物の野望と力を頼りに、貴婦人の元へ……」

 塔の大道具が引っ込み、舞台の背景が切り替わる。ほどほどに豪華な室内へ。とても清貧とは言えないが、かと言って居住性を損なうほどの装飾はない。
 アルレッキーノは胸に手を当て、傲慢な、それでいて媚びる色も混ざった声を出す。

「おお、貴婦人様! 私の光! 私のモノになって頂けませんか! どうか、どうかご返事を!」

「…………」

 舞台の下手側にアルレッキーノ、上手側にシロ──いつの間にか空色のドレスを着させられている──が立つ。
 演劇などでは基本的に上手側にいる役者が善側なので、話の流れを考えれば自然なことではある……ここがアルレッキーノが発動した固有結界の中である、という前提を無視すれば。

771 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/05/21 23:37:02 ID:iP/Pe2ClJc
>>770
 シロは微かに口をすぼめ、思考を回す。
 ────体が動く。いつの間にか手に剣が握られている。先ほどまで追っていた傷が治っていた。
 ここまでの流れを鑑みるにこの固有結界は『相手を劇に引きずり込む』というモノであるのはほぼ間違いない。傷が治ったのは『貴婦人の顔に傷があるのはおかしい』とかそんな理由だろうか……それよりも不思議なのは、こちらが即死するような内容の劇にしなかった事だ。
 固有結界の使い手が非常に希少であるため、あまり知られていない話だが、固有結界というのは維持するのが非常に難しい。持続時間はどれだけ多めに見ても10分程度。なので固有結界は基本的に短期決戦を旨とするモノが────

「ああ! なにゆえか、怯えていらっしゃるのですね! 声も出せない程に! でもご安心ください! 私の、この剣であらゆる敵から守……殺して差し上げますから!」

 アルレッキーノがそう言葉を発した途端、シロの体が突如として震え出す。まるで怯えているかのように。
 彼の発動した固有結界が、その"厄介さ"を徐々に現し始めていた。

772 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/05/21 23:42:18 ID:iP/Pe2ClJc
感謝祭メチャクチャ楽しみ! リアタイはできないけれど
宝具お披露目回でした
次回でチェシャ戦は畳む予定です

今回のbgm
https://www.youtube.com/watch?v=weRoddfZI-4&list=PLUjwA-Z4c05rAfdrDkQt8ZJP7iohktSIP&index=64

773 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/05/22 16:20:49 ID:.yyEv2IK74
おっつおっつ、劇は少し齧ったことあるから面倒くささがヒシヒシと分かるぜ

774 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/05/22 19:56:58 ID:/QzKVemkJM
>>773
トリッキーキャラにはやっぱメンドクサイ能力あるのが定番ですからねぇ

775 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/06/27 01:46:10 ID:EGJGZuycyW
>>771


 アルレッキーノは自身の眼前に剣を立て、顔を左右に区切る。左眼を焦がれるように細め、右眼を狂気的にカッ開きながら。

「アナタが何故怯えているか、それは私には解りません。だからせめて、貴女を抱きしめます。怖くないように……そう、胴から切り離された、アナタの首を! 大丈夫。一度も人を斬ったこともない────」

「アルレッキーノ。私の道化師よ、一体どうしてそのように? 貴男は人どころか虫も殺せない、優しい優しい御人であったはず」

 道化師の言葉をシロが遮る。生前培ってきた技術による、自分らしさと繊細さを両立した演技で。

 ────イオリが昏倒して以降、シロは二度と選択を間違えまいと常に意識している。慎重に、合理的に、仲間が傷つかないように。相手と状況をつぶさに観察し、考察し、理解し、確実に勝利する。直感等の不確かなモノには極力頼らない。彼女が一人で葛藤した末にたどり着いた最適解。慎重さはソレを遂行する上で重要なファクターとなる。
 だがしかし、慎重さを捨てなければならない場面というのはどうしてもある。それが今、この時。差し迫った危険に対しては早急に対処せねばならない。例え次に打つべき最善手や、固有結界の全貌すらまだ解らないとしても。

776 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/06/27 01:46:38 ID:EGJGZuycyW
>>775
「あ、喋った」「あの女優さん、声通るわね」「体幹ガッツリ鍛えてる動きだぜありゃ」

 剣で目元を隠し、観客の方を向いたまま足を止め、アルレッキーノが口元を大きく歪めた。遠くから見てもそうと解るくらいに大きく。

「運命が私を導いて、それに逆らわず進んでこうなった。だから貴女を私だけの物にして……その後は……そうだ! 皆を殺しに行くんです! 私とアナタの間に誰かが割り込んだりしないように!」

「……そうですか。我が道化師よ、シ……私は今震えるほどに悲しいです。この手で貴方を斬らねばならぬことが。せめて、苦しませずに殺してみせます…………そう……鉄棘の白薔薇と謳われた、私の剣術で」

 シロがそう言うと震えは止まり、手の中に剣が現れる。柄に薔薇の意匠を象った……白塗りの細い模擬剣だ。シロはそれを静かに構える。胸元に剣を寄せ、平らに寝かせた構え。フェンシングのソレにやや近い形。

(……やっぱり。多分ここでは”役者のセリフに合わせて現実が書き換わる”んだ。まだ断定はできないし解らない事もいくつかあるけれど。やけに改変の仕方が控えめなこととか…………やり過ぎると反動があるのかも)

 アルレッキーノは呼応するように、顔を覆っていた剣を突き付ける。露わになった彼の眼は……左右どちらも狂気に染まっていた。
 観客たちが息を呑む。

「ならば私は、この剣でそれを断ち切ってみせましょう! 白薔薇様! アハハッ!」

 そう言い切るやすぐさま襲い掛かるアルレッキーノ。飛びあがってからの振り下ろし、その勢いのまま身を伏せ、その体勢から獣めいた動きで突きを放つ。シロは振り下ろしを半身になって捌き、突きに剣先を合せて逸らし────後頭部に打撃を受けた。

777 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/06/27 01:47:06 ID:EGJGZuycyW
>>776
 アルレッキーノが突きを逸らされた勢いのまま飛び上がり、空中でカンフー映画のワイヤーアクションめいた回し蹴りを放ったのだ。

 シロは蹴りの衝撃を前方に跳んでいなし、距離を取り、空中で体を捻ってアルレッキーノに向き直る。跳んだ勢いのまま脚をたわめ、解き放ち、爆発的に直進。強く深く踏み込み、打ち放つは袈裟斬り。玄人好みの研ぎ澄まされた一撃。
 対するアルレッキーノ。彼は曲芸めいたイナバウアーで斬撃をかわし、のけぞったまま剣を床に叩きつけ、剣先を支点に縦回転する。アクの強い玩具じみた非現実的挙動。
 縦回転の勢いでアルレッキーノはアゴを蹴り上げる。シロは腕でそれをガードするが、衝撃を殺しきれず頭がのけぞる。だが彼女とて特異点で実戦経験を重ねた戦士、アルレッキーノの蹴りを強引に掴んでブン投げた。

「……白薔薇様の鼓動を感じます。トクン、トクン。斬ったらどんな音に変わるのでしょうか?」

 本来であればしばらく動けなくなるほどの、受け身許さぬ強烈な投げ。だがアルレッキーノは糸の切れた人形のような動きですぐさま起き上がり、奇怪な剣技を繰り出した。
 それは剣をペンやヌンチャクめいて体の周囲でメチャクチャに回し、刃を相手に叩きつけるという、剣を用いた舞踏と呼称すべきモノ。本来であれば防御する必要すらない軽く鈍い斬撃…………だが、この固有結界の中では違う。
 アルレッキーノの攻撃は不可解な”重み”を帯び、明確な脅威となって襲い掛かる。
 シロはそれに対して堅実な対処を重ねる。往なし、かわし、防ぎ、絡めとり、最小限の動きで反撃を────

「ッ!?」

778 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/06/27 01:47:29 ID:EGJGZuycyW
>>777

 しようとした瞬間アルレッキーノが剣を真上に放り投げ、回し蹴りを放った。ハイキック気味の鋭い蹴り。シロは非現実的な軌道で10mほど吹っ飛ばされる。
 互いの距離が開く。

 小休止。

「すごっ」「おお……」「アクション映画みてぇだ」小声で反応する観客たち。

「……うん」

 ────小休止を思考に費やし、シロはいくつかの疑問を脳内に吐き出す。
 何故、攻撃を受けたはずなのに痛みを感じない?
 何故、相手にもダメージを受けた様子がない?
 ダメージの蓄積がないとしたら、勝敗の条件はどこにある?
 考えるのを止めてはならない。考察、理解、勝利。それが重要だ。

『舞台に血は不要』

 アルレッキーノがホンの一瞬観客に背を向け、口の動きだけでシロにそう伝え、そしてゆるりと身をひるがえす。黒猫の仮面──荒々しく歪んだ木彫り──を顔につけて。

「アハハ! 白薔薇様……白薔薇様! 私の行為を、受け入れて下さらないのですね。遠くから、ハハ、終わりの音がもう聞こえてきます。蹄鉄の音、鎧と剣のぶつかる音! きっとアレはアナタの騎士様、にっくき婚約者ァ!」

 ────シロはアルレッキーノの言葉に反応せず、深く考え込んでいる。
 彼はそれに対して少しぎこちない笑みを周囲に振りまくことで応えた。

(この調子でいけば勝てる。主様に霧渡りのランタンを献上できる。固有結界を使う羽目になったのは…………少々想定外ですが)

 この固有結界の最たる特徴は『発動者と相手を即興劇に役者として引きずり込み、その中での勝敗を現実世界に適用する』というモノ。実に強力である。
 加えて、役者がセリフと演技を通して設定やストーリーを宣言すれば結界内の世界が書き換わる。

779 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/06/27 01:48:04 ID:EGJGZuycyW
>>778
 大まかにまとめればこれだけの話。だが、

・相手のセリフを無理に否定する行為、劇を破綻させる行為は結界によって阻害される。(シロが序盤動けなかったのはそのせい)
・観客に危害を及ぼす行動も当然禁止。
・無理のある設定やストーリーでは世界を書き換えられない。
・宣言した設定に沿った戦い方をするほど動きに補正が入り、冗談めいた動きも可能となる。
・設定に無理があるか否か、どれだけ設定に沿っているかの判定は観客たちの集合的主観。
・観客の人気を引き込めば動きの補正は増し、多少無理のある展開や設定でも通るようになる。
・観客は『生前演劇をある程度以上好んでいた』事を条件に様々な時代・場所の英霊や幻霊を無力な霊体として固有結界に呼び込んでいる。
・舞台にいる内は如何なるダメージも演劇上の演出として無効化され、最終的な勝敗はストーリーの流れ等を汲んだ上で観客たちが判断する。もちろん攻撃を多く当てた方が勝者と判断されやすくなるので戦闘技術が一切無意味という訳ではない……が、高い技術に基づいたモノよりも派手でアクロバットな方が贔屓されやすい。

 このように細かいルールがいくつも巻き付いて結界のルールを複雑化させている。そしてこの固有結界の厄介な点は、この”複雑さ”そのものにある。
 結局のところ『観客からの人気を得たものが有利を得る』というのが要点であり、他はそう重要ではないのだが……シロがそれに気付くのは至難の業だ。なにせ、固有結界が発動される直前まで殺し合いをしていたのだから。

「騎士が来る前に、終わらせてしまいましょう。そしたら、アナタの骸と共に行きましょう…………どこかへ。ずっと一緒にいられる、どこかへ」

「……」

780 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/06/27 01:48:24 ID:EGJGZuycyW
>>779
 ────シロは考える。深く、より深く。頭の中で仲間の顔と言葉がリフレインする。ピノ、双葉、牛巻、あずき、すず、ばあちゃる、イオリ。それと一応ラークも。
 しつこくリフレインされる、”あの言葉”。シロの心に刺さって抜けない棘。

 ”殺し合いと劇は違う”、文字にしてしまえば至極当然の話。だが……その二つが固有結界でシームレスに繋がる事で相手は錯覚を起こす。
 敵に勝とう、敵の動きを見逃すまいとして、真に重視すべき観客から視線が離れる。派手でエモーショナルな行動が力を持つ”劇”という場に、戦場の冷たい鉄臭さを持ち込んでしまう。前提を間違えたままズルズルと不利を重ねてしまう。

 相手の思考、そのベクトルを狂わせる。故に深く考えれば考えるほど相手は正解から遠ざかってゆく。

 無論、”フィーリングで物事を考える手合い”にはあまり通じない手立てではあるが、その場合は主から与えられた『部分透明化』の力で封殺する。あちらは逆にロジックを重ねて思考しなければ能力のタネは割れず、タネさえ割れなければ非常に強力である。

 二段構えの心理戦。それこそ彼を憑依幻霊として今日まで生き残らせた────

「いいえ、それは出来ません。なにせもう……騎士様が来てしまいましたから。私の愛しい騎士、婚約者である────卿が」

 シロが唐突に口を開く。祈るように瞳孔を細めながら。アルレッキーノの方を見たまま。
 舞台の木台が軋み、新たな役者を迎え入れる。
 南の海めいた青髪。夜と夕暮れの境を閉じ込めた瞳。嫋やかな美と明朗快活な美が共存した顔。

 役者の名は────ヤマトイオリ。”フィーリングで物事を考える手合い”の最たる例。

「シロ……薔薇様。イオリの事、信じてくれたんだね」

781 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/06/27 01:56:45 ID:EGJGZuycyW
今回メチャクチャ難産でした
やりたい事詰め込めるだけ詰め込んだら今回で終わりませんでした
シロちゃんの生誕祭めちゃんこ楽しみ


今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=Jfo-kRN9PeE

782 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/07/02 18:49:22 ID:qf/6q3qVl5
おっつおっつ、面白くなって参りました、ストグラとか見てるとイオリンてマジで周りを巻き込みつつゴーイングマイウェイするからなぁ。しかも許せちゃうし。

783 名前:名無しさん[age] 投稿日:2024/07/02 22:35:07 ID:M.P2qI2GMO
>>782
見てて気持ちいいですよね!

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名前 age
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