『第一特異点 炎上汚染界隈youtube』
「……どうしたもんですかね……これ」
馬の覆面を被った奇人、もといばあちゃるは冬の青空を見上げ一人語散る。
「ねえ馬!しっかりして、ぼんやりしてたらシロ、置いていっちゃうよ?」
「はーいはいはいはいシロちゃん、今しっかりしましたから置いて行かないで下さいね」
今ばあちゃるに楽しげに話しかけているのは白髪青目の幼びた美少女、電脳少女シロだ。
「いやぁ、でもこの状況何なんですかね、ヤバーしですよヤバーし」
ばあちゃるは困惑していた。
会社の健康診断の結果を受け取りに行っただけの筈が突然連れ去られ、気が付けばシロと名乗る美少女とともに雪山を連行されている。
シロが友好的なこととばあちゃるの馬のマスクがシロに受けたのもあり和気藹々とした雰囲気ではあるものの、現在進行形で誘拐されているのは紛れもない事実である。
そうこう思い悩みながら真白な雪をギュウと踏み固め雪山を登っていると、ポツリと小さく建物が見えてくる。
「シロちゃんに質問していいっすかね」
「ん〜〜良いよ!どんな質問?」
「オイラが連れていかれるであろうあそこの建物が何なのか教えて欲しいんですよハイハイハイハイ」
「そういう事ね、おけまる!あそこはねぇ、未来の観測所、それ以外の役割もあるけど、まぁいくらでも説明する時間は有りますし〜」
「未来の観測所?何かヤバーシーっすね」
>>2
ポツリとだけ見えていた建物は近づく程にグングンと存在感を増し、十分も歩かない内に到着した。
シロが扉を開けばそこには巨大な大広間が広がっている。
如何にも近未来チックな内装と、不可思議な紋様で埋め尽くされた床。そしてその中央に浮かぶ金髪の女性の似顔絵に立体感を足したようなもの、それが大広間の中央にズンと鎮座している。
「アレは……なんすか?」
「アレこそが、この未来観測所ブイデアの要、未来演算及び時間跳躍装置、KANGONだよ。凄いでしょ」
>>3
「KANGON?随分変わった名前っすね、と言うかサラッとヤバーし気な単語が」
「そーだねぇ、今の事情含めて説明出来る子がいるんだけど、、、いた!あずきちゃん!」
「ハァイ」
背後から突然返事が聞こえたことに驚き、その弾みで前にバタンと倒れてしまう。咄嗟に手を突いたおかげで怪我は無いが、馬のマスクが90度程回転し古代エジプトの壁画のような珍妙な姿になってしまう。
「キュアアアッッwww、ごめん、ちょっと待って、笑っちゃうwww人の不幸を笑っちゃ駄目っておじいちゃんに言われてるのにwww」
「ハイハイハイハイ、ばあちゃる君はね全然不幸になって無いので笑ってもね問題無いですよ」
「www…………ふぅ、ありがとう。じゃあ改めて紹介するね、この子は木曽あずきちゃん。このブイデアの主席研究員でKANGONを実用化した凄い子なんじゃぁ」
「それは凄いっすね、そんな子がオイラに説明してくれるなんてばあちゃる君感激ですよ」
「ハァイ、あずきですぅ。さっきは驚かせてすみませんでした。呼び名なんですけど、あずき、あずきち、どんな風に呼んでもらっても構いません。でも、出来れば強そうな名前でお願いしますぅ」
紫髪隠れ目の大人しそうな見た目、しかし内面はいい意味で掴みどころが無い。それがばあちゃるの受けた木曽あずきの印象だった。
>>4
あずきはスタスタとKANGONの前まで歩くとばあちゃる達を手招きする。
「ハイハイハイハイ、これがKANGONでいいんすよね?改めて見るとなかなかヤバーしな見た目っすね」
「ハァイ、これこそ未来観測器KANGONですぅ。元々は神道の家の家宝だとか、色んな逸話があるんですけど、、、まぁ良いや。未来観測やはたまた未来から物を持ってこれたりと時間に関してなら一見万能なんですけど、、、とりあえず触れて見てください。」
そう言われ、ばあちゃるは恐る恐るKANGONに手を触れる。そしてその瞬間流れ込む強烈なイメージ。
燃え盛る室内、崩落する天井、瓦礫が四肢を砕き潰す音。
その余りの内容とリアリティに打ちのめされ、思わず床に座り込む。
「フゥ……フゥ……」
「馬、大丈夫?息が相当荒いよ……」
「多分、嫌な未来が見えたんだと思いますぅ。でも安心してください、半年前からKANGONの未来観測は当たたっていません。」
「……え?そ、そうなんすか。それは良かったーーーそれヤバく無いっすか!?」
「ハァイ、かなりヤバいです。半年前までですら未来観測の精度は3割程度だったのに、今じゃ0割。2つ目の能力しか機能していないですぅ。」
ばあちゃるは会話をしながら考えを整える。
あずきの言葉をそのまま受け取るなら、あの流れ込んできたイメージが現実になる事は無いと言うことだろう。あってまだ数分だが、あずきが嘘をつくようには見えない。だから、あの光景が現実になる事は無い、無いのだ。強く自分に言い聞かせた。
>>5
「………えーっと、2つ目の能力と言うと時間跳躍、であってるすよね」
「そうです。時間跳躍ですぅ。未来や過去から物を取り寄せたり、こちらから未来や過去に行くことも可能です。ちなみに、私やシロさんはKANGONを用いて未来から呼び出された英霊なんですけどね」
「そう!そうなの!シロ達は英霊なんだ!あとあずきちゃんは恥ずかしがって言わないけど……任意の未来や過去に行く方法を確立したのはあずきちゃんなんじゃぁ」
「恐縮ですぅ」
ポウと頬を染めるあずきとばあちゃるの驚く顔を見て得意げなシロ。
英霊、英霊なら知っている。新入りとの話題づくりの為に見たfateで聞いた言葉だ。嘗て世界に名を刻んだ英雄達、それらが仮初の命を得た存在。
「まだまだこれからの事とか話すべき事は沢山あるんですけどぉ、それは明日説明しますね。」
「……そうっすね。そろそろばあちゃる君頭がパンクしそうなんで嬉しいっす」
>>6
あずきとシロに別れを告げた後、寝泊まりする部屋へと案内される。
近未来的な扉を開けると、部屋の中は温もりを感じる木張りの内装、趣味の良い家具、それと先客がいた。それは死にそうな雰囲気を出しながら書類と格闘していた。
机にかじり付くその先客は小麦畑のような金髪にアホ毛をぴょこんと生やした、中性的な少女だった。
「あのー」
「あっ、ごめん。すぐ片付けるからちょっと待っててね」
「ハイハイハイハイ、終わるまでやっちゃっても全然大丈夫っすよ。オイラこれからお風呂入るんでねハイ」
「うん、ありがとう。でも大丈夫、仕事が丁度一段落したところだから。あと、僕の名前は牛巻りこ、君の名前は?」
「オイラの名前はばあちゃるでフゥ。大分疲れてる様に見えるっすけど大丈夫なんすか?」
「全然大丈夫だよ!平気平気!もう慣れっこだしね」
「それ大丈夫なんすかね……」
牛巻と駄弁っていると、牛巻の目見麗しい姿と強い個性、そこからシロとあずきを連想する。
「そう言えば、りこりこも英霊、なんすか?」
「そうだよ。牛巻達は13人の英霊なんだ。シロちゃん、あずきちゃん、めめめちゃん、すずちゃん、いろは、ふたばちゃん、イオリン、なとりちゃん、ピノちん、ちえりちゃん、牛巻、もちにゃん、夜桜ちゃん。しめて13、凄く多いでしょ」
「いやー思ったより多いっすね。顔写真とかもあるっすかね。顔と名前一致させときたいんでねハイ」
「もちろんあるよ。なんたって牛巻はブイデア全員の健康の管理をになっているからね!」
「それって……まあ無理はしないで下さいね、、、おお!どの子もかわいいっすね」
>>7
渡された写真に写る13人の子達。どの子も百人いれば百万人が振り返るような美少女だった。これからこの子達と仕事をするのが楽しみだ、と思った時。ふとばあちゃる自身の日常を思い出す。
部下を笑わせようとしてよく滑る上司、生意気だが根はまっすぐな部下、先月結婚したばかりの同僚、さんざん自慢されたのを覚えている。両親とは年に数度しか会え無いが、それでも大切な家族だと間違いなく言える。そんな思い出が堰を切ったようにどんどんと溢れ出てくる。
堪えきれずソファーに座り込む。馬のマスク内部の湿度がほんの少し上昇する。
「大丈夫?」
「大丈夫っす……いや、少しだけ大丈夫じゃ無いですね。なんで俺は攫われたんですかね……いつになったら俺は帰れるんですかね」
「それは……そうだね。少しくらい早く教えてあげても大丈夫だよね、うん。難しい事は省いて説明するね。ここ一年程、世界はあちこちが切り取られて無かったことにされているんだ。牛巻達もKANGONを使って過去の世界と見比べて初めて気づいたんだよ」
「世界が切り取られる?」
「そう、そして無かったことになる。家族や友人、恋人が切り取られた場所にいれば、その人達は居なかった事になる」
「なんすかそれ。そんなのどう仕様もないじゃ無いっすか……」
ばあちゃるは更に姿勢を低くして座る。
これからは大切な人や思い出を失ったことにすら気づけない恐怖に気づき、更に気分が沈む。
>>8
「いや、どうにかする方法はある。切り取られた世界は寄せ集められて、3個の世界を作っているの。そして各世界には、切り取られた世界のパーツを繋ぎ止める楔の様なものがあると見てる。だから牛巻達が楔を壊せば世界はもとに戻る筈なんだよ」
「なるほど、突飛な話ですがばあちゃる君は信じまフゥ。でも、なんでオイラなんすかね。ばあちゃる君魔術とかわからないっすよ」
「それはね、ばあちゃる含めて十人程しかその3つの世界に行けないからなんだ。その世界はただの時間跳躍じゃ辿り着けないifの時間軸に位置してるの、牛巻達はKANGONの雑さを利用して無理矢理行かないと行けないから本当に適正のある人間は少ないの。」
ばあちゃるは背筋を伸ばし、さっきよりも明朗な声を作る。
「そうっすね、確かにばあちゃる君には頑張る理由があるみたいですねハイハイハイ」
「酷い事を言ってるのはわかってる。でも今は、今だけはお願いします」
「いやいやいやいや、全然大丈夫っすよ、りこりこ。ばあちゃる君は大人なんでねハイハイ」
「うん、ありがとう」
会話がひと仕切り終わると牛巻は書類を持ち部屋を退出する。
ばあちゃるはそれを見届けると、着替える事も忘れ、ベットに倒れ込み、眠りにおちる。
>>9
深夜、ばあちゃるは赤い光とサイレンに突然叩き起こされる。
慌てて部屋の外に出ればそこに見えるのは赤く燃え盛る廊下、罅割れてコンクリートを剥き出しにした青白い床、歯抜けの天井から覗く満天の星空。
「ちょいちょいちょい!何なんすかこれ!?ばあちゃる君まだ夢でも見てるんすかね!?」
「いーや馬、これは夢じゃ無いよ。現実だよ」
「あ!シロちゃんじゃないすか!と、とりあえず他の人達は?他の人達は無事なんすか!?」
「そうだよー、シロだおー。ブイデアの人達に関しては安心して、今管理室にいるリコちゃんとあずきちゃんがスタッフの保護をしてるから。シロが思うに、あの二人がいればここの人達は大丈夫。だから馬、今は馬が一番危ないの、早く行こ?」
「エグーー!ばあちゃる君が一番危ないんすか!?ばあちゃる君も怪我するのは嫌ですから速攻で行きますよハイ」
ばあちゃるのもとに駆けつけたシロ。一見すれば日中の時と同じ落ち着きを保っている様に見えるが、やはり節々に焦りが見える。
今の状況について走りながら聞こうとも考えたが、今にも崩れそうな壁や天井、そしてばあちゃるの手をクイと引いて走るシロを見てそんな暇は無いと思い直させられる。
シロに連れられてばあちゃる達は牛巻とあずきのいる管理室へと向う。しかし管理室へと向う途中、不幸な事に瓦礫が道を塞ぎ大広間に立ち往生してしまう。
そして不幸は続く。
「シロちゃん危ない!」
「え?」
>>10
ばあちゃるがシロを突き飛ばす。そうやってばあちゃるはシロの上に落ちてきた瓦礫を代わりに受け止めた。
次の瞬間ばあちゃるの四肢はグシャリと潰れ、その音にばあちゃるはデジャヴを感じると、不思議と冷めた頭でそう考える。
掠れた視界でも辛うじて見える黄色い物体、それを認識したばあちゃるはデジャヴの正体に思い至る。
(ああそうだ、これはKANGONに触れた時見た、、あの光景だ、、、)
当たらない筈の予言が当たった、その事に可笑しさを覚え、思い出した記憶と同じ風景の中で思わず笑ってしまう。
「馬!……ねえ馬!!しっかりしてよ!」
「アハハ、すんません……シロちゃん。もう駄目そうですね……世界を救う……やってみたかっんすけどね……」
「ねぇ、シロは英霊なんだよ!?馬より強いの!シロが瓦礫に当っても無事な可能性のほうが高いんだよ!?それに今のは瓦礫に気付かなかったシロの責任なの!シロが怪我するべきだったのに何で!?」
「シロ……ちゃん、ばあちゃる君はね……誰かが悲しんだり……怪我してる姿は……苦手なんですよ……だから……つい……」
「…………そうだったね、馬はいつもそうだもんね、バカだよ、ほんとにバカ」
「アハハ……返す言葉も無いっす」
>>11
どんどんと体から命が抜けていく、眠る直前のように瞼が落ちていく。冷えていく。
シロがばあちゃるの前にかがみ込みマスクを取り去る。吐息の音すら聴こえる距離でシロは問い掛ける。
「ねえ馬、まだ生きたい?」
「ーーーーーーーーー」
「わかった、、、宝具『ーーーー
大広間は加速度的に崩壊を速めるが、シロはそれを気にも掛けずKANGONのそばまで行くと宝具を使い始める。
少しするとシロとばあちゃるは白い光に包まれだす。それと同時にシロはKANGONに触れ魔力を流し込む。
次の瞬間、大広間からシロとばあちゃるは消滅した。
>>12
■月■■日ーーー私は生まれた時から毎晩不思議な夢を見ている。人間、小人、鳥、はたまた怪物。様々な者が様々に登場し退場し、その中に私はいる。そして目が覚めると、時折物を夢から持ち帰っているのだ。
しかしこの頃は以前にも増して変な夢ばかり見る、、何か意味がある様に思えるので、内容を書き記して置こうと思う。
廃墟と化したコンクリートジャングルを闊歩する人の様なナニカとそれに怯えて暮す人々。唯一繁栄した場所、そこは人気者が全てを決める街、名はグーグルシティ。金に暴力、あらゆる手段でもって自分を誇示し『天国』を目指す醜悪な街。
しかし目を引くものはあった、自由を求め街を抜け出した者達、そしてーーー
ーー日記より抜粋ーーー
>>13
朝日が眼球を焼き、ばあちゃるを目覚めさせる。
二度寝しようとする体に活を入れて起こし、辺りを観察する。
真っ先に目に入るのは崩れかけの室内と、ダイナミックに跳ね回る真白なアホ毛に真夏の湖畔の様に澄み光る蒼い目。シロだ。
「あれ……ここは?」
「おはよう、馬。ここはねぇーー切り取られた世界を改変して作られた3つ箱庭その1つ。シロ達は特異的Yと呼んでるかな」
特異的Y、、、りこりこの言ってた開放すべき世界の事っすね。………?でもばあちゃる君は何でここにいるんですかね?実はばあちゃる君昨日寝てから記憶が曖昧何すよねハイ」
「それは、、うん。実はね、馬が寝てる間にブイデアで火災が起きてね、シロが馬を担いでも間に合いそうになかったからね、取り敢えずKANGONを使って避難の為にここに跳んだの」
シロは会話を区切ると、鍋を持ってくる。
立ち昇る匂いが鼻をくすぐる。堪らず鍋を覗きこめば蜜を溶かしたようなスープに蜜柑色のニンジン、柔く透き通るタマネギ、そして湯気立つジャガイモが顔を見せる。暖かな野菜のスープだ。
「もう朝だしお腹空いてるでしょ?野菜スープ、お上がりよぉ!!」
シロは威勢よく叫ぶと2つ皿を並べスープをよそう。
「「いただきます」」
ばあちゃるとシロは手を合わせると少しの間無言で朝ご飯を味わう。
>>14
「…………フゥ。これ美味しいっすね。不思議と懐かしい味ですねハイ。これシロちゃんが作ったんすか?」
「もちろん!この家から調味料と調理器具、あと家庭菜園から野菜をちょっとだけね、ちょっとだけ拝借したの、まぁここ廃墟だしぃ?問題無い問題無い」
「それ大丈夫なんすかね……あと今更何ですけど、ここは特異的Yの何処なんすか?」
「ごめんね、実はシロもここが何処なのか判らないの。KANGONはとにかく大雑把だからね。あずきちゃんの補助が無いと何処に出るかわからないんじゃぁ」
「そうなんすか、あの時ブイデアに残っていたりこりことあずあずは大丈夫だといいっすけどねハイ」
「大丈夫だよ。守る戦いで牛巻とあずきちゃんにかなう存在はいないからね、例えシロと他の子が束になってもあの二人の守りは抜けないからねぇ」
「じゃあ安心っすね……ごちそうさまです」
「ごちそうさま」
朝食を食べ終わると二人は最低限身嗜みを整え外に出る。
外から今まで滞在していた場所を見れば、やはりそこは廃墟と化した一軒家だった。そして外の景色はと言えば、ただ広がる荒廃し切ったビル群と住宅街、そしてーーー
「シロちゃん危な、「大丈夫だよ」
さっきまで滞在していた廃墟の屋根から人影がシロに襲いかかる。しかしシロは最初から上を警戒してたのだろう。いつの間にか手に持っている自動小銃の照準を合わせ、余裕を持って頭を撃ち抜く。
「〜〜≮‰%」
しかし頭を撃ち抜かれた筈の人影は、奇怪な叫び声を上げながら四足で着地し、そのままの体制で今度はばあちゃるへ猛然と走り出す。
「うわ!ヤバーしですよヤバーし」
「馬、もう少し緊張感持って」
>>15
慌てふためくばあちゃるを脇目に、シロはナイフを4、5本取り出し投げつけ、地面に縫い止める。
トドメを刺そうと近づくが、頭を撃ち抜かれても平然としていたソレは既にピクリとも動かない。
「あるぅぇぇ?何で動かないの?死んだふり?」
「今死んだふりをしても意味ないんでねハイ、死んでると思いますよシロちゃん」
「凄い落ち着いてるね馬、もしかして強がりぃ?」
「ばあちゃる君はもう決意固めですからねハイ。それにしてもシロちゃん、これ人間じゃ無いのはわかるんすけど、何なんですかね?」
「シロも見た事無いかな……ほんとに何なんだろこれ。殆ど植物で構成されてる事と、さっきナイフの刺さった胸にコアみたいなのがあるのは解るけど、それぐらいかな。」
「そこまで解れば十分だと思いますよハイ。じゃあ出発しちゃいましょうか」
「そうだね」
シロとばあちゃるは立ち上がり、ビル群へと向かい歩き出す。
続く
取り敢えず移行と一部表現の変更をしました。本筋にはなんの影響も無いです。
あとなんで原作の様に歴史の焼却にしなかったかと言いますと、まだVの歴史が短いからです。原作がウン千年単位で燃やしてやっとなのに、その百分の一未満では流石に足りないかなと思いました。
ちなみに現時点ではほぼ黒幕の思惑通りの状況です。
>>16
2人はひび割れた道路を歩く。ばあちゃるが前を、シロが後ろを警戒して歩いているが先の化物はあれ以降姿を見せない。
「あの化物全然見掛けないですねハイ。そういえばシロちゃん、今オイラ達は何処に向かってるんですかねハイハイ」
「今向かってるのは霊脈だねぇー。霊脈に行けばあずきちゃんと牛巻と連絡が取れるかもだから」
「霊脈って便利なんすね……」
「まあそうだね、この特異的の霊脈はシロ達の世界から切り取ったものだからねぇ。元の世界と魔術的な繋がりが残ってるんだよね」
「ハイハイハイ、なるほど、勉強になりますよシロちゃ、、ん、、、、!?」
微かに聴こえるペタペタと言う足音。ばあちゃるが遠く前方に化け物を見つける、それも1、2体では無い、2桁は確実に居る。
シロとばあちゃるは咄嗟に身構えるが、化け物達は一心不乱に霊脈の方へ向かっている。
「一体何が起こってるんですかね……?」
「わからないねぇ、でも嫌な予感がする。急ぐよ、馬」
「了解っす」
化け物達の向かう方、霊脈へと2人は急ぐ。
辿り着いた霊脈の周囲に辿り着いた2人は化け物達を警戒し、ビルの中から様を見る。
そこには予想外の光景が広がっていた。
>>19
「「うわぁ……」」
2人がドン引きするのも無理はない。霊脈に辿り着いた化け物達は仲間割れを起こしていた。
切り裂き、傷付け、喰らい合う。化け物が血も流さず緑色の中身をこぼし戦う様は何処かシュールですらあった。
「何やってるんですかねアイツら。ばあちゃる君もドン引きですよはい」
「シロもほちょにドン引きだよ……なんで霊脈まで来てやってるんだろうねぇ」
「さあ……あの化け物達は孤独が好きなんじゃないっすかね?」
「ウフフ、もしそうならパリピ嫌いのシロと気が合うねwwwん?まって、馬今なんて言った?」
「ハイハイ、あの化け物達は孤独が好きって言ったんすよシロちゃん」
「孤独、、、こどく、、蠱毒。馬、護身用にこれ持ってて、少しマズイかも」
シロは手早く武器を渡す。ズシリと重い拳銃に軍用の真っ黒なハンドアックス。
渡し終わるとシロは間髪入れずナイフを呼び出し、一人残る化け物のコアへ投げつける。ナイフは狙い通りの所へサクリと突き刺さる。
しかし化け物は凄まじい速度で膨張をし、ナイフはコアまで届かない。
「遅かった!本格的にマズイねぇ……」
「化け物が進化しましたよシロちゃん!ばあちゃる君もびっくりですよ」
「馬、あれはーー蠱毒の法かな。毒虫に共食いをさせて人を殺せる毒虫を作り出す儀式だけど、毒虫を化け物に変えて行ってるね……」
「グルオオオオオオ!!!!」
化け物の膨張が終わる。身長は3メートル程まで巨大化し、体の色も返り血を思わせるくすんだ朱へと変わる。
元々あった鉤爪は無くなったが、代わりに2本新しく生えた4本の長く強靭な腕。戦車を想起させる重厚な体躯。左胸に刺さるナイフすらこの化け物の脅威を表す装飾品に成り下がる。
しかしシロは、そしてばあちゃるも臆しはしない。
>>20
「おほほい!おほほい!シロちゃんはー!アイドルになるんだからー!こんなやつー!屁でもないんだコラー!!」
「ばあちゃる君はどうすれば良いっすかね!?」
「周囲を警戒してて!!」
「了解!!」
シロは先端にナイフを括り付けた自動小銃、いわゆる銃剣を取り出し銃弾を何発も叩き込みながら朱い化け物に突撃する。
殆どの弾は表面を削るに留まり効いてる様子は無く、避ける様子も無い。が、胸に刺さるナイフに当たりそうな弾だけは大げさに避ける。
「グルルルゥゥ……」
「!?、シロちゃん!押し込んじゃいましょうアレ!」
「解ってるよ馬!」
化け物は4本の腕をブンと素早く振り回しシロを叩き潰そうとする。しかしシロはそれらを軽々避け続ける。
「頑張れシロちゃん!」
「もちろん!」
ばあちゃるはせめてものの加勢としてシロを応援する。応援しか出来ない自分を密かに恥じながら。
渡された武器を持つ手に自然と力がこもる。体の血がうるさく鳴る。
「グ、グルオオオオオオ!!」
「まだまだ行くよぅ!」
化け物の動きは徐々に精彩を欠いていくが、シロの動きに陰りは無い。
そして決着の時が来る。
化け物が4本全ての腕を振りかぶった瞬間、シロは銃剣の先端を地面に叩きつけ飛び上がり化け物の左胸に強烈な蹴りを叩き込み胸のナイフを深々と押し込む。
「グルアアア……」
ナイフがコアまで辿り着いた化け物はついに倒れ伏す。
>>21
「凄い、凄いですよシロちゃん!こんなでっかい化け物倒しちゃうなんて、ばあちゃる君驚き桃の木さんしょの木ですよハイ」
「んふふー。もっと褒めても良いんだよー」
「もちろんですよハイハイ。シロちゃんがいたからばあちゃる君は助かったんですからねハイ」
ばあちゃるからの感謝を聞いたシロはふと顔をうつむかせる。
「助ける、か…………馬。褒めてくれたのは嬉しいけど、シロ達のこと恨まないの?シロ達が馬を巻き込んだんだよ?」
「逆ですよシロちゃん。ばあちゃる君は感謝してるんです。確かにばあちゃる君は日常から無理やり引き離されちゃいましたよ。そこはちょっとだけ恨んでます」
「…………うん」
「でもねシロちゃん、あの時ばあちゃる君は立ち向かう権利を得たんですよ。ばあちゃる君ぐらいの年になるとね、もう会えない人、忘れたくない思い出、今の自分を作り上げる記憶、本当にたくさんあるんです。大人を支える柱は過去を土台にしてるんですよ。だからねシロちゃん、俺は世界を切り取って無かったことにする、過去を踏みにじる所業を許せない。ばあちゃる君はばあちゃる君が望んでここにいるんです」
「だから恨まないの……?」
「違いますよ、恨みでなく感謝してるんです」
「うん、、、解った。ありがとう」
シロは顔を上げると頬を叩く。ほんのり赤くなった頬を携え明るい笑顔を浮かべる。
「よし!早速牛巻とあずきちゃんに通信しよう!!」
「そういえばその目的で霊脈に来たんでしたね……ばあちゃる君すっかり忘れてましたよハイ」
続く
今回は中ボス戦でした。最初は腕から伸縮性のある蔦を出したり、コアが2つあったり、死んだふりをする悪知恵が働くやつになる予定でしたが流石に長くなりすぎるなと思い大幅にナーフしました。結果予定していたばあちゃるの覚醒イベントが先送りになりました。
戦闘シーンが、戦闘シーンが書きにくいのが悪い……!!
あとついでにいくつか質問です。
「おほほい!」
「おほほい!」
と
「おほほい!」
「おほほい!」
のかどちらが読みやすいでしょうか
もう一つです、この化け物の名前を決めたいのですがいい名前が思いつきません。思いついた方は教えてくれると嬉しいです。(人と植物の)ハーフで趣味は鉤爪の手入れ、待ち伏せが出来る程度には頭の回るいい子達です。
>>23
間開けてくれると個人的には読みやすいです
あと名前なのですが自分ネーミングセンスないので単純に
植物から名前を持って来たのですが「カカラ」はどうでしょう?
サルトリイバラという鉤爪状の棘を持った植物の別名で
秋ごろになると赤い実をつけます
…花言葉が不屈の精神、屈強、元気で化け物っぽくないけど
>>24
解りました!これからはカギカッコは間を開けます。
カカラ、凄くいいネーミングセンスだと思います!ありがたく使わせて頂きます
現地民の口からカカラの名前を聞く、見たいな形で出す予定です!
>>22
シロは霊脈の上に黒い布を敷き、宝石を並べ、宝石の間を絹糸で繋いでいく。
「星空見たいでキレイですねハイ。ばあちゃる君魔術見るの始めてなんで感激ですよハイハイ」
「んふふー。馬にしては鋭いねぇ?馬の言う通りこれは星空の模倣。近しい星空に近しい霊脈、これだけ揃えればブイデアとパスを繋げられるんだよねぇ」
「魔術って意外と大変なんすね……」
「魔術も根本は科学と同じだよ……っと。よし!出来た!!」
星を宝石で、星座の繋がりを絹糸で表した星空の中央、北極星に当たる場所にシロは立つと魔力を流し込む。
周囲の風景がユラリと揺らぎ、世界の境目が曖昧になっていく。灰色のビルはかつての姿を取り戻し、薄く重なる影の雑踏が地面を満たす。
そしてブイデアへとパスが繋がる。
『ヤッホヤッホー!ハウディー!牛巻りこだよー』
『木曽、あずきですぅ。いやぁばあちゃるさんもシロさんも元気そうで何より』
「牛巻ぃ!それにあずきちゃん!大丈夫だった?」
『牛巻達は大丈夫だよ、ただ……ね』
『ブイデアは半壊。スタッフと食料、重要な機材以外は全滅ですぅ』
ひとまず繋がりホット一息つくシロとばあちゃる。しかし牛巻とあずきの後ろに見える壁には亀裂が見える。
「そういえば、ブイデアの外はどんな感じ何ですかねハイ」
『それね、吹雪がキツくて外に出られないしネットも電話もなーんも繋がんないの、まさに『陸の孤島ですぅ』
『あずきち!?それ牛巻の決めゼリフゥ!』
とは言え、牛巻達に現状を悲観する様子も、思考停止する様子も無い。
まるでトラブル慣れしたプログラマーの様だ、とばあちゃるが考えているとシロにツンと脇腹を突かれ本題を思い出す。
>>27
「何はともあれケガが無くてばあちゃる君嬉しいですよハイハイ。それはそうと『楔』の場所って解りますかねハイ」
『もちろんわかるよー。ここから東に真っ直ぐ進めば辿り着ける筈だよ』
『あずき達がナビゲートするので安心してください』
「ありがとうね!牛巻、あずきちゃん。あの2人のナビがあればこの先も安心だよ」
「ガァララララ!!!」
「カカラは轢殺だヒャッハー!!」
「そうっすね!行きましょうか!」
『『「「ん?」」』』
突然現れた例の化け物と、そしてゴトゴトと地面を鳴らし爆走するトラック。車体には神楽運送と書かれている。
「待て待て待て!逃げんじゃねえ!!」
「ガ、ガガガガ!!」
グシャア
化け物を轢殺し停止するトラック。
中にはモヒカンの男が乗っているのが見える。鋼鉄の肩パットはピカピカと光を反射し、厳つい顔はニンマリと笑顔を浮かべている。
>>28
「ヒャッハー!仕事完了!!……ん?そこのお嬢ちゃんと馬男!見ない顔だな!何処のモンだ?!」
「えっとね、外から来た旅人見たいな感じかな」
「ボスと同じか!なら来てくれ!そんでボスの話し相手になってくれねえか!?寝床もあるからよ!」
恐ろしげな男の怪しい提案。何故かシロはそれに即答する。
「良いよ」
「ちょっ、シロちゃん!?知らない人に付いていったら駄目ですよ!」
「大丈夫。シロの予想が正しいなら、あの人のボスはシロの後輩だからね」
「本当に大丈夫ですかね……人攫いじゃ無いかばあちゃる君心配ですよハイ」
『あずきの考えはシロさんと同じですぅ。殆ど人のいない荒野で人攫いをする意味は無い、とあずきは思います』
『牛巻も同じかなー。あのモヒカンの人ね、化け物を追ってここまで来ただけみたいだよ』
「確かに……それもそうっすね。怪しいとか言ってすみません!ばあちゃる君たちを乗らせて貰えますか?!」
「ヒャッハー!!気にしちゃいねえよ!乗りな!」
結局、ばあちゃるは説得されモヒカンの男の提案に乗ることになった。
>>29
ひとまずトラックの助手席にシロが、荷台にはばあちゃるが乗り込む。
転ばないようにソロソロと乗り込み、モヒカンの男から渡された明りを灯すばあちゃる。
しかし光の照らす先、そこにあの化け物がいた。
「ウビイイイイイイ!!」
「馬!どうしたの!」
「た、助けて!」
「あ、いけね。荷台にカカラの死体乗せてるんだった」
「馬!それただの死体だって!」
「ウビビビビビ…………え?あー確かに、これ死体っすね」
「すまねえ!後で埋め合わせするから許してくれ」
「全然大丈夫っす。それよりもカカラってこの化け物の名前なんすかねハイハイ」
「おうともよ!コイツラはカカラって言うんだよ。誰がつけたか判らんがこのプラントモンスター共には勿体ない良い名前だせヒャッハー!!」
「それにしても何でカカラの死体なんかわざわざ運んでるんすかね?」
「あ、それシロも気になるかも」
「こいつらは家畜の飼料、畑の肥料に使えるんだぜ。こんな環境じゃ使えるモン全部使わねえと生き残れねえからな」
「へー。為になるなぁ」
シロとばあちゃるはトラックに乗りモヒカンの男の住む街へと向かう。
今までいた場所からドンドン離れ、数時間もすれば街が見えてくる。
「ようこそ。ここは俺らはみ出しものの街。ニーコタウンだぜ」
「ここが……」
「この世界の街……」
>>30
瓦礫を積み上げて作りあげたねずみ色の防壁に設けられた錆びた鉄の門。
キイキイと煩い門を通り抜けて目に入るのは廃墟のビルにペンキを塗り、木の板で穴を塞いだだけの粗末な住居。しかし廃墟では無い。
人が歩き、人の営みがあり、人の温度を感じる街。ニーコタウン。
「悪くない街だろ?」
「もちろんっす」
「当たり前だよぉ」
「ヒャッハー!!照れるぜ!この街はボスと俺らで築き上げものだからな!この街は俺らの誇りそのものなんだよ」
「それは凄いっすね……そういえば、『楔』……じゃ無くて何か物凄く凄そうなモノとか見たこと無いっすかね?ばあちゃる君たち探しものしてるんすよハイハイ」
「何か凄そうなモノ……すまねえ。判らん。ただボスなら何か知ってるかも知れねぇな!」
「あずきちゃん、何かわかる?」
『ハァイ。ここらへんにはそれらしいモノは無さそうですぅ』
「だって。取り敢えずボスのところに行っちゃおう!」
「本当に大丈夫すかね……あんまりにも怖い人だったらばあちゃる君泣きますよ……」
街の一番状態の良いビル、その最上階の部屋へと案内される。
バイオリンと書棚の並ぶ部屋は程よく明るく、トラックが顔を突っ込んでいる事を除けば趣味の良い部屋と言えるだろう。
「ボス!客人を連れて来ましたぜ!」
「ありがとうございますヒャハオさん。………あ、ああ、あああ!!シロさん!プロデューサー!会えて良かった!!」
「すずちゃん!」
『すずちん!』
『すずさん』
「りこさんにあずきさん!お二人も無事で本当に良かった!」
緑色の髪に透き通る声、清楚な言葉遣いの眼鏡で綺麗な娘。それがばあちゃるの神楽すずに対する『最初』の印象だった。
続く
最近忙しくて余り書けなかった……
トラックを乗り回してる人たちは運送族と言い、主な構成員はモヒオ、ヒャハオ、ノリスケ、ゴリラなどです
>>31
神楽すずは二人をソファに座らせると緑茶を振る舞う。縞柄の湯呑みに緑の色がよく映える。
「心配でしたよ…………ここに飛んでからずっと通信の調子が悪かったけど、昨日から完全に音信不通になっちゃうんですもん」
「すずちゃん、心配させてごめんねぇ」
『現状ブイデアの施設は先日の大火事により半壊状態ですぅ。あずきの見立てによると、復旧に一月はかかるかなぁ、と』
「火事!?大丈夫でしたか!?そして何が原因なんです?」
すずがテーブルに身を乗り出してシロ達に尋ねる。グリーンの髪がフワリと揺れる。
『それがね、解らないの。牛巻が何度調べてもボンヤリとした結果しか出ないの。複数の箇所から同時に出火してたから人為的な火災なのは確かなんだけどね』
「私たちがいない間にそんな事が…………スタッフさん達は無事ですか?」
『幸いな事に、みんな大怪我も無く生きてますぅ。完全に無傷とは言えないですけどね』
「そうですか…………それなら良かった。本当に良かったです」
すずはホッとした表情になりソファに体を戻すと、茶をグイと勢い良く飲み干す。
それに釣られてシロとばあちゃるも茶に口を付ける。仄かな甘みと爽やかな苦味が心地よく広がる。
>>33
アッツ…………そう言えば『楔』の有る場所が解りましたよ」
「へぇ、そうなんすかハイハ………………え!?解ったんすか?」
「ハイ」
『『「「えぇ!?」」』』
「す、すずちゃん。本当なの?いやすずちゃんを疑う訳じゃないんだけどね」
「ハイ、本当です」
サラリと爆弾発言をするスズ、驚く四人。
「グーグルシティ。この世界で唯一栄えた街。それが『楔』のある場所です」
「グーグルシティ…………どうしてそこにあるって解ったんすか?」
「それは…………知りません」
頬をかいて照れるスズ、ずっこける四人。
「え、じゃ、じゃあ何で解ったの?」
「アハハ、すみません。双葉さんとピノさんから教えられた話なので詳しい事は知らないんです」
「あー、なるほ
シロがスズの答えに返そうとした瞬間、シロのお腹がクゥと鳴る。
顔をぽっと赤く染めるシロを見ない様にしながらばあちゃるが窓際に行き、外を見ると青空はすでに夜空へと変わっていた。
「シ、シロじゃ無いよ?」
「知ってますよシロちゃん。なにせ今のお腹の音は間違い無くばあちゃる君のですからねハイハイハイ」
「…………シロが言うのもアレだけど、かばい方不器用過ぎない?馬らしいと言えばらしいけどさ」
咎めるような、それでいてどこか照れるような口ぶりでシロは答える。
それを見てスズがボソリと呟く。
「白馬てぇてぇ…………」
「え?」
「な、何でも無いです!ハイ!えっと、そうだ。シロさんとプロデューサーを歓迎する宴を開くんですよ。来てくれますか?」
「シロにお誘い?もちろん行くよ!」
「オイラももちろん行くっす」
ウルトラスーパーお久しぶりです。大学受験で手一杯でしたがやっとこさ終わりました。
ですが勉強に専念したおかげで理科大の理工学部に合格しました…………イヤッフーッ!!!!!
今回はリハビリがてらなので短めです
久しぶりなのであらすじをば
ばあちゃる誘拐→世界を救う為と説明受ける→不服だったけどなんやかんやあって決意→火事が起きる→シロと一緒に逃げる→体がグシャァ→シロが治す→やむなくレイシフト→通信を回復させる→神楽すずと合流→歓迎を受ける(イマココ)
>>34
ニーコタウンの中心にある広場、そこには薪を組んで作られた茶色い構造物が鎮座していた。
大人も子供も老人も、この街に住む全員がこの広場にズラリと揃う。
全員が何も喋らずに座っている。全員が宴を待ち望み、まだ火の付いていないソレを取り囲んでじっと見つめている。
無言の緊張が頂点に達した瞬間、緑髪の少女が火の付いたマッチを薪の中に投げ入れる。
炎が薪の上で踊りだす。茶色い薪を赤く彩りながら徐々に黒く染めていく。
「おはようございます、神楽すずです。まあ今は夜ですけどね。それはそうとして、ニーコタウンの皆さん、これから何をするか解りますよね」
「宴かなぁ」「宴っすね」「宴」「宴ですよね」「宴だぜ!」「宴じゃい!」「ウホ!!」
ユラユラ揺れる火に顔を照らされた民衆達が我先にと返事を返す。
「皆さん正解です!シロさんとプロデューサーさん歓迎の宴…………開始です!!!」
「「「「ウオオオオオ!!!!!」」」」
歓喜の声が大地を揺らす。宴の始まりだ。
肉汁が今にもこぼれそうな肉、みずみずしいキャベツにレタス、ジューシーなトウモロコシ、ピーマン、マシュマロ、オニオン、キノコ、あらゆる食べ物が盛大に振る舞われる。
>>39
「想像の100倍位は宴してるねぇ。シロびっくりだぁ……」
「オイラも同感ですねハイ。ばあちゃる君こう言うの大好きなんで心が踊りますよ」
「良いことがあった時は宴でお祝い。それがここニーコタウンの習慣なんですよ」
「そいつぁすげぇや!」
串に刺した食材にかぶりつきながら会話をする3人。宴の雰囲気にあてられたのかいつもよりテンションが高い。
『なんか牛巻たちもお腹減ってきちゃったな。あずきち、確かバーベキューセットって無事だったよね?』
『全くの無傷ですね。ついでに言えば、スタッフ達がもう準備を済ませていますぅ』
『マジ!?早く行かないと!ごめん、シロピー、馬P。牛巻たちもバーベキュー行って来る!!』
「いってらっしゃーい」
「あ、スイマセン。私食べきっちゃったんで新しい肉取ってきます」
「私も行こうかなすずちゃん」
「二人ともいってらっしゃい。ばあちゃる君はここで待ってるんでねハイ」
二人を見送り、久しぶりに一人だけになるばあちゃる。
「…………ふぅ。2人が帰ってくるまで何しましょうかね」
シロとすずが遠くに行ったのを確認してから大きく大きく息を吐き、空をボウと見上げるばあちゃる。遮るもののない夜空の中で星がイキイキと自由に輝いている。
>>40
「馬頭のニイチャン。こんなところでボーとしてどうしたんだい?」
「ウビッ!?あなたは誰……ってああ、昼間の人ですか。確か名前は」
「モヒオだ。ボスの下で運送族を名乗って働いてる。宜しくな」
「こちらこそヨロシクっす。オイラの名前はばあちゃる。ボスってすずすずの事っすよね?」
「もちろん、俺らのボスは神楽すず。俺が神楽さん以外の下につくなんてあり得ねえぜヒャッハー!」
フラリとばあちゃるに近づいてきた強面の男。それは昼間にも出会ったモヒオと言う男だった。
酒をたくさん飲んで来たのだろう、真っ赤な顔で足元はフラフラとして覚束ない。
「でもなんですずすずの事をボスって呼ぶんすか?」
「ああ…………それか…………少し長い話になる。隣、いいか?」
「良いっすよ」
モヒオはばあちゃるの隣に座り込み、ポツリポツリと思い出話を語りだす。
「俺達、ボスの部下には俺みたく運送族って名乗る奴らが居る。んでもってそいつらはみんな昔、バカやって生きてた奴らだ」
「バカ、っすか」
「ああ、バカだ。略奪、傭兵紛い、密売、密輸。そんな馬鹿みてぇなことして生計立ててたんだよ。カカラ共に怯えながらな」
「それは、でもこんな化物のうろつく環境じゃ仕方が」
「仕方無く無いぜ。どんな理由が有ろうと、人傷つけて仕方無いじゃ済まされねえよ」
酒が入ってるとは思えないほど厳しい顔を浮かべるモヒオ。
自分自身を戒めるように、しかしほんの少し嬉しそうな口調で男は話しを続ける。
>>41
「だけどよ、そんなある日ボスが現れた。ボスはすんげぇ力で俺達を蹴散らした。俺はあの時、ついに俺の悪運が尽きたんだな、と思った」
「……………」
「でもボスは俺達を縛り上げ、集めるとこう言ったんだ『わたしはここに住む人達を、怪物に怯える人達を見逃せない。わたしはここに誰もが住める、安心して過ごせる町を創りたい。その為にあなた達の力が必要なんです』てな」
「なんか凄い話っすね。でも、グーグルシティじゃ駄目なんすか?」
男はゆっくりと首を横に振る。
「あそこに移住したかったら、まずグーグルシティに住んでる身元保証人がいるのさ。更に、その身元保証人が受け入れに必要な金を全部払わなきゃいけねえのさ」
「それは、あんまりですねハイ」
ばあちゃるが同意を返せば、男はそれに頷きを返す。
「だからこそボスのした事は偉大なんだよ。俺達はボスの下でニーコタウンを創り上げた。その過程で感謝される嬉しさ、創り上げる達成感、そして、俺達が今までして来た事の罪深さに気が付いた」
「だから俺達はせめてもの償いとしてカカラ共と戦い続ける。運送族と名乗って過去を晒し続ける。そうやって俺のして来た事の1%位は償ってみせる」
そう言い切ると酒瓶をグイと傾け、中身を飲み干す。
「すまねぇな。長々話しちまって」
「いやいや、実りある話でしたよハイ」
「そうか、そう言ってくれると嬉しいぜ。ニイチャンの連れも来たことだし俺は帰るぜ、またな馬のニイチャン…………ヒャッハー!!」
モヒオはフラリと立ち上がり人混みの中へと消える。
>>42
ばあちゃるがモヒオの消えた方を何と無く見てると、目の前に串に刺さった肉や野菜がヒョイと割り込んでくる。
「せっかくだから馬の分も取ってきてあげたよ、ほら食べて」
「シロちゃんあざっす!シロちゃんに持ってきて貰えるなんてオイラ感謝感激ですよハイ」
「ちょ、ちょっと馬!」
シロが持ったままの串に躊躇なくかぶりつくばあちゃる。
後ろから驚かせようとしたばあちゃるの思わぬ対応にシロは慌てふためき硬直してしまう。
「ごちそうさまですシロちゃん」
「もう…………本当に馬は馬なんだから」
あっと言う間に一串食べ切ると律儀に手を合わせるばあちゃる。シロはヤレヤレと言わんばかりに首を振りそれに答える。
「アハハハ、宴はまだまだ続くので楽しんでいってくださいね」
「もちろんだよすずちゃん!」
「見てくださいよシロちゃん、すずすず、キャンプファイヤーの周りで踊りをするみたいですよ」
「ホントだ、行こう行こう!」
宴の夜はまだ続く。
世界観の説明回&祭り回でした
出来ればこう言うシロちゃんやアイドル部があんまり出ない回は極力避けたいのですが、現地民じゃないと世界観の説明がマジでただの説明になっちゃうんですよね、、、、、
>>43
次の日、すずとシロ、ばあちゃるは昼になってもまだ眠っていた。町の人間も殆どが眠っていた。
昨日の宴は今日の朝方まで続いた。朝日が昇ると参加者はみな目にクマと満足げな笑顔を浮かべ、家へフラフラと帰って行った。
結局シロたちが起きたのはお昼過ぎ、太陽がてっぺんを少し通り過ぎた頃だった。
「少し、、、、頭が痛いっす」
「シロも、、、ちょっと」
「アハハ、、、宴の後は寝不足になる、これもニーコタウンの習慣みたいなもんですから、、、、zzz」
馬マスクの鼻がへんにょりと曲がったままのばあちゃる。アホ毛がしおれているシロ。
すずは慣れた様子でしゃべりながら、うつらうつらと舟をこいでいる。
「うん、と、そうだ。『楔』の場所も分かったことだしグーグルシティに行かないとね」
「場所は知っているんで私がトラックで送りますね」
「ありがとう。あとすずちゃん、水面台どこ?」
「あ、ハイ、建物を出て右に行くと井戸があるのでそこでお願いします」
「OK。行ってくるね」
「ふわぁ、ああ、、、ばあちゃる君もいくっすよ」
目をこすりながらも三人は身支度を進めていく。
>>45
数時間後、そこにはトラックに乗り込み町の見送りを受ける三人の姿があった。
『神楽すず』とプリントされたこのトラックには大小様々な傷があり、その大きさも相まって独特な迫力を醸し出している。
「ボス行ってらっしゃい!」「お元気で!」「ウホホホ!!」「行ってらっしゃい!」「三人ともお元気で!」「、、、!」「、、、、!」「、、、、!」
「行ってきます!!」
「んふふー。愛されてるねぇすずちゃん」
「アハハ、、、そう言われるとちょっと恥ずかしいですね」
そう嬉しそうに言うとすずはシートベルトを締め、アクセルをダンと踏みしめる。トラックが勢い良く走り出す。
「うわっと」
「あ、すいません。急でしたか?」
「いやいや、大丈夫っすよハイ。むしろもっと飛ばしても良いっすよ」
「え、ほんとですか!?」
何故か目をキラキラさせて聞き返すすず。
「ハイハイ、もちのロンですよ。ばあちゃる君嘘つきませんから」
「ちょっと待「やったあ!!じゃあつかまっててください!!行くぞ私は!!!!」
ばあちゃるは当然同意を返す。何も知らぬがゆえに。
シロはすぐに止めようとした。しかし、ほんの少しだけ遅かった。
>>46
すずはハンドルから片手を離すと運転席の右端にあるボタン、『ニトロ』と書かれた赤いボタンをガチリ、と深く押し込む。
直後、トラックの後部が開く。露わになった荷台の中にはジェットエンジンが三基見える。
キュィィィとジェットエンジン特有の音が車内に鳴り響く。
シロもばあちゃるも声を出して必死に止めようとするが、エンジンの音にかき消されすずに届かない。
ほんの一瞬、エンジンの音がやむ。次の刹那、三基のジェットエンジンが同時に火を噴く。強烈なGが三人を襲う。
「「ああああああああ!!!」」
「アハハ!!行け!行くんだ!私のトラック!!!」
ウキウキの少女、顔をひきつらせた少女、気絶した馬男を乗せたトラックはグーグルシティへ向け最高速で突っ走る
ここからちょっとだけすずちゃん回挟んでグーグルシティ入る予定です
因みに悪役は基本オリキャラだけで作り上げてるので、そこはご容赦ください
ただ、fateファンの方ならニヤリとするかもしれないです
>>48
ありがとうございます!!特異点エンジョイ勢のボスですが何気にブイデアとしての役割もちゃんと果たしてたりします
コメントしていただいたのに返信しないのも失礼だと気づいたので、これからは出来る限り返信していこうと思います!!
>>47
しばらく後、三人は立ち往生していた。
「すみません、、、テンション上がっちゃって燃料の事考えていませんでした」
「うっぷ、、、、別にいいんすよ、、スピード出してと言ったのはオイラですし、、、、」
「そうそう、送ってくれるだけでも十分ありがたいんだから、、、、」
スピードを出しすぎた為予定以上に燃料を消費し、トラックは燃料切れとなっていた。
「ねぇあずきちゃん、ここから徒歩でグーグルシティに行くとどれくらいかかる?」
『あずきの計測が正しければ、、、おおよそ3時間ですかね』
「まぁ、歩いて行けない距離では無いっすね」
『ただ、一つ問題が』
「どうしたの?」
『リコさん曰く、進行方向にカカラが集まっている場所がある様ですぅ』
『そうなの、これを見て』
リコが手馴れた様子で何かの機械を操作し、レーダーの様な画面を表示させる。
その中央には緑色の点がポツリと3つ、上部には赤い点がビッシリと浮かび上がっている。
「緑色の点がシロ達で…………この赤い点がカカラ、かな?」
『その通りだよシロピー、この20個以上有る点がカカラなんだよね』
「この数だと、戦うよりかは迂回した方が楽かなぁ」
「そうっすね」
助手席側の扉を開け、トラックの外に出ようとするシロとばあちゃる。
しかしすずは何かを思い出したのかパンと手をたたき、慌てて2人の肩に手をかけ引き止める。
>>51
「あ、すみません、ちょっと待ってください。そのカカラの集まっている場所でトラックの燃料が補給出来るかもしれないです」
「マジっすか?」
「ハイ、マジです」
「燃料に集まる習性がカカラにあるってことなの?」
「そういう訳ではないんですけど、、、、うーん、説明が難しいので実際に見てもらった方が早いと思います」
「分かったよすずちゃん。じゃあカカラ狩りに行こうか」
そう言うとシロは今度こそトラックから降りる。その直後にすずが勢い良く、少し間を置いてばあちゃるが慎重にコンクリと雑草の大地へと足を下す。
灰色と緑で構成された大地に色が加わる。ビュウと吹くビル風が3人の背中を押している。
「リコちゃん。カカラの場所は?」
『真北700メートル先、すぐそこだよ』
「オッケー、ありがとうね。馬、シロの渡した武器はまだ持ってる?」
「勿論っすよシロちゃん」
「すずちゃんも魔力は大丈夫?」
「大丈夫ですシロさん」
シロはナイフ付きの自動小銃を手元に呼びだし、ばあちゃるも拳銃とナイフを懐から取り出す。
すずはサングラスを装着し、足をドンと踏み鳴らす。すると腕の周りにノイズが走り巨大な火炎放射器が現れる。レモンのステッカーが貼りつけられたソレは強い魔力と神秘をまとっている。
「行きましょう!」
「うん!」
「うっす」
3人はうなずくとカカラの方へと歩き始める。
>>52
「カカラいるねぇ」
「え、どこっすか」
「馬、あの校舎の中見てみなよ」
10分も歩かないうちにカカラの集団が視界に入る。
元は高校だったと思わしき廃墟、その中を歩き回っているカカラ達が割れた窓越しにチラチラ見える。
「行きましょう、私が正面玄関から突入するのでシロさんとプロデューサーは、、、、いい感じにお願いします」
「いい感じって大分アバウトっすねハイ、というかすずすずはそんな危険なことして大丈夫なんですか?」
「トラックの燃料切れは私のせいなんですからこれくらいはしないと。それに私、雑魚狩り得意なんですよ。ほら、こんな感じで焼き払うんです」
火炎放射器を使うフリをしながらそう言うと、すずはスゥと大きく息を吸い込み叫び、前へ走り出す。
「かかってこい!有象無象がぁ!!!」
すずの体から緑色の魔力が噴き出る。走るスピードが明らかに早くなる。
「馬、シロたちは裏口からいくよ」
「了解っす、、、、でも大丈夫ですかねハイ」
「馬、すずちゃんはね、無理なことはちゃんと無理だって言える子なの。そんなに心配しなくても大丈夫」
シロは両手を腰に当て、優し気な表情で言い放つ。
ばあちゃるがすずの向かった方に目をやれば、ここからでも真っ赤な火炎がハッキリ見える。
「、、、、確かにそうっすね」
「でしょ?」
>>53
シロとばあちゃるは静かに歩き、校舎の裏手に回る。
二人が裏口の扉をほんの少しだけ開けると、カカラ達がすずに気を取られていているのが見える。
「、、、馬、321で行くからね、、、」
「、、、うっす、、、」
シロはフラッシュグレネードを扉の隙間からコロンと投げ入れ、直ぐに扉を閉じる。
「3、2、1、今!」
グレネードが炸裂し、扉の隙間や窓から真っ白な光が漏れ出す。
その直後シロが扉を蹴破り校舎に突入する。
「シロ魔法、、、発動!」
「ガッララッ、、、!!」
シロが銃を横に倒し引き金を引く、反動で銃を横に動かし薙ぎ払う。
強烈な光に視界を奪われた化け物たち、そのコアへ恐ろしいほどの精度で銃弾が襲い掛かる。
「ガララララララ!!!!!」
「やらせないっすよハイハイ!!」
それでも生き残った化け物共の内、一番シロの近くにいた個体にばあちゃるが組み付き、逆手に持ったナイフでコアのある左胸を何度も刺す。
「ハイ!ハイ!ハイハイ!!」
「ガ、、ガラ、、、」
ぐったりとしたカカラをそのまま盾にして、ばあちゃるはシロに弾をあてないことだけを意識して拳銃をでたらめに打つ。
ほとんどは明後日の方向へと飛ぶが、いくつかは運良く命中する。
ばあちゃるがそうしてカカラを牽制している間にシロはリロードを済ませる。
シロが二度目に弾を打ち切った時、カカラは全て倒れていた。
この先まで書き終わっていますが長過ぎるので一度切りました
シロちゃんが五分休憩している間に投稿したかったけどさすがに無理があった(小並感)
>>56
コメントありがとうございます!
今のばあちゃるは自分の能力でできる限りのことをしている感じですね、今後もシロちゃんのサイドキックとして成長して行く予定です
>>54
「フゥ、、フゥ、、、やりましたよシロちゃん」
「中々やるじゃん、馬」
「へへ、、、あ、ちょっ」
もう敵がいないことを確認したシロはばあちゃるの正面に立ち、馬のマスクを目の出ないギリギリまで持ち上げる。
驚くばあちゃるを他所にシロはハンカチでばあちゃるの顔を拭くとニコリと笑い、マスクから手を放し歩き始める。
「戦うとき緊張してたでしょ馬、汗ダラダラだよ。ほら、すずちゃんも待っているから早く行くよ」
「う、うっす」
すずの突入した正面玄関に行くと、そこは凄まじい有様だった。
辺り一面は黒く焦げ、カカラは炭となって転がっている。
「あ、シロさん、プロデューサー、こっちも終わりましたよ」
「割とエグーな感じですねハイハイ」
「ハハ、ちょっとやりすぎちゃいました。もう魔力がすっからかんです」
すずはサングラスを外し懐にしまう。火炎放射器がノイズと共に消える。
「じゃあ帰りましょうか」
「そうだね、、、、て、ちょっと待って。ここには燃料を取りに来たんでしょすずちゃん」
「あ、そうでした。燃料ですよね燃料。えっと、あずきさん。ここの近くに地面から飛び出た不自然な突起物ありませんか?」
『突起物ですか、、、、地下一階の技工室にそれらしいものがあるかな、とあずきは思いますぅ』
「突起物?」
「見ればわかりますよ」
そう言うとすずはどこからか持って来た赤いポリタンクを携え、二人と共に地下への階段を下りる。
>>58
「やっぱりありました」
「なにこれ、、、、」
『なんじゃこれ』
「大きな花、ですかねハイ」
『動く気配はないですけど、、、あずきもこれが何なのか解らないですぅ』
技工室にたどり着いた三人の前に現れたのは、地面から斜めに突き出した巨大な根。そしてそこから生える巨大な花だった。
電柱の様に太い茎からは、人の大きさほどもある薄黄色の花がいくつか垂れ下がっている。
それらの花は時折ブラリと不自然に揺れている。
「シロさん、刃物貸して下さい」
「あ、うん」
余りにも大きな植物から目を離せない二人をよそに、すずは手慣れた様子で茎に傷を付けポリタンクの口を押し付ける。
茎から黒い液体がドロリと流れ出す。液体が流れ出す程に花はしおれていく。
タンクが満タンになる頃には花は萎れ切っていた。
「え、これが燃料なの?と言うそもそも何?」
「これが燃料です。何故かガソリンとして使えます」
「それと、この植物はカカラの母体みたいなものですね。時々どこかに生えてはカカラを生み出すんですよ。いつの間にか枯れて消えますけど、こうすると直ぐに枯れてくれるんです」
「何というか、良く燃料として使えるってわかりましたねハイ」
「町の人がたまたま見つけたんです。この発見のおかげで電気や車が使えるようになったんですよ」
>>59
重くなったポリタンクを三人でゆっくりと運び、トラックに燃料を補給する。
ガソリンのメーターが満タンになる、すずがキーを回せばエンジンがドウと息を吐く。
「よし、今度は安全運転で行きますね」
「アハハ、お願いするっす」
時速60キロ、今度は普通の速度でトラックはグーグルシティへと向かう。
「お二人とも見てください。あの先がグーグルシティですよ」
「ホントだ、、、、でっかいねぇ」
「話は聞いてましたけど、実際に見ると凄いですねハイ」
すずが指さす先にあるのは、コンクリートの巨大な壁だった。壁の上から顔を出す高層ビルが、そこに街があることを示している。
壁の周囲では、黒いボディアーマーと奇妙なゴーグルを付けた兵士が絶えず監視をしている。
三人の乗るトラックがNo1と大きく書かれた門に辿り着く。
門の近くにいた兵士が無言でトラックに近づいてくる。
>>60
「、、、、、」
「ん、ああ。どうぞ」
すずが何かの書類を渡すと、兵士は無機質な動きで踵を返し書類をどこかに持っていく。
「ねえすずちゃん、あの人たち何なの」
「この街の警備兵です。ただ、昔はもっと人間味のある人たちが警備をやっていたんですけど、突然あの人たちに変わったんですよね、、、、今じゃ入るのも一苦労です」
「昔と違うの?」
「ハイ、今は街に住んでる人が身元の保証をしないと絶対に入れないんです」
「なるほどねぇ、世知辛いんじゃぁ、、、、ん?」
シロがはたと首を傾げる。
「じゃあさ、シロたちの身元は誰が保証してくれたの?」
「ピノさんと双葉さんが保証してくれたんです。昔は大金を払っても一応入れたので、ピノさんと双葉さんはグーグルシティで、私は外で。といった感じで手分けして『楔』を探してたんですよ」
「なるほどねぇ」
「シロちゃん、すずすず。書類の確認が終わったみたいっすよ。ほら、門が開き始めてますよハイハイ」
声を掛けられた二人が門を見ると、ばあちゃるの言った通り門がゆっくりと動き始めている。
「あ、ホントだ。遂にグーグルシティに入れますね。実は私も初めて来るので楽しみです」
「ふふ、じゃあシロとおそろいだね」
「ハイ!」
すずはウキウキでペダルを踏み、開ききった門を通過する。
入った瞬間、街の風景が目に入る。
>>61
胡乱気な看板やネオンがズラリと立ち並び、見慣れた建物と現代アートの様な建物が不思議な調和を保ちそれぞれ乱立している。
街の中心を見れば、遠近感がおかしくなりそうな程巨大なビル群が見える。
「いやー、凄いっすね、、、、、」
「だね、、、、」
「ですね、、、、、」
しばし呆然として街を眺める三人。眺めている間にも無数の車と人が通り過ぎていく。
一足早く我に返ったばあちゃるがすずに話しかける。
「そういえばすずすず、ピノピノとふたふたはどこにいるんすかね?」
「えーと、二人は入口から入ってしばらく真っすぐに行った所にいて、建物は見ればわかると聞いてますね」
「この街で見れば解るってどんな建物なんですかねハイ、、、、」
ばあちゃるが改めて街を見渡す。
屋台の提灯はカラフルに光り、路地裏には光る入れ墨を入れたヤクザがたむろしている。
「ま、多分大丈夫っすね」
「真っすぐ行けば良いのは確かですしね。行きましょう!」
「確かにこれは、見ればわかるねぇ」
「ですね、、、、りこさん、お二人はこの建物にいますよね?」
『ちょっと待ってね、、、、、、うん、確かにその中にいるよ。でもほんまごっついなぁこの建物』
ピノと双葉のいる建物、そこはチョウをモチーフにした紋章と双葉の生えた植木鉢、二つのシンボルが掲げられたスタジアムだった。
『ファイトクラブ スパークリングチャット』と入口に掲げられていた。
次回ピノ様と双葉ちゃんが登場します、後でボスのステータス出すかもしれません(宝具以外)
それはそうと、ガリベンガー放送枠上がったのうれしすぎる
>>64
楽しんでくれるなら本当に嬉しいです!!
ちなみにですが、馬のハーレムルートは残念ながらありません。書き方が分かりません。
好意的に接して来るシロちゃんにやや困惑しているものの、そんなシロちゃんの前でカッコイイ所を見せようとあがいてるのが馬です
シロちゃんの馬に対する思いは、、、、かなり複雑です。
ただし、英霊として召喚され世界を救う役目を背負い、同じ役目を持つアイドル部たちの前では、頼れる先輩として振る舞うこの世界のシロちゃんにとって馬は数少ない弱音を吐ける存在なのは間違いないです
【Vtuber名】神楽すず
【CLASS】ライダー
【所属】.live
【性別】女性
【種族】人
【年齢】17
【属性】混沌・中庸
【ステータス】
筋力B 耐久D 敏捷C 魔力D 幸運A 宝具B
【保有スキル】
『魔力放出(大声):C+』
大声とともに魔力放出を放出し、爆発的に身体能力を上げるもの。
効果は絶大だが隠密行動には向いていない。
『カリスマ(王道):B+』
人を引き付ける力。他人とともに道を開く、これこそ王道。
『普通:A』
常に普通であり続けるスキル。怪我、呪い、如何なる要因があっても通常通りに行動可能。
常にいつも通りであり続ける事は案外難しいものだ。
【宝具】
『????(未開示)』
【Weapon】
『火炎放射器』
注ぎ込んだ魔力に応じて火力の上がる火炎放射器。最大まで注ぐとレーザービームのようになる。
>>62
『お は く ず!スパークリングチャットの名物司会、天開司だ!!』
「「「オオオオオ!!!!」」」
『今日の対戦者を紹介するぜ!!』
『赤コーナーに立つは我らがスター!パプリカの赤は返り血の赤!!!園芸部所属パプリカァ!!!!』
『緑コーナーも特A級!神話の住人ケンタウロス!!!岩本カンパニー所属馬越健太郎!!!!』
「やっちまえパプリカ!」「蹴り倒せ馬越!!」「負けんな!!!」「…………!」「……!」「…………!!」「!!!!…………
入場料を払いスタジアムに入ると、そこは闘技場だった。
熱気と野次が場を満たし、そのど真ん中を司会の煽り文句が朗々と響き渡る。
真っ赤なパプリカの被り物をした大男が助走を付けてドンと床を蹴り、飛び膝蹴りを繰り出す。馬の下半身を持つ男はその蹴りを掴み受け流し、床に叩きつける。
「スタジアムの中に入りましたけど…………見た目以上に広いっすねハイ」
「だねぇ、ピノちゃんと双葉ちゃんはどこにいるのかな?」
「そこなんですよね…………」
>>67
3人が辺りを見渡していると、近くにいた老人がこちらにゆっくりと近づいて来る。
その男は執事の様な装いをしており、それはこの場所でひどく浮いていた。
「そこのお客様、どうかお名前を教えて頂けませんか」
「ハイハイハイ、オイラ達はちょっと忙「シロです」
「私はセバスと申します。お嬢様方がお待ちです。どうぞこちらに」
セバスはそう言うと懐からカギを取り出し『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた扉を開き、三人を招き入れる。
「ちょ、シロちゃん。あんな怪しい人について行ったらダメっすよ」
「大丈夫、あの人から敵意は感じないし。それに『お嬢様方』にも心当たりがあるしね」
小声で訴えかけるばあちゃるをシロが軽く流す。
徐々に小さくなる闘技場のざわめきを背にし、三人は下に緩く傾斜した通路を黙々と進んでいく。
「つきましたよ」
「おお、、、、」
「こいつぁすげえや、、、、」
「凄いですね、、、、、」
長い長い通路を下った先、そこにあったのは上品な屋敷だった。
洋風の庭は丁寧に整えられており、地下であるにも関わらず何故か空が見える。
セバスの案内で応接室に通される。
「そう言えば、ピノピノとふたふたはどんな子なんですかねハイ?」
「えっと、ピノさんはザ、お嬢様って感じで、双葉さんはのんびりした感じの人ですね。どっちも良い人ですよ」
「そうだよ、アイドル部の子たちはみんないい子たちなんじゃぁ」
「そっすかぁ、、、、、そりゃ楽しみですねハイ」
豪華なソファに座りあれこれと話し合っていると、応接室の扉がコン コンコンと三回ノックされ、一拍置いて扉が開く。
>>68
開いた先にいたのは、淡い紫色の長髪をサラリとなびかせる、黒を基調とした衣装に身を包む幼い少女だった。
「皆様御機嫌よう。カルロピノですわ」
「ピノちゃん!」
「ピノさん!」
「ピノピノ、っすよね?」
『ピノちー!』
『ピノさん!』
「シロお姉ちゃん、すずお姉ちゃん、お馬さん、りこお姉ちゃん、あずきお姉ちゃん!皆さんご無事で良かったです!!」
大人びた様子で挨拶をする少女、もといピノ。
しかし仲間の無事がわかると途端に相好を崩し、見た目相応の口調で喜びを表す。見開いたパステルカラーの瞳がキラリと光る。
「あれ、、、双葉さんは?」
「ごめんなさいすずお姉ちゃん。双葉お姉ちゃんは試合の運営で今忙しくて。しばらくしないと会えませんわ」
「なるほど、忙しいなら仕方ないですよね、、、、」
「ふふふ、すずちゃん。楽しみは後に取っておくのも乙なもんだよぉ」
「それとさ、ピノちゃん。試合の運営って上でやってる試合の事?」
残念そうにするすずの頭をなでながら、シロはピノに質問をする。
質問を受けたピノは満面の笑みでグッと胸を張り、心底誇らしげに語りだす。
「そうですわ。ここスパークリングチャットはわたくしと双葉お姉ちゃんで築き上げた最高のファイトクラブ!!宝具を用いることで実現したクリーンさと熱狂を両立したまさに至高の、、、、、」
「、、、、」
「、、、、、おほん。少しはしゃぎすぎましたわ。爺や、皆様にお茶を」
「ただいまお持ちします」
周りの生暖かい視線に気づくとピノはわざとらしく咳ばらいをすると、指をパチンと打ち鳴らし執事を呼びつける。
>>69
呼び出された執事、セバスは返事をすると数分もしないうちに人数分の紅茶を持って来る。
薄い湯気の立ち昇る紅茶は琥珀色。それをカップに口を付けゆっくり飲む、すると上品な香りが口の中にフワリと広がる。
「いやー、凄く美味しいですよハイハイハイ。もう一杯お願いできるっすか」
「勿論でございます」
「ありがとうございま、、、、ちょっと待ってくださいっす。セバスさん、あなた怪我してますよハイ」
「おや、本当ですか?」
「本当っすよハイ。ほら腕のとこ大きく切れてるっすよ、、、、アレ?血が出てない?」
ばあちゃるがセバスの腕を指さす。
その指さした先には大きな切れ込みが確かに走っていた。
しかしその切れ込みから血が出る気配は一切ない。
「アレ?どうして、、、、?」
「うふふ、お馬さん。実はですね、爺やの腕は特殊な義手なんですの。爺や、お願い」
「仰せのままに」
セバスは2、3歩後ろに下がると袖を捲り上げ、ほんの少し腕を力ませる。
すると両腕から大きな刃が飛び出す。銀色の刃は綺麗に磨かれており、誰が見ても鋭いと解る。
両腕から刃を生やしたその姿はどこかカマキリを連想させる。
「ね、ほら、すごいでしょう。ここだけの話、昔の爺やはイケイケで、、、」
「お嬢様、どうかお辞めくだされ、、、、恥ずかしゅうございます」
「だめですよ爺や、ここから先が面白いんですから」
「お、おやめください、お嬢様!ほ、ほら、例の話をしなければいけませぬぞ」
「しょーがないですねぇ爺やは。まあ今回は許してあげましょう」
>>70
シャンと音を鳴らし刃を納め、慌ててピノを止めようとするセバス。
ピノはそんなセバスをひとしきりからかうと、机の上に大きな図面を広げる。
定規とコンパスで描かれたその図には無数の消し跡があり、それが手書きであることをうかがわせる。
>>71
「ピノちゃん。これ何の図なの?」
「シロお姉ちゃん。カカラの母体、て何のことかわかりますか?」
「えっと、あの大きな花の生えた根っこの事だよね?」
「その通りです。そしてこの図はカカラの母体の出現位置と根っこの向きを、すずお姉ちゃんに頼んで調査して貰った物ですわ」
「こんなに調べたのか、、、、、凄いねぇすずちゃん」
「そうですよ。すずお姉ちゃんのデータは本当にサンプル量が多くて正確ですわ」
「いやぁ、、、アハハニーコタウンの皆さんで手分けしてやったのでそれほどでも、、、、」
「フフフ、照れるすずちゃんは可愛いなぁ、、、、、」
「と、ピノちゃん。じゃあさ、根っこはこの図の真ん中を中心にして生えてるけどさ、この真ん中はどこなのかな?」
シロがその質問をした途端、スンと真面目な顔になるピノ。
頭を掻き照れくさそうにしていたすずも、紅茶をコッソリ何倍もお代わりしていたばあちゃるもそれを見て姿勢を正す。
「この図の中心、それはここ、グーグルシティですわ。更に正確に言うならグーグルシティの中心部、『楽園』と呼ばれる部分ですの」
そう、ピノは苦々しく言い切った。
ここから徐々に話が進みだします。
実のところ、初期とはプロットがほぼ別物になっております
例を一つ上げると、初期ではアイドル部一人に付きマスターが一人つく予定だったのですが、恐ろしいほど登場キャラが増えることに気づき断念しました
>>72
「ちょ、ちょいちょい!ピノピノ、それってもしかして、、、、」
「そうですお馬さん。カカラの大本はこの街にある可能性が非常に高いんですの」
シンと静まり返る応接間、張り詰めた空気の中ピノは淡々と話を進めていく。
「この世界全体に根を張り、時折地上に根を出しては化け物を生み出す。出すのは常に根だけ、その大元を見た人間は誰もいませんの。根っこを辿ろうにも数日で腐るから不可能、だから考え方を変えたんですの」
「その成果がこの図面ということっすか?」
「そうですわ。もしも一つの場所から根が伸ばされているなら、伸ばされてきた根はきっとその場所を中心にして生えるだろう。そう思ってすずお姉ちゃんに調査を依頼したところ、結果は大当たりですわ」
「なるほどっすね、、、、、ん?」
ふと首をかしげるばあちゃる。馬の茶色い被り物が首に合わせてへにょんと折れる。
「この街の楽園?とか言う場所にカカラの大元がいるなら気付かないはずがないと思うんですよねハイハイハイ」
「それは『楽園』の特異性のせいですの」
「特異性?」
「『楽園』はグーグルシティの特権階級が住む場所です。高い壁に守られたそこは、法外な量の献金をして初めて中に入ることが許されますわ」
「でも『楽園』にはカカラの大元がいるんすよね?」
「ええ、この街の人間さんが夢見る『楽園』ではない、と言う事でしょうね」
ピノはそこまで言い切ると上品な所作で紅茶を飲み干す。冷めた紅茶のギュッと締め付ける苦みが顔を歪ませる。
>>74
「そしてもう一つ。『楔』も同じ場所にある可能性がありますわ」
「ど、どういうことっすか?」
「人殺しの化け物を生む植物。それも生きるために殺すのではなく、殺す為に生きる化け物。あんな生き物さんはあり得ませんわ。どう考えてもエネルギーが足りませんから」
「でもカカラは存在してるっすよ」
「そうです、生きれないはずの生き物さんが生きている。ならば何か特別な物がカカラのエネルギー源となっている、そう考えるのが自然ですわ」
「それが『楔』ということっすか」
「その可能性は十分に有る。わたくしはそう考えていますわ」
「ハイハイハイ確かにあり得るっすね、、、、」
「そうですわ。まぁ、説明すべきなのはそれくらいです」
真面目な話が終わり、ピンと張りつめた空気が徐々にほどけていく。
緊張が解けたせいか、今日の疲れがどっと溢れ出すばあちゃる。
背もたれに体重を乗せ横を見れば、シロとすずも同じ様にぐったりとしているのが見える。
そんな三人を微笑ましい顔で眺めるピノにセバスが何か耳打ちをする。
「、、、、、ありがとう爺や。どうやら双葉お姉ちゃんの仕事が終わったようですわ。闘技場の入り口で待っているそうです」
「マジィ!?待たせちゃ悪いし早く行こう!」
「ですね!双葉さんとも久しぶりに会うから楽しみですよ」
「どんな子か、ばあちゃる君も楽しみですねハイ」
さっきまでの疲れた様子が噓のようにワクワクとした顔で立ち上がる二人。
それを見たばあちゃるも飴色の机に手をグッと押し当て、体を持ち上げる。
シロ、すず、ピノ、ばあちゃるの四人はセバスの見送りを背にし、屋敷の外へと歩き出した。
villsのバラエティステージを買いそびれました、、、、
自分で書いておいてアレですがピノ様有能過ぎない?
>>77
確かに! 双葉ちゃんも結構有能なので期待して下さい
それとvillsの歌ステージ良かった…………シロアカであの曲は反則ですよマジで
>>75
長い通路を通り抜け、熱気と歓声に満ちた闘技場を通過し、四人は双葉の待つ入口へと辿り着く。
日はすっかり傾いて街がみかん色に染まる中、桃色に染まった可愛らしい少女が四人を待っていた。
桃色の髪と桃色の瞳に桃色の服、ツインテールをふんわりと纏める空色のリボンが良いアクセントになっている。北上双葉だ。
「ふたばんわー」
「双葉ちゃん!」
「双葉さん!」
『ふーたん!!』
『北上さん、お久しぶりですぅ』
「ふたふたっすよね?」
「みんなひさしぶり!!!双葉の名前は北上双葉、よろしくねうまぴー」
双葉がにこりと笑い再会を喜ぶ。ふんわりとした声が耳に心地よく響く。
「みんなそろったことだし、ご飯でも食べながらおはなししよー。実はさ、驚かせようと思ってだまってたんだけど、あのめいてんクックパートナーの予約がとれちゃったんだよね」
「ほんとですか双葉お姉ちゃん!?あのクックパートナーですよね!?滅多に店を出さないと噂の!天然の高級食材を使った料理を出すあの!!」
「フフフ、、、、それは見てのお楽しみだよ、、、、、、」
双葉の言葉をピノが聞き返す。ピノは目をキラリと輝かせ身を乗り出し、それを受け流す双葉も笑顔が抑えきれていない。
>>79
ネオンが灯り始めた大通りを抜け、迷路のように入り組んだ商店街を双葉とピノが先導して歩く。
「一体どんなお店なんですかねハイハイ」
「妹ちゃんたちがあんなに興奮するんだよ、美味しいに決まってるじゃん馬!」
「そうですよ。クックパートナーの名前はグーグルシティの外ですら知られているくらいなんですから」
『ううううう、、、、、牛巻は羨ましくない!羨ましく無いぞ!!』
「アハハ、帰ったら手料理作るから許してほしいんじゃぁ」
『え!?よっしゃぁ!牛巻頑張っちゃうぞ!!』
『あずきの分もお願いしますぅ』
「あずきちゃんと、スタッフの分も勿論作るよ」
画面越しにスタッフの歓声が聞こえてくる。ブイデアに帰ったら忙しくなりそうだ。
そうこうしていると双葉とピノの足がとある店の前でピタリと止まる。
その店は古き良き個人食堂と言った佇まいで、すりガラスの戸上には暖簾で『クックパ―トナー』と書かれている。
田舎町によくあるその外観は、ネオンや派手な看板だらけのこの街では逆に目立っていた。
ガラガラと戸を開けた途端心地良い匂いが出迎えてくる。炊いたお米の優しい匂いだ。
「いらっしゃいませ!クックパートナーのコック、お料理の妖精クックパッドたんです!」
「団体で予約してた双葉だよー」
「双葉さんと御一行ですね!お待ちしてました!」
カウンター越しに店員の姿が見える。
コック帽を被った元気そうな少女だ。その少女は見た目通りのハキハキとした声で手前のテーブルへ五人を案内する。
>>80
「ご注文決まりましたらお呼び下さい!」
「、、、、、、いやー、庶民的な店構えでちょっと安心したっすよハイ。メニューもぱっと見普通ですし」
「それがそうでも無いんですお馬さん。この世界で肉と言えば合成肉ですの。本物なんてお祝いの時くらいしか口にできませんわ。なんせ家畜の飼料が育つ場所が殆どありませんからね」
「そ、そうなんすか、、、、じゃあ屋台で売ってる食べ物なんかも、、、、、」
「ええ、あれはあれで美味しいですが本物の肉ではありませんわ」
「でもここの食材は全部天然なんすよね?」
「少し違いますわ。ここのは天然の『高級』食材、地鶏やプライム牛と言った食材を使っている、ですよね双葉お姉ちゃん」
「そう。ここは知る人ぞ知るめいてんなんだよ」
グーグルシティの先輩として知識を披露するピノと双葉。
二人の話す姿に無知を笑う様子は一切なく、純粋な嬉しさを湛えたむしろ喋り方は微笑ましい。
「それは凄いですね、、、、、じゃあオイラはこの『クックたんの気まぐれメニュー』で」
「シロもそれにしようかな」
「双葉もシロちゃんとおなじのがいい」
「じゃあ私も」
「わたくしもそれで」
「決まりっすね」
ばあちゃるが店員に注文を伝えると、店員は勢い良く一礼して店の奥へ消える。
>>81
料理が来るのを待っていると、ふとばあちゃるの腹がギュルリと嫌な音を奏でた。
突然襲い掛かる便意に慌てて席を立ち、店の奥に有るトイレへと小走りで移動する。
しかしトイレはたった一つしかなく、その一つのトイレは埋まっていた。
早くも限界間近の馬男を扉がはばむ、薄く白いただの扉が今に限っては堅牢な防壁に見える。
何度か躊躇した後、それでも我慢しきれずドアをコンコンとノックする。
「あ、ごめんねー。すぐ出るからちょっと待ってて」
「、、、、!!、、、、あ、ありがとうございます」
防壁の向こうから綺麗な声が聞こえ、少しするとトイレから出て来た金髪の女性がこちらを通り過ぎる。
その女性に対する綺麗だな、と言う感想は便意に塗りつぶされ、ばあちゃるは全速力でトイレへと駆け込んだ。
しばらく後、スッキリとしたばあちゃるは念入りに手を洗い席に戻る。
戻る最中それと無く店内を見渡せば、奥の方に見栄えの良い扉が見える。その扉の向こうからは先程の女性の声が聞こえた。
「遅いよ馬。もう少し遅かったら料理先に食べちゃうところだったよ」
「待っててくれたんすねシロちゃん。ありがとうっす」
「馬、待ってたのはシロだけじゃないんだからね。そこ大事」
「ありがとうっす皆」
「それでよし!じゃあ、、、、、」
「「「「「頂きます」」」」」
皆が手を合わせ食事が始まる。
>>82
皆が手を合わせ食事が始まる。
五人の前に並ぶのは真っ白なご飯、黄金色のチキン、熱々の味噌汁。
肉汁が溢れ出るチキンを丁寧に切り分け口に運ぶ、するとパリッパリの鳥皮と引き締まった鶏肉が力を合わせて顎を楽しませ、少し遅れて濃厚な鳥の旨味が広がる。
ご飯を一口食べれば、お米のほのかな甘みと鳥の味が調和を奏でる。
ワカメや豆腐の入った味噌汁をフゥ、フゥ、と吹きながらゆっくりと飲むと体がじんわりと温まっていく。
チキンを食べ、米を食い、味噌汁を飲む。それを無心で繰り返す内に五人の皿はあっという間に空になっていた。
「「「「「ごちそうさまでした」」」」」
米粒一粒までキッチリと食べきった五人。満足げな表情で立ち上がると会計を済ませ外へ出る。
「ありがとうございます双葉さん!美味しかったです!!」
「喜んでくれて双葉もうれしいよー。そう言えばすずちゃんも暫くグーグルシティにいられるんだよね?」
「ハイ!ニーコタウンの方は部下に任せて来たので。優秀なんですよ私の部下」
「やった!じゃあしばらくは皆でピノちゃんの屋敷におとまりだ」
「いいんですかピノさん!?」
「勿論ですわすずお姉ちゃん。シロお姉ちゃん、お馬さん、お二人も来てくれませんか?」
「勿論行くよ!妹ちゃんとお泊り会、、、、楽しみなんじゃぁ」
「あざっす!」
眠らない街グーグルシティ。
ネオンが、車のライトが、街灯が、ビルの照明がまばゆく照らす大通りを五人が歩いてゆく。
日常回&アカリちゃんとの顔合わせ回でした
食事ってその場所でとれる食材、文化、味覚、色んな物を内包してると思うんですよね、全世界共通の娯楽でもありますし。
今回の食事シーンで会話が無いのは、美味しすぎて無言で食べてたみたいなそんな感じです(言い訳)
>>85
黄金チキンはジョナサンで食べた地鶏のステーキがモデルですね
マジで美味いのでオススメです!
>>83
次の朝、五人は身支度を整え、ファイトクラブ『スパークリングチャット』の前に集まっていた。
ピノの屋敷に戻った後は大きな浴場に仲良く入り(ばあちゃる以外)、寝室でお泊り会を楽しみ(ばあちゃる以外)、天国の雲の様に柔らかなベッドで快眠し、スッキリとした目覚めを迎えていた(すず以外)。
シロにグデンと寄り掛かるすずを微笑ましく見守りながら、ピノは双葉に話しかける。
「双葉お姉ちゃん。仕事の方はどうなりましたか?」
「とりあえずエイレーンちゃんは条件つきで話きいてくれるって」
「条件の内容はなんでしたか?」
「ふたばが直接でむくこと、双葉以外に何人か付き添いを連れてきてもOKだって」
「なるほど、、、、想定より大分緩い条件ですね」
話についていけずポカンとするばあちゃる、既にほとんど寝ているすずを置き去りにし二人は話を進めて行く。
すずを起こさないように気を付けながら、シロが二人の間に割って入る。
>>87
「ピノちゃん双葉ちゃん、何の話をしているの?」
「えっとねぇ、、、、街の設立50周年にあわせものすごい規模の大会をひらいて『楽園』にいく為のお金を一気に手にいれるっていう計画をたててたんだけど、邪魔がはいっちゃったんだよね」
「そうなんですわ。莫大な優勝賞金、名だたる選手、街の50周年と言う最高のタイミング、、、、、、後はわたくし達が優勝して賞金を回収すれば『楽園』に行けるだけの金がちょうど貯まる、はずでしたわ」
「どんな邪魔が入ったの?」
「金貸し連中に圧力が掛かり、大会の開催に必要な金を調達できなくなりましたの。金が足りなければ大会が開けませんし、開けないとなればかなりの損害が出ますわ」
「圧力をかけてきたのはむかしここら一帯をしきってたギャング『サンフラワーストリート』と『エルフC4』の連中。双葉たちをつぶす為に手をくんだみたい」
浮かない表情を浮かべる双葉とピノ。
「前々から交流があり、圧力を跳ね除けるだけの力を持つエイレーン一家が唯一の活路。エイレーン一家から金を調達出来なければ『楽園』に乗り込むタイミングは大きく遅れ、遅れた分カカラの被害者が増えてしまいますわ」
「なるほどねぇ、、、、、話を聞く限り、今後すべきことは二つある感じかな?まずエイレーンちゃんとの交渉を成功させ大会を開くこと。もう一つはその大会でシロと妹ちゃん達の誰かが優勝すること。あってるよね?」
「うん、そのとおりだよシロちゃん。じゃあさっそくエイレーンちゃんのところに、、、、」
「あ、ちょっと待って下さい」
>>88
出発しようとした矢先、ピノが何かに気づいたのかパンと指を鳴らす。
「どうしたのピノちゃん?」
「あくまで想像なのですが、、、、、わたくしとすずお姉ちゃんはエイレーンさんの所に行かない方がいいかも知れません。『付き添い』を連れて来ても良い、と言うことは『付き添い』以外は連れてきてはいけないと言うこと」
「あ、そういうことか。双葉とピノちゃんはこの闘技場『スパークリングチャット』の共同経営者としてゆうめいだもんね。立場がたいとうな人が付き添い人だったらダメか。すずちゃんもニーコタウンのリーダーだしね」
「あくまで念の為ですけどね。ですがエイレーン一家との交渉が決裂すれば詰み、念には念を入れるべきですわ」
「わかった」
シロの腕の中で熟睡しているすずをピノにそっと預け、三人はエイレーン一家との交渉へと出発する。
>>89
「すずお姉ちゃん、、、、起きてください、、、、すずお姉ちゃん、、、、」
「、、、、んん、、あ!?すいません!寝ちゃってました!!、、、て、ここは何処ですか?」
「ここは図書室でございますわ。ご友人様」
すずが夢の世界から現実へと引き戻される。
寝起きのぼんやりとした視界に無数の本棚が映る。
本棚から視線を声の聞こえた方へと向ける、そこには可憐な少女、カルロピノと白髪の老メイドが居た。
「あなたは、、、、?」
「私はエミリー、婆やとお呼び下さい」
そう言うとエミリーはすずに一礼し、図書室の机に何かを並べだす。DVDとテレビ、だろうか。
「すずお姉ちゃん。わたくし達がここに残った理由は聞いてましたか?」
「ハイ、念の為ですよね」
「その通りですわ。しかし何もせずに待つのは性に合わないので、その間すずお姉ちゃんと一緒に新たに手に入れた情報の精査をしておきたいなと」
「新たに手に入れた情報?」
「ええ、それも『楽園』のからくりを解き明かす糸口になり得る情報ですわ」
そう言うとピノはやや自慢げな顔でDVDをすずに差し出す。ピノの動きに合わせてDVDの反射光がユラリキラリと揺れ光る。
>>90
「ありがとうございますピノさん。えーと、DVDのタイトルは『楽園の声』?すごそうなタイトルですね」
「『楽園の声』というのは『楽園』での生活やインタビューを記録した、所謂PR映像の事ですわ。これが毎月一度グーグルシティで広告として流されていますの」
「それって普通なんじゃ、、、、、あれ?カカラの大元は『楽園』に存在してるんですよね?」
「そうですわ。カカラの大元が存在すると思われる『楽園』からの映像、精査する価値があると思いませんか?」
「確かに」
そう言うとすずはDVDをテレビに差し込み、再生ボタンを押す。
再生されるのは住民の豪華な暮らしとありきたりなインタビュー。その映像は五分程で終わってしまう。
「うーん。何というか、、、、普通の映像ですね」
「それがそうでも無いんですわ。婆や、この映像を何処で手に入れたのか説明してくれますか?」
「ええ、喜んで、、、、この映像は放送局から奪取した『楽園の声』の元データ。当然実際に放送されている映像よりもずっと画質や音質も上質で御座います」
「へぇ、、、、、奪取したんですか、、、、奪取!?」
「誰にもバレて無いので問題は無いですよ、御友人さま」
「いや、そこじゃなくて、、、、、」
老メイドがパチンと茶目っ気たっぷりのウインクを返す。
すずは何度も目をこすり、婆やことエミリーをジッと観察する。
>>91
「婆やはこう見えてかなり強いですからね」
「そうなんですか!?」
「それはもう、婆やと爺やのコンビ『蜜蜂』と『蟷螂』と言えばそれはもう有名ですわ、、、、なにせ武勇伝が本になるくらいですから」
「もう随分昔の事で御座います、、、、、ですが昨日の事の様に思い出せます。ギャング、カカラ、サイボーグ、、、、セバスと共に風穴を空けてやったものですわ」
老メイドは何かをなぞる様にそっと手の甲を撫でる。
「ま、この話は別の機会にゆっくりと…………今は『楽園の声』の検証に集中すべきですわ」
「そうですね」
「もう一度再生してみますか」
>>92
ピノ、すずと別れた三人は今、エイレーン一家の事務所の前にいた。
数え切れない程のネオン看板は殆ど性的な言葉で満たされ、扇情的な服を着た娼婦や男娼が闊歩する場所。ここはグーグルシティ最大の風俗街、『ポルノハーバー』。
その中央に位置する建物、多くの風俗店が入った一際大きなビル、その最上階に事務所は有った。
「ハロー、ミライアカリだよ。双葉ちゃんと、、、、そこの二人は付き添いかな?」
「そうだよぉ。名前はシロ、宜しくねアカリちゃん」
「オイラはばあちゃる。宜しくっすアカリさん」
三人が事務所の前で待っていると、ミライアカリと名乗る金髪の美女が話しかけてくる。
豊満な肢体を水色を基調とした服で包んだ彼女は、明るさと妖艶さの同居した不思議な雰囲気を放っている。
「早速エイレーンの所に、、、、ちょっと待って、ばあちゃるさんに何か見覚えが、、、、、そうだ!トイレにいた人だ!!」
「トイレ?、、、もしかして『クックパートナー』でトイレを開けてくれた人っすか!?」
「そう!」
>>93
ばあちゃるの頭に先日の記憶が蘇る。
『クックパートナー』でトイレに行った時、トイレを譲ってくれた女性。その時に見た姿とミライアカリがピタリと重なる。
「アハハ!世間ってのはやっぱ狭いね!」
カラカラと笑い、三人と握手をするアカリ。
握手してもらったのが嬉しかったのかデレンとするばあちゃる。
「馬ぁ!握手くらいでデレデレしないの!!もう」
「すみませんシロちゃん」
「あはは。馬Pはやっぱり馬Pだね」
ばあちゃるを咎めるシロは寧ろ嬉しそうな、何かを懐かしむような微笑みを浮かべていた。
思わぬめぐり逢い。和気あいあいとした雰囲気。アカリに案内され事務所へと入る三人は確かな希望を感じていた。
次辺りから最大トーナメント偏的な物に入ります
せっかくなので細々とした設定をば
『エイレーン一家』
リーダー エイレーン
風俗街の元締め。水商売に対する暴力や薬物などの違法な取引を取締り、その見返りで収入を得ている。
仁義に重きを置くそのやり方に反発する人間も多く、実際金回りは余り良くない
『サンフラワーストリート』
ピノ様と双葉ちゃんの話でチラッと出て来たグループ
元ネタはひまわり動画(アニメの違法転載が異常に多い)
リーダーは鳴神裁
元々はラッパーやダンサーを始めとしたストリートパフォーマーの集まりだったのが徐々に拡大し、幾つかのショービジネスを取り仕切るようになった。
『エルフC4』
元ネタはfc2(個人撮影のアダルトビデオが多く販売されている。たまーにヤバそうなのが有る)
リーダー ケリン
エイレーン一家のやり方に反発し、離脱した人間達が前身となって出来たグループ。エイレーン一家が交渉の席についてくれたのも、ここら辺の事情が大きい。
主な収入源は違法物品の取引き。
『ニーコタウン』
元ネタ ニコニコ動画
リーダー 神楽すず
ボスが街の外で略奪行為を働いていた人間や住むところの無い難民をまとめ上げて作り上げた街。
カカラを間引いて肥料に変え、農産や畜産を営んでいる。
>>96
既存のVを無能化させる訳にはいかないので、バランスを取るため敵陣営も有能にしていった結果こうなりました(笑)
この特異点のラスボスは結構意外なバックグラウンドがあるので楽しみにして頂けると幸いです!!
>>94
「ようこそ来てくれました。私はエイレーン、ここの元締めやってマース」
「『スパークリングチャット』の代表としてきました。双葉です。よろしくおねがいします」
「付き添いのばあちゃるっす。よろしくお願いします」
「同じく付き添い人、シロです。よろしくお願いします」
「ミライアカリだよー。エイレーンの補佐をやってるんだ」
三人はエイレーン一家の事務所へと通される。
小洒落たガラスの机、それを挟む様に配置された二つの黒いソファー。部屋に掲げられた代紋がここが事務所であると主張している。
そんな事務所のソファーに三人は座り、ミライアカリ、そしてエイレーンと机越しに向き合っていた。
笑顔で三人を歓迎する赤髪赤目の女性、エイレーン。その若々しい姿とは裏腹にどこか老練な雰囲気を放っている。
「双葉サーン。大会を開く為に金を貸してほしい、とのことでしたよね」
「うん。もともと貸してくれるはずの所が『サンフラワーストリート』と『エルフC4』に脅されちゃったの」
「ええ、そこまでは聞いてマース。本当に災難でしたね。ただ言わなきゃいけないことがありマース。私たちのグループ『エイレーン一家』は余り金回りが良くありません。双葉さんの提示した額、それは私たちにとってかなり慎重にならざるを得ない額デース」
「、、、、わかった」
「それと一つ、気になることがありマース。何故、これ程のリスクを負ってまでこの大会を開こうとしたんですか?もっと小さな規模の大会なら借金などせずとも開けた筈デース。つまり、何かの目的の為に急いで金を集めようとしている、私にはそう見えます」
>>98
エイレーンは笑顔から真剣な顔へと変わる。特に目が変わった。
こちらをジッと見据えて、見定めるような目だ。
穏やかな空気が徐々に薄れていく。
「もしこの大会が開けなければ貴方達は大損デース。短期間で『スパークリングチャット』をあそこまで育て上げた双葉さんが、そのリスクを見落とすはずが無いデース」
「、、、、、、」
「双葉さん、教えて下さい。何の為に金を集めているのか」
そう言うとエイレーンは口を閉ざす。アカリも又、何も言わずにこちらを観察している。
辺りがピンと張り詰めた緊張で満たされている。
「わかった。説明する」
双葉の桃色の瞳が、エイレーンの見定める様な目をまっすぐ見返す。
「カカラの大元、それが『楽園』にそんざいする可能性がたかい。だから楽園に乗り込む為に金が必要なの」
「、、、、、、証拠はありマースか?」
「いちおう、有る」
双葉は懐から図面を取り出し、机の上に広げる。ピノの屋敷で見た、あの図面だ。
>>99
「これは、、、、グーグルシティの地図ですかね。大分使い込まれていますが」
「うん。で、ここにかき込まれてる線、これはカカラのねっこの出現位置とむきをかきこんだ物なんだよね。そして根っこがさししめす中心、カカラの本体がいる可能性がたかいばしょ、そこと『楽園』のばしょが一致してるの」
「成程、、、、、確かに筋は通ってマース。ですが、これに噓偽りが無いと証明出来ませんよね」
「それは、、、、うん」
この図面はすずが調べ、ピノが書き上げ、双葉に託されたまごう事無き本物だ。噓偽りなど勿論ありはしない。だが、それを証明する手段は確かに無い。
双葉はソファーの角をギュッと無言で握り締める。
「、、、、」
「私の見る限り、双葉さんが噓をついてる様には見えません。ですが、私は『エイレーン一家』の長です。万が一、貸した金が帰って来なかったり、悪い事に使われたりしたら私の部下に申し訳が立ちません。その『万が一』を消せない限り、無理です」
そう、辛そうな声でエイレーンは言う。
「、、、、、、、、、、、、、、、、」
何か打開策は無いか、必死に考えるが何も思いつかない。賭けに負けたことを悟り双葉はうなだれてしまう。
そんな双葉の姿に罪悪感を感じるのだろうか、エイレーンはその赤い瞳を閉じ双葉を見ないようにしている。
痛々しい沈黙が場を支配する。
>>100
「、、、ふたふた、大会さえ開けば借りた金、絶対返せるんすよね」
ソファーから立ち上がり、沈黙を破る男が一人居た。ばあちゃるだ。
「うん、もちろんかえせる」
「、、、、、それが、聞きたかったんですよねハイハイ」
ばあちゃるは一度大きく息を吸い込み、そしてゆっくりと喋りだす。
「エイレーンさん、臓器って売りさばけますかねハイ」
「、、、、、?まあ、やろうと思えばやれマース」
「だったら話は早いでふぅ。オイラを借金の担保にして下さいっす。健康な成人男性の臓器なら十分な金になるっすよね?」
「な、何いってるの馬P!?」
「、、、、、」
「ばあちゃる!?」
「正気デースか?」
この場の全員がばあちゃるに注目している。
「ふたふたが本当の事を言ってると証明は出来ないっす。でもオイラはふたふたが噓をついて無いと知ってるっす。だから何を賭けようとオイラにとっては実質ノーリスクなんですよねハイ」
腕をパタパタとわざとらしく振り回し、震える声でばあちゃるは言い放つ。
茶色い馬のマスクは汗で黒く染まり、足は小刻みに震えている。それでもばあちゃるは言葉を撤回しない。
>>101
「それにオイラが言うのもなんですけど、オイラなら人質としても使えますよハイ」
「馬P、、、、ダメだよ、、、馬Pにそんなことさせたくないよ」
「ふたふた、大丈夫っす」
双葉は弱弱しい声で止めようとするが、ばあちゃるの決意が揺らぐ気配は無い。
そんな最中、双葉の懐にある携帯が着信音を鳴らす。
着信欄には『カルロピノ』の文字列が光っている。
「どうしたの?」
『こんな時にすみません。ですが今すぐ知らせるべき事がありまして、、、、、数日前に手に入れた『楽園の声』に映像を加工した痕跡が見つかりましたわ』
「どういうこと?」
『『楽園の声』のインタビュー映像、室内で録画した映像に別の背景を貼り付けていた様ですの。かなり巧妙に加工されていて、すずお姉ちゃんが『環境音に違和感がある』と指摘していなければ解りませんでしたね』
「証拠はあるかんじ?」
『ええ、有ります。そちらの携帯に送っておきますわ。エイレーンさんとの交渉に役立つかどうかは解りませんが、もし役立てば幸いです。では、御機嫌よう』
ピノからの電話が切れる。その直後、双葉の携帯にファイルの添付されたメールが届く。
立ったままのばあちゃるを他所に、双葉はファイルの中身を確認する。曇った顔にいつものフンワリとした笑顔が戻っていく。
>>102
「エイレーンさん。きいてたよね」
「勿論デース。ちょっと見せて下さい。、、、、、確かにこのインタビュー映像は私も見た事が有りマースね。加工の痕跡も、成程。間違いないデース」
「でしょー。これで『万が一』はきえたよね?ね?」
「ウビ?あ、これ」
「そうですね。室内で行ったインタビューをわざわざ外でやっている様に見せかける、、、、、どう考えても可笑しいデース」
そう言うとエイレーンはアカリに目配せをし、書類を持ってこさせる。
細々とした文字が書かれた何枚かの書類、双葉はそれを満面の笑みで受け取る。
「これが契約書類だよー」
「ありがとうアカリちゃん、、、、、うん、こっちのていじした額通り、利子も相場とおなじだね」
「勿論不備はありまセーン。あと、これは受けても受けなくてもいいのですが一つ提案が有りマース」
「なあに?」
「私たちの出場枠を二つ用意して下サーイ。もし用意してくれるなら利息を減らしマース」
「いいけど、、、、なんで?」
「金回りが良く無いせいで他のグループに舐められがちなんデース。なので双葉さんの大会で力を見せつけられればな、と」
「なるほど、ワルだねぇ」
「何言ってるんですか双葉サーン。私達は『エイレーン一家』、ここ『ポルノハーバー』を取り仕切る悪い組織ですよ」
双葉のいじりにエイレーンが嬉しそうに答える。
座る機会を失ったばあちゃるを置き去りにしてトントン拍子に話が進んで行き、双葉が書類にサインを書き込み契約が交わされた。
>>103
「いやー、なんとか上手くいったね」
「だねぇ」
「上手く行ったのは良いんでふけど、オイラは空回りしちゃってましたねハイ、、、、」
真昼間の太陽が照りつける風俗街を歩く三つの人影が有った。シロ、双葉、ばあちゃるの三人だ。
スキップしそうな程上機嫌な二人とは裏腹に、ばあちゃるは二人の後ろをトボトボと歩いている。
ふと、シロは立ち止まり、そして振り返る。
「馬」
「ど、どうしたんすかシロちゃん」
「あの時、かっこよかったよ」
「、、、、、え?ホントっすか!?」
それだけを言うと、シロはクルリと振り返りまた歩き出す。
上機嫌な三人は吉報を手に、帰り道を歩く。
エイレーン一家との交渉はこれで終わり、間もなくトーナメント編です
今回の馬は何気に大活躍でした、あの時馬が提案をして無ければあのまま話が終わってた可能性が高いです。
ついでに細々とした設定と没キャラの紹介でもしようと思います。
『ポルノハーバー』
モデル Pornhub
工業地区と住宅街の中間に位置する風俗街。
かつては治安がかなり悪かったが、エイレーン一家が来てから大分マシになった
セバス(爺や) 67歳
虫さん、執事、中二病、この三つの要素が合体して生まれたキャラ。
『蟷螂』の異名を持つグーグルシティの英雄。グーグルシティが出来たばかりの不安定な頃、カカラや悪人から街を守ってきた。
異名の由来は両腕の義手から刃を生やす姿から。
武器は義手仕込みの刃、要はサイバーパンク2077のマンティスブレード。
若い頃はクール系のラノベ主人公見たいな感じだった。過去に言及されるのが割と恥ずかしい。
エミリー(婆や) 64歳
『蜜蜂』の異名を持つ英雄。
異名の由来は戦闘時に使用する武器から名付けられた。
武器は右腕に括り付けたパイルバンカー。
若い頃はラノベの暴力系ヒロイン見たいな感じだった。昔の事はいい思い出。
没キャラ
ラクア 15歳 女性
爺やと婆やの養子
通称『蜘蛛』、整形中毒ならぬ改造中毒。生身の部分が殆ど残っていない。
背中に取り付けた8本のサブアームを用いて戦闘する。
>>104
シロ、双葉、ばあちゃるの三人は『ポルノハーバー』を通り抜け、大通りを歩き、『スパークリングチャット』の前に辿り着く。
入り口の方に向かうと、そこには辺りをキョロキョロと見回しているすずとピノが居た。
「ピノちゃーん、すずちゃーん、かえったよー」
双葉が声を掛けると二人は駆け足で近寄ってくる。
「お帰りなさい双葉お姉ちゃん!、、、、、、結果は、どうでしたか」
ピノが質問をする。すずもピノもこくんと唾を飲んで答えを待っている。
「結果はね、、、、、せいこう!」
「ヤッター!」
「やりましたね!!」
二人は天に両手を突き上げ全身で喜びを表す。その動きに合わせ薄紫と緑色の髪も揺れ踊る。
「後は大会で優勝するだけですね!シロさん、プロデューサー、双葉さん、ピノさん、りこさん、あずきさん、勝っちゃいましょう!!」
『『「「「「「おー!」」」」」』』
>>108
『お は く ず!名物司会と言えばこの俺、天開司だ!!!』
「「「「「おおおおおお!!!!!!」」」」
『今回はグーグルシティ設立50周年を記念したトーナメントォ!!名立たる強豪!大悪党!伝説!全てがここに集った、正に最大最凶だ!!!』
資金を調達し、無事開催された大会の当日、会場は無数の観客と熱狂に満たされていた。
そんな会場の選手控室、観客の声が微かに聞こえるそこに五人は居た。
「馬P、ルールはおぼえてるよね?」
「勿論っすよ。
銃火器は使用禁止
試合前の妨害、談合は禁止
試合場から出た選手はその時点で敗北とする
ですよねハイ」
「馬P、大事な事をわすれてるね」
双葉はニヤリと得意気に笑い、両手の指を二本づつ立てる。
「今大会は2対2。名付けて『コラボマッチ』双葉がかんがえたんだよー」
「あ、そうでしたねハイ…………あれ?でもオイラ達5人でふよね、一人余っちゃいますねハイハイ」
「そこは問題ないよ。双葉が助っ人をよんでおいたから」
「それって、、、、」
「みるまでのお楽しみ、だね」
「なるほど、、、、、、」
>>109
ばあちゃると双葉が話し込んでいる最中、ふとシロが首をかしげ、ピノに話しかける。
「ねぇねぇピノちゃん。銃火器が使えないのは解ったけど銃火器以外の武器はどうなの?」
「あ、それ私も気になってたんですよね」
「全てOKですわ」
「それって危なくないの?」
シロがそう言うと、ピノは何処か嬉しそうに首を横に振る。
「いいえ、安全ですわ。なにせわたくしの宝具『己が身こそ領地なれば(ザ・ドミニオン)』がありますから」
「、、、、、あ!成程ね、、、、考えたねぇピノちゃん」
シロは納得がいったのかウンウンと頷いている。
と、そこにいまいち納得の行ってないすずがピノに質問をする。
「ピノさんの宝具の効果って『自分の住む場所を自身の領地と見なし、領地の中においてのみ様々なルールを設定できる』ですよね?」
「すずお姉ちゃん。わたくしの住む屋敷、あそこに行こうと思ったら『スパークリングチャット』の内に有る通路を通らなければいけませんよね?あれ、明らかに不便だと思いませんか?」
すずの脳裏に過去の光景が蘇る。爺やに案内され、通路を通り抜け、地下にある屋敷へと通されたことを。
>>110
「わたくしの屋敷を出てもそこは外ではなく『スパークリングチャット』の内部。つまり、わたくしは『スパークリングチャット』の中に住んでいると見なせるわけですわ。マンションの一室を借りている人間さんが『マンションに住んでいる』と言っても何の矛盾も無いのと同じですね」
「成程、、、、、つまりピノさんがルールを設定してるから安全なんですね」
「ええ、具体的には『如何なる攻撃に対しても怪我を負ってはいけない、但し本来受けるはずだった痛みは感じろ、そして一定以上の攻撃を受けたら気絶しろ』このルールを常に適用することで安全に大会を開ける、と言うことですわ」
「へー。凄いですねピノさ『さぁ!!イカシタ選手共の入場!だ!』
「時間みたいですねピノさん」
すずはポンポンと膝の埃を払って立ち上がり、試合場へと向かう。
後の四人も少し遅れて立ち上がり後に続く。大会が、始まる。
>>111
数時間後
『さあさあさあ!!ここまで残ったベスト8を紹介するぜ!!!』
『歓楽街の王が騎士と共にやって来た!!ヨメミ&萌美とエイレーン&ミライアカリ!!!』
「応援よろしくねー」「がんばるぞ!」
「エイレーン行っきマース!」「やっちゃうぞ!」
「応援してるぜ銀髪の嬢ちゃん達!!」「『エイレーン一家』は伊達じゃねえな!」「金髪の姉ちゃん、色っぺえ、、、、」
『続いて我らが闘技場のスター!!ピーマン&パプリカ!!!!』
「優勝してやるっぴ!」
「その通りっぱ!」
「いつも通り渋い戦い見せてくれ!」「ベテランの強さ見せつけろ!!」「行け行け行け!!」
『更に更に!!当闘技場のオーナーまで参戦して来た!!!カルロピノ&北上双葉!!』
「御機嫌よう皆様方。優勝はわたくしの物ですわ」
「かつぞー!」
「マジかよ?!」「オーナーって強かったんだな、、、、、」「半端ねぇ!!」
『生きる伝説!老いてなお健在『蟷螂』と『蜜蜂』!!!セバス&エミリー!!』
「よろしくお願いいたします」
「お手柔らかにお願いしますね」
「すっげぇ、、、、」「まさか戦ってる所が見られるなんてなぁ!」「あれが『伝説』!」
『ニーコタウンの大ボス!そして経歴不明白髪の少女!!!神楽すず&シロ!!』
「勝つぞ私は!」
「いくぜいくぜ!!」
「今回女子率高いな、、、、、」「白髪のお嬢さん、かなり鍛錬を積んでいるネ」「おほほい!おほほい!」
>>112
『かの有名なギャング!エルフC4とサンフラワーストリートが手を組んだ!!!ケリン&鳴神!!』
「ぶっ飛ばしてやるぜぇ!!!」
「大会は開催されたが、それなら俺が優勝して面目をつぶしてやろう」
「帰れ!!」「阿漕な商売しやがって!」「サンフラワーストリートのショバ代高えんだよ!!」
『そして最後!!正にダークホース!!!ばあちゃる&馬越健太郎!!』
「なぜかここまで行けちゃいましたねハイハイ」
「ウマウマ馬越♪」
「ハハハハハ!」「馬頭に下半身馬、、、、凄い絵面だな」「馬頭の方は初めて見るな」
準々決勝まで勝ち進んだ8チーム16人が試合場にそろい踏みする。
誰が優勝してもおかしくない面々がお互いの顔を見詰める、今、本当の戦いが始まろうとしていた。
>>113
双子の様に似通った二人の少女、萌美とヨメミ。地味な服を着たダークエルフの男ケリンと端麗な顔を滲み出る暗い性根でデコレートした男、鳴神。
ヨメミと萌美は白鞘の短刀、所謂ドスを携えているが、鳴神とケリンは何も持っていない。
この二組が試合場へと足を踏み入れる。
『じゃあ始めるぜ、、、、、萌美&ヨメミ対ケリン&鳴神、、、、ファイ!』
司会が合図をした瞬間、ケリンはポケットから次々と小石を取り出しヨメミに投げつける。
「ぶっとべ!!」
「ちょ!?」
ただの石にしか見えないそれは、ヨメミの足元に落ちた瞬間ボンと爆音を鳴らし破裂する。
すんでの所で避け続けてはいる。しかし絶え間なく起こる爆発がヨメミをケリンに近づかせない。
『これは悪名高いケリンの能力!!触った無機物を爆弾に変える能力だ!ルールすれすれ正に無法!!』
「ヨメミちゃん!」
「おっと、この俺を忘れてもらっちゃ困るね!」
ヨメミを助けに行こうとした萌美に鳴神が近寄り殴り掛かる。ただの拳では無い、その拳には炎が纏わりついていた。
>>114
「ほらほらほら!!どうしたエイレーン一家!!!」
ひたすらに拳を振るい攻撃し、萌美にドスを抜く暇を与えない。
赤く揺らめくその炎は掠るだけでもその熱でもって萌美の体力を奪う。
「うう、、、熱いよお、、、、」
『これまた悪名高い鳴神の能力!!人体発火パイロキネシス!!!!気に入らない奴はみんな丸焦げ、それがアイツ!!!』
「半分以上ルール違反してる奴らが勝ってもな、、、、」「いけ好かないエイレーン一家をぶっ潰せ!!」「強いのあいつらじゃ無くて能力だよな、、、、、」
ヨメミはケリンに一方的に攻撃され、萌美は鳴神に押され気味。準々決勝で一方的な試合を見せられているからか、観客は何処か白けたような雰囲気を放っている。
「不味いよどうする?」
「どうしようどうしよう!?」
「ガハハハ!弱音か!?」
「ふん、、、、エイレーン一家もこんなもんか」
『流石のエイレーン一家の精鋭もギャングのリーダーには手が出ないか!?』
不利な状況を覆せず徐々に追い詰められていく萌美とヨメミ。
>>115
会場に居る殆どの人間が勝負の行方を確信したその時、おもむろにヨメミが大きく後ろに下がり、萌美に声を掛ける。
「しょーがない、しょーがないけど、、、、本気出すよ」
「そうだね、、、、次に当たる選手に対策されたく無いから出し惜しみしてたけど、、、、仕方ないね」
『おおっと!?まさかここでの舐めプ宣言!!!本当か!?それともホラか!?一体どっちだ!!!』
「糞が!ホラに決まってんだろ!」
『今まで本気では無かった』と言われたのがイラついたのだろう。鳴神は額に青筋を浮かべ、拳の炎を巨大化させる。怒りと炎を載せた拳を萌美の顔面に向け振り下ろす。
「焼きつぶ、、、グゥ!?」
振り下ろそうとした拳に激痛が走る。鳴神が萌美の方を見れば、そこにはドスを既に振り抜いた萌美の姿が有った。
『目にも止まらぬ居合切り!さっきのセリフはホラでは無くマジだったようだな!!!!』
「どお?萌美の本気、凄いでしょ」
「う、うるさいうるさい!!絶対に、、、、」
「下がれ鳴神!!」
「させない!」
「何が何でもしてやるよ!!」
冷静さを失い始めた鳴神をケリンが後ろに下がらようとする。
ヨメミもドスを振るいケリンを切ろうとするが、ケリンは自身の髪の毛を一房引きちぎると無数の爆弾に変えて投げつけ、爆発の壁を作ることで何とか逃げおおせる。
>>116
「鳴神!アレやるぞ!!」
「解った、、、宝具、真名開放『卑火色金』」
「ぶっ飛ばして行くぜ!!宝具、真名開放『北朝将軍凱旋火』」
鳴神とケリンは何かを唱える。次の瞬間、鳴神の手には金ぴかのライターが、ケリンの手には赤いスイッチが一つだけ付いたリモコンが現れる。
それを確認した二人はニタリと顔を歪める。
「これで勝利だ、さっき仕留めていればお前らの勝ちだったろうに」
「ガハハハ!!これで終わりだ!!!!!!!」
「何かする前に倒すよ」
「ヨメミもそうするね」
「もう遅い!」
鳴神がライターに火を付ける、ケリンがリモコンを二人に向けスイッチを押す。
鳴神の姿が突如消える、萌美とヨメミの居た場所が突如大爆発を起こす。
「な、なに?」
「どういう事?」
「見えないだろう、凄いだろう!」
「ガハハハ!この勝負貰ったぁ!!!」
『鳴神とケリンも切り札を持っていたようだ!!これは解らない!勝負の行方は正に不明!!!』
「これだよこれ!!」「どっち応援する?」「俺は銀髪の嬢ちゃんたちを応援するぜ!」「やれケリン!!」
鳴神とケリンの発動した宝具、それによりわからなくなった勝敗、観客はさっきとは打って変わりここが決勝とでも言わんばかりの盛り上がりを見せる。
>>117
「どうだ、どうした、これで『本気』か?あぁ!?」
「結構根に持つんだね、、、、くっ、、、、」
姿の見えない鳴神に苦戦する萌美、不可視の攻撃を殆どカンで捌き、時折反撃としてドスを振るってはいるもののまともに当たる気配は無い。
打ち合う度、萌美の体力と集中力は大きくそがれていく。既に顔には大粒の汗がいくつも浮かんでいる。決壊は時間の問題だ。
「ガハハハッ!!とっとと爆発しろ!!!」
「ヨメミは爆発なんてしたく無いねっ」
ケリンがリモコンをヨメミに向けスイッチを押す、するとヨメミの足元が爆発する。
爆発すること自体はさっきまでの小石と同じだが、爆発の規模、威力が桁違いに大きい。そして爆発の起こせる頻度が段違いだ。
さっきまでは『石を取り出し、狙いを定め、石を投げる』だったのが『相手にリモコンを向けボタンを押す』だけで爆発が起きる。この違いは余りにも大きい。
>>118
「、、、、よし、決めた、、、、ぐっ!?」
「よし!よし!遂に当たったぞ!!」
遂に鳴神の拳が萌美を捉える。拳から噴き出る炎が萌美を包み、焼き尽くさんとする。
『これは勝負有ったか!?』
「んーん、狙い通り!ヨメミ、後は頼んだ、よ!!」
「な、何をする!?」
萌美は燃えたまま鳴神の腕をがっしりと掴むと、そのままの体勢でケリンにドスを投げつける。
「糞っ!!」
ケリンは投げつけられたドスを咄嗟に避けるが、避けた瞬間確かな隙が生まれる。
「ほいーっと」
「チックショー!!!」
当然ヨメミがその隙を見逃す筈もなく、ケリンの急所を正確に切り裂く。そしてケリンは一定以上のダメージを受けた事で気絶する。
その直後、遂にダメージが一定量を超えたのか萌美も気絶するが、気絶しても鳴神の腕を離す様子は無い。
「は、放せ、、、糞糞糞!!糞!!!!!!!」
「終わりだよ」
ヨメミが動けない鳴神にトドメを刺す。
『お、おおおおお!!!!!!これはすげえ!!萌美&ヨメミの逆転勝利だ!!!』
「よっしゃー!!」
「カッコ良かったぜ!!」「これがエイレーン一家!」「凄いなんてもんじゃねぇ!!!!」
闘技場に万雷の拍手が鳴り響く、勝者は勿論、健闘した敗者も称える、そんな拍手が闘技場全体を満たしていった。
準々決勝からです、、、、、流石に一回戦から書くのは色々と無理があったので断念しました
代わりに2対2の異能力バトル系トーナメントと言う、個人的には割かし凝ったものにしたつもりです。異能力系のお約束に漏れず先に能力を公開した方が不利な感じですね。
ただしこれはトーナメントなので、仮に準決勝で全ての手札を見せたりしたら、決勝の相手には最初から手の内が全て解ってしまうなど、実戦とは違う大会ならではの駆け引きを書けたらなと思っております。
ピノ様の宝具解説
『己が身こそ領地なれば(ザ ドミニオン)』
自分の住む場所を領地と見なして、そこを支配できる宝具。
強そうに見えて意外と使い所が限られる宝具。別の宝具もあるがそちらはかなり癖が強め
>>122
小ネタ見つけて貰えて結構嬉しいです!!
それはそうと、とりとらの体力テスト凄い良かった……スパイギアさんとすもも先生とシロちゃんのコラボも凄い面白かった、満足
>>119
「糞、糞が!!実戦なら俺が勝ってたのに!!!」
「落ち着けよ鳴神。火、出てるぞ」
端正な顔を歪め壁にダンと拳を叩き付ける鳴神。負けたのが相当悔しかったのだろう、強く握りしめた拳の隙間から真っ赤な炎が漏れ出ている。
感情を露わにする鳴神を横目に、ケリンはベッドに寝転がりながら鳴神をなだめている。
ここは医務室。敗北した選手が念の為検査と治療を受ける場所。惜しくも敗北した二人は医務室に運び込まれていた。
「いやー惜しかったなオイ。これ次は勝てるんじゃねえの?」
「『次』?大勢の観客が見てる前で負けたんだぞ!?他所の兵隊に!!明日から俺は最強の悪党から笑いもんに格下げだよ!畜生」
「だから落ち着けって鳴神。今回であいつらの能力は解った。エイレーンとミライアカリの能力も次の試合で解る」
「、、、、つまり?」
「試合で勝って思い上がってる奴らに、俺たちの本当の強さを教えてやろうじゃないかってことだよ」
「、、、ああ、成程、良いね。乗ったぜケリン」
二人の悪党が顔を合わせニンマリと笑う。
「計画は有るか?」
「ねえな。お前が考えてくれ鳴神」
「しょうがないな、、、、、あいつらがこの会場に居る隙に俺たちがエイレーン一家の事務所に乗り込む、、、、どうだ?」
「なるほど、最高のプランだ、、、、、ぶっ飛ばしてやるぜぇ!」
ピョンと勢い良く飛び起きたケリン、いつも通りの嫌味な笑顔を浮かべる鳴神と共にエイレーン一家の事務所に乗り込む準備を始める。
この後二人は事務所で留守番していたエトラ、ベイレーン、ベノの三人にぼろ負けすることになるが、それはまた別の御話。
>>124
『お次はこの方達!!我らがオーナー!双葉さん&ピノさん!!もっと休日下さい!!!それに対するは俺らのスター!!!ピーマン&パプリカァ!!!』
「欲望漏れてるぞ司会!!」「やってくれスター!」「いつも通り勝ってくれ!!!」
ピノと双葉、ピーマンとパプリカ。計四人の選手が会場へと入る。
ピノは槍を、双葉はナイフを携えている。槍は刃から柄に至るまで満遍なく上品な装飾が施されており、ナイフの方と言えばファンシーなピンクの柄に無骨な刃を取り付けた、何とも言えない見た目をしている。
それに対するピーマンとパプリカ。緑黄色ピーマンの覆面男に赤色パプリカの覆面男。この二人は何の武器も持っていない。己の肉体こそが最高の武器だと言わんばかりのポージングでもって筋肉を誇示している。
「オーナーのお二方には恩があるっピ。でも、オイラ達は本気で行かせて貰うっピ」
「ここのスターとして温い試合は見せられないっパ」
二人は真顔でポージングを決め、ピノと双葉に言い放つ。
「わかってる。良いからきなよ」
「当然ですわ」
ピノと双葉も笑顔でそれらしいポーズを決め、ピーマンとパプリカに返事を返す。
『おおっと!?オーナーは本気をご要望だ!これは答えるしかない!!』
「解ってるじゃねえか!」「本気で行けスター!!」「頑張れ!!!」
『始めるぜ、、、レディー、ファイ!!』
司会の天開が開始を告げる。
「速攻っパ!」
>>125
真っ先にパプリカが動く。
筋骨隆々の巨体からは想像もつかない程機敏な動作で双葉に駆け寄り、その勢いのまま飛び上がり頭部目掛けて飛び膝蹴りを放つ。
『早速来たぞパプリカッター!!シャープな蹴りは正に刃物!!!』
「へえ刃物、か!双葉のナイフとどっちがするどいかな」
空を切り裂く膝蹴りを屈んで避け双葉は不敵に笑う。そして飛び膝を外し背中を向けた敵にナイフの斬撃をお返しとばかりに叩き込む。
「ッ!!、、、、」
「今行くっピ!」
一拍遅れて駆けつけたピーマン。
相方に負けず劣らずの巨体から繰り出されるのはただのパンチ。
「ピノちゃん、頼んだ」
「了解ですわ、、、ぐっ!?」
『出た!Punchマン!!強烈な拳の嵐が敵を襲うぜ!!!』
ただのパンチがピノの繰り出した鋼の槍を押し返す。
「このまま押し切ってやるっピよ」
「、、、、!?拳の勢いが止まりませんわ、、くっ!」
数多の試合で鍛え上げられたその拳は正に完成された暴力。
数多の試合で鍛え上げられたその肉体は尽きることなき無限の体力を誇る。
故に、ピーマンは完成された暴力を絶え間なく相手に浴びせ続ける事が出来る。
『緑の覆面野郎、その名はピーマン!こいつはパンチしか出来ねえ、、、だがパンチなら誰にも負けねえ!!』
「渋いぜ!」「勝てるぞ!!」「一点特化こそ至高だな」
じりじり、じりじりとピノは押し込まれていく。オーロラの様な瞳が苦し気に歪む。
>>126
「ジリ貧ですわね、、、、」
「ピノちゃん、、、!」
ピノの援護に向かおうとする双葉、そこにパプリカが立ちふさがる。
「shall we dance?っパよ」
「のー!とっとと倒してピノちゃんをたすけるの!」
「オイラはそう簡単に倒れないっパ!」
そう言うと、パプリカはドンッと周囲が揺れるほど床を強く蹴り空高く飛び上がる。
「え?」
筋骨隆々の巨体が空を飛ぶ。そんな現象を前に思わず惚けてしまう双葉。
「行くッパ!!」
パプリカは下に見える桃色の頭、つまり双葉に向けて全体重を乗せた蹴りを叩き下ろす。
「、、、!!、、ぐぅっ!!」
我に返った双葉がすんでの所で避けるも、側頭部を僅かに掠った蹴りが脳を揺らす。
『遂に来たパプリカの空中殺法!変幻自在蹴り技のデパート!!』
『パンチのピーマン!蹴りのパプリカ!スターコンビに押され気味のオーナー二人!!まだまだ勝負は解らない!!!さあどうなる!?』
久しぶりの投稿です。五人が引退する事が結構ショックで、暫く投稿期間が開いてしまいました
後、ピーマンとパプリカのキャラ付けにかなり苦労しました、、、、
ついでに紹介し忘れていた鳴神とケリンの宝具とかの紹介もしておきます
鳴神
卑火色金 元ネタ ヒヒイロカネ(和製オリハルコン的な奴)
効果 透明化
周囲の温度を操ることで光を屈折させ透明になる宝具
ケリン
北朝将軍凱旋火 元ネタ 某北の将軍
効果 爆撃
指定した場所を爆撃する宝具
おっつおっつ、懲りない二人は解釈一致、引退はワイもきつかったがピノ様が悲しみは時間が解決してくれるって言ってたし頑張る
>>127
「流石スター!!」「オーナーも中々だったが流石にな、、、」「見ろよオーナー達の目、絶望してないぜ」
ピーマンとパプリカに押され気味の二人、観客達の大半は既にピノと双葉の負けを確信し始めている。
「、、、しょうがないですね。奥の手を使います」
ピノは苦々しい顔でそう言い放つ。
大きく後ろに飛んでピーマンから距離を取ると槍を自分の方に向け、一瞬躊躇した後ギュッと目を閉じ槍を自身の手のひらに突き立てる。
流れ出す真っ赤な血、穂先に垂れて青く染まる。青い血を浴びた槍は怪しげに輝く。
流れ出た血が槍に染み込み、染み込む程に槍は存在感を増す。
『これは何だ!?何も判らねえがこれだけは解る!!これはヤバい!!!』
「ぐっ、、、、ふぅ。おや、ピーマンさん。待っててくれたんですね」
痛みに顔をしかめながら瞼を開け、ピノがピーマンの方を見ると、そこには堂々と挑戦者を待ち構える緑の覆面男が居た。
丸太の様に太い腕を組みピノを待つピーマン。ピノが声を掛ければピーマンはゆっくりと動き出す。
>>132
「相手の大技は甘んじて受けるのがオイラの流儀っピ」
「成程。では次の攻撃、勿論受けてくれますわよね?」
「無論、、、、拳で受けてやるっピ!」
お互いがお互いに近付き距離を詰める。お互いがお互いの間合いに入る。
ピノが槍を、ピーマンが拳を繰り出す。槍vs拳、ほんの少し前にも起きた勝負。違うのは結果のみ。
つい先程までは拳に押し返されていた槍、今度こそ拳を貫き武器としての役割を果たす。
「どうです、わたくしの槍は」
「う、動けないっピ。束縛?違う。麻痺毒?、、、違う。これは、、、生命力を抜き取られているっ、、、ピ、、、」
>>133
ピーマンの体から力が抜ける。ピノが槍を引き抜けば堪らず膝をついてしまう。
『ピーマンが膝をついた!?ど、どういうことだ?』
「この槍は生きているんですよ、、、、普段は眠りこけていますが、わたくしが血を与えると目覚めますの」
「、、、、、、、、、、」
『頑張れスター!!立てスター!!お前はこんなもんじゃ無い筈だ!!』
「そうだ!」「根性見せたれ!」「立ってくれぇ!!」
ピーマンが立ち上がる気配は無い。観客の応援が虚しく響き渡る。
「効果は貴方が言った通り『生命力の吸収』。ついでに切れ味が上がったりしますね」
「、、、、、、ないっピ」
ピーマンの体がピクンとほんの少しだけ動く。
「ただ、、、これデメリットもありましてね。槍の能力を発動すると、わたくしの生命力も少なからず吸い取られるんですの」
「オイラは、、ないっピ」
足に力を籠めゆっくりと体を持ち上げていく。
「だから、、、今は立っているだけでも正直辛いんですけどね」
「オイラは負けないっピ!」
『、、、、、!!!立ったぁ!!』
遂にピーマンが立ち上がる。
>>134
足は生まれたての小鹿の様に震え、体は病人の様にフラフラとおぼつかない。しかし、それでもピーマンは立っている。戦意に満ちた瞳でピノを見つめ立っている。
「、、、、、倒したと思った敵が起き上がり、お互い疲労困憊、純粋な実力は敵が上。普通に考えれば顔をしかめて愚痴の一つでも吐きたい状況、、、、でも不思議ですわ。わたくし、今凄く楽しいんですよ」
「それが戦いって奴っピよ。オーナー」
「成程」
額に浮かんだ汗を優雅に拭いピノは槍を構える。
今にも倒れそうな体に喝を入れピーマンは拳を構える。
「うりゃあああああ!!!!」
「おらああああああ!!!!」
槍と拳のぶつけ合い。通算三度目の勝負。一度目は拳が、二度目は槍が制したこの勝負。三度目の結果は果たしてーーーーーー
「グフッ、、、」
「ガッッ、、、、、」
三度目の勝負。結果は引き分け。
『ピノ、ピーマン、ダブルノックアウトォ!!!両者一歩も引かず意地を魅せ切ったぜ!!』
ピノとピーマン、二人は同時に地面に倒れ伏す。
>>135
「ピーマン!!」
「ピノちゃん!!」
一方、双葉とパプリカ。
パプリカ優勢で運んでいた戦い、そこに一瞬の停滞が生まれる。
「、、、、よくやったピーマン。後は任せろ」
一瞬の停滞から双葉よりほんの少し早く復帰したパプリカ。グッと足に力を籠め、床を蹴り前に飛ぶ。
「これで倒すっパ!!」
『パプリカが決めに行ったぜ!!単純強力ドロップキック!!!』
全体重を乗せた超速の蹴り、受け流し不可能、一撃必殺の大技は、、、、双葉に届かなかった。
「な、何だ、、、これ何っパ?」
『こ、これは!?パプリカの体から突然ツタが生えて来たぞ!?』
「、、、、、ふぅ。見てのとおり植物だよ。これが双葉のちから『ナイフで切りつけた所から植物をはやして動かす』」
パプリカの体からヒュルヒュルとツタが生え、絡みついていく。
ツタはあっという間にパプリカを動けなくしてしまう。
「ただねぇ、これ発動するまでにかなりたいむらぐが有るんだよねー。一歩間違ってたら双葉はまけてたね」
「、、、、」
>>136
ツタがパプリカの全身をギリギリと締め上げていく。最早身じろぎ一つ出来ず、声すら出せない。
(オイラはこのままあっさりと負けるのか?ピーマンはあんなに見事な戦いを魅せたというのに?)
「、、、、、うん、卑怯な勝ち方なのはじかくしてる。でも双葉たちは負けるわけにいかないの」
パプリカの余りにも無念な表情を見て、双葉は声に罪悪感をにじませながらナイフをパプリカの首筋に当てる。
(違う、違う!!卑怯なんかじゃ無いっパ!勝ちは勝ち、ルールに従っている以上それは全て正しい勝利っパ!)
「いくよ、、、ごめんね」
双葉がナイフの刃先を首の中にそっと沈ませていく。
(違、、う。無念なのは、、、こんなあっさりと負ける、、、オイラ、、、、自身、、、、)
ダメージが一定量を超え、ピノの宝具『己が身こそ領地なれば(ザ・ドミニオン)』の定めたルールに従いパプリカは気絶する。
『、、、勝者は!ピノ双葉チームだぜ!』
「少し、あっけなかったな」「こう言う日もあるさ」「無数の名勝負を見せてきたあいつも、毎回名勝負とはいかんさ」
「次はせいせいどうどう、やろうね」
勝敗が決まった。
双葉がピノを抱え会場から出ようとした瞬間、背後からブチブチと嫌な音が聞こえて来る。
「え?」
双葉が振り返った先、そこには幾重にも巻き付いたツタを引きちぎり、立ち上がるパプリカの姿があった。
>>137
『な、何が起こっている?パプリカは既に気絶している筈だぜ?』
ザワザワと観客席からも困惑の声が上がる。
「ぜったいに双葉がたおしたはずなのに」
フラリユラリと初めて歩くの赤子の様な足取りで双葉に近づくパプリカ。
パプリカに意識は無い、倒れる直前に抱いた『このままでは終われない』と言う感情、ただそれだけが今のパプリカを動かしている。
「もう意識がないのに、何でうごけるの?」
双葉のすぐ側まで辿り着くと、パプリカは蹴りを繰り出す。
鋭く、重い蹴り、普段よりも脱力した状態から繰り出された剃刀の様な蹴りは双葉の真ん前を掠め、通り過ぎていく。
パプリカの蹴りが通り過ぎた直後、突然双葉の体に刃物で切られた様な痛みが走る。
「ぐっ!?、、、蹴りでカマイタチがおきたの!?」
「次は、、、、、勝つ、、、、、パ」
突然の痛みに狼狽える双葉、それを見たパプリカはいたずら気な笑みを浮かべ、今度こそ倒れ伏す。
『、、、、流石パプリカ!!!こいつもやはり魅せて来るぜ!!!!ピーマンにパプリカ!!あいつらはやっぱりすげえ!!そしてそいつらに見事勝った双葉とピノ選手!!!両チームに喝采を送ろうぜ!!』
「凄いですピノさん!!」「やっぱスターは負けも様になるな!」「桃髪のカワイ子ちゃんがあんなに強いとはびっくりだぜ!」
双葉はピノを丁寧に抱え直し、歓声鳴り止まぬ闘技場を後にする。
>>138
「オイラ、しばらく修行してくるッパ」
「突然何言ってるっピ?」
ここは医務室。試合で負けた人間が暫くの間留まる部屋。
そこにピーマンとパプリカは居た。
「だってオイラ、あんな情けない負け方したんだから、、、、てピーマンは知らないッパか」
「いや、直接見てはいないけど、パプリカは立派に戦っていたと聞いたっピよ」
「そりゃ、優しい噓って奴ッパ。オイラは情けない負け方をして、勝った人間に罪悪感まで抱かせてしまったパ」
パプリカはくたびれた声でそう言うと、医務室のベッドに寝転がる。真っ白なシーツが歪んで大きなシワが幾つも生まれる。
パプリカの記憶に残ってるのは、双葉が申し訳なさそうにとどめを刺す所まで。気絶してからの事は記憶に無い。
「正直、オイラの蹴り技には限界を感じてたっパ。巨体が空を飛んで、蹴りを叩き込む。派手で威力も有る。でもそれだけ、オイラの技は所詮無駄の多い見栄え重視のモノ。ピーマンの拳技よりもずっと弱いっパ」
「、、、、確かにオイラの拳技の方が完成度は高いっピ。だけど、パプリカの空中殺法は誰にも真似できないっピ。その並外れた身体能力と天性のバランス感覚があって始めて使える唯一無二の技っピ」
「でも強くは無いっパ。強く無いならスターを名乗る資格なんて無いっパ」
そうパプリカはやけくそ気味に言い放ち、自分の顔を両手で覆う。
と、酷く落ち込むパプリカを見たピーマンはおもむろに立ち上がり懐から何かを取り出す。
>>139
「これ、何か解るっピ?」
パプリカはゆっくりと顔を上げ、ピーマンの取り出した物を見る。
それは黄ばんだ紙。ザラザラの茶封筒に入った古い手紙。
「手紙、、、っパか?」
「その通り。でもただの手紙じゃないっピ。これはオイラが初めて貰ったファンレターっピ」
「ああ、ピーマンがいつも大切に持ち歩いてる奴ッパ、、、、」
「パプリカも初めて貰ったファンレターを持ち歩いてたピよね?」
「勿論」
パプリカも懐から手紙を取り出す。
濡れたり破れたりしないよう小さなケースの中に入れてある大切な手紙。
「これをもらった時、どんな気持ちになったピか?」
「本当に嬉しかった。それで、今でもファンレターや声援を貰うと嬉しくなるッパ」
内容を空で言える程何度も読んだソレを一文字一文字なぞる様に読み返す。
一行読むたび、パプリカの心は少しづつ軽くなる。
「オイラ達は、勝利の為に戦うんじゃない。ファンレターを書いてくれる、応援してくれる、見に来てくれる人達を楽しませる為に戦っているっピ、、、、だから、修行に行くなんてやめるっピ。修行に行ったら試合で観客を楽しませる事が出来無くなるっピ」
「、、、、、解った。でも情けない負け方をするのはもう嫌っパ。今度新技を開発してみるっパ」
「それは良いアイデアっピね」
この後パプリカは紆余曲折の果てに、カマイタチを起こし相手を切り裂く新技『カミソリ蹴り』を生み出す事になるが、それはまた別のお話。
大学の勉強が徐々に忙しくなり、前回程では有りませんが投稿が開いてしまいました、、、、
でも戦闘シーンは結構キャラごとにらしさを出せたので満足です。今度は溜めを身に意識してみようと思います。
細々とした設定集
『スパークリングチャット』
元ネタ スパチャ
双葉ちゃんとピノ様が経営する闘技場。ピノ様の宝具のおかげで、有望な選手が怪我で引退する事がない為選手のレベルが高い。
元々野球場だった廃墟を改築した建物だったりする。
『ピーマンとパプリカ』
資料が殆ど存在せず、キャラ付けにかなり苦労した存在。
結果、『スパークリングチャット』のスターと言うキャラに。
『観客を楽しませる自分』に誇りを持っており、試合において勝敗よりも観客が楽しませる事を常に意識している。
ピーマンの技はひたすらに敵を殴りつける拳のみ、パプリカの技は空に飛びあがって敵を蹴りつける物、レパートリーが結構多い。
おっつおっつ、ピーマンパプリカかっけぇじゃねぇか、個人的にピノ様のうりゃああが半角カタカナで脳内再生される
>>142
半角カタカナで書こうか迷いましたが、あの場面だと茶化す様になってしまうかな、と思い辞めた経緯が有ったりします
ピーマンパプリカを始めとした一部のキャラは(ストーリー上の都合で)登場回数がどうしても少ないのですが、そう言うキャラが出る時は出来る限り焦点を当てるので気に入っていただけたら幸いです!
>>140
『準々決勝第三回戦!選手の入場だぜ!!』
熱気に満ち満ちた闘技場、司会の声に従い四人の選手は会場へと歩を進める。
『ばあちゃる&馬越の馬コンビ!!それに対するはエイレーン一家の家長と若頭、エイレーン&ミライアカリだぁ!!!』
「岩本カンパニーのケンタウロス馬越、強いぜあいつは」「歓楽街の元締めエイレーン一家。弱い訳がねえ!」「行け馬マスク!」
馬越とばあちゃる、ミライアカリとエイレーンの四人はそれぞれの獲物を携え相対する。
馬越は飾り気の無い武骨なハルバードを、ばあちゃるはシロから渡された大振りのナイフを構えている。
対するエイレーン一家、エイレーンは古びたサーベルを一振り持ち、ミライアカリの携える黒い革製の鞭は艶めかしく光っている。
『では!試合開始だぜ!!』
司会の天開司が試合開始の合図を出す。始まると同時にミライアカリは後ろへと下がり、逆にエイレーンはアカリを庇うように前へと出る。
『早速出たぞ最強陣形!!エイレーンが戦いミライアカリが補助に徹する!!準々決勝第三回、今に至っても未だにこの陣形を崩せた者はいない!!』
「これは厄介そうっすね」
「馬越も全くもって同意ですよ、、、、おや?」
アカリは鞭を『エイレーン』に向けて振るう。
「ちょっ、え?何やってるんすか?」
「もっと、もっとお願いしマース!」
「もう、、、、しょうがないなぁ」
>>144
バシン、バシンと強烈な音を奏で、鞭がエイレーンの全身を叩き打つ。
金色の髪を快活になびかせるミライアカリが革の鞭を振るう様はひたすらに倒錯的だ。
恍惚の表情で鞭を受けるエイレーンは完全に変態的だ。
「なぜ、公衆の面前でこの様な事を?」
「オイラは何でSMプレイを見させられてるんですかね、、、、」
ばあちゃるにとって、エイレーン一家というのは短い付き合いながらも印象深い存在だった。
思慮深いエイレーンに快活なミライアカリ。その二人が、今自分の前でSMプレイを敢行している。意味が解らなかった。
「、、、、ふぅ。お待たせして申し訳ないデース」
「、、、、、、ああ、大丈夫っすよ」
鞭の音が止む。
エイレーンは服についた埃をはたくと、啞然とする二人に向けて事もなげに話しかける。
余りの事に脳が追い付かないのだろう、ばあちゃるは何処かズレた返事を返している。
「そうですか、それは良かったデース」
「ええ、オイラ女の子待つなら何時間でも、、、、え!?」
ばあちゃるの視界から突如エイレーンが消える。
>>145
「アガッ!?!?」
「叩っ切られてくだサーイ」
『エイレーンが消える!その正体は残像すら残さない高速移動!!数多の対戦相手を翻弄した神速だぜ!!!』
「迅いな、、、」「あのスピードタネがありそうだが、さて」「凄ぇ!」
次の瞬間ばあちゃるの真正面にエイレーンが現れる。現れたと思った頃にはもうエイレーンのサーベルが振り下ろされている。
ばあちゃるは何の反応も出来ず後ろに吹き飛ばされる。
「やってくれますね貴方!!」
突如現れたエイレーン。全くの想定外。その想定外に対し馬越は即座に反応する。
茶色い瞳をスウと細め、ハルバードの鋭利な先端を真っ直ぐに突き下ろす。
『ケンタウルスの高い身長から繰り出される突きぃ!!厚さ9.5mmの鉄板すら貫通する馬越選手の得意技だぜ!!』
「ハァッ!!」
マグナムの如き一撃をエイレーンは受け流し、返す刀で反撃する。やる事は単純、難易度は激高。それをエイレーンはいとも簡単にやってのける。
とっさの一撃を受け流され、体勢を崩した馬越の腹にサーベルの一撃が入る。
「く、、、これで勝てる程甘くは無いですか」
「勿論デース。アカリさんお願いします」
「OK!」
「ウビッ!?」
いつの間にか起き上がり、背後からエイレーンを襲おうとしていたばあちゃるをアカリの鞭が襲う。
ばあちゃるの振り上げたナイフを鞭が器用に弾き飛ばす。
>>146
「ちょっ、マジっすか」
「ナイスですアカリさん!」
「えへへー、どういたしまして!」
『ミライアカリの華麗な鞭さばきが炸裂!!まるで鞭が生きているのかの様な精度!』
「鞭ってあんな風に動くのか!」「私も鞭使ってみようかな」「金髪なのにいぶし銀な活躍だねぇ!」
弾き飛ばされたナイフはクルクルと回りながら山なりに飛んでいき、試合場の端に落っこちる。
ばあちゃるはそのナイフをチラリと名残惜しげに一瞥した後、直ぐに視線をエイレーンへと戻し懐に忍ばせておいた予備の武器を取り出「させまセーンよ」
取り出そうとした瞬間エイレーンがばあちゃるに例の高速移動で近寄り、首を引っ掴んで持ち上げる。
「ぐっ、、、ちょっと力強すぎじゃないですかねハイハイ」
「それはアカリさんのスキルデスね。『鞭で打った相手を強化する能力』特別に教えてあげマース」
「成程、、、最初のアレは、、、、そう言う事っすね、、、、所で、、、、そろそろ息が、、、苦し」
ばあちゃるの首が締まり息ができない。徐々に視界が暗く、意識が遠くなっていく。
「ばあちゃるさん!!」
馬越が助けに入る。馬の下半身から生み出される加速力、たゆまぬ鍛錬に支えられた技術、ハルバードの重量。それら全てを十二分に発揮する一撃。十分な助走をつけてからの振り下ろし。
何もかもを両断出来る一撃がエイレーンの頭上に降りかかる。
「グルルルルァ!!!」
「ちょっとヤバいデスね!」
「ガハッ、ゴホッ、、、、、ハァハァ、、、フゥ。助かったっす馬越さん!!」
>>147
どんな技量をもってしても受け流せないほどの斬撃、エイレーンはばあちゃるを手放しての回避を余儀なくされる。
『強烈な振り下ろしぃ!!ハルバードの刃が血を吸いてえと唸り立ってるぜ!!!』
「流石は岩本カンパニーの馬越、強いデースね」
「おや、馬越の事を知っているんですね。光栄ですよ」
「当たり前デース。この街に住んでいてあなたの事を知らなかったらモグリですよ、、、、、ただ、ばあちゃるさん。あなたの強さには納得が行きまセーン」
「オイラ?」
ばあちゃるが聞き返すと、エイレーンは訝し気に目を細める。
嫌な予感がする。ばあちゃるの首筋を生温い汗が流れ落ちる。
一応この戦いの最後まで書きあげたのですが、眠過ぎて推敲が出来る状態では無いので明日続きを上げます
ついでに紹介し忘れてた設定をば
蟲槍『無銘』
ピノ様の使ってた生きている槍。カルロ家に伝わる槍と言う裏設定が有る。普段は眠っているが持ち主の血を吸うと目を覚まし、能力を発揮する。由来すら失われる程古い槍。
『植物操作:C』
双葉ちゃんのスキル。切りつけた所から植物を生やして操る。
『馬越健太郎』
岩本芸能社所属のV。古参のVファンならかなりの確率で知っているV。
今作ではケンタウロス要素をかなり前面に押し出しているが、実際の馬越さんはそんなにケンタウロス要素なかったりする。(動画や配信では基本胸から上しか映らない為)
>>148
「ばあちゃるさん、あなた平和な場所で育った人ですよね?」
「まあ、、、、そうっすけど何で解るんですか?」
「それは所作や喋り方、動きの癖とかデースね。組織の長やってれば嫌でも解るようになりマース、、、、と、まあそれは良いんです。私が言いたいのは、何故平和な環境で育ちながらもそこまで戦えるのか?と言う事です」
エイレーンが滔々と語り出す。
エイレーンの放つ雰囲気に押され、闘技場全体が徐々に静かになっていく。
「私が最初にばあちゃるさんを切りつけた時、妙に硬かったんデースよ。あれは何ですか?」
「それは、、、シロちゃんやリコリコに初歩的な魔術を教えて貰ったんすよハイ」
「どんな?」
「えっと、、、、まあ『触れた物体を固くする』って言うごく初歩的な魔術でオイラの服を咄嗟に固くして防御したんですよハイハイ」
ばあちゃるは必死にいつもの通りの口調を保ち、エイレーンの質問に答える。
エイレーンは氷の様に冷ややかな声でばあちゃるを問い詰める。
「成程。ではあなたは覚えたばかりの魔術を咄嗟に使えたんデースね、あの一瞬で。しかもそのすぐ後には私の後ろを取ろうとした。戦場で育った人間でもそこまでやれるのはごく一部デースよ。凄いですね」
「、、、、」
重い圧迫感がばあちゃるを締め上げる。
エイレーンの赤い瞳が『お前は異常だ』と語りかけている。
>>151
薄々、可笑しいと気付いていた。それを考える程の暇がなかったから、ソレを誰にも言われる事が無かったが故に無視出来ていた。その矛盾を今突き付けられた。
ばあちゃるはもう、一歩たりとも動けなかった。
「、、、、、、、」
「エイレーンさん、ここは戦いの場です。討論の場では有りません」
「何が言いたいんデースか?」
馬越がばあちゃるとエイレーンの間に割って入る。
「戯言はお辞め下さいと言っているんです!」
関節の駆動に体の捻りを加えた渾身の薙ぎ払い。
しかしその一撃は意識の外から飛んできた鞭によって防がれる。
ハルバードを一番上まで振り上げた瞬間。武器の勢いが死ぬほんの一瞬、その一瞬をアカリは狙っていた。結果は成功、アカリは見事鞭で馬越の武器を巻き取る事に成功する。
「何!?」
馬越の手から武器が奪い取られる。
床に落ちたハルバードがガランと大きな音を立てる。
馬越は自らの獲物が回収できないと一瞬で判断し、馬の下半身による蹴りを繰り出そうとするが時すでに遅し。
馬越の首にサーベルが突きつけられる。
「一度見せた手に引っ掛かるのを見るに、冷静さを失っている様デースね」
「当然ですよ、肩を並べて戦う仲間を侮辱されて憤慨しない戦士がおりましょうか」
「、、、それは、すみませんね」
「それに!馬越は貴女にもキレてるんですよ」
ギリギリと音を鳴らさんばかりに歯を嚙み締め、忌々し気な顔で語気を荒げる。
>>152
「『エイレーン一家』、、、、歓楽街を縄張りにする一家。水商売の人間に対する暴力やヤクの取引を取り締まり、それの対価として店から金を貰い成り立っている一家だと聞いていました。住民曰く支払う金は然程高くなく、理由が有れば支払いを減らしてくれる。仁義の一家だと聞いてました」
「、、、、、、」
「だから馬越、今日戦うのを凄い楽しみにしていたんですよ。そんな一家の長は一体どれ程素晴らしい人間なのか、ワクワクしてたんですよ」
エイレーンに顔を近づけ、吐き捨てるように馬越は語る。
首筋に突き付けられたサーベルの刃が浅く食い込む、しかし馬越はそんなのお構いなしとばかりにズイと威嚇するように近付いていく。
「なのに蓋を開けてみたらどうです?口先で相手を揺さぶる、姑息な手段を取る浅ましい姿!勝手な失望だとは理解しています、、、、ですが!」
「馬越さん。この街で綺麗事を通す為には沢山の暴力と噓が要るんデースよ。歓楽街は今の『エイレーン一家』が守り切るには余りにも大きい。私達がこの大会で優勝すれば名声が高まり、組織を拡大する事が出来るかも知れない。ですが、もし無様な結果を出せば完全に逆効果。ここで負ける可能性を作る訳にはいかないんデースよ」
苦悩に満ちた顔でエイレーンは答える。額に刻まれた皺はより深くなり、瞳に込められた意思が悔し気に揺らぐ。
「己の品格を貶めようとも、目的は果たしマース」
>>153
エイレーンは腕に力を籠め、馬越の首にサーベルの刃を押し込「ウビィ!!」
エイレーンの顔面に何かが飛んでくる。白く、小さい、文字の書かれた長方形の紙。名刺だ。
「うわっ!だ、誰デースか!?」
「ばあちゃる君っすよ。エイレーンさん!魔術で硬化した名刺を喰らえハイハイ!!」
エイレーンが咄嗟に避けた名刺が試合場の壁に突き刺さる。
「硬化させた名刺、硬度は鋼鉄、鋭さも十分!どうですかねハイ」
「な、何で、、、、?あそこまで言われて、なぜそんなに早く立ち直れるんデースか!?」
「、、、、、こんなに小さな紙を正確に投げるなんて以前は出来なかった。エイレーンさんの言う通り、オイラは何かが可笑しいんでしょうねハイ」
ばあちゃるは背筋をシャンと伸ばし、エイレーンの顔を真っ向から見る。
「エイレーンさんに指摘されて、オイラは戦うのが怖くなった。以前のばあちゃる君と今のオイラの隔たりを認めてしまうようで、怖かったっす」
「でしょうね、誰でも怖いですよ、、、何でばあちゃるさんは克服出来たのデースか?」
「いやほら、エイレーンさん『己の品格を貶めようとも、目的は果たす』と言っていたじゃないっすか。あれを聞いた瞬間この言葉を閃いて、それで吹っ切れたんでふよハイ」
「『己が己でなかろうと、目的は果たす』、、、、だからオイラは戦う事を恐れないっす」
堂々とした声でエイレーンに向かってそう言い放つ。
「アハハハハ!!エイレーンちゃん、心理戦はばあちゃる君の勝ちみたいだね!」
「アカリサーン、そこまで笑わなくてもいいじゃないデースか」
アカリは頬を膨らませるエイレーンを指差し、端正な顔に満面の笑みを浮かべる。
>>154
「アハハ、ごめんごめん。でもエイレーンちゃん凄く良い顔してるよ」
「おや、そうデースか、、、」
アカリの指摘した通り、エイレーンの顔には笑みが浮かんでいた。まるで口うるさい大人を悪戯に引っ掛かけた子供の様な笑顔だった。
「ハイハイ馬越さん、もう大丈夫です!第二フォーメーションお願いっす!」
「了解です、行きましょう!」
ばあちゃるが馬越の背に勢い良く飛び乗る。
『これは何だ!?ばあちゃる選手が馬越選手に騎乗したぞ!!!!一体何をするつもりだ!?』
「司会が喋り出したぞ」「ちょっと嬉しそうだな」「さっきまで解説とか出来る雰囲気じゃなかったしなぁ、、、」
司会が解説を再開し、観客の方にも徐々に熱気が戻り始める。
「馬越さん!考えがあるっす!!」
「どんな考えですか?」
「アカリさんのスキル『鞭で打った相手を強化する能力』によってエイレーンさんは強化されてるっす。だからアカリさんを倒せば、エイレーンさんは弱体化すると思うんですよハイハイ」
「成程!」
馬越はばあちゃるを乗せ、アカリ目掛けて一直線に走る。
「させまセーン!」
「押し通らせて貰いますよハイハイ!!」
『空飛ぶ名刺の雨あられ!まともに受ければ血の雨が降るぜ!!』
「くっ、、、」
馬越を止めようとするエイレーンに向け、懐から取り出した名刺を雑に何枚も投げつける。
エイレーンに対し有効打にこそならないものの、何とか足を止めさせる事には成功する。
>>155
『遂に辿り着いたぞ馬コンビ!アカリ選手を倒し、勝利する事は果たして出来るのか!?』
二人は遂にアカリを間合いの中に捉える。
何かする隙は与えない。アカリが鞭を振るう前に、エイレーンが追いつく前に馬越はアカリに蹴りを「まだまだぁ!」
何を思ったのか鞭を投げ捨て馬越に殴りかかるアカリ。
速くは有るが軽い一撃。何の痛痒も与えない筈の攻撃は、どういう訳か馬越の体を制止させた。
「これで、、、、、、あ」
「ちょっ、馬越さん!?、、、うわっ!」
「アカリの能力がいつから一つだけだと、、、、あばっ!?」
急停止した馬越の体、その上に乗っていたばあちゃるは慣性の法則によってアカリの方へ一直線に投げ飛ばされた。
『な、何と!?前に投げ出されたばあちゃる選手の膝がアカリ選手の顎にクリーンヒットォ!そしてKOだぜ!!』
偶然にもばあちゃるの膝がアカリの顎を打ち抜く。
勝利を確信した瞬間に予想外の一撃。それ程丈夫な訳では無いアカリはあっけなくやられてしまう。
「きゅぅ、、、、」
「え?マジっすか、やった!これで勝ちの芽が「ないデース」
「ウビバ!?」
ばあちゃるの背後から叩きつけられる一閃。
すんでの所で服を硬化させ致命傷は避けるが、エイレーンの圧倒的な腕力に吹き飛ばされる事は避けれない。
>>156
「あれ、、、?思ったより弱体化してないっすね」
「ええ、この強化はアカリさんが倒れても暫く続くんですよ」
成すすべなく床に転がるばあちゃる。
頼みの馬越も動く気配が無い。
「つ、つまり?」
「まだバリバリ強化状態デース」
「そんなぁ、、、、じゃ、じゃあアカリさんのアレは何ですか?馬越さんを無力化した奴っす」
「秘密デース」
「えー、戦った仲じゃ、、、ふべっ」
ばあちゃるのマスクとスーツの間、唯一肌が露出している場所にサーベルが差し込まれる。
あっという間にダメージが一定量を超え、ばあちゃるは気絶することになる。
『勝者エイレーン一家!!!未だ底の知れぬこの二人!そして熱く、愉快な試合を魅せてくれた馬越とばあちゃる!この四名に喝采を送ってくれ!!!!』
「よくやった!!」「馬にしてはやるじゃん」「さっすがエイレーン一家!」「岩本カンパニーも負けてねぇ!!」
「楽しかったデース、、、、本当にいつぶりでしょうかね。こんなに楽しい戦いは」
あらん限りの歓声、その中に一人立つエイレーンは楽しげにそう呟き、会場を後にする。
>>150
でしょうねぇ、、、、ケンタウロスって普通に幻獣なのでfate的に考えると相当ヤバいんですよね
ばあちゃる伏線回&(ちょびっとだけ)成長回でした
硬化の魔術は衛宮さんが初期から上位互換の強化魔術使えてたし、才能無い素人のばあちゃるでもこれ位は使えても問題ない、、、筈
それとちょっとしたお知らせです。pixivの方にも連載してみる事にしました、ユーザーネームはasdです。ここでの連載を辞める予定はありません。
理由は幾つかありまして
初期のガバを修正したい
どれだけの人が読んでくれたのか可視化したい
pixivで推しの布教をしたい
pixivは二次創作の規約が異常に緩い
の四つです。
それと重要な知らせです。シロちゃんのキャンパスアートとマグカップが明日届くようです!いやったぁ!!
おっつおっつ、プロデューサー足るもの名刺手裏剣位使えないとね
後キャンパスアート&マグカップおめでとう
>>160
まだ届いていませんが今から楽しみです!
馬は名刺手裏剣だけでなく、様々な技を使いこなして味方をサポートするカズマさん的ポジションになる予定です!!
>>157
「フゥ、、、、」
ばあちゃるは短くため息をついて空を見上げる。
ここは医務室、では無く闘技場の外。
馬越と共に闘技場の外壁にもたれ掛かり、太陽と人口の光に照らされたグーグルシティを眺めていた。
「ちょっと疲れたっす」
「そう、ですね」
馬越は紙煙草を箱から取り出し咥え、ライターで火をつける。
箱には鮮やかな青で描かれた孔雀と『PEACOCK』の文字列が描かれていた。
「『ピーコック』ですか、初めて見る銘柄ですねハイ」
「かなり珍しい銘柄ですからね、、、、いちいち取り寄せてもらってるんですよコレ。ばあちゃるさんも吸いますか?」
「うっす、有難く吸わせて頂くっす」
いつも被っている馬のマスクを軽く持ち上げ、咥えた煙草に火をつけてもらう。
久しぶりに吸う煙がばあちゃるに少々の懐かしさと独特の風味を運んで来る。
「これ結構旨いっすね」
「ですよね。マイナーなのが不思議なくらいですよ、、、、ま、味だけじゃダメって事でしょうね。正しいだけの理想と同じですよ」
馬越は自嘲気味に笑いながらそんな事を呟く。
吐き出した煙がビル風に吹かれ散り散りになって消える。
>>162
「どうしたんすか馬越さん?」
「いや、ね。エイレーンさんの言っていた『綺麗事を通す為には沢山のウソと暴力が必要』と言うセリフ、馬越に刺さるなぁと思いましてね」
「悩みが有る感じっすか」
「ええ、少し愚痴を吐いても良いですか?」
「勿論。オイラで良ければ付き合いますよ」
馬越は根本まで吸った煙草を灰皿に捨て、ポツリポツリと話し始める。
「馬越の所属している『岩本カンパニー』の目的は、『グーグルシティの外に点在する難民コミュニティの支援』です」
「素晴らしい目的じゃ無いですか」
「目的は、我ながら素晴らしいんですけどね。現実は中々上手く行かないですよ。何にしても金が足りない、やってる事は殆ど慈善事業なので収入なんか殆ど無いですから。本当なら汚い事やってでも金をひねり出すべきなんでしょうけどね」
「目指せる時点で凄いと思いますよハイ」
ばあちゃるの慰めに馬越はゆるゆると首を横に振り否定する。
「ばあちゃるさん。結果は出てないけど頑張りました、で褒めて貰えるのは子供までですよ」
「そりゃ、そうっすけど」
ばあちゃるは歯切れ悪く答えを返す。
咥えたままの煙草が所在なげに揺れる。
「、、、すみません。今のは八つ当たりでしたね」
「そう言う時もあるっすよ」
「そう言ってもらえると有難いです。では、馬越はそろそろ」
「あ、ちょっと待って下さいっす」
帰ろうとする馬越をばあちゃるが呼び止める。
少しだけ面食らった顔の馬越に質問を投げかける。
>>163
「一つ質問なんすけど、なんで馬越さんは岩本カンパニーに入ろうと思ったんですか?」
「なんで、、、ですか。そうですね、『理不尽な事を見ると腹が立つ』からでしょうね。許せない訳じゃないんですよ、ただ腹が立つんです」
「だから岩本カンパニーに入ったんですねハイ」
「そうです、街に入れずカカラの脅威に晒される難民が居る、と言う理不尽には昔からムカムカしてたんですよ。だから岩本カンパニーの仕事は馬越の天職でしたね」
微かに熱を帯びた声で馬越は語る。
理知的な茶色い瞳の奥に情熱の光が灯る。
「ま、理由はそんな所ですよ」
馬越は二本目の煙草を取り出し火を付ける。
「おや、二本目行っちゃうんすか」
「普段は一本で終わりですけどね、今日は特別です」
両の目を閉じ吸い込んだ煙をゆっくりと味わう。
赤く静かに燃える火が、煙草の胴をジリジリと燃やし灰に変える。
「こんなに愚痴吐いといてなんですけど、馬越はやり方を変えるつもりは無いですね」
「そうなんすか?」
「理不尽が大嫌いな馬越が『正しい事をする為に汚い事をしなくちゃいけない』なんて理不尽、我慢出来る訳が無いですからね。例えエイレーンさんの言っていた事が事実でも、それが確定するまで馬越は過程にこだわり続けますよ。今日みたいに妥協したくなる日はありますけど、そこで妥協したら一生後悔すると思うので」
>>164
「何というか、大変な生き方っすね」
「全くです。でもほら、馬鹿と煙は高い所へ、、、なんて良く言うじゃ無いですか。だから馬越も馬鹿の一員として高い理想を持ち続けてやりますよ」
「アハハ、じゃあ馬鹿仲間としてお願いがあるんすけど、二本目貰えますかハイ」
「勿論良いですよ」
グーグルシティの片隅で二人分の煙が立ちのぼる。
煙は高く、空高くのぼっていた。
物理実験のレポートやらなんやらが重なり、結構忙しかったのでかなり短めです、、、、、
馬越さんとエイレーンさんは立場や考え方をかなり対照的にしてみました
目的に向かって邁進しつつも現実との兼ね合いに苦しんでいる、と言う点では同じでも、それぞれの向き合い方は違う感じですね
(この作品内においては)未だ大きな挫折を経験していない馬に対して、『今は良いけど、壁にぶち当たった時どうするの?』と言う問いかけを遠回しに投げかける役割も担って頂きました
細々とした設定
岩本カンパニー
元ネタ 岩本芸能社
グーグルシティの外に点在するコミュニティへの支援を目的として生まれた民間企業
民間企業と言いつつもやってる事はほぼボランティアであり、収入の殆どはパトロン頼り。
メタ的な話をすると味方サイドに金があると話があっという間に終わる為、味方サイドの組織は基本貧乏になる。
グーグルシティから遠くに行く事が多い岩本カンパニーと、『楔』の探索をする為遠方の情報も欲しいブイデアとで利害が一致しているため、緩やかな同盟関係を組んでいる。
>>167
無理のない速度で書いてるので大丈夫です!
受験終わってからずっとダラダラしてたせいで大分鈍っているだけなので、感覚が戻れば問題なくなると思います
>>165
『準々決勝最終試合! 『グーグルシティ防壁構築戦線』『カカラ変異種異常発生』『マフィア連合によるクーデター』『同時多発サイボーグ狂化テロ』、、、様々な街の危機を救った英雄夫婦! 『蟷螂』のセバスさん&『蜜蜂』のメアリーさんVS謎の少女シロ&ニーコタウンの大ボス神楽すず!! 互いに劣らぬビックマッチだぜ!』
「ガキの頃に何度も本で読んだ英雄の戦いが見れるとは!」「ニーコタウンのボス、お手並み拝見だな」「シロ、、、、あんなに強い娘どこから来たのかしら」
沸き立つ闘技場、戦いの始まりを待ちきれない観客達の前に四人の戦士が躍り出る。
「二つ名で呼ばれると恥ずかしいんですがね、、、」
「変な所でシャイなのは老いても変りませんわねアナタ」
「すずちゃん、作戦は覚えてるよね」
「勿論です、、、、えっと、真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす、でしたよね」
真っ白な髪に髭を蓄えたセバス、フォーマルな執事服の袖は捲り上げられ、露わになった二本の腕からはそれぞれ大きな刃が飛び出しており正にカマキリと言った風体だ。
古風なメイド服に身を包んだ老婆エミリー、メイドらしい上品な立ち姿の中で左腕に取り付けたパイルバンカーが凄まじい異彩を放っている。
白髪の美少女シロが携えるのはハンドアックス。愛用している銃は大会のルール上使用出来ない為お休みだ。
眼鏡がよく似合う緑髪の少女神楽すず、その手に持つは暴力の化身釘バット。愛用の火炎放射器はシロと同じくお休みとなっている。
>>169
『試合、、、、開始!』
「行くよすずちゃん! まずはセバスから倒そう!」
「ハイ! 絶対にた、、、うわぁ!?」
「急がば回れ、で御座いますよ」
シロとすずは二人掛かりでセバスに近付き、襲い掛かろうとした瞬間すずの背後に現れる影、エミリー。
『相手の意識の隙間をすり抜ける移動方! 熟練の』
「いつ背後に!?」
「御二方はセバスに意識を向けている様子でしたので。それ」
「つっ、、、!」
エミリーの左腕がゴウと唸り鉄杭を吐き出す。避けづらい胴体を狙って放たれたソレを、すずは身を屈める事で辛うじて避ける。
真っ黒な鉄杭の先端がすずの背中に触れてそこで止まり、パイルバンカー本体に帰っていく。額に玉のような汗が幾つも浮かぶ。
『蜜蜂の針がすずを襲う! 誰もが恐れた必殺の一刺し!!』
「、、、、クソ! お返しだぁ!」
振り返りざまのフルスイング。豪風を巻き起こし迫るスズ渾身の一撃はーーー間に割り込んだ二本の刃に防がれる。
「私を忘れては困ります」
「忘れてなんか居ないよぉ! おほほい!」
シロがアホ毛をぴょこんと揺らし、すずの攻撃を防ぐため足を止めたセバスに手斧を叩き込む。
素早さに重点を置いた一撃。武器を振り上げる、と言う動作を切り捨て、代わりに前方への踏み込みと体重移動でもって手斧を加速させ最小限の威力を確保した、叩き付け。
>>170
「くらえぇ!! おじいちゃん仕込みの斧術!」
「甘い! エミリー!」
「はいはい」
『おおッと!? エミリーさんのパイルバンカーがシロ選手を掠めた! セバスさん越しの正確な一撃だ!!』
「ちょっ、マジィ!?」
シロは自身の直感に従って首を捻る。さっきまで首が存在していた場所を鉄杭が掠めていく。
もし当たっていればシロはそこで終わっていただろう。
「シロさん!」
「シロは大丈夫。やっちゃって」
「ハイ! 行くぞ私は!!」
『すず選手の全身が緑色の光を帯びたぜ! 何か来る!』
「おっと、これは不味い」
全身から緑色に光る魔力を放出するスズが、右足を力いっぱいにドンと踏み込む。次の刹那すずの右足を起点に魔力の爆発が巻き起こる。
何が起こるのか知っていたシロはいち早く距離を取り、続いてエミリーを素早く抱き上げたセバスが後ろへと飛ぶ。
「ぐっ、、、少し重くなったんじゃないか、エミリー」
「アナタの足腰が老いたんですよ」
結果として、相手から距離を取ることには成功したが、相対する二人にダメージを与える事は出来ていない。これでは振り出しに戻っただけだ。
むしろすずちゃんの大技を使わされた事を考えるとマイナス。あれは何度でも使えるモノでは無い。蒼い瞳を悔し気に細め、シロはそんな事を考える。
>>171
巧い。シロは二人をそう評価する。
エイレーン一家の超人的な戦闘技術、ピーマンやパプリカの常識外れなパワー、馬越のような特別な種族の生まれ、鳴神やケリンみたいな強い能力、二人にそれらの強みは無い。いずれの要素においてもシロ達とそれほど差はない。
強いて言うならばあちゃるが近い。自分に出来る事を把握し、適切なタイミングで適切な行動をする。ばあちゃると違うのはその完成度だ。
数多の修羅場を潜り抜けた、数十年分の濃密な経験が二人の強さを強固に支えている。
では、それらを踏まえた上でシロとすずちゃんが上回っているものは何か? それはきっとーーー
「すずちゃん、作戦変更するよ」
「解りました。どんな作戦ですか?」
「賢く行って、ぶっ飛ばす」
「了解です、、、けどどうしてですか?」
ーーー若さだ。
首を傾げるスズに、シロは指を二本立てて説明する。
「まず一つ、エミリーちゃんのパイルバンカーは当たればお終い、だから隙は少ない程良い。
二つ目、あの二人はとっても強いけど、それでも老いてるからね。タフネスやスタミナは少ない筈。なにか当てさえすれば勝利は近づく」
そう言われたすずが相対する二人をよくよく観察してみれば、セバスの白く老いた髭の間からは既に乱れた息が漏れ、メアリーの立ち姿には僅かに疲れが見える。
>>172
「確かに。じゃあ、、、、下の方を、ちょっと破壊!」
すずの獲物がゴルフクラブのような軌道を描き疾走する。背後から前方へ、闘技場の床を砕きながらバットを振り抜く。砕かれた床は無数の破片となってエミリーとセバスに襲い掛かる。
「いいねすずちゃん! シロも続くよ!!」
『すず選手の遠距離攻撃! 当たれば痛手は免れぬ破片の弾幕だぜ!』
「、、、ほう、面白い」
破片の嵐、そのすぐ後ろから二人に迫るシロ。
破片を避ければシロが手斧を叩き込み、シロに意識を割けば破片を食らう。敵に不利な二択を迫り判断能力を奪う、古典的かつ効果的な戦法はーー
「面白いが、まだ甘いですな」
「うっそでしょ?」
『破片を切り落とし、返す刀でシロ選手に切りかかったぁ! 一歩間違えれば敗北必至の所業を、顔色一つこなす! それがこの男!!』
「判断の早さだけは衰えませんわよねアナタ」
「衰えないよう毎朝シャドーボクシングしてるからでしょうな。知ってるだろエミリー」
「あれ五月蠅いから辞めて欲しいんですけどねぇ」
破られた。
急所に飛んできた破片だけを切り落とし、そのままの勢いで反撃したセバス。セバスの背後に移動し難を逃れたエミリーと軽口を叩き合いながらも、その目はシロを瞬き一つせずに観察している。
しかし、まだ終わってはーーー
「おや? もう一人の御方が見当たりませんね。今見える範囲にはおらず、背後に気配も無い。上ですか」
>>173
気付かれた。
エミリーのパイルバンカーが上方向に炸裂し、空から襲い掛からんとしていたすずを捉える。
「づっ?!」
「すずちゃん!」
「今のは良い手でした。下手をすれば食らってましたわ」
「その鋭い観察眼、相変わらずだなエミリー」
「毎朝、新聞のクロスワードで鍛えてますからねぇ」
「新聞を読む前にクロスワードのページだけ引き抜くのだけは辞めて欲しいんだがな、、、、」
シロが気を引き付けている間に、すずちゃんがエミリーに奇襲を仕掛け無力化する作戦。即興とは言えここまで見事に破られるとは。
ギラリと銀色に光る二本の刃、セバスが持つその刃に切り裂かれた腕が今更痛みを訴えてくる。
「くっ、、、」
強力なパイルバンカーの衝撃を逆に利用し、遠くに弾き飛ばされる事ですずは再度距離を取る事には成功している。しかしその代償が余りにも大きい。
鉄杭に削られた足がジクジクと痛む。
ピノの宝具『己が身こそ領地なれば(ザ・ドミニオン)』の効果に守られているこの闘技場で本物の怪我を負うことは無い、、、、無いが、その痛みは本物だ。
痛みは動きから精彩を、人から戦意を奪う。
「ピノ様のご友人方、貴女達は本当に強い。同じ頃の私よりずっと強い」
「でも今の私達には僅かに届かないですわ。年とは取るものではなく重ねるモノ。昨日の私達より、今日の私達の方が強い」
「研鑽を怠らない人間の最盛期とは寿命を迎える、正にその日で御座います」
かなり久しぶりの投稿です。再レポートと新しいレポートが重なってデスマーチ状態でした、、、、
真っ赤に添削されたレポートを返された時は一周回ってちょっと笑っちゃいました
今回のセバス&エミリーVSシロちゃん&ボス戦ですが、ちょっとセバスとエミリー強くし過ぎた気がします、、、、
老人になっても前へと歩み続けられたらなぁ、と言う個人的な老いへの願望を込めたキャラなので、気がつくと贔屓しそうになるんですよね。
おっつおっつ、お疲れさまです。私は仕事で大ポカやらかしたので精神的に死んでます。進み続けることは難しい事なんじゃ……
>>174
エミリーとセバスはそう言い放つ。その声からは己の強さへの信頼と誇りがにじみ出ている。
「『Mode shift Overload』御二方への敬意を表し、最高火力で葬らせて頂きたく」
「『Mode shift Bee sound』体への負担が甚大なので、まず使用しない奥の手でございますわ」
セバスの全身から青白い火花が飛び散る、周囲が揺らめく程の膨大な熱が放出され、赤熱した刃がセバスを赤く照らす。
エミリーの持つパイルバンカー、その中に収められた鉄杭。ソレがブゥゥンと蜂の羽音の様な異音をかき鳴らし猛然と回る。
『これはぁ!? もしかしなくても、あの有名な必殺技! マジの強者にしか使わないリーサルウェポンだぜ!!』
「爆発的に身体能力を上げるOverloadに!」「全てを削り取るBee sound!」「実際の迫力はやっぱり違うぜぇ!」
二人の出した奥の手に観客が沸き立つ。
「私は、、、、シロ様を殺らせて頂きます!」
「すず様、御覚悟でございます!」
真っ赤な残光を走らせ迫るセバス、すずの方にはエミリーが行く。
>>178
蒼い瞳をキョロキョロ回して勝機を探し、疲れた脳ミソをグルグル回して勝ち筋を考える。すずちゃんは今にもやられそうだ、宝具も間に合わない、周囲に利用出来るモノも無い、手斧を投げつけたとして何の意味もない。不可能が延々とループしてゆく。
シロに迫る二人の姿がゆっくりに見える。走馬灯と言う奴だろうか、きっともう、本能が敗北を受け入れて「頑張れシロちゃん!」
聞き慣れた声がシロの鼓膜を揺らす。
「、、、、!?」
声のする方を見れば、そこにはばあちゃるが居た。いつものふざけた雰囲気など投げ捨てて、一生懸命に応援するばあちゃるが居た。
シロの中から『諦め』と言う毒が消える、体に力が戻る。
勝てるかどうかなどもう気にしない、全力を出し切ってやる。手斧を捨て、拳に魔力を集め、切り札を「後は任せましたシロさん!」
エミリーのパイルバンカーがすずを貫く直前、すずの投げた釘バットがシロとセバスの間に割り込む。すずの残存魔力を全て流し込まれたソレは、床に接触した瞬間にはじけ飛ぶ。
「ぐっ、、、」
「よっ、しゃぁ!」
『すず選手が! 己を犠牲に隙を作り出したぜ! さあシロ選手、これを生かせるか!?』
バットの破片をもろに受けたセバスの体が大きくよろめく。
完璧な不意打ち。己の死を一切恐れず利用すると言う、戦場であれば有り得ない行動。この闘技場だからこそ迷い無く実行出来た不意打ち。
数多の戦場をかいくぐって来た二人だからこそ引っ掛かった一手。
>>179
「任されたよすずちゃん! 真名開放! 『唸れや砕け私の拳 ぱいーん砲』!!」
そして、シロはこの不意打ちが行われる数舜前から宝具を放とうとしていた。故に、宝具の発動が辛うじて間に合う。
宝具『ぱいーん砲』、魔力を注ぎこんだ量に応じて威力が跳ね上がる殴打。
「いっけええええ!!」
「ぐぅ、、、が、、、、」
黄色い光を纏った拳がセバスを打ち抜く。
如何に強かろうと体は老人、当たれば脆い。セバスの瘦せ細った体はくの字に折れ曲がり、吹き飛ばされ、闘技場の壁に叩きつけられ、動かなくなる。
『すず選手の作ったチャンスを生かし切った!! これで一対一! だが、まだ一対一! エミリーさんが残っているぜ!!』
「そうですわよ」
すずの胴体から鉄杭を引き抜いたエミリーがシロの方へとやってくる。
シロを倒す為、異音と共にやってくる。
「これで、終わりで御座います!」
「終わらないよ、もういっちょ開放! 『唸れや砕け私の拳 ぱいーん砲』」
魔力が殆ど空の体で、宝具をもう一度発動する。
宝具を十全に発動する事は叶わない。不安定な光を纏った拳と、回転するパイルバンカーが真っ向から衝突する。
「おりゃあああああ!!」
「勝ちを取らせて頂きます!」
双方の大技がぶつかり合う。互いに爆発力に長けた一撃。
シロの蒼い瞳は闘志に燃え、真っ白いアホ毛は戦意たっぷりに揺らめく。しかしーー
「くっ、、、」
ーーーシロの宝具が徐々に押され始める。
>>180
かなりの無理をして放った為宝具が不完全であること、そしてエミリーのパイルバンカーが回転し、シロを削り取ろうとしているせいだ。
もし、シロの魔力が十全ならば、エミリーが奥の手を出していなければ、シロが押し勝っていただろう。しかし現実は違う、シロが押されている。
『おおっと!? シロ選手が押され気味だぁ!』
「、、、、負ける訳にはいかないんだよぉ!」
「かなりの僅差ですが、これで終わ、、、、ゴフッ」
シロの拳が完全に押し切られるその直前、エミリーの口が血を吐き出す。
「大丈夫!?」
「お気になさらず、ちょっとツケを払っただけで御座いますわ」
口元を抑え、エミリーは後ろによろめく。
パイルバンカーは強力ではあるものの、打つたびに強烈な反動が全身を襲う諸刃の剣でもある。内部の機構で反動を軽減し負担を軽減させているが、それでも無視できるモノでは無い。
そして、『Mode shift Bee sound』パイルバンカーに内蔵された鉄杭を高速回転させる事で威力を上げる奥の手。しかし、鉄杭が回転する際に内部が過剰な熱を帯び、反動を軽減する為の機構が焼け付いき、反動をモロに受けてしまうのだ。
すずに一撃、そして今一撃、計二撃。たったそれだけでエミリーの体は深く傷ついていた。
「この程度で血ィ吐くとは、鍛え方が甘かったですわ」
「ねえ、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫ですわ。ほら早く、お構え下さいな」
心配した顔でこちらを見つめるシロに、エミリーは皺くちゃの顔に不敵な笑みを浮かべ啖呵を切る。
衰えた足腰を、脆くなった骨を、細くなった筋線維を、そして未だ衰え無き意思を総動員し三撃目を狙いすます。
「、、、、、解った、真名、開放『唸れや砕け私の拳 ぱいーん砲』」
>>181
魔力が空っぽになったシロの体、奥底に残った魔力をこそげ落とし、己の存在を切り詰めて魔力を捻出する。
「これで、最後で御座います!」
「その通り!!」
余力全てを使い何とか放った鉄杭と、消えかけの光を纏った拳の衝突。結果はーーーー
「ああ、、、、私の負けですか」
「シロの勝ちだよ」
ーーー僅差でシロの拳が勝った。
もう一度同じ事をすれば結果は解らない。それくらいの僅差だった。
「後数年若ければ、エミリーちゃんの勝ちだったよ」
「それは、、、、あり得ませんわ。私達は今もなお成長して、、、、おりますもの。数年前の私より今の私の方が強いですわ、、、、」
「そっか、そうだったね」
エミリーは崩れる様に倒れこむ。
『、、、、!! 勝者! シロ選手&すず選手ペア!! 大方の予想を覆し勝利したペアに、盛大な喝采を頼むぜ!』
「マジかよ、、、」「新たな伝説の『誕生』だ」「おめでとうっす! シロちゃん、すずすず!!」
歓喜と驚愕の混じった喝采を背に、シロはすずを抱えて闘技場を出る。
仲間の応援がきっかけで勝利すると言う、ベタ過ぎて近年では逆に珍しい展開でした。王道は書いてて楽しいです。
細々とした設定、及び追加設定
宝具『ぱいーん砲』
ランク:C
魔力を注ぎこんだ量に応じて威力の上がる殴打。実のところ、これ単体ではそこまで強く無い。
ただし、とあるスキルと合わせて使うとかなりえげつない事になる。
セバス
ピノ様の執事であり、全身の殆どを改造したサイボーグでもある。
改造したのが50年も前である為、体内の機械部品の殆どが型落ち品。古くなりすぎて、スペアパーツが値上がりしているのが最近の悩み。
『Mode shift Orverload』
全身のパーツにエネルギーを過剰供給し、性能を爆発的に上昇させる切り札。
下手をしなくてもパーツがぶっ壊れるため、かなりのハイリスク技。
エミリー
ピノ様のメイドにして、セバスの妻。
生まれつき身体能力が人より高く、若い頃はパイルバンカーを実質ノーリスクでぶん回していた。
若い頃は基本力任せかつ無駄打ちする癖が有ったが、老いてからはその癖が無くなり、力に頼らない技術も身につけた為、本当に年取ってからの方が強かったりする。
『Mode shift Bee sound』
発動した時に発せられる異音が蜂の羽音に似ている為、こう名付けられた。
アホ見たいな威力と引き換えに反動がヤバくなる。
>>183
「、、、、私は、私達は負けたのか」
「そうですよアナタ。私達は負けたのですわ」
真っ白いベッドから二人が体を起こす。ここは医務室、敗者が運び込まれる部屋。
「流石に老いたな、昔ほどにはキレが無い」
骨ばった両手を確かめる様に何度も握り締める。握る度に手のシミが薄黒く伸び広がってゆく。
「何を言うんですかアナタ。体の殆どが機械で老化なんて殆ど無いでしょうに」
「それはそうだが、年のせいにでもしないと悔しいじゃないか。それにだ、失敗や負けを年のせいに出来るのは老人の特権だぞ、特権を使わなくてどうする」
「もう、、、、そういう所は変わらないですわね」
拗ねるように寝っ転がるセバスを見て呆れたように微笑むエミリー。
英雄『蟷螂』、グーグルシティで育った人間なら一度は憧れる男。そんなセバスだが時折子供っぽくなるのが玉に瑕であり、エミリーにとって愛おしい部分でもあった。
「きっと死ぬまで変わらないとも。この街と同じだよ、形は変わっても本質は変わらない」
「ええ、そうでしょうね」
窓の外にグーグルシティが見える。行き来する無数の人や車、絶え間なくザワザワと奏でられる喧騒、暗い路地裏。
生きる為に精一杯だった昔とは違う、富と活気と格差で出来た街。しかしそれでも、人々の眼は昔と変わらない。
生きる為、のし上がる為、友の為、各々の夢を宿した眼。物乞いですらチャンスを探し眼をギラつかせている。
「、、、、この街を見ていると、守るために命を懸けて正解だったと思わされますの」
「全くですな、この街には命を懸ける価値がある」
両腕に仕込んだ刃を取り外す、代わりに取り付けたのはやや細身の刃。
波打つ刀文を持つ、古びたソレは丁寧に手入れされている。
>>186
「懐かしいですわね。私たちの親友にして今は亡き名工『竈馬』。刀に恋したアイツが友に遺した名刀『忘時』ですか」
「そうだ、そうだとも。相応しい敵に使えと言われたこの刀、カカラの首領相手ならば不足は無いでしょう」
ぼんやり光る刀身をじっと覗き込む。
そこに映るセバスは歪んでいて、まるで誰かが隣にいるように見える。
「おやおや、気が早いのでは無くて? ピノ様と双葉様、シロ様とすず様、どちらかが優勝しなければなりませんのよ」
「エミリー、あの方たちが優勝出来ないと思うのですか?」
「、、、、確かにそうですね。私も、準備をしなければなりませんわ」
二人の老兵は静かに牙を研ぐ。
>>187
『さあさあ! お次は準決勝!! 、、、、と行きたいところだが、暫く時間を置かせてもらうぜ。消耗した選手の休息が要るからな』
「しょうがないな」「俺も少し休むか」「今の内にトイレ済ませねえと」
熱気に満ちていた闘技場、『スパークリングチャット』の空気が暫し弛緩する。
飲み物を買いに行く者、トイレを済ませに行く者、思い思いに動く観客達。では選手はどうか。
「いやぁ、、、、完敗っすよ」
「アハハ、でもお馬さん片方倒してたじゃないですか。ワタクシは見てましたよ」
「まぐれをカウントするのは、、、どうなんですかねハイ」
「カウントしてもいいんじゃないかな、て双葉はおもうよー」
項垂れるばあちゃるを軽く慰めるピノと双葉。
ネガティブな発言とは裏腹にばあちゃるの声は晴れ晴れとしている。
>>188
「ねえ馬、馬越さんを止めた技、あれなんなの?」
「ああ、アカリさんに触れた途端動かなくなった奴ですね、、、、馬越さん『霧がかかったみたいに何も思い出せない』て言ってましたねハイ」
「なるほど、『思い出せない』て事はアカリちゃんの能力は精神に干渉する系ぽいなぁ」
「能力使う時アカリさん自信有り気な表情を浮かべてましたし、使い慣れてる感じですよね。多分」
「そうだねすずちゃん。エイレーンちゃんも未知数だし、底が見えないねぇ」
「楽しみですねシロさん」
翡翠色をしたスズの眼が待ちきれないとばかりに輝く。
シロ達五人はVIPルームに案内され、そこで休息をしていた。
上品なシャンデリアにグレーのソファー、暖色系の明かりに照らされた部屋には穏やかな音楽が流れている。
ホログラムで投影された熱帯魚達が色彩豊かな体をくゆらせて部屋の中を泳ぎ、壁の一面を占拠するモニターは闘技場を様々な角度から映し出している。
紅茶を飲み談笑する五人の空気は穏やかだ。それはまるで、嵐の前の静けさ。
>>189
ファイトクラブ『スパークリングチャット』の選手用休憩室、VIPルーム程では無いが豪華な部屋。
その部屋に用意されたテーブルを挟む様にエイレーンとアカリは座っていた。
「ねえ、エイレーン」
「どうかしましたか? アカリサーン」
「あの、さ。また不本意な手段で勝ちに行くつもりなのかな、て聞きたくてさ」
「、、、、」
鮮やかな金髪をせわしなくいじり、アカリは問い掛ける。
エイレーンは何も答えず黙している。
「エイレーンがそうする理由は知ってるし、アカリはその理由を軽いモノだと思わない。でも、、、そのせいでエイレーンは苦しんでるよ」
「、、、、」
アカリの懸命な訴えにエイレーンは何の反応も返さない。
瞼を閉じ、アカリの顔を見ない様にしている。
懸命に聞こえない振りをしている。
「エイレーンはお人好しなのに、合理的であろうと無理してる」
「、、、、」
「ばあちゃるが折れなかった時、エイレーン笑ってたじゃん」
尚も無反応を貫こうとするエイレーンに対し、アカリは顔を近づける。
少しバサついた赤色の前髪を持ち上げ、エイレーンの瞼をそっと撫でるように開く。
「アカリはエイレーンに従うよ、部下だから。でもアカリはエイレーンが心配だよ、家族だから」
縋るような表情を浮かべるアカリの顔が、エイレーンの瞳に映りこむ。
「、、、、今更私のやり方は変えられません。これ以外に皆を守る方法を知りまセーンから」
「エイレーン、、、、」
「でも、そうですね。ばあちゃるさんにしたみたいな、揺さぶりは止めにしマース。効果薄そうですから」
>>190
アカリを安心させる為に下手くそな笑顔を浮かべる。
それを見たアカリは大きなため息をつく。
「ホント不器用だねエイレーンは、、、解った。今はそれで妥協しとく。ヨメミと萌実にもそう伝えとくね」
呆れた表情に僅かな安堵をにじませ立ち上がり、アカリは部屋を出る。
「、、、不器用、デースか」
エイレーンの独り言が壁にぶつかって消える。
暫しの間、カチカチと時間を刻む時計の音が部屋を支配していた。
お久しぶりです(n回目)
テストが近く、中々時間をとって書けませんでした。
もうじき夏休みに入るので投稿ペースが上がる、予定です。
それはそうと、月姫リメイクがもうじき発売です!!
.liveの娘達は勿論好きですけど、それと同じくらい型月も好きなんです。
細々とした(裏)設定
『忘時(わすれじ)』
名工『竈馬』が親友に遺した作品。
『忘れじ』いつまでもあなたへの愛は変わらない(あなたの事が好きでした)、と言う意味を込めたエミリーへの密かなラブレター。
『時』を『忘』れる位、お前と過ごした時間は楽しかったという、セバスへの密かな感謝状。
二つの意味が込められた、剣の形をした遺書。それが『忘時』の本質です。
無粋かなと思ったので、本編では敢えて触れませんでした。
>>193
なんか例年よりも暑く感じますよね、、、、
休みが謳歌出来るのはテスト終わってからですね、大学は夏の宿題無いので、そこは気が楽です
>>191
『さあ! 今度こそ準決勝の始まりだぜ!』
『準決勝第一試合の選手を紹介するぜ! 大方の予想を覆し、見事伝説に勝利したダークホース、シロ&神楽すず!!』
『敵対するギャングのボスを下したこいつら! エイレーン一家は止まらない!! 萌実&ヨメミ!!』
「待ってたぜ!」「どっちが強いんだろうな」「早く始めてくれ!!」
手斧を携えたシロと、釘バットを肩で担いだスズ。
ギラリと獰猛に光るドスを構えた銀髪の二人、ヨメミと萌美。
歓声鳴り響く闘技場に四人の選手が出揃う。
『試合開始!!』
「ヨメミちゃん! 出し惜しみは無しで行くよ!」
「解った、萌実ちゃん!」
試合が始まるや否やヨメミと萌美の二人は後ろに下がり、互いの手を組んで見つめ合う。
直感でヤバいと感じたシロは咄嗟に銃を取り出そうとするが
「あっ、銃はルールで使えないじゃん」
ルールのせいでそれは叶わない。
闘技場での経験が浅い故のミス、それはこの場において致命的であった。
「私が行きます。行くぞ私は!!」
「お願いすずちゃん!」
翡翠色の瞳に焦りを浮かべ突撃するスズ。
大声と共に背中から魔力を放出し、ジェット機じみた加速をみせるその走りは正に神速。
しかし、それでも間に合わない。
『我ら二人で一つ』
『一人にして二つ』
『『真名開放 歪み映す双眸(ステアリーツインズ)』』
ヨメミと萌美、二人の宝具が発動する。
その直後、二人の元にスズが辿り着き、豪快にバットをーーー
「食らえ!!、、、、え?」
>>195
ーーー振り下ろせなかった。
二人が四人に、四人が八人に。爆発的に増殖を始める二人。
闘技場の一角が銀髪の美少女で満たされる。
その余りにもな光景にスズはフリーズしてしまう。
『な、なんだこれは!? 萌実選手とヨメミ選手が増えた!!』
「絵面がすげえ、、、」「一人くらい持ち帰れないかな」「ストレートに強いですね、この能力」
「無数に分身を生み出す宝具、前の試合じゃ宝具を使ってもケリンに爆破されて終わりだから使えなかったけど」
「今回は思う存分使えるよ」
分身は全て機械めいた無表情を浮かべており、武器も持っていない。
戦闘力そのものはオリジナルに遠く及ばないだろう、とシロは蒼い目を細め推察する。
だからといって脅威に成りえないかと言えば、それは違う。
動きを止めたスズに無数のヨメミが纏わりつく。
「うわっ、ちょっ。嬉しいけど嬉しくないです!」
スズが釘バットを振り回す度にその軌道上にいた分身は搔き消え、消える度に分身が補充される。
多勢に無勢、銀髪美少女の波にスズはズブズブと飲まれてゆく。
「すずちゃ、、、、、ヤバッ!?」
スズを助けに行こうとしたシロに萌実の分身達が襲い掛かる。
「ちょ、ほちょちょ!?」
シロを掴もうとする腕を僅かな動作で振り払い、飛び掛かってくる分身を誘導して他の分身にぶつける。
囲まれないよう動き続け、脅威になりうる分身だけを倒し、最小限の消費で萌実の分身に対処してゆく。
「動きこそ雑だけどキリがない。不味いねぇ、、、、くっ!」
>>196
とは言え、多数の敵に対処する為の最小限は決して小さいものではない。
萌実達の指がシロの真っ白なアホ毛を掠める。
現状、シロは萌実達の攻撃を凌げてはいる。しかし、防戦一方のこのままでは敗北必至。
(強引に近付いた所で勝機薄そうなんだよね。あの二人の戦闘技術、結構えぐいし)
(でも奇妙だねぇ、すずちゃんは既に殆ど無力化されてるのに、ヨメミちゃんの分身は全てすずちゃんに掛かりっきり)
(分身ってシロの想像以上に融通利かないのかも?)
(二人の本体が攻撃する気配も無いし、、、、分身出してる間は無防備になっている可能性がありそう)
(検証の為、本体にちょっかい出してみるのもアリかもねぇ)
(なんにせよ、先ずはすずちゃんを助けないと)
そんな危機的状況の中、シロは不思議な程冷静に考察を重ねる。
老練な強さを誇った『蜜蜂』と『蟷螂』から勝利をもぎ取った経験、それがシロに確かな自信と冷静さを与えていた。
>>197
「おほほい!おほほい! シロは負けないよ!!」
「え!?」
やにわにシロは手斧を振り回してスズの元へ突貫を始める。
分身の攻撃がシロを掠めて浅い傷を幾つも刻んで行く、がいずれも致命打には程遠い。
『シロ選手が動き出した! すず選手の救出に行くみたいだぜ!!』
「その通りぃ!!」
無数の分身を搔い潜り、スズの元へと辿り着く。
スズを押さえつけていたヨメミの分身全てがシロに目標を変えて起き上がり、後ろからは萌実達が追いかけてきている。
逃げ場の無い挟み撃ち、危機的状況ーーー
「ありがとうシロさん!!」
「いいって事よぉ! おほほい!」
ーーー無論、すずが居なければの話だが。
押さえつけられていた間バットに込め続けていた魔力を、そして全身のパワーをフルに使ったスイングと共に床に叩きつけ開放する。ガッゴォンという爆音と共に緑色の衝撃波が吹き荒れる。
分身達が風に吹かれた蠟燭の様に揺らぎ、搔き消える。
「ヤバッ!? どうしよう萌実ちゃん!」
「分身の制御はかなり大雑把みたいだねぇ!」
「弱点バレちゃったよヨメミちゃん、、、」
ヨメミと萌美、二人の背中を汗が流れ落ちてゆく。
シロの考察は当たっている。分身の中身は獣に近い。同じオリジナルを持つ分身同士で固まり、目に付いた獲物に見境なく襲い掛かる。
>>198
二人の宝具『歪み映す双眸(ステアリーツインズ)』は互いの瞳を重ねることで合わせ鏡とし、無数に映ったお互いの鏡像を分身として具現化する物。
瞳の一つ一つに己の色があり、瞳が映し返す景色もまた己の色に染まっている。故に瞳を鏡として見た場合、その質は下の下と言えよう。
鏡とは目の前に有る光景を有るがままに映すモノ。己の色に染めて映し返す鏡など論外。その様な鏡から産まれた分身の質も低いのは当然。
『これはヨメミ&萌実選手不利か!? しかし、まだ大勢は決していない! マジで目が離せないぜ!!』
「やっちまえ!!」「巻き返せ!!」「頑張れシロお姉ちゃん!」
夏休みに入ったので大分執筆スピードが上がりました。
そんな事より、マジの大事件がありました! https://www.youtube.com/watch?v=R8Y2e8BdVrk&t=4089s配信の終盤、私の書き込んだコメントが読まれたんです!! イヤッフゥ!!
細々とした設定集
『歪み映す双眸(ステアリーツインズ)』
ヨメミちゃん、萌実ちゃんの宝具。
相手の目に映った自分、相手の目に映った自分の目に映った相手、相手の目に映った自分の目に映った相手の目に映った自分、、、、、
といった要領で大量の分身を出す宝具。
強力では有るものの融通が利かず、また持ち主の戦闘スタイルと咬み合わせが悪いのが難点。
おっつおっつ、持ち帰ったらバレるやろ。コメント読まれると嬉しいよね〜、自分も何回かコメントとかお便りとか読まれたりしたことあるけどそのたびに小躍りしてる。
>>202
沢山いるのでバレない可能性もあるっちゃ有りますね。まずバレて酷い目に合うでしょうけどw
やっぱ読まれると嬉しいですよね…………
>>199
「いくよ!」
「ぶっ倒す!!」
「やってみなよ!」
じりじりと下がりながら分身を生み出すヨメミと萌美、互いの隙間を埋めるように手斧とバットを振り回し突き進むシロとスズ。
魔力が続く限り分身は無限に生み出され、一体辺りのコストもさほど高く無い。時間さえあれば万単位の数を揃える事も可能だろう。時間さえあれば、だが。
当然の事だが、一度に生み出される分身の量には限りが有る。
「これは、、、ちょっと辛いね!」
一歩、二歩、シロとスズが確実に距離を詰めてゆく。
三歩、四本、ヨメミと萌美、二人の背中が壁に当たる。これ以上は下がれない。
五歩、六歩、もう少しで武器の届く間合いに入る。
『シロ選手とすず選手がついに辿り着いた! 絶体絶命ヨメミ&萌美ペア!!』
「喰らいなぁ!!」
「いっちゃえ!!」
シロとスズが同時に武器を振り下ろす。
金属特有の光沢が描く銀色の軌跡は目の前の二人へとーーー
「「え?」」
「引っ掛かったね、、、、」
ーーー届くことは無かった。
分身の壁を抜けた先にいたのはヨメミ一人。
同時に振り下ろされた釘バットと手斧は、直撃した状態のままヨメミに押さえつけられ、動かすことが出来ない。
>>204
『萌実選手が消えたぜ!? 一体何が起こったというのか!』
ヨメミが攻撃を受けたことで『歪み映す双眸』が解除され分身が消える。消えずに残ったのはオリジナルだけ。
シロとスズの攻撃を受け止めたヨメミと、そして分身に紛れ回り込んでいた萌実の二人。
中身はともかく、萌実と分身の見た目に差異は無い。分身に紛れるのは容易な事だ。
「まさか!」
「ヤバッ」
すぐさま逃げようとするシロとすず。しかしもう遅い。
萌美による一閃が来る。勝機が来るまでジッと耐え続けた鬱憤を晴らすかのような鋭さで。
『萌実選手が背後にいる! 絶体絶命!!』
「いつの間に、、、」「マジかよ」「負けないでくれ!」
「獲った!」
勝利を確信した萌実が獰猛に笑う。
『宝具』と言う、分かり易い切り札を見せる事で本命から意識を逸らす。
ありふれた、それでいて有効な作戦がシロとスズに牙をむく。
見事に出し抜かれた二人は成すすべなく切り裂かれる、筈だった。
「えぇ、、、、?」
音すら追い抜く一撃がシロに掴まれた。
ヨメミに抑え込まれた武器から手を離し、高速で飛来するドスを掴み取る。物理的には可能だが、それが間に合うタイミングはとうに過ぎていた筈。
呆然とする頭でそんな事を考える萌実。
>>205
「シロのスキル『輝きの海』。効果は『シロへの応援を力に変える』」
「一杯食わされたね! こんな力を隠してたなんて」
「いや違うよ。このスキル、応援の量が一定に達しないと発動しないんだよ。
街の英雄を倒したダークホースVS有名な『エイレーン一家』の幹部と言う、誰もが興奮する好カード。そして決着の着く目の離せない瞬間。
ここまでの要因が揃って、やっと使える位には発動条件が厳しいんだよねぇ」
「そういう事、ですか。『使わなかった』のでは無く、『使えなかった』と」
「正解」
シロの周囲には、水色の光が幾つも浮かんでいる。
整然と並び、ユラユラ揺れる細長い光はさながらライブ会場に煌めくサイリウム。
シロは掴んでいたドスを萌実から取り上げ、そのまま突きつける。
磨き込んだ銀食器の様な色をした瞳がヨメミを見つめて、助けて欲しいとメッセージを送る。しかし、ヨメミがそれに答えることは無い。
「、、、、」
二人の一撃をまともに受けてしまった時、その時からヨメミは気絶していた。
その上、万が一ヨメミが復活しても対応出来る様にスズが備えている。
「くっ!」
ヨメミがやられた事を認識した萌実は思わず顔をしかめる。
萌実は頭が回る。回るがゆえに今の状況が詰みである事を理解出来てしまう。
(これ以上の抵抗は無駄だね。大会に出た目的が示威行為である以上、無駄にあがいて無様を晒す事は出来ない。
後の事はエイレーンとアカリちゃんに任せるべきだね)
「、、、、、降参するよ」
眩しい程に白く淡麗な顔をホンの一瞬歪めた後、萌実は大人しく両手を挙げて降参を宣言する。
「良いの?」
「良いんですか?」
「良いんだよこれで。萌実の役目はもう果たしたからね」
>>206
スズとシロの問いに対し、萌実は返答する。
萌実の言っている事に噓は無い。『エルフC4』と『サンフラワーストリート』のリーダーであるケリンと鳴神を下した時点で萌実達の役目は十二分に果たされている。
無論、最後まで戦い抜きたいという欲求はあった。
しかし、萌実は『エイレーン一家』の一員として出場している。個人の欲求を優先する訳にはいかなかった。
『萌実選手、まさかの降参だ!! 勝者、シロ&すず選手!』
「マジか」「まあ、あそこから勝ち目はなかったしなぁ」「健闘した!」
萌実はヨメミをそっと抱え会場を後にする。
>>207
「、、、、ん、うん? ここは?」
「おはよー。ここは医務室だよ」
ヨメミはやや乱暴に瞼をこすって重い体を持ち上げ、寝起きでゴロゴロする目をグルグルと動かす。
周囲には真っ白なベットが幾つか並んでいて、その中の一つにヨメミは座っていた。
はす向かいのベットには見慣れた顔、、、、、萌実の顔が見える。
「ねえ萌実ちゃん、結果はどうだった?」
「、、、、負けちゃった」
「そっかー、、、、、お疲れ様。後の事はエイレーンとアカリちゃんにお任せかな」
医務室を照らす薄く埃を被った蛍光灯の下で、ヨメミと萌美は心穏やかに話し合っていた。
二人は、アカリとエイレーンが大いに戦果を挙げ、大いに実力を示すと確信している。
負けた事への悔しさはあるが、焦りはない。
ヨメミは何度か大きな欠伸をし、ベットに倒れ込む。
「、、、ねぇ、エイレーンとアカリちゃんの事どう思う?」
「エイレーンは何でもかんでもしょい込む癖とセクハラ発言さえ無ければ完璧かな」
「エイレーンはある種の理想主義者だからね。本当は綺麗な手段を選びたい、でも大切な者を失う『可能性』が怖い。
だから自分の良心が許すギリギリの手段を用いて『可能性』を潰す。
理由は解るんだけどさ、損な生き方だよね」
「アカリちゃんはアカリちゃんで甘い所あるよね。実力の伴った楽観主義って感じ」
「決める時はビシッと決めるんだけどねぇ」
「まあ、完璧じゃないからこそ支え甲斐があると言うか、何て言うか」
「確かに。話変わるけど、、、、」
「、、、、」
「、、、、、、」
「、、、、、、、」
寝っ転がりながら萌実と話をする内に、ヨメミはいつの間にか夢の世界へといざなわれていた。
>>208
『、、、、ここはどこデースか?』
『、、、どこだろうね』
ヨメミは夢を見ていた。グーグルシティに初めて来た、あの時の夢だ。
ヨメミ、萌実、エイレーン、アカリ、べノ、エトラ、、、、、後にエイレーン一家を創設する事になる面々が、グーグルシティの路地裏で呆然と空を見上げていた。
ヨメミ達の記憶はある日を境に断絶している。頭に残っている最古の記憶は『殆ど何の記憶もない状態でグーグルシティに居た』と言うもの。
唯一覚えていたのは自分の名前だけ。
あの時縋るように辺りを見渡す私達の前を、無関心に通り過ぎる人々がとても恐ろしく感じた。
夢が揺らぎ、場面が飛ぶ。
『あ、有難うございます!』
『いいの、いいの。気にせず休んで』
今は『エイレーン一家』が管理している風俗街『ポルノハーバー』の外れにある寂れた宿屋。
風俗街の宿であるにも関わらずそう言うサービスはせず、売りは料理という少し変わった所だった。
そこの主人であるエミヤさんは気のいいお爺さんで、身寄りの無い私達を雇ってくれた。記憶を失ってから初めて感じた人の温もりがとても嬉しかったのを覚えている。
また場面が飛ぶ。
『おいジジイ! アガリが足りねえぞ!』
『、、、、、来月には耳揃えて払いますので』
『来月まで待てるかよ! 二週間後までに払え!』
『はい、、、、』
エミヤさんの胸倉をガラの悪い男が掴んでいる。
当時、ポルノハーバーは『I Want to be Radical』、通称『IWARA』と呼ばれるマフィアに支配されていた。
延々と身内で権力争いをするそいつらは、住民から金を限界まで搾り取っていた。
>>209
場面が飛ぶ。
『畜生、、、』
まだ日も出ていない早朝の厨房、その隅でエミヤさんが静かに啼いている。
赤みがかった総白髪、エミヤさんらしいその髪が、あの時は酷く寂しい物に見えた。
場面が飛ぶ。
『もう我慢出来ません。私達が立ち上がりましょう』
『立ち上がるってどうするのさ、エイレーン』
『そんなの決まってますよアカリサーン、カチコミですよ。一気呵成に攻め込むんデース』
エイレーンが気炎を吐いている。
今では考えられない事だが、当時のエイレーンは大胆不敵な性格だった。
それはある意味当然の事だった、私達には不思議な能力があったのだから。
『スキル』や『宝具』と呼んでいるソレらはどれも強力だった、私達に慢心を許す程度には。
飛ぶ。
『ありがとう!』『あいつらが居なくなる!!』『この恩は一生忘れない』
『IWARA』の元事務所、私達は感謝の喝采を浴びていた。
権力闘争に明け暮れていたあいつらは脆かった。
飛ぶ。
赤く燃えている。
『IWARA』の残党にエミヤさんが襲われて、宿は燃やされた。
赤い血が流れている。
エミヤさんの顔が蒼白になっていく、もうどうしようもない。
微かに声が聞こえる。
呼吸すらままならない喉を震わせ、エミヤさんが何かを言っている。
『■■■と■』
あの日からエイレーンは変わった。
『エミヤ』フェイトに精通しているなら、この名前でグーグルシティが元はどこだったのか大体見当がつくと思います。
グーグルシティは50年前に生まれた街です。
当然の事ですが、50年以上前までは別の何かであった訳ですね。
それと、作品にもよりますが、冬木と言う都市には基本的に『大聖杯』なるものが設置されております。
その大聖杯はいったいどこに行ったんでしょうね。
それはそうと、馬の配信ガチャ運良すぎてクッソ笑う。
細々とした設定集
『IWARA』
元ネタ iwara(エロmmd特化サイト、サーバーが糞雑魚な事で有名)
回想特有の戦闘シーンすらないかませ集団。
作者が適当に10分くらいで生んだ可哀想な人達。
エイレーン
キャラコンセプト
トライガンのウルフウッド+動画のエイレーン
元はアカリちゃんにスポットを当てる予定だったのがいつの間にかエイレーンになった。
アカリちゃんの場合、辛いことあっても自力で解決出来ちゃいそうなのが一番の理由。
>>213
過去話はカカラの正体にも関わるので楽しみにしていてください!
ちょっとだけヒントを出すと、『カカラは胸に露出しているコアさえ壊せば倒せる』というのがキモです。
>>210
『さあさあ! お次は準決勝第二試合だぜ!!
エイレーン一家の二大トップにして最高戦力、エイレーン&アカリ選手! 対するは我らがオーナー、見た目は可憐だが強さは苛烈! 双葉&ピノ選手!』
「これは予想つかねえな!」「待ってました!」「来た来たぁ!!」
名前を呼ばれた四人が闘技場へと足を踏み入れる。
ピノは上品な装飾の施された槍を担ぎ、双葉はファンシーにデコレートされたナイフを構えていた。
油断なく相手を見つめるエイレーンの手に握られているのは、古びたサーベル。アカリは黒く光る革鞭を腕に巻きつけて遊んでいる。
『試合、、、、開始!』
「ピノちゃん! じぜんの作戦通りにいくよ! まちがってもアカリちゃんには触れないように!」
「了解です、双葉お姉ちゃん!」
『おっと!? 双葉、ピノ選手がいきなり動き出した! 陣形を組ませないつもりか!』
ピノと双葉の二人は、試合が始まると同時に動き出す。
ピノはアカリに、双葉はエイレーンに襲い掛かる。
司会の言う通り、二人の狙いは『陣形を組ませない事』。
エイレーンが前衛、アカリが後衛となって動く陣形は原始的ながらも強力であり、事実ばあちゃると馬越はその陣形に終始苦しめられていた。しかし、初手で二人を分断してしまえば何の効果も発揮しない。
その上アカリを抑えてしまえば、アカリの『鞭で打った相手を強化するスキル』を実質無力化することが出来る。
>>215
「そりゃ対策されマースよね」
「大会用に編み出した付け焼き刃の戦法だからね。綻びが出来るのも多少は、、、、ねっ!」
「甘いですわ!」
縦横無尽に振るわれるアカリの鞭をピノは危なげなく避け、お返しとばかりに槍を突き返す。
熟練者の使う鞭は音速すら容易に超え、リーチも長大。しかしその威力は高いと言えず、近距離での取り回しも悪い。
詰まる所、懐に入られると弱い武器なのだ。
「激しく突いてくるねえ!」
「まだまだ序の口ですよ! ほら!」
突き、薙ぎ払い、叩き下し、回避、ピノの行うあらゆる動作の終わりが次の動作に繋がる。
豪奢な槍から繰り出される攻撃は全てが重く鋭い。
ピノの動きは流麗で無駄が無く、息を付かせる暇すら与えずアカリを責め立てる。
優雅に、そして苛烈に相手を圧倒する。これこそがピノの戦闘スタイル。
素の拳で鋼の刃を押し返す様な『規格外』でも無い限り、これを崩す事は困難と言えよう。
『止まらないぞピノ選手! 流れる水のような槍捌きだぜ!!』
「くっ! ちょっとキツイね!」
ピノの放つ銀閃が掠め、アカリの金髪を何本か持ってゆく。
>>216
「早く、倒れて、下さい!」
「いやいや、戦いはまだこれからだよ!」
掠めた槍を潜り抜けるように距離を詰めてアカリは手を伸ばし、それに対してピノは大きく後ろに下がる。
「、、、っ!」
現在の状況はピノが有利。しかし攻めきれない。何故なら、アカリのスキルが未知だからだ。
少し前の戦いで、アカリは馬越に触れることで動きを止めた。
触れることで発動する、と言うこと以外に何も解らない以上、慎重に対処せざるを得ない。
「ヘイヘイヘーイ、ピッチャービビってるぅ?」
そして、アカリは『未知』である事のメリットを十分に活かしている。
アカリは無理に触りに行こうとせず、要所要所で未知の手札をちらつかせる事でピノの動きを制限してゆく。
ピノの胸中に焦りが蓄積する。玉肌の上を嫌な汗が流れ落ちる。
>>217
視点は変わり双葉対エイレーン。
双葉も又、焦りを覚えていた。
肉体のスペックでは勝っているにも関わらず、どうにも攻めきれない。
「はやく、たおれて!」
「そりゃ無理ですよ双葉サーン。ペロペロさせてくれるなら良いですけどね」
変態親父の様な口ぶりとは裏腹に、エイレーンの戦い方は至極冷静だ。
ノラリクラリと避け続け、確実に当てられる場面でのみ攻めに転じる。
「、、、くらえ!」
「遅い!」
正面からナイフで切りかかると見せかけてから、背面に仕込んでおいた二本目を投擲。双葉渾身の不意打ち。
弾丸の如き速度で飛ぶ細身の刃はスルリと受け流され、エイレーンの頬を掠めるにとどまる。
『刃で刃を受け流した! 1mmズレれば致命的な荒技を平然とこなす!!』
「ふふん、どうデ、、、、っ!」
見る人が見ればため息を漏らすほどに研ぎ澄まされた剣技はしかし、力によって押し込まれる。
「、、、強引じゃないデースか双葉さん」
双葉が、ナイフを受け流した直後のスキを突いて体当たりをかまし、エイレーンを吹き飛ばした。
「ふふふ、、、、甘いよエイレーンちゃん」
(、、、、甘いとは言うものの、どうしたもんかなこれ)
>>218
双葉には二つの疑念が有った。
一つ目はエイレーンの身体能力が異様に低いこと。
持ち前の技量でしぶとく凌いでこそいるが、受けるダメージを完全に0に出来ている訳ではない。
宝具を使っている以上、ヨメミと萌美がサーヴァントであるのは確実。その二人のボスであるエイレーンもほぼ間違いなくサーヴァントだろう。
にも関わらず、アカリの強化が無いエイレーンの肉体スペックはサーヴァントとは思えない程に低い。
そして二つ目はエイレーンの態度が不可解なこと。
エイレーンの体には徐々にダメージが蓄積している。このままではジリ貧なのだから何かしらの手を打とうとするのが当たり前、もし打つ手が無いのならば多少の焦りを見せたりする筈。
しかし、エイレーンが何か手を打つ素振りも、焦る様子すらも無い。
何かが可笑しい、何かを見落としているのだ。
「いたっ、、、」
「お返しデスよ」
突如として走った痛みに双葉は桃色の瞳を鋭く尖らせる。
吹き飛ばされる瞬間、エイレーンはとっさにサーベルで切り付けていたのだ。
>>219
「さて、そろそろ『十分』デースかね」
「なんて?」
双葉が聞き返した瞬間、エイレーンの姿が消える。
「、、、、!」
双葉の背後に現れる気配。
振り返り様に防御を固めた瞬間、襲い掛かる衝撃。
双葉は成すすべなく床に転がる。
「ぐぅっ、、、」
「ここからは私のターンですよ。双葉サーン」
双葉の背後に回り攻撃をした人物、それはエイレーンだった。
『ど、どういう事だエイレーン選手!? 人が変わったような強さだぞ!?』
「、、、実は私、ちょっとだけウソをついてました。
アカリさんの『鞭で打った相手を強化する』スキル。あれウソデース」
「でも、、、じっさいに強化されて、、、、いたはず、、、、だよ」
「ええ、私の『痛みを感じるほど強くなる』スキルによって、ね。
鞭で打たれて痛みを感じれば強くなりますから」
ヨロヨロと立ち上がる双葉の前でタネ明かしを始めるエイレーン。
「さすがにサーヴァント、、、、一筋縄じゃいかないね」
「サーヴァント? 、、、、、ああ、『宝具持ち』の事をあなた方はそう言うんデースね」
お久しぶりです。
夏休みの宿題を片付けるので忙しく、投稿が遅れました。
さて、今回は前々から貼ってた伏線を一つ回収出来ました。
異能バトルでの能力偽装、、、、ずっっと書きたかったシチュエーションでした。
『鞭で打った相手を強化する』と言う、アカリちゃんのイメージと微妙にズレた能力だった事、一度しか能力が使用されていない事、そしてやたらと印象的な使い方をしていたのが伏線です。
つまり、準々決勝でエイレーンさんとアカリちゃんが即興SNショーをしていたのは、ウソの情報を印象付けつつ自身の欲を満たす為のパフォーマンスだった訳ですね。
>>222
一石二鳥と言う奴ですねww
因みに、エイレーンとアカリちゃんは何気に宝具やスキルを準決勝まで全部隠し通してる唯一のペアだったりします、、、
>>220
「、、、?」
「ある時期を境に現れ始めた、過去の記憶を持たない異能力者達の総称、『宝具持ち』。
殆どの『宝具持ち』は幾つかの異能力を持ち、その中でも最も強力なモノを皆『宝具』と自称する。
故に付いた名前が『宝具持ち』、、、、、双葉さんの言う通り、私もその一人デース」
「、、、、なるほど、ね」
(時間かせぎのために質問したら、結構きょうみ深い事実がでてきた)
完全に出し抜かれた、その事実を認識した双葉が取った行動は時間稼ぎ。
質問を投げかけ、エイレーンが答えている間に勝ち筋を探ろうと言う算段だった。
(ここは特異点、なんでもアリだっていう先入観があった)
(でもよくよく考えてみれば、なんでサーヴァントが現界してるんだろう)
(双葉達と同じく、特異点を元に戻すために『抑止力』が呼び出した? それだと記憶がないことに説明がつかない。記憶をけすメリットがないもん)
勝ち筋を探るために稼いだ筈の時間は、突如与えられた情報の処理に浪費された。
その浪費は、致命的な浪費。
しかし浪費を代償に双葉は核心へと迫っていた。特異点の絡繰りと黒幕、その核心へと。
「では双葉サーン。そろそろ続きと行きましょうか」
「、、、、」
(なんで今まできづけなかったの?)
(ーーーーそもそもなんで今、『楔』をみつける見通しがたったの?
シロちゃんが来るのにあわせた様なタイミングで、、、、そういえば、シロちゃん達がこのタイミングにきたのはブイデアの事故があったからだ)
「双葉サーン?」
「、、、、、、、、」
(もし、これらに誰かの意図があるとするなら、つまり黒幕がいるとすれば、ソレは『双葉選手動かない! エイレーン選手の能力によるものか!?』
>>224
司会の声が鼓膜を打ち、双葉を現実へと引き戻す。
桃色の瞳をぐるりと回せば、周囲には心配そうにする観客とエイレーンがいた。
「ごめん、、、、ボーとしてた」
「全く、心配したんですからね」
「うん、、、、にしても、双葉がボーとしてる間に攻撃しちゃえばよかったのに」
「ハハ、そう言う事はしないって、さっきアカリさんと約束しちゃったんですよ」
「そっか、じゃあいくよ!」
頭の中を戦闘に切り替え双葉は駆ける。
目の前に居るのは強者、今度こそ一分の隙も許されない。
「負けませんよ!」
「こっちこそ!」
ナイフとサーベル、二本の刃物がギィンッ!と音を立てて衝突し競り合う。
「いけっ!」
互いの動きが止まった瞬間、双葉の足元からツタが伸びてエイレーンの顔面に襲い掛かる。
双葉の『ナイフで切りつけた場所から植物を生やし操作する能力』による奇襲はエイレーンの表情を驚きに変えた。
「くっ! 面倒デー「シッ!」
「!?」
エイレーンが咄嗟にツタを切り払った直後、双葉の蹴りがエイレーンの足を掠める。
「痛っ、、、、」
掠めた蹴りがエイレーンの足に鋭い痛みを残す。双葉の靴先にナイフが仕込まれていたのだ。
「、、、成程、クツに仕込んだナイフで床を切りつけておき、そこから植物を生やしたんデースね」
「大正解、流石にりかいが早いね」
切りつけてから発動可能になるまでタイムラグがあるものの、ソレを差し引いても双葉の能力は強力無比。
生やす場所にタイミングも自由自在、植物をどうにかする手段を持たぬ相手ならば封殺出来る。それが双葉の強さ。
>>225
「、、、しこみは終わった、時もみちた。ここからは双葉の時間だよ」
『双葉選手の挑発だ! 私の辞書に『敗北』の二文字は無い!! そう言わんばかりだぜ!!』
片手両足、双葉の持つ計三本の刃がギラリと光る。
笑みを浮かべる瞳は勝利を見据えている、様に見えた。
「、、、、、」
しかし双葉の内心では焦りと弱音が渦巻いている。それはエイレーンの闘技場という場に対する相性の良さによるものだ。
(刃物で切られれば血がへる、殴打されれば呼吸がじゃまされる、それがふつう。
それらの障害を補って余りあるほどの強化、それがエイレーンちゃんのスキルだね。たぶん。
でも、この闘技場はピノちゃんの宝具の力で本物の傷をおうことはない、痛みさえ我慢できるならどんなこうげきを受けても動きはにぶらない。
エイレーンちゃんにとって最高のフィールド、それがここ)
「エイレーンちゃんがこれ以上強化されるまえに植物で拘束する。それが双葉のかちすじ、、、、よし」
そう双葉は小声で呟き、拳と共に己の弱音をそっと握り込む。
(エイレーン一家との交渉、、、、あの時みたいな無様はにどと御免だね)
もう二度と無様を晒すものか。それが双葉の密かな覚悟だった。
痛む体に喝を入れ双葉は吠える。
「ここ『スパークリングチャット』は双葉とピノちゃんの二人できずきあげた城であり誇りっ!! だから双葉はかつ!」
双葉がバンッと両手を叩き合わせば闘技場の方々からツタが吹き出し、闘技場の一角を緑一色に染める。
「いいデースね! 戦いはこうじゃないと!!」
双葉の猛りに獰猛な笑みで返答するのはエイレーン。
今、エイレーンの心は燃え上っていた。己の計画にズレが生じているのにも関わらず。
>>226
(この闘技場こそ私の能力を最大限以上に生かせる場所。実態以上の力を見せびらかすことが出来る。故に、能力を晒すだけの価値があると判断した)
「ほら! ほら! ほらほら!」
スコールの如く降り注ぐツタを搔い潜り、切り裂き、エイレーンは双葉の元へと近づく。
双葉は追い詰められる。
(無論、ここで勝たなければ意味はない)
「つかまえたっ!」
「甘い!」
背後から生え、足に巻き付いた強靭なツタを強引に引きちぎり前に進む。
双葉は更に追い詰められる。しかし折れない。
(押しきれない。『切り札』の切り方を間違えましたか)
ブラフに引っ掛かったと言う事実に動揺している間に押し切る。それがエイレーンの計画。
単純を通り越して杜撰とも言える計画、しかしエイレーンはソレが最適であると判断していた。
それは何故か、以前見た双葉が未熟だったからだ。
エイレーン一家と双葉の交渉。あの時の双葉は失敗しそうになれば動揺を見せ、ばあちゃるが犠牲に成ろうとした時は躊躇していた。
良く言えば裏表のない心優しい性格。友人としては最高、リーダーにだって適している。しかし、戦いには向いていない。
故にエイレーンは複雑な計画で失敗のリスクを背負うよりも、効果は小さくとも単純な計画を確実に遂行する事を選んだ。これがピノや他の者が相手なら別の方法を選んでいただろう。
双葉専用にあつらえた計画は、しかし上手く行かなかった。
それは何故か、今の双葉が成長しているからだ。
>>227
(驚くべきは双葉さんの成長。以前会った時の双葉さんは未熟でした、、、、しかし今は違う。
双葉さんの絶対に相手を倒すという覚悟を感じる!)
「らああああああ!!」
エイレーンが後3歩進めばサーベルの間合いに入る、そんな距離。互いの姿が良く見える程度には近い距離。双葉は覚悟を決め、裂帛の気合と共にナイフを床に突き刺す。
突き刺した所から桃色の光が漏れ出し、漏れ出す程にナイフは色褪せる。漏れ出した光は双葉の喉へと吸い込まれてゆく。
青々と茂っていたツタ共は悉く枯れ落ち、淡い緑の光と成り果て、地を這いずり、双葉の下に集う。
双葉の足元より立ちあがりしは緑光。桃色の光は喉元から四方に別れて延び広がる。
そうして出来上がるのは光で出来た花。茎は緑、花弁は桃色。高さ2.8mの幻想的な花が双葉を飲み込む。
(ここまで近づかれたら、拘束による勝ちは無理。もう全力をぶつけるしかない!)
「行けるところまで、行ってやるよおら! 『宝具真名解放』言の葉唄えば現は揺れる。幻言回れ『言想切断(フタバーニーヤ)』」
『双葉選手は奥の手を使うつもりだ! オーナーの奥の手お披露目か!?』
「ハハ、、、良い、良いデースねぇ」
>>228
双葉の奥の手、内容次第ではエイレーンは負ける。その事実を認識した途端エイレーンの手は震え出す。ソレは恐れと猛りから来る震え。
敗北のリスクが有る勝負、可能な限り避けるべき局面。しかしエイレーンは現状をどこか楽しんでしまっていた。
己よりも頭の良い者、狡猾な者は腐るほどいる。しかし、己と張り合える程に強い者は殆どいない。しかし双葉は、今の双葉はエイレーンが本気を出すべき相手だった。
己の軽挙によって恩人を失ったエイレーン。その失態を二度と繰り返すまいと誓った女。
エイレーンにとってリスクとは恐怖の対象であり、事実彼女の理性は現状を恐れている。しかし笑みが止まらない。理性の泣き言を歓喜と戦意が真っ赤に塗りつぶしてゆくのだ。
今度はテストで投稿が遅れました
夏休み直後にテストあるとか流石にサディスティックが過ぎませんかね、、、、、、
逆境をきっかけに成長する双葉ちゃんと、徐々に素が漏れ出るエイレーンさんの回でした。
何気に二人共過去の失敗から学び、各々の成長を遂げています。
それはそうと、ヒゲドライバーさんとのコラボ配信凄い楽しみ
>>229 228の微訂正
双葉の奥の手、その内容次第でエイレーンは負ける。その事実を認識した途端エイレーンの手は震え出す。ソレは恐れと猛りから来る震え。
敗北のリスクが有る勝負、可能な限り避けるべき局面。しかしエイレーンは現状をどこか楽しんでしまっていた。
己よりも頭の良い者、狡猾な者は腐るほどいる。だが、己と張り合える程に強い者は殆どいない。そして双葉は、今の双葉はエイレーンが本気を出すべき相手だった。
己の軽挙によって恩人を失ったエイレーン。その失態を二度と繰り返すまいと誓った女。
エイレーンにとってリスクとは恐怖の対象であり、事実彼女の理性は現状を恐れている。しかし笑みが止まらない。理性の泣き言を歓喜と戦意が真っ赤に塗りつぶしてゆくのだ。
>>232
有難うございます、、、
5日に一度位のペースでの更新を目指して頑張ろうと思います
>>231
視点は移りアカリ対ピノ、暫し硬直していた戦いに変化が訪れ始めていた。
「ハァッ、、、、ハァッ、、、、」
「流石のピノちゃんもそろそろガス欠だねーうん。あんだけ動いてれば当然だけどさ」
ピノの振るう槍をアカリは軽々避ける。息は切れ気味、技の冴えも落ちた。
試合が始まってからピノはずっと攻め続けていた。言い換えれば、戦いが始まってから休むことなく槍を振るい続けてきた、ということにもなる。
槍という武器は非常に重く長く、扱いが難しい。そしてピノの体格は女子基準でもかなり華奢。もし一瞬でも手を止めれば槍の慣性に体を持っていかれ、大きな隙を晒すことになるだろう。だからこそ止まれない、動き続けるしかない。長期戦には向いていないのだ。
流水の如くとめどない優雅な槍技。しかしソレは、苦々しい妥協の上に成り立っているのだ。
疲労の汗が止まらない。
「やはりこうなりますか、、、、なっ!?」
額を垂れ落ちた汗がピノの目に入り、ほんの少し長めの瞬きをした次の瞬間。アカリは目の前にいた。
「油断したねピノちゃん」
「まずっ」
ピノにアカリの魔手が近付きーーー
「なんてね」
『遂にアカリ選手の手が届い、、、、てないぞ!? ピノ選手の槍に阻まれたぜ!』
ーーー阻まれた。
アカリの手とピノの狭間、そこに穂先が割り込んだのだ。
無防備に突き出されたアカリの右手を槍が傷つける。
「ぐっ!」
この戦い初めてのダメージにアカリは動揺を隠せない。ブルーの瞳がせわしなく揺れる。
「さっきの瞬きはブラフだったんだね、、、、一本取られたよ」
「その通りですわ。相手が勝利を確信した時こそ最大のチャンス、きっちり狙わせて頂きました」
>>234
そう言い放ち、悪戯めいた笑みを浮かべるピノ。
ピノは長期戦向きではない。だからアカリを倒せない事に最初は焦っていた。しかしそこで終わらないのがピノと言うサーヴァント。
直ぐに勝敗を付ける事は不可能と見切りをつけ、今度は機を待った。偶然の隙が己に生まれ、そこにアカリが飛びつくまで待ったのだ。
明るい見た目とは裏腹にアカリの頭はよく切れる。扱いの難しい鞭を使いこなし、触れるだけで発動する(と思われる)強力なスキルを持ちつつも驕る事は無い。わざと作った隙なぞ秒で見抜くだろう。
故にピノは賭けた、アカリが本物の隙を前に油断してくれるかに。ピノは勝利した、一瞬のチャンスを物にした。そして、命懸けの賭けには大きなリターンがあるのがお約束だ。
「でもピノちゃん、この程度じゃまだアカリの方が有利、、、だ、、、、」
お返しに鞭を振るおうとしたアカリの体から力が抜けてゆく。
『こ、これはどういうことだ!? アカリ選手が突然ふらつきだしたぞ!』
「なん、、、で?」
「わたくしの槍は一定量血を浴びると、浴びた血の持ち主から精気を奪うのですわ。そして精気を糧にする事で短時間の間威力を増すんですの。
まあ、処女と童貞の精気しか吸わない偏食家の槍なんで使い勝手は良くないですけどね」
ピノの持つ槍『無銘』。カルロ家の先祖が吸血鬼の長である『死徒27祖』の一人を打倒した際、その記念にと27祖の死体を加工して作らせた槍である。
吸血鬼とは言え、人型の生き物を素材に使った武器と言うのは少々外聞が悪い。故にこの由来は隠され、『無銘』と言う質素な銘と共に代々当主の証として伝えられる事になった。
「そう、なのか」
アカリが槍に目線をやれば、穂先についた返り血は蒼く染まっている。準々決勝で見せた光景と確かに同じだ。
>>235
「勘違い、、、、してたよ。てっきり、自傷をトリガーに発動するもんかと」
「あれはあくまで裏技。デメリットを背負ってでも威力が欲しい時の切り札ですわ」
全身から力と言う力が抜き去られる。立つことすらままならない。
『アカリ選手膝をついた! これはつまり、オーナー・ピノの勝利という事!!』
歓声轟く闘技場の下、ピノは次撃を繰り出そうとしている。このまま行けばあと数秒でアカリに届くだろう。
「、、、、そっか、残念」
動揺が過ぎ去ったアカリの胸中には、幾つもの感情が渦巻いていた。
己が出し抜かれた事への悔しさ。相手への称賛。そして『己が勝利してしまう』事に対する、ある種のやるせなさ。その他諸々。
「では御機嫌よ「矢刺せ『愛天使(キューピッド)』」
刺さる直前で槍が止まる。アカリが盾や魔術で防御したわけでは無い、ピノが静止したのだ。
アカリの宝具、その効果によって止まった。
『、、、、え?』
「この宝具、ちょっと代償がヤバ目だから、、、、使いたく無かったんだけどね。
アカリをここまで追い詰めた礼に、スキルと宝具を教えてあげる。
アカリのスキルは『蠱惑の手(チャームハンド)』。手で触れた相手を魅了して動きを止めるんだ。同性の人や、種族が違う相手には若干通りが悪いのが欠点かな。
そして宝具名は『愛天使』。目線の先に居る敵を強制的に魅了するんだよ。種族問わず誰にでも効くのが特徴。欠点はね、、、、秘密」
アカリがゆっくりと立ち上がり、槍を奪い取り、止めを刺す。
「止めは刺させて貰うよ。ほっといたら、思わぬ方法で逆転されそうだし」
ピノが自らの槍に貫かれてから地に伏すまでの刹那、薄紫色のセミロングだけがフワリ虚ろに揺れていた。
>>236
アカリ対ピノの決着が着くのと同じ頃、双葉とエイレーンの戦いも終わりが近づいていた。
「やー、まけちゃたかな。やっぱ力不足だったか」
「いえいえ双葉サーン。『言想切断』、放った言葉を現実にする宝具。実現できる内容に制限はあるものの、ソレを差し引いてもかなり強力でしたよ。
『はじけろ』と言えば空間が破裂し、『もえろ』と言えば周囲が燃える。あらゆる攻撃を可能にする万能宝具、、、、でも、威力に少々難があったのが致命的でしたネ。
それと、発動中は一歩も動けなくなる上、スキルも使えなくなるのも痛かったデスね。宝具の強さを考えれば妥当な代償デースけど」
倒れ伏す双葉に、エイレーンがサーベルを突き付けていた。
周囲のあちこちは焦げ、抉れ、断裂し、凍り付き、ここで激闘が有ったことを証明している。
「痛みを感じるほどに強くなる私と、相性が悪すぎましたね」
「ほんとそれ。でもまあ、収穫もあったしべつに良いかな」
「収穫?」
「そ、収穫。エイレーンちゃんの強化さ、上限あるでしょ。
双葉と戦ってる時、途中から動きに変化がなくなってたもん。
それまではダメージをうけるほど、はやくなってたのに」
「ありゃま、これは鋭い」
最早立ち上がることすら出来ない双葉。字面にすれば無様なその姿は、どういう訳か尊厳に満ちていた。
桃色の目に宿る闘志は衰えの欠片も見せず、遠くの勝利を見据えている。
きっとそれは、双葉がシロとスズの勝利を確信しているからだろう。
>>237
「エイレーンちゃん最大の武器はスキルでも宝具でもなく、情報。
、、、、双葉がアカリちゃんに、ピノちゃんがエイレーンちゃんに対応していればまだ勝ち目はあった。
でも、そうはならなかった。それは何故か、エイレーン達が情報をかくし通していたから。双葉たちは間違えたんじゃない、間違えさせられたの。
だから双葉は全力をぶつけることで未知のベールをはいだ。エイレーンちゃんを守り、双葉達の視界をおおうベールを。
双葉がはいだのは二枚、スキルの正体と欠点。のこりはあと何枚かな?」
そこまで言い切ると、双葉はニコリと素敵な笑みを浮かべる。
はて何をする気か、とエイレーンが身構えた次の瞬間。
「こうさん」
双葉は降参を宣言した。
「、、、、え?」
『なんと!? 双葉選手まさかの降参!! この時点でアカリ・エイレーンペアの勝利となります!』
「マジか」「まあ、潔くはある」「ナイスファイト!」
驚くエイレーンを他所に双葉は悠々と立ち上がり、ピノを優しく抱き上げて闘技場を後にする。
「さようなら。次の決勝戦はオーナー席からみさせて貰うよ」
「、、、、、、え、ええ。さようなら」
我に返ったエイレーンが返事をした時双葉の姿は既に無く、ピノを落とさないよう慎重に歩を進める背中が遠くに見えているだけだった。
『さあ観客の皆様! 良き試合を見せた選手たちに喝采を!!』
「、、、ちょいとばかし、成長しすぎじゃないデースかね」
余りにも堂々とした振る舞いを魅せる双葉にある種の敗北感を感じながらも、エイレーンは勝者としてアカリと共に闘技場を去る。
>>238
「ん、、、うん? ここは?」
「医務室だよピノちゃん」
真っ白なベットが立ち並ぶここは医務室。敗北した選手が送られる場所。
ピノと双葉の二人は医務室にいた。
「ああ、やっぱり負けていましたか、、、、、おや? 誰か来ますよ」
医務室のドアがコンコンコンと三回ノックされる。
「入っても良いですよ」
ピノが返事をすれば、少し間を置いてからドアが横にスライドして客人の姿を露わにする。エイレーンだ。
「エイレーンちゃんじゃないか、どうしたの?」
「ええ、実は、一つ提案したい事があるんデースよ」
そう、歯切れ悪く言うとエイレーンは一瞬言葉を切り、半口分の息を肺に補給して続きを話す。
「もしあなた方が良ければ、私達は棄権しようと思います」
「、、、、、理由はなんですか?」
「私達は示威行為を目的としてここに来ました。そしてその目的はもう達成されたんですよ。
実力派揃いで知られる岩本カンパニーの精鋭、馬越健太郎。新進気鋭のギャングスタ、ケリンと鳴神裁。スパークリングチャットの名物、戦うオーナー、ピノ・双葉。これら全てをエイレーン一家は下した。
『スクリーンガンナー』『You-Know-that』『バレットバンド』、、、街の外で名を轟かしたアウトロー、計25団体を傘下に収めるニーコタウンのボス、神楽すずは正直惜しいですが、まあ今の戦果で十分です。
それにほら、あなた方は優勝しないと金が足りないんデースよね? 互いに損の無い話しだと思いますが」
>>239
「優勝云々の話、一応は機密なんですけどね。ギャング共に融資の邪魔をされた時といい、今回といい、情報を漏らすおバカさんが多くて嫌になりますね。」
「酒と女と金、後は多少の知名度があれば大抵の情報は手に入りますからね。良ければ今度、ねっとりレクチャーしてあげましょうか?」
エイレーンの提案を聞いたピノは、薄紫色の髪をクルクルといじりながら考え込む。
確かに、エイレーンの言う通り優勝賞金1000万を回収しなければ『楽園』に行くことは出来ない。その条件を確実にクリアできる、まさに願ってもない申し出。だがーーー
「すみません。その申し出を断らさせて頂きますわ」
ピノは断った。
「どうしてデースか?」
「実の所、今大会の目的は一つじゃないんですの。強者の戦いを観戦し、そして全力でぶつかる。そうすることで皆様の成長を促し、来るべきカカラとの闘いで負けるリスクを減らす。それが二つ目の目的。
だからエイレーンさん、棄権されちゃうとそれはそれで困るんですよね」
「それにね、ここは戦いをみせて楽しませるばしょ。取引なんてしたら、観客や他の選手、それにパプリカとピーマンにだって申しわけが立たないよ」
「、、、、ま、そういう事ならしょうがないですね」
そう言いながらエイレーンは赤い髪をポリポリと掻き、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
>>240
シロとスズが優勝し、もしカカラの根絶に成功したならばそのメリットは莫大。防壁外の開拓、交易の容易化、、、、、時間をかければ、50年以上の歳月で荒廃してしまった世界を元に戻すことだって可能だろう。
それにピノ達の動向さえ見ておけば、根絶の始まる時期を予想できるものありがたい。カカラ共が居なくなれば、良くも悪くもこの世界は大きな変革期を迎えるだろう。そして、迎えるタイミングさえ解れば変革はチャンスへと姿を変えるのだ。優勝を捨てるメリットは十二分にある。
故にエイレーンは、更なる譲歩をしてでも提案を通す気でいた。だがしかし、リスクを嫌い、義理人情を割と気にするエイレーンは『リスクを減らす』や『申しわけ』といった言葉に結構弱く、ソレを言われてしまった以上引き下がらざるを得なかったのだ。
それに、エイレーンに戦う理由は無いものの、『戦いたい』理由はいくつもあった。
「そう、そうですか。それは、楽しみですね」
「ええ、楽しみにしてくださいね」
軽く会釈をし、エイレーンは医務室を出る。
扉を閉じればそこは廊下、静かな廊下。カツコツコツカツ、薄灰色の床が靴音鳴らす。
「、、、本当に楽しみですよ」
静かな廊下、誰も居ないその場所で、そっと噛みしめる様に一人呟く。
萌美とヨメミ、信頼する部下を負かした強敵。勝っても負けても問題の無い戦い。あらゆる要素がエイレーンを奮わせて行くのだ。
「、、、、フゥ」
赤い瞳をピタリ閉じ、沸き立つ心を落ち着かせる。大きく深呼吸し、火照った体を冷ます。笑みは浮かべない、闘志も今は要らない。
今はただ体を休ませ、心を休ませ、感覚を研ぎ澄ます。それだけでいい。
やっと準決勝が終わりです、多分今までで最長の戦いだったと思います。
ただの大会かと思いきや、意外と色んな思惑が動いていました。
まあ、ぶっちゃけ金稼ぎの為だけに大会開く意義は薄いですしおすし。
各キャラのステータスは決勝戦が終わってから纏めて紹介するつもりです。
細々とした裏設定
『スクリーンガンナー』
元ネタ:ニコニコのコメント機能(『画面』にコメントを『撃ち込む』ことから)
比較的最近になって生まれたグループ。
技術の発展で職を失った人たちが街の外に活路を求めたのが始まり。
主な収入源は『書類偽造の代行』『身分証明書の偽造』等々
『You-Know-that』
元ネタ:例のアレ
カカラを崇拝するカルト集団。歴史は結構古い。
収入源は無し。基本自給自足。
ニーコタウンのカカラを用いた堆肥や燃料の知識は、殆どここ由来だったりする。
『バレットバンド』
元ネタ:東方(弾幕+音楽=バレットミュージック→バレットバンド)
ドストレートなアウトロー集団。同業者の中ではまあまあ長続きしている方だった。
主な収入源は略奪、パイプガンの製造(取り敢えず弾は撃てる粗製銃の事)
おっつおっつ、決勝が楽しみじゃ。バレットバンドがアウトローなのは解釈一致(原作を見ながら)
>>244
ほぼ毎シーズンヤバい異変をしでかしてますからね、幻想郷の住人達
決勝戦は気合い入れて書くつもりです! 決勝が終わったら、幾つか日常回を挟んだ後、一章の終盤に突入する予定ですね
>>241
『さあさあ始まる決勝戦! 泣いても笑ってもこれが最後!!』
『決勝戦に出場する選手のご紹介! 白髪蒼目、彗星の如く現れた謎の美少女、シロ選手! ニーコタウンの大ボス、噂に恥じぬ武勇、神楽すず選手!
エイレーン一家の長、知略も武力も一級品、エイレーン選手! エイレーン一家のナンバー2、綺麗な花には猛毒あり、アカリ選手! 以上四名だぜ!!』
「応援してるぜ白髪の嬢ちゃん!」「やっちまえボス!!」「頑張りなよエイレーン!」「負けんなよぉ! 金髪の姉ちゃん!」
「決勝戦か、緊張するねぇ」
「ですねシロさん」
司会の煽り文句が闘技場の中に朗々と響き渡る。観客席を見ればそこに空席は一つもない。決勝を待ち望む観客達が一片の隙間もなくズラリと並んでいるのだ。
シロとスズの二人が堂々とした足取りで会場に入った瞬間、観客のボルテージは一際上がる。
「勝ちますよアカリさん」
「勿論」
対するはエイレーン一家の二人。
二人の目はただ澄みきり、迷いを一欠片も感じさせない。
『試合、、、、開始!』
司会の声と共に選手は動き出す。
>>246
「、、、、、」
「、、、、、、」
先程の準決勝とは打って変わり、開始した瞬間動き出す様な事は無い。
じりじり、じりじりと互いの間合いを図りながら近づいてゆく。
まず間合いに入ったのはアカリ、弓や銃を除けば鞭のリーチは頭一つ抜けているのだから当然と言える。しかしアカリは動かない。エイレーンの補助に徹するつもりなのだろう。
「、、、、行きます!」
『すず選手が仕掛けた! 短期決戦狙いか!?』
最初に動いたのはスズ。釘バットを振りかぶると、緑色の魔力を伴いながら凄まじいスピードでエイレーンに肉薄する。
肉体の各部から魔力を噴射し、動きを補助する事で身体能力を底上げするスキル、それが魔力放出。
「ぶっ潰す!」
真上から真下へ、小細工無しの振り下ろし。まともに当たれば必殺。そんな一撃がエイレーンに襲い掛かりーー
「潰されるのは御免デース」
「忘れて貰っちゃ困るね、と」
「やばっ!?」
邪魔された。
振り上げたバット、その柄頭をアカリの鞭が正確に打ち据えたのだ。そのせいでバットは滑り、軌道はブレる。
一応当たりはしたが痛打にならず、エイレーンの能力を発動するのに丁度良い程度まで威力が減衰させられた。
>>247
「んー。刺激的で気持ち良い、素晴らしい痛みですよ」
「不味っ」
額でバットを受け止めたエイレーンは笑顔でそう言った。浮かべた笑顔はやや恍惚気味で、顔を滴り落ちる血の赤も相まってエイレーンの不審者感を強く演出している。
しかし、胡乱気な様相に反してその行動は的確。エイレーンはサーベルを逆手に持つと、スズの鳩尾に柄を叩きこんだのだ。スキルの条件を満たし身体能力が上がった状態で。
「カハッ、、、、!」
『急所に一撃! これはえげつないぜ!』
「ヒェッ、、、、」「痛みが想像しやすいのが生々しいな」「羨ましいぞ!」
鳩尾を打たれたスズの呼吸は一時止まる。肺の中全てを絞り出されたような苦痛。酸欠から来る混乱。体はくの字に曲がり、まともに立つことなど不可能。握り締めていたバットがカランと音を立てて零れ落ちる。
ぐらつく緑の瞳で何とかエイレーンを捉え、必死に拳を振るうも防がれてしまう。
「急所に打撃を受けても動けるとは流石デース。でも「やらせないよ」
すぐさま止めを刺そうとしたエイレーンを妨害したのはシロ。
スズの背後から飛び出したかと思えば、突然顔面にナイフを投げつけて視線を誘導し、シロ本人は微妙にタイミングをずらして突貫する。アカリが鞭を振るう隙など与えない。
投擲物と疑似的な連携を取る厄介な戦法。しかしーーー
「なるほど、投てき武器を用いた視線誘導。タイミングも的確ですし、それを可能にするシロさんのスピードと技量も驚嘆に値しマース」
通じない。
蹴り上げたスズのバットでナイフを受け止め、シロに対してはサーベルによる切り払いで対処される。
>>248
「ですが、似たような手を準々決勝で見せたのが不味かったですね。もしこれが初見なら、正直痛手は免れませんでしたよ」
「それで良いんだよ、それで。シロの狙いはすずちゃんを助けることだけだからねぇ!」
スズとエイレーンの間に体をねじ込む。振り下ろされたサーベルがシロを浅く切り裂く、がその程度気にも留めない。
シロは右の手に持ったナイフでエイレーンを牽制しつつ、左の手でスズを押し退けて後ろに下がらせた。
「大丈夫すずちゃん?」
「有難う、、、ございます、、、シロさん。もう大丈夫です、、、、私、、、もう戦えます」
「強がりなのが見え見えだよ、ちゃんと息が整うまでは駄目」
シロは演技臭い笑みを口元に浮かべてそう言い放ちつつ、思考を始める。
イマイチ決定打に欠ける為シロはエイレーンと相性が悪い。スキルは発動しておらず、シロの宝具『唸れよ砕け私の拳(ぱいーん砲)』は予備動作が大きい。もう一つの宝具も今は効果薄。しかし、それでも持ちこたえることぐらいは出来る。
無論、持ちこたえたところで勝機が無ければ、ソレはただの悪あがき。では、果たして勝機はあるのか?ある。神楽すずだ。すずちゃんの攻撃がまともに当たればエイレーンもアカリも一撃で倒せる。どんな手を用意してようと、使われる前に倒せば良いのだ。準々決勝、準決勝を見る限りではダメージを反射する様なスキルを持っているとも考え辛い。
シロはそこまで考えたところで一旦思考に区切りをつけ、目の前の戦いへ意識を集中させる。
(宝具とかの不確定要素はあるけど、今それを考えたところで無意味。
兎にも角にも時間を稼がないとね、、、、後40秒、いや30秒も稼げば、すずちゃんなら十分回復するかな?)
>>249
エイレーンに対して半身になり、右手でナイフを構える。構える手はヘソの高さ、刃先は相手の首元へ。重心の位置を体の芯に合わせ、スムーズに動けるようにする。小指、薬指でナイフをしっかり握り、他の指は軽く添えるだけ。ごくありふれた基本の構え。様々な人間に使われてきた、即応性に優れる構え。
(30秒、、、、そこまでは持たせて見せる!)
エイレーンを見据え、シロは時間稼ぎ(戦い)を始めた。
「シッ!」
1秒目、鋭く息を吐いてナイフを突き出す。
「軽い!」
3秒目、シロの一撃は叩き落される。
5秒目、鞭の援護射撃。
6秒目、肩に痛打。
8秒目、エイレーンからの斬撃。
「、、、、っ!」
10秒目、強引に受け流す。
11秒目、蹴りで反撃を試み、アカリの鞭に邪魔される。
「二対一で此処まで捌けるのは流石デース」
「でもそろそろ限界じゃないかな。アカリはそう思うよ」
15秒目、鞭とサーベルの同時攻撃が襲来。
16秒目、ナイフが弾き飛ばされる。
「はぁっ、、、、はぁっ、、、、、!」
17秒目、もうこれしか打つ手が無い。
「、、、、、『真名解放』
芸術をもてあの灰色の労働を燃やせ
ここには我ら不断の潔く愉しい創造がある
皆人よ 来って我らに交じれ 世界よ 他意なき我らを受け入れよーーーー」
『シロ選手は二つ目の宝具を使うようだぜ! 逆転狙いか!?』
「正直厳しいな」「内容にもよるが、さて」「、、、、、ん? 待てよ」
20秒目、最後の足掻きにと宝具を発動ーーーー
「なっ、、、」
「スミマセン、シロさん。遅くなっちゃいました」
>>250
ーーーする必要はなくなった。
良く通る声、真っすぐで力強い声がシロの鼓膜を震わせる。声のする方を見れば、そこにはやはり透き通るような緑目の美少女がいた。眼鏡の似合う、清楚で豪快な女。そう、神楽すずが復活したのだ。
痛みは既になく、戦意も揚々。笑顔と怒り顔を足した様な表情は『やられた分はやり返してやる』とでも言わんばかり。
「いやいや、想定よりも大分早いよ」
「そう言ってもらえると、助かります!」
スズは復活するや否やバットを拾い上げ、強烈豪快なフルスイングを放つ。エイレーン一家の二人も、まさかこれほどに早くスズが復帰してくるとは思わなかったのだろう。シロにばかり注意を払っていたせいで、モロに風圧を受けて吹き飛ばされてしまう。
「くっ!」
『神楽すず復活っ!! 反撃の狼煙に成り得るか!?』
二人が吹き飛ばされた隙にシロはナイフを回収する。
スズは復活し、互いの距離も開いた。これで仕切り直し、ここからが本番だ。
お久しぶりです。展開に悩んで若干スランプってました。
仕方ないのでスランプがてら後々登場させるモブキャラの設定を組んでました。
細々とした設定集
カカラ
特異点Yに蔓延る怪物、左胸のコアが弱点。一般人でも武装すればギリ倒せる位の強さ。
一つの母体から産まれるため遺伝子的には全て同じ。共食いして強力な個体に成る事がある。
■■の有り様を人為的に歪めて生み出された産物。祝福と共に産まれた怪物。人類の罪であり希望。
>>254
ありがとうございます。
確かに死にますね、、、、、人間とサーヴァントの壁は厚いですから。
セバスやピーマン(ピーマンとパプリカは一応人間設定、正直Vと言うよりかはマスコットの亜種なので)等々、その壁をぶち抜いてる人たちがいますが、、、、アレは、超人の域に片足突っ込んでるお方達なので例外です
>>251
「本気で叩き込んだんデースけどね。ここまでアッサリ復帰されると凹みマースよ」
「攻撃が当たる瞬間、魔力の放射で攻撃を相殺したんです。それでも大分喰らっちゃいましたけど」
スズの全身より立ち昇るは魔力、ゴウゴウと噴き出て渦巻くそれらはさながら豪風。
ブイデア所属の英霊、神楽すず。実のところ彼女はなんら特別なスキルを持っていないのだ。『魔力放出』『カリスマ』と言ったありきたりなスキルに、火傷や呪いへの耐性をもたらすスキル『普通』。いずれのスキルも他の英霊と比べればどうしても見劣りする。
しかし弱いかと言われれればソレは否、何故ならばスズにはとびっきり特別な宝具があるからだ。
「BT君、魔力のバックアップをお願いします」
『要請を受諾。動力炉のエネルギーを魔力に変換、魔力のコネクションを補強、バックアップ開始』
スズが小声で呟けば機械的な音声が答えを返し、数秒の後にはスズの体に魔力が流れ込み始める。
そう、これこそがスズの宝具『人機の絆』。『BT』と呼ばれる、自立AIを搭載した巨大兵器を使役する事ができるのだ。魔力のバックアップを受ける、スズが直接乗り込んで戦う、遠方から支援砲撃を行って貰う等々、様々な使用方法を持つ宝具。
今は大会のルール『銃火器の使用禁止』によって魔力のバックアップを受けるぐらいしか出来ない、がそれでも十二分に強力と言えよう。
「今度こそぶっ潰す!」
裂帛の気合いと共に突撃するスズ。
「同じ事をやっても、同じ結果にしか、、、ぐっ!?」
迎え撃とうとしたエイレーンの数歩手前、スズは突然右足を床に叩き込む。次の瞬間、闘技場の床が破裂する。
>>256
『床が破裂したぞ!?』
「、、、っ!」
破裂した床は礫となってエイレーンに襲い掛かる、完全に想定外の攻撃にさしものエイレーンも対処に精一杯。
「決勝が始まって最初に突撃した時、床に魔力を叩き込んで脆くしといたんですよ。
ホントは最初の一回目でやるつもりだったんですけど、想定以上に造りがしっかりしてて無理だったんですよね、ハハ」
「ナイスだよすずちゃん!」
不意をつかれたエイレーン、その隙を逃さぬのはシロ。
「これで決める!」
うろたえるエイレーンを飛び越し狙うはアカリの首。
決勝戦での逆転劇。沸き立つ声援がシロのスキル『応援を力に変える能力』を発動させる。
心身上々、闘志揚々。しかし相手はアカリ、魅了の力を使いこなす手練。万全のアカリならばこれしきの窮地は軽々凌ぐだろう、そう『万全』ならば。
「、、、くっ!」
「やっぱり! 今のアカリちゃんは『近接戦闘がほぼ出来ない』、そうだよねぇ!」
『攻める! 攻め立てているぜシロ選手!』
シロの振るったナイフに対し、アカリは大げさな回避を余儀なくされる。それは何故か、宝具の代償で片目が見えず、遠近感覚が消失しているからだ。
「『触れただけで魅了出来る』のに『わざわざ鞭を使う』、ギリギリまで使い渋ってた宝具を使ったのになんの変化もない『様に見える』、ここの違和感がシロ的には凄いんだよねぇ。
ピノちゃんの猛攻を凌いでたのを見るに、接近戦が不得手だとも思えない」
積み上げた推論を披露しながらも、シロの追撃に淀みは無い。徐々に切り刻まれてゆくアカリ、端正な顔に大粒の汗が浮かぶ。
>>257
「アカリさん! 今助けに「行かせませんよ」
礫を凌ぎ、アカリを助けにいかんとするエイレーンを阻むはスズ。
「おらぁ!」
「クッ!」
スズの一撃、その余波がエイレーンの赤毛をブチリと数本持っていく。
今すぐにでもアカリを助けに行きたい、しかし目の前のスズを無視できない。正に板挟み、紅がかったエイレーンの瞳が苦し気に窄まる。
そんなエイレーンを他所に、シロとアカリの戦いは進む。
「、、、だからシロは『宝具の代償が接近戦を大きく阻害する物であり、それを誤魔化す為に鞭を使用している』と仮説を立ててみた。どう、合ってる?」
「、、、、」
大きく後ろに飛び、なんとか窮地を脱するアカリ。しかしもう後ろは壁、後がない。
必死に頭を回し勝機を探す。
「(シロちゃんの発言が多い、ブラフを警戒して私の反応を見てるのかな? チャンスかも)正解、だよシロちゃん。私の宝具『愛天使』は『美』と言う概念そのものを瞳から射出するモノ。
放たれた『美』は、視線上に捉えた存在を書き換え、魅了する。解りやすく言うと『アカリを頂点にした美の価値観を相手に押し付けて、絶対に魅了する魔眼』。
まあハッキリ言ってーーー人間が使うには過ぎた宝具でさ、そんなの使ったらどうなると思う?」
僅かながらも勝機は見えた、後は実践するだけだ。下手に感情を見せてはいけない、バレてはいけない。迫りくるシロを見据え、心を決める。
>>258
「反動が来る、のかな?」
「その通り、反動で目が一つ潰れるんだ。数日で戻るとはいえ、そう簡単には使えない、、、と言うとでも!? 矢刺せ『愛天使(キューピット)』!!」
会話で時間を稼ぎ、宝具の重いデメリットを提示し、まさか使わないだろうと思わせてからの即時使用。これが決まらなければ終わりーーーー
「来ると思った」
ーーー決まらなかった。
シロがアカリの眼前に突き出したのはナイフ、顔が写る程に磨かれたソレが魔眼を跳ね返したのだ。
石化の魔眼を持つメデューサは鏡の如く磨かれた盾を用いて討伐された。魔眼に対しての鏡は、定番の対象法と言える。
「なん、で?」
宝具を跳ね返されたアカリはもう動けない。自分の宝具で有るが故に多少の耐性があり、喋ることは出来るがそれだけ。仮に動けたとして宝具の反動で何も見えないのだから、どうしようも無くはあるが。
「そりゃ解るよ、アカリちゃんの目に諦めの色がなかったもの。キラキラでギラギラな、綺麗な目をしてた」
「なる、ほど。後は、頼んだよ、エイレーン。私は、ここでギブアップ」
何も見えなくなった蒼い瞳を閉じ、顔には快活な笑みを浮かべる。そして眠るように、ゆっくりと床へ倒れ込む。
>>259
『アカリ選手、ここでリタイア! エイレーン一家大ピンチ!!』
「、、、アカリさんがやられましたか。困りましたね」
「降参しますかエイレーンさん? 2対1じゃ勝ち目は薄いですよ」
スズの問いかけに対し、エイレーンはかぶりを振って否定する。
アカリが窮地に立たされていた時は焦燥感を露わにしていたエイレーン、しかし今は落ち着いている。勿論、先ほどまでの態度が演技だった訳ではない、切り替えただけだ。
最も信頼していた部下であるアカリは倒された。シロもスズも相応に消耗してはいるものの、戦えない程では無い。予測しうる限りで最悪の事態ーーーしかし想定内ではある。情報収集、組織の統制、交渉、当たり前の事を当たり前にこなしてこそのリーダー。そして、『当たり前』の中には『最悪の事態を想定し備える事』も含まれている。
「イエイエ、お気になさらず。見せる予定の無かった奥の手を見なきゃいけなくなって困ったなと、そう思っただけデース」
そう言うと、エイレーンは大きく息を吸い込んで全身に力を入れる。
「不味い!」
「え?」
ほぼ無限の魔力に圧倒的なパワー、スズは強者だ。故に危機察知能力が低い、そんなもの無くても大抵どうにかなるからだ。
対して、シロは強者とは言い難い。発動条件の厳しいスキルに少々地味な宝具、しかしそれ故に危機察知能力は高水準。
「、、、、くっ!」
>>260
しかし間に合わない。シロとエイレーン、二人の間を阻むようにアカリが倒れ込んでいたからだ。
敗者の事など気にせずとっとと飛び越えてしまえば、エイレーンが何かする前にナイフで突き刺してしまえたかもしれない。しかしそんな事をすればアカリに砂埃が掛かる、そもそも人の上を跨ぐなど無礼千万。
殺し合いの場ならともかくここは試合場、やや甘い所の有るシロが躊躇してしまうのはいささか仕方のない事であった。
「『真名解放』同胞を守るためならば
畜生となりて汚泥を這いずり
餓鬼となりて汚泥を喰らい
亡者となりて万象の責め苦を受け
修羅となりて万物を切り伏せよう
『六道輪廻荒行道(りくどうりんねこうぎょうどう)』」
エイレーンの宝具が発動する。肌はひび割れ、背は曲がり、肉は焦げて炭になり、全身から血が噴き出す。
「これが私の宝具、デース。でもまだ、終わりじゃないですよ」
「いいえ、終わりです!」
ワンテンポ遅れて危険性を察知したスズがバットを振り下ろしーーーー
「ガハッ、、、、!」
「だから、まだ終わりじゃないですよって」
吹き飛ばされた。
エイレーンの手から衝撃波の様な物が放射されたのだ。
「一体、何を、、、」
「私の宝具は『スキル効果の増幅』、代償は見ての通り『継続的な自傷』デース。
正直代償に見合わない効果ですよ。だから活かせるようにしたんです、肉体を改造して」
>>261
エイレーンの左手から伸びる無機質な管。右手に持つ古風なサーベルやボロボロの肉体も相まって異様な雰囲気を放っている。
「改造?」
「エエ、改造です。セバスさんとかと同じような。でも、サーヴァントは体の構造が常人と違うので苦労したんですよ。
宝具やスキルの動力源である魔力を使用する事でどうにかしたんデース。
ま、効率が悪すぎて宝具で強化している時しか使えないんですけどね」
『これが、この姿こそが本当の本気だと言うのか!? あらゆる手を使い、ひたすらに強さを求めたその姿! もはやこれは剣、ただ一振りの剣がそこに在ります!!』
「すげえ、、、」「あの改造、ちょっと気になるネ」「シロちゃん大丈夫っすかね?」
「なんで、そうまでして強くなろうと、、、、」
「昔、色々あって恩人を失いましてね。繰り返したくないんですよ、二度と」
ひび割れた顔に僅かな哀愁を浮かべてエイレーンは答える。
今のエイレーンはお世辞にも美しいとは言えない。元がどんなに見目麗しかろうと血にまみれ、肉を焦がし、管まで生やしていては台無しだ。しかし醜いかと言われれば否、『強さ』と言う単一の分野に特化したが故の機能美が、威厳が、そして凄みがある。
(多分)次の投稿でトーナメント編は終了です
因みにエイレーンさんの『肉体改造』はぶっちゃけ腕に魔術的な加工をした筒ぶっ刺しただけです
筒の中に魔力流し込んで衝撃に変換するだけの簡単な仕組みですが、こんなんでも結構試行錯誤してます。記憶喪失で魔術の知識0状態からなので十分凄いですけどね
中世の時代に発電機作るようなもんですから
細々とした設定集
エイレーンさんの宝具
『六道輪廻荒行道(りくどうりんねこうぎょうどう)』
自傷ダメージを負う代わりに、『痛みを感じるほど強くなる』スキルの効果を増強する宝具。
やたらと代償が重い割に効果が微妙なのは仕様。
メタ的な話をすると、エイレーンさんには作者が描けるほぼ限界スペックの頭脳(身内に弱い、やや頑固過ぎるきらいがある、等々のデバフを一応与えてる)とスーパーバイタリティを与えてるので、下手に強い宝具与えると無双しちゃうんです
細々とした設定集 その2
アカリちゃんの宝具
『愛天使(キューピット)』
片眼が数日潰れる代わりに『強制的な魅了』を行う宝具。
代償が重すぎるけどこれでも十分強い。
魅了ってぶっちゃけ美の価値観が違えば通じないよな→価値観を書き換えれば良いじゃん、と言う割とえげつない宝具。
>>262
「まさか奥の手を見せることになろうとは、、、まあ、薄々こうなる気はしてましたが、ねっ!」
「くっ!」
エイレーンの背後から接近していたシロが吹き飛ばされた。
宝具の発動を阻止できなかった時点で目標を不意打ちに切り替えていた、が察知されていたようだ。
「シロさん!! 、、、、っ!?」
「ほら目を逸らさない! 敵が目の前にいるんですよ!!」
吹き飛ばされたシロを思わず目で追ってしまうスズ。明らかな油断、その代償はエイレーンからの猛攻。たった一歩でスズとの間合いを詰め、繰り出すは鋭い斬撃。
宝具で得た身体能力と確かな技量に裏打ちされたサーベル捌きはひたすらに苛烈。さらに左手の管から繰り出される衝撃波が僅かな隙を潰している。打ち合う事なぞ以ての外、ただ避ける事しかできない。
「これは、キツイ、、、、けど負けない!」
「その通りだよすずちゃん! シロ達は負けない!!」
「、、、っ! やりますね!」
エイレーンの背後を襲う投げナイフ、シロによるものだ。当然エイレーンは対処せざるを得ない。そして注意がナイフに割かれればスズの剛腕が猛威を振るう。
アカリを倒したことにより生まれた人数差が優位を作っていた。
「オラァ!」
魔力放出によって圧倒的な馬力を持つバットが、スズの一撃が────
「でも足りない───まだ足りない」
「押し、切れない!?」
『な、なんと! 今まで圧倒的な剛力を誇ってきたすず選手が押し返された!?』
正面から押し返され、そして押し込まれる。サーベルの鋭い刃がスズの首元にジワジワと押し込まれてゆく。
スキル『魔力放出』により圧倒的なパワーを持つスズ。しかしエイレーンの宝具はそれ以上の強化をもたらしている。
>>268
「不味い!」
このままではスズがやられる。そう判断したシロが助けに行くが間に合う距離ではない。もう一度ナイフを投げたところで無視されるのがオチだろう。
衝撃波を警戒し接近を避け、それ故にナイフでの支援に留めてしまった。『すずちゃんなら大丈夫だろうと考えた』『もう少し様子を見たかった』等いくらでも理由は挙げられるが判断ミスには違いない。そしてそのミスが致命的な事態を招いてしまったのも間違いない。
「くっ!」
細い腕に全霊の力を籠めスズも押し返そうとしているがさして意味のある抵抗には成っていない。
「、、、、」
冷え冷えとした刃が首に触れる、生暖かい汗が止まらない、息が上がって過呼吸に成りそうなのを必死にこらえる。
「これで一人、、、、、なっ!?」
スズの首に刃が突き刺さるその直前、なんとエイレーンの足からツタが生えて来たのだ。生えたツタは絡みつき、エイレーンの足元をもつれさせる。
「全く訳が、いや、これは双葉サンのスキル? そんな筈は、何故!」
『すず選手を倒す直前に妨害が入った! エイレーン選手、絶好のチャンスを逃しました!!』
「何だあれ?」「、、、成程、やりますね双葉お姉ちゃん」「完全に不意を突かれてるネ」
混乱するエイレーン。バラバラの単語が浮かんでは消え、浮かんでは消えを刹那の間に何度も繰り返される。
「────まさか!」
莫大な試行の後、エイレーンの頭脳は一つの回答を導き出す。
>>269
(準決勝の序盤、、、、! あの時、双葉さんは私の膝をナイフで切りつけていた!! 双葉さんのスキルは『ナイフで切りつけた所から植物を生やし操る』モノ。
そして発動のタイミングは任意、ひと試合越しにスキルを発動されたという事か!
宝具のインパクトで完全に失念していた、、、いや、元からソレが狙いで宝具を発動したのか。完全に出し抜かれた!!)
エイレーンの考察通りこれは双葉によるものだ。『自分では勝てない』と判断した双葉が仕掛けた遅効性の攻撃。
捉えようによっては卑怯ともとれる攻撃。実のところ仕掛けた双葉自身もこの攻撃に結構罪悪感を感じている。とは言え、やられたエイレーンは出し抜かれた事に怒りを感じていないのだが。
「オラァ! やっちゃって下さいシロさん!!」
「OK! 真名解放『唸れや砕け私の拳(ぱいーん砲)』」
足のもつれと混乱の隙を付かれ、エイレーンはスズに突き飛ばされる。そして背後からは宝具を発動させたシロが迫って来ている。絵に描いたような窮地。
相手への称賛、悔しさ、高揚感、刹那の間に様々な感情がエイレーンの中で沸き上がり、混ざり合い、噴出する────笑いとなって。
「ハハハッ! ハハハハハハ!!!」
肺腑に残る息を全て吐き出さんばかりの大爆笑。焼け焦げた、ひび割れた顔に浮かぶ満面の笑み。強烈で鮮烈な感情の爆発。思考が加速し体感時間は引き延ばされ、視界に映るすべての物がスローモーションを描き出す。
足に絡みついたツタを即座に振りほどくのは不可能。衝撃波も宝具相手には分が悪い。ならばどうすべきか?答えはもう出した。
「なっ、、、!」
「勝負!」
>>270
左手を自身の背後に向け全力の衝撃波を放ち続け、その反動でエイレーンはシロへと突撃。衝撃波でスズを遠ざけつつシロを刈り取りに行く心積もり。
己が身を省みぬ加速、一秒と経たぬうちに音速を超え、大気との摩擦で体が灼熱する。剣の切っ先をシロに向け、紅く燃えながら疾走する様はさながら流星。
「乗った!!」
対するシロ。凝縮された魔力によって蒼く輝く拳を振りかぶり、己が宝具で迎え撃つ構え。
「「────!」」
紅と蒼、数瞬の後に二人の一撃がぶつかり合う。観客が一言も発さずに見入ってしまう程に鮮烈なせめぎ合い。必殺VS必殺の争い。優勢なのは────
「どうやら私が勝ちそうデースね!」
エイレーンだった。
エイレーンとシロ、宝具の代償が差を分けているのだろう。失うことで得た力は、やはり重い。
「いやいや、まだ解らないよぉ」
だが、シロは諦めない。不敵な笑みを浮かべ、蒼い目でエイレーンを真っ向から見据える。特に勝算が有る訳ではない、だがそれでも諦める訳にはいかないのだ。
敗退していった仲間達の残した情報が、そして攻撃がエイレーンをここまで追い詰めたのだから。故に諦めない、仲間達の努力を無駄にしない為にも。
徐々に押される腕に全霊の力を籠め、『シロ』と言う英霊が持ちうる魔力全てをこの一撃に注ぎ込む。
「ああ、そう来なくっちゃ、、、、詰まらないですよね!」
だがそれでも趨勢は覆らない。気合だけで勝てるほど戦いは優しくない。
────最も、気合以外の何かが一つ有れば勝てる、程度には拮抗しているが。
「シロさん!」
エイレーンの背後から声が聞こえた、スズの物だ。
背後から物も飛んできた、スズのバットだ。
>>271
(アレは確か、、、、準々決勝で使った手。自分の武器を投げつけ破裂させるんでしたか)
通常ならば困惑するはずの場面。だがエイレーンの判断能力は群を抜いている、困惑する事もなく正確に分析を行う。
────最も、優れているからこそ間違えることもあるのだが。
(近づくのは困難だと判断して援護に周りましたか、成程いい考えデースね。でも、何が起こるか解っていれば別に無視しても、、、、なにっ!?)
「最っ高だよすずちゃん!!」
放り投げられたバットはエイレーンでは無くシロの方へと飛んで行く。そしてバットに籠められた魔力、緑色に輝くスズの魔力がシロに流れ込む。流れ込んだ魔力はそのままシロの宝具に加わり威力を強める。
自身の有り余る魔力を強引に譲渡する力業、最後の最後まで隠し通していたスズの牙。ソレが、今まさにエイレーンの首元に突き立った。
「いっけええええ!!」
「────」
宝具の蒼い輝きに緑光が加わり、混ざり、螺旋を描く。先ほどまでとは比べ物にならない程に宝具の力が増す。シロとエイレーン、その力関係が逆転する。
「────お見事」
シロの宝具がエイレーンを打ち抜くその瞬間、エイレーンは心からの称賛を、ポツリと悔し気に呟いた。
『ついに決ッ着! S級の猛者が集いし今大会を制したのは、、、、シロ&神楽すずペア!!』
「おめでとうっすシロちゃん!」「やったぜ!」「皆強かったネ」
「やりましたよ、、、、シロさ、、、ん、、、、」
>>272
轟き渡る歓声、勝どきを挙げようとしたスズがパッタリと倒れる。
闘技場内の人間はピノの宝具『己が身こそ領地なれば』によって怪我を負うこと事は基本無い、無いのだがどうしても限度はある。宝具相当の攻撃に対してはある程度の怪我を負ってしまうのだ。
激戦に激戦を重ねたスズ。緊張が切れた拍子に倒れてしまうのも無理は無いと言える。
「全く、すずちゃんは、、、、締らない、、、、なぁ、、、、、」
スズを抱きかかえようとしたシロもまた、倒れてしまう。こちらの方も疲労が限界に達していた様だ。
『おっと、、、、? 如何やら両選手とも疲労が限界に達していた様です』
後に残されたのは、緑髪の少女と白髪の少女が晴れ晴れとした表情で倒れている、牧歌的で、少々締らない光景だった。
時間は掛かりましたが何とか書き上げられました!!
今の自分で作れる一番良い物を書けたような気がします
それはそうと、シロちゃんのサンリオライブ出演決定嬉しい!!
サンリオコラボのアクリルキーホルダー再販してくれないかなぁ(願望)
裏設定
『チャイナ被れお姉さん』
ファイトクラブ『スパークリングチャット』の常連さん。語尾は『ネ』。
中国人のステレオタイプまんまの喋り方するけど普通に純日本人。好きな食べ物は春雨、あんまカロリー気にせず食えるのが良いのだとか。
『スパークリングチャット』
元の持ち主が寿命で死亡した際、ピノ様と双葉ちゃんがゴタゴタに乗じてオーナーの座に就いていたりする。
ものっそい大雑把な過去年表
2070年 エイレーン一家&アカリちゃんが特異点に召喚される。ほぼ同時期にケリンと鳴神も召喚された。
2071年 鳴神が『サンフラワーストリート』に入団。英霊なので当然腕っぷしは強く、あっという間に組織の地位を駆け上がる。
同時期にケリンが『エルフC4』を結成。こちらも同様に名をはせて行く。
2072年 エイレーン一家がギャング『Iwara』を打倒、影響下にあった『ポルノハーバー』はエイレーン一家がそのまま引き継ぐも暫くの間混乱状態に。
『Iwara』残党の殆どは猛スピードで勢力を拡大しつつあった『エルフC4』に合流。
この際、合流した構成員は違法薬物の流通ルートに繋がりを持つ人間が多く(水商売の人間にそう言った薬物を使わせたり、売らせたりして稼ぐのが主収入だった為)これを機に『エルフC4』は違法物品の取引に重点を置くようになった。
2073年 混乱に乗じて『Iwara』の残党がエミヤを殺害。この後にエイレーン一家による残党狩りが行われ、『エルフC4』に逃げ込んだ構成員以外はほぼ排除される事に。
2074年 すずちゃん、ピノ様、双葉ちゃんが特異点にレイシフト。
ピノ様と双葉ちゃんは『スパークリングチャット』に就職、すずちゃんはニーコタウン設立に奔走。
2075年
『スパークリングチャット』のオーナーが急病で死去。
ファイトクラブの所有権を巡ってエルフC4とサンフラワーストリートで争いが勃発。
エルフC4が優位に争いを進め、サンフラワーストリートのボスは求心力が低下。
その隙を付き鳴神がクーデターを実行。この時点で組織内の発言力はかなり大きく、割とあっさりクーデターは成功を納める。
その後何やかんやあってケリンと鳴神は意気投合し、『スパークリングチャットはエルフC4優位で共同所有とする』辺りで落ち着きそうだったのだが・・・ゴタゴタやっている間にピノ様と双葉ちゃんがちゃっかり実権を掌握してしまっていた。
2077年 シロちゃん、ばあちゃるがレイシフト、現在に至る
>>277
楽しんでくれたなら嬉しいです!
この後は、幾つか日常回を挟んだ後に特異点解決へ向けて動き出す感じですね
章ボスはかなりfate色が濃くなる予定、、、、と言うより、そもそもこの特異点はfate/stay night から分岐した世界なので当然と言えば当然なんですけどね(匂わせ)
>>279
あ、やべ。完全にミスですねコレ
最初は寿命だったんですが『寿命なら事前に引継ぎ出来ちゃうよな』と思い変更したんですが、どうも書き換えるのを忘れてたみたいです(汗)
>>274
修正
『スパークリングチャット』
元の持ち主が急病で死亡した際、ピノ様と双葉ちゃんがゴタゴタに乗じてオーナーの座に就いていたりする。
>>273
「いやはや、負けちゃいましたよ・・・・痛っ」
「全力を出したうえでの敗北、こりゃ言い訳の隙はないね」
ベットの上に座り足をプラプラと揺らすアカリ、全身の筋肉痛に苛まれながら寝っ転がるエイレーン。
ここは医務室、ではなく選手待機室の脇に設けられた仮眠室。薄暗い照明、やたらと冷える石造りの床、埃を被った薬棚、ブルーシートを被った荷物たち。『仮眠室』とは言うものの、現在では事実上の物置部屋として扱われている。
エイレーンとアカリは医務室で目覚めてすぐ、この仮眠室に移る事を希望したのだ。
「しかしまあ、手札全部晒しちゃうとはね」
目が見えないからだろうか、アカリは微妙にずれた方向へ悪戯めいた笑みを向けている。
「実力は十二分に示せたので結果オーライデース。ここまでやって歯向かって来れるのは・・・サンフラワーストリートの鳴神と、エルフC4のケリン位ですよ」
「あー、あの二人は色々と特殊だもんね、うん。もしかしたら、もうポルノハーバーを襲撃しに行ってるかもよ?」
「ハハハ、流石に有り得ないですよ、きっと、多分、いや、一応事務所に連絡を入れておきマース」
「そーだね一応連絡入れとこっか。多分大丈夫だろうけど────あ、いつもの発作が来るかも」
会話がふと止まる。突如訪れた沈黙の中アカリが手探りで取り出したのは手鏡。ただの手鏡では無い、アカリ自身の写真を貼り付けた手鏡だ。
>>282
「─────」
じっと、ただじっと見えない目で鏡を見つめる。写真の顔の、それこそ毛穴まで確かめるように。
見つめ始めて数秒後、アカリに変化が現れ始める。透き通る青目は深い紫に、金を溶かした様な髪も紫へと変わり、スラリとした豊満な体躯は未成熟の少女を目指し縮む。
「アカリはアカリ、ほかの誰でもない」
囁くように小さな声で、念じるように何度も唱える。エイレーンは何も言わず瞼を閉じて、一切の音を立てないようにしている。
これは儀式。アカリの宝具、その真なる代償を抑える儀式。アカリの宝具『愛天使』は神の領域に片足を突っ込んだモノ、万物を魅了するという所業はただそれだけで凄まじい。
自身を美しいと感じる相手に対する魅了はそれ程難しくない、相手の中にある感情を増幅させればよいのだから。だが『愛天使』は違う、知性さえあれば無生物や異種族ですら魅了する規格外。神霊でも無ければとても扱えたものではない。
故に、宝具を使う度に器は変異を試みる、宝具を扱うに足る神霊へと。
目が見えなくなるのはあくまで初期症状、変異の初期症状だ。
50回以上は唱えた頃、アカリは鏡から視線を外し、僅かに上ずった声でエイレーンに問い掛ける。
「ねえ、エイレーン。私は大丈夫かな、ちゃんと戻ってる?」
「ええ、いつもの、そうですね、エロいアカリさんデース」
「ちょ、ちょっとエイレーン! アカリはエロくないよ、そう、ただの超エロだもん!」
エイレーンがぎこちない冗談で返せば、アカリも歯切れ悪くソレに乗る。
>>283
「・・・無理はしないで下さいね」
別な話題を振ろうとしたエイレーンの口から思わず弱音が漏れてしまう。
アカリはリスクを認識した上で宝具を使っている、その覚悟に口を挟むべきでないのは重々承知済みだと言うのに。
「ア、アノー、今のは言い間違いと言うか、「大丈夫」
急いで訂正しようとしたエイレーンをアカリが手で制す。
「アカリは大丈夫」
アカリは曖昧な笑みを浮かべ、優しい声で優しいウソを吐く。
宝具の性質や変異中途の風貌を考えるに、変異した先の姿はきっと悪いモノではないのだろう。きっと万物を魅了するに相応しい姿に成れるのであろう。だがそれがどうした。己が己の意図しない方向に変化していくなぞ、ただひたすらに苦痛でしかない。
故にアカリは宝具の使用を怖れる。代償を払う度に心は後悔と不安で満たされる。今回だってそうだ。『宝具を使用する必要はあったのか』『使わずに勝つ方法は無かったのか』『いつか元に戻れなくなるのではないか』そんな思いで一杯だが、それでもアカリは使う。
>>284
(今大会における目標は示威行為、ひいてはエイレーン一家を『精鋭揃いの穏健派』と言う立ち位置に収めること。強者の元には人が集まるし、眠れる獅子を起こそうとする馬鹿はそういない。穏健派としての体裁を保ちつつ武名を轟かせるのに、この大会は適していた・・・そう、適しては居るんだけどね)
(確かに他の団体からエイレーン一家は軽く見られてる。金も碌に持ってないんだから当然っちゃ当然。だけどアカリ達の治めるシマは風俗街、外道な手段を使えば幾らでも金は湧いてくる。大会で実力を見せつけるなんて不確実な手段に頼る必要はなかった。
結局、エイレーンはシビアであろうとしてるけどさ、やっぱ無理なんだよそれは、人だもん)
(だからこそ、エイレーンはアカリ達が支えないとダメ。割と感情的で、不完全で、優しいリーダー様のためなら多少の無理も致し方無しってね)
己の友一人に無理を強いるクソに成り下がるなぞ御免だ。宝具で変異してしまった方が万倍マシだ。
故にアカリは宝具を使う、後悔はすれども躊躇はしない。ベストを尽くす為なら躊躇しない。
「大丈夫だよエイレーン。ほら、ばあちゃるも『自分が何になろうと目的は果たす』見たいな事言ってたし」
「・・・・・ええ、言ってましたね。私も覚えてマース、色んな意味で大人なんでしょうね、強い人で『10分後に選手表彰を始めるぜ! 三位以内の選手は移動をお願いしま、ちょっ、誰だお前等!?』
>>285
突然流れた館内放送、内容がどうも穏やかではない。部屋の外が騒がしくなり始める。
いったい何だろうかと思い、エイレーンが外を覗きに行くと
「ヒヤハハァッ! 『three day priest』のリーダー、利休・ザ・グレイト様が今日からここの支配者! 俺たちを止められる奴なんざいやしねえッ!」
「「「そこのけ そこのけ 俺らが通る! 平服 恭順 早くせい!」」」
僧服を盛大に着崩した大柄な男を先頭に、意味不明な歌を歌いながら会場になだれ込む坊主集団がいた。
最早ちんどん屋にしか見えない珍集団。法事の場にいれば多少様にもなるだろうがここは闘技場。絶望的に浮いている。
「・・・何だろう、目は見えないけど変な人たちがいるのがハッキリ解る」
「えー、新興の面白集団、もといギャングですね。企業の運送車から装備を奪って巨大化した・・・・・幸運な人達デース」
「企業から盗むとか命知らず過ぎない?」
「あの僧服は、カジュアルさを売りにしたボディアーマー『T-ラック』の派生商品。見た目と用途がミスマッチ過ぎてアホみたいに売れ残った商品デース。
奪われたと言うより、わざと奪わせたんでしょうね。そうすれば在庫処分ついでに保険も下りますし」
「あー、でもなんでこんな所に────あ、戦いが始まった」
部屋の外から響く怒号、絶え間なく響く銃声。しかし不思議な事に、銃弾が人の肉を貫く音が全く聞こえ無い。
アカリもエイレーンも戦闘経験は十二分に積んでいる。メジャーな戦場の音を聞き分けるくらいは簡単に出来る筈なのだが。
不思議に思ったエイレーンが再び会場を覗けば、セバスとエミリーが無双しているのが見える。
>>286
「あ、当たらねえ!? 数十挺のアサルトライフルによる一斉掃射だぞ! 象が秒でミンチになる火力だぞ!?」
「目を閉じてから撃ってみてはいかがでしょうか? そっちの方がまだ当たるかと」
「整理運動にもなりませんわね。セバスはさておき私の体は生身。戦いの後には整理運動をしなければ明日に響いてしまいますわ」
銃弾の雨を散歩でもするかの様に悠々と掻い潜り、萎びた腕を振るって敵を蹴散らす。ただ只管に突貫&蹂躙、シロやスズ相手に見せた巧みな立ち回りは一切使わない。と言うより、使う必要がないのだろう。
「な、南無三・・・・・」
坊主集団を率いていた男が崩れ落ちる。銃声と怒号に満ちていた会場は一瞬静かになり、その直後に歓声と声援が沸き上がり騒がしさを戻す。
『瞬殺! 圧倒! 大勝利! 流石俺らの英雄!!
そんな二人の英雄ですらベスト8止まりとなった今大会! 改めて表彰を始めるぜ!!』
「・・・・・そろそろ行かないとですね。私が二人分の表彰を受けて来るので、アカリさんは留守番頼みます」
「りょーかい。あ、そーだ、写真は撮っといてね」
「もちろんデース」
節々痛む体に喝を入れ、疲れた背筋を直ぐ伸ばし、へたれた口角をキュッと持ち上げる。負けた己を卑下などしない、それが敗者の礼儀。『こんな奴に勝っても嬉しくない』などと思われては申し訳が立たない。
赤髪なびかせ目指すは表彰台。足取り堂々、威風堂々。さあ、二位の栄誉を受け取りに行こう。
>>287
「『消失』の被害状況はどうなんですか?」
「うーん、酷いね。ほんっと酷い」
膨大な情報を移すモニター群、整然と並ぶエナドリの缶、座りすぎてぼろくなった椅子。ここは未来保証機関ブイデア。未来予測を始め、時空間への干渉を可能とする不可思議物体『KANGON』を用いて人類破滅の未来を事前に回避する為に設立された機関。
そんなブイデアの管制室に牛巻りこと木曽あずきは居た。
ギイギイ軋む背もたれにのしかかると、牛巻は不満げに頬を膨らませる。
「特に酷いのが『消失した事に基本気づけない』って所だね。
鉄道の路線や道路はぐちゃぐちゃ、地形が変わりすぎて地図は役立たず。なのに、誰もソレに危機感を覚えられない。『昔からそうだった』としか認識できないから」
数年前から起き出した(と推定される)現象『消失』。人間、施設、土地、消える対象は無差別。消えたモノは最初から無かったと記憶を改変されてしまう。
今のブイデアはこの現象を食い止める為に奔走している。特異点の攻略もその一環。
「ま、悪い話は置いといてさ、シロピーとばあちゃる君の方はどうなん、あずきち?」
ぴょこんと跳ねた金髪をいじり気の抜けた声で牛巻は問う。
『消失』による被害止まぬ今は緊急事態、とはいえ常に気を張るのは不可能。適度に気を抜くのも仕事の内なのだ。
>>288
「『楔』の奪取に向け、順調に進んでますぅ。
ばあちゃるさんとシロさんの間にマスター契約が結ばれていない位が唯一の懸念事項。でもまあ、ブイデアからの供給だけで事足りてるので、無問題だと思います。
それと、つい先ほど時計塔から協力声明が届きました」
「魔術師の学び舎にして探究の場『時計塔』。頼もしいね、信頼はできないけど。
あずきち、相手方の交渉担当は誰?」
「現代魔術科の君主『ロードエルメロイ2世』が直々に来るそうですぅ」
「ロードエルメロイ2世、優秀だけどまだ若いんだっけ。軽視はされてないけど対等にも見られてない感じか・・・・・良し! スケ調整するか! 仕事だ仕事、イエイ!!」
エナドリの缶を開け一気に飲み干す。やたら長い名称の健康物質とカフェインが細胞のすみずみに染みわたり、脳を強引に叩き起こし、仕事の始まりを体に告げる。
ボキゴキ肩を鳴らし、さあ「待って下さい」
「───ん? どしたん?」
仕事に取りかかろうとしたその時、あずきから待ったがかかる。
「外部と連絡が取れるようになった事、本当に言わなんですか?」
「・・・・うん。外部と連絡が取れると教える事は、外部の状況を把握出来ると教えるのと同義。
正直、今の世界は見てて気持ちの良いもんじゃ無い。今の世界を見せると言う事は、不要なプレッシャーを掛けるのと同じだよ」
「それは解ります。ですが、仲間にウソをつくのは可能な限り避けたいです。ウソが露見した時に不要な軋轢を招いてしまう、と思いますぅ」
あずきの瞳、掴みどころの無い紫の瞳が牛巻を見つめる。
その瞳に詰問の色は無い、責め立てる意図も無い。ただの意思確認。だが、答えに詰まるようなら指針変更も止む無し、それくらいの意図は籠められていた。
>>289
「シロちゃん達の戦いが『特異点を解決し、消失させられた世界のパーツを取り返す』モノなら、牛巻達の戦いは『被害を最小限に抑え、一秒でも早く対策を講じて、世界の消失や社会の崩壊を遅らせる』モノ。
モニターは塹壕でキーボードが銃。この戦線だけは誰にも譲れない。僕たちの戦い、もう一つの戦いさ・・・・・って話でウソがバレた時に茶を濁そうと思うんだけど、どうかな?」
「・・・・まあ、バレた時の用意があるなら良いです」
牛巻が調子のいい笑みを浮かべれば、あずきは僅かに呆れたような声で返答する。
「・・・・それが本音でしょうに。変な所で照れが入るのは相変わらず、ですぅ」
「ん? なんか言った?」
「・・・秘密です」
「ええー、ちょっと笑ってるじゃん。良い事があったなら牛巻と共有してよぉ。牛巻とあずきちの仲じゃないか」
「秘密です」
「むー!」
ぬるま湯にインスタントコーヒーを溶かし、目分量で砂糖を入れる、豆は深煎り、量は少なめ。お気に入りのマグカップに注いだコーヒーをあずきはゆっくりと飲む。
牛巻の事は好ましく思っているが、飲料の好みだけはどうにも相容れない。仕事前の一杯はコーヒーに限る。
そんな他愛も無い事を考えながら一時の平穏を楽しむ あずき であった。
ブイチューババトルロワイアルのアーカイブ、何度見てもマジで面白い
結構久しぶりの投稿です! もっとコンパクトにする予定でしたが、想像の五倍位の文量になりました。
後、ちょっとだけ書き方を見易くしました。
細々とした(裏)設定集
『three day priest』
元ネタ:三日坊主
キリスト系のカルト信者の子供達、所謂二世信者が独立して立ち上げた新興のギャング。
キリスト教の逆、、、仏教か! と言ういい加減な発想で仏教に帰依した結果、似非坊主の集団が爆誕した。
役割的にはただの咬ませ&ギャグ要因だが、『力も頭脳も無い奴は運があろうが利用されて終わり』と言う社会のシビア(当たり前)な側面の被害者でもある。
アカリちゃんの変異先
fateのエウリュアレ。
ガチ神霊&視線で魅了する宝具持ちのお方。
ガウェインことカチカチ太陽ゴリラ攻略でお世話になった人は一定数いるはず。
おっつおっつ、シリアス含めいろいろ接種できたわ、牛巻あずきちかわいい。バトロワはいろんな意味で感動した。
>>292
刃牙の最大トーナメント編に、ジョジョのスタンド異能バトルとワンピースの人間ドラマぶち込んだら面白いだろうな、と言う発想の元産まれたモノなので感動してくれたなら嬉しいです!
牛巻あずきちのやり取りは昔から書きたかった部分なので、達成感半端ないです。
>>290
「色々あったけど取り敢えず目的を達成出来て良かったすよ」
「だね、そう言えばピノちゃん。『楽園』にはいつ乗り込むの?」
暖かに光るランプ、趣味の良い調度品、革張りの椅子。ここは屋敷、ピノの屋敷、その応接間。
調度品の数は最低限、見た目も落ち着いた物を使用。そんな居心地の良い応接間の中で、上品なマホガニー製の机を取り囲み座っているシロ、ピノ、双葉、スズ、ばあちゃるの五人。
多少のトラブルは起きたものの、その後はつつがなく表彰式は終了した。今はひと段落ついて休憩中といった感じだ。
「四日後ですね。『楽園』への入居権を得るために金を集めていた訳ですが、その一環として屋敷の家財や宝飾品を相当数売り払ったんですよ。
ただまあ、色々あって相当遅延しましてね」
「あー、もしかしてケリンと鳴神の妨害?」
「その通りですわ・・・鑑定士を脅して二束三文の査定を出させたようでして。撤回させるのが大変でしたよ。
それはそうと、今晩から始まる祭りは知ってますか?」
幼げな美貌に大人びた笑みを浮かべ、ピノはそんな事を言う。オーロラ色の瞳を細めて、心底楽しげに。
シロが聞き返そうとするよりも早く双葉が身を乗り出して反応する。桃色の瞳を輝かせて、待ちきれないとばかりに。
「三日間に渡って開かれる、せいだいな祭り! ごちそう見せ物なんでもあり、街の50周年を祝う大宴!」
「へぇー! 何時ごろから始まるの?」
「後・・・・一時間後くらいかな。身支度とか移動とかかんがえると、そろそろ準備し始めたほうがいいかも」
「OK! 善は急げ、早速準備しよう!!」
>>294
いつの間にか眠っていたスズを起こし、身支度を整え、外に出れば、そこには祭りを待つ人々が居た。
「わぁ・・・・・」
空は夕焼け、楽し気な蜜柑色。ネオンやら広告やらの無粋な光は身を隠し、提灯やら屋台やらの光が取って代わる。
浮足立った人々。小銭を握り締めて辺りを見回す子供、顔を綻ばせる大人に、楽しげに話し合う若者達。
立ち並ぶ屋台。りんご飴、チョコバナナ、焼きそばと言ったお馴染みの屋台に混じる、『夢見保証 ドリームサンド』『天然肉配合 ハート焼き』『出張占い ルルンプイ』などの変わり種。とても気になる。
(縁日で光るヨーヨーとか親にねだってたけなぁ。んでその後、三日と持たずに電池と紐が切れて・・・懐かしいっすね)
「どこからまわろうかな」
「無駄遣いは禁物ですよ」
バンッと景気のいい音を立てて、空に花火が上がる。赤白黄色、飛んで咲いてすぐ消える。毎夏ごとにみかける花火、幾度見てもやはり綺麗だ。
空を見上げていると、どこか聞き慣れたアナウンスが聞こえて来る。
>>295
『よお! お は ク ズ、天開だ。スパークリングチャットの名物司会にして、今日の司会に抜擢された俺!!
只今より始まるは祭り! グーグルシティ50周年祭! 開催会場は──街全域!! 無数の出し物! 無数の屋台! ド派手な神輿!! 存分に楽しめ!!』
『爪楊枝からミサイルまで、エブリカラーファクトリー! 法の天秤を格安でお届け、営利法廷 グロリアース ワンスモア! 只より安い物はない、実験病棟 ブラッドスクウェア!!
お掃除、怪物退治にピザ配達、なんでもどうぞ、職業斡旋所 上島職安! 夢と希望の原産地、複合メディア カヴァ―カンパニー! 何でも預かり〼、パイプホール トレーダーズ!! その他多くのスポンサー様!!!
こんなに大規模な祭りを開けたのもスポンサー様のお陰! ちゃんと褒め称えるんだぞ!!』
「ぶち込んできたな」「スポンサーいないと興行は成り立たないからネ」「ギャラ掛かってるんだろうな」
『都合の悪い事は聞こえないぞ! ヨシ! 50周年祭開始だ!!』
そこら中から上がる喝采、持ち上げられる神輿の群れ、準備万端の屋台達は営業を始めだす。夕暮れは夜へと移り、にも拘らず街は刻々と明るさを増して行く。
「シロ達も回ろっか」
「そうしましょうねハイハ・・・あれ、何か見覚えある人が神輿の上に」
シロがばあちゃるの手を引き、祭りを回ろうとしたその時、ふと神輿の上に見えた人影。見間違いようもない。セバスとエミリーだ。
右側にセバス、左側にエミリー、真ん中には黒い外套を被った人形が載っている。人間大の大きさを持つ木の人形だ。顔の付いたマネキン、と言った方が正確かも知れない。
「あの二人が担がれてるっす、やっぱ人気あるんすね。しかし、あの人形はなんですかねハイハイ」
>>296
「あの人形は『無尽の英雄』を模ったモノだねぇ。この街が設立される前に活躍していた英雄、エミリーちゃん達の一世代前にあたる人だね。
無尽の英雄、尽きぬ刃を振るい、影を祓う者。誰もが憧れる正義の味方・・・って昨日読んだ歴史漫画に書いてあったよ」
知識を披露できるのが嬉しいのだろう、シロの声は自慢げだ。知識の仕入先が漫画と言うのが何とも微笑ましいが。
「はえー、やっぱシロちゃんは物知りですねハイハイ・・・でもなんで『影を祓う者』なんすかね? カカラの事を影と表現するのはちょっと違和感があるような」
「それだけ恐ろしい、得体の知れない存在だったって事だよ。街設立前後の時期はねぇ、『影の時代』なんて言われてたぐらいで・・・ん?」
シロの声がハタと止まり、辺りを見渡し始める。スズが居なくなっているのだ。
前後左右、どちらを見てもスズの特徴的な緑長髪すら見えやしない。ついでにピノもいない、なんなら双葉もいない。
そう、シロとばあちゃる、二人は話している間に置いてかれてしまったのだ。
いつもの数倍は人通りの多い今、いつもの数倍は浮かれてる今。うっかり置いて行かれてしまうのも無理はない。
「ま、まさかシロちゃん・・・これ」
「みなまで言うな、わかってる・・・」
二人は呆然として天を仰ぐ。ああ、花火が綺麗だ。
「どうしよっか」
「どうって、そりゃ、探すしかないっすよ」
二人が選択した行動は捜索。周囲の人に迷惑を掛けない程度に走り、他の皆を探すと言う物。ド定番の行動ではあるのだが、これがとことん裏目に出た。
>>297
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あれ? シロさんがいませんよ」
「ほんとうだ、探さないと」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「いました!」
「え! どこ?」
「右のほう・・・いや、左かも。すみません、ちょっと確かめてくれませんか?」
「どこ!?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「人波になんか負けない・・・ウワー!」
「ピノさんが人波に呑まれたッ!?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「はふっ、はふっ、うま!」
「双葉お姉ちゃん、食べるのもいいけどまずは探さないと・・・もぐもぐ」
「ピノさんの言う通りです・・・熱ッ!?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「待て、そこの馬男! 俳優になる気は無いか!」
「え? オイラですか?」
「『馬と白衣──Love in cage──』と言う成人向け映画を構想していてな。頭部を馬にされた男と狂った科学者が愛を育むラブロマンスなんだよこれが!!
まさにお前さんみたいな人が相応しいだろう!?」
「謹んでお断りさせて頂きます」
>>298
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「やっっと合流出来ました・・・て、アレ? すずお姉ちゃんがいない」
「まさか、はぐれた?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
すれ違い、二次遭難、その他大小トラブル、何やかんやあって数時間後。
「今度こそ全員揃った、よね?」
「ええ・・・今度こそ」
大通りから少し離れた所、人通りの少ない路地裏に五人は集まっていた。
室外機の唸り声と祭囃子が微かに聞こえる。
「迷惑かけてホント申し訳ないっす」
「気にしないで下さい、こういう日もありますよ。
・・・・・とは言え、ちょっと疲れましたね。目ぼしい所に寄りつつ、今日はもう帰りましょうか」
紆余曲折の末に集まった五人、大会の疲労も未だ癒えていない。正直かなり疲れている、帰るべきだろう。
「まつりは明日も明後日もあるし、もんだいない」
「そうですね」
凡その合意に至った所で、大通りに向けて足を「ん?」
────踏み出そうとした足の前に置かれていた、四角い包み。手のひらサイズのソレは茶色い紙に素っ気なく包装されていて、脇には手紙が添えられている。内容はこうだ。
『拝啓 残暑の候、ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。
以前の無礼をお詫びしたく、ささやかな贈り物をさせて頂きました。
怪物退治に持ってゆけば多少の助けになるやもしれません。
次回お目にかかる時の思い出話を楽しみにしております』
>>299
書いた人の名前も宛先も書かれていない怪しい手紙。そして包みの中もこれまた奇怪。
「ナニコレ?」
青い蝶の髪飾りと一枚の名刺。そして黒い箱。小さな立方体が組み合わさって出来た黒い箱だ。
髪飾りと名刺はともかく、黒い箱はどう考えても怪しい。普通に考えれば捨てるべきだ。だが───
「貰っとこうかな」
「シロちゃん!? どう考えてもヤバいっすよ」
「大丈夫」
よく考えれば捨てるべきでない事が解る。
青い髪飾り、よく見ればアカリが付けていたものと同じだ。そして名刺、ここにはばあちゃるの名前が刻まれている。
ばあちゃるとその身内以外で名刺を持つ人物、真っ先に候補として挙がるのはエイレーン。準々決勝の際ばあちゃるが武器としてエイレーン達に投げつけていたからだ。
これらを総合して考えると、この手紙の送り主はエイレーンとアカリでほぼ間違いないと解る。凡そ『手助けをしたい、でも恩を売ったと思われたくない』と言った感じだろうか。名前を隠し、その上で『お詫び』なんて体裁を取ってるのもそう考えれば辻褄が合う。
「で、でもほら・・・・知らない人からのプレゼントは受け取っちゃ駄目っすよ」
「大丈夫ったら大丈夫」
「シロさんの言う通り大丈夫ですよ、多分」
「はやくいこー」
「誰が持ちましょうかソレ」
「ちょっ、え!? ばあちゃる君少数派ですか!?」
ばあちゃる以外の皆もシロと似たような反応だ。同じ結論にたどり着いているに違いない。
そんな思考をしつつ、シロは贈り物をポッケにしまって悪戯っぽい笑みを浮かべる。
>>300
大丈夫な理由を教えても良いが、教え無いのもきっと楽しかろう。小さな秘密は女の秘訣、ともいうし。
「早く行こうよ! 置いてっちゃうよ!」
>>301
ばあちゃるの脇を通り抜け、賑やかな大通りへと駆け出す。白いアホ毛を挑発的に揺らしながら。
溜まりに溜まった疲労も今だけは感じない。ただ楽しい。
>>302
「追いついたらこの箱あげちゃおっかなー!」
「待って下さいよシロちゃん! なんで、そんな、速いんっすか・・・!!」
「はしゃいでますねー。シロお姉ちゃん」
「だねー」
「白馬良き・・・・・」
既に息が上がり気味のばあちゃるが後ろを追いかける。その後ろをのんびり歩く三人。
それはまるで、祭りではしゃぐ家族の様な光景だった。
実家に行ったり、大学の課題を片づけたりで投稿がだいぶ空いてしまいました。
.liveの福袋、どれを買うかが最近の悩みです。
ちょっとした裏設定 企業編
『エブリカラーファクトリー』
元ネタ:えにから(にじさんじの運営)
グーグルシティにおける大手工業。怪物の出現によって色々とヤバくなった町工場達が結束して生み出した組織。虹の色をモチーフにした7部門に別れている。
レッドファクトリー:軍事用品 オレンジアーミー:試験運用部隊の管理 イエローファクトリー:大衆向けの日用品 グリーンファクトリー:医薬品の生産 ブルーファクトリー:富裕層向けのハイグレード品 インディゴ・ブレイン:経営陣 パープルゲイズ:監査部門
7部門に別れているのは『そうした方が印象的で、お客さんに覚えてもらい易いから』と言う広告戦略によるもの。
『グロリアース ワンスモア』
元ネタ:フラッシュ世代(グロリアス→光輝く→フラッシュ)
輝かしい地球をもう一度、と言う意味の社名。
怪物の出現によって社会が崩壊した際、なんとかグーグルシティに逃げ延びた政府官僚達が創り上げた会社。『早く裁判所作らないと私刑が横行して治安終わる。どんな形でもいいから裁判所作らないと』と言う信念の元造られた。
従来の裁判よりもお金がかかること以外は割とまとも。判決を守らない相手に私設軍隊送り付けるアグレッシブさも持ち合わせている。
『上島職安』
元ネタ:アップランド
グーグルシティ創設期、街の外壁を作る計画を行った。上島土木(後の上島職安)はその計画のまとめ役だった。
危険な計画を成し遂げた信用と、まとめ役をしていく中で得た人脈を利用して職業斡旋の副業を始めたのが上島職安の始まり。
職業斡旋の方が儲かるようになってからは上島職安と名を変えた。
斡旋の形態としては、なろうの冒険者ギルドin近未来といった感じ。
『カヴァーカンパニー』
元ネタ:カバー株式会社(ホロライブの運営会社)
ネット、テレビ、新聞、色んなメディアが合体して出来てきた会社。現実のテレビ局と大体同じ。
『パイプホールトレーダーズ』
元ネタ:排水溝(アレな性癖の人達が集まる投稿サイト、調べる時はグロ注意)
地下水道に会社を構える変った所。貸金庫と融資、資産運用が主な収入源。末端の社員に至るまで全員血のつながりがあったりする。一族経営(文字通り)。
グーグルシティ以前の地下水道、グーグルシティになってから造られた地下水道、由来不明の地下通路・・・・・等々幾つもの通路が複雑に重なり合っており、そんな地下水道に金庫を分散して配置することで殆ど無敵のセキュリティを誇っている。
>>307
感想書いてくれるだけでかなり有難いです・・・・・誰にも見られないのは批判されるより怖いですから
今回は『駅前とかでやってる祭り』をイメージして見ました!
私服の人と浴衣の人が混ざって歩いて、仕事帰りのサラリーマンが焼きそばや焼き鳥を一つ二つ買って帰る。家の窓を開ければ花火の音が微かに聞こえる。
ちょくちょく変った名前の食べ物が売ってるけど、いざ食ってみると普通の味。でも美味しい。
そんな祭りが個人的に好きです
>>303
屋敷に戻り、眠りに付き、目を覚ませば外は楽しい祭り。一日目程では無いが、それでも充分賑やかな光景だ。
「今日こそ皆で英気を養いに、と言いたいところですが、わたくしは金の受け取りに行かないとなので」
「家財の売却費だよね。シロ達も付き合うよ?」
「ああ、いえ……大丈夫です」
「ホントにぃ?」
「……わたくしは英霊ですよ、大丈夫ですって。ただ、ばあちゃるさんとエミリーさんはついてきて下さると嬉しいです、帰り際に用事があるので」
ピノは何処か歯切れの悪い返答をし屋敷を出る。メイドのエミリーとばあちゃる、二人を連れて。
エミリーの運転する車に乗って暫く揺られ、辿り着いたのは酷く寂れた広場。『街全域が会場』と謳われた祭りの喧騒もここまでは届かない。
街の外壁際に位置する寂れた広場。錆びたトタン屋根のあばら家が疎らに並んでいる。そこらで座ったままジッと動かない浮浪者達、動く気力も無いのだろう。灰色の空気が満ちている。
その広場にただ一つ、店が建っていた。黄ばんだプラスチックの看板に擦れた字で『質屋』と書かれている店だ。中は薄暗く商品は殆ど無い。店員も青白く瘦せた男一人だけ。
そんな店の中に三人は居た。
「……何をお求めで?」
「赤のスーツ、シミ抜き済み」
「あいよ」
ピノがそう言えば、瘦せた男は億劫そうに腰を上げ、札束の詰まったスーツケースをエミリーに渡し、裏口のドアを開ける。
今のやり取りは所謂『合言葉』。子供の秘密基地から悪人のアジトまで、秘密の場所を隠す常套手段だ。
「売却金全額だ。確認したらとっとと通りな」
「………問題ありません。行きましょうピノ様、ばあちゃる様」
裏口のドアから伸びる道、長く暗い道を歩く。
>>309
「それにしてもアクセス悪すぎですわ」
「アクセスの良い所は粗方潰し済で御座いますから」
「恨みとか買わないんですか?」
「物凄く買いますよ。報復で死に掛けた事も何回かあります。
可燃物満載したトラックで突撃された時なんかは、本当に死ぬかと思いました」
「うわ、良く火傷跡とか残りませんでしたねハイ……と言うか何処を潰したんすか? 後、今どこに向かってるんでふかね」
「暗黒街ですよ、過去に潰したのも、これから向かうのも」
「暗黒街!?」
そんな話をしながら歩き、辿り着いた暗黒街。人呼んで『ガイチュウ街』。グーグルシティ外壁の『中』に存在する場所。
かつては外壁を作る為の拠点として作られた場所。カカラの脅威に晒されながらも壁を作る労働者たち、命を張る彼らに夜の安息を。そんな思いにより、労働者の住む場所でもあった拠点は真っ先に壁で囲われることになった。
この拠点から徐々に壁を伸ばすことで街全体を囲み、最後は出入口を全て閉ざすことで外壁の一部となり、拠点は役目を終える事になる。だが、中の建物を壊さずに放置したのが問題だった。閉ざされた出入口は何時しか開かれ、放置された廃墟は悪の温床となったのだ。
街の中にある街、そして人の善意を踏みにじる害虫の巣。二つの意味を込め人はこの街を『ガイチュウ街』と呼ぶ。
壁に囲まれたここは日中でも薄暗い。襤褸切れを着た娼婦に男娼、趣味の悪い服に身を包んだ男、何処か遠くを見てニヤニヤ笑う狂人、その他ロクデナシ&チンピラ多数、何処を見ても殆ど碌な人間が居ない。どす黒い空気が満ちている。
少し耳をそばだてれば、これまた碌でも無い会話ばかり聞こえる。
>>310
「あの嬢ちゃん良いなァ、焼いて喰いてえよォ」「止めとけって、お前が狙おうとしてるの有名人だぞ。手練れの槍使いって噂だ」「そうか、じゃあ煮て食うかァ。隣りの婆と馬で出汁とりゃ旨そうだ」「そうじゃねえよ」
「今年もやるぜ、無法者が嫌いな奴ランキングゥ!! 主催者はこの俺! 新進気鋭の男───鳴神様だぁ!!」
「第一位『スパークリングチャット』、蜜蜂と蟷螂のクソッタレを抱え込んだウゼエ奴ら。どうやったのかは不明! ま、弱みでも握ったんだろうな! な! ・・・・・おいスパチャの奴ら、聞こえてんだろ無視するなよ、ちょっと傷つくだろ」
「まあいいか、第二位『サンフラワーストリート』! 俺の組織だな。何々、『新参者の癖に出しゃばるな』、既存の奴らが弱すぎるせいだろ。『強引過ぎるやり方が受け付けない』、無法者が何言ってんだ。『リーダーが強いだけで他は雑魚』、俺が強すぎるだけだ・・・・・あと、ここに投票した奴らは明日ボコしにいく」
「今日は街設立50周年! 奴隷50%オフだよ!!」「ウマ人間スレイブリィダービー50周年杯!! 飛び込み参加もOK!」「一つ食べれば天国! 二つ食べたら大天国!! 三つ食べれば本物の天国に行けるかも!? 『ヘブンハーブ スナックタイプ』各種フレーバー好評発売中!!」
「賭博で有り金全部スッちゃった。マジ矢場」「うける。人生オワオワリじゃん」「それがそうでもないんよ。カッコイイお兄さんから美味しい仕事貰えてさ」「なにそれ、うらやま」
「マジで物騒な場所っすねここ」
>>311
ばあちゃるは固唾を飲む。スーツの裏に隠してある武器、シロから貰った拳銃に手を伸ばし、コッソリと弾を充填して安全装置を外す。撃ちたくは無いが、何時でも撃てるようにする。
周囲を警戒し始めたせいだろうか、胡散臭いケミカルやら血やらの匂いが今になって鼻をつく。靴越しに伝わる吐しゃ物や生ゴミの感触も不快だ。
「ピノ様、早く用事を終わらせて帰りましょう」
「用事?」
「着いたら教えますよ」
ばあちゃるの質問を往なし、足早に向かう先はとある道具屋。
腐敗臭漂う大通りを進み、何本か路地裏を抜け、そうしてやっと辿り着く店だ。
「ここが目的地っすか?」
「そうです」
『Kessel des Leben』と看板には書かれている。ぱっと見ただの寂れた雑貨屋。閉じたシャッターに書かれた動物の落書きが何とも言えない味を出している。
怖い場所にある割には何てことない見た目で気が抜けたな、なんて思いながら汗蒸れした首を袖で拭いていると───
『リズライヒの奇跡、第三の魔法をもう一度、終わりの終わりをもう一度』
「へ?」
───ピノが何かの文言を唱え、その直後にシャッターが揺らめき搔き消える。
「早くしないと閉じちゃいますよ」
「何も怖い事は御座いません。早くおいで下さいませ」
「あ、はい」
ピノとエミリーは既に店に入っている。ばあちゃるは平坦な声で返事をし、二人に続く。人間、理解を超える事象が起きすぎると逆に落ち着くものだ。
>>312
「いらっしゃいませ〜。ご予約のピノ様ですね、お待ちしておりました」
「お世話になります。すみませんね、急に予約入れてしまって」
「この時期は大して客も来ませんから、気にしないで下さい」
>>313
店内に入り、まず気付くのは内装。考え抜かれた配置のショーウィンドウ、程よい明るさの照明、丁寧に磨き上げられた黒檀の床。並べられた商品に自然と目が留まる。高級店にだって見劣りしないだろう。
>>314
店員の見た目も中々凄い。上品な大人の女性で、髪は白く眼は赤い。紫紺の貴族服と白のロングスカートが貴族的な優雅さを醸し出している。
それらを認識したばあちゃるは、馬のマスク越しに頭を掻きながら
「で、ここは何処なんすかねピノピノ……気になる事が多すぎてそろそろパンクしそうっすよ」
と言った。
外観と内装の差と言い、明らかに魔術由来の隠し方がされてる事と言い、どう考えても尋常の場所では無い。怪しさのバーゲンセール状態だ。感情は一周回って落ち着いているが、論理的に考えれば焦るべき状況なのは間違いない。
冷静に困惑するばあちゃるに対し、ピノは悪戯っぽい笑みを浮かべて質問を返す。
「どこだと思います?」
「うーん……魔術師用の店、なんてどうですかねハイ」
「大正解、ここは魔道具屋です。ばあちゃるさん用の装備を見繕ろおうと思いましてね」
「なーるほど、そういう事でしたんすね。正直どこに連れてかれるか不安でしたよハイ。
いやまあ、ピノピノを信頼していなかった訳じゃ無いんすけどね」
ほっと胸をなでおろし銃の安全装置をかけ直しながら、ばあちゃるはそう言った。銃を使わずに済んでよかったと思いながら。
ピノの事は仲間としてある程度信頼している。だが、それでも不安を感じずには居られなかった。
ばあちゃるは弱い。ピノにとっては散歩に行くぐらいの気軽な場所でも、ばあちゃるにとってはそれなりの覚悟をすべき場所だったりする。今回の『ガイチュウ街』の様に。強者と弱者で見える風景は違う、それは動かしようの無い事実だ。
>>315
それにばあちゃるはピノと違い、自分の意思で特異点の戦いに参加した訳では無い。巻き込まれただけ。無論、ばあちゃるも戦う覚悟はある、だがそれとて。
傷つくのは怖くないが、死ぬのは怖い。怪物相手なら殺しすら躊躇しないが、人を傷つけるのは嫌だ。一般人(ばあちゃる)の覚悟なんてこれでも上等な部類だろう。
そんなばあちゃるを見てか、さっきまでの笑みに少し寂し気な色を足し、ピノは口を開く。
「別に良いですよ、知り合ってからまだ短いんですから。無条件に信頼されても困っちゃいますわ。
……ま、それは良いとして。エミリーさん、使える予算はどれ位になりますか?」
「今回の売却金から、楽園に行くための金額を引くと……ざっと200万ほどで御座いますね」
「200万、ですか。その金額だと質高いのを一つ買うのが良いですわね。
店員さん、200万で買える物ってありますか?」
「そうですね……これなんかどうです?」
期末テストがあり、だいぶ遅くなりました。
それはそうと、シロちゃんの占いで「シロちゃんが異世界転生する話が出るかも!?」と言われてて、ちょっとだけ驚きました
ちょっとした企画
ばあちゃるが手に入れる魔道具の投票を募集します。三個候補を提示するので気に入ったのを選んで下さい。
投票が無かった場合は自分で決めます。
魔術回路付き手袋:魔術師の肉体を色々()して作り上げた手袋。魔力を自己生産し貯蔵する性質があり、所有者の魔術を拳部分に限り強化する(ばあちゃるなら硬化)ことが出来る。
紅いハンカチ:無尽の英雄が身に着けていた聖骸布の切れ端、ソレをハンカチに仕立て直したモノ。魔力を流し込むことで、英雄の動きや身体能力を刹那の間再現することが出来る。強力だが燃費は悪い。
破邪の蹄鉄:
メジャーな魔除けである蹄鉄に魔術的な補強を施した魔道具。聖ドゥンスタンが悪魔を打ち付けるのに使った蹄鉄……のレプリカを使用している。
悪魔や異界の存在由来の力に対して耐性を得る。また、いざという時に幸運を授けてくれる。さらに交通安全の効果もある。
メジャー過ぎるが故に神秘性が少なく、一つ一つの効能はそこまで強くない。だが、ばあちゃるの被ってる馬マスクとの相性がかなり良い為、それなりに効果が増強されている。
(裏)設定集
ブラッドスクウェア
元ネタ:YouTubeの再生ボタン(赤い四角→血の四角)
グーグルシティ最大の病院。治療費がタダになる代わり、治療後に人体実験を受けさせるサービスで有名。
人体の機械化技術を確立させた病院でもあり、研究機関としての側面も持っている。
実験を受けてる間は衣食住が保障される為、疑似的な生活保護としても利用される。
ただし、一度の実験での死亡率が1割を超えることがザラにあり、倫 理観が緩いグーグルシティにおいてもヤバい場所扱いされている。
グーグルシティの親が子供を躾ける常套句の一つとして、「悪い子はあの病院に入れるよ」と言うものがある。
おっつおっつ、シロちゃんなら異世界でも大丈夫だろうなぁとか考えてた。個人的にはうい先生の占い結果は草。装備は紅いハンカチ気になるけどバグばあちゃるになったりしないかなと不安。
>>317
破邪の蹄鉄が良いっすね
他の二つと比べて完全に危機回避に特化してるけどそれがなんか馬っぽい
>>319
一瞬とは言え他人の記憶、しかも英雄になるくらい我の強い人間のを頭にぶち込むので実際ヤバいです。
下手すると桜ルートのエミヤさん見たくなります。
なので、魔力を流し込んでも刹那の間しか発動しないよう、製作者がセーフティを掛けています。
一瞬発動する位なら、多少夢見が悪くなったり頭痛がする程度で済んだり済まなかったり。
>>320
蹄鉄に関してはカッコ良さよりも馬らしさを重視したアイテムなので、そう言ってもらえると嬉しいです
因みに、
蹄鉄:本人らしさ重視 ハンカチ:ストーリー重視 手袋:カッコ良さ重視
となっております
後、投票で同数の物が有ったら、webサイトのサイコロでどっちにするか決めるつもりです
>>316
そう言って白髪の店員が差し出して来たのは、古びた蹄鉄だった。
赤錆の浮いた蹄鉄。ジッと目を凝らせば、槌に叩かれた無数の跡が見える。ルーンや聖句と言った魔道具感のある特徴は見受けられない。普通、そう表現する他に無い。だが普通な見た目が逆にリアリティを感じさせた。
「魔道具って意外と普通の見た目なんすね。まあ、使い易くて嬉しいですけど」
「普通な見た目の方が良いんですよ。下手に目立つ見た目にして、魔術の存在が露見したら事ですし」
「あー、バレたら騒がれそうですもんね……でもカカラとかの怪物が居るのに、わざわざ魔術だけ隠してもそんなに意味ない気が」
「魔術は知られ過ぎると効果がちょっと弱くなるんです。魔術ってのは神秘、解らないけど凄いって感じが大事ですから。
そうでなきゃ───こんな場所に店なんて建てませんって。人通りが増える度に店の場所変えて、気が付いたら暗黒街の僻地ですよ、ビックリです」
店員は紅い眼を嫋やかに細め、手を口に当てカラカラ笑う。やや砕けた口調が妙に似合う。個人経営店特有の距離感、とでも言えば良いのだろうか? とにかく居心地よい。
「ま、それはそうとして。魔道具の解説をさせて頂きますね。これは、聖ドゥンスタンが悪魔を扉に打ち付けた蹄鉄……のレプリカを魔術で本物に近づけた逸品です。
悪魔由来の力への耐性、窮地での幸運、交通安全など様々な効果があります。お客様は馬の被り物を付けているようですし、蹄鉄との相性はかなり良いと思いますよ」
そう言われてみると、この古びた蹄鉄も神秘的に見えてくる。店員に了承を得て蹄鉄を手に取れば、金属の確かな重みが手に伝わる。持った所で特に何も起こりはしない、だが妙にしっくりくる。これが『相性が良い』と言う事なのだろうか。
>>323
正直な所、ばあちゃるはこの魔道具を気に入り始めていた。傷つけるためで無く、守るための力を持っている所に。
非暴力を通せる程ばあちゃるは強くないし、自覚もしている。だが、それでも、暴力は出来るだけ振るいたくない。各々の矛盾から目を逸らして今日を過ごす凡人の一人、それがばあちゃるだ。
そんな矛盾を僅かに解消してくれる魔道具、それがこの蹄鉄。少なくともばあちゃるにとってはそうだった。
とは言え、ばあちゃるはもう一つ困った『矛盾』を抱えていた。こちらは些細な物ではあるが。
「……ピノピノ、『楽園』に行くために金が入り用なんですよね? 本当に買って貰って良いんですかねハイ」
ばあちゃるはオドオドとした声でそんな事をピノに囁く。
……詰まる所、『自分より年下の人間に金出させるのは、人としてどうなの?』と言う矛盾である。散々お世話になっておいて今更ではあるが、目の前で金を出して買って貰うとなると流石に『矛盾』から目を逸らせなくなる。
要は『大人の小さな意地』と言う奴だ。真に下らないが、本人からすれば大事である。
それを察したピノが苦笑いして
「お金は足りてます。大人しく奢られて下さい」と言った。
「でもほら、オイラの保険金解約すれば200万くらい「ここ特異点ですよ、どうやって解約するんですか……もう」
「あ、言われてみればそうですねハイ」
ピノの苦笑いに仕方ない物を見る様な、それでいて少し嬉しそうな目が加わる。
「過去でも相変わらずの……じゃなくて、シロお姉ちゃんとそっくりの天然具合ですわね」
「……? シロちゃんって天然ですかね? しっかりした子だと思うんすけど」
「似た者同士だから解らないだけですわ……それは良いとして、とにかくこれの代金はわたくしが出します」
>>324
会話に一区切りを付けたピノが指を鳴らして、エミリーに札束を差し出させれば、店員はにこやかにそれを受け取り
「税込198万です……それと、他の商品もお買いになりませんか?」
と答える。
その後は『蹄鉄を取り付ける金具付きベルト』やら『英雄の動きを一瞬だけ再現できる魔道具』やらのセールストークを躱しつつ支払いを済ませ、三人は店を───
「お客様」
───出る直前に声を掛けられた。
「その被り物、魔道具で御座いますよね。被り物に違和感を抱かせない意識改変、魔道具であることを隠す隠蔽、夢見を制御する力、マスク越しに視界や聴覚を確保する力、記憶や精神への干渉を弾く力……戦闘向けの効果こそありませんが、かなり強固な概念が込められている、当たってますよね?
もし宜しければ、製作者を教えては頂けないでしょうか。それ程の物を作れる人間とならば、有意義な語らいが出来そうです」
紅い眼をルビーの様に煌かせて店員はそう言うが、ばあちゃるには製作者の心当たりなど無い。思わず怪訝な表情を浮かべてしまう。
そもそも、これはいつの間にか癖で被るようになった物で……いつの間にか? いつの間にか、こんな印象的なモノを被り始めるだろうか。考える程違和感が止まらない、大会でエイレーンに異常を指摘された時と同じだ。だが狼狽える事は無い。
「スミマセン、言えないです、ハイ。色々と事情がありまして」
「……ああ、ごめんなさいね、変なこと聞いてしまって。お詫びと言っては何ですが、次回は一割引きしますね」
「おお、太っ腹かつ商売上手ですね」
>>325
怪訝な表情をしまい込み、ばあちゃるは平然と答える。
大会の時と違う反応、それも当然。あの時既に『自分が何になろうと目標に向かい歩く』と決めた。だから、ばあちゃるの半端な覚悟でもこの程度の異常なら受け入れられる。
この被り物の来歴は解らない、それがどうした、害が無いなら使えばいいだけだ。思考停止かもしれないが、ただ恐れて避けるよりかはずっと良い。
「ピノ様、ばあちゃる様、そろそろ帰りましょう。折角の祭りを楽しむ時間が減ってしまいます」
「それもそうですわね。では御機嫌よう、お互いの健康を祈っておりますわ」
「またのご来店お待ちしております。祭り、楽しんできてくださいね」
三人は屋敷へ歩を進める。
>>326
車の中でのこと。
「いやー、景色が綺麗っすね。あっちなんか花火の音が絶え間なく響いて……あ、違うわ、デカい発砲音だコレ」
「……ばあちゃるさん」
「ん? どうしたんすかピノピノ」
「ばあちゃるさんは、突然この特異点に来た関係上、知らないことも多いですよね。
唐突ですけど、知ったら得するライトな事実と、知らなくても良いヘビーな事実。どっち聞きたいですか?」
「ホントに唐突ですねハイ……」
「今のばあちゃるさんなら、多少重荷を背負っても大丈夫かと思いましてね」
「そう言う事なら、ライトな方でお願いします。ヘビーな事実を受け止める自信はまだないっす」
「成程、それならライトな重荷を背負わせるとしますわ。
……なぜ、特異点への移動が出来る人間を必要としたか。と言う話なのですが……おっと」
車内がゴトンと揺れる。タイヤが小石でも踏んだのだろう。
「……早い話、最強戦力であるシロお姉ちゃんを最大限活かす為ですわ。
条件さえ整えばシロお姉ちゃんはブイデア最強。
しかしそれは『条件が整えば』の話。今はまだ最強と言い難い」
「なるほど、まだ最強じゃないんすね」
「そこで取った作戦が『各特異点に英霊を送り込み内情を探らせる。そしてシロお姉ちゃんは予め送り込んだ英霊のサポートを受けつつ、簡単と判断された特異点から順に解決し、最強の条件を満たす』と言うモノですわ。
本来は、特異点に英霊だけ送り込むのは無理ですけど、今回は特別。
この特異点の『一部』は、わたくし達の世界を切り取って改変したモノで構成されている。特異点と元の世界はある意味地続きで、強力な使い魔である英霊なら多少の無茶もきく。だから送り込める」
>>327
「……うん、なるほど?」
「ただ、英霊単体だと魔力供給が出来ないんですよね。英霊からしてみたら、魔力供給が無いのは食事無しみたいなもんです、正直ヤバい。
ブイデアから魔力を供給してくれてますけど、正直十分とは言えません。そんな環境じゃシロお姉ちゃんを活かせません。
そこで必要なのがマスター。令呪とか色々持ってますが、英霊に魔力を供給する存在て事だけ……ああ、いつものですか」
外から爆音が聞こえる。ボンネットに何かの破片がぶつかる。何処かの馬鹿どもがドンパチでも始めたのだろう。こんな目出度い日にやらかすとは無粋な輩も居た物だ。
「いつもって、これが日常なんですか……何か怖いっすね」
「ええ、大体週二で遭遇しますわ。
話の続きですが、ただのマスターじゃだめなんですよね。特異点に飛ぶ適性が要るので。
それらの条件を満たしていたのがばあちゃるさん、と言う訳です。他にも理由はありますが、そっちはヘビーなのでまたの機会に」
「思ったより色んな事情があったんですねハイ。
……所で、シロちゃんが最強になる『条件』って何ですか? 教えられないならそれで良いですけど」
「うーん、秘密にする程のものでもないですけど───多分知らない方が良いと思いますよ。
条件自体は大したことないと言うか、満たした人数に応じてシロお姉ちゃんが強くなる感じですわ」
話がひと段落した所で車の速度がゆっくりと落ち始める。窓を覗けば『スパークリングチャット』が遠くに見えた。
「そろそろ到着で御座います。忘れ物にはお気をつけ下さいませ」
「運転お疲れ様です、いつもありがとうございますね」
「ありがとうございますエミリーさん」
「勿体無きお言葉」
>>328
車が止まる。降りようとする直前のばあちゃるにピノが声を掛ける。小さな声で。
「……ばあちゃるさん、今日暗黒街に行った事は秘密でお願いしますね」
「ピノピノが秘密にしてほしいなら、オイラは良いですよ。でもなんで秘密にするんすか?」
「何と無く、お姉ちゃん方にダーティな面をあんまり見せたくないんですよ。
正直今更だと自覚してますし、知られたところで何か有る訳でも無いんですが……それでも嫌なんです」
「あぁ、思春期ですねぇ。そう言う事ならオイラ大歓迎ですよハイ」
「そう言う事じゃないですよ……多分」
車を降り、スパークリングチャットに近づくとシロ達が居た。ピノとばあちゃるを待っていたようだ。
「待ってたよピノちゃん!」
「近くの屋台をまわりながらだけどね」
「『1680万色ゲーミング焼きそば』、目がチカチカして疲れるけど美味しいですよコレ。一緒に食べましょうピノさん!」
「……ええ! もちろん食べますよすずお姉ちゃん!」
みりくるんの衣装どれも良かった、、、、三人の身長が予想以上にイメージ通りでビックリした
それはそうと、幕間の方はぶっちゃけ読み飛ばしても大丈夫です。ただの設定補完なので
長ったらしいので限界の向こう側まで地の文を削りましたが、それでも冗長です……でも書いとかないと矛盾しちゃう……設定だけ脳に直接流し込めれば良いんですけどね
裏設定
馬の被り物
超絶重要なキーアイテムだが、これを掘り下げるのは第二特異点以降(の予定)。
被り物と言う名の通り、頭にすっぽり被って覆うモノ。外から隔離された内部に強固な概念を構築している。
あらゆる物を赤く染める夕暮れの概念を『意識改変』の力でもって定義し
何もかもを暗い帳で覆い隠す夜の概念を『隠蔽』の力でもって定義し
あまねく夢と眠りを打ち破る朝の概念を『夢見の制御』の力でもって定義し
万物を照らし夜の帳を退ける昼の概念を『五感の確保』の力でもって定義する。
これら四つの概念が内部で巡り「一日」の概念を編み上げ、『精神干渉耐性』とする。
いついかなる時も、地球が生まれた時から変わらぬ概念。
昼夜の長さは可変、だが「一日」の長さは常に24時間。そこが地球である限りソレは変わらない。
それ故にこの概念は非常に強固だ。殆ど不滅ですらある。
ガイチュウ街
治安激ヤバ暗黒街、由来は作中での説明通り。
当初は「モノ地区」と言う名前にする予定だった。mono(一つの)から最初に街として成立した場所、一番最初に壁で囲まれた場所と言う意味。さらにYouTubeでよく不快な動画を上げている「モノ」申す系に引っかけてもいる。
しかし、「ガイチュウ街」という名称が語呂良すぎて頭から離れず、こちらが採用となった。
高い壁に囲まれているせいで大部分が昼でも暗い&アクセスが絶望的&都市計画も糞もない状態で作ったので普通に住みずらい→仮にここに巣食う悪党を全員追い払ったところで住もうとする人間が居ない→廃墟に悪党がまた住み着くだけ→無意味
と言った感じで見逃されてたりする。
無尽の英雄
グーグルシティが成立する数年前、初期の怪物が出現し始めた時期から戦い続けてる英雄、特異点の現地民で二番目に活躍した人物でもある。一番活躍した人物達は別にいる(未登場)。
カンの良い人は正体に気づいてると思う。
「無尽」の名の通り、何度壊されようと魔術で新しい剣を取り出して戦い続ける。双剣と弓矢がメインウエポン。街の人間は魔術を知らないので「カカラと人間のハーフじゃないのか」と心無い言葉を掛ける人も多かったが、ひたむきに人を守る姿勢に心を打たれ、そんな事を言う人間達も徐々に「よく解らないけど良い人」と認識を改めた。
セバス&エミリーを始めとして、無尽の英雄に憧れて剣を取った人間が数多くいる。
因みに、英霊が街の一員としてすんなり受け入れられてるのも、この英雄の存在がデカかったりする。
強い人間が一番必要とされる時期に出てきて、期待される以上の働きを(ただ戦うだけでなく、後続を生み出したりなど)したお陰で、超常の力を使う人間に対しての好感度がクッソ上昇してる。
おっつおっつ、みりくるん……良かったよね……。ハンカチか蹄鉄かで悩んでハンカチ選んだけど蹄鉄はそれはそれで見たかったからよし。個人的には蹄鉄のいざというときの幸運が凄いことになりそう(ウマ娘見ながら)
>>332
蹄鉄は「蹄鉄の耐性が発動する、、、詰まり悪魔由来の力持ってるな」的な感じに、相手の素性を見破る試薬としての効果も有ったりしますねぇ
因みにですが、破邪の蹄鉄の神秘の源となって頂いた聖ドゥンスタンには面白い話が結構ありまして、
・教会の床が抜けてドゥンスタンの政敵を叩き落とした(その場にいたドゥンスタンだけは無事)
・蹄鉄を用いて、悪魔の手足を扉に打ち付け「蹄鉄を扉に掲げた家には入らない」と約束させた
・政治も結構有能だった
等々、少ないながらも濃い逸話を持ってるお方です
>>329
夜が更け、幼子はとうに寝る時間。しかし今日は、この日ぐらいは幼子も起きることを許されるだろう。祭りの日ぐらいは。
「ねえ馬、寝る時もそのマスク着けてるの?」
「着けてるっすよ。風呂入る時以外は基本脱ぎませんねハイ」
「すずちゃんって、いがいと小食だよね」
「食べたいって気持ちはあるんですけど、胃がそれについて行かないんですよね。拒否するんですよ私の胃が」
『良いなぁ……牛巻達も美味しい物食べたいよぉ』
「日持ちする食べ物で良ければ持ち帰りますよ、牛巻お姉ちゃん」
『ありがとうピノちん! 最近はあずきちの魔術で呼び出した謎食材で食いつないでたから……ホントにありがたい。
不味い訳じゃ無いんやけど、食べると変な夢を見るんだよね。食えるだけありがたいけどさ』
ばあちゃる達五人は食べ歩きを楽しんでいた。
他愛ない会話にチープな屋台飯。お祭りだから特別感があるだけでやってる事は大して特別でもない。だがそれで良い、それで十分楽しいのだから。
そんな食べ歩きの最中、焼き鳥(タレ)を食べきったばあちゃるがゴミ箱でも無いかと辺りを見渡していると───
「ガハハハ!! ハレの日だってのに退屈な奴らめ!
俺らが退屈をブチ飛ばしてやる!!」
「その通り! 『炎上駆動機構』始動! 空飛べ『ヴリトラ』!!」
>>334
強烈な見た目をした山車が大通りを突き進むのが見えた。いや、山車と言うのは不適切かもしれない。空を飛ぶ機械仕掛けの龍に対しては。
中華的な風貌をしたその龍は優雅に空を泳ぎ、その姿はため息が出るほど雄大。
唐紅の鱗は鮮やかに煌き、精悍な顔は見る者を惹きつける。枝分かれした鋭い角には歴戦の傷、大きく開いた口から断続的に火が吹き出す。太い胴から生えた二本の腕、右の腕に握られた宝玉は目も眩まんばかりの虹光を放っている。とにかく凄まじい。
龍の背に乗って高笑いする鳴神とケリンが居なければ本物と見間違えていたかもしれない。
「「「うわ、何あれ凄い」」」
「すっっご」「何円かかってんだろうな」「中華風なのが好印象ネ」「ボラれたショバ代がこう言うのに使われてるのは、何か複雑だな」
「『サンフラワーストリート』と『エルフC4』の共同制作、ですかね。
やること成すこと全部無茶苦茶ですけど、エンターテイナーとしては一流なんですね、悔しいけど」
「だね……細めにつくった体にホログラムを被せてるっぽい。やってる事はたんじゅんだけど発想がすごい。
ホログラムは『サー・レイへット』に作らせたものかな? 流石のクオリティ」
呆気にとられる三人と民衆、訳知り顔で話し合うピノと双葉。
一足先に気を取り戻したシロがそんな二人に質問をする為口を開く。
>>335
「え!? あれってホログラムなの?
正直、にわかには信じ難いなぁ」
「マジもマジ、大マジですわ。通称『光の魔法使い』レイへット。
『サンフラワーストリート』所属、一流のホログラムアーティスト。彼ならどんな光景でも作り出せます、それこそ魔法の様に」
「普通ギャングにこんな事できないけど、無理をとおす力があるから。
というより、こういうデカい事を定期的にするから力を持ち続けられるというか何というか……」
ふと、呆れと淡い羨望が同居した表情を浮かべ龍を見上げる双葉とピノ。
鳴神とケリン、その性格は自分勝手で刹那的。だが誰よりも自由だ。どんなしがらみも気にせずやりたい事をやり、力でもって勝手を通す。多くの人が心の底で望みつつも実行しない、実行できない生き方。
ピノも双葉もそんな生き方をするつもりは一切無い。だが『不都合を後先考えずパワーで解決したい』と言う願いが無いと言えば、それはウソになる。『楽園』のクソ分厚い壁を叩き割り、中に潜むカカラの元凶をプチリと潰す。そんな力が欲しいと思った事は何度かある。
「鳴神によるデザイン!」
「ケリンの野郎がした設計!」
「「渾身の共同制作、とくと見ていきやがれ!!」」
「高度もっと上げてくれ鳴神!」
「言われずともやるつもりだ! 『炎上駆動機構』出力上昇……あ、やべ。やりすぎた」
「あーあ、物凄い飛び方してるよ」「落ちて……は来ないな」「安全装置があるんでしょ」
>>336
あらぬ方向に飛び上がり始めた龍、どうやら何かトチった様で二人は慌てている。最も周囲は失敗含めて楽しんでいるが。
龍の宝玉から放たれる光があちこちを出鱈目に照らす。ミラーボールの様に、カラフルに、賑やかに。妙な話だが、優雅に空を泳いでいた時よりも今の方が『グーグルシティ』らしくて様になっている。
「……フン、運用テストしないからそうなるんですわ」
「……らしいと言えば、らしいけどね」
無意識に伸ばしていた手を戻し、二人はわざとらしく鼻で笑う。ガラにもない事をしている自覚はあるが、そうせずにはいられなかった。
焼き鳥(塩)に被りついて一気に食べきり、串を捨てる場所を───
「「……なにアレ」」
探していると、不穏なモノが目に入る。
「あの人影なんだ?」「出し物にしては不気味すぎるよな」「アレを見てると、何故か頭が痛くなるのう……」
ピノと双葉の言葉に呼応するように静かな騒めきが広がる。賑やかだった空間にさざ波の如く沈黙が広がる。それも当然だ、明らかに異様な影がビルの間を飛び跳ねているのだから。
人の形をした影、異常に長い右腕、全身黒の装い、顔には骸の仮面が縫い付けられている。全身が暗い靄に包まれていて只管に不気味だ。
肉体を機械化した人間も多いこの街だが、それでもこの見た目は異様に過ぎる。
「……ん? なんだアレ凄いパルクールだな。鳴神、お前んとこのパフォーマーか?
『サンフラワーストリート』がアーティストやらパフォーマーやら沢山抱えてんのは知ってたが、あんな奴もいたとは知らなかったぞ」
「今制御で忙しいんだが……あん? あの黒い奴か? 俺は知らんぞあんな奴。
しかし何というか、パントマイムやマジックならともかく、パルクールに髑髏の仮面ってのはセンスねえな」
>>337
周囲が静かになる中、二人だけは相も変わらずのんきな会話を繰り広げる、龍の体勢を立て直しながら。
何故そこまで余裕なのか? 己の強さを自覚しているからだ。例え襲われようとも普通の人間相手に遅れは取らない……そう、普通の人間相手なら。
「ガハハハハ! 確かにそうだ……ッ!?」
余裕の笑いをしていたケリンの背後に例の人影が突如現れる。確かに油断していたが背後を取られる程では無かった筈。相当な手練れだ。
そもそも空を飛ぶ龍の背に飛び乗れること自体可笑しい。英霊の二人ですら、足を縄で固定して振り落とされない様にしてると言うのに。
背後に立った影はナイフでケリンの首を搔っ切ろうとしている───最も、それを許す程ケリンは弱くないが。
「嘗めんなよオイ」
咄嗟に取り出した拳銃を───撃たず背後に投げつける。スキルで爆弾に変えて。
銃を撃つ、と言う行為には『狙いを付け引き金を引く』プロセスが必要だが、投げつけるだけなら速い。
首を落とそうとしていた影にすんでの所で拳銃が接触し爆発する。手練れの影もこれには堪らずよろめく。
「これで……クソッ! あんま効いてねえな」
顔に付いた煤を払い口の中に入った分は唾に溶かして吐き出す。今ので顔と手を一部火傷した、大して痛くは無いがムカつく。
>>338
至近距離で爆発した故ケリン自身もただでは済まなかったが、やらなければ殺されていた。それは仕方ない。
それより問題なのは敵が予想以上に固い事だ。爆発をモロに喰らったのにも関わらずそれ程ダメージを受けた様子が無い。コアを叩けば死ぬカカラより化け物じみている。
鳴神とケリンの二人、昨日行われた大会の後エイレーン一家の事務所にカチコミし撃退されたばかり。装備も体力もかなり消耗している。そんな状態で固い敵は正直キツイ。
「どけケリン、俺がやる」
「お前は龍の制御をしないとだろうが。墜落して地面とキスするのは御免だぜ」
ケリンは軽口を叩きながら思考を回す、目の前の敵が体制を立て直す前に。
鳴神は龍の制御で手を離せない。あいつのスキルで出した炎を動力源にするのは良いアイデアだっただが、まさかここで裏目に出るとはな。
手榴弾が一つ手持ちに有るが無意味、威力が高すぎてこの距離じゃ使えん。
俺のスキル『触れた物体を爆弾に変える能力』で爆破したい処だがアレは幾つか弱点がある。『爆弾に出来る物体の質量に上限がある』事と『爆発の威力は質量に依存し、調整出来ない』事の二つだ。普段は石や鉄くずをポッケに詰めて小回り効く様にしているが、昨日使い切ってからまだ補充してねえ。
宝具を発動すれば……無理だな、発動する際に隙が出来ちまう。発動した瞬間に首を搔っ切られるのがオチだ。
フィールドも宜しくない。転落防止のため足を縄で結んでいるから自由に動けないし、爆弾に変えられるモノが見当たらん。
兎にも角にも決定打が無い、どうしたもんか、戦いが長引いて龍が墜落しようもんならペシャンコに……それだ!!
閃きを得たケリンは指を鳴らす、顔が歪むほど強烈な笑みを浮かべて。
>>339
「おい鳴神ィ! 炎上駆動の出力MAXにしろ!!」
「あぁ!? な事して何の意味が「説明してる時間はねえ! 影野郎をぶっ飛ばす為だとっととやれ!」
「……チッ、しくったら許さんからな!」
鳴神は舌打ちしながらも言われた通りに出力を上げる。機械仕掛けの龍のエンジンに過剰量の炎が行き渡り烈しく駆動させる。赤熱させる。煌々と。
例え友人からの物であっても頭ごなしの命令に従うのは癪だが、盾突いてきた影野郎を潰す為なら仕方ない。ありったけの炎を供給してやろう。
「……!?」
上下左右360度、龍は縦横無尽に飛び回り始める、ジェットコースターの様な速度で。そうなれば影はマトモに立っていられない、強烈なGに振り落とされてゆく。だがケリンと鳴神は縄で足を固定しているから振り落とされる事は無い。
高い所から落ちればどんなに硬くても無事じゃすまない。あのしぶとさじゃ死にはしないだろうが。
「グゥぅあアア!!」
───だが敵もさる者。異様に長い右腕で龍の体にしがみ付き、左の手でナイフを投げつけようとしている。揺られる様は風に吹かれる枯れ葉の如く、遠心力によって肩は抜け、龍が方向転換する度に体が打ち付けられ、それでも手を離さない。
「チィッ! ……無傷で勝つのは無理か」
ここに至って初めてケリンは完全な勝利を諦めた。強烈な笑顔はそのままに目だけが笑うのを辞めた。確実に『殺す』ために。
自身の足を縛る縄に触れて爆弾に変え、即座に起爆させて縄を消し飛ばす。少なからぬ火傷を負う。
直後、猛烈なGをモロに受け吹き飛ばされそうになる、吹き飛ばされる前に影の方へ飛ぶ。
両足の靴を爆弾に変え、小爆発を伴った右足の蹴りで影を叩き落とす。右足から複雑骨折の痛み。
「コロス、コろス!」
>>340
影と共に下へ落ちる。落ちながらも手を伸ばして来る影に何処からか銃弾が飛来して邪魔をする。
大地がすぐ下に見える、幸いにも人はいない、大半は既に退避している様だ。左靴の爆発でもって落下の衝撃を殺す。殺しきれなかった落下の衝撃、両足の複雑骨折。痛すぎてもう訳が解らない。
痛む体、グシャグシャの足に力を入れて立ち、一緒に落ちた影の様子を確認する。動く様子は無い、死んだか。爆発の衝撃でかなりの落下スピードが出ていたのだ、これで生きている訳がない。
「流石に殺すつもりは無かったんだがな……まあいいか、最初に手ェ出してきたのはお前だし」
ケリンの顔にホンの一瞬後悔が浮かぶ。仕事柄何人か殺してきたが、この後味の悪さだけはどうにも消えない。多分一生消えないのだろう。
ケリンの顔から後悔が消える。どうせこれからの人生も血生臭いのだ、いちいち引き摺っていられない。
「オイオイ大丈夫かよケリン! ”俺のお陰で”勝ったとは言え、それじゃマトモに歩けねえだろ。迎え呼んで来るからそこで待ってろ!」
「おう……頼んだ!」
上から聞こえてくる鳴神の大声に、こちらも大きな声を絞り出して答える。
「……流石に疲れたぜ」
ポツリ呟く。火傷と骨折まみれの体を引き摺り壁に寄りかかる。遠巻きにこちらを見詰める民衆共を一瞥し、焦げ目の付いたマルボロを吹かす。
空を仰ぎ見れば曇り夜空が見え、耳をすませば徐々に戻り始めた喧騒が聞こえる。口に滲む血の味と匂い。爛れた肌に夜風が染みる。
「そこの銀髪少女。さっき俺が落ちてる時、影野郎へ銃を撃ったのはお前だろ? ……受け取れ、礼だ。企業の研究所からパクった最新鋭のブツだぜ」
>>341
ポケットをまさぐり、ケリンはシロに向かって手榴弾を放る。勿論ピンは刺したままで。
「ちょ、あぶな!? ピンを刺したままとは言え危ないよ! ……ま、ありがと」
「おお! カッコイイ! 底に付いてる点滅する奴とか特に!」
「点滅……? ……、……、これ盗聴器ですわね」
「ガハハッ! 俺がタダでモノ渡すわきゃねえだろ! 因みにもう一個付いてるから探しとけよ!」
シロ達のジットリとした目線の先で豪快に笑う。因みに盗聴器が二個付いていると言うのはウソだ、二つ目が見つからず慌てふためく姿が目に浮かぶ。
しかし何というか、人を簡単に信じるあの有り様を少し眩しく感じる。成りたいとは思わないが。
きっとこれからも心の底で人を信じて生きるのだろう。見知らぬ誰かを助け、見知らぬ誰かの無償の善意に助けられて生きるのだろう。だが悪の道を突き進むケリンは、金や権力を手に入れることは容易くても『無償の善意』だけは中々手に入らない。
シロの善意にお礼の品を返したのは細やかな意趣返しだ。敵対関係である己にすら向けられた『無償の善意』に対しての。
「おお、早速迎えが来たか。あばよ! ありがとな!」
早速来た迎えの車に颯爽と───とはいかないまでも、それなりにスムーズな動作で乗り込む。仮にも英霊、気合である程度はどうにかなる。
乗り込んだ数秒の後に車が発進する。窓から見える景色がゆっくりと流れていく。
>>342
「…………」
街の景色を見ていると昔を思い出す。記憶喪失の状態で街に放り出されたあの頃を。
あの頃は食う物も無く、仲間も頼れる人も誰一人おらず惨めだった。それが嫌で、奪う側に回りたくて悪の道を突っ走った。そこに後悔は無い───だが、自分が記憶喪失する前は何をしていたのだろうかと、そんな事を度々考えてしまう。
ケリンを乗せた車はただ走る、目的地に向かって。
>>343
深夜11時。あの後も遊びに遊んだシロ達五人は屋敷の大広間にいた。ビロードのカーテン、その隙間から夜空が見える。
本来ならもう寝る時間なのだが、セバスとエミリーたっての願いで大広間に集められていた。
「……お時間を取って頂き、ありがとう御座います」
「この度は今すぐ話すべき事があり、この様な場を設けさせて頂きました。今日出現した影についての話です」
セバスもエミリーも普段と違う顔を見せている。普段の柔和な顔では無い、戦う時の誇りに溢れた顔でも無い、只管にくたびれた顔だ。
「あの影は怪物、記憶と記録から抹消された旧い怪物です。『シャドウサーヴァント』とも呼ばれておりました」
「五十数年前、この街が出来る前の頃。まだカカラも怪物もおらず平和だった世界に突如現れ、既存の文明の大半を滅ぼした怪物で御座います。
誰もが家族を失い影に怯えて暮らしておりました。影に立ち向かった、かの無尽の英雄がいなければもっと死んでいた」
「そして五十年前、無尽の英雄が影を根絶しました、方法は解りませんが。そして影と入れ替わるように出現し始めたのがカカラです……カカラも十分に怪物ですが影に比べればマシでした。少なくとも、人類がある程度再興出来る位には」
そこまで語るとフゥと長く大きく息を吐く、一息つく。老いてなお強者であり続けた二人も今ばかりは年相応に衰えて見える。
>>344
「影の齎した被害を忘れる様に『冬木市』は『グーグルシティ』へ名を変え、あらゆる記録から影は抹消されました。そして……数十年前の事でしたかね。記憶を消す技術が生まれて、人々の記憶からも影は抹消されました」
「しかし、わたくし達を始めごく一部の人間は記憶を持ったままで御座います。万が一あの影共が復活した時、すぐさま対応できる様に」
「私もエミリーも無尽の英雄に憧れて剣を取った、肩を並べて戦った事もあります。その過程で戦う勇気や覚悟を学ばせて頂いた。ですが、ですが……それでもまだ恐ろしかった、皆様の目的を思えば万全を期す為にも語るべきだと解っていても、それでも躊躇してしまった。申し訳ございません」
皺枯れた重い声でそう言うと、二人の老人は深く頭を下げ───「あやまらなくて良いよ」
謝ろうとする二人を制す者がいた、双葉だ。
「いなくなった筈の存在がまた出てくるなんて想定できる訳ないんだから」
「ですが双葉お嬢様───」
「言わなかったことでおこった被害はなかった。だからこの話はおわり」
穏やかな声、柔らかな笑顔。旧来の友人に接するかの様な雰囲気、それでいてある種の威厳も感じる。周囲の人間は誰一人として双葉に口を出さない、口を出さずに見守っている。
確かに影の存在について語らなかったのは二人の失態だ。影の存在を知らないまま『楽園』に侵入し、そこで初めて出会おうものなら人間だと思って殺す事を躊躇していただろう。
アレは人の形をしていた、怪物だと知らなければ人間に見えるだろう、明らかな異形であるカカラと違って。それに何より、あの影は片言ながらも「殺す」と人の言葉を発していた。
>>345
では何故双葉は二人を咎めないのか。それは双葉のエゴだ。
『楽園』に行くための段取りをここまでスムーズに整えられたのは二人の力が大きい(勿論スズ、ピノ、シロ、ばあちゃるの助力もあってこそだが)。エイレーン一家との交渉の決め手になった映像『楽園の声』を取って来たのはエミリーだし、セバスの名声が無ければ『スパークリングチャット』に出されるちょっかいはもっと多かっただろう。どれ程強かろうと自分等は余所者、大多数の人間は実績しか見ない。
だからこそ双葉は、この程度の事で二人の頭を下げさせたくなかった。
それは紛れもないエゴ、我儘だ。だが双葉は二人の主だ。だから我儘で良い。
エゴも無くただ正しい判断を積み上げる君主がいたならば、それはそれは完璧な人間だろう。だが完璧な人間は孤独だ、他人の入る隙間が無いのだから。そして孤独な人間に君主は務まらない、他人に動いて貰うのが君主の役目だからだ。
「───承知致しました、双葉様。それでは影の弱点だけ申して今日はお開きにさせて頂きたく」
「影の弱点はズバリ心臓で御座います。貫けば即死、皮膚の上から衝撃を与えるだけでもそれなりに怯みます。やられる前にやる、それがコツです」
いつもの柔和な表情を浮かべてそう言うと、二人は静かに引き下がる。
「いやはや敵いませんな、どうにも」
「ですねぇ……ところでアナタ、頼んでおいたベットメイキングは済ませた?」
「……ああ、最近は忘れっぽいですな、どうにも」
遠くでセバスが頭を下げているのが見える。まあ、アレは止めなくても良いか。夫婦の話に口を挟むのは無粋だろうし。
ガリベンガーのイベント良かった、空色デイズが特に。グレンラガンとキルラキル好き、プロメア一番好き。
それはそうと、シロちゃんと馬がちょっとだけ言及してた『影の時代』の名前はシャドウサーヴァントが跋扈していた時代の名残です。
・武器もった素人の馬でもカカラが倒せた(シロちゃんのサポートとは言え)、カカラはゾンビの様に感染して増えたりする訳でも無い
・グーグルシティに比べてニーコタウンの外壁が貧弱なのにも関わらず、十分カカラを防ぐ壁として成り立っている。
・カカラがいるのに街の外に進出する人間が一定数いる
・影の時代と言う名前
辺りが一応伏線のつもりでした。
因みにこの特異点は、FGOの炎上汚染都市冬木の別世界線をイメージしてます。どうにもならなかったのがFGO世界線、現地のfate勢が色々頑張ってどうにかしたのがこの世界線って感じです。
色々の部分はまだ隠しておきますが、「影と入れ替わるように出現し始めたのがカカラ」の発言を見れば何となく察せるかもです。
細々とした裏設定
影の時代
量産型シャドウサーヴァントが人類ジェノサイドしてたヤバい時期。たった数年で文明が大体消えた。
歴史から消されるレベルでヤバい。
セバスとエミリーの名前
辛い過去と決別する為、仲間(結構前に言及した『竈馬』の事)につけて貰った名前。だから厳密に言うと本名じゃなかったりする。
魔道具屋
店名を日本訳すると「生命の巨釜」。
アインツベルン家が時代に適応した結果、店員の正体はあえて秘密。魔術で若さを保ったイリヤかもしれないし、その末裔かもしれない。
サー・レイへット
サンフラワーストリート所属のアーティスト。ホログラムの扱いを得意とし、マジックや簡単な大道芸もこなせる。
長身瘦躯を派手な服で包んだ、如何にもな見た目をしている。
浪費癖が酷く、借金をこさえまくった末にサンフラワーストリートへと転がり込んだ。
>>349
第一特異点と言えばシャドウサーヴァントみたいなとこありますから、やっぱ外せないです
>>346
次の日、屋敷の中での事。
『祭りもはや三日目! 今日は一人楽団(ワンマンオーケストラ)ことビープ・B・ビート氏による演奏が……
「ね、ねえシロちゃん。このナイフ数おおいから手入れてつだってくれない?」
「え? ……あ、ナイフの手入れね。勿論良いよ! おけまる!」
窓の外から賑やかな声が聞こえる。屋敷の中では小さな話し声が遠慮気味に反響している。日光を受けてチラチラ光る埃共が、朝の屋敷をフラフラゆらゆら気だるげに舞い落ちている。
今日の屋敷はまるで別世界だ、隔絶されている。それは何故か? 明日の戦い、『楽園』の戦いへの準備をしているからだ。外ではお祭り、中では戦闘準備。隔絶されてしまうのも当然。
双葉もシロも何処か緊張した雰囲気を漂わせている。表情が硬く、瞬きの数がいつもより多い。
「銃火器の手入れ苦手なんですよね私。分解すると毎回パーツが行方不明になるんですよ」
「あー、ちょっと解るかも。あとあれ、ちゃんと組み立てた筈なのにパーツが余る事も良くありますわ」
シロ達と違い平然と雑談を交わすスズとピノ。会話の内容が色々残念な事を除けば、如何にも熟練の戦士と言った感じだ。とは言え、流石に普段よりかは多少口数が少ないが。
「……うう。オイラ役に立てますかね? そもそも生き残れるかどうかの問題が」
「大丈夫ですよ。足さえ止めなければ大抵生き残れます」
「な、なるほど……説得力が凄いっす」
明日の事を考えて胃を痛くするばあちゃる。まあ、これが常識的な反応だろう。しかし『生き残れるか?』よりも『役に立てるか?』の疑問が先に出る辺り、非常識側へ傾き始めてるのは間違いない。
対してエミリーは自然体そのもの。彼女にとって戦いは日常の一部、今更狼狽える訳もなし。
>>351
「マイクテス、マイクテス、あずきちゃん、牛巻ちゃん、聞こえてる?」
『聞こえてるよ〜』『大丈夫ですぅ』
「明日はオペレーター頼むね」
『まっかせてよ! シロピーが惚れるぐらい頑張っちゃうぞ!』
『あずきもそれなり以上には、頑張るとしましょうか』
何事も無く一日が過ぎていく。明日に向けて。
次の日。
「ピーマン、パプリカ。留守をたのんだよ」
「任されたッパ! ……ご武運を、オーナー」
「オイラ達の生業は戦いを魅せるモノ。華の無い二流が何万人攻めてこようと追い返してやるっピ」
屋敷から出るシロ達七人を見送る二人の巨漢。スパークリングチャットの覆面スター、ピーマンとパプリカだ。
覆面に隠れて表情は見えない。だがその声色からは誇りと、押し殺した悔しさを感じる事ができる。留守を守る大役を任された誇りと、『楽園』への戦いに連れて貰えない悔しさだ。
ピーマンとパプリカは強い。だがその強さはリング上でのみ最大限発揮されるモノ、実戦においての強さは他の実力者に数歩及ばない。二人はそれを自覚している。
故に二人はその悔しさを表に出すような”ダサい”真似はしない。各々の思う”カッコイイ”振る舞いで手を振って見送る、闘技場のスターに相応しい振る舞いで。
二人の見送りを背に外へ出れば、そこにあるのは昨日までと打って変わって静かな街並み。三日間も盛大に騒げばそりゃ誰だって精魂尽き果てよう。
>>352
「…………」
屋敷の前に止まっている二台の車、『楽園』からの御迎えだ。
塗装は鏡面仕上げのパールホワイト。角張ったフォルムに角張った正面灯、フロントグリルとホイールカバーにウサギのエンブレム。マフラーなどの突起物は車体下に隠し、品の良いシンプルさを強調。
黒の革張り内装、要所要所に飴色の木材をあしらいアクセントを加えている。シートカバーには虹を模った刺繡。優雅かつ懐古的、誰が見ても高級だと解る。
同乗している二人の運転手は何も話さない、顔すら見せない。早く乗れと言わんばかりの沈黙をたてている。そこらのタクシー運転手の方が100倍愛想良いだろう。高級な車に対して何とも不釣り合いな事だ。
「右の車にピノちゃん、双葉ちゃん、セバスさんとエミリーちゃん。左の車にシロ、すずちゃん、馬で良いかなぁ?」
「わたくしは良いと思います」「それでいいよ」「御意」「お心の召すままに」「ハイ!」「了解っす」
「OK! じゃ、そう言う事で。運転手さん、短い間ですがよろしくお願いお願いします」
「…………」
シロの挨拶にも運転手達は沈黙で返す。余りの愛想の悪さに思わず苦笑が浮かぶ、白いアホ毛が気まずく揺れる。
緊迫した空気感の中、シロ達は車へと乗り込む。
>>353
(エブリカラーファクトリー製ハイエンドモデル『クレセントバニー』。押しも押されぬ最高級品ですわね。
莫大な金を納めた者だけが入る事を許される『楽園』。VIP待遇の相手を運ぶ車としては最適な選択………ですが、色々と雑ですね)
真っ先に車へと乗りこんだピノが内装を見れば、そこに在るのは座席に薄く積もった埃、そして乾いた泥のこびりついたフロアマット。後部座席に飲み物が幾つか置かれているが、その一部に開封された跡がある。隠そうとはしているが、隠蔽の度合いが素人の域を出ていない。
『楽園』にはカカラの大元があるのだから妨害工作は当然。とは言え余りにも露骨かつ稚拙すぎる。
(あちら側も相当焦っているんでしょうね。工作を仕掛ける知恵があるのは警戒に値しますが…………ま、伝える必要はありませんか。お姉ちゃん方も気づいてるっぽいですし)
それと無く周りを見れば、シロを始め幾人かが開封された跡の有る飲み物を見つめているのが解る。下手に言及して事を荒立てるメリットは無い、余計な動きは極力抑えるべきだろう。
ピノがオーロラ色の瞳をスゥと細め、そんな事を考えている内に皆は乗車を済ませる。二台の車は静かに発進する、戦場へ向けて。
凡そ一時間後。『楽園』の入り口に辿り着いた車が停車する。
「あれが……楽園の入り口っすか。想像以上に物々しいですね」
ばあちゃる達の前に聳え立つ二重の壁、見上げても見切れぬ程に高い。過剰な程に重厚な門、厚さ5mの鉄筋コンクリートを鋼鉄で覆ったモノだ。一定間隔で存在する監視塔、小銃を携帯した警備員が常に二人以上在中している。世界中の何処を探してもこれ以上厳重な場所は存在しないだろう。
>>354
グーグルシティ中央区。幾つもの高速道路や公共交通機関が合流する交通の要所であり、大企業のビルが身を寄せ合うように乱立している場所だ。しかし、中央区に存在する『楽園』の入り口周辺だけは何の建物も存在しない。法律によって、許可された者以外は『楽園』の出入り口半径500m以内に侵入してはならないことになっているからだ。
「…………」
二人の運転手が無言のまま車から降り、門の両脇に取り付けられた二つの認証装置にカードを通す。重厚な門が騒々しい音を立てて鈍重に開き始める。
鼓膜がイカレそうな程の地響き、膨大な粉塵が舞い上がる。暫しの間フロントガラスが粉塵で塞がれる。それが終われば『楽園』の中が見え始める。『楽園』の中は、閑静な住宅地だった。
似たような形の住宅が建ち並び、小さな庭には芝生や低木が植わっている。ばあちゃるが特異点に来る前の日常風景とまるで同じだ。
この風景はきっと、怪物によって壊された日常の名残なのだろう。豪華な料理に舌鼓を打ち、高級品に囲まれて生活し、万人を傅かせようと忘れられぬ、強い郷愁の現れなのだろう。ジッと瞼を閉じれば、誰かの笑い声話し声が幻聴となって聞こえて来そうだ。
莫大な金を払い手に入る生活がコレと言うのは、人によっては滑稽だと感じるかもしれない。だが、ばあちゃるはこの生活を求めた人達にむしろ共感せざるを得なかった。無かった事にされた過去を取り戻し、日常を取り戻す為に特異点へ挑むばあちゃるは、その郷愁に痛いほど共感出来てしまう。
「───」
>>355
昨日から収まらなかった緊張がウソの様に消える、いつの間にか戻ってきた運転手達が車を再度進め始める。
車のガラス越しに見える風景に人は居ない、住宅もよく見れば人の気配が無いと解る。カカラの親玉が『楽園』に居るのを考えるに、恐らく殺されてしまったのだろう。
無論100%そうと決まった訳ではない───だが、住民の生存に希望を持つのは難しい。外と隔絶された環境、人や情報の出入りが極めて少ないこの場所でわざわざ大人しくするメリットはほぼ無いのだから。
静かな怒りを込め、拳銃の撃鉄をそっと起こす。吐き出した熱い息がマスクの中に滞留する。戦いの時はすぐそこに。
.liveの全体ライブクッソ楽しみ
細々とした裏設定
『クレセントバニー』
名前の元ネタ:月ノ美兎
見た目の元ネタ:センチュリー(白)
VIP用のクッソ高級な車。後部座席にマッサージ機能とか付いてる。
怪物の被害から運よく生き残ったト〇タ幹部が頑張ってセンチュリーを再現したモノ。
ビープ・B・ビート
元ネタ:ビープ音+ビートボックス
日本人とアメリカ系黒人のハーフ。『一人楽団』の異名を持つ一流のミュージシャン。
体の一部を機械化しており、一人で様々な楽器を同時演奏可能。
音楽の腕もさることながらパフォーマンスも一流。
>>358
ずっと書きたかった所に突入出来るので、書いててかなり楽しいです
ライブマジで楽しみ、統一衣装とかワンチャン無いか期待してしまう
>>356
数十分後。
『…………』
「……おっと」
突如車が二台とも停止する、それも道のど真ん中で。生気のない住宅街の、痛いほどの静寂が辺りに満ちる。本当に静かだ、呼吸音すら響く程に。
風が吹く。辺りの庭に植えられた茂みやら低木やらがザワザワ揺れる。窓やシャッターがガタガタ震える。植物と人工物の合唱、そこに動物の音は無い。
「───アァ」
運転手が静寂を破る、後ろを振り向く。後部座席から初めて見えるその顔は確かにヒトの顔だ───しかし生気が無い。
何と言えば良いのだろうか───強いて言うならまるで良く出来た人形の様な、作り物の様な──そう作り物、紛い物の顔だ。
「─────コロス」
運転手だった怪物共の被っていた人間のガワが剝がれ落ちる。ガワの下より現われしは骸の仮面、ノッペリ黒い影の体。シャドウサーヴァント、例の影だ。
流れるような動作でナイフを取り出し、今まさに襲い掛からんと───
「やっぱそうっすよね」
「そりゃあそうでしょ。それと馬、狙うなら心臓狙わないと。一昨日教えられたでしょ?」
した影を押しとどめる二人の銃弾。ばあちゃるの拳銃弾は影の頭部に、シロの小銃弾は座席を貫通し影の心臓部に、二筋の連射がそれぞれ叩き込まれている。立ち込める硝煙と鉄の匂い、二挺の銃がけたたましく吠える。躊躇も困惑も無し、『運転手に変装した怪物』なんてありがちな策謀はとうに想定済みだ。
「グ……グゥッ!?」
「謀るな! 怪物風情が!!」
一拍遅れて獲物を呼び出したスズの追撃。魔力放出にて加速したバットによる強烈な一撃。圧倒的な一撃は影の肉体を車のフロントガラスごと豪快に吹っ飛ばす。
>>360
「グ、ウゥ…………」
影が倒れ伏す。死んではいないが、動けもしないだろう。怪物にかける情けなぞないが、無理に殺す必要もあるまい。
シロが横の車を見れば…………あちらも似たような感じだ。ピノの槍で心臓を一突きにされている、ああも鮮やかに貫かれては痛みを感じる間も無かったろう。エミリーとセバスは外の警戒、双葉はピノの背後を守っている。
ひと先ず襲撃を凌ぎ、一息『後方から高速の飛来物! 高魔力反応!! 牛巻の探査をかいくぐる高度な隠蔽! 相当な手練れによる物と思われる!』───つこうとした瞬間に牛巻からの報告。
シロの背後に迫りくる飛来物、ソレは捻じれた剣、蒼き光を纏い彗星の如く飛来する剣。なぜ剣なのか、どの様な性質の剣なのか、不明な事だらけ。だが一つ確かな事がある、アレはヤバイ。宝具に準する魔力をアレから感じる。
運転手に化けた怪物、工作された跡の有る飲み物。どちらもブラフだったのだろう、車内に意識を向けさせる為の。そうまでして差し込んだ一撃、しかもその上でシロ一人を狙い撃ちにしてきたのだ。致命的な一撃に決まっている。
「不味ッ!」
『緊急防護術式起動……強度不足ですぅ! 分散型ダメージ転移呪術………推測生存率10%………!』
油断した一瞬を完璧に狙い撃ちする一刺し。牛巻の警告が有った上でなお体が反応しない。そもそも車内だから逃げ場がない。オペレーターのあずきが手を尽くしているが焼け石に水と言った感じだ。
「お守りします!」
だが味方もさる者。いち早く飛来物に気付いたセバスとエミリーが『ボンッ!』
「グッ!? ……クソッ!」
>>361
突如起こる爆発。車内にあった飲み物が爆発したのだ。爆弾を仕掛けられていたのだろう、それ自体は想定の範囲内。威力も大したことは無く、精々ガラスの破片が幾らか刺さる程度。だがタイミングが悪すぎた。爆発によるホンの僅かな動揺が致命的な遅れを招く。
嫌になる程完璧なプラン。エミリーなどは柄にもない悪態を付いてしまう。
「───」
爆風で軌道がズレるのを嫌ってか、シロ達の車にある爆弾は起爆されていない。だがなんのプラス要素にもならない。
研ぎ澄まされた致命的な一刺しが「やらせねえっすよ!」
ソレを防ぐ者がまだいた、ばあちゃるだ。シロの体を咄嗟に押し退け、全身に硬化魔術を発動させて剣を受け止める。
「馬…………ねえ馬!」
「大丈夫」
シロは切実な声でばあちゃるに呼びかける。それに対してばあちゃるは、きっぱりと、清々しい声で『大丈夫』とただ答えた。
案の定、受け止めた腕に剣が突き刺さり、貫通を始める。ばあちゃるの全身に激痛が走る。だが声は上げない、逆に笑顔なんかを浮かべて見せる。隣にいる女の子(シロ)を安心させる為に。
ばあちゃるは多少魔術の才能に恵まれただけの一般人、ただ硬化魔術を発動させただけで受けきれる筈もない。相手が悪すぎるのだ。
理性的に考えればこんな事すべきでない。だが体が勝手に動いてしまったのだからしょうがない。
───それに、己の強みと言えばこの中途半端な硬さくらいしかない。今シロを庇うのが一番効率的に己を活かせるだろう。そんな、後付けの自嘲的な考えでばあちゃるは激痛を誤魔化す。
>>362
「お、うおおおオオオ!!」
だがしかし、剣の威力が予想以上に高い、己の腕を犠牲にすれば流石に止まるだろうと高を括っていたのだが、一切止まる気配が無い。
腕を貫通してそのまま臓器に突入しそうな感じだ。掘削機の如く回転してばあちゃるの肉体を削り進まんとしている。文字通り傷口をかき回されるような痛みだ。集中を乱され、ただでさえ未熟な硬化魔術がどうしようもなくほつれて行く。
「グゥ…………ゥアアア!!」
遂に腕が貫通される。剣が細いため腕の傷自体は大した事無い。だが胴体まで貫通されては、流石にそうも言っていられなくなる。死ぬ覚悟もしておくべきか、いずれにせよ重傷は不可避。
覚悟は決めているが、それでも痛い物は痛いし、死が怖いのは変わらない。どうしようもなく苦痛を浮かべる。
「………へ?」
───だがここで想定外の幸運が起きた。剣の軌道が不自然に逸れて、ばあちゃるの懐に入れておいた蹄鉄に弾かれた。誰のものともつかぬ間の抜けた声が小さく響く。
魔道具屋で購入した蹄鉄の効能『持ち主に幸運を与える』が発動したのだ。
「何故か無事っすよオイラ…………ハハッ」
膝から力が抜ける、変な笑いと脂汗が出る。腕がジクジクと痛む。
「馬…………ありがと」
「どういたしまして」
青い瞳に浮かべた涙を隠し、シロは端的に礼を言う。馬に肩を貸して車内を出る。言いたいことは沢山あるが、それは後で言えば良い。今はするべきことをするだけだ。
愛用の小銃を握りしめて心を切り替え、目の前の問題に対処を始める。
>>363
「すずちゃん宝具お願い、アレで移動する。ピノちゃん、双葉ちゃんの二人は周囲の警戒。
セバスさんとエミリーちゃんは、宝具発動まですずちゃんの護衛をお願い。あずきちゃんは馬の治療。治るまでシロが護衛しとく。牛巻は周囲状況の探査継続ね」
取り敢えず周囲に指示を出す、いつもより低めの声で。周囲を満遍なく見渡す。今の己はリーダー、戦意も勇気も不要、必要なのは冷静さのみ。
不意を突かれた時は醜態を晒した、ここからは名誉挽回といかせて貰おう。
「壮大なる鉄、堅牢なる巨人、雲上より降りて、牛飼いの蔦を伝い、来たれわが友、『人機の絆(タイタンフォール)』」
『召喚要請を受理、出撃します』
スズによる宝具発動。巨大な二足歩行ロボットが空より堕ちる。轟音を立て道路のアスファルトを叩き割り、盛大に舞い上がる粉塵。壮大堅牢なる鉄巨人のお出まし。
青く光るモノアイ、腕部に取り付けられたガトリング砲、近未来的なカッコ良さと機能美が同居した姿。これこそ宝具、ブイデア随一の汎用性を誇るスズの宝具だ。
「…………この剣は、やはりそう言う事なんでしょうかね」
「あの鋭さ、ニセモノって線も無いでしょう」
スズを狙って剣が飛んで来るがセバスの手によって逸らされる。不意さえ突かれなければこんな物だろう。
エミリーと共に意味深なセリフを吐いてるのが少々気になる。
『外なる者よ、祖となる物よ、骨肉へ変じさせ給う、かの者の欠落を埋めさせ賜う』
「…………」
>>364
あずきの魔術治癒。詠唱と共に半固形物質が湧き出し、瞼をプカプカと優しい方に開閉させ、規則的な胎児と共に反老人的骨肉が穴住まい、腰回りのキツイコートが結んだ肉屋とビーバーの友情を以ってクラゲの大鍋が…………ダメだ、マトモに認識出来ない。
気にはなるが怖くて聞けた試しがない。そんな感想をシロ抱く。
そんな事より、と気を取り直して次の指示を考える。
今まで来た道にカカラらしき存在は無かった、ならば進むべきは前方。しかし後方に居るであろう狙撃手も無視できない。
『周囲にカカラの「根」らしき反応が地下より多数出現! 「根」より通常カカラ生産開始!! シャドウサーヴァントの反応多数接近! 30秒後に会敵するよ!!』
動き出す戦況、考えてる時間は無い。今大事なのはスピード、正確性じゃ無い。決断の早さは時間的猶予を産み、時間的猶予は選択肢の幅を広げるのだから。
「すずちゃん、大雑把でいいから剣の飛んできた方向にミサイルお願い。発数は任せる。
皆はすずちゃんの宝具にしがみついて、移動するよ。噴気孔付近は避けるように」
一先ずの指示はこれで────「お待ち下さい」
セバスが割り込む様に発言をしてきた。
「どうか───どうか、私とエミリーめに殿を命じて頂きたく」
突拍子も無い発言。そもそもこんなタイミングでする話では無い。それはセバスも自覚しているのだろう、相当に申し訳なさそうな顔をしている。
…………だが理にかなった提案ではある、宝具に乗る人数が減ればその分機動力は上がるし、例の狙撃手の抑えになるやもしれぬ。
無論、殿を務めさせれば二人に大きな負担をかけることにもなる、最悪死ぬ。リターンは高いがリスクも高い。
>>365
提案を受けるか受けないか、難しい決断───
「解った、お願い。シロ達の為に命賭けて来て」
だが迷いはしない。何がベストかなぞ解らない、しかし迷う時間は無い。きっぱりと即座に決断を下す。
シロの返答を聞いた二人はうやうやしく首を垂れ、楽しげに息を吐く。
セバスは腕より展開した仕込み刃をツウと撫で、噛みしめるように言葉を紡ぐ。
「ワガママを聞いて下さりありがとうございます。まさか『エミヤさん』に再会出来る日が来ようとは…………本当に信じられない」
「敵としてですけどね。わたくしも血が滾りますわ、頭の血管ブチ切れそうな位に」
エミリーも似たような感じだ。両の手を強く握りしめ、その内に激しい喜びと戦意を凝集している。
待ちきれないモノを待つ興奮。あのもどかしくも愉快な感覚。誰もが一度は経験する喜び。ソレを今、あの二人は滾らせている。
きっと何か喜ぶ理由があるのだろう。わざわざ殿を務めてまでしたいことがあるのだろう。それが何なのかは解らない、解らなくて良い。
人には人の物語が有り、そこに必要もなく踏み込むは無粋。それが長く生きた人の物語ならなおさらだ。
「お願いすずちゃん」
「ええ! 機関始動、全速前進!!」
『エネルギー上昇開始、5秒後に最高速度へ到達予定』
二人を尻目にシロ達は前へと進む、スズの宝具に乗って。猛然とただ一直線に。
>>366
「───さて、仕事をこなすといたしましょうか」
遠くに消えゆくシロ達を見送ったセバス。機械の指をキシキシ鳴らす。
周囲から近付く無数の影にノスタルジーな感傷すら覚える。
「おっと」
影の手から放たれる、弾丸の如き速度のナイフを紙一重で避け続ける。
「懐かしいですわ影共め。今なお薄れぬ怒りと恐怖、恨み辛みってのはどうにも消えぬものですわね」
数十年前は飽きるほど殺した化け物共。もう戦う事は無いと思っていたが、人生解らない物だ。
セバスの前以外では決して見せぬ般若の面を浮かべ、エミリーは真っ先に近づいて来た影の心臓をブチ抜く。愛用のパイルバンカー、ついさっき装着したパイルバンカーで心臓をブチ抜いたのだ。
ああ爽快だ。地獄に叩き込んでやるぞ影共。お前らが生きていたら、殺された家族が穏やかに眠れないじゃないか。
「…………そうだな、消えぬよな」
一足先に敵へ突貫するエミリーを悲しげに見つめるセバス。
影を目前にしてセバスも怒りを感じる。エミヤさんにこれから会える喜びもあるが、それと同時に怒りも感じる。そしてその事実に悲しみすらをも感じる、恨みを忘れられぬ己に対して。
心の傷が治れども、傷を付けられた事実は変えられないのだ。結局のところ。
「殺してやる、セバス」
「私の名前を呼ぶな怪物」
「───カッ!?」
こちらに襲い掛かって来た影。長い腕、髑髏の仮面。昔と何も変わらない。すれ違いざまに首を斬り落とす。
>>367
…………さて、進撃を始めよう。眼前の敵を滅ぼし、十重二十重の陣を切り潰し、この先にいるエミヤさんに会いに行こう。かつて『無尽の英雄』として影に立ち向かったエミヤさんに会いに行こう。
死んだはずのエミヤさんが何故生き返ったのか、なぜ敵対してくるのか、何も解らない。解る事は『この先にエミヤさんが居る』ただそれだけ。
あの時、シロを狙った剣は間違いなくあの人の手によるモノだった。それは間違いない、共に戦ってきたから本物だと解る。
歓喜と怒り、二つの感情と共に戦い始める。
今回ちょっと短めです
ルルンちゃんの犬っぽい口が結構好き
それはそうと、第二特異点の方で出そうと思ってたネクロマンサーのVtuberの方が色々あって出しづらくなっちゃったので
代案のアンケートを取ろうと思います。
1.他の有名なVを代わりに使う(ネクロマンサー設定の人で)
2.作者がオリキャラを生やす
3.キャラ募集
今回は募集キャラがあった場合に限り、基本そちらを採用させて頂きます
おっつおっつ、馬ぁ!格好いいじゃねぇか!アンケだけど個人的にはバーチャルな訳だし1か3かな、バーチャルもキャラも詳しくないから他人任せだけどな!
>>370
カッコイイムーブを自然と出させられるので、馬は書いててかなり楽しいですねぇ
取り敢えず、ネクロマンサー設定のVを色々調べておきます!
>>368
時は少し巻き戻り、シロ達視点。
ゴウと吹く排気口、理知的に光るモノアイ、高速で移動するスズの宝具だ。ソレに皆が掴まっている。
体の側を通り抜ける風が酷く冷たい。人気の無い街並みが余計にそう感じさせる。
影やカカラの姿は何処にも見えない、セバスとエミリーが後ろで押しとどめているのだろう。
『前方500m先に魔力反応、高密度の神秘を観測。魔力の反応より英霊と断定、敵主力と推察されるよ』
「……」
無言の内に皆が身構える。ソゥと目を細める、瞬きをせぬように。聴覚を研ぎ澄ませる、どんな兆候も聞き逃さぬように。
『敵英霊行動を開始! 魔力の急激な上昇を確認! 何か来る!!』
牛巻からの警告。警告が来て間もなく、前方遠くに立ち昇る黒色の光柱。遠近感覚が狂う程大きな光柱。
それは禍々しく、神々しく、そして何より『死』を感じる。アレに触れたら死ぬ、問答無用で死ぬ、灰も残さず死ぬ。そんな事を確信させて来るのだ。
「………なんなんすかアレ」
「横に方向転換してすずちゃん! 今すぐ!」
余りのスケールに思わず惚けるばあちゃる。叫ぶように指示を下すシロ。
そうしている間に光柱が動き始めた、こちらに向かって倒れ始めた。遠目にはゆっくりと、近くから見れば凄まじい速度で。悍ましい程のスケールが産みだす錯覚、現実味に欠ける光景。
>>372
「ハ、ハイ!」
突如現れた巨大な力に一瞬我を失ったスズ。だがシロの声で我に返り、宝具の進路を横に動かす。脇にある路地裏に機体をねじ込む。苔むしたブロック塀や民家の壁を削り爆走する。
飛び散った破片がシロ達の身を打つが、そんな事気にしてはいられない。既に頭上近くへ死の光柱が迫っているのだから。
「全速全速、前進前進!! ヤバいヤバいよ本当にヤバい!!」
『了解、最高速度へ上昇を開始します。急激なGの増加にご注意ください』
乗る人の安全を無視した全速力。無茶な加速で機体が不穏に揺れる。死から全力で逃げる、生きるために。
『ブースター出力低下。原因、放熱機構の不調』
「ちょ、BT君! 今それなるの!?」
『故障遠因、メンテナンス不足』
「そっか! ごめんねBT君…………って、うわああ!!」
ついに光柱が大地へと触れる。
鼓膜を焦がす重低音、破壊の音。黒い極光は触れたモノ全てを焼き潰し───だがシロ達には当たらなかった。
「───当たってたらマジでヤバかったすね」
凄まじい熱量の余波が吹き付け、ばあちゃるの全身が汗ばむ。その汗はきっと熱さによるものだけではない。
後ろを振り返り身を竦ませるばあちゃる。そんな彼にシロはハンカチを渡し、話しかける。
>>373
「とっさにシロを庇う度胸があるのに、こう言う時は普通の反応するんだねぇ」
「いやまあ、アレは度胸じゃどうにもならないっす。殺虫剤を前にした羽虫のような気分でしたよハイ」
「アハハ、例えの生活感凄いねぇ」
顔の汗をぬぐいながら話す内、彼の緊張がほぐれて行く。シロはそれを確認して薄く笑みを浮かべる。
過度な緊張はパフォーマンスの低下を招く。油断は禁物だが、張り詰めてばかりでは身が持たない。
「──────」
蒼い瞳で周囲を見渡し、顎に手を当て、シロは状況の整理を始める。
まずあの光柱について。
威力は凄まじいが発動に時間がかかるようだ。牛巻曰く相手は英霊、宝具による攻撃とみて間違いない。
次にカカラの大元が存在する場所について。
あの凄まじい一撃を放てる英霊、恐らく伝説由来。
カカラの大元が『楔』を所持しており、ソレの力を用いて怪物の生産を行っている、と言うのがピノの考察。
そこから考えるに敵方の英霊への魔力供給も『楔』で行っているのだろう。
魔力供給はマスターと英霊の距離が離れるほど難しくなる。あれ程の宝具だ、必要な魔力も尋常ではあるまい。カカラの大元は英霊の近くにいる可能性が高いだろう。
…………ただ、どうやって英霊を従えたのか不明だし、牛巻の探査に未だ引っかからないのも気になる。油断はできない。
>>374
思考を続けるシロの耳に、ふと会話が入ってくる。
「すずお姉ちゃん、宝具は大丈夫ですか?」
「ん〜、ちょっとヤバいかも。次同じの来たら…………気合で避けるしかないですね。ハハハ」
「もう、笑ってる場合ですかそれ」
「のんきだなぁすずちゃんは」
呆気からんと笑うスズ。呆れ顔のピノに双葉。緊張も油断も見受けられない。
───宝具は不調だが、三人はさほど動揺していない。心さえ折れなければ大抵の窮地はどうになる、良い兆候だ。
「牛巻ちゃん、カカラの大元、若しくは『楔』らしき反応はある?」
『…………ないね。ここまで来て反応が無いとなると、自身に高度な隠蔽を施しているか、もしくは地中深くに潜んでるかのどっちかだと思うよ。
ただ牛巻の見解を述べさせてもらうとね、後者の可能性は低いと思うんだ。地中と言う物理的に手出しされにくい安全圏にいて、こうまで躍起になって妨害する理由はないから』
「なるほどねぇ。近づかれたら困るから妨害を繰り返していると。ありがとう、参考になったよ牛巻ちゃん」
こっちから手出しできる場所にカカラの大元が存在する可能性が高い。スズの宝具は不調、次避けるのは厳しい。士気はいまだ軒昂───打つべき手は決まった。
「──────」
>>375
拳を胸に当て、シロは祈る。瞼を閉じ、思いつく限りの神を脳裏に浮かべる。そして短く、敬虔に、何度も祈る。上手く行きますようにと。
過去を回想する。生活と復興の温かみに満ちたニーコタウン、発展しつつも何処か人間味に満ちたグーグルシティ───そして故郷。どこも命を賭して守るべき場所だ。
祈りと回想を終え瞼を開く。カラカラになった唇を濡らし、小さく息を吸う。
「───すずちゃん。今出せる限りの速度でさっき光が出た場所、敵英霊へ向かって」
幼げな顔を薄く薄く歪めて指示を出す。
敵英霊への突貫、これは賭けだ。敵英霊が対処出来ない程強ければ終わり。正直分が悪い。
だがそれ以外に打てる手がない。カカラの大元が敵英霊近くにいる可能性が高い以上、接近しなければ始まらない。今は高いリスクを背負ってでもリターンを取りに行くべき場面だ。
「……」
僅かな沈黙、シロは上目遣い気味にスズの反応を伺う。
きっと、知恵の回る者ならもっと素晴らしい作戦を立てられるのだろう。だがシロにはこれが精いっぱいだ。
仲間の命を背負う覚悟はある。だがソレに相応しい能力まであるかと言うと…………正直自信がない。確かにシロは英霊だ、能力は高く条件さえ満たせば宝具も最強クラス。だがそれは条件を満たせばの話、安定感はない。
英霊という強者達の内での凡人、それがシロの自己評価。
リーダーを任されているけど、ぶっちゃけ他に適した人がいると思ってる。自分が命を賭ける分には良いが、仲間を巻き込んだ決断をする時は胃が痛む。
シロはそう言う意味でばあちゃるに似ている。心の中に恐れを飼っている所が似ている。
「…………」
>>376
スズの大きな背中はいつもと変わらない。彼女の背中は何も語らない。シロはだんだんと不安に──────『ガコン』、音が鳴る。何事かと思ったシロが周囲を見れば、スズの宝具が方向転換を始めているのが判る。
「もちろんですよ。とっとと近づいてぶっっ飛ばしてやりますよ、私の手で」
不敵に答えるスズ、眼鏡越しに見える若緑色の瞳に宿るは──信頼。
シロさんの命令なら大丈夫、この人になら命を預けられる。そういった信頼だ。
───シロは決して恐れを知らぬ勇者ではない。恐れを知ったうえで決断出来る、賢い勇者だ。だからこそスズも全幅の信頼を置いている。
「行きましょう」
スズは眼鏡をクイと持ち上げ、光の襲ってきた方を見据える。
先程まで静かな街並みだった場所に、破壊の溝が深く横たわっている。
凄まじい熱量によって一部ガラス化したその溝は相当に通り易そうだ…………ここを通るのが良いだろう。
「よっっと…………あ、BT君のパーツ落ちた。まあいいや」
「ちょと、だいじょうぶなの?」
「大丈夫ですよ双葉さん。見た目は機械でも中身は宝具なので、余程ヤバい壊れ方しない限り走りはします」
『推奨、丁寧な走行』
>>377
風をきりシロ達は進む。黒焦げた溝を進む。溝は緩く上へと傾斜を描く、どうやらこの先は丘になっている様だ。家屋は徐々に数を減らし、代わりに木々が増える。
シロ達は進む。遠くに見え始める寺。寺には立派な門があり、その前にポツリと誰かが陣取っている。あれが敵英霊だろう。
進む。点の様に小さかったそれは徐々に大きくなり、人の形を取り始める。
進む。顔が見える、凛とした女性の顔だ。無機質に完成された美しい顔。鎧に包まれた肉体。騎士、あれは女騎士だ。
近付く。騎士が手に持つ剣が見える。どす黒い剣、血管のような赤いラインが走った禍々しい剣。
寺の門前で止まる。目の前の騎士が口を開く。
「私の名前はアルトリア・ペンドラゴン。先程の奇襲は申し訳なかった」
アルトリアはそう言うと、剣を正眼に構える。
「そして重ねてお詫びしよう。私はあなた達を殺さなければならない、悪しき事の為に。申し訳ない」
疲れた覇気のない声、諦めと苦痛に錆びついた声だ。剣を振り上げるそのぎこちない動きは、何かに抗っているかのよう。
だが覇気が無かろうと、ぎこちなかろうと、それでもその華奢な肉体から悍ましい程の威圧感を感じる。
「…………行くぞ」
春休みが終わって大分バタバタしてました、、、、星物語良かった、馬のガチ歌って初めてな気がする
第一特異点はアルトリア&エミヤの原作勢が事実上のラスボスです
遠坂凛さんには第二特異点の方でちょっとだけ重要な立ち位置になる予定です
流石に万全の状態だと勝ち目ないので、操られ&やる気なし&微妙に反抗状態&風王結界なし、のナーフをしました
アルトリアの宝具、エクスカリバーは原作だと『剣を振る→レーザー出る』なのですが、色々な都合で『レーザー出る→剣を振る』に改変しちゃいました、、、、、何の予兆もなくブッパされたらどうあがいても無理ゲーなので
それと、ネクロマンサーの件ですが、fate作品の中でもかなり性格上位に入る獅子GOさんを代役にしようと思います
>>380
見れるのは今日までなので、何度も見て思い出に刻んでおく予定です
fate勢もV勢も互いに格を落とさない決着を考えてあるのでお楽しみください!
>>378
人の手を離れた山寺。古びた寺門は閉じており中は見えない。朽ち果てた石段、参拝道であった頃の名残だろうか。寒々しくも美しい静謐、そんな光景を台無しにする破壊痕、痛々しい巨大な溝。
ソレを作り上げたアルトリアが、剣を振るわんとしている。破壊の為に。
『…………』
「名は聞かぬ。聞く資格が私にないのでな」
アルトリアの魔力が場を満たす。それは赤黒く、それは火のように荒れ狂って、それは──────「長々話して、随分余裕がありますわね」
首を狙った槍がアルトリアに迫る。ピノによるものだ。己の小さい体躯と地形の傾斜を生かし、限界まで身を屈めて接近する事で実現せしめた、真正面からの不意打ち。
「ほぅ」
『………、………』
だが敵もさるもの、鎧の肩で決死の一撃を逸ら「あなたは強い。だけど勝つ!」
スズの豪快なスイングが胴体をぶっ叩く。だが、
「ッ!?」
「事を急いたな。踏み込みが甘い」
アルトリアの鎧が攻撃を弾く。反動でスズの手が痺れる、その凄まじい硬さに。
スズの瞳が驚愕に揺れる。無傷で受け止める硬さ、そして目の前の攻撃を即座に『効かない』と判断するその胆力に。
だが、アルトリアがどれ程強かろうと数の利はシロ達にある。それに突破手段もないわけではない。
>>382
『………』
「カバーお願いします!」
「了解!」
後ろに飛びのいたスズ。間髪入れず差し込まれるピノの連撃。止まることなく舞の如く振るわれる槍、その全てが敵の死に繋がる。優雅苛烈な槍技でもって相手を攻めに転じさせない。
「良い業だ…………!」
対して、堅牢たるアルトリアの剣技、さながら要塞。緩急をつけて縦横無尽に繰り出される槍に最適解を返し続ける。そこに疲労や焦りは一切ない。
ピノの僅かな隙を埋めて来る石礫、スズの投げた礫。当然それも敵を傷つけるに至らない。
(アルトリア・ペンドラゴン。アーサー王伝説の主人公、騎士王でしたっけ。そりゃ強い筈ですよ)
─────スズは思考を回す。
英霊とは過去に名をはせた英雄の写し身、それを使い魔にして使役したものがサーヴァントだ。未来からの英霊である私達など例外はいるものの、それら例外は極小数と言える。
ここで大事なのは、英霊の能力が元になった人物の逸話によって決まる、と言う事だ。そしてそれは弱点にもなり得る。英霊は、己の死因となったモノに対して極めて弱いのだ。
今回敵として立ちはだかって来たアルトリア、彼女はカムランの戦いで生を終えた。その戦いの結末は『裏切者モードレッドと相打ち』と言うもの。
早い話、アルトリアは裏切りに対して弱い。まあ、今は役に立ちそうもない弱点だ。
だが死因だけが弱点になる訳ではない。伝説を紐解けば相手の思考回路、そして有効な騙し方も見えてくるのだから。
アルトリアの性格は騎士そのもの。わざわざ名乗りを上げる程の筋金入りだ。この性格なら、シロさんの作戦もまず決るだろう。
>>383
『………作戦開始』
「了解」
シロから合図が届く。作戦内容は既に伝達されている、密かに。
ブイデア本部と現地を繋ぐ通信機能。アレを応用することでお互いの意志をテレパシーとして伝達出来るのだ。
これはローカル通信の様なもので、少し距離が離れると出来なくなる上、やたらとノイズが入りやすい。
だが相手から会話内容を隠せるのは大きなメリットだ。
「そうらっ!」
「……何だ、その動きは?」
ピノの動きが変わる。今までの槍舞に、足技や柄による殴打が混ざり始めたのだ。アルトリアは眉をひそめて怪訝な困惑を示す。
そこに術理はなく、一分と絶たず討ち取られるだろう─────だがそれで充分。相手を困惑されられれば。
第一段階終了。
「よしっ! 今のうちに門をこじ開ける!!」
アルトリアが困惑したのを見届け、スズは寺門へ走り出す。
「……そうか、気づいていたか」
「ここまで近づけば解りますよそりゃ! 門の先に居るんでしょ? カカラの大元」
───そもそも『カカラの根絶&カカラの大元が所持すると見られる楔の奪取』が目標なのだ、アルトリアの撃破は勝利に必要ない。
シロの考察通り大元はアルトリアの傍に居た。
高度な隠蔽を自身に施し、目の前の山寺に引きこもっている。それを牛巻が先ほど察知した。
大元を潰せばそれで終わり───しかし、それを許す程アルトリアは弱くない。
>>384
「なるほど、良い………グッ!? 怪物め、無駄口すら咎めるか。つくづく余裕がありませんね」
アルトリアは地面を蹴る。大地を割り轟音を立て彼女の体は前方へ飛ぶ。
凄まじい速度、残像すら残さない。これでは、スズが寺門をこじ開ける前に追いついてしまうだろう。
───第二段階終了。
「気持ちいいですねぇ。ここまで決ると。BT君、三人をお願い」
一秒と掛らずスズに肉迫したアルトリア、その背後より鳴り響くは重機械音。
アルトリアが後ろを振り向けば、スズの宝具が誰かを山寺の中に投げ飛ばそうとしてるのが見えた。
(素晴らしい。私に仕掛けてきた二人はオトリ、残りの三人が本命か! ……これなら、これならきっと…………)
振り返りざまの裏拳でスズを弾き飛ばし、全霊の魔力でもって身体能力をブーストし、駆ける。力強く、軽やかに駆ける。薄紅の頬に笑みを浮かべて。
寸毫の後にアルトリアは、投げ飛ばされる直前のシロとばあちゃるに──────「なっ!? 二人しかいない? 残りの1人は─────!」
「事を急きましたね。踏み込みが甘いですよ」
先ほど殴り飛ばしたスズの武器がこちらに飛んできた。
破れかぶれの雑な投擲、とは言え鎧のない所に当たればタダじゃ済まない。飛んで来たソレを剣で弾く。
第三段階完了。
「────ガハッ」
アルトリアの背後より閃く白刃。今の今まで潜伏していた双葉による、首を狙ったナイフの一振り。
飛来物を剣で弾いた一瞬の隙。無数の駆け引きを叩きつけて判断力を飽和させ、作り上げた一瞬の隙。シロ達の作戦は全てこの一瞬の為にあった。
───確かにアルトリアを倒す必要はない、だが放置も出来ない。放置するには余りにも強すぎる。
>>385
「作戦かんりょう」
アルトリアの首より夥しい血が吹き出す。切断にまでは至らなかったが、これ程の出血なら5分と掛らず死に至る。
だが──
「オオオオオァァァ!!!」
アルトリアは止まらない。彼女は英雄、その名高きアーサー王伝説の主人公。首を切られた程度では止まれぬ。
「行くぞ!」
「ちょ、うわあああぁぁぁ!?」
スズの宝具を両断し、シロとばあちゃるを山寺に投げ飛ばし送り込む。
動揺の声を上げ飛んでゆく二人を見送る。
「…………やってくれましたわね」
ピノが忌々しげに呟く。
山寺に突入しようとする動きは全て欺瞞。ハナから、アルトリアの撃破に5人全員を宛てるつもりでいた。
それに気付いたアルトリアは逆にブラフを利用。スズの宝具を壊した上で、シロ達を分断せしめた。
致命傷を受けた彼女はもうじき死ぬ、それは確定事項。そして、そうなれば5人全員がカカラの大元と対峙することになる。ソレを避けるための行動だ。
「………ああ、そうだ。やってやった」
───と、言う風にアルトリアは己を騙した。普通に二人を叩き斬ればソレで済むところを、屁理屈付けて『投げ飛ばす』などと言う非合理的行動をやってのけたのだ。
操られの身たるアルトリアは、常に自身の思う最適解しか取れない。だから自分を騙す必要があった、そしてソレをやってのけた。
>>386
ほんの一時、瞼を閉じて過去を思い返す。
─────あの老醜、『蔵硯』の成れの果てに召喚され、長いこと経つ。
契約で縛られ、門番として長いこと苦役に従事した。
精神はそのままに体を操られる屈辱を受け続けた。
いくら心が拒もうと、体に染み付いた絶人の剣技が侵入者を斬り裂いた。
そうしてまた門番を続けた。
繰り返し繰り返し、終わらぬ苦痛。ソレにやっと反抗をなした。些細な裏切り、きっと誰にも解らぬだろう。だがそれでよい、結果としてアレが死ねばそれでよい。
─────怪物よ、老醜なる怪物よ。お前の元に終りが来たぞ、震えて目せ。
重い体に力を入れ、己を出し抜いた強者達に名乗りを上げる。
「改めて名乗ろう。我が名はアルトリア・ペンドラゴン」
体から血と熱が抜けてゆく。死の気配を感じながら言葉を紡ぐ。
「そしてどうか、卿らの名を教えてはくれまいか」
それは一度アルトリアが拒否した事だ。奇妙な申し出に三人は顔を見合わせ、僅かな逡巡の後に口を開く。
「…………カルロ・ピノ」「北上双葉」「神楽すず」
三人の声は穏やかで、そして厳か──────これは、そうか。死する者への、手向けの声だ。
なんと優しい者達だろう。今すぐにでも仲間を助けに行きたいだろうに、それでも敗者への情けを優先するとは。
だが、それは酷い勘違いだ。決して、冥途の土産に名を聞いたわけでは無い。
「そうか、良い名だ…………我が魂に刻んでおこう」
>>387
手を抜いたまま死ぬ事など出来ぬ。己が理性は『このまま死んで道を開けてやれ』と叫ぶが、そんな事は出来ぬ。我が身に沁みついた騎士の誇りがソレを許さないのだから。
巨人殺し、龍殺し、聖剣の担い手、騎士王、ブリテンの救世主、円卓の主──────数々の勇名、その所以をしばし御覧あれ。
アルトリアは短く息を吐き、己の意志で剣を構えた。肉体と意志が噛みあう感触、久方ぶりのソレに薄く笑みを浮かべる。
「──────ッ!」
ピノ、双葉、スズ、三人の本能が同時に警鐘を鳴らす。
命の刻限は刻一刻と減り行き、膨大であった魔力は今や矮小と化している。だがどうしてだろうか、三人の本能は目の前の半死人を、今までとは比べ物にならぬ強敵として認識している。
「オオアアア!!」
最早言葉は要らない。裂帛の気合いを込めた踏み込みと共に剣を振るう。
「ぬっ、グッ!?」
双葉は両手のナイフで持って応戦するが、完全に押されている。剣速は決して速くない、が何故か対応出来ないのだ。全ての攻撃に対して認識が一拍遅れる。
技の起こり、人はこの瞬間攻撃に意識が集中し、無防備になる。視線、呼吸、重心のブレ、僅かな兆候からその瞬間を読み、狙う。アルトリアはこれを行っていた。
──────北上双葉。チャンスが来るまで一瞬たりとも殺気を漏らさぬその忍耐力、誠に素晴らしい。だが正面戦闘はやや不得手な様だ。
大上段からの唐竹割りを受け止めて体勢が崩れた所に、蹴りを入れる。剣の対処で既に精いっぱいだった双葉はソレをあっさり喰らってしまう。
「シッ!」
割り込む様に突き出されるピノの槍。彼女の動きは鋭く、そして堅実だ。何が有ってもこちらの間合いに入ろうとはせず、槍が得意とする中距離に徹している。
>>388
槍の弱点である遠心力の過大さを動きを止めない事で克服。小柄な体躯と言う弱点に対し、間合いの長い槍を使うことで『的が小さい』と言う長所を強調してのけた。感嘆に値する。
だが──────
「ハァ!」
────筋力が少々足りないのは頂けない。突き出された穂先を叩き落とす。
剣を振るう腕を脱力させ、相手の獲物と接触する瞬間に力を込める。筋肉の収縮によって生まれる、ごく一瞬の加速。その加速を用いて武器を叩き落とす業だ。
力の強い相手には通じないが、そうでなければ良く通る。
「やらせるかぁ!!」
武器を落としたピノを掴んで引き下げ、スズが前に出てくる。
岩すら砕くスズのフルスイング。一撃でも当たれば、今度こそアルトリアを倒せるだろう。
──────彼女も素晴らしい戦士だ。己の強さへの確固たる信頼、それ故全ての攻撃に躊躇いが無い。
「ハガッ!?」
スズの懐に潜り込み、彼女自身の力を用いて投げ飛ばす。放り投げられたスズの体は、石段へと強かに打ち付けられる。
─────躊躇いが無いのは良いが、重心の移動が少々ぎこちない。闘争心が体を追い越してしまっている。これでは簡単に投げ飛ばせてしまう、こうやって。
そのままスズに追撃を入れ「ゴフッ…………」
ようとした瞬間、アルトリアの身体から突如力が抜ける。どす黒い血が口元から溢れだす。
「──────」
4、5歩後ろに下がり、口を抑える。
もう終わりなのか。嗚呼、これではダメだ──────こんな剣ではダメだ。黒く、禍々しい剣。門番を務めた長い年月、その間に多くの罪なき者の血を吸い、堕ちたこの剣では、あの強者達に相応しくない。
嗚呼無念──────「!!」
>>389
突如アルトリアに魔力が供給される。どうやら少しでも長く足止めさせる為、怪物の主様が魔力をくれた様だ──────これは何とも好都合。
戦いへの衝動、騎士の衝動がやおら煌々と燃え上がる。
「ハアアアアア!!!!!」
湧き上がる衝動のままに、己が剣をへし折る。折った剣を全霊の魔力で燃やし、溶かし、整形し、打ち直す。
ソレは己が伝説の再現。折れたカリバーンを打ち直し、聖剣エクスカリバーを作り上げた、伝説の一幕。その再現を今ここで行ったのだ。
「…………これで最後だ」
美しき蒼の柄、研ぎ澄まされた刃、全体にあしらわれた金細工は王権の現れ。これぞ聖剣エクスカリバー。
──────自身の霊基が崩壊を始めた。聖剣をその場で作り出す無茶、それが決め手になったようだ。
己が消えゆく虚脱感の中アルトリアは聖剣を振るい、凛とした声で叫ぶ。
「───束ねるは星の息吹、輝ける命の奔流。受けるが良い!─────『エクスカリバー』!!」
聖剣より放たれるはエネルギーの大奔流、星のエーテルそのもの。黄金の光を放つソレは、通過した遍くを破壊しながら三人に迫る。
「受けてやるもんか!」
双葉はスキル『植物操作』でもって宝具の迎撃を試みる。四方八方から生え伸びたツタが奔流を阻み──────すぐさま消し飛んだ。
「うわっ、まじか」
「黒々煌々、千万億万の我が兵よ、我が元に集え、空裂く羽にて軍歌を鳴らせ、節持つ足にて軍靴を刻め『億万蟲軍 大黒津波』」
>>390
続けてピノが宝具を発動する。
何処からともなくハエがアリがシロアリが蟷螂がクモが蜂が蝶が虫が虫が虫が虫が虫が幾万の羽音を刻み重ね、幾億の節足を踏み鳴らして馳せ参ずる。膨大な数の群れ、大地を黒くガサガサと塗りつぶす黒津波。これぞピノが宝具『億万蟲軍 大黒津波』。
──────膨大な数の虫を操る強力な宝具。ピノはこれの使用を好まない。蟲の制御が非常に困難である上、宝具の使用にかなりの代償を必要とするからだ。
だが、この状況で贅沢は言えない。
「行け、わたくしの虫さん達」
膨大な数の虫が黒き濁流となって奔り、黄金の奔流へと身を投じる。奔流を止める為に、ピノの為に。
甲殻が灰へ変じ、六本八本の脚が何本欠けようとその動きは止まらぬ。先頭の虫が死ねば、後続が先頭を踏み越えて先へと進む。
────しかし、徐々にだが、蟲の軍勢が、黄金の奔流に押され始める。相手の出力が高すぎるのだ。
「─────あぁ」
これをどうにか打開できないか、ピノは思考を回し────直後『不可能』と言う結論に至る。手持ちの切り札は吐ききった。避ける余力もない。
嗚呼、ここまで来て相打ちか。口惜しい、悔しいな──────だが、あんなに綺麗な光、黄金色の奔流に飲まれて死ぬなら中々悪くない。
走馬灯が巡る脳内、遅延する体感時間。死を確信したピノは諸手を広げて光を迎え入れ「お願いBT君! 皆を守って!」『了解』
スズの宝具──────大型二足歩行兵器、BTが前に出る。鉄の巨体から火花を散らしながら。
────────────有り得ない。スズの宝具は、アルトリアに両断された筈なのに。動くはずが無いのに。
>>391
「なんで…………」
「魔力供給による修理、宝具が持つ逸話の再現──────色々理屈は付けられますけど、要は気合と友情の賜物ですよ」
スズの言葉を聞いてか、BTのモノアイが頷くように明滅し、その直後光に飲まれる。
『──────』
鉄の巨体は紅く融解し、一部は蒸発した。もう原型は殆ど無い──────だが、守り切った。己が身を崩壊させても守り切った。
『損耗率95%、長期休暇を要請します』
そしてちゃっかり生き残ってもいる。流石機械、コアさえ無事なら他がどうなっても問題は無い様だ。
「…………流石、だ。聖剣の一撃を、凌ぐか」
そして、聖剣を打ち放ったアルトリア。全力を出し切った彼女は消える寸前、いや消える最中だ。
足は既に消滅し、腰から上へと消滅が進行している。後十秒もすれば完全に消えるだろう。
アルトリアは薄れゆく顔に称賛の笑みを浮かべ、擦れた声を張り上げる。
「強き者らよ…………これを、受け取れ。我が聖剣を託そう」
聖剣に付いた血を拭きとり、鞘に納める。崩壊し、拡散し、消えゆく己が魔力を聖剣の中へ注ぎ込む。
>>392
「急造ゆえ、一度振るえば壊れる。賢く使うが良い」
心地の良い風が頬を撫でる。山の木々が豊かに騒めいて、落ち葉が一枚こちらに─────────────────ああ士郎、貴方もそこに居るのですか。私もお供しましょう。
アルトリアが最期に感じたモノ。それはひんやりと優しい若落ち葉の感触、愉快な満足感、そして古い思い人の姿だった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「まったく……勝った気がしませんわ」
「とちゅうから、物凄くつよかったもんね」
「まあ、聖剣なんか託してくれたぐらいだし、こちらの勝ちって事で良いと思いますよ」
その場でへたり込む三人。シロ達を助けに行きたい気持ちはあるが、流石にもう戦えない。体力も魔力も全部出し切った。
それにピノがまだ、宝具の代償を支払っていない。
「ほら、飲みなさい」
ピノは己に槍を突き刺し、流れ出た血を虫達に与えた。虫は血に群がって我先にと啜り出す。
>>393
───武士が領地を求めるように、騎士が叙勲を求めるように、ピノの虫も献身に見返りを求める。
主従関係とは、主から与えるモノがあって初めて成り立つ関係だ。故にピノは代償の存在に納得している。しかしそれはそれとして、代償が重いのは確かなのでピノは宝具の使用を好まない。
「…………さて、どうしましょうか」
「さすがにもう余力がないかなぁ」
「加勢するにしても、体力と魔力を回復させてから、ですかね」
アルトリアが遺した聖剣を手に持ち、遠い空を眺める。今日の空は薄曇り、あの雲を抜ければきっと、さぞや綺麗な雲海が見える事だろう。
死した人の魂は天へと帰るそうだが、英霊の魂に帰る場所はあるのだろうか──────そんな事を考えている内に瞼は閉じ、深い眠りへと誘われていった。
シロちゃんのメン限良かった、、、、
英雄が死の間際に自分を取り戻す系展開が好き
首切られてからの動きは、宝具周り以外は現実でもある程度再現可能だけど、ある程度の技巧が無いと出来ない動きだったりします
ちなみに、アルトリアが意識そのままなのはカカラ側にあんま余力が無いせいだったり
おっつおっつ、熱い戦いでしたな!(ピノ様の宝具とオベロンの宝具同時にしたらヤバいだろうなとか考えてたのは内緒)最近までやってたイベの水怪クライシスのダゴンの間違った信仰により姿が変えられたって話でVにも通ずるものを感じてた。ようは偏見よね。
>>396
そうですねぇ、、、、、『無辜の怪物』を始め、偏見由来のスキルは碌なもんじゃありませんし
この先、ちょこっと変わり種のストーリーテリングを予定しているので、お楽しみ頂けたら幸いです。
>>394
[急募]蟷螂と蜜蜂の排除方法を考えるスレ
1:スレ主
助けて、目を付けられた
2:名無しさん
>>1
諦めろ
4:名無しさん
無慈悲で草
5:名無しさん
でも実際そう
あいつら割と脳筋だからハメるのは簡単だけど、何やっても生き延びてお礼参りに来るんだもの
燃料満載したトラックで激突されても死なないって最早ギャグだろ
6:スレ主
そんなこと言わずに助けて下され、、、、、
既に幹部が何人も音信不通になってて士気ガタガタなんじゃ
7:名無しさん
草
8:名無しさん
もう終わりだよその組織
9:名無しさん
>>1
そもそもスレ主はどういう役職なん?
それ次第で出来ること大分変わると思うが
10:スレ主
>>8
麻薬事業の部門長
11:名無しさん
普通に上級幹部で麻生える
12:名無しさん
あほくさ
13:名無しさん
最近壊滅気味の組織、、、、『blue-faced』辺りか?
裏ビデオと個人情報売買が主なシノギで、元はハッカー集団だったとこ。
15:スレ主
そうそこ! まあ最近は落ち目なんですけどねww
頭キレる幹部は早々にどっか行っちゃったよ
ちなワイが部門長なのも、上級幹部が消えて繰り上がったからやで
元は麻薬事業の警備責任者や
16:名無しさん
クォレは麻薬部門にまるまる夜逃げされましたね、、、、
スレ主は体の良いスケープゴートかな
>>398
17:名無しさん
もう終わりだよ(二度目)
それはそうと(唐突)スレ主のスペック開示よろ
18:スレ主
>>16
イグザクトリー、正直泣きそう
>>17
ええで、ほい
性別:男
年齢:24
改造済み部位:眼球(弾道補正モジュール)、脚部(強化義足、電磁式)、腕部(仕込みレールガン)
脳(体感時間加速装置)、皮膚(アラミド繊維による防刃強化)
愛用武器:レッドレンズ(装弾数12発、セミオート式ショットガン)
19:名無しさん
元警備担当なだけあってほぼフル改造、殺意が凄E
なお例のジジババ二人には通じん模様
20:名無しさん
残酷な現実を押し付けるのは辞めろ
21:名無しさん
蟷螂(セバス)
性別:男
年齢:60代
改造済み部位:脳を除いた全身、武装は仕込み刃のみだと推察される
愛用武器:上記の仕込み刃
蜜蜂(エミリー)
性別:女
年齢:60代
改造済み部位:(恐らく)無し
愛用武器:パイルバンカー
特記事項:老化による身体能力の低下が見られる
うん(カタログスペックだけ見れば)普通だな!
22:名無しさん
なおry
23:スレ主
取り敢えず、策略or政治的圧力でどうにかする手段が欲しい
24:名無しさん
策略なあ、、、、結局一時しのぎにしかならんのよなぁ
そもそも何で目ぇ付けられたんや? ここ数年は異常に大人しくなっていた筈だが
>>399
25:スレ主
ウチのハッカーチームが先走って『スパークリングチャット』んとこに手出ししたせいや
マジでふざけんな、何が『あそこは大きな計画を企てている、資金の流れがおかしい』だ
26:名無しさん
全力で虎の尾踏みに行ってて笑えない
蟷螂と蜜蜂の飼い主に手だしたらそりゃそうなるよ
27:名無しさん
あそこのオーナーがそもそもヤバい
先代オーナーの急死をきっかけに起こった実権争い
最終的にエルフc4とサンフラワーストリートの一騎打ちになるも結果が付かず
両者の共同所有で話が纏まりかけた所を、横から全部かっさらって行った戦巧者ぞ
28:スレ主
それはそうと(軌道修正)
例のジジババをどうにかする方法は無いんですか?
29:名無しさん
全力で逃げろ
30:名無しさん
前は政治圧力かければどうにかなる事も多かったけど
今は半端に圧力掛けても、スパチャのオーナーが跳ね返しちゃうんよ
31:名無しさん
ぶっちゃけエルフc4みたく腕力と影響力の両輪でゴリ押しするのが最適解まである
出来ない場合? 逃げろ
32:スレ主
OK、夜逃げするわ、、、、ん?
33:名無しさん
どうした?
34:スレ主
なんか外がうるさくせあふじこjp
35:名無しさん
これは手遅れでしたね
殺されはしないだろうし別に良いか
36:名無しさん
大抵は獄中で謎の記憶喪失をする運命なんですけどね(記憶消去技術)
幹部は大事な情報持ってるから特に
37:名無しさん
死ぬよりはマシ
>>400
38:名無しさん
そうか? (社会復帰困難、前科持ち、積み重ねた技能も記憶ごと消し飛ぶ)
44:名無しさん
組織壊滅状態だから案外無事に出所出来そう
47:名無しさん
刑務所によっては賄賂の分割払い受け付けてる所もあるし解らんぞ
月々の分は個人でも払える額だし
48:名無しさん
賄賂の分割払いとかいうパワーワード
刑務所民営化はさすがに駄目だろ(悪人感)
49:名無しさん
つか政府がやってたこと殆ど民営化されてんのよな
裁判所、刑務所、社会保障、、、、もろもろ
政府運営なのって公共警備隊くらいか?
53:名無しさん
あの警備隊も胡散臭いけどな。
賄賂が通らなくなったのはまぁ良いとして、
ここ数年の警備隊員の身辺状況が不明過ぎるのが怪しい。
54:名無しさん
で、でたー 陰謀論唱える奴ー
55:名無しさん
>>53
なにそれ初耳
少し前にデカい不祥事があって、上役が軒並み首切られたのは知ってるけど
56:名無しさん
デマやろどうせ、、、
57:名無しさん
いやさ、その不祥事以降に入隊した奴らの身元がマジで軒並み『不明』なのよ。
元々『楽園』絡みの警備隊員は身元不明だったけど、あそこは特殊な場所だから別に不自然ではない、んだけど
普通の隊員まで身元不明なのはガチで謎。
不祥事の内容も入ってこんし。
58:名無しさん
そもそもなんで警備隊の身元何か調べてんのさ
59:名無しさん
>>58
警備隊にウチの部下が捕えられる→賄賂送っても反応なし→脅しかける為に個人情報掘っても何も見つからない→不審に思って警備隊全員を本格的に調べる
こんな感じ
>>401
60:スレ主
>>57何それ気になる
61:名無しさん
>>60 生きてたんかワレ!
62:名無しさん
やったんか!?
63:名無しさん
!?
68:スレ主
例のジジババじゃなくてただの刺客だった
『お前を組織のボスに仕立てあげてスケープゴートにする』だってさ
ま、余裕で撃退出来たんですけどね。こちとら腕っぷしと運だけで成りあがった身ぞ
心配してくれた人たちはサンクス
71:名無しさん
無事で何より
つうか、その計画は無理あるだろ、、、、馬鹿すぎん?
72:スレ主
有能はとっくに夜逃げしたからしょうがないね
今残ってるのは状況も解らない下っ端と、ワイみたいな踏ん切りの付かない馬鹿だけや
因みにボスもいつの間にか腹心と一緒に蒸発してたらしい。今刺客から聞き出した
マジでいつ消えたか誰も解らんらしいね、やっぱ組織の長務める人は凄いなって(小並感)
73:スレ主
とりま、刺客にそれっぽい記憶植え付けてワイに仕立てあげるわ
記憶操作する器具は刺客が持ってたのでええやろ
後は顔潰しときゃどうにかなる
そんな事より、警備隊の件についてもっと詳しく頼んます
これから夜逃げするんで通信器具は捨てなきゃだし、今のうちに少しでも情勢を知っときたいんや
78:名無しさん
計画パクってて草
>>402
80:名無しさん
サラッと顔潰した上で記憶書き換えてて笑う
幹部になりたきゃそう言う思い切りが必要なんやなって(下っ端並感)
88:>>57
>>1
情報屋だからホントはこう言う事しちゃダメだけど、スレ主の生還記念にぶちまけたる。
調べてみたところ、不祥事以降の警備隊員の大多数は身長とかの身体的特徴が皆同じなんや。
ブーツの厚みとかを変えて誤魔化してるから分かりにくいけど。
それぞれの身長がミリ単位で一致しとるから偶然はあり得ん。
装備越しに見える顔の特徴もほぼ一致しとるから100%クロ。
90:スレ主
うわ、完全にやってるやん
人員をアンドロイド的なナニカに置き換えてんのか
91:名無しさん
やけに情報持ってんなと思ったら本職の人だったのか、、、、納得
95:>>57
>>90
身内でもその説が有力
でもそれらしい工場の稼働記録も無いのよね。人に擬態できるアンドロイドとか、相当大きな工場動かさんと作れん筈なのに。
結局確かな事は解らず終い。
はっきりしてるのは『公共警備隊』に近付くなって事だけ。
それはそうと、スレ主。ワイの元で働かんか?
顔を変える為の裏医者も紹介するで。
100:スレ主
マジで!?
ありがたいわ、、、、でもええんか?
105:>>57
有名所の元警備責任者なら用心棒として大歓迎や。
スペックと近況を聞く感じ本人なのは間違いないし。
メールで住所送っといたからそこで待ち合せな。
107:名無しさん
『スペックと近況を聞く限り』、、、、サラッと個人情報把握してるよ、、、、
1
>>403
109:名無しさん
スレ主の個人情報バレバレで草も生えない
そういや主のいるところ『blue-faced』って個人情報の売買もやってるんだっけか
主の情報も売られてたりして(笑)
111:>>42
組織の別派閥から安価でもらい受けたで。
勿論渡される人数は限定されてたけど。
120:名無しさん
えっ
124:名無しさん
草
126:スレ主
えっ
129:名無しさん
もう終わりだよその組織(n回目)
131:スレ主
ホントにメール来てる、、、、
まあいいや、ありがとうなスレ民達
おまいらのお陰で転職先ゲット出来たは
このスレは三日後に消去されます
レポート課題で忙しいので、今日は閑話休題だけ投稿して、本編は後日投稿します
世界観の補強&伏線の再確認回です、少し変わった形で本編にも絡んでくると思います
裏設定
『Blue-faced』
元ネタ:ミルダムのアイコン(顔のついた蒼いカメラ→顔を付けた蒼い物体→Blue-faced)
個人情報の売買から組織を大きくしたは良いものの、調子に乗って多角経営やって赤字出しまくった残念な組織
一度組織をスリム化してやり直す為に、わざとヤバい所に喧嘩売って組織内部が混乱している内に腹心つれて蒸発した
>>406
一回シャドウサーヴァント達に人間社会ぶっ壊されて、そこから無理くり再建してるので歪みも多いんですよねぇ
メタ的な事言うと、グーグルシティのモデルがサイバーパンク2077のナイトシティだったってのもあります
>>404
時を少々遡り、エミリー&セバス視点。
「ハァ、少し疲れましたな」
セバスは気怠げにため息をつく。周囲にはシャドウサーヴァント、例の影共の死体が転がっている。
8分、それが影の殲滅に掛かった時間だ。一体辺り10秒で片付けたので…………エミリーの分も合わせると凡そ100体は居た計算になる。
──────剣は飛んでこない。無駄打ちはしてくれないか。
必要最低限の労力で敵を刈り取って来たので、肉体的な疲労は少ない。だが精神的な疲労は溜まっている。
命のやり取りはどうしてもストレスが溜まるし、影共を見てると嫌な事を沢山思い出してしまう。
「──────ま、疲れてもいられませんか」
影共の死骸を蹴り飛ばし、遠くに見える人影に瞳を向ける。
遠くを見つめるセバスの瞳、そこには火が宿っている。静かに、穏やかに、確かに燃ゆる熾火が。
「脳ミソ以外機械なんだから疲労もクソもないでしょうに」
「エミリー、機械だって疲労するさ。ほら、金属疲労とかあるだろう?」
「…………それは何度も曲げられた金属に折り目が付いてしまう現象であって、生き物の疲労とは意味が違いますわ」
「そうだったのか……」
返り血を拭い、二人で他愛無い話をしながら古びた道を歩く。その足取りに恐怖は無い。
────────────────────────────────────────────────
何分も歩かない内に大きな武家屋敷へと辿り着く。先ほどの人影がいた場所だ。
瓦の屋根、ふすまで仕切られた縁側、漆喰壁の土蔵。適度に整えられた庭が生活感を醸し出している。
「……」
>>408
──────土蔵の前に人がいる。髪は赤、肌は健康的な日焼け色、両手に持つ黒と白の双剣。薄琥珀の瞳。
アレは、あの姿は、若かりし頃のエミヤさんだ。真っ先に影共の脅威へ立ち上がった人。私たちが剣を取るキッカケとなった人。
エミヤはこちらへ振り返り、ゆっくりと歩を進め出す。
「…………久しぶりだな。20、いや15年ぶりか。まだ一線を引いていないのは少し驚いたぞ」
「ええ、そうです。"竈馬"の葬式以来ですな」
「最近の若者はどうにも軟弱でして。この調子なら寿命が来るまで現役で行けそうですわ」
セバスの胸が感動に打ち震える。色んな言葉がせり上がり、喉元で渋滞を起こす──────間合いに入るまで後五歩。
「最近はどうだ?」
「最近はメイドをしておりますわ」
「メイドか…………メイド?」
「デカい屋敷のメイドになるのが昔からの夢でして」
「……昔世話になった闘技場の後継者騒ぎに巻き込まれて、そこから色々となし崩し的にって感じです」
積もり積もった思い出話、湧き出て止まらぬ近況話。影共と戦って沈殿した泥の様な怒りが捌けてゆく。
自然と口角が上がる。喉元で固まっていた言葉が解れだす─────間合いまで後四歩。
「エミヤさん、貴方はどうなんです?」
「……死んだと思ったら、何故か生き返らせられて、気が付けば怪物の操り人形になったのが現状だな」
「…………」
「そうか、死んだんですねエミヤさん」
「………驚かないんだな」
「えぇ、最近『宝具』とか『スキル』とか魔法みたいな技を使うのが出てきましてね。死者蘇生位じゃ驚けませんよ。というか、貴方も大概だったじゃないですか」
>>409
────後三歩。
鉄の肉体は何の熱も宿さず、しかし心は回春の熱に揺蕩う。この時間がずっと続けば良いのにと思ってしまう。
「20年前に引退してからは殆ど音信不通でしたけど、どうしてたんですの?」
「妻の"桜"と共に宿を営んでいた。妻が体調を崩してそんなに長くは一緒にいれなかったが、それでも『幸せでした』と妻は今際の際に言ってくれたよ」
そう話すエミヤの視線は、背後にある家へと向けられている。辛さ、やるせなさ、嬉しさ、罪悪感、懐かしさ、色んな感情をぐちゃぐちゃに混ぜた視線が。
──後二歩。
「妻が死んでからは暫く寂しかったが、いつの日かに賑やかな居候を拾ってな。仕事も料理も滅茶苦茶だったが、とにかく楽しい奴等だったよ」
「………」
後一歩踏み込めば間合いに入る。丁度そんな距離でエミヤは足を止め、優しく目を細める。
「ミライアカリ、ヨメミ、萌美、エイレーン………そういう名前の女性に出会ったら『ありがとう』と伝えてくれ」
「えぇ、解りました」
「…………必ず、伝えておきますわ」
「………」
沈黙。エミリーとセバス、二人の視線がエミヤと交差する。
暫し続いた交差の後セバスは視線を落とす。ジッと己の腕を見る。
──────家族や友人、大切な人を怪物に奪われて絶望して、そんな中でも戦うエミヤさんにただ憧れた。
そんで死ぬ気で戦い始めて、弱かった俺は何度も死にかけて、戦う度に体は機械になっていって、それでも戦い続けて、気が付いたら英雄なんて呼ばれてた。
正直自分には過ぎた称号だが、それでも周りが”かくあれし”と望むのならそう振る舞おう。その為なら目の前のエミヤすら屠って見せる。
>>410
顔を上げ、セバスは口を開く。
「……エミリー」
「えぇ」
名を呼ばれたエミリー、彼女は短い返事と視線でもって答えを返す。
────エミリーの根源は果てしない"怒り"だ。家族や友人を根こそぎ奪った怪物を絶対に許さない。これ以上怪物に人間を殺させない。
だからエミヤさんであろうと、怪物の味方になったのなら殺す。
過去に体験した事は同じであれど、二人がそこに感じたモノは違う。違うからこそ足りないモノを補い合える。
「──────」
セバスとエミリーは共に武器──腕に仕込んだ刀とパイルバンカー──を構える。
「…………お手合わせ、お願いします」
「ああ、掛かってこい」
間合いに入る。戦いが始まる。流れるように。
「シッ!」
真っ先に攻撃を繰り出したのはセバス。最速最短の軌道で仕込刃を振るう。
だがエミヤとて強者の一人。幅広の双剣を盾の様に用いて刃を──────「ッ!?」
受け止めた瞬間にエミヤの頭部を襲う鉄杭。エミリーのパイルバンカーだ。
「わたくしを忘れないで下さいませ」
エミヤは身を屈めて鉄杭を避け、お返しに足払いを────
「ガハッ……」
しようとした瞬間、セバスの回し蹴りに胴を打たれる。
蹴られた衝撃を後ろに飛んで軽減し、ついでに距離を取「セイッ!」
三歩、大きく踏み込んで距離を詰め、セバスは渾身の一撃を振り下ろす。
>>411
「……!」
身を護るため掲げた双剣は、セバスの鋭く重い斬撃に二本とも両断され、絶死の二撃目が───
「……流石に、そう簡単にはいきませんか」
『新たに投影された双剣』によって往なされた。
────エミヤは魔術師、不思議な力を用いて超常の現象を起こす存在だ。
使用魔術は投影、自身の想像した物を具現化させる魔術。これを用いて様々な剣を『投影』して闘うのがエミヤのバトルスタイル。
エミヤは『剣』の投影を非常に得意としており、剣に限ればほぼ何でも投影出来る(剣以外も投影できなくは無い)。それこそ伝説の中に出てくる武器ですら投影可能。
シロを狙った時、弓矢ではなくわざわざ剣を飛ばしてきたのはこれが理由。弓矢を作るよりも、弓矢の様に飛ばせる剣を作った方が強いのだ。
二撃目を往なされたセバスはすぐさま距離を取り、戦況を仕切り直す。
お互い暫し手を止め、にらみ合い、隙をうかがう。
「まさか、一撃で剣を叩き切られるとはな」
「友の忘れ形見、銘刀『忘時』。岩だって両断出来ますとも」
口を動かしながらも、敵から絶対に目を逸らさない。既に攻防は始まっているが故に。
視線から次の動きを予測し、視線でフェイントを掛ける。ゆっくりと、滑るように動き有利なポジションを奪い合う。
達人同士だからこそ成立する静かな攻防。
靴が大地を擦る音、微かな息遣いの音、刃が空にふれる音。あらゆる音が無に収束し、痛いほどの静寂が耳を鳴らす。
「……!」
光の柱が遠くの空に立ち昇る。アルトリアの宝具によるものだが、二人はそんなこと知る由もない。
エミリーは驚きに目を開『ガキィン!』
>>412
僅かな隙に攻撃を差し込んだエミヤ。エミリーはパイルバンカー本体で斬撃を受け止めるが体勢を崩してしまう。
「──────!」
「───ハァッ」
エミヤはよろめいた彼女に追撃を掛け───避けられた。
わざと体勢を崩された勢いのまま倒れ込み、倒れきる直前で地面に対して斜めに鉄杭を放ち、そして反動で後ろに吹っ飛び、エミリーは攻撃を避け──────
「ウオオォォ!!」
エミヤがすぐさまエミリーを追撃しに行き──────
「やらせん!」
後ろから襲い掛かろうとしたセバスに、投影した剣が投げつけられ────
「ガァッ!!」
獣じみた怒声を上げ、セバスが剣を機械の体で受け止めながら奔り───
「────ッ!?」
体勢を立て直したエミリーが渾身の鉄杭を放ち──
「甘い!」
エミヤが盾を投影して攻撃を受け止め、
「…………むぐッ!?」
受け止められて動きが一瞬止まったエミリーを投げ、背後から迫るセバスにぶつけた。
エミリーとセバスは互いに衝突し、その隙にエミヤは距離を取る。
「ハァッ、ハァッ…………」
──────息が上がる。汗が流れる。今の攻防でかなり気力と体力を消耗した。
ごく当たり前の話ではあるが、戦闘において数の差は大きな要素になる。
今の攻防でどちらか一人落としておきたかったが……想定通りにいかなかった。
こうなってはもう、これ以上消耗する前に短期決戦を仕掛けるべきだろう。
そうエミヤは思考を回す。
>>413
息を整えて額の汗を拭き、エミヤは双剣を構える。
魔力を、己の体内を巡り流れる魔力を隆起し、放出し、整形し────心の中の風景、心象風景を描く。現実と言うキャンパスの上に。
「二人とも、強くなったな」
エミヤは複雑な笑みを浮かべる。
怪物に操られし我が身。怪物の意志に抗おうにも、抗うだけの格を持ち合わせていない。それはそれは情けない事だ。嘆くべき事だ。
──────しかし、後輩達と戦える事に喜びをも感じてしまっている。
自分が現役だった頃より明らかに強い二人。鍛え上げられた業が二人の成長を雄弁に語ってくれる。それがどうしようもなく嬉しいのだ。
「……!! アレはやらせな、ゲフッ……」
「『mode shift OVERLOAD』……内燃機関不調、作動開始まで後10秒だと? クソッ、剣を受けた時に壊れたか」
エミヤが醸し出す異様な気配。魔術に縁亡き者でも解る、濃密な魔力の気配。
──異常を察知したエミリーが動くも、パイルバンカーの反動が体を蝕みその動きを止めた。
大きな力にはそれ相応の代償が伴う、それは当然のことだとエミリーも自覚している。だが余りにも間が悪い。
セバスは歯噛みする。己の武器は仕込み刃唯一つ。唯一つしか武器を持たぬ故に機動力は高いが、奥の手である『mode shift OVERLOAD』無しだと決定力にかける。
かくして、エミヤの切り札は誰にも邪魔されること無く発動を始める。
「──体は剣で出来ている
血潮は鉄で 心は硝子
幾度の戦場を越えて不敗
唯の一度の敗走もなく
唯の一度の勝利もなし
咎人はここに一人。
剣を集いて丘と為し、友と宴て夢を語る
故に、生涯は果てども意味は継がれ
この体は、無限の剣で出来ていた」
>>414
朗々と響き渡る詠唱、一小節謡われるごとに世界は軋みを上げる。それはエミヤ自身の生涯を詠ったモノであり、心象風景を呼び出す呼び水でもある。
唯の武家屋敷であったこの場所が、夕陽に煙る荒野へと変化してゆく。現実など胡蝶の夢だと言わんばかりに、我こそがその胡蝶だと謳わんばかりに。ただ刻々と。
(発動の妨害は無理ですわね。迎え撃つ準備に移行するといたしましょうか)
「ヤクを打ちますか。副作用の事は後で考えましょう」
「……7,6,5,4……」
世界が変わりゆく中、セバスとエミリーは先程までとは打って変わって冷静に準備を整えだす。
エミヤが何をやろうとしているのかは知っている。共に戦い、アレを使うところを何度も見てきたが故に。
アレのヤバさは知っているし、だからこそ急いで止めようとした。だがこうなってはもう止め様がない、備えるしかない。
「アガッ、グウウウゥッ!」
エミリーは自身に薬剤を打ち込む。一切の躊躇なく。
『TAME-Jet』、シャドウサーヴァントに対抗するために開発された薬液。血管に投与することで鎮痛に興奮、思考速度の加速など様々な効能を齎してくれる。
ただし副作用として睡眠障害、五感の一時喪失、体感時間の乱れなどの症状を伴う。また、これらの副作用は下手すれば命にかかわるので使用者は少ない。
普通なら使用など考えもしないが、エミリーは違う。己の力が足りず怪物やその仲間を殺せないのは死ぬより辛い。それ故に必要があれば躊躇なく使う。
───心臓が調子外れな8ビートを刻む。悪酔いに似た不快感が臓腑を捩じる。トビそうになる理性を舌噛む痛みで引き留め、閉塞する気管に喘息めいた呼吸で酸素を送り込む。
「3,2,1……Engine ignition」
>>415
セバスは己の体に内蔵されたエンジンに火を入れる。高圧電流が体内を駆け巡り機械関節に力を満たす。迅速に、強引に、強烈に。
『血は雷へ、肉は鉄へ、変わらぬモノは心のみ』羞恥と闘志を込めセバスは呟く。
若い頃、エミヤの切り札に憧れて考えた詠唱。エミリーからのウケは良かったし、若い頃は良く口にしていた。だがこの年になると流石に少し恥ずかしい。
何の意味もない詠唱、若気の至りの産物。しかしそれでも、いざという時にはつい呟いてしまう。
密かな照れと胴体から伝わる熱に頬を薄く赤める。
この熱がたまり続けばセバスの脳は蒸し焼きとなる、タイムリミットは3分と言った所か。まあ、得られる力に比べれば安い対価だ。
「──────」
二人が準備を整え終わるのとほぼ同時に、世界の変革も終わる。
──────剣の群れが突き立つ赤の荒野。剣の一つ一つに使い込まれた跡、微かな傷や研ぎ直した跡が無数に刻み込まれている。
不毛たる荒野に反して、空は清々しく何処までも蒼い。軽く高らかに鳴り響く槌の音、槌の音が鳴る度に剣は増える。
此処はエミヤの世界。無限の剣を内包する世界。
エミヤの切り札『固有結界 無限の剣製』。心中に眠る風景で現実を書き換える魔術。
「行くぞ英雄達──武技の冴えは十分か」
闘志を込めてエミヤはそう言うと、剣の切っ先をエミリーとセバスに向ける。
「…………ッ! アレが来るぞ!」
「了解」
数10メートル先の二人に向かって、無数の剣が襲い掛かかる。無数の剣の一つ一つが鋼鉄すら両断せしめる業物、一振りでもマトモに喰らえば死ぬ。
この剣の嵐を叩きつけられて死ななかった者は今までいない──────最も、これからもそうだとは限らないが。
「シィィィィ!!」
>>416
上下左右、四方八方、縦横無尽かつ無数に襲い来る剣を、叩き落とし、避け、打ち砕く。
セバスとエミリー、互いが互いの死角を補い、隙を補う。剣で出来た死の嵐は二人の前に撃ち散らされる。
決して一人ではたどり着けぬ、才能だけではたどり着けぬ、無数の共闘を経てのみ辿り着ける連携の極致。
「やるな…………だが甘い!」
「ッ!?」
──────しかし、エミヤの切り札はそれだけで打ち破れるほど甘くはない。
一本の剣が仕込み刀を透過し、慌てて首を捻ったセバスの頬を掠める。
この世界が内包する剣はただの業物ではない、一つ一つが伝説や神話の武器である。当然、それらの剣がただ鋭いだけな筈もない。
他の武器を透過する剣、癒えない傷を刻みつける剣、伸びる剣。一本一本が固有の能力を持っている。
液状の刃がエミリーの腕を撫で、不可視の剣がセバスの脚に傷を刻み──────
「まだまだぁ!」
「死に立ち向かう感覚…………久しいですわねぇ!」
だがそれでも、二人は巧みに致命傷を避けながら進撃を続けている。熱い血を流し、闘志の籠った笑みを浮かべながら。
二人は人生が変わる程エミヤに憧れ、何度も彼と共闘し、その度に戦いへの姿勢や戦い方を学び取って来た。故にエミヤの戦い方は熟知している、ともすれば彼自身よりも。
故にどう攻めて来るかが解る、故に対処できる。
「おおおオオオオッ!!」
彼我の距離、既に8メートルまで縮まれり。
荒野に巻き上がる赤い砂ぼこり、その向こうから二人が迫ってくる。全霊を込めて迫って来る。師を超える為、正しく死なせる為に。
>>417
「…………! やるものだな」
エミヤは無数の剣の一つを用いて壁を作り出し、4,5歩後ろに下がる。
『投影・開始(トレース・オン) 勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』
今より投影するはカリバーン。格が高過ぎるが故に『無限の剣製』の中に内包されぬ、最高峰の聖剣が一つ。
──────あの時、あの『聖杯戦争』での力不足、それが齎した大災害。シャドウサーヴァントの発生、カカラの発生、今まで爪痕を残す災害達。
もしもあの時、これを投影出来ていれば。もしアルトリアを失っていなければ。きっとこんな事にはならなかった。
だからこそ、この剣は己が罪の象徴なのだ。『無力』と言う罪の。
「──────」
身の丈に合わぬ奇跡を呼び起こす代償に、おぞましい程の激痛が体を揺らす。
エミヤはそれに耐えるでもなく、抗うでもなく、ただ粛々と受け入れる。
『mode sift BEE SOUND』
怪音鳴らし壁をぶち抜くエミリー。
『mode sift BEE SOUND』、猛烈な勢いで鉄杭を回転させ威力を引き上げる業。
只々只々破壊する事のみに特化した一撃は英霊の宝具にすら匹敵する。
「超えさせて頂きます!」
エミリーの背後より飛び出すセバス。
赤熱した体躯が凄まじい速度で駆ける様はまるで地上の流星。
圧倒的な速さを持ちながらも決して突出することは無く、エミリーとの連携を保ち続けている。
「──────」
「──────」
エミリーとセバスはたがいに目で通じ合い、闘志を滾らせ進撃する。エミヤはただ迎え撃つ。
>>418
──────二人は全方位から襲い掛かる13本の剣を避け──────エミヤの手元に聖剣の柄が生まれ──────
──────炎纏う魔剣をエミリーが粉砕し──────聖剣の柄に刃が生え──────
─────セバスが無数に分裂する針剣を全て弾き──────刃は聖性を帯び始め────
───二人は見上げる程大きな剣に行く手を阻まれ────────────カリバーンの投影は完了し、今まさに振る『────士郎』
「!?」
声が聞こえた。エミヤ、衛宮士郎の名を呼ぶ声が。酷く記憶を揺さぶる声、色褪せた記憶を呼び起こす声。
ああ、あの声は間違いない。俺の力不足で犠牲にしてしまった、アルトリアの声だ。
…………しかし何故彼女の声が聞こえる? 彼女は俺を庇い死に、そして今の俺と同じくあの老醜の手駒へと成り下がった筈では──────いや、そうか。やっと解放されたんだな。
エミヤの手から力が抜け、琥珀の瞳に一粒の涙を浮か『ズン』
「…………カハッ」
隙を見せたエミヤの右腕が斬り飛ばされ、間髪入れず鉄杭が胸を貫通する。
肩に短く残った腕から鮮血が噴き出す。空洞化した胸から心臓が転び出る。エミヤの体から熱と仮初の命が抜け落ちて行く。
エミヤは膝を突き、口を開く。
「俺の、負けか…………いやはや、本当に強くなったな」
「…………」
赤黒く酸化した血が、赤土の荒野へと垂れ堕ちる。心からの賛辞が崩れ行く荒野に響き渡る。訥々と。
セバスとエミリーは武器を納め、祈るように黙している。
「此処は俺の育った家でな、色々と思い出が眠っている。良い思い出も、過去の罪も。
土蔵の中…………そこを調べると良い。役に立つかは解らないが、何かしらは…………得られるだろうな」
>>419
血まみれの体を引き摺り、家の縁側に腰を下ろし空を見る。
───薄曇りの空に星は見えず、雲越しの太陽だけが空を曖昧に照らしている。
「………俺は正義の味方には成れなかった。全てを守る事が出来なかった」
エミヤは独白する。掠れた声で搾り出すように。
きっと彼以外の誰にも解らぬ独白。きっと誰にも消せない後悔。死の間際だからこそ零れ出た弱音。
「……エミヤさん、アンタの過去は知りやせん。何を救えなかったのか、なんの罪が有ったのかなんて解りません。
でも、それでも俺達はアンタに救われたんです。それは確かなんです。だから、そんな寂しい事言わんで下さいよ」
「正義の味方でなくとも、貴方は『英雄』でした。『無尽の英雄』エミヤ、貴方が居なければこの街は無かった。其れだけは覚えて逝って欲しいです」
───しかし解らずとも、消せずとも、寄り添う事は出来る。憧れていた人が穏やかに逝けるよう寄り添う位は。
「………シャドウサーヴァントの発生が、俺の力不足のせいで起きた事だとしてもか?」
「「勿論」」
「……………………………………………そうか」
迷いも躊躇いも無い二人の返答。ソレを聞いたエミヤはホウと溜息を付き、目を閉じる。
─────貴方もそこに居るのですか。私もお供しましょう──────何だ、声が聞こえたと思ったら側に居たのか。そうだな、三途の岸辺まで供を頼む。
>>420
────────────────────────
眠るように死んだエミヤ。その体が薄れ、大気に拡散して行く様を二人はただ見つめている。
──────もっと話していたかった。出来る事ならまた共闘したかった。そんな願いが今になって去来する。
何かを選ぶという事は、それ以外の選択肢を捨てると言う事でもある。『最善の選択』など、捨てた選択肢への未練から目を背ける為の言い訳でしかない。
人生は選択の連続であり、生きるほど未練は積み重なる。しかし生きねば何も得られぬ。
「…………行くとしますか。蔵の中を調べに」
セバスはそう言うと、蔵の方へ歩を進め「頬、水が垂れてますわよ」
後ろのエミリーがハンケチを突き出し、頬を乱暴に拭く。
「……ありがとう」
重くなった足を動かし蔵の前まで辿り着く。
─────錆び切った鉄扉を開ければ、綺麗に整えられた蔵の中が二人の視界に入る。
蔵の物々は分厚い埃の層を身にまとい積み重ねた年月の長さを静かに示す。重く積もった埃に刻まれた足跡。足跡の先を辿って視線を動かせば、自然とあるモノへと視線が集約する。
赤い宝石と一つの箱。赤い宝石が載せられたその箱は、蔵にある物の中で唯一埃を被っていない。
「…………」
箱を開ければ中に入った数冊の日記が見える。手垢の付いた分厚い日記が。
二人は何も言わず外へ出て、日記を開いて読み始める。
シロちゃんの等身大パネル応募した、当たるか楽しみ
それはそうと、今回はサブキャラである二人の掘り下げ回&世界観掘り下げの前振り回でした
一応この特異点にはフワッとしたテーマっぽいのがありまして、それが「過去」です
民衆は辛い過去をなかったことにし
二人は辛い過去に答えを出し
エミヤは過去に今でも後悔しています
それ以外にも過去絡みの話は結構盛り込んで来ました
因みに何故このテーマなのかと言いますと、黒幕が奪ったモノの一つが「過去」だからです
>>423
過去は消えませんからねぇ、良くも悪くも
初期服のグッズ何気に貴重なので、パネルは是非とも欲しい
>>421
『エミヤの日記』
■■■
──歴史に名を残した英雄の写身、英霊。
セイバー、ランサー、アーチャー、キャスター、アサシン、ライダー、バーサーカー、7つのクラスに分けられた7騎の英霊、それを従える7人のマスターが殺し合う儀式。それが聖杯戦争。
敗北した英霊は聖杯の燃料となり、最期に残った英霊とマスターだけが聖杯を手にすることが出来る。
聖杯は膨大なエネルギーをため込んだ願望器。大抵の願いは叶ってしまう。叶ってしまうが為にそれを求めて殺し合う。
英霊同士が戦うところを見てしまった俺は殺されかけ、そして死ぬ間際、俺はセイバーを偶然呼び出し難を逃れた。
凛とした女騎士、凄まじい剣を振るう彼女の姿は正に英雄のソレだった。
英霊を呼び出し、マスターになった俺は聖杯聖杯に参加することになった。
邪な願いを持つ人間の手に聖杯が渡るのは避けたいし、俺にも叶えたい願いがある。
『正義の味方』、皆を守れるような人間になること。俺が親父から受け継いだ夢だ。
………この決心をしたのが昨日の話。聖杯戦争についてのアレコレはセイバーが教えてくれた。
召喚された英霊は聖杯戦争について最低限の知識をインプットされる様になっているらしい。
今が非日常であることを忘れぬよう、日記をつけることをセイバーから勧められたのでやってみる。
>>425
■■月■日
今日はいい日だ。以前から友人であった間桐慎二がマスターになっており、自然な流れで同盟を結ぶ事が出来た。
友人との殺し合いなんてゾッとしない。同盟が結べて良かった。
俺としては邪な人間に聖杯が渡らなければそれでいい、セイバーもそこにはある程度同意してくれている。
……ただ、セイバーが慎二を疑っているのが少し気になる。あいつは良いやつだが、確かに様子が可笑しい。何かに怯えているような、そんな感じだ。
聖杯戦争に参加した理由も頑として語らないし、少し不審だ。一度問い詰めてみるべきだろう。
■■月□日
学校で有名な美少女の遠坂、あいつもマスターだったらしい。
同盟を持ちかけてみたがすげなく断られてしまった。二対一と言う状況が不味かったのだろう。不要な警戒心と反骨心を抱かせてしまった。
一対一の対等な状況ならもう少しスムーズに話が進んでいたかもしれない。
■■月△日
取り敢えず慎二の奴と作戦会議をしてみた。
『金で釣れば行けるだろ』『僕の顔さえあればイチコロさ』と慎二は言うが…………正直無理そうな気がする。
………作戦会議の最中『何かに怯えているようにみえる』と問い詰めたら、あいつは顔を蒼くして考えこんでしまい、それで会議はお流れになった。
■■月〇日
慎二の奴が『少し、考える時間をくれ』と言ってきた、蒼白な顔で。
……今日から、セイバーに剣の手解きをしてもらう事にした。
当然の事だが剣が掠りすらしない。
余りにも強いんで素性が気になり、訓練の合間にクラス名じゃない本当の名前を聞いてみたがはぐらかされた。
ちょっと気になる。
>>426
■■月▽日
今日は間桐桜が家に来た。桜は弓道部の後輩で慎二の妹。一年半くらい前から時々家に来て飯を作ってくれる。
飯を作ってくれるのは非常にありがたいが…………桜も慎二と同じく顔色が悪いように見えるのは気のせいだろうか。
■■月〇■日
慎二から『いずれ話す、ただ今は無理』と書いた紙を無言で渡された。
それはそうと、今日は改めて遠坂との交渉に向かった。相談の結果、取り敢えずシンジが買って来た菓子折りを持っていく事にしたが…………果物ゼリー1箱はちょっと多く無いか? しかもこれ生の奴だから持って2日だろうし。
…………驚くことに交渉は上手く行った。まさか本当に懐柔できるとは。
どうも遠坂はこちらが実力行使に出ると思ってたらしく、出会い頭にゼリーを渡されて毒気が抜けたそうだ。
あと、このゼリーはそこそこ有名な店の奴なんだろうな。物凄い目を輝かせてそう言われた。
遠坂の側に控えてた英霊が苦笑いしていた。
>>427
■■月〇◇日
遠坂、俺、慎二の三人で取り敢えず戦力や目的の確認をした。
解ったことをざっと記録しておく。
・残りの英霊が一体になった段階で聖杯は出現する。
・慎二が呼び出したのはランサー、遠坂はアーチャー
・聖杯戦争においては英霊の素性を隠すのが定石(正体がバレると弱点もバレるからだそうだ)
・遠坂は腕利きの魔術師であり、属性? と言う物を沢山持っているそうだ
・慎二も一応"魔術を扱える"が、あまり得意ではないらしい。
・最悪マスターは倒さなくても、英霊さえ倒してしまえば大丈夫
・令呪と言うモノが有り、これを使うことで三回まで命令を聞かせることが出来る
・他のマスターが全員脱落するまで同盟は継続
・同盟破棄はその日時を宣言してから行う(他のマスターが居なくなった瞬間同盟破棄とかはしない)
・英霊には宝具と言うモノがあるが、消費がデカい上正体がバレやすくなるので可能な限り温存するように
俺が余りにも聖杯戦争の事を知らないせいか、途中から聖杯戦争セオリー講座になっていた気がする。
■■月〇▲日
昨日に続き、今度は三人で魔術の教え合いをした。
…………どうも俺のやっていた魔術鍛錬は一度やればそれで済むであり、二回以上やってもリターンがないと言われた。マジか。
魔術師である育て親に教えられた鍛錬だったんだけどなぁ。
慎二からは虫の使役、遠坂からは魔力の扱い方を教わった。
魔力の扱いは何となく解ったが、虫の使役の方はまるで出来なかった。
虫は極めて自意識が薄く使役が容易であり、魔力のある人間でこれが出来ないのは、何かしら理由があると言って良いレベルだそうだ。
>>428
■■月〇〇日
今日は一日中セイバーと稽古した。こんだけやって掠りもしないと魔術か何かの仕業を疑いたくなる。
セイバー曰く『センスはある』とのことだが…………正直自信がない。
飯の買い出しに行く途中銀髪の少女を見かけた。こちらをジッと見つめていたが、俺に何か付いていたのだろうか?
■■月〇□日
段々と日記を書くのが面倒になって来た。
今日は銀髪の少女に公園でまた会った。見た目から察するに小学生、ただその割に言動が大人びていた。最近の子は皆こうなのだろうか?
『あなたの夢はなに?』と聞かれたので『正義のミカタになること』と答え、
次いで『何故その夢を持ったの』と聞かれたから『それが親父の夢だったから』と答えた。
そしたら何とも言えない顔をした後、『受け継いだ夢だけじゃなく、自分の夢も持つと良いよ』と言ってきた。為になる。
こんな事書く位には何もない一日だった。
■■月〇×日
家に来てくれた桜と慎二が鉢合わせした。
一言二言言葉を交わして別れていたが、その時に紙切れ? の様なモノをそっと交換しているのが見えた。
紙切れについて聞こうとしたら、被せるように『ケチャップがどの会社が一番素晴らしいか』と言う話を振られた。
『値段』派の俺と、『味』派の慎二で1時間ほど討論したが決着は付かなかった。
次来た時には、安いケチャップを使って美味しいオムライスを出してやろう。
…………慎二が帰った後、椅子に手紙が置いてあるのを見つけた。
>>429
[日記のページに手紙が貼り付けられている]
『僕の御爺様、間桐臓硯は数百年もの年月を生きている。アレは間桐家を支配する化け物だ。
ただそれでも、圧倒的な力と狡猾さで長年支配を続けてきたアレとてボケからは逃れられないらしくてね。最近は明らかに言動が不安定で、時折虚空を見つめていたりする。
今回の聖杯戦争で臓硯は”永遠の命と衰えない知能”を願うつもりだ。もしそれが叶ってしまえば、僕も桜も一生をアレの道具で終えることになる。
だから頼む。残りマスターが僕らだけになった瞬間、僕のライダーを後ろから刺してくれ。そうすれば裏切りを悟られる事なく目論見を潰すことが出来る、筈。
アレにとっては今回の聖杯戦争がラストチャンス。今回が上手く行かなければ、後はたった数年待つだけで勝手に破滅する。
あとさ、実は妹の桜もマスターなんだよね。
そっちの英霊は遠坂に任せるつもりなんだけど…………ちょっと心配でさ。
遠坂ってなんか肝心な時に失敗しそうな雰囲気があるとゆーか。ま、いざと言う時はそっちも頼んだよ』
■■月■□日
今日は魔術鍛錬に少し進展があった。
俺に『投影魔術』と言う分野への適性がある事が解ったのだ。
魔力を用いて既存の物を再現する魔術なんだそうな。
やたら難しい癖に、投影で出来上がるのは大概劣化品だから極める人は少ないらしい。
遠坂の英霊が投影魔術を得意としているので、ソイツからある程度教えて貰った。
気障な奴だが教え方は結構親切だった。根は真面目なのかもしれない。
>>430
■■月■〇日
今日は始めて戦いを行った。夜中に突然、黒い巨人に襲われた。
凄まじい巨体、悍ましいまでの腕力、狂ったような唸り声。バーサーカー(狂戦士)のクラスとみてほぼ間違いないだろう。
そしてそれを従えるマスター、それは何時ぞやの幼い少女だった。
バーサーカーは英霊三人掛かりで何とか撃退出来た程に強かった。今回は誰も大した怪我をせずに済んだが…………もし同盟を組めていなかったと思うと、正直ぞっとする。
あの少女は去り際に名を名乗って来た、礼儀正しく超然的に。
「イリヤ フォン アインツベルン」彼女はそう名乗った。
■■月○×日
今日は三人でイリヤの対策会議をした。
出た案や情報をザッと書き留めておく。
・アインツベルン家は御三家の一つであり、聖杯そのものを用意した家
・遠坂凛と間桐慎二も御三家の末裔
・遠坂家が聖杯戦争に適した土地の提供、そして間桐家が聖杯戦争のシステムを構築したらしい
・イリヤの魔力量は異常なレベルであり、アインツベルン家の来歴も合わせて考えると『聖杯から魔力のバックアップを受けている可能性がかなり高い』
・イリヤの従えている英霊は凄まじい実力であり、正面戦闘は避けるべき
・兎にも角にも、イリヤを弱体化させるのが先決
最終的に、空間ごと隔離して聖杯から切り離してみよう、ということになった。
二人だけでは空間を隔離する事は出来ないので、助っ人を呼ぶと慎二が言ってきた。
数時間後、桜が慎二に連れられてやってきた。
遠坂も手紙を受け取っていたのだろう、余り驚いた風は無かった。
>>431
『桜はかなり強力な魔術師でね、御爺様の意向でマスターである事を秘匿してたんだよね。
ただまあ、相手が御三家ともなれば御爺様も切り札を出すのに賛成してくれてね。今日から桜にもマスター仲間として参戦してもらうよ』
……なるほど、計画の為に桜を引っ張り出したのか。
しかし桜は戦えるのか? 正直、戦いに向いた性格とは思えない。彼女は心優しすぎる。
■■月〇♦日
…………桜、物凄い強かった。ぶっちゃけ心根とか意味なくなる位強かった。後、桜と遠坂は実の姉妹とのこと、だから驚かなかったのか。
模擬戦闘をしてみたが、虚数魔術? とか言うので成すすべなく拘束されて無力化された。俺、まだ投影魔術で剣を出す位しか出来ないんだけどな…………
因みに、虚数魔術と言うのは拘束や封印に適した魔術なのだそう。良く解らないけど凄そうだ。
■■月〇♤日
早速作戦を決行する事にした。具体的な作戦はこうだ。
桜が中核となって隔離するための魔術を行使し、遠坂と慎二がその補助をする。俺はその間、英霊達の指揮をして時間を稼ぐ。
…………かなり苦戦したが、何とか勝利できた。
イリヤが聖杯からバックアップを受けている、と言う予想は大当たりだったようで、隔離した時点でかなり弱体化していた。
……それでも尚バーサーカーは強力な英霊であり、セイバーの宝具を使わねば勝てない程であった。
それと、セイバーが宝具『エクスカリバー』を使った事で真名が解った。『アルトリア・ペンドラゴン』アーサー王伝説の主人公だ。
なる程、これならマスターにすら名を隠すのも頷ける。アーサー王伝説は余りにも有名で、情報が多すぎる。
>>432
…………しかしアーサー王がまさか女性だったとは。正直ちょっと驚いてる。
イリヤについては三人で処遇を話し合い『まだ子供だし、士郎の家で監視するだけで良いんじゃね?』と言う事になった。
彼女にその事を伝えたら、しばらく黙りこくった後に提案を飲んでいた……子供扱いされたのが嫌だったのだろうか。
■■月〇♡日
セイバーの調子がおかしい。かなりヤバい感じの寝込み方をしている。
高熱を出した時みたいな寝込み方だ。兎にも角にも桜、遠坂と慎二を呼びに行こう。
…………遠坂曰く『衛宮君のマスター適性が低すぎて、ちゃんと魔力を供給出来ていないのではないか』との事だ。
どうすれば俺でも魔力を供給出来るのか、と聞いたら何故か遠坂は真っ赤な顔をして黙ってしまった。
何事かと思って首をかしげていると、慎二が『男女のまぐわいをすれば良いんだよ』とニヤニヤ顔で耳打ちしてきた…………
おのれ慎二、こうなる事が解ってて遠坂に答えさせたな。気持ちは解るけど。
どうしたモノか。こう言うのは互いの合意がないとダメだと思うが、このままではセイバーを見殺しにする事になってしまう。
イリヤからは『やっちゃえ士郎!』と言われたが、そんな簡単に踏ん切りつかんて。
■■月■□日
昨日、セイバーの看病中に突然意識が飛んだかと思うと、何故か布団に縛り付けられていた。
霞む視界に映ったのは半裸になったセイバーと桜…………何で?
朝になり、気がつけば布団の中にセイバーと桜が居る。昨日までと違って、セイバーは穏やかな寝姿を見せていた。
……いやまあ、100歩譲ってセイバーが来るのはまだ解るけど、何で桜?
>>433
朝ご飯を作りに厨房へ行くと、イリヤがニヤニヤ笑いでこちらに話し掛けてきた。
『やったね士郎!』って……どう反応すれば良いんだこれ。と言うか、イリヤ馴染むの早いな。一昨日家に来たばっかりのはずなんだが。
遠坂と慎二も何故か俺の家にいて、なんとも言えない笑みを投げかけてきた。物凄く気まずい。
取り敢えず今日は他の英霊をどう探し出すかの話し合いをした。
セイバー、アーチャー、ランサー、ライダーの4騎で同盟を組めている以上、残りの2騎を各個撃破すればほぼ確実に勝てる。
正直、『これもう勝てるだろ』と油断する自分がいる。参加者の過半数が味方な状況で負ける気がしない。
……後は、間桐臓碩にさえ気をつければ良い。それは覚えておかないと。
■■月■〇日
キャスターを見つけた。どうやら山寺に潜伏していた様だ。
マスターの姿が見えないのが少々気になるが、まあ良いか。
[数ページに渡って乱雑に塗りつぶされたページが続く]
失敗した。臓硯への裏切りがバレていた。
キャスターを倒したその瞬間、俺たちは突如現れたアサシンに背中を切られ、成すすべなく倒れ伏した。
アサシンを従え姿現す臓硯。
人とは思えぬほどに老いた姿…………いや、既に人ではないのだろう。そんな男が『お前たちの裏切りは知っていた』と言ってきた。
一体何故バレた? まず遠坂、慎二、桜がバラした可能性はまずない。遠坂は接点が無いし、桜と慎二はそもそも裏切りを画策した側だ。
……最初から裏切りを察知されていた。と考えるのが妥当か。
ランサーは殺され、アーチャーも戦えない程の傷を負わされた。戦える英霊はライダーとセイバーだけだ。
>>434
■□月■日
慎二が秘蔵の使い魔を出してきた。慎二自身は戦闘力がない為、遠隔から使い魔を飛ばして攻撃する予定になっている。
血呪蟲、血縁者である臓硯に呪を叩き込む事に特化した使い魔。
虚浮橋、食虫植物を桜の虚数魔術で変異させ、臓硯が好んで使う蟲の使い魔への対処に特化させた使い魔。
いざと言う時の為に体内で密かに育てていた二体、との事だ。
用意に費やせた時間の関係で二体だけだそうだが…………こんだけ対臓硯に特化していれば充分過ぎる。
イリヤ、桜、遠坂、俺は直接対決しに行く。直接会って解った、アレの手に聖杯が渡ったらヤバい。まず間違いなく碌でも無い事を願うだろう。
俺もこの暫くの間にかなりの鍛錬を積んだ。魔術は遠坂と慎二に、剣術はセイバーから散々叩き込まれた。投影魔術だって今じゃそれなりの練度。
干将莫邪と言う白黒の双剣(結構凄い武器)を投影出来るようになったし、扱いだってかなり熟れてきた。
俺だって戦力になれる……と思いたい。
■□月●日
失敗した。失敗した。失敗した。御三家を甘く見ていた。
セイバーとライダーの宝具でもって臓硯とアサシンを消し飛ばし、勝利を確信した次の瞬間。
桜の体から一匹の蟲が飛び出し、宝具の使用で消耗した英霊二人の首を掻っ切って行った。
蟲は首から吹き出す血を啜り、人の形、臓硯の姿を形成する。肉体を再生させる。
『桜に、ワシの魂を入れた蟲を隠しておいたのだ』と嘯く彼の姿には、目も当てられぬ程の狂劣が見て取れた。
焦点定まらぬ不安定な瞳、泡立った唾が漏れ出る唇、枯れ枝の如き足は持ち主を支える事すら出来ずに破断する。そして、そこまで墜ちても尚衰えぬ魔術の腕。
己が魂を虫けらに押し込める苦痛、英霊という身の丈に合わぬ存在を取り込んでの再生。それが彼を狂わせたのだろう。
>>435
臓硯の操る無数の蟲。俺らを押し潰さんと迫りくるソレらを前に俺は賭けに出た。
俺の知る最強の宝具『エクスカリバー』を投影し、放とうとした。
……エクスカリバーを投影し、それを振るおうとした所で俺の記憶は飛んでいる。
目を冷ました時には深夜だった。皆が俺の顔を心配そうに覗き込んでいて、それが頭に酷く焼き付いている。
遠坂が言うには、俺の不完全な投影で産み出されたエクスカリバーは一振りで砕け散り、それでも臓硯の使い魔の内半分を焼き尽くしたらしい。
……ただ結局、それでも臓硯から逃げるのが精一杯だったそうだ。
[潰れて解読不能な文字が数ページに渡り続く]
背中を炙る火、何処からともなく響いて消えるダレカの悲鳴、黒く染まった英霊が跋扈している。ここは地獄だ。
聖杯を手にした臓硯の『永遠に生きる』という願いを叶えるため、聖杯は『臓硯の生存を脅かすかもしれない他生命体の殲滅』を行い始めた。
…………俺が子供の頃経験した大災害にそっくりだ。みんなしんでいくんだ。
そういえば、俺が正義の味方を目指したのって、親父に憧れたからだっけ。
俺をすくってくれたときの、うれしそうな親父に。
誰かを助けないと、そうしないと生き残った意味が無い。
[暫く空白のページが続く]
夜の■を探せ。真っ赤な服着た悪魔を探せ。
手桶の水を零すな。歩む先を強く踏め。
名前を呼ぶな消えてしまう。名前を書くな消されてしまう。
ゆるりと廻した言葉に託せ。剣突き立つその日まで。
>>436
『慎二の日記』
一日目
地獄、地獄がここにある。俺たちは失敗した。
もっと警戒すべきだったのだ、備えるべきだった。
火、見渡す限りの火が僕を睨んでいる。
この地獄は何処までも続き、あの世に繋がっているのだろう。
僕らは負け、バラバラになって壊走した。誰がどこにいて、生きているかもわかりゃしない。
今回の話を書くにあたり、UBWとZEROを再度視聴してきました
やっぱ名作は何度見ても名作やなって
出てくるサーヴァントは炎上汚染都市冬木のモノを想定しております
原作からの主要な差異としては、
『クーフーリンがキャスタークラスで現界しているため、聖杯戦争を目撃した衛宮が自宅まで逃げおおせている』
『上記の関係で、遠坂と衛宮が出会う時期にズレが生じている』
『慎二がある程度魔術を使えるようになっており、その関係で慎二のコンプレックスと桜の処遇が大分マシになっている』
『慎二&遠坂と共闘したことにより戦闘回数が減り、セイバーの消耗するタイミングが大分後ろ倒しになっている』
『桜の処遇がマシになったことで、第四次聖杯戦争に雁夜おじさんが参戦しなくなる』
『バーサーカーのマスターにアイリが就く、原作よりも有利な状況に』
『有利な状況ではあったが、結局原作と同じような結末を迎える』
『マスター二人体制、と言うほぼ理想的な状況でも事を仕損じたため、アインツベルン家の聖杯戦争への意欲が低下』
『イリヤに対する肉体改造が大分軽微なモノになり、改造の代償が成長阻害程度にとどまる』
因みに、臓硯が慎二&桜の裏切りを察知していたのにはちゃんと理由が有ります。
もしあれが無ければ、ホロウアタラクシア見たいな感じになってました
>>440
形式上は掲示板に動画を張ってるだけ&権利元にも広告利益が入る(動画投稿者がちゃんと申告してれば)&営利目的でない、なので
どんなBGMでもある程度自由に使えちゃいます(勿論自重はします)
掲示板だからこそ出来ることは無いか考えた結果この発想に至った次第です
>>437
二日目
外套で顔を隠し、黒く染まった英霊に立ち向かうエミヤを見つけた。
隠れてる桜を見つけた。
イリヤと遠坂はまだ見つかっていない。
昨日と変わらず地獄の様な環境だが、流石に火は消えている。朝方に大雨が降ったお陰だろうか。
とは言え、服が濡れてしまったのは正直辛い。冬場でないしまあいいか。
二人と合流出来たお蔭か、大分心に余裕が出来た気がする。
それと、黒く染まった英霊はオリジナルより大分弱いことが解った……ま、それでもかなりの脅威ではあるが。
現状黒化した英霊は一種類しか確認していない。姿は臓硯の従えていたアサシンに似ている、輪郭だけだけど。
エミヤの家が殆ど無傷だったので、今日からここを拠点にする事にした。
三日目
遠坂と合流した。
どうやら家にある秘蔵の魔術礼装(魔術を補助、増幅する為の器具)を取りに行っていたらしいが、どうも目当てのモノは何処かに持ち去られてしまっていたようだ。
何とも奇妙な話だ。
魔術礼装はどんなものであれかなり値が張る。他人に隠し場所を教える事はないし、盗人の対策だってそれなりに厳重だっただろうに。一体誰がどうやって持ち去ったのやら。
…………イリヤはまだ見つからない。エミヤの奴はふらりと何処かへ行って、夕方に帰ってきた。
全身に刻まれた傷跡を見るに…………まあそういう事なのだろう。何かせずには居られない気持ちは解る。
>>442
四日目
エミヤが朝にまた何処かへ行って、黒化した英霊の首を持って来た。
……いくら弱体化してるとは言え、そう易々と狩れる存在ではない。生半可な攻撃は弾き、ナイフの投てきは薄い鉄板程度なら容易く貫く。戦闘技術だってかなりのモノだ。
今のエミヤは修羅だ。情念があいつに強さを与えている。
イリヤは未だ見つからない。そろそろ生存を信じるのも厳しくなって来た。
付き合い短いし僕的にはどうでもいい人間だけど…………こんな状況じゃそんなのでも生きていて欲しい。
五日目
イリヤが見つかった! 如何やら生存者の集団に匿われていたらしい。学校で僕のクラスの担任をしていた藤村、ソイツが率いてるグループに。
今日は生存者たちと情報交換を行った。解った事をざっとメモしておこう。
1.家の跡から(今のところは)幾らでも食料が見つかるので当面飢えることはない。
2.廃墟を使えば雨風もそこまで問題ない。
3.兎にも角にもあの黒化した英霊共がヤバい。
大体こんな感じだ。
黒化した英霊だが、これからは便宜上シャドウサーヴァントと(若しくは『影』と略称して)呼ぶことにする。
今日は生存記念にささやかなパーティーをした。ステーキや刺身を使ってのパーティー。
電気はもう死んでいるし、ナマ物はしばらくしたら腐って食えなくなるんだ。今の内に喰いきってしまおう。
>>443
六日目
腹が痛い、どうやら昨日喰った刺身が少々傷んでいたらしい。
僕がボーと寝転んでいると、何処かに行こうとするエミヤと、それを引き留める桜を見かけた。
『もう止めて下さい! お願いだから自分を大切にしてください』と桜は言っていたが、そりゃ酷な話だろ。今のあいつは責任感や罪悪感に押しつぶされかけてる、止まれば最後壊れちまう。
まぁ、桜ならあいつを壊さずに止められるかもしれないけど。
桜の奴、こんな状況なのに自分よりエミヤの事を心配している。そんな奴の言葉なら流石にいつか響く…………かもしれない。
七日目
遠坂が出かけて行った。何でも生存者を一ヶ所に纏めて、その周囲に結界を張って保護するんだと。
上手く行くとは思えないが…………ま、結界の構想位はしといてやるか。どうせ暇だし。
牛肉の缶詰を集りに藤村のグループへ会いに行った時、『恐ろしい影の怪物を倒しまくってる奴がいる』と言う噂を聞いた。
アイツ、こんな短期間で噂になる程殺しまくってるのか。
牛肉の缶詰はもらえなかったけど、色んな植物の種と鉢植えをくれた。ついでに栽培方法も教えてくれた。
でも僕野菜嫌いなんだよね。肉の成る種とかないかな。
八日目
今日はエミヤが捕獲して来たシャドウサーヴァントを調査し、幾つか知見を得た。
1.十字架、蹄鉄、銀製品といった魔除けの性質を持つ物体に対してやや弱い。
但し、それら魔除けに武器としての適性が無いことを考えると、アレらへの対抗策としては銃や刃物の方が望ましいだろう。
>>444
2.ぱっと見普通の人間と同じ構造をしているが、それは見かけだけ。雑に配置された内臓は何処にも繋がらず、黒い汚泥が非合理的に絡まった血管の中を流動している。
殆どの内臓は動いていないが、唯一心臓だけは拍動している。何とも歪な事だ。
3.以前作成した血呪蟲。臓硯に対してのみ強い効果を発揮するよう調整したはずの蟲が、何故かシャドウサーヴァントに対しても一定の効果を示した。
最近イリヤがなんか作ってる。まあ一々踏み込む必要は無いか。
九日目
エミヤが不思議な子供たちを連れて来た。
先を潰して尖らせた鉄パイプを持つ、目に恨みの刻まれた女の子。それと二本の包丁を持つ男子、こっちは比較的普通の目つき…………今の状況を考えれば不自然な位だ。どちらも10歳かそこらと言った感じだね。
それと、不健康そうな男も一人いた。こちらは中学生後半くらいだと思う。
エミヤが言うには『シャドウサーヴァントに殺されかけていたところを助けた』のだそうだ。
武器を持ってるのを見るに、『やけくそで影共に立ち向かおうとしたら、返り討ちにあった』て感じだろうな。
子供がアレに勝とうなんて無謀に過ぎる…………いや、そうか。死に場所が欲しかったのか。殺される位ならいっそ立ち向かって死にたいと、そんな感じだろうな。
大体どの生存者からも『大切な人を全員失った』と言う話を聞く。目の前の三人も例外ではないのだろう。
僕たちはそれなりに余裕あるし、暫くここに住まわせることにした。
十日目
昨日の子供たちに何で戦って居たのか聞くと、『あの化け物共に立ち向かう人がいると噂を聞き、居ても立っても居られなかった』のだそうだ。
ただ、よくよく話を聞いてみると子供たち同士でも微妙に温度差があるようで、
>>445
男の子は『怪物をやっつけるヒーローに憧れた』
女の子は『他の人が殺せるなら、自分等でも殺せるかもしれないと思った』
中学生位の子は『無茶する二人を放っておけなかった』
といった感じだ。
絶望に塗れたこの世界でも、前向きな願いを抱けるモンなんだな。
今日はエミヤがそこそこの手傷を負って帰ってきた。
桜が無茶を止めようと説得しているが、あいつは聞く耳を持たない。
何処か遠くを見ているような感じ、多分過去を見つめているのだろう。それしか見えないのだ、きっと。
十一日目
桜が『例の子供たちに自衛の為にも戦う術を教えてみてはどうか』とエミヤに提案していた。
…………我が妹ながら健気な事だ。エミヤの戦いに回す時間を減らそうと言う試みなのだろう。
あいつエミヤにぞっこんだからな。死んでほしく無いんだろう。
だがそれじゃあどうしようもない。
あいつはもう今を見ていない、背後にある過去を悔いながら死に場所を探し彷徨ってる。
夜中にシャドウサーヴァントが襲撃してきた。シャドウサーヴァントが強く歯が立たない、遠坂達は食料集めに行ってて助けたが来る見込みもない。
痛い殺され方は嫌だな。そんな事を考えていたら、シャドウサーヴァントがいきなり頭ぶち抜かれた。エミヤが弓でぶち抜いたらしい。
アイツ元弓道部だから弓結構上手いんだよね。
十二日目
結局エミヤは子供たちに戦う術を教える事にしたようだ。
僕もチョットだけ訓練風景を見学したけど…………素人の僕でも解る、エミヤの剣技は修羅の業だ。
殺される前に殺す、骨を断たせて首を断つ。そんな感じ。
そんな業を編み出してしまったエミヤは勿論、それを嬉々として学ぶ子供たちも正直異常、いや、今の世界じゃこれがスタンダードなのかもな。
影の化け物が徘徊するこの世界じゃ。
>>446
十三日目
遠坂の交渉が実を結んで、幾つかの生存グループ同士が集まって共同居住地を作ることになった。勿論年スパンでの計画だが。
ここ数日シャドウサーヴァントの目撃数が減っていて、相手方もこのタイミングで動くしか無い! と言う感じだったらしい。
もしかしなくてもこれ、エミヤがここら一帯の影共を狩りまくってるお蔭じゃね?
………あいつ一日に何体狩ってるんだ?
二十日目
ここ一週間位忙しくて日記が書けなかった。
間の抜けた日付を見ると嫌な気持ちになるね、収まりが悪くて落ち着かない。
学校からシャドウサーヴァント共を排除し、望む人に拠点として提供することにした。
花壇はそのまま畑に転用出来るし、グラウンドも頑張れば畑に出来なくもない。
最近エミヤがちょっとヤバい。子供達に戦い方を教え始めてから上達速度がメチャ上がってる。
人に教えると自分も成長するってよく聞くけどマジだったんだな、あれ。
そんなエミヤを見て桜が複雑そうな顔をしている。そりゃそうか。
二十一日目
最近人が増え始めてる。なんでもここら辺に『顔を隠した化け物狩りの英雄がいる』との噂があり、それを聞きつけた難民が流れてきてるらしい。
今日は遠坂と一緒に結界の作成をした。取り敢えず今日は設計作業と魔術理論の確認だけする。
見た感じ理論は大丈夫そうだけど、作成するための素材が足りなそう。
ま、素材の調達は手の開いてるイリヤと桜に任せれば良いか。
二十ニ日目
今日も結界の作成をした。遠坂から『最近の慎二は目の死に具合がマシになった』と言われた。失礼な奴め。
でも、最近気分がマシになり始めてるのは確かだ。やることが多いと気が紛れてくれる。
>>447
たまたまエミヤの『狩り』を見かけた。
複数体いた影共の腹を矢が貫き、相手が異常事態を認識する前にエミヤと子供たちが飛び出して命を刈り取る。
アレは戦いではなく狩りだ。それもかなり原始的な奴…………というか、子供たちの実戦投入早くない? ま、今の状況じゃ経験を積まず無力でいる方が危険か。
血呪蟲が結界の素材として使えそうな感じがする。ぶっちゃけアレ『僕の血液と魔力、臓硯への怨念、適当な蟲』を揃えれば簡単に作れるんだよね。
しかしなんで、血呪蟲がシャドウサーヴァントへ効果を発揮するんだろうか? 臓硯を呪殺する為だけに開発した蟲なんだけどね。
シャドウサーヴァントと臓硯が一体化している……………………? いや、それだとシャドウサーヴァントが複数いる事に説明が付かないか。
兎にも角にも生態を理解しないとね。その為にも研究で得た知見を纏めとく、めんどくさいけど
・シャドウサーヴァントから臓硯のモノ以外に奇妙な魔力を検知した
・一つは恐らく悪魔由来のナニカ
・も■一つは■■■■
[何重もの消し跡が刻み込まれたページが一枚、殆どは解読不可]
聖杯 は二 重に 汚 染さ れ てい た 僕 ら の 敗 北は 仕 組 ま れて い たの だ 忘 れる
二十三日目
例の子供たち、その一人から相談を受けた。病弱そうな中学生の奴からだ。
『過去と決別するために新しい名前が欲しい。強くなれるような名前が』とせがまれたそうな。
中学生の感性で考えた名前とか酷い事になりそうだし、僕も名前決めを手伝う事にした。
それと、今日は実験に大きな発展が見られた。
シャドウサーヴァントが臓硯のモノと酷似した魔力を発していることが分かった。臓硯に近い存在だったから血呪蟲が効果を発揮できたのか。なる程ね。
>>448
シャドウサーヴァントは聖杯によって生まれた怪物。臓硯の『不老不死』と言う聖杯への願いをかなえる為に、聖杯が『生存を脅かしうる他生命体の抹殺』を行うために造られた怪物…………こう書くと意味不明だな。なんで不老不死の為に他生命体の抹殺をしようとするんだ? 非効率的過ぎるだろ。
と、まあそれはさておき……………………聖杯から生み出された怪物と臓硯に共通点があるってことは、臓硯と聖杯にかなり密接な関係があるのは間違いない。
下手したら同化してる可能性もある。聖杯と同化するのは不老の手段として無くもない、人格が消えるか変異する事に目を瞑ればだけど。
エミヤに付き添って貰ってフィールドワークをした甲斐があった。
しかしエミヤの奴、やっとマシな顔になって来たね。教え子を持ったお陰だろうか。
遠坂は他グループとの交渉やスケジュール調整に奔走してる。結界の作成はほぼ僕任せ…………何気にアイツ、一度も絶望してないんだよな。
イリヤは資源集めに精を出している、いずれ店を開きたいのだそうだ。年齢相応の願いでなんとも微笑ましい。
桜は…………なんかしてる。何してんのかは良く解らない。
二十四日目
相も変わらずシャドウサーヴァントの出没が絶えない。今日も一体出くわした。今日も何とか逃げ切れた。
ただ、最近は一般人でもちょいちょい武器を持っているのを見かける。そのおかげかは解らないが犠牲者が減ってるように思える。多分。
武器の出どころを聞いたら『中学生位の子供から貰った』のだそうだ。
>>449
昨日頼まれた名づけの発表会もした。
例の子供が持ってきた名前は案の定中二じみていた。
男の子には『蟷螂』。女の子には『蜜蜂』。自分には『竈馬』…………格好いいとは思うけどさ、人名に蟲の名前はちょっと冒険しすぎよそれ。二つ名とかならまだいいと思うけど。
僕の考えてきた名前は『セバス』『エミリー』『ジャック』。どれも海外じゃありきたりな名前で、そしてそれこそが大事なのだ。
今までの生活は崩れ去り、今じゃ非日常が日常に成り代わっている。だがそれでも、非日常はいつか終わる、また日常が来る。僕はそう信じたい。
だからこそ敢えて普通な名前にした。『普通』をまた謳歌できますようにと願いを込めて。
…………ま、結局名前の理由は言えなかったんだけどね。やっぱ気恥ずかしかった。
二十五日目
僕の提案した名前はまあまあ受けが良かったらしい。ジャックの奴がそう話してた…………自分でつけた名前を呼ぶのって違和感凄いな。まあ直に慣れるか。
それと、武器を配ってたのはジャックだったらしい。
『自分には戦う才能が無い、僕が戦っても犬死するだけだ。だから僕は戦える人を増やして現状を打破する』と言っていた。素晴らしい考えじゃないか。
因みに、武器はエミヤに出して貰った剣で鉄パイプやなんやらを切削加工して作ったらしい。俺もそれやろうかな、簡単な実験器具だったら作れそうだし。
割とどうでもいい事だけど、シャドウサーヴァントから抽出した魔力で除草剤が作れることを発見した。ま、存在そのものが有害だしそりゃ草も枯れるか。
二十六日目
狩りに出かけようとしたエミヤを、桜が突如虚数魔術で拘束した、、、、、と思った瞬間、粉塵が巻き起こる。エミヤが足元の砂を強烈に蹴り上げたのだ。
砂をかけられた桜が顔を覆った瞬間、猛然と駆け出すエミヤ。
>>450
『落ち着いて!』
と、そのタイミングでイリヤが魔術による糸を数本展開し桜のカバーに入る。
しかしエミヤは、数十本の魔術糸をごく当然のように搔い潜って見せた。機械的な殺気を放ちながら。
桜の背後を取ったエミヤは瞳を無感情に保ったまま剣を投影し──────そこまで行ってやっと我に返る。
アイツは呆然とした顔で剣を下し、立ち竦む。自分が何をしようとしたのか認識してしまって。そして、そんなになっても剣を手放せないでいる。
無表情のまま涙を流すエミヤを桜が抱きしめる、優しく大切に抱きしめる。これ以上壊れないように。
教え子を持って少しはマシになったと思ったが、それでも駄目か。心はずっと戦場に居たままか。
俺はアイツを可哀想に思う。そしてアイツをこんなにした運命を恨む。恨むだけ。
これは後で聞いた話だけど、桜とイリヤは『エミヤを強引にふんじばって休ませるつもりだった』のだそうだ。
今日は皆何もせず休んでた。他グループとの折衝のため朝早くから出かけていた遠坂は例外だけど。
二十七日目
流石のエミヤも昨日のアレが答えたようで、今日は狩りに行かず子供達に剣を教えていた。
結界の作成がそろそろ完了しそうだ。
いずれはシャドウサーヴァントそのものを根絶する必要があるが、それでも大きな前進と言える。
■■■■■■
[判読不可のページが続く、元々あった記述にひどく滲んだ文字が上書きされている]
アレの誘いには乗るな、信じるな、話を聞くな。
今回のbgm
FNFより、GARCELLO
バットエンドの後日談みたいな話なので、敢えてfate以外からのbgmを持ってきました
https://www.youtube.com/watch?v=7UMGSVrKMkQ&list=PLUjwA-Z4c05rAfdrDkQt8ZJP7iohktSIP&index=4&t=438s
シロちゃんのソロイベ申し込み来た!!
マジで楽しみ
日記回はもうちょっとだけ続きます
ただの過去回想じゃ面白くないと思ったので、ちょっとした暗号を仕込んであります
fate勢の描写、日常の積み重ね、ポストアポカリプスの中での温かみ、伏線、章ボスのバックグラウンド解説、等々書きたい事全てぶち込んだら過去回想が1万字を突破しました
本当ならもう少し削るべきなのですが、壊れたロボットになってしまったエミヤをどうしても書きたかったので、1万字越えの過去回想を敢行しました
>>454
多分配信もあるので一緒に楽しみましょう!
……因みに暗号を解くと黒幕の名前が出てきますが、多分解けないと思います
暗号自体は割と簡単なのですが、暗号の種類と場所の特定がかなり難しいです
>>451
四十日目
久しぶりに日記を手に取り読み返していたら、二十ニ日目の所が一部消えている事に気づいた。
そのままにしておくのも気持ち悪いんで内容を修復しようと思ったが、何を書いたか思い出せなかった。
文脈的に割と重要そうな部分なんだけどね。ま、思い出せないなら仕方ないさ。
それはそうと、結界が完成した。
結界の作成中に何回かシャドウサーヴァントに襲われたが、エミヤ、セバス、エミリーの三人が撃退してくれた。
鉄工所や農場を縄張りにするグループとも話がついてるし、生活基盤が整いつつあると言っていいね。
エミヤの奴はあの事件を未だ引きずっているが、その影響で大分人間味が出てきたように思う。
一日の殆どを怪物狩りに費すような事はしなくなったし、大分口数も増えた。人間性を失わないよう意識しているのかな。
それと、ジャックの奴が最近変なモノを作っているんだよね。
火薬仕込の槍に、駆動する機械の指だ。
火薬仕込みの槍は『一般人でもシャドウサーヴァントを打倒しうる武器』というコンセプトであるそう……一回使わせてもらったが、見事肩が外れた。コンセプトミスってるだろあれ。
機械の指は『セバスが指を一本戦闘で無くしたから代わりを作りたい』のだそうだ。
五十日目
久しぶりに日記を開いた。読み返してみると、暫く前の僕が割とヤバい精神状態だったのが解る。
それはそうと、最近のエミヤは大分人らしい生活をするようになった。
あの事件の影響は勿論、教え子達が育ってエミヤの負担が減ったのも大きい。
武器を持って立ち上がる一般人も増えてきて、いい兆候だ。
……とは言え、セバスの奴はコンスタントに大怪我してくるので割と肝が冷える。本人はケロッとしてるのが余計怖い。
>>456
エミリーはエミリーで戦ってる時の目がかなり怖いし、ジャックは技術力の進化が凄まじい。
日記の紙が縒れてきちゃって、正直書きづらくなってきてる。
思い出の品として蔵に保管しておいて、気が向いた時読むだけに■■■■■■イや、大きナ事があッたラ書キに蔵へ行こウ。
[写真が数枚貼り付けられている]
多分二年目(日記の日付に多分は可笑しいかな? まあ良いや、僕しか読まないし)
この2年で色んなものが変わった。
幾つかのグループが住んでいただけの此処は、街と呼んで良いほどの大規模なコロニーになった。
遠坂は『今度は遠くの人とこの場所を繋いでみせるわ』と言って、遠くのコロニーとの貿易ルートを開拓している。
既に東京コロニー、横須賀コロニーへのルートを確立してると言うのだから驚きだ。
桜の奴はエミヤとベッタリ。順当に行けば結婚するな、多分。
……友人と妹が恋愛関係にあるのは何だか複雑な気持ちだ。
イリヤは魔術師向けの魔道具&雑貨の店を開いた。
生き残りの魔術師がちょくちょく買いに来るので何だかんだ潤っているらしい。
エミヤは貫禄のある戦士に成長した。
圧倒的な強さで、街の精神的支柱としての役割を果たしている。
偶に笑うようになったし、うん、やっと人間に戻ってくれた。気を抜いたらまた元に戻る可能性はあるが。
僕は街のリーダーをやっている。お飾りだけど。
個人的には元政治家の人間とかをリーダーに据えるのが良いと思うのだが、
集団への帰属意識?だの、アイデンティティ?だのが不足しているから、それを補える様な存在が要るらしい。
>>457
………しかし、生活の基盤が整ってきたのは良いけど、そろそろシャドウサーヴァントそのものを根絶したい所だ。
エミヤの奴は影共をゴミのようにブチ殺せるが、一般人じゃそうはいかない。
十倍以上の数で襲ってやっと影に勝てる、それが現状だ。無論それでも犠牲は出る。
怪物避けの結界を強化しては居るが、アレはあくまで寄り付きづらくするだけで完全に打ち払うことは出来ない。
セバスとエミリーもよくやってるが………正直ジリ貧だ。警備隊の増える数を減少数が上回っている。
ジャックと医療団体が共同で開発している『機械化手術』が実用化されれば……いや、期待しすぎるのは辞めておこう。
二年と半年目
機械強化手術が実用化されたが、期待したほどの効果は無かった。
まだ生まれたばかりの技術なので強化幅がまだ小さいのだ。
警備隊の強さが劇的に上がれば被害も減ると思ったのだが、やはりそう上手くは行かないか。やはり元を断つしか無い。
この数年で大元───シャドウサーヴァントを生産し続けている聖杯の場所は特定済み。巨大な怪物に姿を変え、霊脈(魔力が循環する河の様なモノ)から魔力を吸いながら地下に潜伏しているようだ。
それと、臓硯は予想通り聖杯と同化してるっぽい…………と言うかあの聖杯、本当に願い叶えられるんだね。
どうせ叶えるならもっとマトモに叶えてくりゃ良かったのに。もしそうだったなら──────いや、過ぎた事をグチグチ書き連ねるのは辞めよう。
何にせよ動くなら早いほうが良い、体力の残っている内に行動を起こさねば詰みかねないし。
それはそうと、エミヤの日記を蔵で見つけた。折角だから同じ場所に保管しておいて、暇な時に内容を朗読してやろう。きっと楽しいぞ。
>>458
前回から一週間後、多分
エミヤ、イリヤ、遠坂(戻って来て貰うのに一週間待った)、桜、僕の五人で討伐を行うことにした。
エミリー、セバス、ジャックは連れて行けなかった…………討伐に行けばきっと多くの真実を知ってしまう。そしてそれはきっと深い傷となる。
「お前の家族は一人の下らない欲望に殺されました」なんて残酷な真実、教えられるわけがない。
非合理的な判断だと解ってはいる、だがそれでも情を優先してしまう。二年と少し前の僕なら、きっと合理的な判断が出来たろうに。
臓硯と言い、僕と言い…………温かな料理が冷めて不味くなる様に、時は人を劣化させるのだと、そう思い知らされる。
明日が決行日。忘れないように計画をメモしておこう。
・霊脈に僕の血呪蟲をぶち込み、臓硯入り聖杯を攻撃して誘き出す
・出てきたところを桜とイリヤの二人掛かりで拘束する
・僕は使い魔を用いて桜、イリヤの護衛&他の補助
・エミヤは聖杯を物理的にぶっ叩く
・遠坂はシャドウサーヴァントの足止め
計画と呼びたくない位に穴が多いけど、敵の情報が無さ過ぎるからしょうがないね。
次の日
無数の触手を生やした悍ましい怪物の体をエミヤの双剣が豆腐のように切り裂く。ここは固有結界の中、エミヤの切り札たる固有結界の内部。
ひたすらに深い踏み込み、全身を限界以上に捻り、剣の一振り一振りを必殺へと昇華。怪物の放つ絶死の一撃を切り伏せ、雷火の如き速度で切り込む。
元は捨て身の剣技であったソレ、しかし無数の死地を乗り越えることで「捨て身」は「必殺」へと昇華された。これがエミヤの剣、死神の鎌すら及ばぬ必殺剣。
>>459
頭上より降る攻撃を神速で持って回避し、正面から襲来する触手の悉くを両断する。捌ききれなかった幾撃かがエミヤを掠め血を流させるが、それを鑑みる事はない。進撃、進撃、進撃、ただそれのみ。
「疾イイイィィィ!!」
「ヒッ……」
口の端より漏れ出るエミヤの声。恨み、辛み、そして自責の念。積もり積もった感情が修羅の唸りとなる。
双剣の跳ね返した陽光がエミヤの顔を照らす。「これがお前の最期に見る顔だ」とでも言わんばかりに。
「ワシは、ワシはエイエンに生きるのダ! ココでオワレルカ!」
「いんや、終わりですよ御爺様」
ヤケクソ気味に吠える怪物を魔術で縛る桜とイリヤ。白い帯の様な形を取った魔術が幾重にも被さって行く。
「ダマレダマレダマレ! 若造達にナニがわかる!!」
「おっと」
エミヤを止めるのは不可能と判断したのか二人の方へ攻撃が来るが、僕の使い魔がそれを防ぐ。
遠坂もちゃんと仕事をこなしているようで、シャドウサーヴァントが妨害に入って来る様子もない。
「オ…………オゴ。エイ、エン…………」
十重二十重に帯を巻きつけられ、布の塊の様になった臓硯は沈黙する。勝利だ。
これで万事解決! …………と言いたい処だけど、少々問題が発生した。
聖杯の誘き出しと拘束までは何とか成功したけど、破壊する事が出来なかった。
いや、もっと正確に表現するなら『破壊するメリットをデメリットが上回ってしまった』とでも言うべきだろうか。
臓硯の願いによる影響か、聖杯が常軌を逸した耐久力と再生力を得てしまっている。そもそも内蔵された魔力量が多すぎて、下手に壊すと大惨事を引き起こしかねない。
民衆の生活が安定し始めて来た大事な時期、今このタイミングで災害が起きれば今度こそ終わりだ。
>>460
しかし、いつまでも拘束してはおけない。
三日以内に封印の目途が立たないのであれば、『破壊』せねばならないだろう。
リミットまで後三日
一日中封印方法を試行錯誤してみたが、駄目だ。聖杯の出力が高すぎて封印出来る気がしない。
ダメもとで聖杯の性質を解析しているが、汚染され過ぎててマトモに精査できん。クソ。
…………いや、汚染されていると言う事が解っただけでも収穫か。
後二日
封印方法は相も変わらず見つからない。焦りだけがひたすらに積もって行く。
汚染の正体に凡そ辺りが付いた。
・汚染の大半は恐らく悪魔由来
・怪物化した聖杯の内部に魔法陣が刻まれていた
・ゾロアスター教の悪魔アンリマユ(若しくはそれに属するモノ)を『聖杯内部に直接召喚してぶち込んだ』と思われる
・上記の事実より、聖杯は意図的に汚染されたモノと考えられる
・魔法陣を幾つかの資料と照合した所、汚染を行 た術者 間桐家の術式を に
誰にも気づかれず工作を施せるクセに、魔術そのものの腕は
・また、聖杯には■■■■■■■■■■■■
・僅かな魔力残滓からの推測であるが、術者は恐らく■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。そこまで詳しくは特定できないが、まあしょうがない。時間に余裕のある時にじっくり詰めていくことにしよう。
しかし、まさか黒幕がいたとは。ずっっと気になってはいたんだ、臓硯への裏切りが一体どこでバレていたのかとね。いやはや、まさか答えを知れるとは!
何のつもりでこんな事をしたのかは解らないが、必ずぶち殺してやるよ。
取れたての野菜をくれた藤村、毎朝挨拶してくる近所の人達、僕を慕う民衆たち、なんやかんや付き合いの長い仲間達…………そんな皆の友人や家族を奪った奴を。
>>461
明日、仲間にこの事を話そう。
後一日
…………今日は奇妙な事が起きた。
昼食用の卵を茹でていたら、突然女が現れたのだ。■色の髪、■い目、紅い服、ゾッとする程綺麗な女だった。
女はある契約を持ちかけて来た。
・臓硯を封印する為の術式を女が提供する
・女の方から封印に『直接』干渉するような事はしない
・『黒幕』についての情報は、如何なる相手にも伝えてはならない
なる程。この契約内容からして、つまりこの女が例の黒幕か(わざわざ勿体ぶって書くほどの事でもないが)。
何故こんな取引を持ち掛けるのか、何故こんな事をしやがったのかは解らない。だが乗ってやろうじゃないか、民衆の為に。僕は指導者、民衆の生活を保障する義務がある。
──────だからそう、臓腑を捻るようなこの苦痛は、きっと我慢しなければならないモノだ。
リミット当日
朝起きたら奥歯が割れていた、どうでも良いか。
女から提供された術式を基に臓硯を封印した。
因みに封印の場所は山寺の中だ。管理しやすく、人の出入りも少ない。
寺には一般人の立ち入れない場所が幾つもあり、自然にモノを隠すには絶好の場所と言えよう。
[暫く白紙のページが続く]
[奥の方に栞が挟まれている]
>>462
この日記を僕以外の誰かが読んでいて、まだカカラの存在が消えていないのなら、この日記を『お前の知る限りで一番強く、勇気ある人間に届けて欲しい。』
まず黒幕について書いておこう。彼女は自身についての記述を消去し、契約で相手を縛る事ができる。恐らくこれらすら彼女の持つ能力の一部でしかないのだろう。
まるで神か悪魔─────しかし全知万能かと言えばNO。付け込む隙はある。
僕はずっと疑問に思っていた、どうやってあの女は僕らの動向を把握していたのかと。把握していなければあんな契約を提案出来はしない。そして気づいた、「この日記こそが答え」なのだと。
何もかもがぶっ壊れたあの大災害の日、何故僕は日記なぞ持っていた? 命を守るのにすら精一杯だったのに? その違和感に気づいて日記を書くのを辞めた。そしたらどうだ! 黒幕は僕の動向を把握できなくなった。
恐らく、日記から僕に精神干渉して記述を促し、日記に書かれた情報からこちらを観測していたのだろう。
……これは飽くまでも推論でしかないが、■■■は■世界の■民である可能性が高い。■■■が現れた場所を詳細に調べたところ、この世界では既に説滅した植物の花粉が検出された。
自身が世界を渡る事は出来ても、使い魔などを連れて行くのは難しいのだろう。それ故に、日記などを通して情報を収集していたと考えられる。
この事実が判明した時点で、僕の中での■■■は『得体の知れないフィクサー』から『ただの■■■■■■■』へと転げ落ちた。
そこからの僕はもう電光石火さ…………そりゃあもう八面六臂の暗躍三昧!
>>463
・蔵の中に強力な結界を張り、そこに日記を安置する事であちら側からの監視を阻害
・序にダミーの日記を創り上げ、そちらに■■■の干渉と観測が行く様にした
・一定期間が経つと勝手に解け、しかも内部の怪物が力を蓄えられる様になっていた封印、それを僕が後から弄って『人類が対抗出来るレベルの怪物を延々と生産させることで枯渇を促す封印』に変えた
・封印の周辺を壁で隔離し、万が一封印が解けても暫く閉じ込めて置ける様にした
・『警備隊』と言う名目でシャドウサーヴァントへの恨みが特に強い人間を集め、魔術と科学で寿命と戦闘力を延ばした兵隊を創り上げた
・壁で隔離した区域を「莫大な金を納めた人間だけが住める居住区『楽園』」と言う宣伝によってカモフラージュ(文字通り楽園の様な住宅街はちゃんと用意した上で)
・莫大な金を納め、楽園への入居を決めた人間を『こちら側』にスカウトする事で『莫大な金を用意出来る優秀な人材』を吸い上げられる様にした
・スカウトを断った人間は記憶を一部消した上で追い返した。『楽園』と言う餌を用意しておきながら、それをこちらの都合で取り上げてしまうのは我ながら傲慢だと思う。だが、こればっかりはしょうがない。
我ながら良くやったモノだ。流石に封印をいじくった辺りで気づかれるかと思ったが…………黒幕が思った以上に■■で助かったよ。
そしてなにより、これらの細工によってあの女に契約を破棄させることが出来た。そう、封印を解くためには契約を破棄しなくちゃいけないからね。ハハ!
…………そして封印を解くために契約を破棄された今なら、黒幕についての情報を残す事ができる。
>>464
蔵の中の書物には黒幕への手掛かりを思いつく限りの方法で手当たり次第書きなぐっておいた、こんだけ書けば少し位は残るだろ。
それにこのページには、ありったけの魔力をぶち込んだ保護術式を掛けてある。他の本よりはずっと多く情報が残るはずだ。
僕はこれから臓硯とケリを付けに行く。封印で大分弱らせた筈だが、僕も老いた。勝てればいいが、そう上手くはいかないだろう。
さて現状はと言えば、兵の損耗率4割越え、通信施設と出入口は影共に制圧され、援軍は望むべくもない。
…………見渡す限りの炎と破壊。兵達のあげる断末魔と怒号が僕の鼓膜を揺らす。
まるであの大災害の焼き直し。しかし僕はこの光景に怒りこそすれど、絶望する事はない。
"僕"はこの時に備えて『力』を蓄え、そしてその『力』は蹴散らされつつある。しかしだ、"僕たち"の創り上げたこの街、グーグルシティの『総力』はこんなモノではない。
ヤクザ紛いの企業共。身体を機械で強化したギャング共。やたらたくましい一般市民達。
3人に1人はロクデナシがいるこの街だが、いざという時の強さは尋常じゃない。だからそう、僕らの敗北と死は決して終わりを意味しない。セバスとエミリーも何だかんだ健在だしな。
>>465
……ふと手を見れば、痩せて皺の寄った掌がそこに在る───飽きる程長く生きて、それでも僕はまだ死が怖い。
不死を願った臓硯の気持ちが、今ならほんの少しだけ解る。蛙の子は蛙、僕も少なからずアレの気質を受け継いでると言う事か。
自嘲的な感傷と共に、人差し指をクルリと回せば僕の蟲達が姿を表す。こいつらとの付き合いも随分と長くなった。
指先を噛んで垂らした血で魔法陣を描く。涸れた喉で祝詞を紡ぐ。
今より執り行うは『蠱毒』の儀式。蟲同士で喰らい合い、最期に残った蟲が僕を喰らうことで儀式は完遂される。生涯最強の使い魔を作り出す儀式、完成形を見届けられないのが残念だ…………そう、残念だ。
…………たった今、蟲達の争う音が止んだ。早く執筆を辞めて、蔵から出て生贄に成りに行かねば。
足が震える、恐怖で喉が詰まる………今更になって皆の顔が脳裏に浮かぶ。エミヤの奴、元気にしてんのかな、死んでたら寂しいな。一線を引いてからかなり衰えてるからなぁ、少し心配だなぁ。
段々、段々と守りを重視した剣技になって行って、そして最後は剣を捨てちゃってさ。いや、違うか。『捨てることが出来た』だな。
桜の奴、相当頑張ったんだろうなぁ。エミヤを人に戻す為に。
願わくばどうか、先立った奴らと同じ場所に行けます様に。
やっと過去編終了です!
次の展開を大分書き溜めてあるので、多分一週間くらいで次の話を出せると思います。
久しぶりに白爪草みたけどやっぱ面白い、次があれば村を舞台にしたカルトモノとかやって欲しい
過去編かなり長いので、特に大事な内容だけ纏めておきますと
・カカラの正体は『人類が対抗可能なレベルにまで弱体化させたシャドウサーヴァント』
・カカラの存在意義は『生産者である臓硯から魔力を搾り取って弱体化させる事』
・『楽園』は臓硯の封印が解けた時用の安全システム兼、後継者補充システム
みたいな感じです
細かい裏設定
日記からの干渉
実は、慎二がシャドウサーヴァント用の結界を強化する度に、日記からの干渉が弱まってたりします。
『黒幕』が聖杯に細工する→聖杯から生まれたシャドウサーヴァントに僅かながら『黒幕』の要素が混じる→結果的に、シャドウサーヴァント用結界が『黒幕』の干渉を妨害するようになる
と言った感じですね。
『黒幕』が記述を消す基準
自身についての記述を消す能力は基本オートですが、実は少しだけ特殊な基準があります。
『黒幕』を褒める様な記述は文脈が残る程度にしか消されず、
逆に『黒幕』を貶す様な記述は前後の文脈ごと消されると言う基準です
『楽園の声』
かなり前に登場したキーアイテム。『楽園』の良さをアピールする為のPR映像。
楽園には臓硯の封印など映っちゃいけないモノが沢山あるので、それらを映さない為に映像加工をしまくってる。
今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=Uq7kyf1T_lk&t=5010s
>>470
この過去編は次以降の章でもそこそこ関わってくる予定なので、楽しんでいただけたのなら幸いです
お金はまあ、無理しちゃヤバいですしね、、、、、
かなりどうでも良い裏話ですが、この世界線は本来アポクリファと同一の未来を辿るはずだったりします
聖杯の奪取を防ぐために臓硯が黒幕と契約し、黒幕側は聖杯の所有権を一部得ました
そこから第五次聖杯戦争まで縁が続いた感じですね
それとついでに、こんな裏設定もどうぞ
グーグルシティ以外の主要な街
瀬戸内島嶼連合
本拠地:呉
瀬戸内海の島々と橋を巧みに用い、シャドウサーヴァント達から生き残った四国&中国地方の人間たちが作り上げた街。
おもな産業は海運と造船。
空中に土地を固定する技術を確立しており、瀬戸内海の上を大小様々な島が浮かぶ様は絶景として有名。
横須賀コロニー
本拠地:横須賀
横須賀基地の自衛隊が滅茶苦茶頑張ってシャドウサーヴァント達を倒し、コロニーとして成立させた場所。
昔の日本文化を色濃く残すコロニーであり、住民のアイデンティティを確立する為か仏教と神道が盛ん。
主な産業は兵器と傭兵。
UNIVERSE薩摩
本拠地:なし(九州全域を常に放浪している)
ジェットエンジン付きのコロニーで放浪する謎集団。
家畜のフンで核融合する超技術を有している、と言う噂があるが真偽不明。非常に規模が小さく、また原理不明のステルス技術でもって移動する為遭遇は稀。
──────実際は、科学者と魔術師による、
『魔術と科学の両面から根源到達を目指す新時代の魔術協会』
だったりする。
>>466
「…………」
日記を最後まで読み切ったセバスとエミリーは、二冊の日記を箱にしまい持ち上げた。厚く堆積した埃を踏みしめて歩き、蔵から出る。
エミリーは箱に乗っていた紅い宝石を両の手で握り込む。皺だらけの額に苦悩の跡を刻みながら。
「…………慎二さん、貴方が死んでいたなんて私知りませんでしたわよ。
偶に会うといつもヘラヘラしてて、私達より長生きしそうな貴方が死んでたなんて」
擦れた声でそう呟く。掌中にある宝石を強く握り直す、ただ強く、縋るように。
エミリーの頬を涙が伝う。只一滴の涙が。
「───」
柔らかいハンケチで宝石を包んで懐に入れ──────蔵の上から襲ってきたシャドウサーヴァントを鉄杭でぶち抜く。
エミリーの瞳に感傷の色は既にない、流した涙はもう乾いた。
「…………クッ、ゲホッ」
蓄積した傷やクスリの副作用が体を蝕む。顔を顰めて息をつけば、肺の奥から血の塊が転げ出る。
正直もう休みたい。だがこの日記をピノ様と双葉様のご友人に届けねばならぬ。
恩人の遺した願い、『一番強い人間に日記を届けて欲しい』という願い。これを叶えずして立ち止まれようか。
>>472
辛そうなエミリーを心配してか、セバスが話しかけてくる。
「大丈夫か? 動くのが辛いなら私だけで行くぞ?」
「……うっさいですわジジイ。アナタに心配される程耄碌してはおりませんの。それにアナタも大概消耗しているでしょうに」
「待てよエミリー、私とお前は同年齢だろう? 私がジジイと言うなら──────」
「ハイハイ、ほら行きますよ」
セバスと軽口を叩き合っている内に、エミリーにも普段の調子が戻り始める────さて、そろそろ急がねば。
重い足を擦って二人はエミヤの家を後にする。振り返らず、ただ進む。
──────────────────
時は少し遡り、シロ&ばあちゃる視点。
「…………駄目だねぇ。通信が繋がらないよ」
「ありゃま、結界的なモノでも在るんスかね?」
山寺の中へ投げ込まれた二人。山寺の中は、いっそ不気味なほど順当に荒れ果てていた。
腐りかけの柱、苔むした瓦屋根、石畳や石灯籠はあちこち風化して砕けている。
ここが閉鎖的な場所だからだろうか、身に吹き付ける風が妙に生臭い。ジットリとした空気が腕に絡みつく。
>>473
邪魔な枝を切り払い、鬱蒼と生い茂る下草を踏みつぶしながら二人は奥へと進む。
つい先ほどまでアルトリアと相対していたものの、二人に消耗は殆ど無い。取り残して来た三人への心配もない。
──────いかに騎士王と言えども、首を搔っ切られてマトモに戦える筈はなし。英霊とて元は人間、覆せる道理にも限界がある…………筈だ。多分。
「いやしかし、不気味な場所っすね…………いかにもと言うか何というか」
「馬、気を抜いちゃ駄目だよ。多分敵はすぐ側に居る、隠れてるだけ。牛巻とあずきちゃんが『カカラの大元がここに居る』て言ってたでしょ」
「確かに、その通りっすねハイ」
シロの忠告に従い、ばあちゃるは拳銃を構え「ッ!?」
己の感じた直感のままに腕を回し、引き金を引く。放たれた弾丸は音速を超えて加速し────
「ナんじゃ、大した事ナイノう。あのアルトリアを超えて来たモノ共ヲ見に来てみれバ、マサかこんな若造達とハ。
因みにワシの名は『間桐臓硯』。ワシに殺されるまでの短い間ジャガ、宜しく頼ム」
停められた。背丈の低い老人、死にかけた老人の指に摘ままれて。
伽藍洞の様な瞳、鼓膜を擦る不安定な声、左半身は茶色く枯死している。腹に刻まれた傷から血が垂れ続けており、それが酷く生々しく痛々しい。
一見すればただの死に掛け老人、しかし身にまとう雰囲気は間違いなく魔性のソレ。
臓硯が一呼吸する事に周囲が暗く澱んで行く。相対するばあちゃるはただ身を固め、恐れを押し殺す。
そんな彼の無力を当て擦るかのように、臓硯は摘まんだ銃弾を軽く放り投げ「ほい」
「ナんっ───」
>>474
ようとした瞬間、背後から手榴弾が放り込まれる。放り込まれた手榴弾は強烈な光を発して臓硯の視界を白く塗りつぶす。
「お、ほ、ほいっと」
頸部に一本、膝に二本。『シロ』が背後から投げつけたナイフが臓硯に刺さる。
掛け声こそ何処か気の抜けたモノ、しかしその手口に容赦はない。フラッシュグレネードによりまず視界を潰し、投げナイフを用いて無音のままに殺す。ナイフ自体も念入りに消臭してある。
物理的に感知不能な一撃。未来の英霊であるシロだからこそ成し得た、現代兵器を十全に用いての奇襲。
「…………」
クタリと、臓硯は糸の切れた人形の様に崩れ落ちる。
実のところ、この寺に入った時点でシロは敵の存在を察知していた。それ故に臓硯が姿を現す直前に既に姿を隠し、攻撃の手筈を整えることが出来たのだ。
「や、やった────」
「いや」
────ほっとした様相を見せるばあちゃるに対し、シロの表情は硬い。アホ毛をピンと立て警戒をしたまま。
「多分やれてないね」
シロは蒼い瞳で敵をしかと見据え、愛用の銃剣を構える。
──────確かに先程のは渾身の一撃であった。殺すつもり、殺したつもりであった。しかしシロの直感が囁くのだ『敵はまだ生きている』と。
そんなシロに追随してばあちゃるも『バチュン』
───不格好な水風船のように臓硯が膨らんだかと思うと、その直後に破裂した。破裂した肉体は方々へ飛び散り、黒泥へ変化し、周囲の物質を取り込む。
泥は集合し、足となる。胴体となる。腕となる。頭となる。人型を成す。
>>475
「うげ…………」
「長い封印でワシも衰えたな。知性はある程度取り戻したが、魔力量が酷く落ちておる。世界からワシ以外の生命を消せる魔力が貯まるまで、一体どれだけかかるやら」
先ほどまでより明らかに明瞭な声。伽藍洞の瞳に宿る邪知の光。身にまとっていた邪悪な気配は鳴りを潜め、しかしそれは脅威度の低下を意味しない。
蛇が舌を鳴らすのは無駄な戦闘を避けるため。怪物が魔性の気配を纏うは威圧の為…………では、気配を消すのは何のため? それは勿論殺す為。
そしてなにより──────
「ワシは50年前に敗北を喫した。封印された。
緩やかに衰え行く封印の中でワシは考えた。なぜ負けたのかと。そして思い至った。数が足りなかったのだと。中途半端に個の強さで競ったから負けたのだと。
しかしシャドウサーヴァントでは駒としてやや力不足、カカラは論外。アルトリアやエミヤの小童は運用に手間が掛かる。だから──────ワシは己を分割し増やした」
数が増えた。まるで同じ姿をした臓硯が、多分3体はいる。
人の膂力は怪物に劣り、それ故に人は数と知恵でもって怪物に立ち向かう。で、あるならば。数と知恵を兼ねそろえた怪物はどうなる?
答えは簡単、『最悪』だ。
「ホレ、戦いを始めるとしようか」
「…………ええ、上等っすよ。やってやりますよハイ」
「来い、返り討ちにしてやる」
臓硯達の体から幾本もの触手が生えた───光を飲み込む真黒色、枯れ枝の様に細く節くれ立ち、触手の先端にはパースの狂った手がついている─────触手と腕をグチャグチャに混ぜたかのような、そんな触手だ。
ばあちゃるに五本、シロに十本、臓硯の触手が襲い掛かる。微妙にタイミングをずらして様々な方向から。
>>476
対するシロとばあちゃる。二人も既に戦闘体勢。触手を全て迎え撃ち、返す刀で臓硯を討ち取る腹積もりだ。
「────!」
──────来た。ばあちゃるは一本目と二本目を飛んで避け、三本目をナイフでどうにか逸らし、四本目と五本目を硬化で受け「ッ!?」
四本目の触手がばあちゃるの襟を掴んで投げる─────落とされた先は石灯籠の上。風化した石灯籠はしかし砕けず、ばあちゃるの背中に重く鋭い衝撃を叩き込む。
想定外の攻撃を受けて硬化が緩んだ瞬間、五本目の先端がばあちゃるの腹を打つ。
「ガフッ…………!」
「シロをなめないでよねっ!」
シロは一本目と二本目を後ろに下がりながら切断し、シロを追って伸びきった三本目の触手に銃剣の先端を突き刺し引っ張る。
臓硯達の内一体をよろめかせて四本目と五本目の勢いを削ぎ──────『ガツン!』
「グッ!?」
触手による投石。石は額に命中し、流れ出た血はシロの目に入り視界をふさぐ。
──────殆ど勘だけで六本目と七本目を捌くがしかし、八本目に足を掴まれ転んでしまう。
「ヤバッ」
「先ずは一人」
九本目と十本目がシロを仕留めんと迫り──────
「ハイハイ! オイラを忘れないで下さいよォ、臓硯さん!」
ばあちゃるがシロと臓硯の間に滑り込み、硬化した肉体で攻撃を受け止める。
──────ああ、血が熱い。
「なっ!?」
「………」
臓硯は驚愕の表情を浮かべる。当然の事だ。
背中に石灯篭を叩きこまれ、腹に触手の直撃を喰らった上で直ぐに復帰してきたのだ。しかも格好以外は普通の男が。驚くに決まっている。
「ありがとう馬!」
>>477
臓硯の反応に反してシロは驚かない。幼げな顔に微笑を浮かべ礼をする余裕すらある。
馬ならきっと私を守ってくれる、それ位の信頼はあるのだ。
「…………へへ、お安いもんですよハイ」
シロの声にばあちゃるは明るい声で応える。シロを助けられた嬉しさ、常人である自分が役に立てた達成感、二つの好感情を混ぜた声で。
────シロに危機が迫った瞬間、ばあちゃるは動けずにいた筈だ。常人の受容限界を超えた痛み、肺から酸素が出切り、到底動ける状況ではなかった。少なくともばあちゃるの主観では。
しかし現実は違う。ばあちゃるの体は望み通りに動きシロの窮地を救った。
車内で狙撃された時もそうだ。あの時ばあちゃるの体は常人の反応速度を超越して動き、シロを庇う事に成功した。
自分が変わる事に恐怖は無い、エイレーンとの戦いでそう覚悟してから時々体が軽くなる。シロを守ろうとする時は、特に。
「─────」
シロは目に付いた血をふき取り、ばあちゃるは息を整え、臓硯は触手を引き戻し修復する。
戦闘の最中に生まれた小休止。一瞬の平穏が訪れる。
(あの触手かなり厄介だねぇ、指が付いてるせいで応用の幅が異常に広い。伸びる距離に限界があるっぽいのが一応の救いかな? 色んな攻撃を仕掛けてもっと弱点を探りたいな)
(他の侵入者も殺さねばならぬし、あまり消耗すべきではないか。早々に心をへし折るのが一番消耗せずに済みそうかのぅ)
怪物と英雄、両者が思考を終え動き出した。先手を取ったのはシロ。
>>478
「行くよ馬! シロが撃つから、装弾の時カバーしてね!」
(どうせこれじゃあ倒せないだろうけど、まずは攻撃を繰り返して相手を見極めないとね)
「ウッス!」
シロは自動小銃を構え、臓硯に向けて引き金を引く。
金属製の銃身は砲音をがなり立て、その身を赤熱させる。薬莢から解き放たれた暴力が臓硯へ殺到する。その身を引き裂かんが為に。
さて、対する臓硯はと言えば──────
「ほう、ワシを測る気か。ならば存分に力を見せてやろう」
すっかり元通りになった触手を展開して銃弾を全て防ぎ──────いや、先ほどまでより明らかに一体辺りの触手が増えている。
さっきまででも充分対処に苦慮していたのに、コレはヤバい。二人にとっては正に悪夢──────しかもそれだけではない。
「ホレ、力を見せたぞ。感想はどうじゃ? 絶望はしてくれたかのう? ハハハハハハハハッ!!」
臓硯が三人から四人に増えた。怪物は四つの顔に悪辣な笑みを浮かべ、四つの口でせせら笑う。
見せつける様に振るわれた触手が山寺を破壊してゆく。シロとばあちゃるに逃げ隠れする場所を与えない様にするためだろう。
普通なら絶望しか有り得ない場面、しかし
「……これはキツイですねハイ。まあ絶望はしてやりませんけど」
ばあちゃるは震えた声でそう言い放つ。銃を己が手で構え弾を打ち放つ。臓硯へ向けて。
正直言うとめっちゃ怖い。でも大会で見た強者達の方が、門を守っていたアルトリアの方が、ずっと怖かった。だから絶望しない。
(力を見せたって事は、ここら辺が分裂数の底って事かな。希望的観測しすぎるのもアレだけど。触手の射程外から嫌がらせしつつ、集中力が切れたところに有効打を入れるのが良さげかなぁ。それにうん、"丁度いい")
>>479
シロは黙して小銃に弾を込め、ただその動作でもって抗戦の意志を示す。
英雄が怪物退治するのは当然の事。そこに理由は要らぬ。
「そうか─────」
希望を失わない二人を前に、臓硯はスンと笑みを納めて真顔になる。能面の如き真顔に青筋が浮かぶ。
────臓硯は酷く苛立っていた。何故かは解らない──────いやそうか、奴らを思い出して苛立ちが湧くのか。ワシの前に何度も何度も何度も立ちはだかって来た奴ら。
何度叩き潰そうとも立ち上がって来た、アイツラと似ておる! 恐怖してるくせに歯向かってくるあの馬男、慎二と同じだッ! ひたすら折れないあの白髪女、遠坂と同じだッ!
……消耗云々などもう考えはせぬ。全霊をもって目の前の敵を、潰す。
「──────希望ヲ抱いテ死ネ!」
「死なねえっすよ! 多分!」
臓硯は叫ぶ。老人を模していた肉体は醜く膨らんで真性の怪物へ、触手は太く鋭く変じた。
計40本、無数といっても差し支えない数が二人へ殺到する。殺意は至高、邪知も相変わらず、ある触手は尖った石で首を狙い、ある触手は砂を掴んで目つぶしを狙う。
40本の腕が単一の意志の元攻撃を仕掛けてくる。純然たる数の暴力、死をもたらす暴力の波が二人に迫る。正に必殺──────そう、さっきまでならば。
>>480
https://www.youtube.com/watch?v=7D38LcVhrzk&t=9s
「ナっ!?」
暴力の波がただ一撃で打ち払われる、シロの一撃によって。
シロの周囲に青い光が浮かぶ。彼女の『自身への応援を力に変える』スキルが発動したのだ。
「一体ナンダ!? ナ二が起こっタと言うノダ!」
「エイレーンちゃんの贈り物、なんだろうかと思ってたら、こう言う事かぁ。こりゃびっくりだぁ」
何時ぞやに貰った黒い箱。あの箱から飛び出たステルスドローンがシロにカメラを向けていた。
あのカメラがどこに繋がっているかは解らない。だが応援の力が集まっていると言う事は、きっと人の多い場所につなげてくれているのだろう。
「────」
瞳を細めてシロは笑みを浮かべ、心地良い空気を肺に取り込む。
シロは人の善意を心の底から信じている。だからこう言った事が起こるのも当然予想していた。しかしそれでも、泣きそうな程嬉しい。
──────勿論、泣いている暇はない。さあ反撃開始だ。
>>481
────────────────────────────────────────────────
──────視点は少し変わり、時間は少し巻き戻る。
ここはエイレーン一家の事務所。殆どの構成員は外に出かけていて、今ここに居るのはたった三人。アカリ、エイレーン、そして天開だ。
「急な依頼を受けてくださり、本当にありがとう御座います」
「俺は司会者ですから。金さえ貰えりゃどんな戦いもエンタメに変えてやるのがポリシーです。急な依頼だってこなしますとも。
それに、本来なら会員の招待がないと入店すら出来ない高級風俗のvip会員証まで貰っちゃあ、そりゃ受けない訳がないですって」
「喜んでもらえて何よりデス。実はそれ、店の方にはダメもとで頼んでみたのですが………有名司会者の天開さんなら会員に相応しいってことで特例が通りまして」
「いや、ハハハ。褒めてもなにもでませんよ。それはそうと、内容は事前の通達通りで良いんですよね? 何か変更があれば対応しますけど」
「そのままで大丈夫デース。『スパークリングチャット:50周年記念杯、優勝者シロとベスト8入り選手のばあちゃる。二人が相対するはカカラの大元。刮目せよ新時代の幕開けを』と言う内容のままで」
「承りました。んじゃ、そろそろスタジオ入りしなきゃなんで、失礼させて貰います」
天開が事務所のドアを開けて外に去った。
客がいなくなったのを見計らい、エイレーンとアカリはソファにグデンと身を預ける。
「あー疲れた。テレビ局、広告代理店、その他企業や団体諸々…………映像流すだけなのに、交渉しなきゃいけない場所が多すぎるってマジで」
アカリは額を揉む。蓄積した眼精疲労が頭痛にまで発展している。
>>482
「お疲れ様ですアカリサーン。視界が回復してからは殆ど働きづめでしたからね。マッサージでもしましょうか?」
「手つきが怪しいよエイレーン…………」
ここ数日、エイレーン一家は全力で働いていた。シロ達の戦う姿を司会付きで放映し、視聴者にシロを応援させ、『応援を力に変える』スキルを発動させる為に。
あのスキルの強力さは身に染みて解っている。あれさえ発動すればシロ達の勝率はグッと上がるだろう。
「さて、後は時間が問題デース」
「だね」
シロ達が既に『楽園』へ入ったのは独自の情報網で確認済み。この作戦を思いついてから全速力で行動したが、それでもかなりギリギリになってしまった。
この作戦はシロ達に迷惑をかけた償いでもあるし、カカラの消滅を街中に表明する為のモノでもある。失敗するわけにはいかない。
カカラが消滅するだけじゃ世界は良くならない。一般民衆は暫く外を恐れ、一部の聡い企業だけがその恩恵に預かるだろう。それではきっと駄目なのだ。
一部の人間が富を独占してしまうのはしょうがない。資本主義とはそう言うものだ。だが、富を独占し"過ぎる"のは良くない。才能ある下の人間がどうあがいても這い上がれぬ程に貧富の差が開くのは。
貧富の差を覆せぬ社会はきっと、息苦しく生きづらく、行き詰ったモノになるだろう。それが嫌なのだ。
どうせ生きるなら良い時代に生きたい。エイレーンもアカリもそう考えている。
「上手く行くと良いな」
「上手く行きますよ、そう願いましょう」
人事は尽くした。後はもう待つしかない。
>>483
エイレーンがそっと瞳を閉じれば、恩人の姿が瞼の裏に浮かぶ。老人となったエミヤ、身寄りのなかったエイレーン達を拾ってくれた、今は亡き恩人が。
ふと、彼の話してくれた昔話を思い出す。今は昔の過去話、セピア色すら抜けきった昔々の御話を。
お調子者の友人とのしょうもない喧嘩、もう食えないと思っていた物をまた食えたこと、妻と花を育てた事──────そして、エイレーンが何より好きだった作り話。
彼が毎度『作り話だ』と前置きして話してくれる壮大な英雄譚。普通の少年が勇敢な騎士と一緒に戦い、友と共闘し、襲い掛かってくる敵を苦戦しながら打ち倒し、最後は願いを叶える御話。直接見て来たかの様にイキイキとしたキャラ、誰も死なない綺麗なハッピーエンド、今でも好きな話だ。
これを語る度彼は静かに泣いていた。何故泣くのかは解らなかった。いつか涙に寄り添えたら良いなと、そう思っていたものだ。
────────────────────────────────────────────────
一週間で更新できると言っていましたが、大分更新遅れました…………
切り良いところまで書こうとしたら予想以上に尺が伸びしてしまいました
裏設定
臓硯について
作中でもちょいちょい示唆されてる通り、過去編で無茶蘇生したのが原因で大分知能が落ちている。
具体的には、原作時点でも散見されていた『機を待ちすぎて機を逃す悪癖』が滅茶苦茶悪化している上、変に舐めプする癖まで発症してます。
そもそも、臓硯が山寺に居た理由が
封印が解けたは良いけど、慎二の仕掛けたカカラ生産機能(強制)があるせいで弱体化の一方。動く準備を始める→
若干トラウマ気味だったエミヤが殺害される、天に登ろうとする魂を捕え手駒に→
これで味を占めた臓硯は潜伏に方針転換。霊脈から魔力を吸い取りまくって、カカラ生産による魔力消費<霊脈から獲得する魔力、にまで持ってゆく→
得た魔力でアルトリアを召喚し、エミヤの直弟子であるセバス・エミリーが死ぬのをホクホク顔で待つ→
ただ待っていたら、いつの間にか英霊が街の中に溶け込んで生活し出す→
ここで焦ってシャドウサーヴァントの生産を開始、当然ながら魔力収支はマイナスなので弱体化する→
霊脈から魔力を得ている関係上、潜伏場所もそうそう変えられない。打って出るには余力が微妙、と言う半ば詰み状態にまで追い詰められる
とまぁ、原作臓硯なら絶対有り得ないレベルのガバっぷりです
それでも戦闘時の機転を始め、調子いい時は往年並みの知性を発揮しますが
唐突ですが、しばらく後にハーメルンにも投稿するかもです
エピソードの追加などは基本ありませんが、回収しきれなかったor面白味の無い伏線を削除したり、解りづらい心情に軽く補足を入れたりはするかもです
>>487
ブラッシュアップするのでちょっと時間かかりますが、いい作品を投稿する予定なので楽しみにして頂けると幸いです!
>>484
シロ視点
獰猛に笑うシロ、動揺している臓硯、若干状況を吞み込めていないばあちゃる。三人が山寺の境内にいた。
グデンと垂れた触手共がミミズの死骸じみた様相を晒している。
「……まあよいわ、シネ」
臓硯は我に返って触手を引き戻そうとし──────しかし毛程も動かない。
「……?」
訝しげに肉体を震わし、臓硯は触手を見る。一見した限り傷はない。奇妙だ。
煮えたぎる激情が冷め、未知に対する恐怖がおもむろに顔を出す。内蔵がスッと冷えて行く。
────長い時を生きた臓硯は、この未知に対して仮説を立てていた。己の考え得る限り最悪の仮説を。
「オ、お主のその力はナンダ!?」
「んふふ、これはシロの『応援を力に変える』スキルだよぉ」
「───」
────最悪だ。臓硯の喉が閉塞する。
臓硯は汚染された聖杯と同化しているため『聖なる力』とか『正の感情由来の力』とかには滅法弱い。それ故、『応援の力』を纏うシロは臓硯の天敵と言えよう。
>>491
────事ここに至って臓硯は死を意識した。
「ソウカ、ソウカ、ソウカソウカッ! お主が死かッ!」
血を吐くような狂叫。死の恐怖が臓硯の胸を抉り、その痛みを狂気で塗りつぶ『お は ク ズ、天開司だ! 画面に映るはグーグルシティ50周年杯優勝者、シィィロォォォ! 彗星の如く現れたチャンピオン!』
死闘の場には到底合わぬ声が山寺に響き渡る。不思議と耳に馴染む声、グーグルシティの誇る名物司会、天開司の声だ。
「ハ?」
『シロと組むのは同大会ベスト8選手、ばあちゃる! そんなドリームチームに挑む大ッ怪物! 50年以上にわたってカカラを産み続けたビックマザー、名前は、えっと……とにかくヤバい怪物だ!』
『怪物の名前知らんのかい』『締らないネ』『こいつ倒したらカカラ消えるんだろ? すげえな!』『ホントかな?』『ホントであって欲しいな』
『──────』
エイレーン達の託したドローンから声が響く、あちらからの映像が空一杯に投影される。機械越しの応援が勇気と力を与えてくれる。
──────機械腕を付けた強面、利発そうな子供、派手な服を着た若者、ピーマンとパプリカの覆面レスラー、車椅子の老婦人、チャイナ服に身を包んでいる女性、脳天にギターピックを付けた男、買い物籠を抱えたご婦人、ゴシックロリータを着た偉丈夫、赤子を抱いた男──────バラエティ豊かなグーグルシティの住民たち。彼らは皆シロ達に釘付けだ。
>>492
「……目の前にいるのは臓硯! 今からシロが倒す男の名だよ!」
「オイラ達は勝ちますよハイ!」
シロは臓硯を指差してそう答えた。彼女の目に恐れはなく、喜びと戦意、ただそれだけが満ちている。
ばあちゃるももう臆していない。高らかに勝利を叫び、臓硯を見据えている。
『二人からの勝利宣ッ言! 果たしてこの宣言は果たされるのか!?』
『勝ってくれ!』『やっちまえ!!』『怪物に怯える生活を、終りにしてくれぇ!』
一秒経つ毎に上がる観客のボルテージ。シロを取り囲む青光が指数関数的に増大してゆく。
歓声がうねりとなって二人の胎を揺らす。二人は目を細め、全身で歓声を堪能する。
『あの二人が勝てば……僕たちはもっとシアワセに成れるんだッ!』『街の外で死に別れた妻の体、やっと探しに行けるのぅ』『子供が穏やかに過ごせる未来が欲しい!』
「───」
臓硯の視界が紅く染まる。怒りに任せて噛みしめた歯が砕ける。
グーグルシティ、大っ嫌いな慎二やエミヤが人生をかけて築き上げた街。そんな街に住んでいる奴らが希望を抱いているのに腹が立ってしょうがない。
────臓硯は感情のままに触手を生やす。
「死ね死ね死ねしねシねしネシネシネ! いい加減にシネ!」
「そりゃ、聞けない、願い、だよ!」
『臓硯のラッシュ! ラッシュ! ラッアアァァシュ!! シロ選手はそれを捌く、打ち破る!』
新たに生やした触手を叩きつけ、シロに破壊され、また生やし、破壊される。不毛な繰り返しをひたすらに繰り返して四つの体で繰り返す。
「もう一度言います、オイラを忘れないで下さい臓硯さん」
「グッ!?」
>>493
ばあちゃるの銃弾が四つ飛ぶ。臓硯が万全の状態ならば傷一つ付けられなかったであろうソレは、弱り切った臓硯達の肉を深く抉った。
『ばあちゃるの不意打ち! 怪物臓硯が膝を着いたぞ! このまま押し切っちまえ!』
『いけーっ! 銀髪の少女!』『大会に続きまた不意打ち……上手いっスね』『位置取りとかでも成功率変わるし意外と奥深なんだな』
「────」
臓硯はたまらず膝を付き──────そして冷静さを取り戻した。肉を抉られた痛みで頭が冷えたのだ。
(目の前のこいつらを殺せば活路は開ける……そのためには手数では駄目じゃ、こちらが先にリソースを吐き切ってしまう。勝てる可能性があるのは──────強力な一撃、とびきり致命的な一撃)
「もうよい。次だ、次の一撃で決着を付けようではないか。白髪の少女よ」
『おお! 臓硯からの決着宣言だ! シロ選手はこれを受けるか!?』
(早速弱点を読まれたかぁ。観客を萎えさせると強化量が減っちゃうから、割と行動を縛られるんだよねコレ)
「OK、受けるよ」
「ちょ、良いんすか?」
「良いの良いの、まあ見てなって馬」
シロは武器を捨て、拳を引く。宝具を撃つために。
>>494
対する臓硯は四つに分割した肉体を統合し”再構成”した。醜く膨らんだ体躯は元の老人へ戻る。本体へのリソースは最低限、次の一撃に全て注ぎ込む。
触手を一本生やす。先端を極限まで鋭利かつ強靭にし、筋繊維にまでこだわった特別製。グウと触手をたわませ、合わせる様に拳を引く。
『シロが乗った! 両者が構えた! さあお前ら、瞬き禁止だ、この先数秒を目に焼き付けろ!』
『勝って……』『もっと笑える世界へ!』『決めちまえ!』
『────』
「……解りましたよハイ」
風が吹く。生い茂った草が揺れる。
「宝具、真名開放『唸れよ砕け私の拳(ぱいーん砲)』」
「貫撃(ペネトレイト・ワン)」
「…………」
二人が動いた。
シロの一撃が彗星めいて奔る。蒼く綺麗に輝いて。
臓硯の触手は音速を突破しシロへ突貫する。ただ速いだけではない、有機的な軌道を描き、周囲に溶け込む色合いへと変化しシロを確実に狙う。
「……っ、避けた!」
深く、体が沈む程深く踏み込み、シロは触手を紙一重で避けた。獣の様に体をしならせ、臓硯の心臓を──────
>>495
「ハハッ!」
心臓を抉られた臓硯は嗤う。
「まさか!?」
二体目の臓硯が拳を振り切ったシロの背後に現れる。”再構成”の際、二つ目の肉体を新たに作成し、それを草陰に忍ばせておいたのだ。
『マジか』『殺し合いはこれだから怖え』『仇、取りに行くか』『いや待て』
────これで終わりだ、死ね──────
「なんてね、やっちゃって」
「ウッス」
ケリンから貰った手榴弾をばあちゃるが投げつけた。投げつけられた手榴弾はパッとケミカルに光り、臓硯の下半身を消滅させた。
「ナッ!?」
臓硯は上半身だけになった体を引きずり、驚愕に瞳を揺らす。
伏兵の存在を予め察知していなければ不可能な対応────いや、まさか。察知されていたのか。
『命中。やったね! いやー、牛巻が間に合ってホントに良かった!』
「マジで肝が冷えましたよ……」
────臓硯の弱体化が極まった結果、ブイデアからの通信が通じる様になり、オペレーターの牛巻によって臓硯の隠れ場所は筒抜けとなっていたのだ。
最も通信が回復したのはついさっきの事であり、紙一重の勝利であった。
「ヌ、ウ…………オノレ…………」
>>496
魔力を使い果たした臓硯は下半身の再生すら出来ない。完全敗北だ。
『勝負アリ! 勝者、シロ&ばあちゃるペア!! 喜べお前等! 今日より明るい明日が来るぞ!』
『今日より明るい日……それが明日だ!』『やりぃ!』『俺たちは特に何もしてないけどな』『棚ボタ最高!』『花、思い出の花を摘みに行こう』『ブラボー馬男!』『へっ、あのシロがいるなら勝利なんて最初から決まってたさ』
万雷の喝采がススキを揺らす。
勝利の歓喜にシロとばあちゃるの頬は緩む。誇らしく胸を張り、大きく息を吸う。そして歓喜の叫びを放つ。
「勝った! 勝ちましたよハイ!!」
「だね! だね! やったね!!」
二人で肩を抱き合い、喜びを分かち合う。優勝を飾ったスポーツチームの様に。
──────だが、ずっとそうしてもいられない。
「これで、終わりじゃないんだよね」
「?」
シロは緩んだ頬を締め直す。気が少々重いが、すべきことをせねばならない。
「馬、ドローンのカメラを止めて。これからする事は、きっと人前に晒しちゃいけない事だから」
「……ああ、解りました」
──────ばあちゃるはシロの言わんとする事を理解し、ドローンのカメラを手で塞ぐ。
『ちょっと、そりゃどう言う…………ああ、いや、そうか。…………終わったら教えてくれよな』
臓硯は殺さねばならない。だがその死まで晒してしまうのは、いくらなんでも酷だ。戦いの最中に殺すのと処刑は違う。少なくともシロにとってはそうだ。
>>497
こんなのは所詮自己満足でしかないのだろう。だがそれでも、情けでもかけなきゃ殺しなぞやってられない。
「シニタクナイ、シニタクナイ」
シロは臓硯の前に立ち、もがく彼の心臓を狙う。魔力の節約はしない、一撃で、痛みなく、確実に葬り去る。目は閉じない。
臓硯が弱々しくうめいている、ただの老人の様に。シロは臓硯から目を背けない。
「さようなら─────」
「マ、マテ」
臓硯が言葉を紡ぐ。シロは手を止める。遺言があるなら聞くと言わんばかりに。
「空……映像を、ミヨ」
臓硯は震える指で、空の映像を指さす。
そこには──────街で暴れるシャドウサーヴァントが映っていた。
「ワシが…………街に忍び込マせテおいた手駒達…………ワシを殺ソウともトマリはせぬ。ワシを見逃セばトメてやるガ、どうする?」
悪魔は嗤う。
最近面白い配信が多くて楽しい
今回はシロちゃん&馬&民衆、VS臓硯回でした
それはそうと、ノクターン掲載に向けた改稿作業に若干苦戦気味です、、、、手直ししなきゃいけない場所が多すぎてヤバい
おまけ
現地民(英霊は除外)の臓硯討伐貢献度ランキング
一位:一般民衆達
カカラを継続的に狩って臓硯を大幅に弱体化させ、シロちゃんにパワーを与えた。
ボスの力ありきとはいえコンクリの荒野に町(ニーコタウン)を作り上げたりと、総じてバイタリティに溢れた存在。
同率一位:慎二
この世界を臓硯を狩る為のシステムに仕立て上げた本人。数十年スパンで計画を建てたりする根気と執念の強さは臓硯譲り。
二位:遠坂、エミヤ
街同士の貿易ルートを確立した遠坂、武力で出来る事は大体やったエミヤ。
時代が中世とかなら英霊化いけるレベルの偉業
三位:セバス・エミリー
街の発展を支えた英雄ではあるものの、臓硯討伐には割と無関係なので惜しくもこの順位。
良くも悪くも『守護者』。歴史に名こそ刻めど、歴史を変えることはない。
エミヤの後継者ではあるが、本人達の後継者はいないという、『圧倒的強者の不要化』『時代の変化』を暗に象徴する存在でもある。
四位:桜、イリヤ
終始日常の象徴であった。他のfate勢を日常に引き留めるアンカーのような存在であり、必要不可欠ではあった。
ただ討伐そのものへの貢献度はまあまあ止まり。
五位:ピーマン・パプリカ
最下位。闘技場のスター選手以上の何物でもないので順当。
唯一無二ではないが、ファンからは必要とされる存在。
第二特異点の設定先出し
満月島
獣人の住む島。生まれた時の月の満ち欠けでケモ度が変わる。
出生に大きく関わる月を信仰している。
>>498
『スパークリングチャット』前。
「シネ、シネ、主のタメニ」「シネ」「シネ」「イケニエトナレ」
────普段から街を巡回している警備員たち。彼らが突然影の怪物───シャドウサーヴァント───へ変化したのはついさっきのことだった。
「逃げろ!」「逃げるっつっても何処にだよ!」「肩をえぐられた!」「俺、戦おうかな」「勝てるわけねえだろ!」「でも、悔しいじゃねえかよぉ」「…………うるせぇ!」
半ばパニック状態に陥った民衆達が無秩序に潰走する。影共はソレを追いかける。それは、さながら狩りの光景だった。
最後尾の人間から一人、また一人と怪我を負って脱落する。誰も友や家族を慮る余裕すらない、それは正しく地獄絵図───
「こっから先は通行止めッピ、怪物」
「皆さん落ち着いてください!
闘技場内部を避難所として開放してます。オイラが敵を引き止めるので、安心して下さいッパ」
────その地獄絵図を良しとしない者がいた。
ピーマンとパプリカ。二人のスターがシャドウサーヴァント共の前に立ちふさがる。
「ナン、ダ?」「テキ」「ツヨイ」「死ね」「シネ」
影共は足を止めた。目の前にいるのが強敵であると本能で理解したのだ。
「闘技場のスターだッ!」「来てくれた!」「ありがとう!」「希望、希望が見えてきた」
「ツヨイ」「メンドう」「でもコロセる」「勝てる」「カテル」「カテル」
「……ハハッ」
観客達の声援。影共の放つ鋭い殺気。二人は身を震わせる。
────正直怖い、死ぬのが怖い、期待に答えられないのが怖い、正直逃げたい。でも戦わねば。ここで逃げたら俺らはスターじゃない。
「……」
覆面を被り直す。
恐れも泣き言も全て覆面の下に押し込め、勇猛に拳を掲げる。
>>503
「さぁ、無観客試合と洒落込もうか!」
「キャラ付けの語尾忘れてるッパよ」
「……おっと、うっかりしてたッピ」
雲間から差し込んだ陽光が二人を照らす。ネオンや街灯広告が声援を送るかのように瞬く。
対戦相手『無数の怪物』、ルール『乱闘』、時間『無制限』、バトル・スタート。
§
グーグルシティ暗黒街、『ガイチュウ街』内部
「お薬は要らんかねー」「新しい密輸ルートが開拓されたってよ」「美男子専門ヒューマンショップ『薔薇バラ肉』新装開店!」「ハァーッ不景気! ケツが痒い!」「……やべ」「大物のお出ましだ」「何だよいきなり……」「シッ、目ぇつけられるぞ」
光届かぬ暗黒街に相応しいクズとロクデナシの集う場、ここは『ガイチュウ街』。
──────大通りに集っていた人たちが二つに割れる。モーセの渡る大海が如く。
「レイヘット、好機だぞ!」
「いずこら辺が好機でおりますか、鳴神殿? 吾輩には解りませぬ」
暗黒街の大通りを闊歩する二人。ギャング『サンフラワーストリート』のヘッド、鳴神裁。同じく『サンフラワーストリート』がNo.2、レイヘット。
整った顔に下衆な笑みを浮かべる『鳴神』、長身瘦躯の似非紳士『レイヘット』。この街でも選りすぐりのクズ二人、彼らの後ろを無数の部下が練り歩いている。
「それが判らねえからお前はナンバー2止まりなんだよ」
「おまっ──────」
「まぁそんな事はどうでも良いんだ。あれ見ろ」
ムッとするレイヘットを脇目に、鳴神は遠くを指さす。
──────鳴神が指差した先に影の怪物達がいた。不思議な事に誰かを襲おうとする気配はない。
>>504
彼らには知り得ないことではあるが
『ロクデナシしかいないここで人を襲ってもシロへの交渉材料にならない』
と臓硯に判断され、ここの住民は無視されていたのだ。
「いい感じに強そうな雑魚共。俺の力を示すにゃ丁度いい」
だがそんなこと鳴神は知らないし、仮に知っていたとしても、きっと彼なら『どうでも良い』と答えるだろう。
鳴神は下衆な笑みを顔に深く刻み、パンと手を叩き鳴らす。
「俺専用の武器持ってこい、部下共」
「へい」
鳴神は後ろに控える部下から巨大な銃を受け取った。
「BGMをかけろ、飛び切り派手な奴をな」
「へい」
https://www.youtube.com/watch?v=REuLlW2ktMg
ド派手なハードロックが鳴り響く。それもラジカセやCDなどの録音ではなく、生の演奏。
『Yellow lined』アーティストの多い『サンフラワーストリート』の中でも選りすぐり、一夜のライブでウン千万を動かす著名バンドによる演奏だ。
「ガイチュウ街の皆々様。これより殺戮ショーを始めます。心の弱い方は目をふさいで下さい。そうでない輩共は……オレの強さを目に焼き付けろ」
「言うねえ」「傲慢だけど実力はあるっス、忌憚のない意見てやつっス」「ショーだ!」
鳴神は演技過剰気味に声を張り上げ、周囲の注目を引く。
────そういや、ケリンの奴はあの影共を殺して、少し気に病んでいたな。殺して利益が出るならそれで良いだろうに。まぁ、ケリンがこれ以上気に病む事がないよう皆殺しといてやるか────
鳴神は見せつけるように引き金を引き、
「……あれ?」
弾がでない。
何度引き金を引いても弾がでない。安全装置とかは予め外しておいてあるハズなのだが。と言うか銃が妙に軽い。
>>505
「……あれ?」
弾がでない。
何度引き金を引いても弾がでない。安全装置とかは予め外しておいてあるハズなのだが。と言うか銃が妙に軽い。
「あ、これ中の部品殆ど抜き取られてるわ」
「整備を依頼したお場所、今ネットで検索したらこれ『夜逃げ』しておりますね。詐欺られ申した」
「……どうしよ」
鳴神の想定していた段取りが崩れてしまった。嫌な沈黙が流れる。
────ここで引いたら馬鹿にされる。それは嫌だ。
「ふ、ふん。武器とか要らねえんだよなぁ! 行くぞ怪物!」
「ナン、ダ?」「サァ」「トリアエズ殺すカ」「マーイーカ」
メンツをかけた戦いが、今始まる!
§
風俗街『ポルノハーバー』
「ハァ……不殺も楽じゃないデース」
「ウウ……」「コロ、ス」「殺さネば」
エイレーンは歎息し、額の汗を拭う。
彼女の周りに転がる影共の体。皆四肢を動かす健や骨だけをキレイに破壊され、命を取ることなく無力化されている。
『実力の高い穏健派』というイメージを前面に押し出す関係上、不殺を貫かねばならない。
「…… アカリさん達も、うまくやれてると良いんですが」
自身の武器であるサーベルに付着した血を拭き取り、緊張で凝り固まった首を回す。
無人の通り。いつもなら昼夜問わず輝くネオンは身を潜め、騒々しい筈の店達はシャッターを閉じて沈黙している。
「避難、迎撃訓練をしておいて良かったデース。まぁこんなタイミングで役に立つのは想定外ですが」
────お忍びでお偉方が来ることも多いこの風俗街。当然道は入り組んでいるし、隠し通路なんてものもある。
今は、それらを用いてシャドウサーヴァント達を分断し、エイレーン一家の幹部陣で各個撃破を行っている最中だ。
>>506
「対応策は既に打ちましたが、一体どれだけ役に立つやら……ま、気に病んでもしょうがないですね」
エイレーンは自身の長髪をかき揚げ、武器を構える。
────次の敵が来た。戦闘再開だ。
§
??????前
「誰か門閉めろ!」「コントロールルー厶が占拠されてやがる!」「駄目だ銃が通らねえ」「扉を破られた」「何なんだアレ。人なのか? 怪物なのか?」「知らねえよ」
グーグルシティ、南門前。ここの住民たちは幸運であり、不幸でもあった。
幸運なのは『前日から抗争が起きていて、殆どの住民が厳戒態勢に入っていたこと』、『住民達の気性が比較的荒く、サイボーグ化した住民も多いこと』。不幸なのは『圧倒的強者の不在』。
────シャドウサーヴァントは強い。英霊には数段及ばないが、それでも強い。
だが、ここの住民もそれなりに強い。柱となる強者がいれば、皆をまとめる指導者がいれば、話は変わっていただろう。だが……現実は残酷だ。
>>507
「よし一人やっ────」
油圧式アームで頭蓋を握りつぶした男が、影に腕を切り落とされた。
「見つか──」
光学迷彩で潜伏していた女傭兵が、強かに腹を蹴られた。
「蟷螂と蜜蜂、あの二人さえ来れば────」
ジェットブースター仕込みの脚で助けを呼びに行こうとした誰かが、膝から下を切断された。
────立ち向かう気概のある者。潜伏して機会を伺う者。助けを呼びに行く者。強い者賢い者を優先的に狙い、なぶる。
すぐに殺してしまうと人質にならない。だから嬲る、徹底的に嬲って殺す。
「やめ──」
殴る。
「痛い痛い痛い!」
斬る。
「お願い子供だけは───」
蹴る。叩く叩く叩く。悲鳴が出尽くすまで叩く。人という楽器が静かになるまで叩いて調律する。
悪意の元統率された群体による合理的拷問────「ヒャッッハー!」
豪快にエンジンを吹かし、トラック乗りの元アウトロー共が乱入する。ニーコタウンの戦闘員達だ。
「……あぁ」
誰かが小さく息を吐く。
棘付き肩パッド、傷だらけの風貌。平時であれば恐ろしく感じるその見た目が、今の住民たちには救世主のソレに思えた。
「ボスのことが心配になって街の近くまで来てみりゃ、門は開いてるし、見覚えのない怪物もいるしよぉ。何なんだ一体!?」
「……まあなんでも良いか───」
「コロス」
シャドウサーヴァントが一体、トラックの窓をぶち破り突入し─────
「難しい事は、敵をブチのめしてから考えりゃ良い。ボスもそう言ってたしな」
>>508
────火薬仕込のガントレットに殴り飛ばされた。
ニーコタウン戦闘部隊『運送族』。元アウトローである彼らの牙は、いささかも鈍ってはいない。むしろ昔より研ぎ澄まされてすらいる。
圧倒的強者はここに居ない。だが対抗するに十分な頭数は揃った。
§
ピーマン&パプリカ視点
「フッ!」
「ガッ……」
飛んできた短刀を蹴り返す。
「ハッ!」
「グッ……」
鋼よりも固く握った拳で影共を殴り飛ばす。
「……ッ」
肩を浅く抉られる。
「ハァ……ハァ……!」
一体倒すたび僅かに反撃を受け、一体倒す間に二体の後続が来る。
────戦い始めてから、まだ10分と少ししか経っていない。だが戦いにおいて10分は余りにも長い。10分全力で走れば人は疲れるし、ボクシングならとっくに2ラウンド終わっている。
並外れた身体能力を持つ二人でも、疲労は免れない。英霊と同じ様にはいかない。
シャドウサーヴァントにつけられた傷は既に数多。流血で全身が赤に染まっている。
>>509
「合体技行くぞ……ピッ!」
「おう!」
ピーマンは全身に力を込め、パプリカを持ち上げ────
「あ」
ピーマンの膝がストンと落ちる。疲労と失血が限界に達したのだ。
脱力は一瞬、鍛え上げられたピーマンの肉体は数秒で再稼働を始める。だが、戦闘における数秒のロスは致命的。
「シネ」
二人の頭上から影の怪物が一体、命を取りに来た。
ピーマンは勿論、パプリカも不意の脱力に巻き込まれて動けない。せめて無様だけは晒すまいと目を開き────
「───グッ!?」
『影』が撃たれるのを見た。音速を超えて飛来したライフル弾は、僅かな傷を影に刻みつける。
────影を蹴り飛ばし、ピーマンとパプリカが弾の飛んできた方向を見れば、そこには銃を構えた男が一人いた。
「ば、馬鹿だよなオレ。理不尽に襲って来た馬鹿共をぶん殴りたい。死んでも良いから殴りたい。その欲求に逆らえねえなんてさ」
「そうか…………」
ピーマンは苦悩のこもった呟きを吐く。
────正直言って、たかが一人加勢に来たところでほぼ無意味だ。無意味に犠牲が増えるだけだ。目の前の影共はまだ数え切れない程いるのだから。
「……済まんねスター。あんたらの献身を無下にしちまって」
男もソレを理解しているのだろう。どこか寂しげな笑みを浮かべている。
「いんや、アンタの反骨心から得た勇気のお陰で……オレはまだ戦えるッピ!」
「あぁ、その通りッパ」
漢二人、吠える。血染めの背中が闘志に奮い立つ。
さぁ────「?」
>>510
戦闘を再開しようと気合を入れた瞬間、二人は異常事態に気がついた。
先程まで間断なく襲ってきていた影共が、沈黙している。こちらを強く警戒している。
─────銃声がなる。一発や二発ではない。無数だ、無数の銃声だ。
─────家の窓、ビルの窓、壁に開けたのぞき穴。あらゆる場所から無数の銃口が突き出ている。
「臆病風に吹かれて……どうかしてたネ」「アイツの言うとおりだ、ぶっ殺してえ」「俺らも加勢する」「私も戦う」「今からそっち行く!」「もう逃げたくねぇ」「思い出した、シャドウサーヴァント……何もかも思い出しちまった」
憤怒に満ちた民衆の声。奮起した誰かの声。臆病を悔いる誰かの声。スタジアムやビルの扉が開く。様々に武装した様々な人たちが厳かに歩み出る。
────民衆が立ち上がる下地はあった。シロたちの戦いに勇気を貰い、突然の理不尽に怒りをためていた。後はほんの些細なキッカケさえあれば皆立ち上がる。そんな状態だった。
キッカケとなったのは、ただの一般人が放った怒りの慟哭。『理不尽な奴をぶん殴りたい』、どうしようもなく俗で、それ故に皆が共感した。
皆が立ち上がるという奇跡。ピーマンもパプリカも感涙で覆面を──────
「皆──────みんな、本当に戦ってくれるのかッピ」
「ああ!」「任せてくれ!」「後ろに下がって休んでくれやスター!」「俺らが100人いりゃ100人力! つまり最強!」
「そうか、そうか。ありがとう」
濡らす事はなかった。
──────あの影共は強い。この程度の数では勝てない。もっと沢山の人が立ち上がれば、いや、自分がもっと強ければ、誰一人死なせず場を納められただろうに。
なまじ半端に強いせいで余計に無力を痛感してしまう。
>>511
パプリカは覆面の下で唇を歪め、舌先で言葉を転がす。やり切れない感情を胸に秘めて。
「恨むぞ影共。お前らのせいで明日の墓場は満杯だ──────ん?」
声が、聞こえた。男の声。良く聞き慣れたダレカの声。
『逃げている者は足を止めずに、戦っている者は手を止めずに聞いてほしい』
『駄目です天開さん!』『すぐそこまでアイツらが!』
──────天開の声が街の中を響き渡る。背後から聞こえる悲鳴と怒号、あちらもかなり切迫しているのだろう。しかし天開の声はしごく落ち着いていた。
『なぁ……お前ら。影野郎に蹂躙されて悔しくねえか? 腹立たしくねえか? 立ち上がろうや、立ち上がってる奴らはもういる! 戦おう、戦おうぜ!』
最初は静かに、そして徐々に蹴立てる様に。小さな火が少しずつ燃え広がるように、声に込められた感情がヒートアップしてゆく。
────ピーマンとパプリカ、二人のいる場所が映し出される。たった今、人々の蜂起が始まったこの場所を。
『別に、ずっと戦えって訳じゃねえ。たった今、企業共の私設軍と傭兵が動き出した。だから、増援が来るまで戦って持ちこたえてくれ。背中みせて逃げるより、真正面から向き合った方が危険はすくねえ。頼む』
『最終防衛ラインに到達!』『早く撤退しましょう!』
盛り上がっていた声は、乞う様なトーンになって、それきり彼の声は聞こえなくなった。
>>512
「ハハハッ」
「天開。やっぱアンタ、生粋の司会者ッピよ」
演説を聞き、ピーマンとパプリカは心底から苦笑し、呆れたように腕を開く。
────司会と選手。長い付き合いのある二人には解る。さっきの演説は天開が人を焚き付ける時のテンプレパターンそのままだ。語りかけ、盛り上げ、そして頼み込む。
どうも、死の恐怖ですら彼の舌を鈍らせはしなかったようだ。
「増援の市民が来たぞ!」
他の場所に避難していた住民達も蜂起を始めた。
────この数なら勝てる。
「コロス!」
こちらを警戒して動きを止めていた影共が動き出した。
反攻戦開始。
§
鳴神視点
「ちょ、痛っ! 数が多……数が……誰か加勢しろよ! さっきの演説聞いたろ!? この鳴神様に加勢しろよ!」
「メンドイ」「お前嫌い」「オレは嫌な思いしてないから」
「……レイヘット、そして部下共。お前らは助けてくれるよな?」
「吾輩、所詮No.2止まりの人間でございますので……」「これから用事が……」「体調が……」
「あああアアァ! ゴミカスウゥゥゥ!」
単独戦継続中。
§
>>513
エイレーン&アカリ視点
「こっちは終わったよエイレーン。ヨメミ、萌美ちゃんの方ももうじき片付きそう。そっちはどう?」
「こちらも同様デース」
無力化され無数に転がるシャドウサーヴァント。彼らを踏まないよう気をつけながら壁にもたれ掛かり、エイレーンとアカリは言葉を交わす。
「いやしかし、やるじゃんエイレーン。企業の私設軍を動かす作戦は知ってたけど、まさか民衆の焚き付けまでやるなんて」
「……企業に使者を送り、軍を出させたのは私です。しかし、民衆を焚き付けたのは天開さん一人のアドリブデース。多少手助けはしましたが、本当にそれだけです」
緊急事態に備えて街の全域に配置しておいた隠しカメラ。それらの映像が壁に投影される。
─────カメラに映るのは全身を赤で統一した部隊。真ん丸な仮面をつけた巨漢。蜘蛛のような節足を生やした戦車。下半身が馬の伊達男。白い毛皮に身をつつんだ猟兵団。法の女神像型ロボ。バケツを被ったサイボーグ巨女────
半ば都市伝説として語られる伝説の部隊、企業専属の傭兵、次世代兵器のプロトタイプ。
団結すれば英霊すら打倒しうる強者達が、企業の名の下に影共を駆除してゆく。住民達の強固な抵抗によって分断された影共が、見る見る間に各個撃破されてゆく。
────この戦い、勝った。
エイレーンは満足げにまぶたを閉じ、腕を伸ばす。
「エイレーン、少し変わったね。数日前の大会が終わってから、気負いが無くなって自然体寄りになったと言うか」
「………………私は、絆されたのでしょうね、あの大会で戦った人達に。それはそうと、疲れたのでアカリさんの胸を揉みたいデース」
「うーん、手付きがいやらしいからダメ」
「そんなぁ」
明日のシロ生楽しみ
ハーメルン投稿に向けた改稿作業と平行だったので少し遅くなりました!
現在2.5割ほど改稿作業が完了し、後半にいくほど修正量は減るので多分そう遠くない内に投稿出来ると思います
自分で言うのもなんですが、冗長すぎる表現、無駄な相槌、不自然な言動、説明不足などを徹底的に修正し、無駄を削ぎ落したかなり切れ味のある作品に仕上げておるので楽しみにして頂ければ幸いです。
裏設定
『YELLOW LINED』
元ネタ:youtubeのシークバーにある広告出て来る黄色い線
サンフラワーストリート所属のバンド、50年前のシャドウサーヴァント騒ぎで散逸した譜面を廃墟からサルベージし、自分達で演奏して世に広める武闘派バンド
『全身を赤で統一した部隊』
名称:REDCARD
かなり前にチョットだけ言及されたエブリカラーファクトリーの軍隊。
やり過ぎた相手へ差し向ける、人生からの退場カード。
『丸顔の巨漢』
名前:サークルフェイス(丸田 秀夫)
企業所属の傭兵。全身に仕込んだ丸鋸で相手をズタズタにする。
オフでは普通に良い人。
『毛皮に身を包んだ猟兵』
元ネタ:.liveのマネちゃん、その擬人化
前に言及した上島職安の専属傭兵団。被ってる毛皮は化学繊維製であり、防弾、防刃に優れる。
>>514
シロ・ばあちゃる視点
────空に投影された街の映像。そこにはシャドウサーヴァントの群れを打ち倒す人間達が映っている。
己の手駒であるシャドウサーヴァントを街で暴れさせ、シロを脅迫するという臓硯の企みはこれで崩れた。
「──────」
臓硯は真ん丸に目を見開き、しばし息を止める。一度は世界を滅ぼした自分の手駒たちが、人の群れに負けるなんて信じられなかったのだ。
臓硯は必死に頭を回し───
「マテ、そうだ───」
「もう待たないよ」
シロに顔面をぶち抜かれた。『自身への応援を力に変える』スキルで受け取った力を、全て込めた拳によって。
圧倒的な正のエネルギーを込められたソレは、灰すら残さず、痛みを感じる暇すらなく、一瞬で彼を消し飛ばした。
「────さようなら」
力を使い切り、シロの纏っていた光が消える。戦いの喧騒は遠く、勝利の熱狂すらもとうに過ぎ去った。
今ここにあるのは静寂と疲労、それだけ。風がススキを時折鳴らし、風が止む度より重い静寂がやってくる。
>>518
「……」
「……ロ……ん」
シロは鼻で息をつき、夕暮れ間際の曖昧な空を見上げた。
────寂れた山寺、ゆっくりと巡る空、絶え間なく映り変わる空の映像。シロはそれらをただジッと見上げる。
「シロ……ん」
────時代に取り残され寂れるモノ、変わらないモノ、目まぐるしく動くモノ。
人でなくなった、英霊である己はきっと変われない、寂れてゆくモノなのだろう────
「シロちゃん!」
シロがセンチメンタルにふけっていると、ばあちゃるが声をかけてきた。彼の手にはスポーツの優勝杯のようなモノが握られている。
その杯は酷く劣化しており、亀裂や錆や欠けが随所に見受けられた。随分と古い物のようだ。
「見てくださいよシロちゃん。ついさっき地面からこれが生えてきたんです……もしかしたら、これが『楔』かも知れませんよハイ」
「おお、どれどれ…………どうかなあずきちゃん」
『かなり劣化してますけど、それでもかなり格の高い品ですぅ。あずき的には、それが『楔』と見て大丈夫だと思います』
「──────そうですか」
>>519
ばあちゃるは杯を抱きしめ、嚙みしめるように呟く。火を抱いた古薪のような、熱く静かな情感を込めて。
「ついに一つ成し遂げたんですね。これで日常が一歩、戻ってきたんすね」
「そうだよ、頑張ったね」
──────喜ぶ彼を見て、シロは羨望の混ざった微笑を浮かべた。
『日常を取り戻す』、彼の持つその願いはシロには絶対抱けないモノだ。シロは未来から来た英霊であり、今の時代に彼女の日常は無い。
無論、彼女にも世界を救う為の動機はある。それは『人類への愛』、愛しているから人を助けたい、だから世界も救う。…………だが、それが本当に自分のモノであるのか、それがシロには判らないのだ。だから悩ましい。
シロは世界を救う為■リ■ビ■■に呼び出された。だから、シロの愛も召喚の際に植え付けられたモノなのではないのかと、自分の心は本当に自分のモノなのかと、時折悩んでしまうのだ。
>>520
「──────馬、いくよ。それ落とさないようにね」
「了解っす」
シロはゆるゆると頭を振って、大きな瞬きを一つし、ばあちゃるの手を──────
「シロ、お姉ちゃん! 助けに…………あれ? もう倒しちゃってました?」
「みたいだね」
「ありゃりゃ」
引こうとした瞬間、ピノ、双葉、スズの三人が山寺の門を開けてやってきた。
かなりの疲労が見受けられるが、幸い致命傷を受けた様子は無い。三人とも晴れ晴れとした表情だ。互いの勝利を労うため、シロは握手を──────
「ねえアナタ…………歩きながらの応急処置は、流石に無理がありましたわ」
「思いついた時は、名案だと思ったんだがな…………あ、皆様方、これをお受け取り下さい」
と、ここでセバスとエミリーも来た。軽い口調とは裏腹に、どこか灰色がかった表情を浮かべている。よほど疲れる戦いだったのだろう。
────セバスが古びた日記を二冊、恭しく差し出してきた。
「これは、我が恩人の日記。臓硯を倒すに足る勇者へ渡せと、そう託されたもので御座います」
「そっか、届けてくれてありがとうね……どれどれ……おお!
こいつぁスゲェや! シャドウサーヴァントの実験記録に、隠蔽されて書かれた魔術の知見……それに黒幕の存在、か…………ん?」
>>521
ふと、シロは眉をひそめる。日記の背表紙にナニカを消した跡があった為に。
消し跡と言ってもただの消し跡ではない。専用の薬品でインクを落としたかのように、薄く色抜けした消し跡だ。それもかなり新しい。
「……ねぇ牛巻、この消し跡どう思う?」
『ほんの僅かに魔術の痕跡は感じるけど……うーん。
既に発動した魔術の痕跡とかじゃないかな。そんな大したもんじゃないと思うよ』
「そっか、ありがとね牛巻」
シロは日記を閉じ、懐にそっとしまう。
────空は夕暮れ。空も、雲も、人も、何もかも。みんな等しく蜜柑色に染まる。涼しい風が心地よい。
戦いはひとまず終わりだ。
§
??視点
────節足を蠢かせる。大地をはう。草をかき分ける。複眼を動かして脅威を探る。バレないように、殺されないように。
「オのれ……オのれ! 死んでシまえ、あの、不届きドモメ!」
呪詛を吐く。なんの意味もないが、見つかるリスクが高まるだけだが、それでも堪らず呪詛を吐く。
「……オのれ、オのれ……」
────シロに消される寸前、臓硯は己の魂を近くにいた虫へ移し、どうにかこうにか生き延びていた。
蓄えた力はほぼ吐ききり、聖杯も放棄せざるを得なかった。今の臓硯は人の魂が混ざっただけの虫でしかない。
だがそれでも、臓硯の魂は健在である。聖杯によって為された不死の本質は、肉体の不死ではなく魂の不死。
聖杯が汚染されていた故に不死にまでは至らなかったが……それでもかなり無茶は効く。虫と魂が混ざろうと、臓硯という存在は常に固持され続ける。
>>522
「次は……次こそは……」
触覚を揺らし、臓硯は嗜虐的に鳴く。
今回は負けてしまったが、こうして命さえあれば何度でもやり直せる。何十年、何百年かかっても力さえ取り戻せれば「次なんて無いよ、お爺さま」
────声が、聞こえた。上から聞こえた。すぐ近くで聞こえた。慎二の声が聞こえた。聞こえた。聞こえた。
「……!」
外骨格を軋ませながら上を見ると、そこには虫のキメラがいた。
────蟷螂のカマを取り付けられた蜜蜂。それもかなり大きな蜜蜂。
体表は概ね白く、カマは陰陽玉の様な白黒のカラーリング。
赤い宝石を腹に抱え、桜の様な柄も言えぬ芳香を放っている。
様々な人間の意匠を雑に混ぜ合わせた様なソレは、酷く認識が難しい。隠形の魔術がかかっているのだろう。
「おはようお爺さま。不老不死の夢は覚めたかい?」
春の日差しを思わせるその明朗な声は、しかしどこか冷酷さをも孕んでいる。
「な、ナゼ、ナゼここにいる! 慎二!」
「ナゼってそりゃ、頑張ったんですよ。
蠱毒の法でメチャツヨな使い魔作って、そいつに僕の人格を複製して……そんで自分自身を日記の背表紙に封じといたんです。
お爺さまを倒せそうな奴が来た時、ソイツを手助けするためにね」
肉食昆虫特有の顎を軋ませ、慎二はキシキシと笑う……そう、笑っている。表情筋などない筈の虫の顔で、確かに笑っている。
「オリジナルの僕はとっくに死んでるから、厳密には違うんだけど……僕らの恨み、晴らさせてもらうよ」
>>523
「ニ、ニげ……グッ……」
逃げ出そうとした臓硯を、水の輪が捉える。魂すら逃さぬ、慎二特製の拘束魔術で。
────翅を唸らせ慎二は降りる。特別なご馳走にナイフを刺す時のように、厳かに、楽しげに、はやる気持ちを抑え、ゆっくりと。
「ヤメロ、ヤメ────」
カマで臓硯を押さえつけ、尻の針を深々と突き刺す。魂すらも蝕む悍しき毒針を。
────針を刺された臓硯はバタバタと暴れ、そしてすぐに動かなくなった。
「……これにて終了! くぅー、疲れました! 一矢報いられればそれで良かったけど、中途半端に出遅れたお陰でトドメ頂けちゃうとはね!
……さて、これからどうしよう……どうせ1週間位で寿命が来るだろうし、後はテキトーに生きちゃおうかな」
慎二は空へ飛び立つ。
「──────おぉ」
空の綺麗さに、息を吞む。
人の目では認識できぬ色彩、全身で感じる雄大な世界、彼の心は震える。
──────さて、残された短い時間で何をしよう。虫の味覚でしか感じられない美味を追求するのはどうか、いや、ここは思い切って絵画に挑戦してみようか。世界旅行も捨てがたい。
色んなことが出来るぞ。楽しいなぁ、楽しいなぁ! 死んだらあの世でオリジナルに自慢してやろう!──────
復讐を果たした彼に今や何の束縛もない。自由だった。
その後、なんやかんやあってセバス・エミリーと共に暮らし、キモカワ系マスコットとして一躍人気者になったり、生物学者に追われたりと、20年程波乱万丈な虫生を送ることになるが、それはまた別のお話。
シロちゃんの新衣装メチャカワだった! なにげにモノクロベースの衣装は初めてな気がする
それはそうと、学業が忙しいのでちょっと短めの更新です
ハーメルンに向けた改稿作業は、そろそろ完了の目処が立ちそうです
ちょっとした裏話
『その後…………、それはまた別のお話。』の下りを入れるかどうかでかなり迷った。
正直あの下りない方がオチとして綺麗なのですが、多少強引にでも幸せな結末にしたくなってしまう……
『対エミヤ戦』
実は決着をつけるのにかなり苦労した戦いだった。
ボツネタ例
『毒入り含み針で決着』
ボツ理由:余りにもあんまりだし、地味だったのでボツ
『鶴翼三連vs比翼二連』
ボツ理由:鶴翼三連の動きがメディア毎に違いすぎて良く解んない
原作での説明的にタイマン用っぽい鶴翼三連を、2対1の状況で使う意味がない
『足に仕込んだブースターによる奇襲で決着』
ボツ理由:頭の中でイメージしてみたら、思いの外動きがダサかった
あと、今まで使わなかった意味がわかんないのでボツ
https://www.youtube.com/watch?v=R0iJBxsYuRY&list=PLUjwA-Z4c05rAfdrDkQt8ZJP7iohktSIP&index=25
BGM張り忘れてました
ホントは型月orV関連の曲もっと使いたいけど、、、、、、なんかもったいなくて出し渋っちゃうんですよね、、、、
>>527
構想段階ではめちゃくちゃ面白いと思ってた展開が、実際に書いてみると普通につまんないとか結構あるあるです
>>524
──────────────────
エピローグ
──────────────────
シロ・ばあちゃる視点
戦いが終わって数十分後。
各々のてん末、ばあちゃるが『楔』を手に入れたこと、日記の内容などの重要な情報をすり合わせ終わり、皆どこか手持ち無沙汰気味な雰囲気を漂わせていた。
「そういえば、『楔』を回収すると具体的にどうなるんすか?」
『切り取られた世界の一部、この特異点に結びつけられたモノが元に戻っていく……ハズなんだけどね。
ただ、世界が切り取られるなんて前例のない事だからさ。ある程度予想は付いてるけど確信はもてない、ってのが牛巻の答えかな』
「あー、確かに。そりゃそうっすね」
乾き気味のノドを震わせ、ばあちゃるが誰にともなく質問を投げかければ、牛巻が玉虫色の答えを返す。
立つのに疲れたばあちゃるが山寺の柱に寄りかかると、腐りかけの柱がミシリと嫌な音を立てた。
「ヤベ………大丈夫か。
そういえば、このあとどうするんですか? 個人的には、大会でお世話になった人たちに別れの挨拶をしたいですねハイ」
『んー、ごめん。牛巻が思うに、それは難しいかな。
こうして世界をまたいで通信ができたり、ばあちゃる君を送り出せたりするのは、切り取られた世界が結び付けられていた────つまりある種地続きの、繋がっている状態だったからなんだよね。
だからそう、『楔』を回収した後にすぐ帰らないでいると、こっちとそっちの繋がりが薄れて帰れなくなっちゃう可能性があるのさ」
>>529
「なるほど」
「……それに、ばあちゃる君がいること自体が、二世界間の繫がりを逆説的に証明しちゃう可能性だってある。
存在そのものが一種の魔術であやふやな英霊は、そこら辺ほぼノーリスクだけどね。
この繫がりってやつが結構ヤバくてさ……世界をまたいだ通信だって可能な限り減らさないとなんだ。実のところ、そのせいで情報共有にかなり支障が出ててたりする』
「な、なるほど……?」
ばあちゃるの投げかけた雑な質問。ソレに牛巻が物凄い長文を返してきた。
─────詳しい部分は良く解らないが要するに、『今すぐ帰らないとマズイ』ということなのだろう。多分────
ばあちゃるはそうやって自分を納得させ、尻に付いた木くずを取り払う。
「───」
(何度も死にかけたけど、仲間が死んだりはしなかったし、祭も楽しかったし………振り返ってみると、そんなに悪い旅じゃなかったすね)
何となしに深く息を吸う。
木々の穏やかな香り────そしてアスファルトの薄カビた臭いが肺を満たす。
子供の頃からかぎ慣れた都市の匂い。ばあちゃるの世界に取り戻すべきモノ。
「…………馬、そろそろ帰ろう」
「ええ、そうしましょう。セバスさん、エミリーさん、色々とお世話になりました。ピノピノ、ふたふた、すずすず……次の特異点でもよろしくお願いします」
「馬……シロ以外の英霊は特異点に居残りだよ。『楔』を回収した後の経過観察のために」
「え………………それマジすか? てっきり特異点解決するたびに仲間が増えるもんだと─────」
シロとばあちゃる、光が二人を包み────世界を渡る。
§
>>530
──────────
帰還
──────────
「世界を渡るとなんかこう、二日酔いみたいになるんですね。初めて知りましたよハイ…………」
「まあ、大分無茶な転送してるからそりゃね……魂の疑似霊子化とか、本来必要なプロセスを何個かすっ飛ばしてるし……」
「はえー……色々大変なんすね」
帰還したシロとばあちゃるは硬質な床を、確かめるように何度も踏みしめていた。
近未来的な内装、KANGON、用途不明の機械類。ここはブイデア。シロたちの本拠地。
一週間ぶりくらいの、しかし久しぶりに感じるブイデア。
ブイデアの床は所々ヒビ割れており、割れた窓から冷たい風が吹き込んでくる。火災の傷跡がまだ残っているのだ。
─────ばあちゃるが辺りを見渡していると、後ろから牛巻に声をかけられる。
「お疲れ様。今日はゆっくり休んでね……あ、そうそう。明日は『楔』回収を記念して打ち上げパーティするからさ、楽しみにしててよね」
「おお! 楽しみにするっす」
ばあちゃるは牛巻に『楔』を渡し、自分の部屋へと歩を進めた。
§
ばあちゃる視点・数時間後
「…………」
ばあちゃるは部屋のベッドに腰を下ろし、窓から外を見ていた。
部屋に入ってすぐシャワーを浴び、ラフな格好に着替え、ケトルにお湯をセットし、そしたらもう─────やることがなくなった。
備え付けのテレビは動かず、本棚に並べられた本も今は読む気がしない。
「……」
なんの娯楽も興味を引かず、なにもするべきことがない。
「…………」
>>531
「…………」
締め切った窓。外は雪山。
しんしんと降り積もる雪。渦巻く吹雪の気ままな唸り声。体の端から染み入る寒さ。
来たばかりの頃は不安を煽るばかりだったこの光景も、今となっては穏やかな非日常の景色。
「……」
ばあちゃるは何度かパチパチと、カメラのシャッターを切るように瞬きする。
────しばらくすればこの景色は、退屈な雪ばかりのモノにしか見えなくなるだろう。
だからそう、この白く鮮やかな情景は─────きっと今しか味わえない。
日常への愛と非日常を楽しむ心は両立する。この冒険を少しは楽しんでも良いかもしれない(死ぬ覚悟は前提として)。
「……お」
電気ケトルが蒸気を放つ。コポコポと含みのある声をあげる。
ばあちゃるはベッドから腰を上げ、ケトルを手に取り、マグカップに向けて傾けた。
「……」
マグカップの三分の一程までお湯を注ぎ、ココアパウダーを入れる。揺らす。またお湯を注ぐ。
─────もう一杯作ってしまおうか。どうせ二杯以上飲むし────
とばあちゃるは考えて二杯目を作った。
「…………」
湯気立つココアを両手に1杯ずつ持って運び、ベッド脇の小さなテーブルにそっとおく。
「あ」
ばあちゃるは自身の額に手を当てる。
二杯のココア────二杯もあれば飲み切る前に冷めてしまうと、今更気づいたのだ。
「どうしよ……まいっか。冷めても飲めますしねハイハイ」
ばあちゃるは誰に言うともなく呟き───『コン コンコン』
部屋の扉がノックされた。うるさくない程度には控えめで、しかしハッキリ聞こえる程度には力強く。
>>532
「シロだよ、入れて貰っていーい?」
「もちろんですよハイ」
部屋のカギを開け、扉を開いた先にいるのは当然シロ。右手に何やら袋を吊り下げている。
「どうしたんすか? シロちゃん」
「自分用にクッキー焼いてたんだけどさ……ちょっと作りすぎちゃって。せっかくだから一緒に食べない?」
はにかんだ声でそう言うと、シロは袋を差し出す。
─────キレイに焼かれたクッキー。星、四角、丸に三角、色んな形のクッキー。ハート型こそないが、それ以外の型は殆ど網羅されている。
「お、良いですねハイ。実はオイラもココアを余計に作っちゃいまして。仲間ですねオイラ達」
「…………うーん、まあそうだね。早く食べちゃおう」
シロは部屋に入ると ばあちゃる の隣に座り、ココアとクッキーを堪能する。
「……」
しばし沈黙。雪の吹く音とクッキーを食む音だけが部屋に反響する。
─────ふと、シロが口を開く。
「……ねぇ馬。もしさ、生前のシロ達と馬が面識あるって言ったら信じる?」
「あ、やっぱりそうなんですねハイ」
「察してたかぁ。ま、流石に解っちゃうか」
シロはココアを飲み干し、古びた春風のように笑う。
「まあハイ。因みに……シロちゃんがソレを隠した理由もなんとなく解りますよ」
「お、じゃあ答えてみてよ」
「ブイデアにきたばかりのオイラに、余計な負担をかけないようにしていた……どうすか?」
「………………ん、当たり」
「うしっ」
>>533
拳を持ち上げガッツポーズを取るばあちゃる─────そんな彼に、シロはそっと頭を預ける。
「ちょっ、カワイイ娘がそんな事しちゃ─────むぐっ」
「馬、うるさい」
─────馬の覆面に手を差し入れ口を塞ぐ。シロはまぶたを閉じ、昂ぶる彼の鼓動を聞いてほくそ笑む。
シロが満足するまでの間、二人はしばらくそのままでいた。
https://syosetu.org/user/373685/
bgm
https://www.youtube.com/watch?v=a4_kzuVfNQU
ついに! やっっとハーメルンでの投稿に向けた改稿作業がひと段落しました!
通しで読み直して問題が無かったら、金曜日の夜辺りに>>534に乗せたユーザーページへ投稿する予定です!
シロちゃんのメン限でやったハンドトラッキング配信良かった
おまけ
グーグルシティ兵器カタログ
・マンティスブレード
元ネタ:サイバーパンク2077
主な使用者:セバス
解説:肉体改造で腕に取り付ける仕込刀。構造がシンプルで壊れにくい。サブウェポンとして運用されることが多い。
構造のシンプルさ故にカスタムの幅も広く、ばね仕掛けのモノまで存在する。
・パイルバンカー
元ネタ:色んなサブカル
主な使用者:エミリー
解説:対人向け……と言うよりは対怪物、対物性能に重きを置いた武装。角度と出力次第では戦車装甲すらぶち抜くイカレタ威力を誇る。
・パワーアーム
元ネタ:特になし
主な使用者:シャドウサーヴァントの頭握り潰してた人
解説:強いパワーを持つ機械の腕。腕力に重きをおいたモノ、握力に重きをおいたモノなど様々なモデルが存在する。
毎年、この腕を用いて重い物を持ち上げようとし──────腰をいわしてしまう人が結構いる
・光学迷彩『ブルーバック』
元ネタ:BB(背景切り抜きの方式の一つ)
解説;人やモノに被せると、周囲の光を捻じ曲げて透明になる布。
裏面が青いため、ブルーバックとも呼ばれる。激しく動くと透明化が解けてしまうので、使いこなすのにはそれなりの訓練が必要。
高温多湿の環境下では使えない(結露してしまうため)のだが、それでも風呂覗きに使おうとする馬鹿が後を絶たない。
せっかくなので、改訂版の一話を先行掲載しちゃいます!
「システム適合者の『消失』を新たに観測。残存適合者は一人。その名は────」
「────あの人だけには、どうか平穏に暮らして欲しかったのですが、無理でしたかぁ」
§
───────────────────────────
第一特異点 復興汚染都市 グーグルシティ
───────────────────────────
──────ここは雪山。中腹を過ぎて暫くは経っただろうか。
雪上に刻んだ足跡はすぐに埋もれ、平坦な白に染まる。
フワリと堕ちる雪共は風に吹かれてフラフラ踊り、どこに落ちるかなんて解かりゃしない。
「……どうしたもんですかね」
馬の覆面を被った奇人──────もとい、『ばあちゃる』は冬の青空を見上げ一人ごちる。
「…………ねえ馬、歩くの大変ならシロが担ごうか?」
今ばあちゃるに話しかけたのは、白髪青目の幼びた少女、シロだ。真っ白なアホ毛が目に眩しい。
──────顔は幼げだが、その肢体は豊満で蠱惑的。危うい魅力をもった少女だ。
「いや、大丈夫っす。オイラこう見えても結構体力あるんでねハイ…………」
「ホントに大丈夫?」
「──────ええ」
心配そうにするシロに、彼は浮かない声で応えた。
──────ばあちゃるは困惑していた。
会社に出勤しようと家を出た瞬間に拉致され、シロと名乗る美少女に雪山を連行された。
いつも馬の覆面をつけ、奇妙な喋り方をする彼だが、それを誰かに指摘された事はない。
普通に産まれ、普通?な人生を送ってきた。そのはずだ。
こんな非日常経験したことなどないし、どう反応すれば良いかもワカラナイ。脳がまだ現実を認識できていない。
>>537
一体どうしたものかと思い悩みながら、ばあちゃるは雪山を登りつづける。流されるがままに。
「シロさんに幾つか質問していいっすか」
「”シロちゃん”って呼んでくれたら嬉しいな…………それで、どんな質問?」
ばあちゃるは遠くに見える建物を指さす。
「遠くに見えるあの建物。オイラが連れてかれるであろうアレが何なのか、教えて欲しいっす」
「ああ、あそこはねぇ…………未来観測所『ブイデア』。ま、施設の詳しい話は後でしたげる」
─────しんしんと降る雪の中、二人は穏やかに会話を交わす。少なくとも表面上は。
「未来の観測所? 何か凄そうっすね……それともう一つ質問なんすけど、オイラとシロさ……シロちゃんって実は知り合いだったりします?」
「……………………それは、気のせいじゃないかな」
「でもほら──────」
「おっと! もう少しで目的地に着いちゃうね、会話は終りだぁ!」
ばあちゃるの会話をぶった切り、シロは彼の手を引いて走り出した。
§
ポツリとだけ見えていた建物は近づく程に大きくなり、十分もしない内にそこへ到着した。
シロが扉を開けば──────そこには奇怪な大広間が広がっていた。
近未来チックな内装、不可思議な文様に埋め尽くされた床。スタッフと思わしき人たちがせわしなく行き来している。
──────入ってまず目につくのが子供の書いた顔に立体感を足したようなオブジェ。大広間の中央に鎮座しているオブジェだ。
「…………なんすかあのオブジェ?」
ばあちゃるが怪訝そうにソレを指差せば、シロは待ってましたとばかりに説明しだす。
>>538
「よく聞いてくれたね。アレはここブイデアの要、未来・過去観測及び世界線跳躍装置『KANGON』だよ」
「KANGON? ちょっと変わった名前っすね、と言うかサラッとヤバ気な単語が」
「んー………今の事情含めて色々説明出来る子がいるんだけど──────」
「お呼びですか?」
──────背後から突然声が聞こえた。ばあちゃるが驚きのままに振り向けば、そこにいたのは紫髪の少女。
「……!?」
「お、いたいた。紹介するね………この子は”木曽あずき”ちゃん。ここの主席研究員なんじゃぁ」
「…………おぉ、それは凄いっすね」
「ハァイ、あずきですぅ。呼び名なんですけど、あずき、あずきち、どんな風に呼んでもらっても構いません。でも…………出来れば強そうな名前でお願いしますぅ」
紫髪隠れ目の大人しそうな見た目、しかし内面は掴みどころが無い。それがばあちゃるの受けた木曽あずきの印象だった。
あずきはKANGONの前まで歩くと手招きする。
手招きされたばあちゃるはKANGONへ近寄り、顔を近づけて良く観察した。
──────KANGONの表面は陶器のようにツルリとしていて、ざっと見た限りではただの巨大な焼き物の様にしか思えない。
「…………これがKANGONでいいんすよね?」
「ハァイ、これこそ未来観測器KANGONですぅ。元はとある神社の秘宝だとか、色々来歴があるんですけど……長くなるのでそこは省きます。
未来観測、過去観測、はたまた別世界線に飛んだりと中々に万能なんですけど…………とりあえず触れてみてください」
>>539
そう言われ、ばあちゃるは恐る恐るKANGONに手を触れた──────その瞬間、脳に流れ込む強烈なイメージ。
──────燃え盛る室内、崩落する天井、瓦礫が四肢を踏み潰す音、そして苦痛。余りの内容とリアリティに打ちのめされる。
「……ッ」
座り込むばあちゃる、駆け寄るシロ。
「馬、大丈夫? 息が荒いよ……」
「嫌な未来が見えたんだと思いますぅ。でも安心してください、しばらく前からKANGONの未来観測は当たっていません」
「……え? そ、そうなんですか。それは良かった……いや、それヤバくないっすか?」
「かなりヤバいです。従来ですら未来観測の精度は3割程度だったのに、今じゃ0割。もう一つの能力しか機能していないですぅ」
──────あずきの声を聞きながら、ばあちゃるは息を整える。
あずきの言葉を信じるのなら、あの流れ込んできたイメージが現実になる事は無いと言うことだ。会って数分の人にそんな嘘をつくメリットはない。
だから、あの光景が現実になる事は無い、無いのだ。
──────自分にそう言い聞かせ、ばあちゃるはゆらりと立ち上がった。
>>540
「……もう一つの能力って言うと、世界線跳躍のことですよねハイ」
「そうです。世界線跳躍ですぅ…………ちなみに、私やシロさんはKANGONの機能を応用して未来から呼び出された『英霊』です」
「シロ達は英霊なんだ!
後、あずきちゃんは恥ずかしがって言わないけど……任意の世界線に行く方法を確立したのはあずきちゃんなんじゃぁ」
「恐縮ですぅ」
ポウと頬を染めるあずき。余程照れくさいのか、足をせわしなく動かしている。
──────英霊、英霊なら知っている。世界に名を刻んだ英雄を使い魔として呼び出したモノ、それが英霊。
魔力を糧として動き、人智を超えた力を振るうモノ達。
自身の逸話にちなんだスキル(スーパーパワーとか超能力的なモノ)、そして宝具と呼ばれる切り札を持つ存在…………しかし俺はなぜそんな事を知っているのだろう──────
そこまで考えた所でばあちゃるは奇妙な頭痛に襲われ、思考を止めた。
「────」
「まだまだ話すべき事は沢山あるんですけど、今日は疲れてるでしょうし。詳しい話は明日にしますぅ」
「……そっすね。そうしてもらえると嬉しいっす」
§
あずきとシロに別れを告げ、ばあちゃるは寝泊まりする部屋へと案内された。
案内された部屋は温もりを感じる木張りの内装が施されており──────それと先客がいる。先客は死にそうな雰囲気を出しながら書類と格闘していた。
机にかじり付くその先客は──────中性的な金髪の少女。陽の光を擬人化したかのような明るい雰囲気の少女だ。
「あのー」
「あっ、ごめん。片付けるからちょっと待ってね」
「仕事、終わるまでやっちゃって大丈夫っすよ」
>>541
慌てて鞄に書類をしまおうとする少女を、ばあちゃるは引き留める。しかし少女は首を横に振って快活に笑う。
「うん、ありがとう。でも大丈夫、丁度一段落したところだから。僕の名前は牛巻りこ、君の名前は?」
「オイラの名前は ばあちゃる です。大分疲れてる様に見えるっすけど、大丈夫すか?」
「全然大丈夫だよ! 平気平気! もう慣れっこだしね」
「それは大丈夫なんすかね……」
──────牛巻と駄弁っていると、ふとシロ達との会話を思い出した。
「そう言えば、りこさんも英霊、なんすか?」
「りこりこって呼んでくれたら嬉しいな…………まあ、君の言う通り牛巻達は英霊でね。
このブイデアには、シロ、木曽あずき、もこ田めめめ、神楽すず、金剛いろは、北上ふたば、ヤマトイオリ、八重沢なとり、カルロ ピノ、花京院ちえり、牛巻りこ、猫乃木もち、夜桜ちゃん、計13人の英霊が所属してるんだ…………因みにリーダーはシロちゃん、覚えといてね」
「確かに多いっすね。ちなみに顔写真とかはありますか? 今の内に顔と名前を一致させときたいっす」
「もちろんあるよ…………はいどうぞ」
牛巻から写真を手渡された。
─────渡された写真に写っている13人の英霊。どの子も百人いれば百万人が振り返るような美少女。
これからこの子達と仕事をするのか、少し楽しみだな、と思った時──────ふと、自分自身の日常を思い出してしまった。
>>542
部下を笑わせようとしてよく滑る上司、生意気だが根はまっすぐな部下。先月結婚したばかりの同僚に散々惚気話を聞かされたりもした。両親とは年に数度しか会えないが、それでも大切な家族だと胸を張って言える。
色んな思い出が、堰を切ったように溢れ出てくる。
──────突然の非日常を前に半ばマヒしていた感情。少しの余裕が出来てしまった事で感情が動き出した。動き出してしまったのだ。
「──────」
怒り、困惑、悲しみ、自身の内からこんこんと溢れ出る感情に耐えられず、思わず床に座り込む。
「……大丈夫?」
「大丈夫っす、いや、大丈夫じゃないですね…………なんで俺は攫われたんですか? いや、もう何でも良いから早く俺を────」
ばあちゃるは感情のままに『家に帰してくれ』と言おうとして、結局言葉に詰まってしまった。
罪悪感と決意がない交ぜになった牛巻の表情を、見てしまって。少女が浮かべるには余りにも重い、その表情を。
「そうだね…………知る権利が君にある。説明の義務が僕にある。教えるよ、何もかも。
…………KANGONで過去を観測している時、僕らはある事に気が付いた。世界のあちこちが切り取られている事に」
「世界が切り取られる?」
「そう、切り取られた場所は世界から切り離される──────そして元からなかった事になる。そこに有ったハズの人やモノも一緒にね」
「…………なんすかそれ。そんなの気付いたところで、どうしようもないじゃないですか」
ばあちゃるは姿勢を低くして座る。大切な人や思い出を失ったことにすら気づけない恐怖に気づき、心が沈む。
>>543
「いや…………どうにかする方法はある。切り取られた世界は寄せ集められて、3個の特別な世界線、『特異点』と呼ばれる場所に縛りつけられてるの。
──────『特異点』には切り取られた世界を繋ぎ止める『楔』がある。だから牛巻達が『楔』を回収すれば世界はもとに戻る、ハズなんだよ」
「なるほど、突飛な話ですが信じますよ。
…………でも、なんでオイラは攫われたんすか? ちょっと変わった見た目してるだけの、オイラが」
「それはね、”もう”君しか『特異点に行けて、なおかつマスターとしての素質がある』人がいないからなんだ。KANGONによる世界線跳躍には、飛ばされる側の適正が必要でさ」
「…………」
「英霊を無理やり飛ばす技術は何とか実用化できたけど、英霊は魔力を供給する人間───マスター───が近くに居ないと十全に力を発揮できない。
『先遣隊として送り込んだ』英霊達からの情報を十全に生かす為にも、”特別な英霊”であるシロちゃんだけでも100%の力を発揮できるようにしたいんだ──────少しでも世界が救われる確率を上げたいんだ」
「……………………」
──────なるほど、つまり自分が行動せねば日常は守れないのか。しかしそれは、自分が頑張れば日常を守れるという事だ。
ばあちゃるは背筋を伸ばし、明るい声を作る。怒り、悲しみ、恐怖、色んなモノを覆面の下に隠して。
「なるほど…………オイラには、頑張る理由があるみたいですね」
「理不尽な事を言ってゴメンなさい。でも今は、今だけはお願いします」
「大丈夫っすよ。オイラは大人なんで」
「……ありがとう」
牛巻は書類を持ち部屋を出ていった。
ばあちゃるはそれを見届けると、着替える事も忘れ、ベットに倒れ込み、眠りにおちた。
>>544
§
深夜、ばあちゃる はサイレンに叩き起こされた。
慌てて部屋の外に出れば──────紅く燃え盛る廊下、罅割れてコンクリートを剥き出しにした青白い床、歯抜けの天井から覗く満天の星空──────そんな光景が見えた。
「……夢でも見てるんすかね」
なにか非常事態が起こっているのは解るが、そのなにかがワカラナイ。眠い。どうせ夢かナニカだろうし部屋に戻って寝てしまおうかしら。
そんな事を考えていると、
「夢じゃないよ。現実だよ」
背後からシロに声をかけられた。
──────夢じゃない、緊急事態、燃え盛る廊下──────ボゥとする頭の中で言葉がグルグル廻り、回り、巡り、そしてようやっと現状を把握した。
脳が急速に覚醒してゆく。
「え、こ、これ火災ですか!? ほ、他の人達は、他の人達は無事なんすか!?」
「そこに関しては安心して。今、牛巻とあずきちゃんが管理室でスタッフの保護をしてるから。あの二人がいればスタッフは大丈夫。だから…………今は馬が一番危ないの、早く行こ?」
ばあちゃるのもとに駆けつけたシロ。一見すると落ち着きを保っている様に見えるが、やはりどこか焦燥が見て取れる。
「解りました、ついて行くっす」
──────ばあちゃるは、今の状況について走りながら聞こうとも考えたが、今にも崩れそうな床や天井を見て考え直した。無駄口叩いて死ぬなんて余りにも馬鹿らしい。
二人は走る。
§
数分後、二人は立ち往生していた。
>>545
「…………ここに来るときは通れたんだけどなぁ」
シロに連れられてばあちゃるは管理室へと向かっていた。しかし、不幸な事に瓦礫が道を塞いでしまっていたのだ。
──────立ち止まっている間にも火の手が回る。室温が上がる。息が苦しい。
「ゴホッ…………こりゃ不味いっすね」
「取り敢えず別のルートを─────」
不幸は続く。
「シロちゃん危ない!」
ばあちゃるがシロを突き飛ばす。そうやって彼は──────シロの上に落ちてきた瓦礫を受け止めた。
「なっ──────」
──────次の瞬間四肢はグチャリと潰れ、ばあちゃるはこの光景にデジャヴを感じるなと、不思議と冷めた頭でそう考える。
掠れた視界でも辛うじて見える巨大なオブジェ、それを認識したばあちゃるはデジャヴの正体に思い至った。
(あぁそうだ、これはKANGONに触れた時見た、あの光景だ)
当たらない筈の予言が当たった。その事実に奇妙な可笑しさを覚え、思わず笑ってしまう。今日見た予言と寸分も違わない、この光景の中で。
「馬、ねえ馬! しっかりしてよ!」
「アハハ、すんませんシロちゃん」
「………ねぇ、シロは英霊なんだよ、強いの! シロが瓦礫に当たっても無事な可能性のほうが高いんだよ! ねえ!」
死に瀕したばあちゃるへシロが駆け寄り、慟哭する。彼を硬く抱きしめる。
──────ばあちゃるは掠れゆく意識の中、干からびた喉で言葉を紡ぐ。
「実はオイラ……目の前で誰かが傷つくのが……ちょっとだけ…………苦手なんすよ……だから……つい」
「…………そうだった、馬は”いつも”そうだもんね。バカだよ、ほんとバカ」
「アハハ、返す言葉も無いっす」
>>546
彼の体から命が抜けてゆく、眠る直前のように瞼が落ちてゆく。冷えてゆく。
「────死なせなんか、しないよ」
シロは彼のマスクを外し、耳元に口をつける。吐息すら聞こえる距離でシロはナニカ唱える。荘厳に、穏やかに、謡うように。
大広間は加速度的に崩壊を速め──────シロはそれを気にも掛けずKANGONのそばへ行く。ばあちゃるを宝物のように抱えて。
シロがKANGONに手を触れ、少しすると二人は白い光に包まれ、消えた。
──────崩れ行く大広間にはもう誰もいない。
>>547
───────────
ダレカの日記
───────────
■月■■日
私は毎晩不思議な夢を見る。人間、小人、鳥、はたまた怪物。様々な者が様々に登場し退場し、その中に私はいる。そして目が覚めると、時折物を夢から持ち帰っているのだ。
この頃は以前にも増して変な夢ばかり見る。何か意味がある様に思えるので、内容を書き記しておこうと思う。
廃墟と化したコンクリートジャングルを闊歩する人の様な怪物とそれに怯えて暮す人々。
倒せど倒せど尽きぬ怪物に人々は涙を流して目を伏せる。生きるため悪に走る。私の無力さが恨めしい。
だが繁栄した場所もある、その名はグーグルシティ。大きな壁に囲まれた街。
強かな民衆、肉体を機械化したアウトロー、激しい競争を繰り返す企業と権力者。
怪物をなぎ倒す英雄、興奮に満ちた闘技場、ハイレベルなストリートパフォーマー、天を突くビル。街の通りを眺めているだけでも十分楽しい。
願わくばどうか、皆が幸せになれますように。
おっつおっつ、第一特異点完走お疲れ様ー、ここに投稿されるたびにたまに見てはおっつおっつ言うだけの存在ですが楽しませてもらっております、寒くなってまいりましたしお体ご自愛下さい
>>550
最近寒いですよね………倉庫バイトとかする時なんかもう、厚めの靴下必須です
今特異点は1つ目ということもあって、色々と抑えめな感じにしました
結構お気に入りの特異点なので、定期的にピノ様、ボス、双葉ちゃん視点で番外編を書くかもです
次の特異点は「涙の海」
剪定された世界の消え残りが流れ着く墓場────大きな海、動く島々、美しくも奇妙な動物達、緩やかに滅びゆく人々────明るく広大で冒険に満ちながらも、どこか閉塞感のある特異点となる予定です
>>534
─────────────────
一時の宴
─────────────────
「楔回収記念パーティー、始めるよ!」
「おお!」「待ってました!」「ヒュゥ!」
端の焦げたサンタ帽を被り、牛巻が声を張り上げる。
──────シロ達がブイデアに帰還してから一日経ち、牛巻が予告した通りパーティーを始めようとしている。
世界が消えかけている非常時に開くパーティー。些か不謹慎ではあるが、戦いにおいてこういった労いはほぼ必須。息抜きをせねばパンクする、人とはそういうモノだ。
「特異点から『楔』を回収したお二方……せっかくなのでコメントをお願いしますぅ」
「…………そうっすね、この成功はオイラ達だけの功績じゃなくて、ええ、皆さん全員の功績だと思いますハイ。ええ、特に臓硯なんて通信によるアシストがなければまず負けていたっすね。これからどうなるか解りませんが、今後も助けてくれたら有り難いっす」
「皆支えてくれてありがとう! これからも負担かけるけどお願いします! シロでした!」
「はぁい、ありがとうございました」
不慣れな様子でスピーチを行うばあちゃる。周囲の『早く飲み食いしてぇ』という空気を察して手短に済ませるシロ。
二人が話し終わったのを見計らい、焦げたヒゲを付けたあずきがクルリと指を回す。
──────ブイデアに大きな門が出現し、色んな料理の載ったテーブルがこちら側へ押し出される。門の向こうにテーブルを押す青いナニカがいるが、それが何なのかは誰にも解らない。
>>553
テーブルに乗った豪華な料理。
手作りと思わしきケーキ、タコのマリネ、謎肉ステーキ、タコの飯詰め、湯気立つミートパイ、伸び縮みするチョコレートファウンテン、キンキンに冷えたビール、ワイン、コーヒー、エナドリのチャンポン、蒼く光るコーラ、広告付きフランクフルト、きんぴらごぼう、翡翠色のコンニャク──────とにかく沢山ある。
「メチャクチャ量あるっすね」
「シロと牛巻が作った料理、あずきちゃんが呼び出した料理。それに加えて、特異点から持ってきた料理まであるからねぇ……そりゃ豪華さぁ」
歓声を上げるスタッフ達。彼らを他所に、シロとばあちゃるは二人で会話を交わす。あずきの呼び出した門を無視しながら。
──────スタッフ達の楽しみに水を挿したら悪いし、アレがなんなのか知りたくない。言及するのは止めておこう。
妙に達観した目で門を見つめるスタッフを見て、二人は誰にいうともなくそう決心し、料理を手に取った。
「……そういえば、この緑コンニャクなんなんすかね」
「ソレ? カカラを粉末状にして水に晒して、石灰と一緒に茹でて整形した奴らしいよ。
そのままでも食えなくはないけど、生の状態だと石油みたいな匂いがして不味いんだってさ」
「はえー……じゃあ、あの謎ステーキはなんなんすか? 魚と豚の合いの子みたいな色合いしてますけど」
「アレは……あずきちゃん曰く”スナーク”っていう魚?らしいよ。人魂みたいに軽くて、きつく締めたベルトみたいにサクサクしてるんだってさ。
それはさておき………馬、ミートパイ食べてみてよ」
>>554
「ハイ──────うん、うん、美味しいっす。隠し味のニンニクがいい味出してますね」
「えへへ……実はソレ、シロの手作りなんだぁ」
「なるほど、道理で美味しい訳ですねぇハイ……お、スタッフさんが弾き語りやってますよ」
「ホントだ、結構上手い…………でもなんで弾き語り?」
「さあ……」
§
牛巻・あずき視点
「──────やっぱりさ、ばあちゃる君って先祖に魔術師いたりするのかな」
「彼の魔術回路の質を見る限り、ほぼ確定だと思いますぅ」
打ち上げパーティーの最中、牛巻とあずきは会場の隅でひっそりと会話していた。
二人が話していたのは、ばあちゃるの魔術回路についての事。
魔術回路というのは、魔術を行使する上でほぼ必須の器官であり、優秀な回路を持つ者はそれだけで才能アリとされる。
ほとんどの者はコレを緻密な交配によって子々孫々に遺伝させ培う。優秀な回路を持つ者はほぼ確実に魔術師の子孫である、とも言える。
翻ってばあちゃる。彼の回路はかなり優秀であった──────多少の問題はあるが。
「……しっかし不思議だね、ばあちゃる君の魔術回路。誰かに呪いをかけられてああなった、としか思えない有様だよ」
「まあ……生まれつきそういう体質なんだと思いますぅ。意図的にここまでメチャクチャにするのはほぼ不可能ですし。あずき的には信じがたい事ですが」
──────ばあちゃるは歪だ。
ほぼ独学で『硬化』の魔術を発現するほどの才能がありながら、それ以外の魔術を使えるようになる気配が一切ない。
>>555
不審に思った牛巻が密かに検査を行ってみたところ──────彼の魔術回路に異常がある事が判明した。
全身を神経の様に網羅している筈の魔術回路。彼のはその殆どが眼球付近に偏っている。その上、魔術回路の所々が断裂し癒着している。
魔術を行使できるだけでも奇跡だ。
「眼球付近に魔術回路が集まってるし、目に関連した魔術を使う人が先祖にいて、その血が中途半端に発現した……みたいな感じなのかな。
なんにせよ、下手に高度な魔術を習得させるのは危険やね。硬化魔術に絞って修練させた方が良いかな」
「魔術礼装を使いこなす訓練もさせた方が良いと思いますぅ。ドゥンスタンの蹄鉄、アレの持つ”幸運”と”呪い除け”の効果は有用です」
あずきと牛巻はタコのマリネをつつきながら、仕事について話し合う。
──────今日はパーティー。仕事など忘れて楽しむべきなのだろうが、それでもつい仕事の話をしてしまう。
あずきと牛巻、ブイデアの英霊兼スタッフを取りまとめる責任者。二人はいわゆるワーカホリックであった。
「……お、スタッフ達が弾き語りやってるね。牛巻達もなんかやろうかな」
「いいですね。じゃあ私は……上着消失マジックでもやろうかな、と」
「いやいや、ダメでしょ。コンプラ的に」
「冗談ですぅ。本当に消失させるのは下着です」
「それなら良かった……って、それもアカンやろ」
一時の日常、世界が消えゆく中でもその暖かさは変わらない。
>>556
ほの暗い夜、人工の光に濁った夜。間抜けた薄群青の曇り夜空。
俺らは走る。獲物に向かって、狼のように貪欲に。走る。ハシル。
────倉庫の前にたどり着く。服や食料や日焼け止めやらを一旦集め、それぞれの所へ送る為の倉庫に。
ベルトコンベアが動いてて、働く人がいて、ダンボールが沢山あって……まぁ、それ以上に語れることもない。普通の場所だ。
俺───鎌瀬仁 サレオ───はこの倉庫に強力な武器が搬入されると言う情報をつかみ、それを強奪しに来たのだ。
裏社会の大物が自分用に作らせたという武器。それを奪い、俺は成り上がる。
スラムの仲間を集めて組織を立ち上げ、少しづつ名を上げ、やっとここまで来た。
この仕事さえ上手く行けば、俺はビッグになれる。
「……」
小さく手を挙げて部下達を下がらせ、倉庫の入口にロケランを放つ。
「……よし」
円錐形の重厚な弾頭が炸裂、指を押し込まれた障子のようにあっさりと穴が開く。警報がなる──────ここからはスピード勝負だ。
頭の中でトリガーを押し込む。機械化された俺の脚が唸りを上げる。
『Force Leg Model Harpy』────電力駆動、補助動力に圧縮空気を採用。ブーストを行うことで、最高速度は時速70kmにも達する。
体を打ち付ける大気、横へ後ろへ流れる景色。あっという間に穴を通り抜け、いくつかのベルトコンベアを飛び越し、大きな棚の横を通過し、目的の場所へとたどり着く。
「……あった、これだ。これが例の武器か」
俺はいくつかの真っ赤な箱を発見する。事前に得た情報で”例の武器”があると聞いていた箱と同じ見た目だ。
──────てっきり武器は一つしかないモノと思っていたが、そうか、複数あるのか。これは嬉しい誤算だ。
>>557
「リーダー、せっかくだから他のも分捕っていいですか?」
「あぁ? んな事……していいに決まってんだろ」
「ヒュウ、太っ腹ァ」
俺は微かに口元を緩ませ、部下たちに運び出しを──────ふと違和感を感じ、辺りを見渡す。
「……?」
おかしい。いる筈の労働者が一人もいない。警報が鳴り響いてるというのに、警備員が来る気配すらない。
倉庫は24時間稼働が基本、ここも例外では無かったハズ。
白い照明。ゴウン、ゴウンと絶え間なく動くベルトコンベヤ。多くの段ボールがそのまま放置されている。ひどく寒々しい光景だ。
「お前等、早くここから──────」
ブツン
部下たちに指示を下そうとした瞬間────照明が一斉に消えた。
ごくわずかな窓から差し込む月明かり、それ以外の光はない。暗い、ほとんど何も見えない。
>>558
「なんだ!?」「し、指示をお願いします!」「ブレーカーを落とされま」
「ビ、ビビってんじゃねえ! 近くの奴と背中合わせになって銃を構えろ! 襲い掛かって来る奴がきたら迷わずぶっ放せ!」
恐怖する部下共を𠮟咤する──────そう、そうだ。この仕事さえ上手く行けば俺は成りあがれる。ビビってる場合じゃねえ。
額の汗を拭い、銃の冷やかさに身を寄せる。確かな鉄の感触が心を鎮「ギャッ」
──────悲鳴が聞こえた。どこからかは解らない。ベルトコンベアの音がうるさくて解らない。
「止めっ」
「ガッ……」
「誰かたすっ─────」
「──────」
「────」
足音、銃声、倒れる音、ゴウン、悲鳴、ゴウン、足音、銃声、ゴウン、ゴウン、倒れる音、ゴウン、ゴウン、銃声、ゴウン、ゴウン、ゴウン。
何もかもがベルトコンベアの唸りに飲まれてゆく。消えてゆく。
「あそこにっ──────」
俺の隣にいた部下が倒れた。
ベルトコンベアの唸りが止む。獲物を喰らい満足した怪物の様に。
静寂。静寂の中で心音が上る。
静寂。目が慣れて少しだけ見えるようになった視界の中で、影が動いている。
静寂。影がこちらへ向かってくる。
>>559
「あぁ…………ああああああああ!」
気がつくと俺は走り出していた。
「なんなんだよ、なんなんだよ! 何なんだよオイ!!」
胎の奥から悪態を叫ぶ。そうしなければ恐怖に耐えられない。恐怖に押しつぶされてグチャグチャになって、きっと一歩たりとも動けなくなってしまう。
光、光、光はどこだ。出口はどこだ。誰か教えてくれ、誰か助けてくれ。
「意味が解んねえよ! 俺はホラー映画のキャラじゃねえぞオイ!」
走る。ハシル。子ウサギの様に命がけ。
「──────」
後ろから足音が追いすがって来るのに気づく、気付いてしまう。俺は亡者の様に手を伸ばして救いを求め、無様に転ぶ。
転んだ俺は必死に這いずり──────そして足音に追いつかれた。
「──────あぁ」
至近距離となった事で、追跡者の顔が見える。
俺を追いかけていたのは英雄。グーグルシティの英雄、”蟷螂”のセバス。
右手にゴム製の警棒を持った彼の姿が、暗闇の中にぼんやりと浮かんでいる。
目の前の男を認識し──────俺は思わず安堵の笑みを浮かべた。
追いかけて来ていたのが鬼や悪魔ではなく、人間であった事に安心してしまったのだ。
「こんばんは、セバスと申します。あなた方を捕えに来た者です。
さて…………実のところ、あなた以外はもう倒してしまいまして。今貴方に自首して頂ければ少し罪が軽くなるのですが……どうですかな?」
「あ、ああ。そうさせて貰うよ」
「そうですか。それは──────む、失礼」
突如セバスが俺を抱えて棚の上に跳ぶ──────次の瞬間、真っ赤な炎が床を舐めた。
原始的なエネルギー。光と熱。俺はしばし目を奪われる。
「!?」
>>560
──────この倉庫に搬入されていた武器は『裏社会の大物』が作らせたモノ。 そしてこの火。
まさかその『大物』とは、
「発注してた武器を受け取りに行ったらよぉ……いきなり電気が消え、引き渡し人も居ない──────やっぱお前のせいだったか、セバスのジジイ」
「ええそうですよ。いかがでしたか?」
「いかがでしたかって? そりゃ最悪の気分だよ」
炎を搔き分け、鳴神がぬうっと姿を表す。額に青筋を浮かべながら。
──────鳴神裁。多くの構成員を抱えるギャング、サンフラワーストリートのトップ。炎使いの武闘派としても知られている。
鳴神は髪についたススを振り払い、威嚇する様に口元を歪めた。
久しぶりの投稿です
細かいプロット詰めないとなので、少し投稿が遅くなるかもです
単発で倉庫バイトをやった時『いきなり電気消えたら怖いやろなぁ』とふと思い、何となく書いた番外編です
シロちゃんの衣装、新アレンジ披露嬉しいけど…………今の服、歴代で一番好きだからちょっと名残惜しい(小声)
おっつおっつ、夜勤時の暗闇と機械音は怖いよねぇ、あと夜廻シリーズ大好きだからあってていいわ
>>564
自分の呼吸音や心拍が搔き消されるせいで、怪物の腹に居る様な感じと言うか………吞まれるような感じです
夜廻良いですよね!
>>561
「マジで最悪な気分だ。俺の新武器でお前を黒焦げにしなきゃ…………気が収まらねえなぁ、オイ」
「新武器…………そりゃどんなガラクタで御座いますか?」
「ハ、一々気に障るジジイだ…………OK、真っ黒な燃えカスにしてやるよ」
丁寧な言葉遣いで相手を煽るセバス。腕の仕込み刃は既に展開され、戦う気満々だ。
表情に怒りと殺意を滲ませてゆく鳴神。握りしめた両拳から炎が漏れ出ている。
強者二人の相対、冷や汗が止まらない。猛獣の檻にぶち込まれたウサギの様な気持ちだ。
「手足の一二本は覚悟なさって下さいね」
「ぶっ殺す」
鳴神が両腕に付けた謎の装置──恐らく例の新武器──から炎を放射する。
炎は俺とセバスのいる棚の上へと迫り──────
「!?」
俺は山なりに投げられた。結果として俺は炎から逃れ──────鳴神の視線は俺へと誘引される。
「やはり上に逃げ──────違う、アレはマネキンか!」
違ぇよ。さっきまで視界にいたやろ。せめて人としてカウントしてくれよ。
……なんて俺がいう暇すらない程、状況は目まぐるしく動く。
>>566
俺が投げられてから0.5秒後──────ゴム警棒が炎を突き破って飛来。熱々に熱せられた樹脂が鳴神の頬を掠める。
0.7秒後、俺の体が床に着弾。骨が何本か折れたが、焼けて死ぬよりはマシだ。
「くっ!?」
1秒後。多くの荷物を載せた棚が倒れた。梱包材やホコリが飛び散って視界が悪化。
棚の脚に切断痕。恐らくはセバスの仕込み刃によるもの。
俺は盛大に目を擦りながら一連の光景を眺める。(ゴミ屋敷育ちの俺はハウスダストアレルギーなのだ)
「クソ、何も見えねえ………何処から来やがッ!?」
鳴り響く銃声。どこか聞き覚えが──────そうか、俺の愛用してる銃の音か。俺を投げた際に掠め取ったのか。
薄れゆく粉塵。別の棚に身を隠したセバスの姿が見えた。俺の銃を構えている。
そして銃弾をぶち込まれた鳴神は─────アレ?
「……そんだけ撃って当たんないのは逆にすげえよ」
傷一つなく、呆れた表情を浮かべている。マジかよ……。
「ちゃんと力一杯、真心込めて撃っているのですが、中々どうして当たらないモノで」
セバスは恥ずかし気に肩をすくめる。
力一杯撃ったら銃口がブレる。正確に狙った銃口が必ずブレる。だから当たらない。馬鹿馬鹿しいが納得はできる。
にしたって一発も当てられないのは可笑しいけどな──────まあ、チートジジイに常識を適用しても不毛か。
>>567
「──────まあいい。今度は俺のターンだ」
気を取り直した様に鳴神が呟く。
再度彼の両腕から炎が放出され──────
「!?」
セバスの近くにあった段ボールが破裂した。炎が着弾する前に。
不意を突かれたセバスは炎をマトモに喰らってしまう。
「お前の隠れてた棚は、除菌用アルコールを積んだ棚。
熱せられれば気化するし、炎が迫れば破裂だってするのさ。
武器の受け取りで迷わない様、倉庫の間取りを調べといて助かったぜ……な、ジジイ」
「──────」
鳴神は勝ち誇る、それも当然だろう。
敵は炎に包まれていて、とうてい生存なんて望めない状態なのだから。
勝者となった男は悠然と傲慢に歩を進め、敗者の顔を──────
「シッ!」
仕込み刃が閃く。鳴神の腕に刃が食い込む。
勝者だったはずの男は面食らって距離を取り、腕を抑えた。
「ッ…………!? なんで生きているんだお前!?」
「いやはや、中々熱うございました。それに武器も中々、ガラクタだなんて言って申し訳ない。
あなたの能力で発生させた炎、ソレを遠くまで飛ばす武器──────シンプルかつ強力、素晴らしい」
セバスに巻きついていた炎が止む。肉体が露わになる。
──────彼の肉体は焦げ、人工皮膚の下に隠された金属を露にしていた。
「質問に答えろ!!」
「私の体が火に強かった、それだけの事。全身機械なので可燃性は低いですし、耐熱加工だってキチンとしております」
未だ赤熱する肉体…………いや、鋼体を軋ませ立ち上がる。遠くにいる俺が震える程の気迫をなびかせて。
これが英雄か。子供の頃に読んだ本とまるきり同じだ。
対する鳴神はと言えば──────
「ふん…………止めだ止め」
>>568
酷く冷めていた。興ざめしたように鼻を鳴らしていた。
感情的なせいで勘違いされやすいが、鳴神の頭はそれなりに回る。
『戦闘継続のリスクが許容できない程に大きくなった』と、彼はそう判断したのだろう。
「俺ぁ、楽に勝てない勝負は好きじゃねえ。帰らせて貰う」
「私がソレを許すとお思いで?」
「ハ、お前の許しなんか要らねえよ」
幽鬼のような形相で迫りくるセバスに、鳴神は嘲笑的な笑みを返した。トン、トントンと踵を踏み鳴らした。
──────音が鳴る。鳴神の足首に仕込まれていたブースターが火を噴く。空を飛ぶ。
「俺の新兵器は『二つあった』ッ! 俺の火を利用した飛行ブースターがな!」
鳴神は嗤う。空から相手を見下す、心底愉快そうに。
なるほど、空からひたすら炎を打ち下ろすのが本来のコンセプトか。ちょっと引くくらい合理的だ。
…………アレ? ここって室内じゃ。倉庫だから天井はかなり高いけど、それでも結構危ない気がするぞ。
「ではさらばッ!?」
「あ」
案の定、天井に突っ込んだ。そしてそのまま突き抜けていった。
「…………」
「…………」
気まずい沈黙。俺は耐え切れなくて口を開いた。
「……あの、俺と部下の罪ってどうなる感じですか?」
「強盗とは言え、未遂かつ自首扱いなのでまあ……そんなに刑期は長くないと思いますよ」
「そうですか…………」
俺はそっと胸をなでおろす。
もし終身刑などになってしまえば、俺のやりたいことが出来なくなってしまう。
>>569
「…………犯罪を犯した人間って、更生できるモンなんですかね?」
「出来ます。出来ると知っているから、私は悪党を殺さず……捕らえるんです」
鋼や回路がむき出しになったセバスの顔には…………不思議なほど優しい笑みがハッキリと見て取れた。
溶けて焦げた唇は盆のように緩く弧を描き、ショートした人口眼球はパチパチとコミカルに火花を散らしている。
「そう、ですか」
裏社会でビッグになれると思っていた。だがさっきの戦いを見て、俺には到底無理だと思い知らされた。
部下と一緒に起業でもしたほうが余程希望がある。
犯罪やっといて何を今更、と我ながら思う。そんな事はどうでもいい。
一度しかない人生。図太く生きた方が良いに決まってる。清算しきれなかった罪は地獄で償えばいい。
俺は膝にこびりついたホコリを払い、外へ歩きだ─────
「あの、更生できるとは言いましたが、それは服役した後の話です。
それっぽい雰囲気出して逃げようとするのはお辞め下さい」
うん、流石に無理か。
俺は大人しく足を止め、近くにあった縄で自分の両手を縛る。(コツを知っていれば案外簡単にできる)
「というか、セバスさんって不殺主義だったんすね。知らなかった」
「不殺とは言え、状況次第で半殺しにはしますからねぇ。知らないのも無理は無いですよ」
>>570
この後、牢にぶち込まれた俺は
『頭打って記憶喪失になった鳴神』
『超絶美人の政治犯』
『頭に電極ぶっ刺されたカカラ』
『自称歴戦の傭兵』
『汚職・無断欠勤・親の七光り看守』
と共に、服役囚が作らされていた兵器を破壊したり──────釈放と引き換えに大怪獣を討伐する羽目になったり──────なぜか秘境の薬草を取りに行ったり──────まあ色々な大冒険をしたが、それはまた別の時に話すとしよう。
今回は番外編ということで
・地の文が一人称視点
・かなり崩した文体
・海外小説みたいな謎注釈
等々冒険してみました
シロちゃんの食レポめっちゃ美味しそう
新章の構想が大分組み上がってきたのでそろそろ投稿できそうです
本編で出さなかった裏設定
カカラの味について
死ぬほどマズイ。そのままでは家畜が拒否する程マズイ
細かく切って半日程流水にさらすと「中途半端に茹でたキャベツ」みたいな味になり、一応食える様になる
肉体改造について
メガネ買うくらいのノリでメカ眼球を取り付けられる
それ位に広く普及している
流石に「時速65kmで走れる機械脚」とか「刃仕込んだ義手」とかまでいくと所持にライセンスとか申請が必要になる
今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=w-sQRS-Lc9k&list=PLUjwA-Z4c05rAfdrDkQt8ZJP7iohktSIP&index=10
おっつおっつ、新章楽しみにしてます、あと何そのスーサイドスクワッドみたいな別のお話気になる
>>574
別のお話、はいつかオリジナルで書こうと思ってた話を流用したものですねぇ
詳しくキャラ解説すると
『主人公』
高出力の機械脚を持つ小規模ギャングのリーダー
シングルマザーの家庭で半ばネグレクトされて育った
靴磨きで生計を立てていた子どもの頃、ある一人の常連から戦闘術や教養を教え込まれた
なにかと構ってくれた常連に恩義を感じている
野心家、言動はやや粗暴だが教養は高い
『超絶美人の政治犯』
超絶人気アイドルになるため、洗脳兵器を開発
アイドルのついでに統一国家の独裁者も目指すつもりだった
兵器自体の設計はほぼ完了していたが、製造段階で逮捕されて設計図は監獄に接収された
監獄で製造されてた兵器がコレ
独自の政治思想を持っているが難解すぎて誰も理解できない
『頭に電極ぶっ刺されたカカラ』
実験で知性を得たカカラ。知性は高いが、価値観が怪物寄り
作曲が好きで、最近は「人の悲鳴をサンプリングして作ったEDM」に挑戦している
化学に詳しい他、なぜか声真似にも造詣が深い
『自称歴戦の傭兵』
事有る度に自分の事を「歴戦の傭兵」とうそぶくものの
「どんな傭兵だったんだ」と聞かれると決まって口を閉じてしまう
なお、実はマジで歴戦の傭兵。二つ名などはないが、それなりに名の知れた傭兵だった
主人公の実の父親であり、主人公に戦闘術を教えた『常連』その人
当時かなりヤバ目の相手に恨みを買ってた彼は、戦友との子を愛人に託した
『親の七光り看守』
署長の一人息子
人間性や甘さを残したタイプのクズ
父親の"世界征服"という野望を止める為
牢獄内での優遇を条件に、主人公ら最凶の囚人達へ野望阻止を依頼する
>>571
ブイデア KANGON前
──────第一特異点より帰還してしばらく後。
「シロちゃん、次の特異点はどんな場所なんすか?」
「えっとね……広大な海と島がある場所らしいよ。牛巻ちゃんいわく、海の面積は最低でも、この世界の5倍はあるってさ。しかもね、独自進化した猛獣があちこちに生息してるんだって」
「…………今回の『楔』探しも大変そうですねハイ」
「ま、頑張ってこ」
怯えた様なジェスチャーをする ばあちゃる。肩をすくめて微笑むシロ。
二人はKANGONのそばで第二特異点への転移を待っていた。
「第二特異点、転移準備開始」「了解。転移準備」「現実性希釈、規定通りに進行」
「シロ、ばあちゃる、バイタルサインに異常なし」「メインシステム、以前の火災で損傷中、サブシステムを使用します」「サブシステムの使用、了解」「座標固定ルーチン、正常に完了」
「充填魔力量、機材損傷により規定値に到達せず。スタッフによる魔力補充を提案」「レイシフト、プロセス安定化完了」「転移先の安全を確認」
「魔力補充、承認」「充填魔力の属性配合比、誤差を±5%まで許容に一時変更」「誤差許容の補てんとして、プロセス安定化の補強を提案」「プロセス安定化の補強、承認」
牛巻とあずき、そしてスタッフ達。彼らは殺気すら感じる程の真剣さでレイシフトの準備を行っていた。
複雑な機械を操作し、計器類と水晶玉を交互に確認し、床の魔法陣に文様を書き加える。科学と魔術とが融合した奇妙な光景の中、スタッフ達は作業を済ませてゆく。
「──────各班長へ、最終点検をせよ」
「A班、異常なし」「B班異常なし」「C班異常なし」
「了解。準備完了」
沈黙。
「レイシフト開始」
>>577
牛巻の宣言。
シロとばあちゃるが光に包み込まれる。第一特異点に転移した時と同じ、レイシフトの光だ。
「頑張ってね!」
「気負いすぎない程度に頑張って下さぁい」
──────牛巻とあずきの激励に押し出されるように、二人は転移していった。
§
ダレカの日記
最近睡眠時間が異様に増えた。ほとんど起きていられない。
夢で別の世界にいく度、自分という存在が不確かになって行くのを感じる。
今日起きたら指先が透けていた。手袋で手を隠した。未だに心臓の動悸が止まらない。
…………気を紛らわす為、楽しい事を書こうと思う。
最近、夢の先で友人ができた。大きなクジラの腹の中に住む、子供の魔術師だ。
年は私と同じくらい。名前はオレィ。
元は裕福な家に住んでいたのだが、色々あって今はカエルみたいな人たちに拾われ、養って貰っているらしい。
……ちなみに、オレィの魔術は本物だった。
流れ星をふらせたり、お月さまの模様を変えることだって出来る。とても綺麗だった。
ふと、オレィが浮かない表情をしているので話を聞いてみると、
「恩返しをしたいと思っているが、子供の自分には出来ることがない」
との事。
「魔術でみんなを助けてあげればいいじゃないか」
と私が返すとオレィは、
「僕の家は、魔術のせいで滅んだ。人は魔術に頼るべきじゃないんだ…………流れ星をみたりして、楽しむのに使うくらいが良いんだよ」
……そう言われて、私は思わず言い返してしまった
「恩はいつでも返せるわけじゃない。いつか、突然返せなくなる時がくる。そうなる前に、魔術でも何でも使って恩返しをしてやりなよ」
と。
>>578
私は、ほとんど寝たきりだ。恩返しなんてもう出来ない。
終わりはいきなり来るんだ。いつかやる、じゃダメなんだ。
私は手遅れになってしまった。
彼にはそうなって欲しくない。
オレィは少しだまりこくって、それから小さく頷いた。
§
──────そこら中に見える砂浜、海、波、苔むした大岩。海面スレスレを飛ぶ極彩色の鳥。矢のような日差しが肌を刺す。
「マジで暑いっすね」
「暑さで溶けそう…………」
ばあちゃるは汗を袖で拭い、拭いきる前に新たな汗が吹き出す。
「……熱中症対策、しとかないとヤバーしですねハイ」
あまりの暑さにばあちゃるは閉口し、蒼い海へ投げやり気味な視線を向けた。
──────遠くまで広がる浅瀬、奥に見えるのはサンゴ礁だろうか。あそこに飛び込んでしまえば気持ち良いだろうな、とばあちゃるは栓もない事を考える。
「シロちゃ──────『ボンッ!』
巨大なウミヘビが水面から飛び上がった。飛び上がって、鳥を丸のみにした。鳥を丸のみにして、海へ戻っていった。
ばあちゃるは一連の出来事を呆然と眺めたのち、ゆっくりと海面を指さした。
「え、ナニアレ」
『あれはサーペント・リーパーだね』
『先行調査を行っているイオリさんの報告によると、「すごく背筋が強くて、バーンって飛ぶの! とっても口が大きいから、大体のモノは丸のみに出来るよ!」との事ですぅ』
「こわ…………やっぱ特異点は怖い場所ですね──────ッ!?」
「馬、シャキッとしな!」
シロはビビる彼の背中をバンと叩き、愉快そうに鼻を鳴らした。ばあちゃるへの信頼と情を表情で表しながら。
>>579
「シロと馬がいれば、大体どうにかなるって」
「それはまあ、確かにそっすね…………そうだリコさん、これからどうすれば良いですかね? やっぱ現地の英霊と合流ですかねハイ」
『その通りだね。あと5分くらいで、英霊「ヤマトイオリ」ちゃんが到着するハズだよ』
『蒼い長髪で、和服を着た少女ですぅ。とても優しい人ですよ』
「それは、会うのが楽しみですねハイ」
プロット書きによるブランクと定期試験によって過去一で間が空いてしまいました…………
裏設定
サーペント・リーパー
生息域:陸地近くの海 温暖な場所を好む
危険度:D(こちらから近寄らなければ安全)
異常な程に背筋が発達しており、海面から10mくらい飛び上がれる
好物は鳥
結構なグルメであり、特定の種族しか食おうとしない(ヤバい時は流石にえり好みしない)
今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=bJRk5iS8C1o&t=1528s
>>580
「…………来ないですねぇ」
『お、おっかしいなぁ?』
「集合場所間違えたかなぁ?」
シロは眉間を指で抑え、頭上の太陽へ縋るような視線を向けた。
──────太陽の位置はまだ高いが、これが沈み始めると困ったことになる。夜を越す為の為の野宿の為の食事の為の焚火の為の…………と、合流どころでは無くなってしまう。
既に、ブイデアの英霊である「ヤマトイオリ」を待ち始めてから15分以上経過していた。
「オイラ、一応野営の用意しとくっす。とりあえずあのカニを捕まえて…………いやこれヤドカリですね、カニっぽい殻を背負ってますけども」
『ソレは「カニモドキ」ですぅ。殻をつけたまま蒸し焼きにすると、とても美味しいとか』
「へぇ、危ない生き物だけじゃなく、こう言うのもいるんすね。ピノピノとか生き物好きそうだし、いたら目ェ輝かせて────────────ん?」
>>584
ばあちゃるは、眉をひそめて首を上げる。上から声らしきモノが聞こえたのだ。微かにだが。
「…………?」
一様でノッペリとした空の蒼に、違う青が混ざる。その青は磨き込まれた海面に似た鮮やかさを持ち、旗の様にヒュルヒュルとはためいていた。
風切り音。徐々に大きくなる叫び声(少女と思わしき声質)。
──────ああそうか。あの青は髪の色だ。空から落ちてくる少女の髪が、風圧と重力と慣性にまかれて揺れてい「プギャッ!?」
しょうもない考察をしていた ばあちゃる の上に、青髪の少女がちょうど落下した。
「ああああああああ! …………あれ?」
「むぅ」
「ちょ、馬!? って、イオリちゃ──────」
「助かった? なんで、ってああ! 下に人がいる!」
せわしなく表情を変えつつ独り言を唱えた後、少女はようやっと下敷きにしたばあちゃるに気づき、慌てて立ち上がる。
そしてパンと手を打ち合わせ、頭を25°垂れた。
「下敷きにしちゃってごめんなさい! とっても急いでて! それであの、大丈夫ですか?」
>>585
──────少女の髪は腰まで届くほど長い。
身にまとった和服には所々スリットが入っているが、不思議と下品さはない。『和服』という概念に結びついた上品さのお陰だろうか。
夜と夕暮れの境を切り出したかの様な黒混じりの赤目は、片方が前髪の裏に隠れていて、微かに人外めいた風情を醸し出している。
大人びた風貌に反し、彼女の所作や声は童めいて無邪気だった。
下品と上品、夜と夕暮れ、大人と童、色々な境目を集めて擬人化したような、どこか不安定な少女。
ばあちゃるはそう感じた。
「大丈夫ですよ。オイラはとっても丈夫なので」
ばあちゃる は立ち上がり、ひらひらと手を振って自身の無事を示した。
少女がぶつかる直前に肉体を硬化させたので、本当にかすり傷すら負っていない。
「それは良かったぁ! それでね、本当ならお詫びに色々すべきなんだけど…………今すごい急いでて、ごめんねぇ。今日の所はこれで許して欲しいな!」
「ねえイオリちゃん────」
「さようなら! また会おうね!!」
>>586
少女は自身の和服から飾り(ウン十万はしそうな紅色の細工)を外して押しつけ、バネ仕掛けの様にクルッと踵を返し、どこぞへと走り去っていった。
──────人がクッションになった程度でどうにかなる落下速度では無かった気もするが…………まあ元気そうだしいいか。
ばあちゃるは貰った細工を弄りながら、先程から立ち惚けているシロへ視線を送った。
「いやはや、突風のような女の子でしたねハイ」
「…………あれイオリちゃんだよ! 合流する予定だった子!」
蒼い瞳をかっ開き、シロは走り去る少女の背中を指さした。
ばあちゃるは肩をすくめる。
「んなアホな。90年代のギャグマンガじゃあるまいし」
「マジなんだよこれが。イオリちゃんはかなり天然な子でさ…………うっかりが多いんだ」
そう語るシロの目はマジだ。混じりっけないマジの目だ。ウソの気配なんて全くない。
「…………マジすか」
『イオリちゃんは今、300m先で息切れして休んでるよ』
「OK、早く追いかけに行こ、馬」
「うっす」
§
5分後
>>587
「遅れてごめんねぇ。島の位置が予想以上にズレちゃっててさ」
青髪の少女、もといヤマトイオリに追いつき、三人は合流を果たしていた。
合流を果たしたのは、森の入り口に差し掛かろうかと言う所。木々が日差しを程よく遮り、近くに流れる小川の音がなんとも涼しげだ。
──────イオリの背後にオオワシが三羽いる。
「大して待ってないんで大丈夫ですよハイ。それよりも…………『島の位置がズレる』ってどういう事っすか?」
「この特異点の島は”ほとんど”『浮島』でさ。海流にゆられて移動しちゃうんだ」
『ブイデアの分析班的には、島そのものが”異界”を形成し、周囲空間ごと漂流してる…………というのが主流の解釈ですぅ。
まあぶっちゃけ、イオリさんの認識で十分ですけどね』
「なるほど。でも…………もしそうなら『楔』の探索はどうやってするんすか?
島が動くんじゃ、最寄りの島に辿り着くのだってかなり難しいような」
ばあちゃるが首をかしげてそう聞くと、イオリはサムズアップして鼻を鳴らした。
──────イオリの横で三羽のオオワシが互いに毛づくろいをしている。身長だけで3mはあろうか。
「それはダイジョーブ! 私が鳥さんと交渉して、島に送って貰えるようにしたから!
果物一個につき半日運んでくれるってさ」
「鳥さんと交渉…………?」
「イオリちゃんには『動物会話』って言うスキルがあるから、動物と会話できるんだぁ。凄いでしょ」
シロはそう語り、イオリの肩に手を乗せた。手を乗せられたイオリはというと、目を細めて実に嬉しそうだ。
──────オオワシ達が地面にマス目を描いている。鋭い爪を実に器用に使っていた。
>>588
「アレ? でも結局、鳥に頼っても『島が動く』問題は解決してない様な気がハイ」
「動物ってのは感覚が鋭いし…………島が動いても問題なく到達できる、ナニカが有るのかな?」
「そう! シロちゃん大正解!! それとね、『楔』の位置も大体特定できたよ」
──────オオワシたちは16×16のマス目で〇×ゲームを始めた。一羽が〇、もう一羽が×、残った一羽は審判をする様だ。
「この特異点はね、とっても不思議なモノが多くて、全部確かめてたらキリがなかったの!
でもね、シロちゃん達が楔をいっこ回収したでしょ!?
牛巻ちゃんとあずきちゃんが、楔の魔力パターン?とか言うのを解析したんだってさ!
でねでね! その結果、それらしい反応を7個まで絞り込めたんだって!! 凄いよね!」
「7個かぁ。イオリちゃん、それはどこにあるのかな?」
──────×側のオオワシは長考に入っていた。〇側が既に一列を取っているが、まだ挽回の余地はある。勝負所だった。
「今から行く島に1つあるよ! 他の場所はかなり”ヤバい”から…………一発目で当たって欲しいな。
とにかく色々おかしい島、『放浪狂島 ワンダーランド』。
こわーい怪物がたくさん居る、『獣禍龍島 アンダーヘル』。
海に縄張りを持ってて、近づく船をみんな沈めちゃう『略奪幽船 ブージャム』。
この三つは特にヤバかった!」
「うわ…………良く生還出来ましたね、イオリさん」
ばあちゃるがそう言うと、イオリは首を横に振る。
──────〇×ゲーム、一進一退の攻防。お互い緊張し、しきりに毛づくろいをしている。
>>589
「ああいや、他の航海者さん達と情報交換しててさ、そこから得た情報なんだ」
「航海してる人居るんすか、凄いバイタリティっね…………ああそうだ、さっき貰った飾り細工、これ返しま──────!?」
「んーん、持ってて」
飾り細工をばあちゃるの胸に押し付け、イオリは太陽のように微笑む。
イオリに気がある訳ではない。ばあちゃるとて、思考を少し巡らせれば解る。だが、そう勘違いしてしまいそうな程に、キレイな──────
『…………』
イオリの背後に、赤いオジサンがいた。身の丈は3m程か。足元は透けており、幽霊の様な出で立ちだ。
ばあちゃるを凄まじい表情で睨みつけている。羅刹がごとき、とでも表せば良いのだろうか、とにかく凄まじい。
『…………』
「あ、あの後ろ…………」
「ん、ああ! これね、赤いおじさんだよ。イオリの守護霊的なアレなの」
イオリが振り向いた瞬間、赤いオジサンはにこやかな表情へと変わった。
…………どうも、ネコを被るタイプのオジサンである様だ。
──────『キー!』〇側のオオワシが高らかに鳴き声を上げた。9対7、僅差で〇側の勝利。
涙あり、笑いあり、買収あり、リアルファイトあり、本が書けるくらいの名勝負だった。
「ま、それはさておき…………そろそろ次の島へ行こう! ここで話してても何も始まらないしね。おいでマーちゃん達!」
イオリが右手を上げると、三羽のオオワシが三人の肩に留まった。
『これは、マーセナリーホークですね。知性、強さ共にかなり高い生き物ですぅ。
一羽だけでも家で飼いたいと思ったり思わなかったり、なんて』
「いくよ! 行き先『廃船島』!」
三人と三羽は飛んで行く。
>>590
§
──────錆び切った戦艦。ツタやフジツボが一面に張り付いている。
戦艦の全長は、数km程あろうか。島として見れば小さいが、戦艦として見れば規格外(戦艦大和の全長は263m)もいい所だ。
錨が下がっており、船体に傷はなく、沈没していない。錆び切る程の時間が経っても尚、浮かび続けているのだ。
ここは廃船島。ノアの箱舟、その残骸。
イオリちゃんの紹介回でした!
廃艦島はもちろん、世界遺産の戦艦島がモデルです(それとウクライナの腐海、ガルパンの学園艦の要素も少しだけ)
裏設定
マーセナリーホーク
危険度:E(友好的)、条件次第でB(危険かつ回避困難)、ごく稀にA(死の危険、対策困難)
解説:
マーセナリー(傭兵)のワシ
非常に知能が高く哺乳類、鳥類に対しては友好的
普段は3から5羽程度の小規模な集団で行動するが
冬の間だけ大規模な群れを形成し、その間に子供を作る
傭兵のように仕事を請け負うという一風変わった生態を持ち、受けた依頼次第では人間にも(モチロン猛獣にも)襲い掛かってくる
依頼を受ける程、全身の羽毛が赤みがかった色に変わる
赤みの強い個体ほど群れでの発言力が高い
真っ赤な個体はマーセナリーホーク内でも選りすぐりの傭兵であり、同種からは『キィギャ ○○(個体名)』と尊称で呼ばれる
もうじき最初の敵キャラを出す予定なのですが、実は候補が複数おりまして…………
なので、アンケートで選ばれたキャラを出します!(無投票・同数の場合はランダム)
@
双子の人形遣い
モチーフ:トウィードルダム
ショタ、ロリ、酷薄、正統派悪役
A
兎の女戦士
モチーフ;ヴォーパルソード
長身、女性、脳筋系悪役
B
黄色い服を着た紳士
モチーフ:ハンプティダンプティ
中年、小太り、剽軽にみえて仕事人悪役
おっつおっつ、イオリンはどんな状況でもイオリンだなぁ(ワシの戦いが気になりすぎる)アンケートは2ですかねぇ(天然vs脳筋で酷いことなりそうだけど)
>>591
§
──────ギィ、ギギィ。
三人は廃船島へ降りて歩く。
錆び切った甲板。一歩毎に軋み、三歩毎に小さく割れる。
進む。
扉を開け中に入ると、酷く荒れ果てた船室が見えた。天井は所々崩落しており、そこから日が差し込んでいる。窓はない。
降り積もったホコリ。長い年月を経て凝固し、静止している。
進む。進むほどに闇が深くなる。
いくつかの階段を降りた先。そこには住居区画があった。真っ直ぐな廊下の脇に、無数のドアが配置されている。
ドアには金属板が埋め込まれており、それぞれに違った文字が刻まれていた。
進む。進む。無言のまま。
廊下に座り込んだ屍。朽ち果てた写真を抱いている。
>>597
進む。進む。進む。
壁に刻まれた絵。牢屋から太陽に手を伸ばす男の絵。
表情は陰影に隠され、強張った筋肉と乞うような指先だけが感情を表していた。
進む。進む。進む。進む。
機関室。住民が居なくなっても尚、寂しく無意味に動いている。
進む。
船の最奥。そこは礼拝堂だった。
──────その礼拝堂だけは新築のようにキレイで、暖かな光に満たされている。
整然と配置された長椅子。その長椅子に、何十もの骸が座っている。
彼らは手を組み、祈るように、恨むように、焦がれるように、ただ天井を、天井の先の空を見上げていた。
「ついたね」
イオリが小さく呟く。
普段は明るく天然なイオリではあるが、それでも今は静かであった。空気に吞まれていた。
「あの光る球が目的のモノだよ」
イオリは祭壇を指さす。
祭壇には球がおかれており、それは優しく光っていた。
「…………了解、シロが取ってくるね」
シロは厳かに歩きだし、その球を──────
「!?」
取ろうとした手が、重なった。
イオリやばあちゃるの手ではない。毛むくじゃらの、知らない手。
>>598
『生体反応、魔力反応、共にナシですぅ。高度な魔術による隠ぺいが成されてるかと』
「…………誰?」
球に手を置いたまま、シロはゆっくりと振り返る。
──────そこに居たのは、半兎半人の女戦士。
身の丈は2m以上、担ぐエモノは幅広の片手剣。豊満な肢体を鎧と毛皮に包んでおり、半獣の風貌と相まって、異界めいた美しさを感じさせる。
頭頂部には、ウサギにそっくりな長耳がついていた。ピンと伸びきったソレは、どこか童めいた力強さを感じさせる。
「うむ! 我が名は”ヴォーパル”、竜狩りの英霊、サーヴァントだ!
この度は、その秘宝を持ち帰りにきた次第である!」
ヴォーパルの声が重く、強く、船内に響く。陰鬱な空気を跳ね飛ばす。
彼女の声は低く、力強く、どこか真摯で、無邪気さがあった。
「初めまして、ヴォーパルさん。私はシロです。
実は…………シロ達も”秘宝”を持ち帰りに来たんですよ」
「そうか! なら、戦うしかないな!」
ヴォーパルは剣の柄を握り、カラカラと笑う。
「…………」
ばあちゃるは無言で拳銃を構え、狙いを定めていた。
「ふぅん」
イオリも鉄扇を構え、背後に”赤いオジサン”を出現させている。
空気が徐々に張りつめ──────
「とはいえ、だ! いくら主の命とは言え…………ここを血で汚すのは、余りにも忍びない」
>>599
緩んだ。
ヴォーパルが柄から手を離したのだ。ひどく困った風に。
長耳をペタンと倒し、煮え切らない表情を浮かべる彼女を前にしては、誰も緊張を保てなかった。
左手を胸に当て、ヴォーパルは頭を垂れる。
「シロ、であったか。卿らの長とお見受けする。
厚かましい提案なのだが…………ここはしばし休戦し、船の外に戦場を移さないか?」
「──────」
…………しばし考えた後、シロは頭を縦に振った。イオリもばあちゃるも、ソレに反対しなかった。
──────皆、思う所が有ったのだ。この廃船に。
§
移動中、船内での会話
「…………ばあちゃると申します。ヴォーパルさん、一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」
「一つと言わず、いくらでも良いぞ。それと…………我に対しては、もっとフランクに接してくれ。あまり礼儀正しく接されると、何というか、その、ムズムズする」
「じゃあお言葉に甘えて、そうさせて貰います。
ヴォーパルさん、この船は一体、何なんすか? 心当たりがあれば教えて欲しいっす」
「”主”が言うには、『太陽に嫌われた』モノ達の墓場だそうだ」
>>600
「それは何というか…………哀れですね」
しばし沈黙。まばらな足音が響く。
「…………暗い話はさておこう。
ほら、他に聞くべき事があるだろう? 我の英雄譚とか、特に竜狩りの話とか!」
「うーん…………オイラ、”ジャバウォックの詩”でヴォーパルさんの偉業知っちゃってるんですよね。
”鏡の国のアリス”作中作、”ジャバウォックの詩”。
『…………He took his vorpal sword in hand(ヴォーパルの剣ぞ手に取りて)
Long time the manxome foe he sought(人喰らいの怪物めを永きに探さん)
[中略]
The Jabberwock, with eyes of flame,(怒れる瞳のジャバウォック、)
Came whiffling through the tulgey wood,(鬱茂たる木より倦み出でて、)
And burbled as it came!(疚しく唸り迫らん!)
[中略]
One, two! One, two! And through and through(一つ二つ! 一つ二つ! 刺して貫く、只管に、ただ只管に)
The vorpal blade went snicker-snack!(ヴォーパルの剣ぞ斬り舞いし!)
He left it dead, and with its head(ジャバウォックは死に伏し、首を遺す)
He went galumphing back.(ジャバウォック狩りの勇者、揚々たりて凱旋す)
[中略]』
…………これの主人公、ヴォーパルさんっすよね? ”ヴォーパル”の剣、ってありますし」
「うむ、いや、確かにソレでも合ってる。
ただこう…………竜の部下150体をなぎ倒した事や、空中で竜をブチ抜いたりした事…………そう言ったエピソードが省略されているのだよ」
>>601
「!? すごいっすねソレ」
「だろ!? やっぱ凄いよな我!?
…………だのに吟遊詩人の奴ら『脳筋すぎる』とか、『イマイチ華がない』とか、『半獣属性がアタランテと被ってる』とか…………とにかく酷いんだ!」
クシャリと、子供のように顔を歪ませるヴォーパル。
他の三人はソレを微笑まし気に見ている。
「ハハ……お疲れ様っす。竜を倒せるヴォーパルさんでも、吟遊詩人には頭上がらないんすねぇ」
「吟遊詩人はなぁ…………現代風にいう所の”アイ ドル”とか”タレン ト”とか、そういう類の存在だったからな。
友、武勇伝、そして吟遊詩人! これさえあれば、宴はいつも盛り上がったものだ」
「おお! 宴に吟遊詩人、いかにもって感じっすねソレ」
「まあな! ただ……宴の後半にもなると吟遊詩人に酔いが回ってな。度々、下品な替え歌をしだすのよ」
ヴォーパルは苦笑し、長耳の先を弄りまわしていた。
「酒の良くない所っすねぇ…………オイラも偶にやらかします」
「『ヘラクレス 12の試練 ヒュドラ討伐の章』…………ああ、アレの替え歌は特に酷かった。
あの有名なヘラクレスの試練……その中でも屈指の名勝負が、
『女装ヘラクレス 12の秘め事 ショタヒュドラの章』に改変されたんだ…………信じられないだろ?」
「冒とくもいい所っすねハイ」
「しかもあのアホ吟遊詩人……よりにもよって、ヘラクレス本人の前で歌いやがってな。
寛大なヘラクレス相手だったから、幸いにもデコ.ピン一発で許されてたが」
「えっ」
ふと、ばあちゃるが身を乗り出す。
>>602
「ヘラクレスって、ギリシャ神話のヘラクレスですよね!? 正直、激情家のイメージありましたよハイ。何度か激昂して、友人や恋人を殺しちゃってますし」
「ヘラクレスさんは良い人だぞ! …………ただ、強すぎるのが玉に瑕だった。
強すぎるから、些細な事で殺してしまう。強すぎるから、誰も彼を放っておかなかった」
懐かしむ様な、愛おしむ様な彼女の表情。それは儚く美しく、母性的であった。
「昔々、ヘラクレスと手合わせして、ボロ負けした。我の攻撃は掠りすらしなかった。
それが余りにも悔しくてなぁ…………何度も何度も挑んだ。彼は嫌な顔一つせず、毎回全力で戦ってくれたものよ」
「世界一の戦士に、一撃くらい当ててやりたい! その一心で100回以上挑戦し、負ける度に反省と研鑽をし、ついに一撃当てたのだ!」
「…………そうして一撃当てた日。ヘラクレスと大いに語り合った。
『これで挑戦も終わり』という、感傷にかられてな」
「女神ヘラとの因縁、友を殴り殺してしまった事、英雄としての誇り、苦しみ…………本当に、色々な話を聞いたよ。
そして我は思った『後世に名など残さぬ方が、幸せだろうな』と」
「それは……確かにそうっすね」
「だろ?」
ヴォーパル。竜狩りのヴォーパル。
この船を出れば敵対する仲であるが、それでも今は語り合った。行きずりの友として。
>>603
§
船の外、甲板へと出た。
「…………さあ出たぞ! いざ勝負!
我が名はヴォーパル、”オレィ”様に召喚されたサーヴァント! 主の命を果たす為、武を競わん!」
長耳をピコ.ピコと揺らし、ヴォーパルは剣を抜く。実に嬉しそうな顔で戦闘態勢へ──────
「ちょっと待って」
行こうとした所、イオリに止められた。
「どうした?」
「あのね、実はね…………この球、イオリたちの欲しいモノじゃない可能性があるの。それを判断するために、三日ほど待って欲しいなって。
待ってくれたらシイタケあげるよ…………どう?」
「うむ…………それは、無理だ。実は、ここに来るために船頭を雇っていてな…………三日も待たせると、払う賃金が足りなくなってしまう!
シイタケは好きだし……心惹かれないといえば噓になる。だがすまんな! 我が忠誠は食欲より重いのだ」
──────ヴォーパルが構えた。
両の脚を極限までたわませ、左手を地面につける。ケモノの如き構え。
「そっか、それは残念」
微かに表情を歪め、イオリは鉄扇を取り出す。そして赤いオジサンを出現させた。
「シロです。お手合わせお願いします」
「よろしくお願いします」
残りの二人も武器を出す。シロは銃剣、ばあちゃるは拳銃にナイフ。
沈黙。
「!」
──────真っ先に動いたのはヴォーパル。
シロへ向かって一直線に駆け出す。速度は超人、風を切る。
>>604
「馬!」
「ハイ!」
ばあちゃるがシロの前に割り込む。硬化した肉体で刃を受け止──────
「遅い!」
跳んだ。ヴォーパルが跳んだ。3mも跳んだ。
流石サーヴァント。身体能力が人を超越している。しかしソレは、シロやイオリも同じ事。
「そっちこそ!」
シロの銃剣が、ヴォーパルの右ふくらはぎを貫く。空中に縫い留める。
「グゥッ!? これは──────」
ドゴン
”赤いオジサン”の拳。圧倒的な威力の拳が、突き刺さった。
ヴォーパルの肉体は甲板の端にまで吹っ飛ばされ、ピクリとも動かなくなる。
──────常人なら死んでいるだろうが、相手は英霊。死んではいまい。とはいえ、半日は立ち上がる事すらできないだろう。
「…………フゥッ」
シロは短く息を吐き、額の汗を拭く。
今回は瞬殺できたが、ソレはただの幸運だ。
ヴォーパルが空中に飛び上がり…………せっかくの速度を殺したから、銃剣を刺せた。アレがなければヤバかった。
「少し休憩しよっか。馬もイオリちゃんも疲れたでしょ?」
シロは踵を返し、二人に笑みを向け──────
「うむ! メッチャ痛い! 雑な戦い方はいかんな!」
「!?」
──────ヴォーパルが動いた、立った、歩き出した。
彼女の体にはキズ一つない。
「ど、どうして…………!」
シロの動揺に、ヴォーパルは己の剣を掲げて応える。
それは実に子供っぽく、与えられたオモチャを自慢するようであった。
「見よ! これぞ『言祝ぎの剣』! これがある限り、我は無限に回復する! つまり不死!」
「な、なにそれ、反則じゃん! …………馬」
>>605
──────シロは即座に動揺から脱する。この程度で思考停止するほど、ヤワな女ではない。
しかしソレを表に出さず、あえて動揺したフリを続けた。
そうやって気を引きながら、ばあちゃるへ目配せを送る。
流石のばあちゃるも慣れたモノ。すぐさまシロの意図を理解し、密かにオペレーターと通信を行った。
「…………りこりこ。アレ無効化できないっすか?」
『多分アレ、元はそんな凄い剣じゃない。検出できる神秘の濃度が薄いもん。
なにかしら強化されてるね。時間があれば絶対に解除してみせる』
「了解」
──────戦いは、始まったばかりだった。
一週間とちょっとぶりの更新でした!
シロちゃんの衣装メチャカワイイ!!! リアル猫耳が破壊力高かった
今回、ジャバウォックの詩を引用する際、著作権対策として独自翻訳を行わせて頂きました
我ながら拙い翻訳ですが、こんなんでも二時間くらい掛かりました
造語の解釈が難しすぎる…………
裏設定
言祝ぎの剣
元ネタ:ヴォーパルの剣
造語である、『ヴォーパル』の解釈の一つ、「VERVAL(ことばの)とGOSPEL(みおしえ)の合成語である」と言うのを採用して和訳したモノ
能力:持ってるだけで超回復 切れ味はイマイチだが、耐久力はバカみたいに高い
>>609
ヴォーパルさんのキャラは割とfgoっぽさを意識したので、そう思って頂けたのなら幸いです!
>>606
§
「…………解除にかかる時間はどれ位っすか?」
『5分はかかるかな。ゴメン、それまで持ちこたえて』
牛巻からの返答を聞き、ばあちゃるは唇を小さく歪める。
──────命のやり取りにおいて、5分は”重い”。
一回の攻撃にかかる時間はおおよそ『5秒』。つまり5分を持ちこたえる為に、理論上では『60回もの攻撃を切り抜けなければならない』。
無論これは理論上の話であり、実際はもう少しマシだろうが。
「シロちゃん、5分持ちこたえれば、りこりこが不死身を解除してくれるそうですハイ」
しかし、シロは動じない。勝利を目指して突き進む。
「ん」
シロは小さく頷き、ヴォーパルに銃剣を掲げ返した。
微かな恐れを戦意で塗りつぶし、不敵に笑う。演技はもう終わった。
「ヴォーパルちゃん! 例え不死身相手だろうと、シロたちは負けないんだから!」
「おう!」
ヴォーパルが獰猛に笑う。そして跳躍した。甲板スレスレに、滑るように。
「シロちゃんに、手を出しちゃダメ!」
”赤いオジサン”の拳が跳躍をカット──────
>>611
「ハッ!」
と、そこでヴォーパルが”オジサン”の腕を蹴り、180°方向転換し、『言祝ぎの剣』をイオリにブン投げた。
「!?」
身をよじって剣を避けたイオリに──────ヴォーパルの拳。2m越えの巨体を生かした、殴り下ろし。
イオリは鉄扇で辛うじて受け止めた。
「うっ!?」
受け止めた鉄扇が僅かに歪む。イオリの瞳が驚愕に染まった。
続けて剣を回収したヴォーパルが────────とっさに振り返り銃弾を弾く。上空からの刺突をいなす。
「今のは凄いぞ!」
撃ったのは ばあちゃる。突いたのはシロ。互いの信頼がなければ出来ない、一糸乱れぬ連携であった。
「褒められても、銃弾しか出ないっすよ!」
ばあちゃるが断続的に銃弾を放ち、シロとイオリの退却をカバーし、態勢を立て直させる。
──────戦闘開始からこれで30秒。まだ30秒。
「…………」
「……………………」
静寂。双方様子見。
この隙にシロは思考を回す。
(強いね、不死の力を抜きにしても。スピード、パワー、テクニック、全てが高水準。能力にかまけた風もないし、こりゃ頭使わないと勝てないねぇ。
とは言え…………5分持ちこたえなきゃいけないのは、イオリちゃんにも既に伝わってるハズ。オペレーター越しに)
(闇雲に方針転換しても足並みが乱れるだけ…………全体としては時間稼ぎの方針を維持しつつ、シロだけで他の可能性を探るのが吉……かな?)
(不死身への対策…………メジャーなモノとしては『耐え難い苦痛を与え続ける』『動けなくする』『不死の元を断つ』だね。とにかく色々試してみよう)
シロは思考を終え、蒼い瞳を細め、両の脚に力を込めた。
>>612
──────思考を始めてから終わるまで、実に1秒足らず。ほぼ一瞬である。
「いくよ」
シロが仕掛けた。甲板を蹴り、間合いを詰める。
右手を銃剣の中ほどに添え、左手で根元を保持──────リーチを捨て、取り回しを重視した構えだ。
「シッ!」
首への薙ぎ払い──────と見せかけての、銃床による殴打。意識とアゴを砕く、凶悪な一撃。
「ぬん!」
しかし、ヴォーパルはその一撃に耐えた。
そのまま剣を逆手に持ち、シロへ向かって──────
「どけっす!」
タックル。全身を硬化したばあちゃるによる突撃。背後からの突撃。
重量70kg以上、硬度は鋼鉄並み。英霊相手でも痛打となる威力──────当たりさえすれば。
「素晴らしい技だが…………躊躇いが見えるぞ!」
言祝ぎ剣はシロを掠め、甲板に叩きつけられ──────ヴォーパルがその反動で飛んだ。そして『ドチャッ』
”オジサン”の拳。内臓を破裂させ、骨を粉砕し、人を破断せしめる本気の拳。不死相手だからこそ躊躇なく打てる、正真正銘本気の拳。
ヴォーパルは空高く打ちあげられ…………壊れた人形のように落下する。
>>613
「イオリの事、忘れないでね」
イオリは首をかしげ、フワリと微笑んだ。
「な、なに…………忘れては、おらぬよ。ただチョイと”クセ”が抜けきっておらんでな。
跳んだらやられると解っては居ても、つい跳んでしまうのだ」
ヨロヨロと立ち上がり、ピョコンと長耳を跳ね上げ、コミカルに肩をすくめる。
立ち上がり切った頃にはもう、ヴォーパルのキズは全て塞がっていた。
──────これで1分経過。まだ4分もある。
さしものシロも頬を引きつらせ、倦んだ息を吐いた。
「まあ足掻くしかないか。それに──────」
──────まだ手はある。
シロは言葉を飲み込み、銃剣を構えた。銃剣を構え、足を二回・一回・二回と踏み鳴らした。事前にばあちゃると示し合わせた連携の合図。
「…………」
「……」
ノタリと歩を進めるシロ。共にゆくばあちゃる。
言葉は要らない、これ以上の合図も要らない。静かに足取りを合わせ、進む。
「なにか狙っておるな…………ならばこちらも、最高の一撃にて相手しようぞ!」
対するヴォーパル──────彼女の構えが変わった。
右手を刃の根元に添え、左手で柄の根元を握る。獣が如き体勢はそのまま、”溜め”をより力強く。
「…………!」
長耳がパタンと倒れ、目は爛々と輝く。三日月の様に弧を描く口、弾き絞られた戦意。今、ヴォーパルは戦士の顔をしている。
「…………」
イオリは静観する。
二人が何をしたいか知らない以上、無理に加勢するのは得策でないと判断したのだ。
>>614
「──────唸れや砕け、私の拳(ぱいーん砲)」
呟く、宝具の真名を。
光る、シロの拳が。
「コード申請4693-315-1225」
ばあちゃるが呟く。彼のナイフが黄金に光る。
──────グーグルシティのナノ加工技術によって作成された、ハイテク聖別ナイフ。
極小の聖句7777語が内部に刻まれ、全ての寸法は7キュビットで割り切れる値となっている。あらゆる要素が聖数字7に関連付けられ、その威力を増大させている。
シロとばあちゃるが歩を進めた。
「──────」
間合いに入る。ヴォーパルが目を見開く。
「竜鱗抜きィッ!」
──────全身のバネを一気に開放し、言祝ぎの剣を突き出す。
常軌を逸した強度の踏み込み、錆びた甲板が足の形に凹む。
「シッ!」
鋭く息を吐き、ばあちゃるがナイフを合わせる。
確かな研鑽の見て取れる一撃。相手の攻撃を逸らす事に専念した、守勢の業。
「──────グ」
ヴォーパルの突きがナイフを粉砕し、硬化したばあちゃるを吹っ飛ばす。
──────ばあちゃるの後ろより現れたシロ。輝く拳を振り上げている。
ソレを見たヴォーパルは獰猛に笑う。最小の動作で剣を引き、薙ぐ──────
「竜骨断ち──────むっ!?」
その動作が、不意に止まった。
ヴォーパルの着ている鎧が、錆びついたかの様に動きを止めたのだ。
「喰らえッ! ぱいーん砲!」
棒立ちの彼女に、シロが拳を叩き込む。鎧が凹む。
「…………ケフッ」
>>615
「…………ケフッ」
凹んだ鎧に気管を圧迫され、ヴォーパルはマトモに呼吸できない。その上、動かない鎧に縛られた。
如何に無限の回復力を持とうと、拘束され、呼吸もままなければどうしようもない。
「こ、これは一体なんだ?」
倒れ伏したヴォーパルは、困惑した表情を浮かべた。
そんな彼女にシロが近づき、解説をする。
「馬は、触れたモノを硬化させる魔術を使えるんだ。
それを使って、ヴォーパルちゃんの鎧の関節部を硬化させ、動けなくしたんだ」
「なるほど……ケフ……理屈は解った。しかし……その魔術は、いつ掛けられたんだ?」
「馬が吹っ飛ばされた時だね。ナイフが押し負けることを前提に、硬化魔術をかけることに専念してたん…………だよね、馬」
シロがそう言うと、馬はフラフラと立ち上がりながら頷きを返した。
「痛ッ…………シロちゃんの言う通りです…………まあ結構な賭けでしたよハイ。
ギリギリ指先が掠ったから良いものの…………触れてなけりゃ、賭けに負けた大マヌケになる所でしたね」
「ケフッ……………………良いじゃないか、成功したのだから。勝利を誇れ……ケフ……強き戦士よ」
空咳をしながらも、ヴォーパルは心底愉快そうに笑う。
「そう言って貰えると嬉しいっす…………では」
ばあちゃるはそう言うと一礼し、踵を返した。
呼吸困難、束縛状態。既に勝負は決している。彼はそう判断していた。
「…………これからが楽しい所だぞ? ばあちゃるよ」
──────だが彼女は、ヴォーパルはまだ敗北していない。
>>616
「!!」
彼女の鎧が異音を鳴らす。
筋肉が膨張し、関節が唸り、硬化した己の鎧をへし曲げ、引きちぎり、ブッ壊した。
『言祝ぎの剣に掛けられた強化、急速に減衰開始! これなら直ぐに解除でき──────!? ヴォーパルの霊基が変化を開始!』
「ッ…………ハァッ!」
響く牛巻の声。立ち上がる全裸のヴ■ーパル。豊満かつ強靭な肢体が解放され、揺れる。
余りの事態に硬直する三人。
真っ先に動き出したのはイオリ。
「お願いオジサン!」
ヴ■ーパルにオジサンの拳が迫る。彼女はソレを跳んで避けた。
「…………ッ!」
次に動いたのはシロ。取り回しの良い拳銃へとっさに持ち替え、空中の■■ーパルに連射した。
6発の弾が飛び迫り──────
「なんだその銃! カッコイイぞ! 欲しいぞ!」
──────■■■パルは”空を蹴って”避ける。
更に数度、空を蹴ってシロへと迫った。
「…………ッ」
硬直から脱したばあちゃるが銃を構えるも、狙いが定まらない。
──────格好が目に毒というのもあるが、それ以上に目がついて行けない。立体的な動き故、動きを予測することも難しい。
「待てえ!」
”オジサン”を凌がれたイオリが、畳んだ鉄扇を■■■■ルに投げつける。
サーヴァントである彼女であれば、多少その動きを捉える事が出来た。
「待たん!」
「ずっ!?」
■■■■は空で回転し、鉄扇を蹴り返す。
予想だにしない反撃にイオリは対処できず、額に鉄扇を喰らい、体勢を崩した。
「…………」
迫るリ■■■。
シロは目を細め、ギリギリまで彼女を引き付ける。
「…………!」
来た。シロはリ■■■の急所へ銃剣を突き出し──────
>>617
「なぁっ!?」
片腕を犠牲にして、防がれた。
そのままリュ■■は剣を──────「させないよ! おいでマーちゃん達!」
上空で待機していた三羽のマーセナリーホーク。彼らがリュ■■に体当たりする。
「伏兵か! 凄いぞ!」
しかし、それでも止まらない。リュ■■は剣をそのまま振り下ろし──────
『やっと解析完了! 強化解除!』
彼女の剣は、シロへ届く前に砕け散った。
「…………」
動きが止まる。
「シッ!」
シロの銃剣が突き刺さる。リュ―■の体が光り出す。
「や、やったすかね!?」
ばあちゃるが思わず叫ぶ。
『いや…………やってない! ヴォーパル霊基再臨! 再解析開始──────』
「とう!!」
跳ぶ。
「我が真名はリューン・ヴォーパル! 空駆けリューン! 竜狩りリューン! 神代ギリシャの幻霊だ!」
真名表出──────『リューン・ヴォーパル』。
「我、春風の祝福を受けし戦士なり! うっかり神のペットを殺し、半獣の呪いを受けし者なり!」
ヴォーパルからリューンへ。渦巻く風を身にまとい、真の姿を現す。
──────相も変わらずの長身。相も変わらずの半獣。
変わったのは、防具と武器。竜鱗を打った革を乱雑に纏い、身長より長い槍を担いでいる。先程まで使っていた剣がそのまま穂先となっており、獅子すら両断できそうな程に重厚な槍であった。
「…………!」
>>618
シロ、ばあちゃる、イオリの三人は身構える。
そんな三人の前にカン!と小気味よい音を立て、リューンが着地した。
「…………」
「……………………」
沈黙。緊張。
ピリつく空気の中、リューンが口を開いた。
「うむ! 我の負けだ!」
「…………へ?」
「我は『リューン』ではなく、『ヴォーパル』として決闘に臨んだ!
そして……お主らは見事”ヴォーパル”を倒した! 故に我の負けよ!! 秘宝は持って行け」
彼女はドカッと腰を下し、清々しく笑った。
§
数分後。戦闘が終わり、皆一息ついていた。
特にイオリはリラックスモードに突入しており、優雅にキノコなんかを焼いている。
ばあちゃるが口を開く。
「それで、結局ヴォ……リューンさんはどういう存在なんすか?」
「ヴォーパルで良いぞ、そっちも本名だしな。
それで…………我がどんな存在かというとな、まぁ簡潔に言うなら『片方を主体とした、幻霊の複合体』だな」
「えっと、つまりどういう事なんすか?」
「つまりだな………うむ……」
穂先を所在なくクルクルと回し、リューン……もといヴォーパルは困った表情を浮かべた。
「まず、幻霊が何なのかは解るか?」
「『歴史に名を刻むも、英霊となるには一歩足りなかった存在。英霊の一歩手前の存在』でしたよねハイ」
「その認識で大体合っている。さて、次の質問だが…………戦う前の我と、今の我。何が違う?」
「えっと……英霊から幻霊に、名乗りが変わった事。後は武器と防具…………ですかねハイ」
「うむ」
ヴォーパルが深く頷く。
>>619
「今の我は幻霊、リューン・ヴォーパル。ギリシャで竜を狩っていた…………当時基準では平均的な英雄だった。
ヘラクレスさんなどの大英雄に押され、後世にほぼ名が残らなくてな。故に我は、英霊ではなく幻霊止まり」
「ふむふむ」
「そして戦う前の我………あの時は『ジャバウォックの詩』の主人公を演じ…………その力を憑依させていたのだよ
所有者に無限の回復をもたらす『言祝ぎの剣』なんかが、憑依によって得た力だな」
そう言いながら、ヴォーパルは槍で甲板に絵を描いた。
──────ヴォーパル自身を指したウサギの絵に、オーラの様なモノが纏わりついている。中々に味のある絵だ。
「憑依?」
「そう、憑依だ。幻霊に他の存在を憑依させ、その力を増大させる。
そうすることで、マスターである”オレィ様”は、我らを英霊に昇華させた。
…………強いて自称するなら『憑依英霊』。そんな所か」
「…………」
ばあちゃるは彼女の話をかなりマジメに聞いている。それでも正直あんま理解できていない。最近まで一般人だったので、魔術関連の事はピンと来ないのだ。
ヴォーパルもソレを察しているのだろう。おおらかな笑みを浮かべ、説明を嚙み砕く。
「我らは”キャラを演じる事”でそのキャラを憑依させ、より強くなれるのだ。
ただ…………今回のように装備を剝されると、憑依が解除される。衣装がなければ、演技は成り立たないからな。
また”正体を見破られる”事でも……憑依は解除される」
>>620
「なる程?」
「要するに、アレだ。我のような存在が敵対して来たら、
・装備をぶっ壊す
・本性を見破る
このどっちかをやれば弱体化する! と言う事だ」
「なる程!」
「因みにここだけの話…………オレィ様に仕える幻霊は複数いてな、皆”憑依”で強化された幻霊だったり──────────」
──────ふと、シロが身を乗り出し、ヴォーパルに話しかける。
アホ毛をしならせた彼女の表情は、どこか心配そうだ。
「ねえヴォーパルちゃん。教えてくれるのは嬉しいんだけど…………あんま情報もらしたら、オレィ様って人に怒られない? ヴォーパルちゃんの主人なんでしょ?」
「あ」
シロの言葉を聞き、ヴォーパルの表情が凍りつく。長耳がピンと立ち上がる。
「……………………マズイ、怒られる」
(我が主、オレィ様の目的は『人を救うモノ』。我が見立てが正しいなら、お主らの目的もそう違いはすまい。
今回はたまたま敵対してしまったが、この様な事、二度とないだろうよ! 故に問題なし!)
うなだれる彼女の額には汗が滲んでおり、頬も引きつっていた。
本音と建前がつい反転してしまう程度には、焦っている様である。
「…………」
10秒ほどそうした後、ヴォーパルはガクリと項垂れ、長耳をシュンとさせた。
これから主の元へ帰り、謝罪せねばならない。その運命を悟ったのだ。
──────気付き、焦り、思考停止、悟り。これらのプロセスはやらかしをした人間が大抵行うモノであり、そのいずれも哀愁に満ちている。
>>621
「……シロ卿、ばあちゃる卿、イオリ卿。この度は色々と迷惑をかけてしまい、申し訳なかった。
今は謝罪しかできないが…………次に会う時があれば、埋め合わせをさせて欲しい」
「あはは、しなくて良いよそんな事。
そんな事よりさ! シイタケが焼けたから食べてみて。きっと美味しいよ」
「…………ありがとう」
ペコリと頭を下げ、イオリの焼いたシイタケを食べながら、ヴォーパルは帰って行った。
憑依幻霊のチュートリアル回でした!
幻霊が他の存在を演じる事でより強くなると言う、現実のvtuberにやや似た構造となっております
それはそうと…………シロちゃんと馬のサプボがそろそろ届きます 毎回高品質なグッズばかりなので楽しみ
裏設定
リューン・ヴォーパル
節度を弁えた脳筋
かなりのお喋り好きで、口が少し軽い
竜を狩れる程度には強かったが、同期にビックネームが多すぎて埋もれた
昔「竜の血に武器を漬け込んだら強くなるんじゃね?」と考えて実行し
愛用の槍を錆びさせてしまった過去がある
今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=anUaSb5tZb8&list=PLuRYZt4M2mLQREx3U6HJf21VV7s4P-tFU&index=3
>>624
「知力と武力のどっちでも攻略できる敵にしたい!」と考えた結果、この設定になりました
ヴォーパルさんは描写にかなり気を使ったキャラなので、気に入って頂けたのなら嬉しいです!!
>>622
「オエッ……」
数時間後、イオリ、ばあちゃる、シロの三人は次の島にいた。
イオリの従えるマーセナリーホークに運ばれ移動した三人の内、ばあちゃるだけがゲッソリしている。戦いの疲労も抜けぬ間に空輸され、酔ってしまったのだ。
「イオリちゃん、イオリちゃん。ここはどんな島なの?」
「えっとねえ、あのね、次の島は遠くて鳥さんじゃ体力が持たないから…………この『港島 ポートランド』で船を雇うの!」
『他の島は独自空間を所持し、空間ごと漂流してますぅ。しかし港島だけは独自の空間を持ちません。その為か多くの冒険者や船乗りが拠点として用いてますぅ』
──────港島には不思議な光景が広がっていた。陸地の上にではなく、海の上に居酒屋や宿屋や雑貨屋が建っているのである。
大きな船同士が鎖で連結されて木の陸地を形成し、船の一つ一つが店の役割を果たしているのだ。一つの船にいくつもの店が寄り合っているモノまである。
「イオリちゃん……それで、港島のどこへ行くの?」
「うーん、まずは大きい酒場に行って、運んでくれる船さんの募集かな、それでダメだったら他に行く感じだねぇ」
「なるほど」
シロはグッタリするばあちゃるの背中をさすりながら、元気に声を挙げた。
「行き先も分かったことだし、早速行こう! …………馬、大丈夫?」
「ハイ……」
「うん行こう!」
>>626
§
??視点
「…………ケッ」
水で薄めたラム酒をあおり、チキンの野菜炒めをナイフでつつく。
俺の名前は『ラーク』。船酒場(船の上に作られた酒場)で飲んでいる最中だ。下から響く木板の軋み、のたりと揺れる店内、微かにすえた磯とアルコールの香り。
船は良い、揺り籠のように人を包んでくれる。
「ガハハハ!」「爪剥ぎじゃんけんしようぜェ!」「お前もう爪ないじゃん……第一、何が楽しいんだそれ?」「スリルだよォ!」
「……」
俺は空になった酒杯をテーブルに置いてまぶたを閉じ、栄光の過去へと思いを馳せた。酒場の喧騒を枕にして。
──────祖先の残した魔術書を偶然見つけて力をつけ、地元の仲間と一緒に故郷を飛び出し、腕利きの海賊『赤鷲船団』として名をはせた。
俺が使うのは符(魔術的な紋様を書いた札の事)を媒介とした魔術。所詮素人の独学であり、ぶっ飛んだ力が使える訳ではない。だがそれでも常人をボコすには十二分だった。
同業の海賊共から財宝を分捕り、愚民共にソレをばら撒く。たまに財宝の地図を手に入れて冒険して…………本当に愉快な日々だった。
「──────」
>>627
「イイからやろうぜ、爪剥ぎじゃんけん! やってくれたら酒おごるからさァ!」「解った、一回だけだぞ。ほらじゃーんけん…………」「「ポン!」」
──────忘れもしない、愉快な日常が終わったあの日を。かの有名なマリン船長率いる『マリン海賊団』にケンカを売ってしまった、悪夢の日を。
『マリン海賊団』には、銃も大砲も魔術も通じなかった。銃弾は弾かれ、大砲は当たらず、全力の魔術も軽くあしらわれた。勝てる勝てないじゃない。レベルが違ったのだ。
俺は負けた後、アイツらにスカウトされて部下になった。当然俺の部下も一緒に。
まあ……マリン海賊団はそれほど悪い場所じゃない。飯も金も十分くれるし、働き次第では昇進もある。
実際、すでに俺は7宝船(マリン海賊団の主力をなす船の事だ)の内1隻を任されていた。
「ハイ、俺の勝ち。約束通り酒おごってくれよな」「…………待ってくれ。俺は爪剥ぎじゃんけんに負けたんだ。まず俺の爪を剥いでくれェ!」「剥ぐ爪がもうないじゃん」「じゃあ…………他人の爪を代わりに剥がないとォ!」
だがそれでも…………誰かの下に付くのがガマンならないのだ。俺は自由が欲しくて海賊になった。いくら待遇が良くたって、自由でなければ何の意味もない。
「他人の爪を剥すって、それペナルティとして成立するのか?」「ならないよォ! でもやらないと」「几帳面だなホント」
隙をみてマリン海賊団からおさらばして、また海賊として一旗上げてやる。その為にも今は──────「そこの人! どうか爪を一枚くれないかッ!?」「頼む、コイツに付き合ってやってくれ」
>>628
変な奴らが俺の肩を掴んできた。赤いペンチを持ったヒョロガリ男と、やけに身綺麗な海賊の二人だ。
ペンチのヒョロガリ男が目を血走らせながら懇願してくる。
「…………何言ってんだお前?」
「爪が欲しいんだッ!」
「爪が欲しいのは知ってるよ。whatじゃなくてwhyを聞いてるんだ、俺は」
「ワット? ワイ? 何の話なんだ、教えてくれッ!?」
俺は頭が痛くなり、手で額を覆った。普通ならこんなクソボケは前歯をへし折って船外に蹴り出す所なのだが…………生憎マリン船長に『むやみな暴力は控えるように』と言いつけられている。
「頼む! 爪ェ! 爪ェ!」
ペンチ男の声と動作はどんどんヒートアップし、しまいには地団駄を踏み始めた。ホコリが舞って非常にうっとおしい。
「まあまあ、そこの兄さん。こいつはチョット盛り上がり易いだけで、根は悪い奴じゃないんだ。だから…………ここは一つ、爪を一枚貰えませんかね?」
身綺麗な海賊がペンチ男の前に割り込んだ。声色こそ穏やかだが、顔が全くの無表情だった。腰に提げたカトラスに手をかけており、物騒な気配を放っている。
「…………」
──────ペンチ男はただの狂人。身綺麗な男はマトモぶった狂人、しかもそこそこの手練れ。柄の形状を自分用に調整してやがる。実戦経験が豊富でなければしない事だ。
適当にあしらえる相手ではないか。俺は気怠い息を吐いてイスから立ち上がり、両手の人差し指を眼前の二人にそれぞれ向けた。
「…………?」
「まさかオマエ、あの──────」
>>629
次の瞬間、二人の腹に小さな穴が空く。二人は倒れた。
──────ポケットに入れておいた符が二枚、ボロボロと崩れ落ちる。俺の作成した符は俺にしか使えないし、しかも使い捨て。種類も威力もそんなにない。だがまあ、こうやって一般人をボコす位は余裕だ。
「やっちまった……マリン船長にどやされちまうぜ」
俺は舌打ちしながらイスに腰掛け直し、店員に注がせた二杯目を一口で飲み干す。
勝ったというのに酒がマズイ。勝利の甘露はあっても、不自由の苦味が何もかも塗りつぶしてしまう。苦いのは嫌いだ。
酒が回って揺れる視界を天井へ向け、意識を再度過去へ飛ばす。昔した冒険を一つ一つなぞり直して、自由な幻想へ行こ──────「こんにちは!」
「!?」
女の声が聞こえた。暴力的な気配の一切ない、柔らかい声だ。
船酒場に入ってくる集団。女が二人、男?(何故か馬のマスクを付けている)が一人。そいつらを見た瞬間──────俺の全身に衝撃が走った。
女の見た目が美しいからじゃない。場違いな格好をしてるからでもない。アイツらから感じる力、その大きさに衝撃を受けたのだ。
「オイラ達を乗せてくれる船をさがしてるんすけど…………誰かいないっすかね?」
馬マスクの男がそう言って辺りを見渡す。周囲の反応は主に三種類。拒絶、嘲り、そして警戒。
「帰んな」「異性を乗せたら船は沈む。これ常識だぜ?」「船上での男女トラブルは本当にヤバいぞ」「下手な怪物よりよっぽど怖え」
「……どう思う?」「強いですね」「勝てるか?」「あの馬男でギリギリ。他は無理ですね」
>>630
だが俺の反応は三種類のどれにも当てはまらない。イスから勢い良く立ち上がり、彼らに大股で近づいた。
「蒼髪の姉ちゃん。ムネ揉ませてくれるなら乗せても良いぜ」「乗せるって……船にか?」「違げえよ兄弟、乗せるのは──────ウギャッ!?」
「どうも、ラークと言います」
彼らに絡むチンピラを殴り飛ばし、俺は迷うことなく前へ出た。こういうのは早い者勝ちだ、少しでも躊躇すればチャンスを取り逃す。
──────そう、チャンスだ。俺の目が曇ってなければ、こいつらはマリン船長に匹敵する力を持っている筈。
俺は、こいつらを上手いこと使って独立してやる腹積もりだ。具体的な計画はないが、考える時間なんていくらでもある。
「一つ提案なのですが…………俺の所属するマリン海賊団を足として使いませんか?」
傷まみれの顔に笑みを作り、最大限紳士的にお辞儀をした。このチャンスをモノにする為に。
自由、冒険。自由、冒険。自由! 冒険! 想像するだけでワクワクする。こんなに興奮したのは、初めて宝の地図を見つけた時以来だ。
──────俺は酒杯を放り投げ、彼らと共に青空の元へと出ていった。
明日サプライズボックスが届くので楽しみです!
今回は新キャラのお披露目回でした!
キャラ紹介
ラーク
性別:男
年齢:30代前半
強さ:カカラ5体と一度に戦って勝てる位
海賊。祖先から引き継いだ符術を使う海賊。いわゆる『魔術使い』と型月世界では呼称される存在(研究ではなく実用する為だけに魔術を用いる人の総称)
自由と冒険がとにかく大好き
海賊基準では穏健派だが、一般人基準でみると普通に悪党
今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=jquJLs0wdFk&list=PL5JawQb6w1fSnQPF9KIJr0OVhvJ7_g7pU&index=10
>>629 文章が酷かったので一部改稿
変な奴らが俺の肩を掴んできた。赤いペンチを持ったヒョロガリ男と、やけに身綺麗な海賊の二人だ。
ペンチのヒョロガリ男が目を血走らせながら懇願してくる。
「頼むゥ! 爪をくれェ!」
「何言ってんだお前」
「だから…………爪が欲しいんだってェ!」
「爪が欲しいのは知ってるよ。whatじゃなくてwhyを聞いてるの」
「ワット? ワイ? 何の話なんだ、教えてくれッ!?」
俺は…………相手の余りのバカさ加減に頭が痛くなり、手で額を覆った。
普通ならこんなクソボケは速攻で前歯をへし折って船外に蹴り出す所なのだが…………生憎マリン船長に『むやみな暴力は控えるように』と言いつけられている。
「頼む! 爪ェ! 爪ェ!」
ペンチ男の声と動作はどんどんヒートアップし、しまいには地団駄を踏み始めた。ホコリが舞って非常にうっとおしい。
そこに割り込む例の身綺麗な海賊。
「まあまあ、そこの兄さん。こいつはチョット盛り上がり易いだけで、根は悪い奴じゃないんだ。だから…………ここは一つ、爪を一枚貰えませんかね?」
身綺麗な海賊。アイツは声色こそ穏やかだが、顔が全くの無表情だった。腰に提げたカトラスに手をかけており、物騒な気配を放っている。
「…………」
ペンチ男はただの狂人。身綺麗な男はマトモぶった狂人、しかもそこそこの手練れ。柄の形状を自分用に調整してやがる。実戦経験が豊富でなければしない事だ。
適当にあしらうには相手が強い。優しく説得できる相手でもな────ああもう面倒くせえ。普通にやっちまおう。
俺は気怠い息を吐いてイスから立ち上がり、両手の人差し指を眼前の二人にそれぞれ向けた。
>>631
§
ラークの案内で船に向かう途中。
シロ、ばあちゃる、イオリ、ラークの四人は板を被せた小舟の道、『橋船』の上を歩いていた。打ち寄せる波がクツを濡らし、ぬるまった潮風が服をべたつかせる。
倦んだ気持ちを誤魔化すように、ばあちゃるが口を開いた。
「そういえば、なんで船の上に港が建ってるんですか?」
「あ、それシロも気になる」
「……チョイと複雑な理由があるんですわな。それには」
指先で海賊帽をクルクルと回しながら、ラークが答える。
実に気楽そうな態度であるが、しかしその動作は一つ一つが奇妙な緊張に満ちていた。常に揺れる視線、不規則な歩幅、一切ブレない重心。理性の一枚下に暴力性を隠している。
「ここらの島は全部、海流に流されて漂流します。でも、この島だけは動きません。だからですかねぇ、この島は船乗りにとって信仰対象、聖域でもあるんです。だから入っちゃいけない…………これが表向きの理由」
「表向き、ですかハイ」
「この島の奥には、恐ろしい怪物がいるんですわな。真っ黒な体、縦向きに付いたむき出しの口。ただ恐ろしいだけじゃなくて体も硬い、普通の銃弾じゃ通らんのですわ。
要するに……島の奥に踏み込んで死ぬバカを減らしたい。それが本当の理由ですな。
でもソレを直接言うより、『信仰』に絡めたほうがより効果的に抑制できる。そんな所でしょう」
>>636
ラークは海賊帽を真上に放り投げ、逆の指で受け止めてまた回し始めた。
「というか、何でそこまで知ってるんすか?」
「昔、宝を探しに奥へ踏み込んだんですわ。そんでその後…………怪物に追われて、這う這うの体で逃げましたな。冒険は大好きですがね、アレは流石に」「チュン!」
会話の最中、巨大なキツツキが突如飛来し、ラークの脳天にアイスピックの様なクチバシを──────
「危ない! イオリが今助け──────」
突き刺す寸前で、海賊帽のフチが鳥の胴をブッ叩く。鳥は玩具のように吹っ飛び、壊れて動かなくなった。
「後はまあ、ヤバい怪物が来ても船なら逃げられる……ってのもありますわな。なにせ世の中には歩く災害みたいな奴もいますからねぇ……おお怖い」
ラークは大げさに自分の肩を抱く。相も変わらず気楽そうに。古傷まみれの顔にビジネススマイルを浮かべながら。
「──────そういえば、なんでダンナ達は船が必要なんですかい?」
「実はシロ達、ある秘宝を探す旅をしてるんだ。だから船が必要なの」
「秘宝! そりゃどんな?」
「それはね──────」
波と風に揺られ、時と歩は進んで行く。
§
>>637
数十分後。ばあちゃる達は『七宝船』の甲板にいた。
雲を突くメインマスト、慌ただしく行き来する船員達。彼らの顔色は総じて良い。それなりの待遇を受けているのだろう。
「やあ客人さん!」
──────目の前に女性がいた。
赤を基調とした海賊服、大きな海賊帽子。黄金色の右目、夕焼け色の左目、赤髪のツインテール。
腰に下げたフリントロック(前込め式の銃)には芸術品めいた金細工が施されており、あまり物騒な感じはしない。
「マリン海賊団 第七宝船 布袋丸へようこそ! アタシの名前は宝鐘マリン。この海賊団の『大船長』をやってる。秘宝を探してるんだって? 協力するよ」
「…………」
マリンは帽子を取って頭を下げた。深すぎず浅すぎず、丁度良く。その姿勢は礼儀に正しく沿ったものであり、確かな教養がにじみ出ている。
──────見た目も所作も、海賊のソレではない。莫大な魔力も感じられる。誰かしらの手先かもしれない。
シロは静かに目を細め、ばあちゃるとイオリへ”警戒”のハンドサインを送った。
「ねえ……本当に協力してくれるの? シロが言うのもなんだけど、そっちに利益がなくない?」
「…………ふふ」
首を傾げながらシロが聞くと、マリンは海賊帽で顔を隠し、ミステリアスに吐息を漏らした。
「もちろん理由はあるよ。でも教えない、秘密にしと──────」
「別に大した理由じゃないですぜ。この頃は怪物の動きが活発なんで、ダンナ達を無料の用心棒として船に置いときたいんですわ。見る人が見れば、ダンナ達の強さは一目瞭然ですからね。
それと…………マリン大船長、カッコつけたいのは解りますがね……初対面の相手に意地悪はダメでしょうよ」ニヤニヤと笑うラーク。
「──────」
>>638
──────マリンは手から帽子を取り落とし、顔をゆっくりと朱に染め、そしてラークに詰め寄った。
パクパクと口を開閉させる彼女の顔からはもう、ミステリアスさは全く感じ取れない。
「ラ、ラーク! 罰を受けてる最中に喋っちゃダメでしょ!?」
「はーい、スミマセン」
────上司であるマリンに怒られ、ラークは"逆さ吊りにされた"状態で上方向に頭を垂れた。
イオリに絡んでいたチンピラ。彼らがラークに殴られた際……どうも骨が折れてしまったらしい。品性下劣なチンピラであったが、骨を折られる程の事はしていなかった。
なのでラークは罰として、ロープで逆さ吊りにされている。(彼に絡んできた狂人の件は正当防衛なのでお咎めナシ)
「…………」
シロは彼女らを疑うのがどうにも馬鹿馬鹿しくなって、二人へ”警戒解除”の合図を出す。
──────ばあちゃるは懐の拳銃から手を放し、イオリは上空のマーセナリーホークを休ませた。
弛緩する空気。静かな緊張が溶けて消える。
「……オイラはばあちゃると申します。今後しばらくお世話になります」
「イオリの名前はヤマトイオリ! 宜しくね!」
「シロです。料理が得意なので、手伝える事があれば言ってください」
『あずきですぅ。声と映像でしか挨拶できませんが……気にしないでくれると有り難いです』
『牛巻です。細かい所はスルーしてくれると嬉しいかな!』
「あー……うん、OK。客室はあっちだよ、ゆっくりしてってね」
挨拶を済ませたシロ達は客室へと向かうのだった。
「……」
「…………」
>>639
────シロ達が立ち去り、船員たちの単調な足音、あとは鳥の声くらいしか聞こえない。
言葉の不在による、音に満ちた静寂。
「……変わったね」
しばらく続いた静寂の最中、マリンが誰にともなく呟いた。
「イヤ、取り戻したのかな? ねえラーク」
「……」
コテンと首をかしげるマリン。無反応のラーク。
マリンは艶やかな指先でフリントロックをさすり、謎めいた流し目を送る。深海じみた底知れない視線を。
「昨日までショボくれてたのにさ、今日はえらく覇気に満ちてるじゃん」
「…………」
「昔のラークを思い出すなぁ。海賊殺しのラーク、共喰いラーク、赤鷲ラーク。アタシに真っ向から襲いかかった、気骨のある海賊」
会話めいた独白。ラークは無視も反応もせず、ただじっと耳を澄ましている。
「シロちゃんとイオリちゃん……だっけ? あの子達は凄いよ、アタシでも勝てるかどうか。ばあちゃる君も無視できる程弱くはない」
「……」
「あの3人、いや5人か。アレを招いた理由なんてお見通しだよ…………あの子達を利用して、アタシに下剋上したいんだろ?」
「…………」
────ゆっくりと持ち上がるラークの口角。それは無言の肯定であった。
マリンも同様に笑う。ゆったりと、獰猛に。
「うんうん。アタシたちは海賊、無法者の集まり。裏切りでも下克上でも、まぁ好きにやれば良いさ。でも────」
マリンの手が閃く。一瞬の内に弾丸が放たれた。数は三発。
一発目はラークを吊り下げていたロープを切断。二発目と三発目が彼の頬を掠めた。
「やんなら腹ァくくれよ?」
>>640
突然の銃声に気色ばむ船員たち。マリンは手をひらひらと振り、悠々と船内に降りていった。
─────しばらく後に流れ弾が帆に穴を開けてしまったと解り、ガチ目の説教を受ける事になるが…………それはまた別のお話。
§
数時間後、船上にて。
今は夜。船はとっくのとうに海へと漕ぎ出している。異様な程に凪いだ海面が星々を写し、もう一つの夜空めいて広がっていた。
「……」
ばあちゃるは欄干に一人、もたれ掛かっている。少し船酔いしたので夜風に当たっていた。
馬の覆面を軽く持ち上げ、口元を露出させる。完全には脱がない。何故かは自分でも解らない……ただ何となく、そうしなければならないと感じるのだ。
「……」
ナニカ思い出せそうになって首を捻るが、しかし何も思い出せない。夜風が強まってきた。
ばあちゃるはブルリと身を震わせて船内へ──────「ねえ、馬」
降りようとしたとき、背後からシロの声が聞こえてきた。どこか浮かない声色だ。
「馬……前に回収した秘宝さ、『楔』じゃなかったみたい。ついさっき牛巻ちゃんから報告があった」
「ありゃま。ヴォーパルさんには悪い事しちゃいましたねハイ」
「だね…………実のところ、楔である可能性が低いと最初から解ってはいたんだけど……回収が一番容易な場所だったから、真っ先に向かったんだ」
両手の指を何度も組み替えつつ、シロは肩をすくめる。彼女の豊かな胸が小さく揺れた。
「だからまあ…………次の秘宝回収は、多分もっと難しい。馬、いけそう?」
「きっとどうにか成りますよ。オイラとシロちゃん、それと皆が居ればの話ですけどね」
ばあちゃるの言葉に、シロは歯切れ悪く頷く。忙しなく視線を動かす彼女の表情は、悩みのソレとは少し違う。
>>641
「うん……だよね! 皆が居ればシロたちは負けない! …………でもさ、なんでだろうね、何だか凄くヤな予感がするんだ。背筋がビリビリするの」
焦燥だ。シロの顔には強い焦燥が滲んでいる。言いしれぬナニカがシロを苛んでいる。
見かねたばあちゃるは彼女の肩に手をおき、戯けた動作でもう一方の手を振った。
「ま、まぁ……解らないものを気にしてもしょうが無いですし、楽しい話でもして気をまぎらわしましょうよハイ」
「だね……じゃあシロから話すね。えっとね、この船って”第七”宝船でしょ? 当然他の宝船があと六隻ある訳なんだけど……ソレがどこにあるか知ってる?」
「…………第七ってのは"七代目”って意味で、あとの六隻はとっくに沈んでる……とかですかね? 合ってますかシロちゃん」
「……ブッブー」
シロは自らを抱きしめるように腕を交差させバッテン印を作る。
─────シロの動作や言葉の節々には、隠し切れないぎこちなさが見受けられた。しかし、それを指摘する無粋な人間はいない。少なくともこの場においては。
「正解は『艦隊として運用すると収支が終わるから、7隻それぞれが独自に貿易をして稼いでる』でした! 船員の人たちから教えて貰ったんだ」
「へぇー、かなり現実的な理由っすね。じゃあオイラからも豆知識をば」
ばあちゃるはそう言って夜空を指さす。彼の指さす先には月が浮かんでいた。
ノッペリとした真鍮色の月。冬場の廃墟を思わせる寒々しい色合いだ。
「ついさっき気づいたんすけど……実はこの世界、月が二つあるんですよねハイ」
「…………」
────彼の披露した豆知識に、シロは何故か反応しない。真鍮色の大きな月をジッと見上げている。
>>642
「……ど、どうしたんすか?」
「この世界に……月は一つしかないの。先行した仲間からの報告で、それは解ってる」
彼女はゆっくりと、空に浮かぶ真鍮色のナニカを指さした。
「え……じゃ、じゃあ! アレは何なんですか?」
「……解らない。きっと良いものじゃない」
空に浮かぶナニカが段々とサイズを増す。雨が降り出す。本物の月が隠れた。
気がつくと、いつの間にか風が吹き荒れている。船員が鐘を鳴らしている。海が不気味に凪いでいた。
「は、はやく船内に逃げよう」
薄く清楚な唇を震わせ、シロが言葉を紡ぐ。ばあちゃるの手を引く。
「ええハ────」
シロの判断は間違っていなかった。だが遅すぎた。
真鍮の柱が海面を叩く。轟音。
「────」
豪雨、耳鳴り。果てしない轟音が鼓膜を破った。
水に浮かせた枯葉の様にクルクル回る船。消える平衡感覚、現実感。
二人が船から吹き飛ばされる。シロはがむしゃらに手を伸ばし、ばあちゃるを掴む。ばあちゃるもシロを掴む。暴風。
余りの強風が二人を空に巻き上げる。
「 」
音の消えた主観風景の中、シロは巨大な牡牛を捉えた。そして悟った。
─────月に見えたのは、ただの足裏でしかない。柱に見えたのは足。
ついさっきまで水平線の向こう側にいて、たったの一歩でこちらへ来たのだろう。
多分敵意なんか一切なくて、牡牛はただ歩いてるだけなのだ。ただそれだけで災害が巻き起こる。
「 」
シロは、アレが何なのか知らない。それでもアレの巨大さは理解できた。無論その強さも。
>>643
「 」
へし折れたマストがばあちゃるの頭にぶつかる。二人は引き離され、散り散りになって飛ばされた。
─────ここは特異点。無数の浮島と怪物が闊歩する場所。人智及ばぬ魔境。
アプランが毎日放送の子会社になってビックリした
それはそうと、今回はマリン船長とラークの掘り下げ回、ハプニング回、設定の細かい補足回でした
フルスペック状態(推定)のグガランナを描写できて大満足
裏設定
ヒトツキ
危険度:C(危険だが明確な対処法アリ)
蒼い体色を持った、やや大きめのキツツキ。名前通り人の頭を一突きして、死に至らしめる。
厳密には殺すわけでは無く、大脳だけを破壊してゾンビの様な状態にしてしまう。死ぬよりある意味酷い。
なお、ヒトツキ自体は人肉を食さない。ゾンビ状態の人間というスケープゴートを造る事で天敵の腹を満たし、自分等が襲われない様にしているのでは? という説があるが、実際の所は不明
かなり危険だが『丈夫な帽子や頭防具をつける』だけで対策可能。
また、人しか狙わないので『動物の被り物でヒトツキを騙す』方法も有効。
今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=undE1G2OgYA&t=2262s
おっつおっつ、島の奥の化け物に聞き覚えがある件については草、いや草じゃねぇ。従業員数にも驚かされましたな。
>>646
18人は少ないですよねやっぱ
島の奥の怪物は世界観とストーリーにいずれガッツリ絡む予定です!
>>644
ばあちゃるの日記
一日目
気がつくと、どこかの海岸に流れ着いていた。周囲には誰もいない。
何故かボールペンと日記が共に流れ着いていた(ビニール袋に包まれ濡れていなかった)ので、今後の事を書いていこうと思う。
ソウシナケレバ ナラナイ キガスル
頭が酷く痛む。記憶がハッキリしない。何か大事な使命?があった気がするが……思い出せない。
ひとまず、今日は流れ着いた物質をひたすら集めようと思う。
二日目
物資が集まった。五日分の水と携帯食料、カバン、ナイフ、キャンプセット……それと拳銃。かなりの成果だ。
周囲に誰もいないので、取り敢えず内陸に向かって歩く。人に会いたい。
三日目
砂漠。砂漠。どこまで行っても不毛の砂漠だ。サボテンすらほぼ見かけない。
砂漠にしてはそこまで気温は高くない…………気がする。ぶっちゃけこれが初砂漠(覚えている限りでは)なので、比較対象がない。
四日目
オアシスを見つけた。水を補給できた。木に果物がなっていたので、これを収穫した。しばらくここに滞在しようかとも思ったが、やめておいた。奇妙な地鳴りが聞こえたからだ。それが何なのかは知らないが、余りよい予感はしない。
それに、私は立ち止まりたくない。薄らぼんやりとした使命感が、得も言えぬ焦燥となって背中を焼くのだ。
食料と水はあと五日持つ。気張って行こう。
>>648
五日目
ふと気が付いたのだが…………この砂漠でまだ動物に会っていない。サソリとかラクダとか、一回位は見かけても良さそうなモノだが。
六日目
ここで初めて動物を見た。いや、アレを動物と判定していいのかは微妙だが。
私が見たのは巨大な芋虫。全身に凝固した砂を纏っていた。とにかくデカい、そしてノロい。
芋虫の出てきた穴からは水が噴出していた。オアシスで聞こえた地鳴りの正体は、正にアレだったのだろう。私は水だけ補給して足早に芋虫から離れた。
七日目
私の見る風景にはずっと砂しかなかったが、段々と岩も混じり始めた…………まあ大差ないか。水はまだ大丈夫だが、食料がそろそろヤバそうだ。
八日目
今日は野営の跡を見つけた。岩に打ち込まれたペグ(テントを組み立てる為の杭)の跡と、いくつかの忘れ物。
ただ、不可解な点がいくつかある。焚き火の跡が一切ない事。そして、私がこれらを考察出来ている事だ。
私は馬マスクを被っているだけの一般サラリーマン……の筈だ。
こんな異常な状況に置かれているのにも関わらず、私は冷静に行動している。良く考えてみると、これはおかしな事だ。
私の使命、未だ消えぬ使命感。それが背中を押しているのだろう。
九日目
砂、砂、たまに岩。この砂漠に変化はない。
今日で食料が尽きた。またオアシスを見つけられれば良いのだが。
>>649
十日目
腹が減った。水もそろそろ切れそうだ。生命力の減少、そして使命感と焦燥感が私を苛む。耐え難い。
砂地に足跡が見えた。多分幻覚ではない。足跡を辿ってみることにする。
十一日目
丸一日かけても足跡の主にたどり着けない。
日記を書いてる時に気が付いたのだが…………この足跡、人にしてはやたら深い。重い荷物でも担いでいるのだろうか。
水がついになくなった。人は水なしだと三日で死ぬそうだ。早く水と食料を補給しなければ。
十二日目
かなりマズイ。砂漠だからだろうか。三日はおろか、今日中すら持ちそうにない。意識が朦朧とする。日記を書いてる場合ではないのだが、如何せん歩く気力がないのだ。
……これから私は死ぬ。私の脳をかき乱すこの使命感は、あやふやなままに終わる。それが無念でならない。
マブタの裏に走馬灯が走る。会社の同僚たち、家族、友人、それと白髪の美少女。
他の人間はともかく、白髪の美少女は何なのだろうか? 幼げな見た目をしているが、妙に惹かれる。死を間際にして私のストライクゾーンが進化したようだ。
正直もっとマシな進化をして欲しかったが…………まぁ何でも良いか。
視界が暗くなってきた。もうほとんど何も見えない。奇跡的にまだ文字は書けるが、その奇跡もそう長く続かないだろう。
遠くから足音が聞こえてきた。幻聴、それとも死神の足音? どちらにせよ大差ない。
[数ページにわたって空白が続く]
>>650
十五日目
揺れる感触に目が覚める。気がつくと、私は誰かに背負われていた。
私を背負ってくれていたのは女性。青い瞳と蒼色のショートヘア、スレンダーな肢体、冷ややかな美貌。私が言うのもなんだが、とても不思議な人だった。
彼女曰く、私は三日も寝込んでいたらしい。倒れた私を看病しながら運ぶ……相当な重労働だったろうに。感謝してもしきれない。いつか恩を返したいものだ。
十六日目
今日も砂漠を歩いた。
背中を焼く使命感も、誰かと会話してる間は収まってくれる。
私が記憶喪失なこと、謎の使命感に駆られていること……色々な事を話した。
十七日目
今日は驚くべき話を聞いた。
私を助けてくれた彼女は、鉱石から錬成されたロボットであり……名前は2CHと言うことを。
2CHというのは2(完成品)Coal(石炭のように過去を留めた)Hauyne(藍方石のように美しく)という意味。
完成品を示す『2』を与えられたのは自分だけであると、彼女は少し誇らしげに語っていた。
ちなみに、この命名法則は彼女を作った種族に対しても適用され、その場合は最初の数字が0(未加工品)となるらしい。
この命名法則だと名前が被りまくりそうなモノだが……本来は数字の後に5文字以上アルファベットを連ねるのが普通なので、別に問題ないのだそう。
十八日目
2CHの持ってきた食料と水がアホ程あるので、食うには困らない。彼女の食う物と私の食う物が一致していたのも幸いだった。
…………だというのに、私の胸中には焦燥感が未だしつこく渦巻いている。使命とやらを早く思い出させて欲しいモノだ。
>>651
十九日目
今日も旅をした。どこまで行っても砂漠だ。靴がジャリジャリして少し気持ち悪い。
2CHさんに自分を見つけられた理由を聞いてみたら、『非再現的エネルギーをアナタから感知した』との事。
非再現的エネルギーというのは、『同じ条件を揃えても観測者や実験者などによって性質が変わる』、そう言ったエネルギーの総称らしい。魔術とか呪術とか、そういう特殊な物事に作用するそうだ。
……本当に魔術が実在するのか聞こうとも思ったが、馬鹿馬鹿しくなって止めた。
ロボットが居る時点で今更だし、そもそも私だって大概だ。砂漠を旅する記憶喪失の人間とか、我ながらフィクションじみているなと思う。
二十日目
2CHにここまで来た経緯を聞いてみた。
その時の会話がとても印象的だったので、小説形式で記録しておこうと思う。
砂漠を放浪する最中。私は襟を開いて汗による湿気を逃しながら、なんとなしに口を開いた。
「そういえば2CHさん、貴方はどうしてここに来たんですか?」
「………」
2CHは静かに目を細め、空を仰ぐ。逆巻く砂塵が頬をなでた。
「大した理由じゃありません。ワタシはただ知りたいのです、創造主たちの結末を」
「結末?」
「ワタシが目覚めた時、創造主はすでに滅んでいました。与えられた役割は『墓守』。”滅びゆく創造主”たちの最後の作品、残存リソース全てを注ぎ込んだ完成品。創造主なき後の都市、それを守護するロボット。それがワタシでした」
「……? それだと、2CHさんが居るのはおかしい様な。ここに都市なんてないですし」
>>652
私の質問に、彼女はこくりと頷く。クールな美貌に反した子供っぽい動作。無くなった記憶が妙に騒いだ。
「その通り。ですがこれには訳があるのです…………ワタシに与えられた使命は『1000年の間、都市を守れ』。そして、ワタシは1000年かけて使命を果たしました」
「使命……」
「使命を果たし自由となったワタシは、途方にくれました。これからどうすれば良いのか、どうしたいのか。己を問い直す必要がありました。その果てに見出した新たな使命、それが『創造主の結末を知る』……です」
彼女は夢見るように微笑む。果てしない砂漠に、確かな足跡を残しながら。
「創造主たちはせめてもの抗いとして、多くの同族を外の世界に送り込みました。
殆どは無為に死んでいるでしょう。しかし、この世界は呆れるほどに広大です。きっとどこかで創造主の子孫が生き残っていると…………そう思えて仕方ない。
だからワタシは探します、1000年後の創造主を。島から島へと旅をして」
「…………」
私は絶句した。絶句するしかなかった。1000年という時をひたすらに待つ。その凄まじさや、それを平然と言える彼女の精神性。
彼女は人のように喋り、きっと心を持つ。しかしその構造はどこか人と違っているのだ。それが良いことか悪いことなのか、私には判断がつかなかった。
乾いた熱気が私の頭を炙る。旅はまだ長そうだ。
二十一日目
体の変な部分に力を込める事で、肉体や触れたモノを硬化できることに気が付いた。
前に2CHが言っていた『非再現性エネルギー』とやらの影響だろうか。
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三十日目
ついに人の集団と合流できた!
少し皮膚が岩っぽい…………というか岩そのものだが、人であることに違いは無い。意思疎通ができる。それだけで十分だ。
新学期のゴタゴタと軽いスランプ(それとライキン)で投稿が遅れました…………
シロちゃんのサブクランに所属しているので、もうじき起こる戦争が楽しみです
裏設定
2CH
元ネタ:2ch
ロボット。厳密に言うと、無機物製のホムンクルス。
人間とは違い『使命ありき』で生まれるので、その精神構造も使命に適したモノとなる。
砂漠島(正式名所は別にアリ)
殆ど砂漠だけの島。ほぼ何もない島。怪物とかもいない。植物もほぼない。
環境の危険性は極めて低い。食料と水さえあれば子供でも生きていける。
今回のbgm
https://www.youtube.com/watch?v=RtLLZrd8T-A
今回短めなので
出し損ねた裏設定出しときます
グーグルシティと臓硯について
聖杯の力でほぼ不老不死と化した臓硯を封印するための封印はニ重に施されていた。
聖杯の霊脈を転用した一つ目の封印(霊脈の乱れにより破壊済)、楽園(グーグルシティ中心の隔離地域)を囲う壁を用いた封印
本来は程々に強い怪物(カカラの事)を生産させ続け、市民が武装するように誘導しつつ、聖杯のエネルギーを何十年もかけて枯渇させる計画だった
それだけだと破綻のリスクが有るので『楽園の内部に精鋭を配置しておき、万が一封印を破ったら一斉に叩いて再封印』という第二案も完備
本編で臓硯が最初から逃げなかったのは楽園の封印によるもの
聖杯パワーブッパすれば逃げられなくもなかったのだが
それやると大幅に弱体化=討伐のリスク
になるので実質不可能だった
本編ではほぼ言及されなかったが
間桐家、アインツベルン、遠坂の魔術を総動員して『不死殺し』
も並行して研究していた
臓硯にトドメ刺したシンジコ.ピーがそれ
大まかな作成方法・原理としては
@蟲毒を通じて複数の魂を一匹の蟲に押し込む
A魂は予め埋め込んておいた複数の宝石にそれぞれ保管
B蟲の体を揺りかごとし、宝石内部の魂を少しづつ無垢に近づける
準備完了
C相手の内部に無垢の魂を送り込み(針や牙を通じて)、相手の魂を希釈
D送り込んだモノを相手の魂ごと再度吸収
E内部の宝石で分割保管
F分割した魂を 無垢化&別個の存在として成立させる
G不死性に抵触する事なく事実上の殺害が完成
…………と、かなり複雑かつ殺意に満ちた原理となっている
おっつおっつ、お疲れ様です、凄かったっすね戦争(対岸の火事)馬ならなんか分からんがなんとなく生きてけるイメージ
>>656
馬はマイクラのバトルロワイヤルでも何か終盤まで生き乗ってた男ですからねぇ…………
>>653
三十一日目
岩肌の集団。白い装束を身にまとった彼らは、自分等をウルクと呼称していた。
この呼称には特別な意味があったそうだが…………その中身は殆ど失われてしまったらしい。
この地で外来人はかなり珍しいそうで、2CHさんと共に手厚い歓待を受けた。干しサボテンを乗せた果実は、とても美味しかった。
少し不思議なのは、彼らが皆小食な事だった。水すら殆ど飲まない。
三十二日目
集団の長に会った。顔をほとんど隠した、大柄な男。雨垂れに長年打たれた岩が人の形を成した様な、如何にも智慧深そうな見た目だった。
彼から色々な話を聞けた。この砂漠には元々大きな都市があった事、神の怒りで壊滅した事…………分厚い岩に覆われた長の口が、遥か昔の過去を紡いでくれた。
『昔々の大昔。とある神が怒り荒んだ。生命の大母、万物の祖先。母たる神を忘れ繁栄する人間を憎悪した。よって今の人間を排し、新人類を創らんとしたそうな。
湧き上がる怪物。黒く染まる海。気がつけば、ほとんど何も無くなっていた。千々に千切れた大地、僅かに生き残った人類、無数の新人類。
母の作った新人類────ラフム────は完璧だった。食事を取る必要がなく、生存競争をする必要がなく、生まれた時から知性を持つ。それ故に歪だったそうな。
戯れに他を弄び、生存競争に関係なく他者と殺し合い、与えられた知性はどこか空虚。人類とかけ離れた新人類。愛するからこそ憎い。矛盾した母の感情を、新人類は体現していた』
>>658
『新人類が生まれてからしばらく後に、彼らは母に反旗を翻した。そこに深い理由はなく、ただの享楽だったそうな。
母は彼らに逆らうことなく、されるがままだった。されるがまま泣いていた。
母たる神は死に、涙は広大な海に、死骸は島へ。矛盾した心は二頭の龍に姿を変えた。
新人類はほとんどが退屈故に命を断ち、今に至るそうな』
余りにも神話じみた、しかし否定もし難い。眼の前には岩肌の人間がいて、仲間はロボット、周囲はファンタジーめいた不毛の砂漠。わざわざ嘘をつく理由もない。
遥か昔から変わらぬであろう砂混じりの風。絶えることなく私の背中に吹きつけていた。
三十二日目
今日は岩肌の集団……もとい、ウルクの人達の仕事を手伝った。今日の仕事は家の作成だ。
彼らは白い被膜と動物の骨を組み合わせて大きなテントを作る。被膜は『サンドワーム(私が前に見かけた巨大なイモムシの事だ。脱皮の為に時折地上へ上がってくるそうな)』、動物の骨は時々漂着する大型動物を解体して手に入れるとのこと。
彼らの手際は恐ろしく速く、子供ですら熟練の職人めいて手を動かす。私と2CHに出来る事はあんまりなかった。
長に至っては他の3倍は手際が良い。あの巨体の何処にあんな瞬発力が有るのだろうか?
彼らは笑って『手伝ってくれるだけでも嬉しい』と言ってくれたが、その好意に甘え続ける訳にも行かないだろう。精進せねば。
>>659
三十三日目
最近気付いた事がある。ウルクの赤子には岩肌が発現していない事だ。不思議に思って聞いてみると『岩肌の力は儀式によって後天的に発現するもの』と教えて貰えた。
ちなみに岩肌が発現すると食事がほぼ不要になるらしい。正直うらやましいと思った。岩肌自体もかなりカッコイイし。
……それを何となくウルクの人達に伝えたら、微妙な顔をされた。無神経な発言だったか。
三十四日目
人(ロボット)と合流し、今度は人の集団と合流し、飢え死ぬ心配はもうない…………それ故、私は新たな道を見つけなければならない。未だ詳細不明の使命感が私の足を進めさせるのだ。
一度は『1000年の勤めを果たし切った2CHに比べれば、私の使命なんて気にするほどの事でもない』と思おうともしたが、やめた。かすり傷だろうと痛いモンは痛いのと同じように、気になるモンは気になるのだ。
知らなきゃいけない…………という義務感があるし、知りたいという欲望も少しある。
失った記憶と向き合うべき時が来たのかも知れない。
三十五日目
意気込んだのは良いが、記憶喪失ってどう治せば良いのだろう? そもそも治せるモノなのかコレ?
……いや、きっと何かある。歩き続ければ、考え続ければ、きっと解決策が見つかる。焦りに吞まれてはいけない。この砂漠と同じだ。どれだけ茫洋としていようが、果ては必ずどこかにある。
私はただ、進めば良いだけだ。その筈だ。
>>660
三十六日目
ウルクの子供たちに頼まれて一緒に遊んだ。丈夫な岩肌を用いた人間砂丘スキー。こんな環境でも子供は元気だ。
私は硬化が使えるのでどうにかなるが、2CHには流石にキツイだろう…………と伝えたら彼女は怜悧な顔に笑みを浮かべて、足裏に蒼い宝石板を生成すると、それはもう見事な滑りを見せてくれた。(2CHは一時的に宝石を生成し、操作出来るそうだ)
……その後に長もスキーへ誘われ、これまた見事な滑りを披露した。昔は村一番の砂スキーヤーだったらしく、その腕前は今も健在だとか。
三十七日目
ウルクの人達はテントを張り直しながら何日かごとに移動している。
理由を長に聞いてみたら、彼は泰然と空を見上げて『私の葬式をする為だ』と言った。
死ぬにしては余りにも軽く、冗談にしては真剣過ぎる口調。私はどうにも解らなくなってしまい、それ以上のことは質問出来なかった。
三十八日目
記憶喪失を治す方法がどうしても思いつかないので、思い切って2CHに相談してみた。これ以上お世話になるのも……とは思ったが仕方ない。聞くは一時の恥、という奴だ。
それはさておき、2CH曰く
「私の故郷には高度な医療施設があるので、多分どうにかなります。ただここへ来る時に船が沈没してしまっている」
とのこと。
こんな砂漠しかない土地に、船なんてあるのだろうか。あったとしてもくれる訳がない。船というのは替えの効かない財産だ。そして私に船に対価を払えるほどの持ち合わせなど無い。
ウンザリする…………だが進まねば。進まねば。
※
>>661
いつもの様にテントを組み立てる。ばあちゃるも2CHも、この作業にすっかり慣れていた。
2CHがスフェーンの頭を撫でると、彼は懐いたネコの様に目を細める。スフェーンはばあちゃる達に仕事を教えてくれた男の子だ。今でも手が空くと手伝ってくれる。
「今日の仕事もつつがなく終わりましたね。食事を取ったら早めに寝ましょう」
「そっすね。昨日は砂塵が酷くてちゃんと寝れませんでしたし」
互いの背中についた砂埃を叩き、こった首肩を回してほぐす。
ばあちゃるの着てる服は、この”島”へ漂着した時と同じ。汗がしみ込んでも明日にはキレイになるし、糸がほつれたりもしないから問題ない。多分魔術的なナニカが掛かっているのだろう。
テントの中に入ると、ばあちゃるはナイフに砂をかけて擦った。そうして刃に浮いた錆を取る。ナイフはテントの設営位にしか使わない。だからマメに研ぐ必要なんてない。
それでも、ばあちゃるは研ぐ。深い理由はない。使命のもたらす焦燥感、それに向き合わねばという義務感が、手を止める事への恐怖を齎しているから。理由はそれだけだ。
「……」
ポン、ポン、とテントの入り口を弾く音。来客を知らせる音だ。
ばあちゃるはポン、ポン、ポン、と内側から三度弾き返す。入っても良いよと知らせる為の動作だ。
少し間を置いて、人が一人入ってくる。入って来たのは恰幅の良い男。真っ黒な岩に覆われた男。ウルクの長だ。名前は『ビルガメス』。かつての偉大な王を悼んだ名だそうな。
「ビルガメスさん。いつもお世話になってます」
「ああ……ばあちゃる君。時間はあるか?」
「ハイ、大丈夫っす」
「ついて来てくれ」
>>662
長はそう言うと、ばあちゃるをテントの外へ連れ出した。
ウルクの皆がいる場所を通り抜け、小さな砂丘を幾つか超え、小高い大岩の上にたどり着く。辺りはすっかり夜、肌寒い。
長は自身の纏っていた上着を取り、ばあちゃるに被せる。
「少し寒かったな」
「全然大丈夫で──────」
「すまん。私はもう温度を感じ取れなくてな」
しばし沈黙。長の唐突な発言を、ばあちゃるは処理出来なかった。
「……え?」
「儀式によって発現する能力『自己石化』…………この能力の本質は、自己を岩へ近づける事にある。岩に近づくから食事がほぼ不要になる。不毛の砂漠でも生きていける。
しかしリスクも存在する。それは感情や五感が少しずつ死んでいく、という事だ」
「ど、どういう事っすか?」
「岩に感情はないし、増してや五感なんてモノはない。だから自己を岩へ近づけて行くと、そういった人間らしいモノが失われてゆく……そして終いにはタダの岩に成り果てる。
だからと言って、岩であることを止めれば飢えて死ぬ。
岩となって生き、岩となって死ぬ。それが私たちの運命だ」
──────長は大岩に身を横たえ、瞼を閉じる。彼の輪郭は自然と岩に溶け込んでいた。彼は腕を伸ばす。空に浮かぶ青白い月へと。
長の表情に恐怖はない。長の表情に悲しみはない。長の表情に怒りはない。恐怖も悲しみも怒りも、もうほとんど枯れている。
「…………それは、辛くないんですか?」
ばあちゃるが言葉を絞り出す。長は横になったまま、ゆるゆると首を横に振った。
砂塵混じりの荒涼とした風が吹く。
「辛くはない。もう慣れたし、辛いという感情そのものがもう薄れている……ただ、子供や、ずっと先の世代にも同じ生活をさせると思うと…………呆然とする」
>>663
「──────」
「とうの昔に廃れた信仰がある。『楽園信仰』、100年後に楽園───豊かの地───への箱舟が来るという…………100年以上前の信仰だ。
ここには何もない、何も無いから誰も来ない。誰かしら流れ着いたとして、大抵は広大な砂漠の中で飢えて死ぬ。だからこそ外へ憧れる。外に楽園を夢見た。
ばあちゃる君。君らが来たのは奇跡だ。きっと数百年に一度の奇跡だ。夢見ることすら諦めた私たちに、外の風を吹き込んでくれた」
風が吹く。静かに、ただ静かに長が笑った。感情が枯れていても、彼は笑う事が出来る。
長の見た目は悲しいほど岩に近く、それでもまだ人間だった。
「私はもう長くない。もうじき岩に成り果て、長たる私の葬式がとり行われる…………そしてその時、小舟を海に流す。流れ着いた骨とサンドワームの皮で作った小舟だ。
船が欲しいんだろう? 良ければ受け取ってくれ。どうせ海に流してそれっきりだ。誰かの役に立つのなら、それが一番良い」
「……ありがとうございます」
「それともう一つ。君はいつも悩んでいたね? 多分、私の葬儀で悩みに決着をつけられると思う。だから見届けてくれ。私の最後を……そして私達の生き方を」
.liveの新しい子を見るのが楽しみ!
ずっと前から構想してた部分に入れて楽しい
裏設定
ビルガメス
ギルガメッシュの古い呼び方。設定上はギルガメッシュでも良かったが、紛らわしいので辞めておいた。
>>667
この世界線にカルデアは居ません
なのでまぁ、そう云うことです
新人の中で、傘付いてる子が気になります……!
>>664
「…………ッ」
「歩くのがキツければ手伝いましょうか? ワタシは完成品の2CH、歩行補助の最適解もインプットされておりますが」
長と話した夜からしばらく、ばあちゃるは2CH、ウルクの皆と未だ旅を続けていた。ばあちゃるの中で焦燥は燻り続けているが、これまで程では無い。
とはいえ傾斜のキツイ坂、砂だけで構成された坂を延々と登るのは肉体的に辛い。見上げる程に巨大な砂丘を三時間は登っているが、未だ天辺は見えてこないのだ。おまけにこの砂丘は山脈の様に横へ延々と延びている。
背後以外は砂、砂、砂。見渡す限りの灰黄色。ここに三日もいれば気が狂うに違いない。
尚、そんな状況でもウルクの子供達はキャイキャイと元気にあちらこちらを駆け回っている。子供の体力はともすれば魔術より摩訶不思議だと言えよう。
「大丈夫っす……多分。というか2CHさんって多機能っすよね」
「ハイ。滅亡を前にした創造主達は、ワタシに全リソースを注ぎ込み、それは情報も例外では有りませんでした。因みに『開発者達の自作ポエム』なんてのもインプットされてます。結構な良作ですよ。気晴らしに聞きますか?」
「お願いしま──────ん?」
ふと、ウルクを先導していた長が足を止めた。長は文字の刻まれた粘土板を取り出し、地面を擦る岩のように重く非人間的な声を発する。
>>669
「天命の粘土板をここに掲げる。これぞ我らウルクの王権なり。我が名はビルガメス。偉大なる王ギルガメッシュの代理なり。
かつて荒ぶりし神よ。神の死体より生まれし二匹の龍、分かたれた愛憎の片割れよ。其方は愛なり。黙して動かぬ静かの龍よ。貴方の愛は不動。滅びし者達を、切り捨てられし物達を、涙の海で受け止めし。
しかし愛は償いにならず。貴方の罪と貸与されし王権によって命ず。その巨体を持ち上げ、道を開け」
長は粘土板を仕舞って立ち尽くした。杭のように。
しばらく待つと大地が揺れた。
「…………!」
砂丘の山脈が唸る、持ち上がる。堆積した砂を持ち上げ龍が身を起こす。搔き分けられた砂が波の様にうねり流れる。
現れた龍の姿はひたすらに壮大。黒鉄色の鱗には傷一つなく、その威容は天を突く。『そこに有る』それだけで偉大なモノもあるのだと、ばあちゃるの本能に叩きつけられた。まるで真鍮色の──────
「……ッ」
マスクの下でばあちゃるの顔が歪む。失った記憶が微かに揺れ動いた、その痛みで。
ばあちゃるがそうこうしている内に龍は身を起こし切った。先にある光景が見える。
──────果てしなく広がる石の平野。木々の代わりに巨大な石筍(尖った石突起)が生えている。石筍は鍾乳洞にしか生えない筈だが。不思議だ。
「…………」
長が歩を進める。皆が彼に付き従う。先ほどまで無邪気に遊んでいた子供たちすら厳粛な空気に飲み込まれ、口をつぐんだ。
前進。前進。ただ前進。押し出されるように、放浪めいて龍の下を通過する。
ウルクの最後尾が通過しきっても龍は元に戻ろうとしない。長の葬儀が終わってウルクの皆が帰った時、その時にまた体を横たえるのだろう。じっと、身じろぎ一つせず。ばあちゃるは何となしにそう思った。
※
>>670
数十分後、ばあちゃる達は岬にいた。一面が岩で満たされた岬だ。岬の先には黒く滑らかな立方体が鎮座している。
先ほどよりも石筍の形が多く、先ほどよりも形が荒い。それほど綺麗に尖っておらず、人の様な形を成している。
──────実際、これは元々人だったモノなのだろう。寿命を迎えたウルクの人達が石像と化した後、長い長い年月の中で削れて石筍となったのだろう。気の遠くなるような話だ。
ばあちゃるはそんな事を考えながら、黙々と手を動かしていた。今は長をあの世へと送り出す準備の最中だ。
「……あと少しですね」
あちらこちらに建てられた骨の柱。骨の柱を縫うように糸が張り巡らされ、そこに様々な飾りが吊り下げられていた。飾りにはサンドワームの蒼血で染めた小石、複雑な文様を刻まれた獣骨等、様々な品が吊られている。
長は座禅を組んで黙す。これから行われる葬儀も、きっとこの砂漠の様に重々しいのだろう。
「……」
───────葬儀の準備が終わった。ウルクの皆が集まり、人の輪を組む。(勿論赤子は別として)
ばあちゃると2CHはその輪から少し外れた所に立っている。余所者である自分たちが大事な葬儀に参加して良いのか、測りきれずにいた。
「────」
ガツン、と音がなる。岩と化したウルクの足が大地を踏み鳴らす。
続いて三度音がなる。一つ一つ間をおいて重々しく。
そして──────
「畜生!!」「死ぬなよ長!」「長に美味いモンご馳走したかった!」「悲しみすら薄れて行く!」
「…………えっ」
>>671
──────烈火のごとく音がなる。強い感情に満ちたウルク達の怒号が響く。一定のリズムをもって岩の大地が踏み鳴らされる。踊る。
彼らは踊る。岩の如き無機質な長を囲んで。彼らは踊る。泣きながら。彼らは踊る。全霊の怒りをもって。
彼らは泣いている。悲しむ事すらできない長の代わりに。
彼らは怒っている。擦れ行く己の心に怒りを刻んでいる。
「おいで」
ばあちゃると2CHはウルクの女性───見るからに若く感情もまだ豊かそうだ───に手を引かれ、輪の中へ招かれた。彼女は踊りながら囁く。
「……私たちの葬式、どう思いますか?」
「いや、その……」
「ふふ、意地悪でしたね。ぶっちゃけ私たちの葬式は異常です。でもね、こうでもしなきゃやってられないんですよ」
「やってられない?」
彼女は小さく頷いた。
「そう、やってられない! この砂漠は理不尽で一杯! …………何の実りもない大地、岩と同化して擦れ行く心……極まれに流れ着く書物は実り多き大地の存在を教え、それが私たちを惨めに感じさせる。
私たちが生きるのに必要な物はあっても、豊かに生きる事はできない。だのに不毛さを感じる時間だけは腐る程ある!」
「…………」
ばあちゃるは何も言えなかった。改めて突き付けられる悲惨さに。それをどこか明るく言い放つアンバランスさに……そう、彼女は確かに笑っていた。泣きながら。
>>672
「そうさ! 稀に気概のある者が海へ出るが、そいつらは一度だって戻らない…………俺の友達も小舟で海に出てそれっきりさ。
優しい奴らは口を揃えて『外が楽しすぎて故郷の事を忘れちゃってる』なんて慰めてくれるが、それが有り得ない事ぐらい子供でも解る!」横からウルクの男が口を挟む。
「何が一番辛いかと言えば、誰も恨めない事だね。伝承によれば神が一度世界を滅ぼしてこうなったそうだけど……その神は人間を作ったんだってさ。
私たちは親を恨めるほど柔軟じゃない。子供の悲哀って奴だよ」女性が言葉を継ぐ。
「だから、せめて理不尽そのものに対してだけは怒るんだ! 何の意味もない訳じゃない。感情を発散すれば心に整理をつけられる。そうしなきゃやってらんない! そうしてやってくのが俺たちの生き方さ」
「もう長は泣くことも笑う事も出来ないし、私も遠からずそうなる…………だからこそ送り出す私達だけでも感情的にならないと」
破壊的なステップを踏み鳴らし、ウルクの男と女は踊りへと戻る。
怒りの叫びが混ざり合ってうねりと化した。踊りにリズムは最早なく皆感情のままに岩の大地を踏み鳴らす。気がつくと、ばあちゃる達も輪に混ざっていた。
「────────────」
踊る。踊る。叫ぶ。ばあちゃるは果たせぬ使命、内容すら不明な使命への恨みを叫んだ。ウルクと共になって。彼は記憶を無くしてから初めて弱音を吐いた。
2CHも共に踊る。何も言わず、ただ慈しみの籠った微笑を浮かべて。
熱狂は最高潮に──────
「zeq! zeq! 生g残zq!」
その瞬間、黒色の怪物が葬儀に割り込んできた。縦向きに口の付いた真っ黒な怪物。足は退化し、昆虫のような細長い四本の腕で体を支えている。怪物の声は酷く不明瞭で、頭蓋の中を引っかかれるような不快感を与えて来る。
>>673
一見すると恐ろしい怪物……しかしその姿を詳細にみれば、むしろ痛々しさが勝った。半分以上抜けた歯にあちこち捻じれた体。黒々とした体表には数え切れない量のヒビが走っていた。
「…………」
止まる踊り、静寂、急速に冷える熱狂。この場にいる誰もが怪物への対応を決めかねていた。無視するには余りにも異様すぎ、かといって即座に排除を決めさせる程でもない。
「あ、あのー。どちら様ですか? 意思疎通は出来ますか?」
膠着を破り前へと進み出るばあちゃる。声こそオドオドしているが、彼の歩みに迷いはなし。
「旧人類t@話dt:.u! 死<」
「…………!」
近づいたばあちゃるが問答無用でぶっ飛ばされた。四本ある腕の一本を使い、薙ぎ払われた。やにわに殺気だつウルクの民と2CH。ウルク達は岩と化した拳を構え、2CHは宝石製の薄刃を形成する。
──────そんな彼らを、起き上がったばあちゃるが静止した。咄嗟に硬化して怪物の攻撃を防いでいたのだ。
「皆さんは葬儀を続けて下さい。長を送り出す為の大事な行事、こんなのに邪魔されちゃいけないっす」ばあちゃるはナイフを抜き放つ。
「……そりゃ葬儀は大事さ。でもお前の命程じゃない」ウルクの男が止めようとする。先程ばあちゃるに話しかけた男だ。
「オイラはここに流れ着いてから、色んな物を与えられました。ウルクの皆さんと2CHさんに。オイラはもうじき海へでます…………ここらで恩返ししとかないと、一生借りっぱなしになっちゃいますよハイ」
ばあちゃるはそう言って「無視r.u!」
>>674
「それにオイラ、こんな感じの怪物と沢山戦ってきたような…………そんな気がするんすよハイ。まぁ記憶はないだけど」
飛び掛かって来た怪物を冷静に受け止め、投げ飛ばす。怪物は岩の大地へしたたかに打ち付けられる。
ふらつく怪物。ばあちゃるは三歩距離を取ってナイフを構えた。
「オイラはばあちゃる。ウルクの食客、記憶喪失にして2CHと共に旅する放浪者。もし貴方に言葉があるなら……どうか名を教えて頂きたい」
「…………ラフム」
そう返した怪物の──────ラフムの声は明瞭だった。
家庭の事情があって投稿が遅れました
ウルクの葬儀コンセプトは『ハカ(ニュージーランドのアレ)+ファンタジー』です
せつーなすこ
裏設定
『サンドワーム』
危険物 D(無暗に近づかなければ無害)
アホ程デカいワーム。普段は深い地中にいるが、時折脱皮の為に地上へ出てくる。
脱皮した皮は他生物のタンパク源やテントの建材として使用される。
極まれに水脈を掘り当ててオアシスを作り出す事もあるなど、非常に有益な生物。
今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=8P7Hn9MI24g&list=PLUjwA-Z4c05rAfdrDkQt8ZJP7iohktSIP&index=65
今回少しボリューム少なめなので
追加で設定置いときます
『葬儀について』
元は5年に一度行われる楽園信仰の儀式であった。100年後に来るという、楽園行きの箱舟へ声を届ける為の儀式であった。
年に関係なく、長が死ぬと儀式が執り行われた。楽園を見ぬまま死んだ長を悼む為に。
楽園信仰が廃れるにつれ儀式の頻度は減り、長が死ぬ時にのみ行われるようになり、その意義からも楽園信仰は失われていった。
>>678
葬儀は死人の為だけではなく、残される人の為にもある
それを最近教えてもらいました
新人たちみんなフレッシュですこ
夏の侵略も楽しみです!
>>675
「オイラの名前は…………ばあちゃる」
名を名乗り合う。ごく僅かに頭を垂れる。人としてなら当然の礼儀。
人間の礼儀など知るハズもないラフムは、ばあちゃるの行った作法に追従した。
それが何故かは解らない。ラフム自身にもハッキリとは解らない。ただ間違いないのは、互いに礼を交わした瞬間、そこに人と怪物の確かな交流があったという事。それだけだ。
そして、その交流は刹那に終わる。
「!」
ラフム、ばあちゃる。両者同時に岩の大地を蹴り前に飛び出す。三歩分の間合いが瞬時に詰まる。
何か攻撃をすれば確実に当たるが、同時に避ける事も出来ない。思いがけず踏み入った危険な距離。退くか押すか、降ってわいた偶然が両者に最初の判断を迫った。
「シッ!」
「!?」
結果ばあちゃるは押して、ラフムは退いた。ばあちゃるの振るったナイフが下がり際のラフムを捉え──────刃が通らない。ひび割れてもなお固い甲殻が彼の手を痺れさせる。
しかしそこで止まらないのが今のばあちゃる。今の彼は悩みを解消したばかり。度胸も判断力も絶好調。
彼はラフムの体に飛びつき、硬化させたナイフを殻のヒビ割れに差し込んでメチャクチャに回した。このままヒビ割れを広げて殻を壊す心づもりだ。
だが、ラフムとてそれで終わる程ヤワではない。
──────戦う二人の後ろで葬儀が再開する。どこか遠慮気味に大地が打ち鳴らされ始めた。
>>681
「離;\!」
黒鉄の怪物が叫んだ。重量200kg以上の巨体をメチャクチャに振り回し、岩の大地へばあちゃるを叩きつける。
ばあちゃるはソレに全身硬化で応じ、そして苦痛を絶える為に歯を食いしばった。いくら身を硬くしようと内部に伝わる衝撃まで無効にはならない。無論ばあちゃるとてその程度の対応は想定済み。左手でラフムの体をしっかりと掴み、右手でナイフを掻き回した。全霊の力をこめて。
──────ウルクの葬儀が徐々に激しさを取り戻す。うねりを成す悼みの叫び、硬質化した肉を叩く音、祈りと怒りを踏み刻む音、軋むラフムの甲殻と攪拌される肉。生臭い命のやり取りと、失われる命を悼む葬儀。相反する二つの音がごく自然に混ざり合う。
「こわ、れろっす」
技術もクソもない我慢比べ。退いたら負けの耐久勝負。先に退いたのはラフムだった。
「…………付g合eg;無e!」
頑強な節足を自身に叩きつけ、ラフムは自分の甲殻を破壊する。そうしてばあちゃるをどうにかこうにか引き剝した。ラフムからヘドロじみた高粘度の血が零れ出る。
「…………」
──────葬儀の踊り。ずっと上がり調子だったリズムが徐々に落ち着きを得て行く。
ナイフで傷口を抉られたラフム。岩の大地に何度も叩きつけられた ばあちゃる。傷を負った両者はつかの間息を整える。
戦いの中に生じた僅かな休戦時間。これ幸いにとばあちゃるは思考を回す。
>>682
(前に戦ったカ■■や、シャ■ウ■■ヴァ■■は個体としての死を一切恐れていなかった。だから殺し切るまで安心できない”怖さ”があった。
だがラフムは違う。自分の命や痛みを行動原理に含めていて、怪物というよりむしろ以前に闘■場で戦った…………そうか、少し思い出して来たぞ。
記憶を失う前、自分は怪物どもと戦っていた。何故かまでは思い出せないけど、それは間違いない。だから、こんなにも”体が思い通りに動く”のだろう)
「異常q@。僅t───q@t@確ti───人k領域=超越dwe.」
「…………」
休戦の終わり。先に動いたのは ばあちゃる。懐から拳銃を抜き撃った。
動作開始から撃ち終わり───銃を掴み、取り出し、狙いをつけ、トリガーを引く───までにジャスト1秒。充分な訓練を受けた軍人並のスピード。ラフムは反応しきれず、甲殻の剥げた部分に弾丸が入り込む。
「──────!?」
声にならない苦悶と共に複数の節足を振り回すラフム。その時、節足の一本が偶然にも岩に当たり、葬儀に参加しているウルクの子供に向かって飛び──────2CHがその岩を受け止めた。蒼い宝石の盾を生成して。
「流れ弾が来ても私が処理します。安心して戦いに集中して下さい」
「あざっす!」
後顧の憂いが消えたばあちゃるはラフムに襲い掛かる。ラフムは精彩を欠いた動きでそれをどうにか凌ぐ。
何度も、何度もそれが繰り返された。繰り返す度にばあちゃるの動きは鋭くなり、ラフムの動きには怯えの色が強くなる。
──────葬儀のリズムは単調に。感情の発露であるウルク各々らのステップが足並みを揃えた。長を失う理不尽への怒りが枯れ、皆の感情が悲しみに向かっていた。終わりが近い。
「ハイ! ハイハイハイ!」
>>683
ばあちゃるのナイフが振り抜かれる。短期間に何度も衝撃を受けた甲殻がついに崩壊を始めた。一振り毎に舞い散る破片と血。
苦し紛れに振り回される節足は掠りすらしない。
「7/\……止/wh;」
ついにラフムの動きが止まり、弱々しい呟きを漏らすだけになった。別に死にかけている訳ではない。傷は決して浅くないがまだ戦える。
ただ……心がポッキリと折れてしまったのだ。
生まれつき強靭な体を持ち、天敵も寿命も病もないラフムにとって『死』の迫る感覚は余りにも恐ろしかった。それは幼子が闇を恐れたり、大人が未来を恐れたりするのと同じ、『未知』への恐怖であった。
「……大技の準備っすかね?」
しかし、ばあちゃるは止まらない。ひたすら攻撃し続けている。
当然の帰結だ。言葉が通じない以上、ラフムの心が折れている事なんて解るハズがない。これは人と怪物の殺し合いで、人同士の戦いとは違う。
そもそもこれはラフムの方から仕掛けた殺し合いだ。
葬儀もほぼ終わりとなり、場に静寂が満ち始める。ばあちゃるがラフムを砕き、裂く音だけが無機質に響く。岩の大地に祈りと血がしみ込む。
「……溺;.94u眠気、氷k94i冷qeuitk指先。b;fuyq@? 0qdk知oue感覚q@」
最早抗う気力すらない。死ぬのは恐ろしく、それ故に向き合う事も抗う事も困難であった。真の恐怖とはそういうモノだ。
ラフムは観念して瞼(にあたる器官)を閉じる。
「…………?」
しかし、何時まで経ってもラフムに死の気配が迫ってこない。怯え切った怪物はナメクジのようにゆっくりと目を開き、そしてばあちゃるがナイフを納めるのを見た。
>>684
──────別に、ばあちゃるが突然怪物愛護に目覚めたとかそういう事はない。ウルクの長の死を察知しそちらを優先しただけだ。
ウルクの長、ビルガメスは死んだ。その死は実に静かなモノだった。岩の如き存在から本物の岩へ。それは本当に些細な”変化”だった。それでも尚、生死の境に横たわる差は歴然としている。
『長であったあの岩は、もう生きていない』。理屈ではなく心でそれが解ってしまう。眠りと死の違いが解るのと同じように。
「……」
長の死を察知した瞬間、ばあちゃるは戦士から人間に戻った。戦士には祈る為の手がないから。
もしラフムが健在ならこんな事は絶対にしなかっただろう。だが、もうラフムは動いていなかった。勿論それでも多少のリスクはあったが、色々と世話になった長の死を軽いモノにしたくない気持ちが勝ったのだ。
「…………」
長への黙禱を終えた ばあちゃる はラフムの方へ向き直る。ナイフはまだ抜かない。『今退くなら見逃す』と態度で示している。
彼のメッセージを受け取ったラフムは少し迷った様子を見せたものの、結局は大人しく去って行った。
「m4b@/yq@」
「……フゥ」
──────ラフムが完全に去ったのを確認し、ばあちゃるは覆面の中で安堵の溜息をつく。もちろん相手を殺す覚悟はあったし殺す気でもいた。だが、殺さないで済むならそれが一番だ。
ばあちゃるはその場に座り込み、覆面のすそを持ち上げる。そして戦闘中に流れた汗と血を拭いた。
「よくよく考えてみたら……後で改めてウルクの人達に襲い掛かってくるかも知れないっすねハイ…………」
>>685
「その時は俺たちで倒すさ。ありがとう、俺らの為に戦ってくれて。お陰で葬儀をつつがなく行えた」ウルクの男性が近づいてくる。葬儀の時にばあちゃると話した人だ。
「オイラの勝手な恩返しですよ」
小さくアゴを上げ、ばあちゃるは頬の下側をポリポリと掻く。
「その恩返しに恩返しがしたいんだ。これを…………受け取ってくれ」
「……これは?」
男がばあちゃるの手にナニカを押し付けた。ごく小さな黒色の石と──────半分に割れた大きな水晶玉を。
「石の方は、俺らの岩石化を使えるようになるブツだ。飲めば使えるようになる。あそこの岬にでっかい立方体があるだろ? アレがこいつを生産してくれるんだ。まぁ原理も由来も解らねえんだけどな。
それと、渡した俺がいうのもなんだが、可能な限り飲まない事をオススメする。岩石化の代償は人間性だ。だがそれを差し引いても、役に立つ。そんで水晶玉の方は──────」
ウルクの男は岩製の顔面に悪戯っぽい笑みを浮かべ、ばあちゃるの耳元に口を当てた。
「ウルクの秘宝、導きの灯だ。万民を楽園に導く灯さ」
「えっ!? そ、そんな大切なモノ貰えないっすよ!」
ばあちゃるは水晶玉から手を離す。
「良いんだ。というか……貰ってくれ、頼む。
ぶっちゃけこれさ、楽園信仰で生まれたなんちゃって秘宝なんだよ。灯とかいう癖に今まで一度も光った事ないし…………だからさ、こいつの幻想を終わらせて欲しいんだ。
いつも悩んでた使命を終えたら、またこの島に戻って来てくれ。数年はここらの近くで待ってるから。そんでどんな島に行って、どんな冒険してきたか教えてくれよ。それで……………………『灯はなんの役にも立たなかったので、路銀の足しにしました』なんて風に言ってくれ」
「それは…………流石に」
>>686
「頼む。お願いだ。とっくのとうに廃れた楽園信仰の秘宝なんて持ち続けているから……俺たちは楽園への幻想を捨てられないんだ。
とっくに廃れた信仰を忘れられないんだ。今代の長が死んで、お前等がきた。今が切り替えの時なんだ、今を逃せばまたズルズルと縋ってしまう」
少し寂しそうな、男の優しい声。男は口元の笑みを保ったままに瞼を伏せる。
「でも……アナタが良くても他の人達はどうなんですか?」
「これはウルクの皆で決めた事なんだ。次代の長に選ばれた、俺を中心にしてな」
「……」
ばあちゃるが周囲を見渡すと、偶然目の合ったウルクが彼に向かって頷いた。男の言葉はウソではないらしい。
いつの間にか近くにいた2CHが口を開く。
「彼の願いを聞いてあげてはどうですか…………と、提案します。一般的な道徳に反している訳でもないですし」
「…………解りましたよハイ。幻想の終了、しかと成し遂げて見せるっす」
ばあちゃるは割れた水晶玉を改めて受け取った。それはズシリと重かった。
馬の実質強化回&秘宝ゲット回でした
ボスの歌配信よかった…………
因みに、ラフムのセリフは
https://yt8492.com/RafmanTranslator/
から翻訳できます
原作だとラフムの言葉に(確か)漢字は入りませんが
大まかなラフムの意図を解るようにしたい&この世界でのラフムが怪物から一生物へと変化し始めている(情緒が育って来ている)事を表現するために敢えてこうしました
今回のbgm
https://www.youtube.com/watch?v=zuZsWKEWkCI&list=PLlc4VauHL1hCdN6g7tv1jNlX4DX0kfvcS
>>687
※
「いやー、皆優しい人でしたねハイ」
「……ですね」
ばあちゃると2CHは海の上にいた。ウルクの皆が作ってくれた船に揺られて。
動物の骨を組み合わせて、隙間を砂とサンドワームの分泌物で固めた特性の船。本来は死者の霊魂を運ぶ為の船、長距離の航行など想定されていないそうだが……今回は特別丈夫に作ってくれたので問題ないらしい。
少なくとも今は問題ないので、多分この先も大丈夫だろう。
心地の良い潮風が二人のほおを撫でる。2CHが愉快そうに頭を揺らした。
「ずいぶんと上機嫌っすね。良い事でもあったんすか?」
「ハイ……実はですね、ウルクの人達が岩石化の力を手に入れるのに使っていたモノリス。
アレは私の創造主が作ったモノなんですよ。つまりあの場所に、私の創造主達はたどり着いたという事……そして、その痕跡がウルクの人達を助けたという事。
つまり、生き残りをかけて海へでた創造主の行動は無駄ではありませんでした」
ばあちゃるは心底から驚いて身を乗り出す。骨船がこれまた愉快そうにノタリと揺れた。
「えっ、おめでとうございますハイ! ……でもなんでソレをウルクの人達に言わなかったんすか?」
>>691
「私が思うに、彼らの『楽園信仰』は私の創造主が齎したモノだと思っております。異界の技術を携えてやってきた流れ者の話す、懐かしき故郷の話。それに尾ひれがついて楽園信仰に繋がったと推測できます。
つまり、ある意味で楽園は実在します。しかし……あの人数を連れて行くのはまず不可能です。かなり遠く険しい場所にありますから。
仮に十分な量の船があったとしてもたどり着く前に絶対半分以上は沈みます。二割辿りつければ万々歳といった所…………しかし、それでも人の憧れはきっと止められません。楽園の実在を知ればなんとしてでも辿りつこうとしてしまうでしょう」
「知らない方がいい過去もある……という事ですかハイ」
「そういう事です。あの人達は遠い楽園から目を離し、自分たちに目を向けようとしていました。部外者である私たちが、その意思を踏みにじってはいけません」
そう言い切る2CHの表情は寂しげで、しかしそれ以上に嬉しそうだった。
ばあちゃるが骨とサンドワームの皮で出来たオールを回す。
「2CHさんがそれでいいならオイラは何も言いません。でも……この先は何を目的にするんすか? 創造主の結末を見届けるって目的は果たしちゃいましたよね?」
「もしかしたら……あの砂漠以外にも創造主が辿り着いているかもしれません。なので世界中を周り、創造主の痕跡をコンプリートしてみようかと」
「なんかゲームのやりこみプレイみたいっすね」
「まあ1000年以上生きていますからね。実際そんな感じですよ」
2CHは自身の蒼い長髪を細い指先でくしとかし、肩をシニカルに竦めた。
>>692
「──────ところで、オイラ達って2CHの故郷に向かう予定なんですよね? そこでオイラの記憶を取り戻す為に」
「ハイ」
「その場所には、二割辿りつければ万々歳なんすよね?」
「…………ハイ、そうです」
「……中々ハードな旅になりそうっすねハイ」
波濤の向こうに小さく見える砂漠の島。更に遠くに見える緑色の島。潜航して船を狙う巨大肉食魚。
一人と一機の旅はまだまだ始まったばかりだった。
※
閑話休題
マリン視点・嵐から半日後
「皆! 何人生きてる!?」
どこかの海岸で、マリンの元気な声が響く。
海岸には真っ二つに折れた船……もとい船であった木材の塊が漂着している。その木材にぐったりともたれ掛かった船員達。
嵐を伴った真鍮色の巨獣、グガランナによりマリンの船は壊滅してしまった。あの巨獣は滅多に出会う存在ではないので、今回の航海ではかなり運が悪かったと言える。
元気そうなのは、フリントロック(式の銃)をクルクルと回しながら海岸を歩くマリンだけ。
船員の一人────副船長格の男────が精一杯の声を張り上げてマリンの質問に答える。
「今回死んだのは少しです! なので生き残ってる数は……たくさんいます!」
「それじゃ報告にならないって。ラークはどうしたの!? アイツなら100まで数えられるでしょ! それかあの、航海士やってる男の子!」
>>693
「航海士なら、ペンが脳天にぶっ刺さって死にました! 嵐で船が揺れた拍子に! ラーク船長は……なんか、船から飛ばされた客人を追って海に飛び込みました」
副船長の答えを聞き、マリンは困ったように頭を掻く。
「ありゃまぁ。航海士の子は死んじゃったのか。まだ若かったのにね。ラークはどうせ生きてるとして……どうしよっかなぁ。
別に私が航海士やっても良いんだけどさ、そうすると不測の事態に対応できなくなるかもなんだよね。人員も結構減っちゃったし、ここらでそろそろ人材を補充するべきかもね。近くの街を探して訪ねようか!」
フリントロックでジャグリングモドキをしながらマリンは呟く。その呟きを耳ざとい平船員が聞きつけた。
「おっ、補充ですか。補充って事は略奪ですか大船長!」
「そんな訳ないでしょ! マリンは海賊団で堅気に手を出すのはルール違反だよ!」
「……じゃあ、堅気相手じゃなけりゃOKってことですか大船長!」
「もちろん。悪人相手ならじゃんじゃん略奪しちゃって良いよ! …………といってもまあ、まずは街を見つけないと略奪もクソもないけどね!」
そう言って肩を竦めるマリンの表情に、船員を失った悲しみは微塵もない。船員達にも悲壮感は一切ない。
船旅というのは人が死んで当たり前。怪物、悪霊、疫病、食糧不足、水不足、仲間の諍い、呪い、アーティファクト、意味不明な災害…………とにかく色んな理由で人が死ぬ。死ぬだけならまだマシで、死ぬより酷い目に会う事だってザラにある。
今回の災害ですら”酷い部類”と言うだけであって、最悪には程遠い。
>>694
──────しかしこの特異点における海賊というのは、そういったリスクを理解した上で海に漕ぎだしてしまった、本当にどうしようもない生物なのだ。死への恐怖など微塵もない。仲間の死に悲しみなどしない。死に方次第ではむしろ羨望の対象になる。
「大船長、遠くに飯炊きの煙が見えます!」
「良いね! でかした!」
この特異点の島は常にその座標が流動し、それ故に確かな航路と言うモノが存在しない。どれほどの短距離であっても常にリスクが付きまとう。
マトモな悪党であれば大人しく山賊や盗賊をする。そちらの方が安全だから。
故に、この特異点における海賊というのは、すべからくロマンと冒険の中毒者と言えよう。
そしてそれはマリンとて例外ではない。
「指針が決まったよ! シャキッとしな野郎共! 冒険のお時間だよ!」
「「いよっしゃあ!」」
”冒険”という言葉を聞いて途端に元気を取り戻した船員達。マリンは彼らを引き連れて冒険に出る。マリンも彼らも皆一様に口角が持ち上がっていた。
……生者が皆去った後の海岸には、船の残骸と幾人かの死体が残されているのみ。
『やっちまった』とでも言いたげな表情をした死体達を、大きな海鳥達が無慈悲についばんでいった。
※
シロ視点・嵐から半日後
「………う、ん……」
酷く乱れた平衡感覚。泥のように重い体。シロは手をつき、強引に体を引き起こす。
周囲を見渡す。シロが立っている場所は小さな砂浜。近くには鬱蒼と茂る森。木々の一本一本が異様に大きい。
「ここ……どこ?」
>>695
──────あの時、真鍮色の巨獣が襲来した時。巨獣のまとう凄まじい嵐に船から弾きだされた時。ばあちゃるは折れたマストに吹き飛ばされてどこかに流されていった。生きているかどうか心配だ。
ブイデアとの通信は繋がらない。嵐の時に壊れたな。
シロがそんな事を考えていると、背後から微かに足音が聞こえて来た。シロは武器を出さずにそのまま振り向いた。知っている人間の足音だったからだ。
「シ、シロちゃん! 目覚めたんだね! 良かったよぉ!」
「うん……シロも会えて良かった。それで、シロは何日眠っていたの? シロとイオリちゃん以外には誰が流れ着いている?」
抱きついてくるイオリの蒼髪をそっと手でくし解かし、シロは努めて明るく微笑む。
「えっとね、あのね、ラークさんと一緒にばあちゃるを探してみたんだよ? ただその、うん、色々と探すのが難しくって」
「ラークさん……マリンちゃんの部下だね。その人と一緒にいるって事で良いのかな?」
「そうだよシロちゃん! 今は食料の調達に行って貰っているんだ!」
「……そっか」
>>696
ポツリと呟くシロ。彼女の微笑みが少しだけ硬くなる。
ばあちゃるが死亡し、シロが一人で流されていた可能性もあった。今の状況は最悪の事態から程遠い。だというのに彼女の心は酷く沈んでいた。
蒼い瞳が静かに閉ざされる。シロは、イオリの鼓動と穏やかな波の音に耳を澄まして心を落ち着かせた。そして──────
「ギィッ!?」
森の中から這い出してきた、半透明の怪物を撃ち抜く。英霊としての力を使い出現させた銃剣で。
センチメンタルな空気が一瞬にして消し飛ぶ。イオリはシロに抱きつくのを止め、自身の護衛である”赤いオジサン”を出現させた。
「ねぇイオリちゃん。もしかしてここってさ──────」
「…………うん。多分シロちゃんが想像している通りかなってイオリは思うよ」
──────ここは、地球の何倍もの面積を持つこの特異点において、ブイデアが観測した中では最も過酷な生態系を持つ巨大な島である。
英霊すら凌ぐ狂った生物が跳梁跋扈する島。その名は『アンダーヘル』。
9月末締め切りの文学賞に応募する為ミステリーを執筆しており、投稿が遅れました……
今回出した海賊のイメージはピーターパンのフック船長がモデルです
あのコミカルさの端々から漏れ出る残虐さが好きです
そんな事よりシロちゃんの新オリソンが良き!
今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=AKaRUH5wPaQ&list=PLUjwA-Z4c05rAfdrDkQt8ZJP7iohktSIP&index=14
おっつおっつ、海賊ってそのイメージよね、黒髭見てるとそう思う、オリソン良いよねぇ、ピノ様のライブも楽しみ
>>699
海賊はやっぱ愉快な悪でないとですからね
ただ、この特異点では”とある事情”から島に秘宝財宝の眠る確率がかなり高いため
fgoの海賊よりもロマンの比率がやや大きかったり
>>697
シロの日記
一日目
私──シロの流れ着いた場所に日記が漂着していた。どうも嫌な感じのする日記だが、自分の思考を文字にして整理しないと気が狂いそう。
それはそうと……食料と水は一週間分も残っている事をイオリちゃんから知らされた。
何故そんなにあるのかと言うと、ラークが流される直前に水と食料を掻っ払っていったかららしい。
そんな事する余裕があった辺り、ただ流された訳では無さそうだね。イオリちゃんにそれとなく警戒を促し……イヤ、この状況で不和を招く様な行動は良く無いか。
因みにラークはいない。森の調査に行っているそうだ。
現状補足
・ブイデアからの魔力供給は問題なし
・馬からの魔力供給は途絶えている、距離が離れているのだろう
二日目
朝目覚めても馬がいない。まあ当然か。
ラークが調査から戻ってきた。森の調査へ行ってきたとの事。
やはりというか何と言うか……ここらの森は相当にヤバいらしい。
まず昼間は鱗の怪物が森林の中を闊歩している。少しちょっかいを出してみたが、傷一つつかなかったみたい。
どうも彼らは長時間は動けないようで、逃走自体はそこまで難しくなかったとの事。避けた方が賢明だね。
他にも周囲から光と音を奪う獣、人食い樹木など注意すべき相手は多いっぽい。
次に夜の森。
夜は肉食性の蟲が跳梁跋扈するので森に住む猛獣すらマトモに行動できないらしい。
樹上などに居ればやり過ごせるが、落ちたら終わりとの事。
……ラークはどうやって調査をしたのかな? 後で聞いてみよう。
>>701
三日目
シロとイオリちゃんの二人で沿岸部の調査に行ってきた。ラークはお休みだ。
沿岸部はほとんど岩がちで、常に濃い霧がかっている。
奇妙な生態系が築かれており、何故かワカメ等を食って生きる水陸両生のヤギ、そこそこ凶暴な人型の水生生物(食料を少し与えたら大人しくなったが)、空飛ぶクラゲ、歌うフジツボなどを見かけた。
フジツボの歌は聞いていると鬱々とした気分になる……しかし、ヤギがペースト状にした海藻を与えると歌が止まった。
『歌が嫌なら栄養をよこせ』という事なのだろうか? なんとも悪質なジャイ〇ンだ。
……シロ達が流れ着いたような砂浜は見受けられない。不思議。
一時間に一回ほど不自然に音の消える瞬間がある。音を食う生き物でもいるのだろうか?場合によっては有効活用できそうだ。
明日も調査を続けよう。
四日目
ラークに魔術で連絡を送り(彼も魔術使いだ)、調査に出かける。
異様に静かだ。フジツボの歌はおろか、波の音すら聞こえない。霧が濃くなってきた。
海が凪いでいる。
五日目
おおきな がいた
きりのむこうに がいた
六日目
気がつくとあの砂浜で呆然と立っていた。となりにはイオリちゃんが居る。
ラーク曰く『半日くらいの間、話しかけても体を揺らしても一切反応がなかった』との事……確かに昨日の記憶がない。日記を読み返しても意味不明な事がチョロっと書かれているだけ。
体が冷えて仕方ない。
もう沿岸部に近づくのはやめよう。あそこは異質過ぎる。
>>702
七日目
手持ちの食料が底をつきそう。
イオリちゃん、ラークと協議を重ねた結果『食料を調達しつつ森の奥へ足を伸ばす』ことに決まった。森から食料を調達しつつこの砂浜に拠点を築く案もあったが、そちらは不採用になった。
ここはどうにも平穏すぎるから。
森から獣が侵入してきたのも初日だけ……動物が寄り付かない場所には大抵理由があるんだよね。
八日目
砂浜から物資を動かし、森の少し奥に拠点を作った。
イオリちゃんもシロ、英霊が二人もいるので作業自体はすぐに終わったけど、一つだけ怖い事が。なんとシロ達が流れ着いた砂浜が消えていたのだ。
土地ごと消えていた。不自然に抉れた海岸だけがあった。
『安全な場所に擬態して人を食おうとする生き物だった』とかの仮説は立てられるけど……それに意味はないね。
九日目
この森、食料がやたら取れる。
水も果物から摂取できるし飢える心配はなさそう。
にしても……リンゴとココナッツが同じ森に自生しているのはおかしくない? ぶっ飛んだ生態とかは『そういうモノ』として受け入れられるけど、こういうのは何か気になる。
夜中には確かに肉食性の蟲が出てきた。こちらには何故か興味を示さない。
気になってしばらく観察してみたところ『蟲たちは夜になっても巣に戻っていない、死ぬ戻るだけの体力がない』動物だけを狙っているのだと解った。賢い。
>>703
十日目
夢の中に馬が出てきた。馬がアホほど広い砂漠を横断する夢だ。
シロと馬はマスター契約によって魔術的な繋がりが出来ている。アレがただの夢ではなく、馬の現状を示している可能性は十分にある。
よくよく考えてみると、今まで一度も『馬が死んでいるかもしれない』という発想が頭に浮かんでこなかった。繋がりによって馬の生存を感じ取っていたのだとすればそれにも納得がいく。
拠点を作りつつ、順調に距離を稼げている。
出来ればここに住む人なんかと合流したいのだけど……そもそも人が存在するのか微妙かな。
十一日目
今日は鱗の怪物と戦った。
拠点の近くだから逃走も難しかった。
まずイオリちゃんの守護霊(多分)である”赤いオジサン”が一撃を放ち、怪物は転倒。ラークがすかさず魔力弾を撃ち放って眼球を潰す。
シロは木を蹴って上へ跳び、落ちる勢いのまま怪物の首に銃剣を突き刺し────それでもなお鱗の怪物はやみくもに暴れ続けた。完全に動かなくなったのは、五分も経ってからだっただろうか。
ラークから鱗の怪物が頑丈だとは聞いていたけど、まさかあそこまでとは。
イオリちゃんの使役?する『赤いオジサン』の拳を受けてマトモに生きている時点で異常。英霊でもモロに喰らったら死ねるのに。
それと……首に刃物を刺されて動けるのも異常かな。ちゃんと頸椎まで刃を押し込んだはずなんだけど。
三人掛かりかつ、万全の状態だったから問題なく勝てたけど、タイマンだったら手こずっていたかも。刺してみた感触からして銃弾はまず通らなさそうだし。
十二日目
いつもの様に樹上でキャンプの設営をしていると、遠くに人のような影が見えた。人に擬態する怪物の可能性も十分にあるので期待は禁物だけど。
毎晩出現する虫たちが今日は不思議と大人しい。
>>704
十三日目
奇妙な大亀がいた。森の中を闊歩している時点で割と珍しいが、それより注目すべきはその周囲環境だろう。びっくりするくらい平和。猛獣はいるのだがこちらに一切興味を示さない。
香水みたいな香りがあの亀から漂っており、それを嗅ぐと異様に心が落ち着く。多分この匂いのお陰なのだろう。
昨日見た人影をまた見かけた。あちらも興味を示しているような……気がする。
十四日目
十五日目
十六日目
失敗した失敗した失敗した
シロのせいだ。
久しぶりの投稿です
横溝正史ミステリ&ホラー大賞というのに応募する為、小説を仕上げたまでは良かったのですが、無理が祟ってしばらくダウンしてしまいました……
そろそろ本格的に環境が牙を剝き始めます
今回のbgm
https://www.youtube.com/watch?v=GgMwbkEsHrA
>>707
お気遣いいただきありがとうございます
今回の話はお察しの通り『野生の怖さ』がコンセプトです
野生は色んな生物の価値観が不規則に重なり合って動いています
だからこそ次に起こることが予測できない
そんな野生が怖いから……人は村や街を作ったんだと私は思います
>>705
十六日目
イオリちゃんは今日も目を覚まさない。あの”大亀”と接触してからずっと眠りっぱなしだ。
シロの方はなんら問題ない、精神状態以外は。ラークは……よく解らない。彼は常に真面目なんだか不真面目なんだかよく解らない態度を取っている。
仲間として信頼したい気持ちはあるけど、正直難しい。こんな時に馬がいてくれたらなと思う。馬がいれば……いや、ない事を嘆くのはやめよう。
これ以上のミスは許されない。
十七日目
『何故イオリちゃんが眠ってしまったか』について仮説を立ててみた。
あの大亀と接触した後にイオリちゃんが倒れたので、アレが原因である事は間違いない。
そしてあの亀がいた時、周囲の動物は皆温厚になっていた。多分アレは生き物の精神……それも害意や敵意といった負の部分を喰らう亀だったのだと思う。
イオリちゃんの心には負の部分がかなり少ない。少なすぎて、負の部分以外の大切な部分まで喰われてしまったのだろう。多分だけど。負の心なんて生きてる限り無限に補充されてくけど、それ以外はそうもいかない。
強いて例えるなら負の部分が『webサイトのキャッシュデータ』で、それ以外が『パソコンのOSデータ』。今のイオリちゃんはOSが破損して動けなくなっているような状態なのだ。多分。
>>709
十八日目
寝たきりのイオリちゃんが獣に喰われそうになった。
なんであの子がこんな目に……なんて嘆いても状況は一切改善しない。けど嘆きたい。
イオリちゃんを看病する為に長期滞在可能な拠点を設立した。樹上にツリーハウスのような建築を建てたのだ。魔術で偽装を施してあるから早々襲ってはこないはずだ。
ここの生物は極めて獰猛だ。普通戦闘って格下相手でも負傷のリスクがあるから極力戦いを避けるのが普通なんだけど……ここではその普通が当てはまらないっぽい。
とにかく殺す為に殺す、食うモノには困らない環境なのにわざわざ人間などの大型動物を殺しに来る。そんな生き物ばかり。
多分だけど自分が生きるためというよりは『環境を保つため』に他の生物を襲っているんだろうね。どんなに肥沃な土地でも養える生き物の数には限界があるから。なんにせよ、眠ったままのイオリちゃんを庇いながら移動するのは不可能に近い。
シロが頑張らないと。
十九日目
イオリちゃんはまだ目を覚まさない。森で取れた色々な薬草を試してみたが一切効果を示さない。知識にない薬草っぽいモノもあったが、流石にそれを使う気にはなれなかった。
ラークに変化はない。
二十日目
手持ちのリソースでできる儀式魔術による治療を一通り行った。イオリちゃんは眠ったままだ。いくら英霊とはいえ、そろそろヤバいかもしれない。
……ラークは儀式魔術に協力してくれた。そろそろ彼を信じてしまっても良いだろうか。
二十一日
今日もイオリちゃんは目覚めない。今やれる治療法はやり尽くしてしまった。どうしよう。どうしたら良いんだろう。こんな時にオペレーターのあずきちゃんや牛巻ちゃんに連絡が取れたら……いや、いない人を思ってもどうにもならない。なって欲しいけど。
>>710
ここ数日、どうにも獣たちが慌ただしい。イオリちゃんを看病する為、樹上に建てていた拠点を放棄した方がいいかも知れない。何かあってからでは遅いし。
けどそうすると寝たきりのイオリちゃんに負担が……どうしよう。今日は準備だけして明日以降に動こう。ラークと今後の指針をすり合わせる作業もしなくちゃ。
ラークからの提案で彼を近辺の偵察に送り出す事となった。少し前に見かけた人影の正体も気になる。リスクはあるが、このまま立ち止まっている方がよっぽど危険だ。
本来であれば彼に看護を任せ、シロが偵察に出た方が良いのだろうが……如何せんイオリちゃんは女の子なので、まあ、男性には任せられない作業がいくつかある。
二十二日目
獣たちが昨日よりも騒がしい。まるで[紙に誰のとも知れぬ歪な文字が焼きついている]
私──シロ──がふと空を見上げると龍がいた。それは子供の落書きをそのまま三次元に貼り付けたかの様であった。近いと思えば近くに、遠いと思えば遠くに見える。ある瞬間においてソレは無数の色彩を纏い、次の瞬間には透明となり、色の概念を再定義する。
変化。あの龍は常に変化しているのだ。『龍である』という楔が辛うじてアレを一つの生命に留めている。その事実をあの龍はその威容のみでもって知らしめていた。
その変化に合わせて周囲も組み変わってゆく。獣も草木も、雄大なる大地でさえ。
石は捻じれた灰色の蛇となり、近くの獣は人の形をとった直後に沸騰して極彩色の気体になった。何もかもが変化する。不規則に、無秩序に、けばけばしく。私のいるこの場所を置き去りにして。
この拠点には魔術で防護が施されている。恐らくはその防護が変化から守ってくれているのだろう。完全に守ってくれているかどうかは微妙だが。
>>711
五感に激しい痛みを覚え、私は外から顔をそらす。
「────」
この森を構成する大樹たちが細い若木のように頼りなく傾ぐ。全てが引き寄せられているのだ。あの龍に。
「イオリちゃん!」
寝たきりであるイオリの体が、拠点の出口に向かって滑り動く。私は顔を青く染めながら彼女を抱き止めた。
何となくだが、外に出てしまえば”アレ”に巻き込まれる、そう思えてしまったのだ。
……ちょっと前に偵察へでたラークは無事だろうか。いくら魔術が使えるとはいえ、この環境下では英霊でも死のリスクが付き纏う。異常事態が巻き起こっている今であれば尚更。
そんな風に思考を一時逃避させ、肩の震えを押さえつける。怖くて仕方がない。あの龍もそうだが、イオリにこれ以上何かあったらと思うと、それ以上に怖い。
ばあちゃると離れ、ブイデアとは連絡がつかず、その上にイオリまでどうにかなってしまえば……私は戦う理由をきっと見失ってしまう。孤独は人を蝕む、そして英霊も。知性ある限りそこにきっと例外はない。私はそう思っている。
「────!」
変化の嵐が周囲を包む最中、私はイオリを抱きながらジッと嵐が過ぎ去るのを待つ。魔術防護を施された拠点が外の変化に侵され、徐々に崩壊してゆく。私の意識が情報の海に沈んでゆく。
────意識が沈み切る直前、私は人のような影を視界の端に捉えた。
vtubeバトルロイヤルがメッチャ面白かった!
それはそうと、ずっと前から温めていた展開に入れそうで楽しみです
おまけの裏設定
創造龍
危険度S(対策するだけ無駄)
死したティアマトの心から生まれた龍。砂漠の方にいる個体とは対の関係にあり、こちらは怒りや乱心といった激しい部分の具象化。
ティアマトが元々持っていた怪物の生産能力をより強化継承しており、無生物からも怪物を生み出せる他、一時的にでがあるが周囲の環境すら書き換える。
シロちゃん達のいる場所に生息する怪物たちは全てこの龍によって生み出された存在……というより、この世界に存在する怪物のほとんどはこの龍由来。
これに理性や思考能力はない為、生まれた怪物の大半は半日以内に生理機能の不備で死ぬというかなり残酷な運命を背負っている。
今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=kgO7qOc1z5Q
おっつおっつ、やばくなってまいりましたわ!楽しみがえぐいですわ!
バトロワはシロちゃん惜しかったなぁと、武器持ちすぎると撃てないっていうルールが極限下ではすっぽ抜けるよね、あの二人がそろうと敵なしに見えるぜ
>>712
「……」
シロは目覚めた。緑のけぶる風がほほを撫でる。
「……ふぁ」
酷い寝起きに特有の泥めいた眠気。シロは頭とアホ毛をユラユラと揺らしながら周囲の情報を脳に取り入れる。
ここ最近ずっと所持していた日記には、小さな節足が生えていた。あの龍による変異の影響であろう。何故か脳内に『日記を手放してはいけない』という声が響いてきたものの、それについて考える必要はなくなった。
日記がうぞうぞと節足を蠢かしてどこかへ去っていったからだ。
「うわっ」
余りにもあんまりな光景にシロの眠気がすっと覚める。脳が正常に回り出す。
────自分が寝ていたのは見たことのない場所。周囲には太陽光が過不足なく入って来る程度に樹が生えていて、樹のサイズもこれまで見てきたモノよりはいくらか常識的だ。(それでもかなりの大きさではある)
遠くには凄まじく巨大な樹が見える。幹が雲をぶち抜いてその遥か上まで伸びている。もしかしたら宇宙まで伸びているかも知れない。
>>716
「イオリちゃん、どこかな?」
そう言いながら周囲を探るも、人らしき気配は感じられない。それどころか獣の気配すらない。不思議だ。この島は常にむせかえる程の生命に満ちていたはずなのに。
よくよく注意してみると、シロは周囲に無視できない空白があることに気が付いた。このような野外であればあらゆる場所から虫の気配がしてくるはずなのだが、所々ソレが途切れている。
(空白の数は一個。空白の正体は多分『気配遮断の魔術を使用している人間』……害するつもりならシロが寝ている間にいくらでもチャンスがあった訳だし、そこまで警戒はしなくていいかな? いや、イオリちゃんを人質にしてこっちに何か要求してくる可能性もある。とはいえ、相手にやまれぬ事情があってこちらを隠れながら観察している可能性も捨てきれない……ダメだ、そんな甘い思考をしちゃ。シロが油断する度に、誰かに寄りかかろうとする度に誰かが失われていく。間違えないようにしないと。想像するべきは最悪。最悪を常に考慮し、備えるのがシロの義務)
そんな思考が脳内を何度もグルグルと回り、一巡する度にシロは攻撃的な気配を増して行く。その攻撃性は周囲にいる正体不明の相手というよりは、彼女自身にベクトルを向けたモノだった。
「そもそも……ここはどこなんだろ?」
>>717
地面に座り込んだままそう言って、シロは近くに落ちていた石をそれとなく握り込んだ。適切に使えばこんなのでも人を殺せる。
ゆるりと立ち上がって向かう先は、気配の空白。きっと誰かが潜んでいる、あの空白。偶然を装って近づき相手の出方を伺う。
「と言ってもまあ、周囲を把握しないと何も始まらないかぁ……一人だと独り言が増えて嫌になっちゃうよ。独り言は一人の時にしか言えないんだからそりゃそうか」
『────』
シロが”空白”に近づくと────木の葉が擦れる音、風の吹く音、枝の折れる音、こういった自然の音たちに奇妙な法則性が混じり出す。魔術を行使した気配はない。『どうやっているのかまでは解らないが、自然音に見せかけた暗号でどこかへ連絡を行っているのだろう』と考察し、手中の石を固く握りしめた。
ある程度聡い人であれば容易に気づける規則性なところを鑑みるに、対人というより対獣に特化した技術であろうか。とはいえこういう技術は決して侮るべきではない。
あと三歩、二歩、一歩。空白との距離が眼前にまで縮まる。
『……』
茂みの中から音もなく出現してくる女性が一人。
身長は150cm程度で体格は極めて華奢。瞳は新芽のような薄緑、形は切れ長。耳が鋭い。概ねファンタジーのエルフとほぼ同じ顔をしている……が顔の三分の一程が黒い殻に覆われており、怪物めいた異質さを醸し出していた。
>>718
『おいで下さイ。貴女のご友人がお待ちでス』
樹のウロから響いてきたかのような声。話している間、相手の表情は一切動かない……というより、木肌部分に阻まれて表情を動かせないのであろう。
シロはしばし思案した後、脳内から戦闘の選択肢を除外した。
目の前にイオリを人質として突き出されたのであれば戦闘による奪還の余地は十二分にあるが、この場にいないのであればどうしようもない。
それに今のところ相手に敵意は感じられない。今のところは。
「……解った、ありがとう。ところで名前はなんなの?」
『プアナム・ドゥム……プアナムとお呼びくださイ』
プアナムはぎこちない動作で手を胸に当て、シロを案内し始めた。
(友好そうなのは良いけど……そうすると最初気配を隠してこちらを観察していたのがどうにも不可解だね。ちょっと怪しいかも)
※
『ここガ私たちノ住む場所でス』
シロが案内をされ始めて数分後。まばらに建物が現れ始める。周囲の木々は先程までよりも疎らで、獣の姿はどこにもない。
たまにプアナムと似たような見た目の人間?がこちらを覗いてきている。
数はさほど多くなく、彼らの顔も黒い殻に一部覆われている。一体アレは何なのだろう、とふとシロは考えたが、そんな事を考える前に警戒をしなければ、と意識を現実に引き戻す。
周囲の建物を本格的に観察し始めると、それらには奇妙な特徴がいくつか見受けられた。
>>719
「……」
いずれの建物も巨大な木々の枝から果実のようにぶら下がっており、魔術を使わないと実現困難な構造をしている。材質は木製で、表面には緑コケによる魔術的な紋様。やはりここにも獣の気配は無い。
遠くに見えていた規格外の巨大樹は、相も変わらず雲をぶち抜いて悠然と立っている。
シロは何故か酷い疲労感に襲われ、ふと上を────
「白髪の姉御! ラークです。いやぁ……色々ありましたが、親切な人たちに拾われてどうにかなりましたぜ」
見ようとした瞬間、背後からラークに声をかけられた。シロ・イオリと共に島に漂流した、上司であるマリンに下剋上するためシロたちに恩を売ろうとしている、あのラークだ。
シロは振り返って挨拶を返そうとしたが、出来なかった。彼女の胸を打つ衝撃によって。
「そ……それどうしたの?」
「ん? ああ、なんか変な龍が近づいて来たと思ったら……こんなんなっちゃいましてなぁ」
ラークが頬をかきながら己の右脚をぎこちなく揺らす。
彼の右脚……その膝から先が、昆虫のような黒い節足に置き換わっていた。
シロの瞳が罪悪感に揺れる。
ラークはそんな彼女を見て一瞬だけ思慮深く目を細めた後、いつも通りの海賊らしい笑みを浮かべだした。
「……まあ、気に病むことはないですぜ、白髪の姉御。そりゃ脚がこんなんなったのはちょいと残念ですが、まぁ、姉御が気にするようなことじゃねぇですよ。ほら、青髪の姉御もここに匿われてるんで、早いとこ会いに行きましょうや。な、プアナムさん」
ラークが話を振ると、プアナムは深い頷きを返し、歩き始める。
彼女が歩む先にはあの大樹があった。
メッチャ久しぶりの更新です……
冬場に入ったせいか体がバグり散らかしてました
それはそうと.liveの箱イベメッチャ楽しみ
馬の白スーツが普通にかっこよくてなんか腹立つ
裏設定
プアナム・ドゥム
『プアナム』はギルの出生地であるメソポタニア文明の王様の名前
『ドゥム』はシュメール語で『子供』という意味(諸説あり)
名前が生まれに準ずるので血筋はガチで高貴です
顔の殻はラフムのと同じもの
創造龍は基本的にランダムで周囲の存在を変化させますが
ティアマトが元になった存在なので
相手が人間の場合に限り確定でラフム化させようとしてきます
今回のbgm
https://www.youtube.com/watch?v=WKvUcrBUEL8&list=PLWnDfZkfcqo-32emnwBVeMRXIZXUoFaPY&index=2
おっつおっつ、貴重な現地協力者(仮)だぁ!
箱イベ楽しみよね、地方民だからチケは買わなかったけど(血涙)馬とリクム姐さん並べると凄い格好いいのムカつくよなぁw
令和ちゃんは季節のベクトルめちゃくちゃにしがちだから体調にはお気をつけを〜
>>723
スーツってガタイが良い程映えますよね
箱イベはきっと配信があるのでそっちで楽しみましょう!
>>720
歩き始めてから数十分。シロとプアナム、それとラークの三人は大樹の近くにまでたどり着いていた。直径3m程もある木の根が無数に隆起し、絡み合い、立体的な地形をなしている。
「……」
この数十分間、会話らしい会話はなし。普段のシロであれば空気を読んで程々に場を盛り上げる所だが……いかんせん今は余裕がない。そしてプアナムは寡黙な人間であり、ラークは顎に手を当ててなにやら考え事をしており、誰かと話すつもりは無さそうだ。
よってこの気まずい沈黙は保たれ、この先も続くかに思われていたがしかし、プアナムがそれを破った。顔についた殻と皮膚の境をやや気まずそうに掻きながら。
『そういエば……御客人の名前を直接伺っテおりまセんでしたネ。一応、そこのラーク様より一通りの事情は伺っておリますが』
「……ん、ああ、えっと……」
唐突に声をかけられたのと、精神状態の悪さ故に口ごもるシロ。
「おいおいプアナムさん。様付けは勘弁してって前に言いましたぜ。俺ぁこれでも名うての海賊……それが様付けで呼ばれちゃ形無しってもんでさぁ」
そこへラークがスルリと会話に割り込んだ。彼の気安い態度からは自称するほどの海賊らしさはない。
そのまま自身の”らしさ”を誇示するように海賊帽を指先でクルクルと回して放り投げ……そして取り損ねた。一連の動作を見たプアナムが小さく吹き出し、ラークはゆっくりと帽子を拾い上げ、誤魔化すように肩をすくめる。
>>725
「まあ、今回は失敗しましたがね、これでも俺は名うての海賊なんですって……ああそうだ。白髪の姉御、プアナムさんに名前を教えてやって下せえよ」
「……そうだね。私の名前はシロ、よろしくね」
シロは軽やかに頭を下げ、自身の頭頂部に生えたアホ毛を揺らす。
周囲の気安い空気が彼女に精神的余裕を取り戻させ、ある程度いつもの様に振る舞う事を可能とさせていた。
「話は変わるんだけどさ、馬みたいな頭部をした人を見かけた事ってある? シロの……まあ、大切な人でさ、でも今は逸れちゃっててさ」
『馬の頭? 頭部が馬に変形した人というのは聞いたことが御座いまセんネ。基本的に人が変異する時は黒い怪物になりますのデ』
「ああいや、本当に頭部が馬そのものって訳じゃなくてね、馬のマスクを被ってるの」
シロは幼げな顔に苦笑いを浮かべ、手をパタパタと振る。
────話しながら歩く三人。彼らの行く先に薄っすらとした光が見え始める。光の色は穏やかな薄青。
『そういう事デすか。しかし、馬のマスクというのも聞いた事が御座いまセん……申し訳ございまセん、シロ様』
「謝らなくて良いよ、ダメ元で聞いただけだし。それと、シロも様付けはしないで欲しいな。助けて貰ったシロ達の方が本来そっちに敬意を払うべ────」
『そレだけはあり得まセん』
>>726
プアナムは唐突に足を止め、酷く疲弊した悔恨の表情をシロへ向けた。それはどこか祈りめいていた。
────薄青の光が不規則に揺れ動く。
深く息を吸い込み、彼女はまた歩き始めた。
『私達はかつて大きな過ちを犯しました。そレにより、完成しテいた”楽園”へ続く船は押し流され、同胞たる石と砂漠の民は……楽園へゆく機会を永久に失いました。故に私達は罪人デす』
「ど、どういう事?」
『……そうデすね。少し長い話になりますが、よろしいデすか?』
シロは小さく頷く。
『今は昔。かつての故郷、ウルクが荒ぶる神に滅ぼされた少し後の話。ウルクの民は二つの島に分かれていました。二つの島は距離こそ近いものの、環境は大きく異なっておりました。怪物がはびこる森の島、不毛の砂漠の島、どちらも違った地獄。ただ幸運なことに森の民である祖先は今よりずっと強く、砂漠にはまだ大地の恵みが多少残っていました。故に祖先は怪物に抗することができ、砂漠の民もなんとか生きてゆく事ができたのです』
滔々と流れる語り口。それまでの言葉にあったぎこちなさは立ち消え、彼女がこれを何度もそらんじてきたであろう事が伺える。
>>727
『しかしそれらの幸運は、いずれ無くなる事が目に見えていました。祖先の血は少しずつ衰えてゆき、砂漠の恵みも同様に枯れてゆき……ジワジワと迫りくる衰退と破滅に、祖先たちはどうすることも出来ませんでした────そんなある日、遠くの海から二隻の船がやってきたのです。一隻はこの島へ、もう一隻は砂漠の方へ』
プアナムは寝れない子供をあやしつけるように単調な抑揚をつけて語る……実際、彼女はこれを子守唄代わりに聞かされてきたのかもしれない。何度も、何度も、夜が来る度に。
────話を聞きつつシロ達の足は前へと進む。遠くに見えていた光が僅かに強まる。
『祖先の方に流れ着いた船は怪物たちによって破壊されていましたが……幸いなことにその乗員と通信を行う装置だけは生きておりました。そこから砂漠に流れ着いた船と連絡を取ることが出来……それを通じて砂漠の民とも連絡を取ることが出来たのです。
祖先は流れ着いた男から様々な話を聞きました。途方もなく発展した都市からやってきたこと。その都市には不治の病が蔓延していること。男もまた病に犯されていること……しかし不思議なことに、祖先が霊薬を使うとその病はあっけなく治りました』
────光がさらに強くなる。
>>728
『男は勇み喜び故郷へ帰ろうとしましたが……肝心の船が壊れてしまっており、直せるような状態でもありません。とはいえ、手が無いわけでは有りませんでした。砂漠の方に流れ着いた船はまだ直せる程度だったのです。
砂漠の民との話もつつがなく進み、砂漠主導で船の修理を進めようという話になった時……男は言いました「厚かましい願いになるが、あなた達も一緒にきて欲しい。仮に故郷の病を治したとしても、もう住民はほとんど死んでいるだろう。万が一……一人で生きていくことになったらと考えるとゾッとする」と。実際のところ、それが地獄めいた環境に住む祖先を慮っての言葉なのは明確でした』
────光はこれ以上ない程に強くなり、巨大な木のウロが見えてきた。
『砂漠の民も共にいく意向を示し、そして男の故郷……”楽園”へ行くための大事業が始まりました。砂漠の民は船に載せられていた機械により岩の体を手に入れ……その体でもってある者は船を治し、ある者はその為に必要な資材を収集していました。そして私の祖先はかつてウルクを滅ぼした荒ぶる神の成れの果て…………創造龍を島に閉じ込める為の儀式を始めていたのです。
かの龍は周囲を改変しておぞましい生命を生みだす怪物。この島から外に出さぬよう、定期的に結界が張られておりました。その結界を永遠の物とするための儀式を行っておりました。改変を受け付けないようにした迷いの霧で島を包み込み、永久に閉じ込めようとしたのです』
────ウロにたどり着くまで後少し。
>>729
『長い長い準備を経て船の修理が概ね終わり、封印の儀式がほぼ完了した頃。私達の祖先は…………気のゆるみから儀式の手順を間違えてしまいました。
それによって霧を出すだけだったはずの魔術は暴走を起こし、島を包み込む迷い霧の巨人となり……そして三日三晩島の周囲は霧の濁流に晒され……霧が薄まった時にはもう……治りかけの船は沖の遥か遠くに流されてしまっていたのです。故に────』
「プアナムさん。目的地に着きましたぜ」
トントンとつま先を打ち鳴らし、話を遮るラーク。彼の言う通り、目的地と思わしき大樹のウロが目の前にあった。樹皮は長い年月によって色褪せ、その質感もあいまり樹というよりは岩のそれに近い。
先ほどまで眩しい程に感じられた光はもうない。不思議だ。
ウロの中には────
「……シロちゃん?」
眠たげな瞳をしばたかせるイオリの姿があった。
今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=AKaRUH5wPaQ&list=PLUjwA-Z4c05rAfdrDkQt8ZJP7iohktSIP&index=14
今回は過去回でした
それはそうと.liveの箱ライブメッチャ良かった!
またみたいなぁ
裏設定
砂漠の民と森の民で伝承の精度に格差がある理由
ウルクが滅んだ辺りにゴタゴタについて砂漠側が詳しいのは、砂漠の民の先祖が『最後までウルクに残り抗戦した末、王権の象徴である粘土板を死守して生き延びた人たち』である為。
楽園周りのゴタゴタに関してはあえて『そんな物なかった』となるように色々改変したりぼかしたりした上で当時の事を後世へ伝承している。
というのも、『森側がなんかやらかしたなコレ』というのを薄々察知していたため『会えもしない相手への恨みを子孫が抱いてもアホ臭いだけ』という発想に至ったため。
ちなみに森側はケツァルコアトルに拉致られたウルク民の末裔。
エルフっぽい見た目になってるのは文化圏がメチャクチャ違う神の守護を直に受けた影響。
フルパワー状態の南米ゴッドが気合で彼らを守り切ったため、ラフムとかについてはあんま知らない
おっつおっつ、いろいろと考えられる過去でして、箱イベマジでよかった、まぁちょっとロス気味だけど、でも星物語の円盤も来るしこれからも楽しみだぁ
>>732
DVD楽しみですよね!
過去に関してはこの特異点の正体を語る上でどうしても外せないのでここに差し込みました
>>730
「シロちゃん、シロちゃんだ……ウッ」
ウロに横たえた体へ力を入れ、起き上がろうとするイオリ。しかし出来ない。長い間寝たきりだったせいで、体の動かし方を忘れてしまっているのだろう。
イオリの倒錯した美貌もあいまって真に痛ましい姿である。
だがそれでも────シロは嬉しかった。蒼い瞳を細め、寝たきりのイオリの手を優しく握りしめる。そして静かに涙を流す。
「良かった……戻ってきて良かった……二度と治らないんじゃないかって……」
それは、遭難してから一度も口にしていなかったシロの弱音だった。彼女の顔には相手を懐柔するためのモノではない、心底からの笑みが久方ぶりに浮かんでいた。
「ありがとうプアナムさん。他人のシロ達を、イオリちゃんを助けてくれてありがとう」
『いえ、イオリ様は助けテも大丈夫であると解っテましたから……その症状は例の大亀によるもの。あれは周囲の邪念を吸い取っテ生きる無害な生物ですが……邪念のなさすぎる相手だと稀に心の大事な部分まデ……つまりこの症状が出たイオリ様は善良という事デす』
「そんなこと言っちゃって、別に善良じゃなくても助けてたでしょ?」
『……人命救助は人としテ当然のことデすから』
顔に付いた殻をポリポリと掻くプアナム。彼女は気恥ずかしさを振り払うように、話題を変える。
>>734
『それはさテおき……今後の話をしましょう。貴女方はこの島に漂流しテきてますので、イオリ様が治り次第、船デ外へ……と、言いたいのですが問題がありましテ』
「問題?」
『エエ……先祖が創造龍を閉じ込めるために使用した魔術が……ややこしい状態になっテおりまして。島沿岸部が霧の異界と化しテおり、外に出ようとすると誰であろうと引き戻さレてしまいます。血は衰え、同胞は数を減らし、もはや私たちが祖先の魔術をどうこうするのは不可能なのデすよ』
彼女はゆっくりと手を振って周囲を霧で満たした。霧はプアナムによく似た……しかし彼女よりも大きな人型となる。直感的な魔術行使のもたらす現象。これだけで彼女が一流の魔術師であるという事が解る。
────そんな彼女が断言するのだから本当に不可能なのだろう。ブイデア本部にいる牛巻やあずきと連絡が取れれば、また話が違っていたかも知れないが。
シロはそう考え表情を歪ませた。イオリから手を離し、彼女から自分の表情が見えないようにしてから。
「……じゃあ島から出るのは不可能って事?」
『いえ、祖先が遺した秘宝『霧払いのランタン』があれば霧を超えて島の外ヘ行けるでしょう。ですが、以前に秘宝を持ち出し外に出ようとした者がおりましテ。まっ、海岸にたどり着く前に捕食されましたがね。今更海へ出たとテ、楽園への道などないというのに…………と、無駄話が挟まってしまいましたネ』
霧を操り奇妙なランタン──涙を流す目玉が中央に浮かんでいる──を形作った後、プアナムが手を乱雑に振り払って霧を消し去り、自嘲めいた笑みを浮かべた。
>>735
『まあ、そんなこんなデ秘宝が怪物に持ち去らレまして。祖先より伝わるモノなので取り返そうとはしたのデすが……どうにも歯が立たず……』
「解った、シロがその怪物を倒して────」
シロが頷こうとした瞬間、腕を引く者がいた。横たわったままのイオリだ。彼女の紅い瞳から強い意思が感じ取れた。
「シロちゃん……イオリも一緒に戦う…………」
そう呟く彼女はシロの腕を強く握る。その力はつい最近まで寝たきりだった人間のモノとは思えない程に強く────しかし英霊のソレには届かなかった。
シロは笑みを浮かべ、イオリの髪を手櫛でとかす。
「ううん、大丈夫。安心して、シロが全部どうにかしてみせるから。もう失敗しないから。大切な人はみんなシロが守るから」
そして手の中に魔力を集め、単純な眠りの魔術でもってイオリを眠らせる。
まぶたを伏せるシロ。彼女の顔に影がかかる。プアナムはそれを困惑気味に見届け────ラークはヘビのように瞳孔を細めつつ口を開いた。
「じゃあ姉御……俺も守ってくれるんですかい?」
「もちろん、ラークは仲間だからね。まだ完全に信頼してる訳じゃないけど」
「おや、まだ心底からの信頼は勝ち取れてないんですねぇ」
「そりゃ海賊相手だからねぇ。それにラークが協力してるのは打算ありきでしょ? あくまでビジネス仲間だよ、ビジネス」
「そりゃ酷いですぜ。俺ぁこんなにも尽くしてるってのに」
胸に手を当て、ラークは大げさに悲しむフリをする。
会話の内容に反し、お互いの態度は至極気安い。確かにラークは海賊であり、言動も胡散臭いが、何十日も接していれば人並みの情は湧く。少なくともシロはそうであった。
>>736
「尽くしてくれてるのは認めるけどね。まぁ、イオリちゃんとは付き合いの長さが違うからね」
「へいへい、さいですか……じゃあそうだ!」
ラークが唐突に目を見開く。そしてシロの肩に手を回す。何故か体に触らないよう微妙に手を浮かせ、シロの顔色を伺いながら。なんとも奇怪な気の使い方だ。
「どうしたの?」シロが首をかしげる。
「その……ここじゃちょっと話しづらい内容でしてね、ちょっと場を移しましょう。じゃっ、プアナムさん。青髪の姉御をしばし頼みましたぜ」
※
歩くこと僅か数分。ラークとシロの二人は巨大な切り株に、互いに背を向けて座っていた。この場所は彼たっての願いによって選ばれたモノだ。
「場所を移した訳だけど、話ってなんなの? あそこじゃ話せない内容ってなぁに?」
「まあ、他の人にゃちょいと聞かせたくない話でしてね……まあ言うより見せる方が早いですかねぇ。ほら」
そういってラークが一枚の紙を渡す。その紙には複雑な魔力が込められていた。
シロは紙上に指をしばし這わせた後、瞳に驚愕の色を浮かべる。
「これは……セルフギアススクロール!?」
────セルフギアススクロール、またの名を自己強制証明。魔術師が実質違約不可能な契約を結ぶときに使う、極めて強力な魔術契約書だ。間違いない。
シロはブイデアの機密保持のため何度かこれを使った事があるため、その存在を知っていた。
「ご存知でしたか、じゃあ話が早い。話というのは、この契約書に署名して欲しいって内容でしてね。なに難しい話じゃございません」
「いや……署名って言ってもさ。肝心の文面がないんじゃ契約書としてなりたたないよ」
>>737
真白いアホ毛をいじりながら、そう答えるシロ。彼女の顔には困惑と警戒が浮かんでいた。ラークを敵か味方かどちらに認識するか決めかねているのだ。元より打算ありきでの協力だとは解っていたが、ここまであけすけに駆け引きをして来るとは予想していなかった。
そんな懸念を他所に、ラークが契約書をひったくってシロに背を向け、手際よく文字を書き連ねた。
「そりゃそうですなぁ……内容を……書きましたよと……ほいっ」
契約書がシロの手に戻される。
「……内容は『1.シロ及びその仲間に対し、ラークは直接的・間接的に意図して危害を加えない。2.シロはラークに対し、一度だけどんな願いでも聞かなければならない。3.ただしシロに対し直接的な不利益を及ぼすような願い、遂行不可能な願いは無かったことに出来る』……この契約でシロにメリットはあるの?」
「ありますとも、ありますとも!」
契約書を再度ひったくって手元に戻し、ラークはもみ手をしつつ笑みを浮かべた。混じりっ気のない悪党の笑みを。
冷え切った風が二人の間を吹き抜ける。
「なんと、俺に裏切られるリスクを無くす事ができるんですよ! コイツは、昔に俺を殺そうとした魔術師崩れから何枚か分捕ったモンなんですがね……これ使った契約が破られた事は一度もないんですよ。ただ信じるのと、100%信じられるのとじゃ任せられる事が大分変わりますぜ?」
「……それで、ラークのメリットは?」
「そりゃ勿論『願い』の部分ですよ。俺の目的を達成する為にゃ姉御の力が必須でしてね……目的がなんなのかは秘密ですぜ? これだけは誰にも言えないものでして。それで、署名はしてくれるんですかい?」
ラークが切り株の上で仰向けになり、紙を差し出す。彼の表情は海賊帽に隠れて見えない。
>>738
対するシロは顎に指を当てて思案する。
────願いの内容や態度など不明瞭な点は多いがメリットがあるのも事実。リスクのない協力者が手に入るのは確かにありがたい。
それにこの先……シロの力でどうにもならない敵が出て来た場合、『馬や他の娘たちに知られたくないような』手段に訴えかける覚悟がある。良心は痛むが、仲間を失う痛みに比べれば些細なモノ。なんにせよ、その場合ラークが手駒として使えるのは大きなメリットだ。海賊であればそういった手段に抵抗はないだろう。
「解った。サインを────」
『する』と口にしようとした瞬間、つむじ風が巻き起こり無数の青葉がシロの手にまとわりつく。彼女を思いとどまらせるかのように。
しかし、シロはそれを振り払った。
「サインを、する」
そう口にするとペンが手に握られていた。
シロが名前を書き、ラークが紙を三度ひったくって懐にしまう。それで終わり。
契約書に名前を書いてもこれといった変化は現れない。ただ、契約してしまったのだという実感がシロの胸を重く締め付けた。
ふと上を見上げると空は夕暮れで、夜がすぐそこまで迫って来ていた。
森の夜は危険だ。たとえ獣がいなくとも。
今回のbgm
https://www.youtube.com/watch?v=ETEg-SB01QY&list=PLUjwA-Z4c05rAfdrDkQt8ZJP7iohktSIP&index=69
次回更新で地味に久しぶりの本格的な戦闘回の予定です
それはそうとバーチャル歌伝楽しみ!
裏設定
森の怪物について
理性のない創造龍が作り出した存在であるため
ほとんどが生理機能の不備で死ぬか仮に生き残ったとしても子孫を残せず一代限りの存在で終わる事がほとんど
しかし極まれに生き残り繁殖する種族もいる
スケイラー
危険度B(危険ではあるがある程度有効な対策アリ)
トカゲと木が混ざって変異した怪物
生態系の頂点に位置する
二足歩行の鱗つき熊といった風体をしている
鱗のせいで異様に頑丈な上
半分木であるためか怪我にも並外れて強い
腕力は言わずもがな
脚力も山道で時速40kmをだせる程のパワーを誇る
しかし体温調節機能に重篤な欠陥を抱えており
夜は体が冷えてマトモに動けない上
太陽が出てからも動けるようになるまで数時間かかる
かといって運動をしすぎて熱が溜まっても動けなくなるため
実は10分〜15分程度しか全力で動けない
なのでその間どうにかして凌げば対処可能
ハイブビースト
危険度A〜C
夜行性の獣
ラクダとハエとサソリが混ざって変異した怪物
ラクダの頃に存在した背中のコブは穴の開いた肉塊で
手足はサソリめいたグロテスクな形状
夜行性とはいいつつ昼夜関係なく自身が動くことはほとんどない
コブから出るフェロモンで肉食昆虫を操りそれによってエサを得る
昼でも普通に活動できるが天敵のスケイラーに目を付けられたくないのでやらない
サソリ由来の巨大なハサミを持っておりそれを用いて地下に昆虫用の巣を造営している
また、手駒の虫自体も自身で産んでいる
虫を産む為の産卵機構は本来の生殖器とは別にオスメス関係なく存在しているが、メスの生む虫の方が微妙に大きく強い
出来損ないのキメラのような見た目をしているが知能は非常に高く
弱った獲物にしか手を出さない(出させない)
なのでそこを弁えてさえいれば対処は比較的容易
しかしそもそも万全の状態でも貧弱な人間の場合
弱っていなくとも襲われる場合があり油断は禁物
>>742
戦闘回の前半はオーソドックスな能力バトル
後半はジャンプラのダンダダンのような変わり種のような感じにする予定なので
楽しみにして頂ければ幸いです!
>>739
※
プアナム達の住む里に戻ると、彼女と同じような見た目をした人らが準備をしていた。里の皆で集まって準備を行い、明後日には歓迎の催し物をしてくれるそうだが……数は二十と少し、目視で数えきれる程度。子供に至っては二人しかいない。
わざわざ今ウソをつく意味はないので、本当にこれで全員なのだろう。
シロは里で久方ぶりに身を清め、食事を取る。里の空き家に案内され、そこで眠る様に言われた。
里の建物はどれも巨大な木の枝から果実の様にぶら下がっており、一度木を昇らなければ中に入ることが出来ない。恐らくは、怪物が侵入して来ないようにする工夫なのだろう(里には怪物を退ける結界が張ってあるのだが、たまにそれを突破してくるのがいるそうだ)。
建物はそれほど広くない。住めて三人……頑張っても四人といった所か。木にぶら下がっている割には、歩いても特段揺れなどは感じられない。そういう魔術をかけているのだろう。
内部には生活感のある家具が置かれたままになっている。形が元の世界のモノと大分異なっているので確かな事は解らないが、シロが見る限り割と最近まで使われていそうだ。人の住まなくなった家は急速に寂れて行くそうなので、最近まで人の住んでいた家を客人用として選んだのであろう。
シロは小さく伸びをして、ベッド?(床に四本支柱を立てて水平にハンモックを張ったようなモノ)に身を横たえ────
>>744
「……これは」
ベッドの下に古びた日記帳を見た。
シロは日記を一度手に取り、肩をすくめながら元の場所に戻す。好奇心で他人のプライベートを覗き見るのは流石に趣味が悪すぎる。
────元の場所に戻す時、偶然のいたずらによってページがめくれた。
そこには『妻が怪物に食われた。一矢報いに行く』とだけ書かれていた。
「……」
何処から吹き抜けた隙間風がビュウビュウと、恨み言とも泣き言ともつかぬ様子で鳴いていた。
※
次の日。シロはラークと共に例のウロにいた。
イオリはもうすっかり良くなって、ふらつかずに歩くことができる。通常であれば寝たきりから回復するために長期間のリハビリが必要なのだが……そこは流石英霊といった所だろう。
「じゃあラーク、イオリちゃんの事は頼んだよ」
「へい! ……しかし良いんですかい? 病み上がりの姉御を護衛するのに俺を使っちまって。そりゃ姉御達にゃ敵いませんがね、これでも俺ぁそこそこ名の知れた海賊ですぜ?」
腕に力こぶを作り黄ばんだ歯を見せるラーク。本気で疑問に思ってるというよりかは、じゃれつくような聞き方だ。
シロは微かに苦笑を浮かべて、
「今確実に信じられるのは、契約があるラークだけだからね。一番大事なイオリちゃんを護衛していて欲しいの」
>>745
といった。
────シロとラークが話している間、イオリは適当な所に腰掛けて二人をジッと見上げていた。普段はやや過剰なくらいに感情豊かな彼女の表情は今や、菩薩様を思わせる微かな苦悩を孕んでいる。
青く長いイオリの前髪が沖波のようにゆるりとのたうち、濃く紅い彼女の両瞳がシロを不意に捉えた。
「シロちゃん、イオリの事も信じて欲しいな」
そういったきり彼女は口を閉ざす。
『もちろん信じているよ』そうシロは返そうとしたが、何故か言葉が出てこなかった。
「…………いってくるね」
結構、こう返すのが精一杯だった。
※
数時間後、シロはプアナムから貰った地図に沿って森を進んでいた。
常軌を逸したサイズの木々、砲弾を打ち込んでもビクともしないであろうそれらは、半ばから融解し倒れ、開けた場所を形作っている。
鼻をつく酸の匂い。
シロは足を止め、目の前の光景を驚愕と共に見据えた。
「……」
プアナム曰く、獰猛な森の怪物達ですらここには近づかない。『アンケグ』がいるからだ。大型動物を持ち上げられる程に発達した長い節足を持つ……大長虫。強大な顎で穴を掘り地下を潜行し、上を通った動物を喰らう。
喰らった獲物の消化しづらい部分、骨や殻などを体内の消化液と共に吐き出す習性があり、それ故にアンケグの巣には酸の匂いが絶えない。
この酸はドラゴンブレスのように吐き出すこともでき、マトモに喰らえば英霊でもタダでは済まない。また原始的な魔術を使うことができる。巨大なムカデめいた外見に反しその知能は比較的高く、魔術のかかった品を収集することを好む。
魔術回路を持つプアナムの同胞死体もアンケグのコレクション対象であり、薬草を取りに里から出た人間などがコレの餌食となっている。
>>746
数百年前に創造龍の力で偶然生まれた怪物であり、森の一角を長らく支配する生態系の絶対的上位者。龍が産んだおぞましき龍モドキ。
それがプアナムの語る、『島から出るための秘宝』を持ち去った怪物の全容。
英霊であるシロといえども容易に勝てないと覚悟を決めた相手。
「……死んでる」
その怪物が、死んでいた。
おかしな格好をした男に殺されていた。紫と黒の縞々模様の服に身を包み、仮面──猫を模したモノ──を被った男に殺されていた。
男は左手にランタン、右手に無骨なレイピアを持っており、道化師めいた服とのアンバランスさが余計に可笑しさを強調している。服の上からでも解るしなやかな筋肉。明確な目的意識をもって形作られた、アスリートめいた筋肉だ。
「こんな森の奥にお若い女性が一人。新手の怪物……ではない。しかし人間でもない……おお、サーヴァントか! こりゃ珍しい! 野良の同族と会えるとは」
レイピアについた血を袖でふき取ると、男は大仰に腕を広げシロに近づいてくる。
「実は私も英霊でしてね! 厳密にいうと『英霊に近しい存在』ですが、これ以上言うと……おっと!」
彼の足元に打ち込まれる銃弾。シロが手元に愛用の銃剣を呼び出し、撃ったのだ。
男は顎を引いてくつくつと笑う。
「中々に熱烈な返答で。まだ私が敵と決まった訳でもないでしょうに」
「アナタ、憑依幻霊でしょ? 前に会った憑依幻霊と魔力の感じが似てるから一目で解った。そっちの実力は身にしみて解ってるから。前回は一応……勝ったとはいえ、油断はしないよ」
「おお、よくご存じで! 一応、憑依幻霊については機密事項なんですが……同胞で漏らしそうなの……暴走して制御を離れた”ハートの女王”、もしくはお喋りなウサギ騎士とみた!」
>>747
「まあ……ウサギ騎士の方だよ」
「なんと!? アレに勝ったと? 召喚されて一年程度の新参で、憑依幻霊として与えられた力への理解もまだ浅かったとはいえ……それを差し引いても割と強い方だったんですがね…………大変な仕事になりそうだ」
最後の部分以外をお道化た声で言い切った男は、手元のレイピアをクルリと回して鞘に収めた。
男が剣を収めたのに応じて、シロも銃の引き金から指を離す。
「ああそうそう、私の名前はチェシャ、チェシャ猫。かの名作文学『不思議の国のアリス』を彩るトリックスターにございますにゃあ。この度は主の命を受け、”願望器モドキ”である『霧払いのランタン』とかいうのを回収しにきた次第でして」
「……私の名前はシロ。目的は大体同じで、シロもそのランタンが必要なんだけど……願望器モドキって何?」
「おや、知らないのですか。じゃあ聞かなかった事にしてください。それはさておき、どうもお互いの目的は競合しているようで。衝突は不可避ということで早速……」
そういって男、もといチェシャはレイピア────ではなく羊皮紙と羽ペンを取り出した。
「宣誓書にサインを」
「……へ? どういうこと?」
「生前に色々とあり、無秩序な闘争って奴が大嫌いになりまして。人と戦う時は誓約書を書いてもらうようにしてるんですよ。まっ、ポリシーって奴です」
「そ、そう……」
>>748
ペースを崩されたシロは誓約書に目を通す。特段魔力などは感じられない。本当にただの誓約書だ。内容も『どちらが死んでも恨みっこなし』という……至極当たり前のことしか書かれていない。
手の中で羽ペンをしばし弄んだ後、シロはやや躊躇い気味に署名した。
「どうもどうも、こちらの我儘に付き合ってくれてありがとう。じゃあ戦いますかね、ボチボチそろそろ、真剣に」
チェシャは署名のお礼とでも言わんばかりに銀貨を親指で一枚弾いて投げ渡し、二枚目を自身の真上に弾き上げ……遡る雷のような剣筋でソレを刺し貫く。
シロの目をもってしてもレイピアを抜く瞬間は捉えられなかった。
距離にしておおよそ五歩分まで距離を取ると、ランタンを安全な場所におき、チェシャはレイピア片手に頭を下げた。抑揚のついた道化師じみた動作で。
「仮面越しにどうも失礼! 改めて、私の名前はチェシャ。剣に長けた我が身ですが、汚い手も積極的に使います……どうかご容赦を!」
頭を上げ、チェシャが裂帛の気合と共に踏み込んでくる。
初手で繰り出したのはもちろん突き……ではなく真上からの振り下し。手首の向きを固定したまま振る、古い剣術のやり方だ。
シロはそれを横に動いて捌き、愛用の銃剣で返しの突きを────
「……痛ッ!?」
額に走った鈍い衝撃により妨害された。シロの額から血が流れ、彼女の視界を少なからず苛む。突きをとっさに横凪ぎの動きに変更してチェシャをけん制しつつ、シロは安全な距離まで下がった。
────今、何をされた? 銃弾や石礫であれば見て避けられたはず。魔術であれば発動に何かしらの予兆があるはず……憑依幻霊としての能力か。つまり能力は『見えない弾を飛ばす』事…………か?
>>749
袖で血を拭い去り、シロは一瞬の内に思考を終える。そして銃弾を三発打ち放つ。
「アン! ドゥ&トロワ!」
急所に飛んで来ていた一発目だけをハンドガード(レイピアの柄につけられた簡易的な盾)で弾き、二発目と三発目を体に掠らせながら前へ踏み込むチェシャ。
再度レイピアを直上に振り上げ放たれたのは……鋭い袈裟斬り。手首を返すことで剣の軌道を操る、オーソドックスな技術だ。
シロは例の衝撃に警戒しつつ半歩退いて銃剣で攻撃を受け止め、お返しに最小限の動作でチェシャの手首を傷つけ、出血を強いる。続けざまにそのまま────
「まずっ……!?」
背中に走る悪寒。死の気配。
目を見開きながら本能に従って体を後ろに逸らす。シロの首元スレスレに斬撃が走り、産毛を斬っていった。
シロはたまらず大きく後ろに飛んで距離を稼ぐ。
────また、動作が見えなかった。銀貨を貫いた時と同じ。おかしい。多分さっきのは袈裟斬りからの切り上げ、それほど高度な技って訳でも無いのに。もしもこんな時……いや、もしもの話はやめよう。今ある手札で頑張らないと。
歯噛みし、冷や汗を流すシロ。彼女の青い瞳が疲労と焦りでかすかに濁る。
「……!」
本能的な危機察知に従い、シロが銃剣を振って『見えない弾』をガードする。『見えない弾』は妙に硬い感触と共にアッサリ弾かれた。
チェシャとシロ……互いの距離はおよそ十歩分。互いに決定打を失い、戦いの中に小休止が生まれる。
>>750
「ねえチェシャさん……そっちの能力はなんなのかなぁ? ヴォーパルちゃんのは『無限再生』だったけど」
「さあ? それは言えません。まっ、正解を当てたら教えてあげますよ。それが真実か保証は出来ませんがね」
猫の仮面を小さくズラし、毛づくろいする猫のように手首の血を舐めとるチェシャ。彼の態度からは確固たる自信があふれ出ている。
対するシロは大きなダメージこそないものの、精神的に疲労気味。とはいえ勝機がないかと言えばそれは違う。
(能力の正体は掴めないけど……真名を見抜くか、憑依の”核”になってる部分を壊せば、憑依状態を保っていられなくなるはず。ヴォーパルちゃんが確かそんな事を言ってた。
真名は見当も付かないけど、核になってるのは多分猫の仮面だね。仮面ってのは人の本質を多い隠すものだし、チェシャ”猫”だし)
良いことだけを考え、力強い意思で己を満たし、シロは銃剣を握りしめる。拳が白くなる程に。弱気な考えが湧いてこないように。
戦いはまだ始まったばかりである。
久しぶりの戦闘回でした
今回出て来たキャラですが、一応FGOのキャラに薄っすらと関係がある感じです マジで薄っすらとですが
チェシャのイメージはディズニー版のチェシャ猫に18世紀辺りのヨーロッパ貴族成分をブレンドして擬人化した感じです
それはそうと、ぶいぱいのライブすんごい楽しみ!
メンバーの身長差を3Dで改めて確認してみたい所存
今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=qz7WxuR6z7o
裏設定
アンケグ
危険度A(極めて危険 対処困難)
D&DというTRPGから七割方設定を引っ張ってきたモンスター。出オチ要因として登場したものの、元ネタではドラゴン数歩手前くらいの強さはある。
おっつおっつ、これまた厄介そうなやつですこったい、ライブも楽しみですねぇ、この前のシロゲームも面白かったせいでイオリンに強運というか突拍子の無さというかを覚えた
>>754
ハイ、結構厄介な敵です
実のところチェシャはかなりの古参の憑依幻霊であり
危険性物わんさかな森に単騎で派遣される位には信頼されてます
もちろん 信用度=強さ と言う訳ではありませんが、危険な任務を幾度となく切り抜けてきた油断ならない敵なのは間違いありません
シロゲームのイオリちゃんはアレ凄かったですね
>>751
「さあ……幕間は終わりですよ!」
チェシャはそういうとシロに向かって深く、体が沈むほどに深く踏み込む。その体勢から繰り出すは抉り込むようなレイピアの突き。防御の難しい一撃。
対するシロは銃剣の先を巧みに回し、死の切っ先を受け流した。深く踏み込んだチェシャが体を後ろへ戻すのに合わせて前へ────
「クッ!」
アゴをしたたかに打ち据える見えない弾。シロは首に力を込めて強引に堪え、銃剣で切り返した。チェシャの体に切創が走る。だが浅い。
口の中が切れて血がシロの喉に絡む。こういう些細な不快が重なればいずれ集中を欠く。このままズルズルいくと危険だ。シロは眉をかすかにひそめ、二歩下がりながら弾丸を放った。一発は相手の方へ、もう一発は────
「今更この程度……なっ!?」
頭上の枝へ。
今シロ達が戦っている場所は森の中。打ち落とす枝はふんだんにある。落ちた枝が行く先は当然チェシャの上。自分に向けられた弾をかわすのに一手使った彼はソレを避けられない。絡み合った枝葉が動きを一瞬止め、彼の視界を塞いだ。
シロは近くの木を蹴って跳ぶ。頭上から銃剣で刺しにゆくために。相手からこちらがほぼ見えていないとはいえ、正面からバカ正直にいけば流石に反撃を────
「ッ!?」
ホンの一瞬、目の前の枝が不自然にチラつき、直後レイピアの刃が上空のシロを正確に狙って突き出された。
シロは辛うじてそれを避けて着地し、その勢いのまま体を沈めて強烈な足払いを繰り出す。つま先がチェシャの足首に当たる。木製バットのスイングめいた乾いた打撃音。骨がひび割れた音。
>>756
足首を蹴られたチェシャはどうにか倒れるのを耐え────ようとはせず、蹴られた際のモーメントに体の勢いを付加して回転、枝を振り払いつつ立ち上がる。
そのままレイピアを構え直し、突く。動作が見えない。時間が跳んでいるのかとすら思えるほどの奇剣。シロが辛うじてかわし、銃剣で薙ぎ払いつつ距離を取る。
小休止。
シロは銃剣を握り締めながら歯嚙みした。しかし結果として受けたダメージが多かったのは、チェシャの方である。
「これは……中々に痛烈ですねぇ。ハハ」
歩く度にチェシャを襲う激痛。それでも彼は抑揚のついた動作で肩をすくめて笑った。己の感情を瞳に秘めて。
対するシロはかすかに首を傾げた。その瞳にどこか、道化師じみた彼に似合わないモノを見出したのだ。ソレが具体的に何なのかまでは解らない。シロは浮かびかけた疑問を振り払うように目の前の闘いへと意識を戻す。
────それなりに良い蹴りを入れたが、こちらも完全に無傷とはいかなかった。まぶたの上を浅く斬られた。ほんの少しずつだが目に血が入り始めている。だがそれを差し引いても得られたモノは大きい。
先ほどの攻防を通じてシロの中で一つの仮説が立っていた。見えない弾、動作の見えない突き、そして先の不自然なチラつきと見切り。これらの事象を合わせれば一つの答えが見えてくる。
痛みでチェシャの表情がかすかに歪んだ瞬間、シロは銃剣に残っていた弾丸を決断的に全て吐き出した。地面に向かって。
辺りに立ち込める土煙。
「……」
シロは重い槍となった銃剣を魔力に戻して収納し、ナイフを呼び出した。ばあちゃるに持たせていたモノと同じ型。とにかく折れづらく、滑りづらく、信頼できる一振りだ。
>>757
爆発的に間合いを詰めて飛び込み、一撃。あえて足を乱雑に運んで土煙を絶やさないようにする。
チェシャは足を止めてシロの攻撃を右手のレイピアで打ち払い、左手から『見えない弾』を打ち出し────
「やっと見えた」
それを掴み取られた。
「……ありゃりゃ、種が割れちゃった感じですかね?」
これまでシロを的確に妨害してきた見えない弾の正体。それはただの石礫であった。左手に石を握り込み、指で弾き飛ばしていたのだ。もちろんただ飛ばしていた訳ではない。
シロの攻撃。
「うん。チェシャの能力は多分『透明化』でしょっ? それも割と融通効く感じの透明化」
土煙が揺らぐ。チェシャの反撃、息を付かせぬ五連刺突。シロは揺らぎを頼りにそれを避け、受け止め、往なし、弾き、最後に切り返す。
五連撃の中に先ほどまで散見された『動作の見えない攻撃』は一度もなかった。
「じゃあ私の攻撃……パッと繰り出す不思議な斬撃の秘密もお解りで?」
「解るよ」
────人間には攻撃の”予兆”というモノが必ず存在する。
個人個人で微妙に違うソレを読み取って対処するのが防御の基本で、その予兆を可能な限り減らすのが攻撃の基本だ。
だが一部の極まった達人はそのセオリーを無視する。予備動作ゼロの攻撃…………無拍子。
ソレを強いて例えるなら『虚空から唐突に飛来してくる弾丸』のようなモノである。神代の英霊でもなければ見切ることなど不可能。
当然その域に達する人間はほぼいない。凄まじい才能のある人間が生涯を捧げればもしかしたら……というレベル。
だがチェシャは、憑依幻霊として与えられた『透明化』スキルで疑似的にだがそれを可能にした。
>>758
「体の一部を透明化させてたんだよね。攻撃の予兆として動く部位だけ厳選して、透明化させる時間を凄く短くして、バレないように」
シロの切り上げ。体全体を使って振り抜く重い一撃。チェシャは無事な方の足で円を描くように体を動かし往なす。
────攻撃の予兆を知覚するのは眼球で、ならば予兆となる動きを透明にして、見えないようにしてしまえば疑似的な無拍子ができあがる。剣を極めるよりはずっと楽だ。
だが決して安易な業ではない。透明化させるタイミングが攻撃の予兆とズレれば無意味だし、透明化させる時間が長ければすぐに種が割れる。
チェシャは召喚されて憑依幻霊となってから、膨大な反復練習によってこれを身に着けた。手の皮が剥け、腕が動かなくなるまで努力した。自分を召喚した主や幻霊仲間の見ていない所で密かに努力した。
『優雅な道化師』たる自分に泥臭い努力など似合わないから。だけど主の”望み”は絶対に叶えてやりたいから。
「正ッ解! そう、私に憑依幻霊として与えられた力は透明化! 透明化させる対象は自由自在、そして透明化させるスピードは超絶的ッ! ご存知でしょう? アリスインワンダーランド、神出鬼没のチェシャ猫を。自在に姿を消し、自在に現れるのですよ。チェシャ猫というのは。
まっ……透明化させられる”体積”は大きめの猫一匹分だけなんですが。でもこういう”ズル”が出来ちゃうんだから、それくらいの縛りがないと強すぎるんですよ」
>>759
砂煙の中、チェシャはニヤニヤ笑いながら巧みに剣を操る。自分の能力が見破られているのにも関わらず。
────いかに巧みに透明化を操ろうと、チェシャの動きに応じて対流する土煙までは誤魔化せない。そして不定形の土煙まで透明化させるのは流石に無理だろう、というのがシロの算段であり、実際それは読み通りであった。
唯一読み違えがあるとすれば、それはチェシャへの対処。能力さえ攻略すれば押し切れると無意識に踏んでいた事。
「それにこういう事も……出来ちゃいますしねッ!」
まぶたから垂れた血がシロの目に入った瞬間、チェシャはおもむろに手をゆらりと動かし────そしてヒビが入った方の足でシロを蹴り上げた。不意を打つためだけに。
つま先が顎を捉えて脳をしたたかに揺らす。
チェシャ。真名はチェシャ・フルート。『主』が最初に召喚した憑依幻霊であり、最も忠義深きもの。
シロの体が後方へぐらりと傾き……
「ッ……フゥッ」
終幕とはならず、シロによる反撃の頭突きがチェシャの顔面、ひいては彼のつけている黒猫の仮面に突き刺さり、それを割った。
当初シロが憑依の核と踏んでいた部分はこれで破壊できたことになる。
────シロはブイデアのリーダーで世界の命運を背負っている。そう簡単に負けはしない。負けてはいけない。チェシャはそれを知らず、故に彼女の限界を読み違えた。
「ああ残念。”そこ”は核じゃあ────」
チェシャの言う通りその憑依は解けていない。
彼は努めて軽薄さを保ちながら勝ち筋を冷静に────
>>760
「やっぱりそうなんだ。透明化の力を知った時から思ってたんだよね、シロなら絶対弱点は透明化で隠しとくのになって」
取り戻す間もなく致命の一手をシロから叩き込まれた。滑るように回りこまれ尻の辺りに刃を通された。
これまでずっと透明化によって隠されていた憑依の”核”……紫縞模様のシッポが切り飛ばされ、地に落ちる。
チェシャの紫縞模様の服がプウと膨らみ、クラッカーめいた音とカラフルなリボンを伴って弾ける。弾けた後には誰もいない。
シロが怪訝に眉をひそめた次の瞬間……木の枝上に彼はいた。チェシャは足の半分ほどの幅しかない枝の上でクルリと回る。
「どうも、どうも! 真の姿で改めてご挨拶!
18世紀フランス国民の皆々様方に愛されし芸術の一つ、コメディア・デラルテ(予め決まったキャラクターたちが演じる即興劇)の演じ手、劇団チェシャ! 私は座長兼、用心棒兼…………アルレッキーノ役。チェシャ・フルート。
私の演じるアルレッキーノ、その性質はトリックスターの道化師! 否! トリックスターというアーキタイプの原型こそがこれ、アルレッキーノですよ」
バク宙を決めつつ枝から”軽快に”飛び降りるチェシャ。
「なんで……」
「おや、知りませんでしたか? 憑依幻霊から憑依が剝がれる時……存在が切り替わる事によりある程度傷が治るのですよ。まっ、流石に限度はありますし、もちろんスペックの低下はさけられませんがね」
そう嘯く彼の体には、傷一つなかった。
久しぶりの投稿です
学業で消費した体力を配信の視聴でどうにか補う毎日です
コメディア・デッラルテについて
決まったキャラクターたちによって演じられる即興劇
トムとジェリーのような黎明期アニメの演劇版みたいな感じ(というかアニメがそっちの流れを汲んでいる可能性もある)
■■劇団の○○役は基本的に××さんが演じる、といった風に役者ごとに演じる役が固定されいたらしく
そこら辺割とvtuberにも通じる感がある
有名なキャラとしては
アルレッキーノ:
別名ハーレクイン、アルルカン
道化師というキャラのご先祖であり、道化師衣装もアルレッキーノの衣装が元になったとかなってないとか
性格としては気まぐれでずる賢く、しかし悪人ではない
社交的でロマンチスト
黒猫の仮面をつけて演じられることが多かったらしく、チェシャが猫の仮面をつけていたのもこれが理由
あと物凄い頻度で西洋絵画の題材になってる
確かピカソもアルルカンというタイトルの絵を書いている
コロンビーナ:
理知的で活発な女使用人
アル×コロのカプで有名らしい
今回のbgm
https://www.youtube.com/watch?v=DZfNAObp-bo&t=168s
>>760
文章に拙い所と間違いがあったので一部書き直し
「やっぱりそうなんだ。透明化の力を知った時から思ってたんだよね、シロなら絶対弱点は透明化で隠しとくのになって」
判断する間もなく致命の一手を、背後に回り込んだシロから叩き込まれた。
これまでずっと透明化によって隠されていた憑依の”核”……紫縞模様のシッポが切り飛ばされ、地に落ちる。
チェシャの紫縞模様の服がプウと膨らみ、クラッカーめいた音を伴って弾けた。弾けた後には誰もいない。
シロが怪訝に眉をひそめた次の瞬間……木の枝上に彼は移動していた。チェシャは枝の上で深々とお辞儀を行う。
「どうも、どうも! 真の姿で改めてご挨拶!
18世紀フランス国民の皆々様方に愛されし芸術の一つ、コメディア・デラルテ(予め決まったキャラクターたちが演じる即興劇)の演じ手が一人! 私はチェシャ一座所属、用心棒兼…………アルレッキーノ役。チェシャ・フルート。
アルレッキーノとはすなわち、劇をかき回すトリックスター。自由気ままな道化師に御座います!」
バク宙を決めつつ枝から”軽快に”飛び降りるチェシャ。
「なんで……」
「知りませんでしたか? 憑依幻霊から憑依がはがれる時……存在が切り替わる事によって傷が治るのですよ。もちろん限度はありますし、憑依がなくなる事によるスペックの低下はさけられませんがね」
そう嘯く彼の体には、傷一つなかった。
>>764
元ネタのアルレッキーノが完成度高い設定だったのでキャラも中々イイ感じになりました
ちなみに裏……と言う程でもない設定ですが
チェシャが死んだのは丁度フランス革命真っ只中の頃だったりします
>>761
「そしてこれはもうご存知かと思いますが……実のところ、憑依が解けて初めて使える力というのがあるのですよ。どうか油断なさらぬよう。
”来たり至るは二人の役者。至り来たるは無数の目。喝采。薪の原に我ら立つ。もつれた糸と意図をより紡ぎ、果てに待つは悲劇と喜劇。定まらぬモノ、貴きモノ、その名は────”」
不穏な詠唱、シロはとっさに相手の額へ弾を打ち込む。チェシャの頭が後ろに倒れ、猫めいた琥珀の瞳が周囲を睥睨し、
「”未来”」
────濃霧が一帯を満たした。
「まずっ……!」
シロは呼吸を抑え、その場から離脱しつつ彼のいた方へ拳銃を撃ち放った。だが銃弾は霧を搔き分け遠く遠くへ飛ぶばかりで、何かしらに当たる気配はない。チェシャにはもちろん、そこら中に生えた木々にすら。
木々のざわめき、下草の囁き、虫の声。森を満たしていたそれらが消え失せる。
入れ替わるように別の音が来る。咳払い、足擦り、そして大勢の話し声。
夕暮れの空。
『即興劇、コンメディア・デラルテの開場です。貴女方が勝った暁には霧渡りのランタンを差し上げますが、どうか皮算用はなさらぬよう』
>>766
チェシャの声が響く。霧が薄れ、周囲の光景が見え始める。
「これは……一体……?」
シロは青い瞳を震わせた。現状になんら対処せず、呆然としながら。
足元に木と釘の硬い感触。パリッとした空気。抑制された土の匂い。シロとチェシャを取り囲む……人間達。
シロは今、野外に組み立てられた舞台劇場の上に立っている。
木組みの舞台はあちこちが赤い布で装飾され、しかしシロから見て正面──舞台の正面にあたる部分──だけは無地の白布がピンと張られ、周囲の人間達とシロを隔てていた。
周囲にいる人間は観客だろうか。かなりの人数。西洋貴族から物乞いまで、様々な時代の様々な格好をした彼らは、身分の垣根なく互いに顔を突き合わせて何かしら囁き合っている。
「ここは私の固有結界、心象風景。これから始まるのは即興劇。演者の心はいつもここにある。解るでしょう? 貴女方も────本質は同じエンターティナーなのですから。ヴァーチャルユーチューバーの電脳少女シロさん」
「……どうしてそれを?」
シロの問いに、チェシャはほのかに光を放つ眼をトントンと指で示して返した。どこか中性的な動作で。踊るように、誘うように。
「なんでも良いじゃないですか。それよりさぁ────早く劇を始めましょう。アナタも出て貰います。もちろん拒否権はありませんよ。なにせこれ、自分ルールを押し付ける為の固有結界ですから。
それと、劇の筋書きに干渉するのはどうぞご自由に。もちろん観客の許す範囲内で、ですが」
チェシャが手を叩く。舞台と観客を隔てていた布が落ちる。鼓膜を割らんばかりの喝采と野次。期待の目でシロとチェシャを見る無数の観客たち。
>>767
シロはvtuberとしての本能で期待に答えようとし、すんでの所で思いとどまった。
────流されてはいけない。合理的でいなければならない。間違えてはいけない。間違える度に周りの人間が傷つく。それは自分が傷つくよりも、ずっと、ずっと耐え難い。
迷いを振り切るため、ナイフでチェシャに切りかかろうとするシロ。しかし体が動かない。固有結界にて定められた、何かしらの禁則事項に引っかかったのであろう。
固有結界は所有者の心象風景を具現化したモノ。扱いは難しいが……発動中は固有結界の法則によって世界が塗り替えられる。
舞台の背景に大道具が立つ。ロミオとジュリエット辺りによく使われていそうな、塔を模したモノだ。
「さぁ御客様方。此度の演目は私、道化師アルレッキーノの快速破滅劇!
……さる貴婦人の寵愛を受けた道化師が一人おりました。貴婦人は大層器の大きいお方で、周囲を太陽のように照らしておりました。その傍らにいる道化師もまた、その光に照らされて……」
低く、伸びのある声。彼はひょうきんな大股歩きで塔へ近付き、塔から顔を覗かせる青い目の女性にかしずく。彼の声も動作も先程までとはまるで別人であった。
劇を始めた瞬間、彼は『チェシャ・フルート』から『アルレッキーノ』に成ったのだ。
パンと塔に光が当たり、女性を照らす。その女性とはシロであった。塔が生えた時、シロはその場所に移動していた。固有結界の力によって。
「羨ましい道化師だぜ!」「器の大きい貴族って、なんか肉嫌いの狼みたいな話だべ」「流石にそれは酷くないかしら……」
>>768
レトロなパンクロック風革ジャン男、頬のこけた百姓、王冠風の赤帽子を被ったお嬢様。観客の三人が語り合う。この三人は”劇”の常連仲間である。
チェシャ……否、アルレッキーノは彼らを見て緩やかに笑う。
「しかし! 道化師は足るを知らない愚か者でした。ただ寵愛を受けるだけでは嫌だ、その光を我が物にしてしまいたい。そう、道化師は────貴婦人を力づくで我が物にしようと考えたのです。到底上手く行くわけないと、そんな事すら分からずに。
そも、その野望すら貴婦人を良く思わない人間に吹き込まれた物。仮に上手くいったところで、道化師の心は満たされなどしない。故にその末路は破滅だけ……もちろんその破滅がいつになるかは、まだ解りませんが」
「そんな願いを抱けるなんて……恵まれた人だべな」「借り物の野望ほど虚しいモンもねぇぞ」「どんな願いでも私は貴いと思うわ」
アルレッキーノが剣を取り出す。それは過剰に装飾された、刃のない剣であった。剣と言うモノから一切の暴力性を抜き取ったような形をしていた。
「東の果てより来たと嘯く詐欺師より剣を買い、道化師は貴婦人を殺しに……破滅へと走り出す! 携えた剣は愚者をだまくらかすための────否! それは真、魔性の剣!
なんの因果か、偽物の中に本物が有ったのです……まさに呪いめいた奇跡、いえ、魔性を帯びた剣は自ら主を選ぶと言います。きっとそれは、魔剣が選んだ運命だったのでしょう」
舞台の中央に立ち、アルレッキーノは剣をフラフラと振り回す。それはまるで素人が剣に振り回されているようであり、そう見えるように意図された動きでもあった。
>>769
「剣があるなら、魔性のクワもありそうだべ」「クワは知らんけど魔性のギターなら見た事あるぜ」「ホープダイヤっていう魔性の宝石が宮殿にあったわ」
「魔剣が力の代償に求めるのは正気! 遠からず狂い死ぬ定め! それを知らぬ道化師は借り物の野望と力を頼りに、貴婦人の元へ……」
塔の大道具が引っ込み、舞台の背景が切り替わる。ほどほどに豪華な室内へ。とても清貧とは言えないが、かと言って居住性を損なうほどの装飾はない。
アルレッキーノは胸に手を当て、傲慢な、それでいて媚びる色も混ざった声を出す。
「おお、貴婦人様! 私の光! 私のモノになって頂けませんか! どうか、どうかご返事を!」
「…………」
舞台の下手側にアルレッキーノ、上手側にシロ──いつの間にか空色のドレスを着させられている──が立つ。
演劇などでは基本的に上手側にいる役者が善側なので、話の流れを考えれば自然なことではある……ここがアルレッキーノが発動した固有結界の中である、という前提を無視すれば。
>>770
シロは微かに口をすぼめ、思考を回す。
────体が動く。いつの間にか手に剣が握られている。先ほどまで追っていた傷が治っていた。
ここまでの流れを鑑みるにこの固有結界は『相手を劇に引きずり込む』というモノであるのはほぼ間違いない。傷が治ったのは『貴婦人の顔に傷があるのはおかしい』とかそんな理由だろうか……それよりも不思議なのは、こちらが即死するような内容の劇にしなかった事だ。
固有結界の使い手が非常に希少であるため、あまり知られていない話だが、固有結界というのは維持するのが非常に難しい。持続時間はどれだけ多めに見ても10分程度。なので固有結界は基本的に短期決戦を旨とするモノが────
「ああ! なにゆえか、怯えていらっしゃるのですね! 声も出せない程に! でもご安心ください! 私の、この剣であらゆる敵から守……殺して差し上げますから!」
アルレッキーノがそう言葉を発した途端、シロの体が突如として震え出す。まるで怯えているかのように。
彼の発動した固有結界が、その"厄介さ"を徐々に現し始めていた。
感謝祭メチャクチャ楽しみ! リアタイはできないけれど
宝具お披露目回でした
次回でチェシャ戦は畳む予定です
今回のbgm
https://www.youtube.com/watch?v=weRoddfZI-4&list=PLUjwA-Z4c05rAfdrDkQt8ZJP7iohktSIP&index=64
>>771
アルレッキーノは自身の眼前に剣を立て、顔を左右に区切る。左眼を焦がれるように細め、右眼を狂気的にカッ開きながら。
「アナタが何故怯えているか、それは私には解りません。だからせめて、貴女を抱きしめます。怖くないように……そう、胴から切り離された、アナタの首を! 大丈夫。一度も人を斬ったこともない────」
「アルレッキーノ。私の道化師よ、一体どうしてそのように? 貴男は人どころか虫も殺せない、優しい優しい御人であったはず」
道化師の言葉をシロが遮る。生前培ってきた技術による、自分らしさと繊細さを両立した演技で。
────イオリが昏倒して以降、シロは二度と選択を間違えまいと常に意識している。慎重に、合理的に、仲間が傷つかないように。相手と状況をつぶさに観察し、考察し、理解し、確実に勝利する。直感等の不確かなモノには極力頼らない。彼女が一人で葛藤した末にたどり着いた最適解。慎重さはソレを遂行する上で重要なファクターとなる。
だがしかし、慎重さを捨てなければならない場面というのはどうしてもある。それが今、この時。差し迫った危険に対しては早急に対処せねばならない。例え次に打つべき最善手や、固有結界の全貌すらまだ解らないとしても。
>>775
「あ、喋った」「あの女優さん、声通るわね」「体幹ガッツリ鍛えてる動きだぜありゃ」
剣で目元を隠し、観客の方を向いたまま足を止め、アルレッキーノが口元を大きく歪めた。遠くから見てもそうと解るくらいに大きく。
「運命が私を導いて、それに逆らわず進んでこうなった。だから貴女を私だけの物にして……その後は……そうだ! 皆を殺しに行くんです! 私とアナタの間に誰かが割り込んだりしないように!」
「……そうですか。我が道化師よ、シ……私は今震えるほどに悲しいです。この手で貴方を斬らねばならぬことが。せめて、苦しませずに殺してみせます…………そう……鉄棘の白薔薇と謳われた、私の剣術で」
シロがそう言うと震えは止まり、手の中に剣が現れる。柄に薔薇の意匠を象った……白塗りの細い模擬剣だ。シロはそれを静かに構える。胸元に剣を寄せ、平らに寝かせた構え。フェンシングのソレにやや近い形。
(……やっぱり。多分ここでは”役者のセリフに合わせて現実が書き換わる”んだ。まだ断定はできないし解らない事もいくつかあるけれど。やけに改変の仕方が控えめなこととか…………やり過ぎると反動があるのかも)
アルレッキーノは呼応するように、顔を覆っていた剣を突き付ける。露わになった彼の眼は……左右どちらも狂気に染まっていた。
観客たちが息を呑む。
「ならば私は、この剣でそれを断ち切ってみせましょう! 白薔薇様! アハハッ!」
そう言い切るやすぐさま襲い掛かるアルレッキーノ。飛びあがってからの振り下ろし、その勢いのまま身を伏せ、その体勢から獣めいた動きで突きを放つ。シロは振り下ろしを半身になって捌き、突きに剣先を合せて逸らし────後頭部に打撃を受けた。
>>776
アルレッキーノが突きを逸らされた勢いのまま飛び上がり、空中でカンフー映画のワイヤーアクションめいた回し蹴りを放ったのだ。
シロは蹴りの衝撃を前方に跳んでいなし、距離を取り、空中で体を捻ってアルレッキーノに向き直る。跳んだ勢いのまま脚をたわめ、解き放ち、爆発的に直進。強く深く踏み込み、打ち放つは袈裟斬り。玄人好みの研ぎ澄まされた一撃。
対するアルレッキーノ。彼は曲芸めいたイナバウアーで斬撃をかわし、のけぞったまま剣を床に叩きつけ、剣先を支点に縦回転する。アクの強い玩具じみた非現実的挙動。
縦回転の勢いでアルレッキーノはアゴを蹴り上げる。シロは腕でそれをガードするが、衝撃を殺しきれず頭がのけぞる。だが彼女とて特異点で実戦経験を重ねた戦士、アルレッキーノの蹴りを強引に掴んでブン投げた。
「……白薔薇様の鼓動を感じます。トクン、トクン。斬ったらどんな音に変わるのでしょうか?」
本来であればしばらく動けなくなるほどの、受け身許さぬ強烈な投げ。だがアルレッキーノは糸の切れた人形のような動きですぐさま起き上がり、奇怪な剣技を繰り出した。
それは剣をペンやヌンチャクめいて体の周囲でメチャクチャに回し、刃を相手に叩きつけるという、剣を用いた舞踏と呼称すべきモノ。本来であれば防御する必要すらない軽く鈍い斬撃…………だが、この固有結界の中では違う。
アルレッキーノの攻撃は不可解な”重み”を帯び、明確な脅威となって襲い掛かる。
シロはそれに対して堅実な対処を重ねる。往なし、かわし、防ぎ、絡めとり、最小限の動きで反撃を────
「ッ!?」
>>777
しようとした瞬間アルレッキーノが剣を真上に放り投げ、回し蹴りを放った。ハイキック気味の鋭い蹴り。シロは非現実的な軌道で10mほど吹っ飛ばされる。
互いの距離が開く。
小休止。
「すごっ」「おお……」「アクション映画みてぇだ」小声で反応する観客たち。
「……うん」
────小休止を思考に費やし、シロはいくつかの疑問を脳内に吐き出す。
何故、攻撃を受けたはずなのに痛みを感じない?
何故、相手にもダメージを受けた様子がない?
ダメージの蓄積がないとしたら、勝敗の条件はどこにある?
考えるのを止めてはならない。考察、理解、勝利。それが重要だ。
『舞台に血は不要』
アルレッキーノがホンの一瞬観客に背を向け、口の動きだけでシロにそう伝え、そしてゆるりと身をひるがえす。黒猫の仮面──荒々しく歪んだ木彫り──を顔につけて。
「アハハ! 白薔薇様……白薔薇様! 私の行為を、受け入れて下さらないのですね。遠くから、ハハ、終わりの音がもう聞こえてきます。蹄鉄の音、鎧と剣のぶつかる音! きっとアレはアナタの騎士様、にっくき婚約者ァ!」
────シロはアルレッキーノの言葉に反応せず、深く考え込んでいる。
彼はそれに対して少しぎこちない笑みを周囲に振りまくことで応えた。
(この調子でいけば勝てる。主様に霧渡りのランタンを献上できる。固有結界を使う羽目になったのは…………少々想定外ですが)
この固有結界の最たる特徴は『発動者と相手を即興劇に役者として引きずり込み、その中での勝敗を現実世界に適用する』というモノ。実に強力である。
加えて、役者がセリフと演技を通して設定やストーリーを宣言すれば結界内の世界が書き換わる。
>>778
大まかにまとめればこれだけの話。だが、
・相手のセリフを無理に否定する行為、劇を破綻させる行為は結界によって阻害される。(シロが序盤動けなかったのはそのせい)
・観客に危害を及ぼす行動も当然禁止。
・無理のある設定やストーリーでは世界を書き換えられない。
・宣言した設定に沿った戦い方をするほど動きに補正が入り、冗談めいた動きも可能となる。
・設定に無理があるか否か、どれだけ設定に沿っているかの判定は観客たちの集合的主観。
・観客の人気を引き込めば動きの補正は増し、多少無理のある展開や設定でも通るようになる。
・観客は『生前演劇をある程度以上好んでいた』事を条件に様々な時代・場所の英霊や幻霊を無力な霊体として固有結界に呼び込んでいる。
・舞台にいる内は如何なるダメージも演劇上の演出として無効化され、最終的な勝敗はストーリーの流れ等を汲んだ上で観客たちが判断する。もちろん攻撃を多く当てた方が勝者と判断されやすくなるので戦闘技術が一切無意味という訳ではない……が、高い技術に基づいたモノよりも派手でアクロバットな方が贔屓されやすい。
このように細かいルールがいくつも巻き付いて結界のルールを複雑化させている。そしてこの固有結界の厄介な点は、この”複雑さ”そのものにある。
結局のところ『観客からの人気を得たものが有利を得る』というのが要点であり、他はそう重要ではないのだが……シロがそれに気付くのは至難の業だ。なにせ、固有結界が発動される直前まで殺し合いをしていたのだから。
「騎士が来る前に、終わらせてしまいましょう。そしたら、アナタの骸と共に行きましょう…………どこかへ。ずっと一緒にいられる、どこかへ」
「……」
>>779
────シロは考える。深く、より深く。頭の中で仲間の顔と言葉がリフレインする。ピノ、双葉、牛巻、あずき、すず、ばあちゃる、イオリ。それと一応ラークも。
しつこくリフレインされる、”あの言葉”。シロの心に刺さって抜けない棘。
”殺し合いと劇は違う”、文字にしてしまえば至極当然の話。だが……その二つが固有結界でシームレスに繋がる事で相手は錯覚を起こす。
敵に勝とう、敵の動きを見逃すまいとして、真に重視すべき観客から視線が離れる。派手でエモーショナルな行動が力を持つ”劇”という場に、戦場の冷たい鉄臭さを持ち込んでしまう。前提を間違えたままズルズルと不利を重ねてしまう。
相手の思考、そのベクトルを狂わせる。故に深く考えれば考えるほど相手は正解から遠ざかってゆく。
無論、”フィーリングで物事を考える手合い”にはあまり通じない手立てではあるが、その場合は主から与えられた『部分透明化』の力で封殺する。あちらは逆にロジックを重ねて思考しなければ能力のタネは割れず、タネさえ割れなければ非常に強力である。
二段構えの心理戦。それこそ彼を憑依幻霊として今日まで生き残らせた────
「いいえ、それは出来ません。なにせもう……騎士様が来てしまいましたから。私の愛しい騎士、婚約者である────卿が」
シロが唐突に口を開く。祈るように瞳孔を細めながら。アルレッキーノの方を見たまま。
舞台の木台が軋み、新たな役者を迎え入れる。
南の海めいた青髪。夜と夕暮れの境を閉じ込めた瞳。嫋やかな美と明朗快活な美が共存した顔。
役者の名は────ヤマトイオリ。”フィーリングで物事を考える手合い”の最たる例。
「シロ……薔薇様。イオリの事、信じてくれたんだね」
今回メチャクチャ難産でした
やりたい事詰め込めるだけ詰め込んだら今回で終わりませんでした
シロちゃんの生誕祭めちゃんこ楽しみ
今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=Jfo-kRN9PeE
おっつおっつ、面白くなって参りました、ストグラとか見てるとイオリンてマジで周りを巻き込みつつゴーイングマイウェイするからなぁ。しかも許せちゃうし。
>>780
「……うん」
シロは、はにかみながら頷く。
これまでのシロは自分だけで全て解決しようとしていた。だがそうすること自体が無謀であり、仲間を傷付けていると自覚した。その経緯をこれ以上語るのは……無粋であろう。
「俺ぁもっとロックな女優がいいな。顔面白塗りで歯を黒に染めてる感じの」「歯を黒、顔を白……ジャパニーズ貴族が好みなのね!」「多分違うべ」
「イオリ卿、ここに来たなり! 騎士の誓いにのっとり、シイタケ流剣盾術によって白薔薇様の敵を! 倒さん!」
玩具の剣を振り上げ、珍妙な流派を名乗るイオリ。しかしその声に曇りなし。観客らの承認を受けて舞台上に改変を齎す。
イオリの和装ドレスが赤白の姫鎧になり、シイタケめいた十字模様の入ったバックラーが左手に生成された。盾も鎧も見栄えだけのフェイクだが、ここではフェイクが力を持つ。故に────
「悪ら、悪い道化師よ! イオリの剣を受けてみよ! シイタケ流十字撃!」
存在すらしない流派の技を、流麗に繰り出すこともできる。
掛け声と共にイオリの剣が垂直に振り下ろされ、その隙を補うようにバックラーのフチを用いた横なぎ。アルレッキーノは反射的に振り下ろしを最小限の動きで避け、イオリの横なぎにミニマルな回し蹴りを合わせた。
足と手ではパワーが全く違う。通常であれば当然蹴りが勝つ。
だが彼の蹴りはバックラーに弾かれ、そのまま吹き飛ばされた。合理的な動きよりも、観客を楽しませる動きの方が強い。この固有結界におけるルールだ。
>>784
「……!」
それを最も理解していたはずのアルレッキーノがルールを失念したのは、彼の胸中にて渦巻く動揺が原因であろう。
……あのタイミングでイオリが呼び出されたこと。そして、そうなった経緯がもっとも彼を動揺させていた。
この固有結界は即興劇の概念を基盤としており、役者であれば劇の流れに矛盾を起こさない範囲で事象を改変できる。当然さっきのような「固有結界の外にいるイオリを騎士役として呼び込む」という行為も不可能ではない。だが、シロには出来ないはずであった。
大きな改変をしようと思えば、観客の支持が必要になる。あの時の彼女は固有結界に翻弄されて支持どころではなかった。
それでもシロが「登場人物の追加」という大きな改変を行えた理由は────
(不覚……!)
アルレッキーノ自らが起こしてしまった、矛盾。
劇の序盤では「これが終わったら皆を殺しに行く」といいつつ、イオリを呼び出される直前に「ずっと一緒にいられる、どこかへ」と、人のいない場所にいくかのように示唆してしまった。
矛盾は疑念を呼び、疑念は支持を失わせ、失われた支持は相手に集まる。
こうなった理由は解っている。勝利を確信して気を抜いてしまったことだ。
言い訳をしようと思えば出来る。実際、短時間で能力のタネを見抜き、即座に対応策を打ってきたシロに対し勝利を急いでしまうのも無理はない……だが、失態は失態。
「イオリ卿だけに戦わせては白薔薇の名折れ!」
畳み掛けるように剣を構えて突貫するシロ。
対するアルレッキーノはどうにか動揺から脱して役に戻り、狂気めいた笑い声をあげながら倒れ込み、四つ足の極低姿勢から剣を執拗に突き上げる。狂った道化師という役に沿った攻撃……だが押し切れない。
>>785
「……なぜ私を選んでくれない! 私はずっと、ずっと白薔薇様に仕えてきたというのに! 答えろ騎士! イオリ卿!」
「選ばれなかったのは…………選ばれなかったからだねぇ! シイタケスタンプ!」
「思いつかなかったのね」「即興劇あるある」「実際こういう質問ってどう答えれば良いんだろうな?」
物理法則を無視した挙動で飛び上がり、バックラーを前面に構えたイオリが斜め方向に落下。アルレッキーノに衝突してまた吹っ飛ばす。
ふっ飛ばされた彼はそのまま連続バク転して着地。その回転力を使ってコマのように横回転、手首で剣を回すことで回転速度二倍。
「……もういい! 全て切り刻んでやる! これで終わりだ!」
自身を剣竜巻に変え、二人に迫る。隠しきれない自嘲の笑みを口元に浮かべて。
「シロ……薔薇様ぁ! どうか、どうか私と一緒に! 剣を!」
「一緒に!」
「そろそろ終わりかぁ」「また来たい!」「次はミステリーモノの即興劇とか見たいべ」「即興でミステリーは無謀じゃねえかな……」
イオリが勢いよく手を差し伸べ、シロはそれを固く握る。終わりを悟った観客たちのざわめきが徐々に大きく、強くなる。
「今回も良かったわよチェシャ! もちろんゲスト二人も!」
天真爛漫な表情を浮かべ、動きをリードするイオリ。シロはリードに身を任せる。
これからイオリが何をするかシロは知らない。だが知らなくても問題ないと、それで大丈夫だとシロは思った。
>>786
二人は社交ダンスめいて優雅に、力強く回る。片手で相方を、もう片方で模擬剣を握ったまま。混ざる白と青。イオリがそれらしい曲を鼻で歌い、シロが合わせる。
どう踊れば、どう歌えば観客の心を掴めるのか二人は解っている。二人はかつて……vtuberでもあったのだから。
「おお……」「劇はやっぱ歌と踊りよ」「奇麗ね……」
観客らの応援が集まり、シロのスキル「応援を力に変える」が発動。サイリウムチックな光が回る二人を包み────光の渦に変えた。
ついでにどういう訳か舞台にキノコが生え出す。
「シロ……薔薇様! やっつけちゃおう! 私達の……愛で!」
「うん!」
「この私がッ! よりにもよって私以外に向けられた白薔薇様の愛に! 負けるなど認められなァい!
私が一番あの方を愛している! だから私が一番愛されるべきなんだ! 私が! 私がァ!」
剣の竜巻と光の渦がぶつかる。
……派手さと説得力が強弱を決めるこの場において、彼我の差は絶望的。それでもアルレッキーノは少しの間だけ拮抗してみせた。
それはきっと、彼の意地が起こした奇跡なのだろう。だが結局、勝敗は覆らなかった。
「なんで……私は愛されない……」
アルレッキーノが力なく倒れ、悲しみを乗せた声を響かせる。側には折れた剣、割れた仮面。彼の目は泣き腫らして真っ赤になっている。それを見下ろす二人。
一方的な愛を押し付け、借り物の力にすがった道化師。それを愛の力で倒した姫と騎士。劇の幕引きにはもう十分。後は道化師が二三言独白をして、それで終わり。
だが────
>>787
「道化師よ。それはアナタが……私を見上げるばかりだったからです。求愛する時ですら『私の光』という人と、どうして愛し合うことが出来ましょう?」
「……そうか。愛とは与え合うもの。対等なもの。故に、自分を人として見ない相手と愛し合うことは出来ないと……」
「そういうことです」
シロは最後の最後……勝つためではなく、劇に花を添えるため行動した。彼女なりの敬意であった。
それを察したアルレッキーノはスックと立ち上がり、猫めいたニマニマ笑いを口元に浮かべる。そして、観客に向かって深々と頭を下げた。
「最期までご覧頂き、ありがとう御座います。身の程知らずの恋に狂った道化師はしかし、心の奥底で身の程を弁え……貴婦人を崇拝していたが故に拒絶されました。
最期にそれを知れたのが、彼にとって幸福であったか否か。それは解りません。ご自由にご解釈下さい。では…………さようなら!」
「ブラァブォ!」「お疲れ様!」「今回はアクションが凄かったべ」「メタルロックがあれば100点だぜ!」「ロックと演劇は食い合わせが悪くないかしら?」「アンコール! アンコール!」「よい余興であった!」
万雷の拍手に包まれ幕が下りる。劇が終わり、固有結界が解けて現実に戻る。
幕が降りきるまでの刹那、チェシャは観客の一人、王冠風の赤帽子を被ったお嬢様──マリー・アントワネット──に慈しむような視線を投げかけていた。
※
>>788
「さっ、約束の秘宝は勝手に持って行って下さい」
現実に戻ると、そこはやはり……欝蒼と茂る、常識外に木々が大きなあの森であった。獣の気配はない。虫の音すらない。先程までと打って変わって、恐ろしく静かだ。
イオリはここにいない。固有結界から出た時、森ではなく元居た里の方に戻ったのであろう。
チェシャは幹の近くに座り込む。
「……ゴネないんだ?」
「ンッ……フフ、ゴネたいのは山々ですが…………あの固有結界は概念的な勝敗を押し付けるモノ。負けたら渡すと宣言してしまった以上、渡すしかないのですよ」
「ふぅん……シロの質問に答えたりなんかもしてくれるの? 敗北者さん」
シロがそう聞くと、チェシャはニマニマ笑いながら肩をすくめた。緩慢な動きで。
お互い怪我一つないものの、彼の顔は先程までより青白い。固有結界を使って消耗した結果であろう。
「そんな義理はありませんねぇ。でもまぁ、答えたくないこと以外は答えてあげますよ」
「じゃあ一つだけ。チェシャさんたちが仕えてるっていう『主』はどんな存在なの?」
「答えたくない、それが答えです」
「……答えたら不都合がある。それを知れただけで十分だよ」
「なら結構。では最後に一つ、私からの善意をば」
彼は目を琥珀色に輝かせ、座り込んだまま指で銀貨を弾き上げ、空中で掴む。開いた手の中にあったのは銀貨……ではなく銅貨。
沈黙。
風が吹いて枝葉を揺らし、それが止まった頃。シロはふと納得した表情を浮かべ、そしてランタンを持って去っていった。
「さようなら」
「…………ええ」
※
>>789
シロがいなくなって少し後、チェシャは周囲を念入りに見渡して誰もいないのを確認し────
「ゲホッ! ゲホッ、ゲホッ…………ウェ……」
血反吐を吐いた。酸臭い血反吐が腐葉土と混ざり合い、なんとも言えない色になる。
別にどうという話でもない。たかが幻霊が、固有結界などという魔術の秘奥を使うにはそれなりの代償が必要だった。それだけだ。
一応、これまでは”主”のほどこした細工によって「固有結界を用いたとしても、勝ち続ける限りは負荷を次に持ち越せる」というズルをしていたが……今回負けてしまったので、こうしてツケを払うハメになった。
体を構成する魔力を乱雑に徴収され、固有結界が解けた時からマトモに立つことすらできないザマだ。遠からず手も動かなくなるだろう。
────近くに幻霊専門の大病院でもあればきっと助かるのだが、如何せんそんなモノはこの世のどこにも存在していない。
「…………」
>>790
文字通り内蔵をグチャグチャにされるような苦痛を味わい、それでもチェシャはニマニマ笑っていた。最後の最後まで、道化師を演じ切れたからだ。そのお陰で最後の仕事がやれる。
震える手で自身のポケットを探り、何度も失敗しながら一枚の銀貨を引っ張り出した。一見してなんの変哲もないように見えるソレは、これまで収集した秘宝から特別に与えられたモノ。
「西へ東へ遥かな果てへ……届けておくれ。終わる者らの果ての声。不滅を積み重ね、黄金に戻りて語るッ…………銀のスカラベよ」
死に瀕した者の吐息をかけ、祝詞を唱えると銀貨はスカラベに姿を変えた。この蟲は末期の言葉を記録し、蓄積してゆく不滅の蟲。この蟲は必ず「主」が持つ金のスカラベの元へたどり着く。
情報を残す手段としてこれ以上はないだろう。
「負けちゃい……ました。白髪の少女シロと、青髪の少女イオリに。まっ、私より強いのはいくらでもいますが……ッ……一応、一応ね。能力を報告しておきますよ。そっちの方が助かるでしょう?
能力の内容は──────で、スキルは─────です。それと二人以外にも仲間が数人いますねぇ。あっ、流石に私の”眼”でもそっちの詳細までは解りませんよ。そこまで…………万能だったら幻霊になんか収まっていませんからね。ああでも、一つ大事なことが解りましたよ。というのもね……ッ!?」
チェシャの喉から、唐突に鋭い枝が突き出す。ゴツゴツした黒っぽい樹皮の枝。ここらでは生えてない種類のモノ。森の獣共には魔術を使える者も少数いるが、こんな魔術を使えるのはいない。
(ああ……”アイツ”にどっかで細工されてたか。まあ、”聖杯”を調達してきたのがアイツだし、いくらでも細工の余地はあるか。にしても随分、臆病なこと。まだ伝えるべきことが二つもあるってのに、困ったなぁ)
>>791
死の気配を間近に感じながらニンマリ笑い、スカラベの背中を見る。そこには銀貨に刻まれていた絵が色濃く残っている。手をつなぐ二人の若者と、それを仲介する老賢者。チェシャは自身の血で若者の間に線を引き、老賢者の顔にとある模様をつけた。
そこまでやると彼は大地に崩れ落ちた。もはや痛みすら感じていない。痛覚がさっき死んだ。流れる血の生暖かさに、産湯のようだと他人事めいた感想を抱いていた。
走馬灯がめぐる。
────思えば、自分の生涯は実に典型的な幻霊のソレといえよう。18世紀末のフランスで即興劇の役者としてそこそこ名を馳せて、かのマリー・アントワネットにそこそこ気に入られて、そこそこ楽しく生きていた。
気が付くと世情が悪くなっていて、気が付くとフランス革命が起こっていて、マリーアントワネットは死刑判決を受けていた。
裁判はまぁ酷いモノで、だから自分はマリーアントワネットを助けようと色々やった。劇を通じて不正を糾弾したり、助命を歎願したり。それで何人かの心は動かせたが、それだけ。なにも救えなかった。革命を謳う暴徒の群れに殴り殺されて、それで人生お終い。
自分の固有結界が「劇で戦闘の勝敗を決める」という捻くれた効果なのは、この経験故だろう。
だからこそ、今回こうして”誰かを救うために”呼ばれたのはとても嬉しかった。しかも生前はなかった力まで与えられて。
幻霊の我が身に、死は大した意味を持たない。物理肉体がなくなって幽霊に戻るだけ。だがそれでも、懸命に生きたことに意味はある。
(主様、オレィ様……どうかご武運を)
お久しぶりです
院試をどうにか討伐してきました
生誕祭の現地抽選に当たって嬉しみ
裏設定
赤帽子のお嬢様:
英霊(の分霊)。説明不要、マリー・アントワネット。生前からチェシャのちょっとしたファン。衣装の支援とかやってた(昔の絵画に出てくる旅芸人の派手な服は大体貴族のお下がりだったそうな)
百姓の人:
幻霊。かつて、村の窮状を訴えるため命がけで訴状を届けた人間の一人。
自治体に保管されてる資料にギリ名前残ってるかな? くらいの偉人 普通に凄い
貴族とかが割とガチ目に嫌いでマリーに突っかかっていたが、徐々にその人柄に絆されて気がついたら常連仲間になってた
ロック好きの人:
普通の幽霊。ロックフェスの余韻でエキサイトしすぎて死んだ。
幽霊友達がメチャクチャ多い
今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=bJRk5iS8C1o&list=PLUjwA-Z4c05rAfdrDkQt8ZJP7iohktSIP&index=37
おっつおっつ、やっぱイオリンはすげぇや、ストグラとかTRPGとか何かキャラをやらせるとイオリンワールドに引きずり込むもんなぁ、こちらも忙しくて見るの遅れてもうた現地楽しんでくだされ
>>792
※
シロは霧払いのランタンを持って里に戻った。怪物避けの結界を抜ける時、空気が軽くなるのを感じた。
プアナムを始めとした住民らがシロを出迎え、ランタンに向かって黙祷めいた仕草をした。黒い殻のついた顔に複雑な情を滲ませて。
住民らはシロを称えると共にランタンを奪った怪物、アンケグについて多くを聞きたがった。シロはアンケグが倒されていたことに言及した上でその威容を概ね正確に──ウソにならない程度の強調を入れて──伝えた。
彼らはシロの言葉一つ一つに重々しい頷きを返し、話が終わると深く頭を下げた。地に付きそうなほど。
────かつてプアナムは「外を目指した同胞がランタンを持ち出し、海に出ることなく怪物に喰われた」とだけ言っていたが、それだけではないのだろう。多分あえて省略された話があって、その死んだ同胞には仲間以上の意味があったのだろう。
一族に伝わる秘宝であるランタンを渡すと言って、怪物のいる場所を教えたのはただの善意でなく、仇を討ってもらえるなら秘宝も……という真相だった、かも知れない。実際どうかは解らない。
>>796
明かさねば害になりうるでもない限り、むやみに踏み込むべきではない。シロはすっかり回復したイオリを引き連れ『ラーク』の元へと向かう……明かすべき謎を明かすために。
※
ラークに貸し出された部屋には、彼が自作したと思わしき品が飾られていた。魔術的記号に覆われたトーテム、インクの涙を絶えず流す獣頭部剥製、苔の生えた石筆。符術に使用する魔術礼装だろうか。中々に上質な魔力を感じる。
当のラークは部屋の椅子に座り、シロ達を待ち構えていた。
「見てくださいよ! 実はですね、姉御のいない間に遠征して色々手に入れたんですぜ……素材の質が濃いのなんの。しかもここの人ら……どうも式神の創造と使役に使える知識が深いようで、ちょうどウチの符術で失伝してたのがそこら辺なんですよ!」
「良かったねぇ」
目を輝かせてまくしたてるラークに対し、シロの反応はどこか冷淡であった。イオリは三歩分距離をとって、懐の鉄扇に手をおいている。
「……どうしたんですか、姉御方。座らないんですかい?」
「ねぇラーク。前に使ったセルフギアススクロール、ちょっと見せてくれる?」
「ううん、そりゃ難しいですなぁ。契約を利用されたら危ないんで、そうそうアクセス出来ない場所に隠してあるんですわ」
ラークは眉尻を下げ、凝った絵柄の紙箱からマッチを取り出し、タバコに火をつけた。室内に甘ったるい煙が充満する。イオリがそそくさと窓を開けた。
それを見たラークは黒殻に包まれた脚を所在なく揺らし、タバコの火をもみ消した。
「すんませんね。どうも、右脚がこうなってからコレがないと落ち着かなくなっちまいまして。煙かったですよね」
「ううん、イオリこそごめんね」
>>797
「良いですよ。それはそうと────」
「それはそれとして、イオリも”せるふぎあすすくろーる”が気になるよ?」
「…………」
沈黙。シロもイオリも、ラークをじっと見つめている。
カツ、カツ、と床を右脚の先で断続的に叩き、彼は何事かモゴモゴと小さく呟いたのち、深くため息をついた。心底困った表情を浮かべながら。
「まー…………疑われちゃった時点でもう無理ですわな。白髪の姉御ぉ、どうして解ったんです? 『名前を書く直前に、セルフギアススクロールをただの紙とすり替えられていた』って」
「ランタンを取りに行った時、親切な道化師さんが教えてくれたの……まぁ、それ以外にもちょいちょい引っかかる事は有ったけどね。
例えば、セルフギアススクロールの契約に含まれていた『シロ達が一度だけ願いを聞く』って部分、『シロ達の不利益になる願い、不可能な願いはしない』って誓約をつけてたけど……そこまで行ったらやましい事なんてほぼ不可能だし、どんな願いをするか明かした方が信頼関係を築くには良いよね。今にして思うと……『契約の内容に意識を注いでください!』って誘導してるみたいだなって」
シロはイオリに視線を送り、出入り口を”赤いおじさん”に塞がせる。硬い木の実が天井に落ちて音を鳴らす。その音は思いのほか大きく、ラークの体を一瞬ビクつかせた。
「あとは契約時の動作かな。何度もスクロールをひったくって……シロ、ちょっと不思議だなって」
────見られてもいい場所に相手の意識を集中させる。同じ動作を何度も繰り返し、その動作に違和感を抱かせにくくする。どちらもプロのマジシャンが使うテクニック。ラークはそれを用いて、シロに『セルフギアススクロールによる契約を結んだ』と思い込ませていたのだ。
そんなことを彼がした理由は……分かり切っている。
>>798
ラークはもみ消したタバコを右手で弄び、瞳孔を蛇めいて細めた。左手を懐に忍ばせながら。
「もう、鋭いですねホント。契約で危害を絶対に加えられないからと俺を信頼しきった姉御方を……後ろから特性の魔術礼装でぶっすりやって、操るつもりだったのに。自信無くしちゃいますよ。ちゃーんと信頼関係が構築されるまで何十日も待って、その上で心の弱ったタイミングを狙ったんですがねえ」
「イオリはすごいと思う。シロちゃんに言われるまでラークに悪意があったなんて全然気付けなかったし。ただちょっと……騙そうとしてたのはショックだよ」イオリがそう言って悲しそうにまぶたを閉じる。
「あー……姉御方にも友情はちゃんと感じてましたよ? ……野望が友情を上回っちゃったと言いますか、『マリン大船長ぶっ殺して自由になりたい欲』が抑えられなかったと言いますか…………ハイ、すみません」
申し訳なさそうな表情。懐に突っ込まれた彼の手がかすかに動く。
シロは蒼い目を細め、背後に手を回してナイフを呼び出した。この距離なら刃物で首を掻っ切るのが一番早い。知り合いを殺すのはイヤだが……イオリに手を出すのであれば容赦はナシだ。
だが、それをする必要はなくなった。ラークの出したモノが極めて有用であったからだ。二枚のお札。蒼く光っている。
「お詫びといっちゃ何ですが、これをどうぞ。姉御らと……ブイデアでしたっけ? そことの通信機器として作用する術符です。まっ、ほとんどはここの皆様方に作って貰ったモンですがね。ああ、もちろんこれにダマしはないですよ? 流石に魔術でバカ正直にどうこうしようとするほど頭茹だっちゃいないんで」
>>799
「有害かどうかは後で調べるとして……なんでこんなモノ用意してたの? シロ達を騙し続けるなら、こういうの作らずに孤立させ続けた方が好都合だと思うんだけど」シロが首を傾げる。
「そりゃあ勿論、バレた時に許して貰えるよう準備してたんですよ……俺ぁ船乗りですから、島から島へ船をたどり着かせることが出来る。姉御方の持ってない知識をいくつか持っている。だから…………許してください。絶対役に立って見せますから」
椅子から降りて膝をつき、両手を組み、体を丸めてシロとイオリを見上げるラーク。その姿は神に許しを請う懺悔者めいていた。背後の窓から差し込む日光で影がかかり、表情はほぼ見えない。
だがそれでも……彼の目が野心の光を宿しているのは分かった。
「……シロさ、ラークのことをやっと少し理解できた気がするよ」
ラークは心底嬉しそうに口角を持ち上げた。
※
シロ達からはるか遠くにある、どこか。
そこは、出入り口のない部屋だった。窓も照明もないのに薄明るく、気温も空気も快適に保たれている。
部屋の中には白い長テーブルが配置され、その上に紅茶と菓子が並べられていた。
「いねぇじゃんよ、主がさぁ! つか、アタシらもヒマじゃねーんだから、頻繫に呼び出すの辞めて欲しいんだけど! なぁディー!」
テーブルの上に寝転がり、乱雑に菓子を食い散らかす少女が一人。
主に与えられた名前はトゥイードルダム。身長は子供基準でも低い方で、鋭い目つきとギザギザの歯が特徴的だ。
「ダ、ダム姉さん……ダメだよそんなこと言っちゃ…………あとそんな頻繁でもないよ」
「キャハハ! 細かすぎるぜディーは!」
「ダム姉さんが雑過ぎるんだよ…………」
>>800
ダムの食べカスを一つ一つ空皿に集める少年が一人。名前はトゥイードルディー。身長はダムとほぼ同じ。眼鏡をかけた垂れ目の顔は中性的で、ともすれば少女と見間違えかねない。
ダムもディーも同じ黄色いシャツと赤いズボンを履いており、髪も同じ赤色だ。
「沙安久(スナーク)……誰無(ダム)に訂正要求。前回招集は3ヶ月前」
「スナーク! 3ヶ月はじゅーぶん頻繁だっての!」
「価値観の相違を検知」
伝声管越しめいた声でスナークと名乗る男が一人。身長は平均的な成人男性と同程度。異様なのはその上半身。
真鍮のカバーに覆われた顔。目に当たる部分には蒸気機関車のヘッドランプめいた黄色灯が付いている。無機質に稼働する呼気補給チューブ。
最も異様なのは腕で、ピストン駆動の黒鉄機械腕に置き換えられている。腕は大きく暴力的で、手に至っては常人の三倍サイズ。鋭い爪すら備えていた。肩に煙突、そこから絶えず吐き出される煙。歯車、ピストン、炎。蒸気機関。
また、全体として機械部以外が魚じみた鱗に覆われており、見る者にゴチャゴチャした印象を与える。
……スナークの返答を聞いて気を良くしたのか、ディーがきっかり一秒間隔で頭を左右に35度揺らした。
「そうだよ姉さん、スナークさんの言うとおり。”すぐ”は五分以内、”もうじき”は一時間以内、”頻繁”は一週間ごと……そう決まっ────」
「シューッ! 否ッ! 3ヶ月で招集は異例。頻繁の言に一理あり!」
黒い全身鎧の女性がディーの言葉を切って落とす。
>>801
身長は鎧の黒は材質由来ではなく、表面にこびりついた煤によるものだ。兜はほぼ密閉されており、のぞき穴すらない。口元に申し訳めいた蝶番式開閉口がついているだけだ。
「それにしても、この欠席率は何ごとか! 実に嘆かわしい! 嘆かわしいぞ!! ……ふぅ」
鎧女が口元の蝶番を開いて紅茶を流しこむと、蝶番から煤煙が漏れ出た。周囲は手慣れた様子で紅茶と菓子を避難させた。
ダムがギザ歯の隙間を舌で撫ぜ、鎧女を指差してからかう。
「バンダースナッチ。お前のそういうとこディーとマジ同じ」
「シューッ……否! 大いに違いあり! ディーの几帳面は数理への好感情故! 自分のは風紀荒廃を遠ざけんがための几帳面である!」
女はガシャガシャと鎧を鳴らして抗議する。彼女に与えられた名は『バンダースナッチ』。
煤まみれの鎧は胸部分が非常に大きく湾曲しており、腰回りの幅も広い。中にある肢体の豊満さは想像に難くない……だが、常人がそれに触れることは出来ない。彼女の体は高い熱を帯びている。
「……蛮打寿那地(バンダースナッチ)の非合理的な意見を検知」
「なっ……無礼だぞ! シューッ! 私は最強なのだぞッ! 礼儀をつくすべきだ!」
「蛮打寿那地(バンダースナッチ)の発言に正当性ありと認識……謝罪を表明。されど…………”最強”という言には検証の余地あり」
「言うじゃないか! 生っちょろい仕事ばかりで私も体が鈍っていたとこ────」
バンダースナッチとスナークが立ち上がろうとした瞬間。ボー……という、汽笛じみた音と共に部屋が蠢き、入口が生まれる。その場にいる皆が
一人の男が部屋に踏み入り、その場にいる者はそろって彼に頭を垂れた。中には形だけの者もいるが。
>>802
「不肖、沙安久(スナーク)……最上位権限者、応礼(オレィ)に敬意を表明」
「シューッ! 我が主! 約定果たしのバンダースナッチ、ここに」
「オレィよぉ、いつもの側仕えはどうした?」
「ご、ごめんなさいオレィさん……その言葉遣いはダメだよ、ダム姉さん」
男はどこか憂鬱な表情を浮かべて席に座り、パン、と大きく手を叩いた。彼の名は『オレィ』。
世界各地の秘宝を収集し、とある計画をなさんとする者。憑依幻霊らと契約を結び、全員に魔力を供給しているマスター。ここにいる者らは皆、憑依幻霊だった。
なお、オレィは人間の男である。そしてそれ以外のことは一切認識できない。認識阻害の魔術などがかかっている訳ではない。彼の風貌は”そういうモノ”なのだ。
「頭を上げてくれ、そしてそのまま聞いてくれ。少し前、俺の同胞が一人……死んだ」
「シュー……それは緊急事態! ……なのか? 今いない中で死んでる可能性があるのはチェシャとヴォーパル……まぁ、ヴォーパルだろうな。残念だ! 有望株だったんだがな!」
「アタシが覚えてる限りだと最後に仲間死んだのが半年前だから……まぁ、日常茶飯事だわな」
「半年毎を日常茶飯事とは言わないよ、姉さん? でも実際、海難事故にあったら普通に死ぬし、そこまでのことじゃないよね」
「魚羽流(ヴォーパル)の評価……能力上々ながらも、付与された力への不慣れあり」
「まぁヴォーパルはなー、人を簡単に信じちまうからな。案外毒でも盛られてコロッといったんじゃないかって、アタシは思うぜ」
>>803
オレィの言葉に対し、肩透かしを喰らった様子の憑依幻霊ら。実際、同胞が死ぬのはそう珍しいことではない。自然災害には神話級の英霊でもない限り敵わないし、ふとした油断がキッカケでしょうもない死に方をすることだってある。
幻霊にとって死は大した意味をなさない。世界をたゆたう漠然とした情報の塊が、仮初の実体を失った。それだけの話。かなりの手間はかかるが、どうにかしてもう一度同じ幻霊を召喚すれば……彼らは記憶の連続性をもって呼び出される。
だがその緩い空気は、オレィの言葉によって崩された。
「なお、死んだのはチェシャである。海難事故等ではなく、真正面から戦い、その結果死んだ」
「……オイオイ、マジかよ。チェシャってあの、一番の古参だったアイツだよな?」
「僕らの中で一番弱いけど、一番死ぬ姿が想像できなかった、あのチェシャだよ、ダム姉さん」
「マジかぁ……いやマジか…………」
最初に驚愕を示したのはダムとディーの二人。ダムは驚きのあまりテーブルから降りて、ディーはズレ落ちた眼鏡を直そうともしない。
そしてそれは、バンダースナッチも概ね同じであった。さっきまでの喧しい様子がなりを潜めている。
「シュー……これで私が最古参になってしまうのか。妙な気分だ。別に間違っている訳ではないのに。それはそうと、新しい幻霊は補充するのか?」
「もうじき、”計画”が最終局面に突入する。召喚に割くリソースも惜しい」
「解った、主様」
>>804
唯一なんら動揺を示していないのは、スナークだけであった。呼吸、動作共に一切の変化なし。その有り様はある意味で機械らしい。
「強い興味を表明……戦闘者の情報を最上位権限者に要求」
「チェシャの遺した音声メッセージによって敵の正体も判明している……敵は英霊が二人。細かい情報はあとでメッセージを渡すから、それで確認してくれ」
「沙安久(スナーク)…………当該者二名との死闘を要求」
「無論許可する。期待しているぞ、黒鉄の闘士よ」
スナークは戦闘に特化した憑依幻霊であり、万が一他の幻霊を倒す存在が現れた場合、それを排除する役割を任されている。その分秘宝を回収する能力は劣るが……そこは適材適所と言うモノだ。
彼は満足そうに蒸気を吐き出し、巨大なかぎ爪でティーカップをつまんで背部の補給孔に中身を注ぎ込んだ。
>>807
幹部らは皆短い出番で印象が残るよう味付けをかなり濃くしております
めめめの新衣装すこ
下に憑依幻霊らの大まかな性格と好物並べときます
スリットすこ
ダム:男勝りで極端に大雑把 好きなものは素材の味を活かした料理
ディー:気が弱く几帳面 物事を定量化したがる 好きなものはオブラートに包んだ四角いゼリー
スナーク:そこそこ感情のある戦闘マシーン 好きなものは青野菜を入れた味噌汁(クタクタの野菜くらいなら孔から摂取できる)
バンダースナッチ:神経質になった松岡修造(女ver) 好きなモノは温泉卵
>>805
※
……しばらく後。
「また一人、同胞が消えた」
オレィの声に応える者は誰もいない。部屋に残っているのは彼一人。テーブルに残された空の食器が無機質に彼を囲んでいる。
静かだ。圧力を感じそうなほどに。
オレィがおもむろに手を握り、開く。彼の右人差し指に指輪が一つ生成される。まるで最初からそうであったかのように。
指輪についた宝石──黒いマーブルが疎らに入ったアメジスト──が撫でられる。するとオレィの姿が僅かに透き通り、すぐに戻った。ともすれば目の錯覚で片付けられてしまうような、些細な変化だ。
>>810
「プロイの魔女が使う業、プロイキッシャー(童話の怪物)……その、劣化の劣化。俺が家伝の魔術を嫌い、魔女に憧れて編み出した若気の至り。昔は、二度と使うまいと心に決めていた物だが。人生は分からないものだ」
誰かに向けて、されど誰かの返答を微塵も想定せず彼は一人、語る。ティーカップに紅茶を揺らしながら。
「”計画”のため、英霊を一人呼び出すだけでは手が足らない。かといって、必要数を使役するだけのリソースはない。幻霊ならばリソースの消費を抑えられる。だが、ただの幻霊では性能に不安が残る。
故に、プロイキッシャーの出来損ないを核に童話の幻霊を作り……憑依させる。実在すれど名を残さず死んだ存在に、名だけの存在を被せる。不足の補い合い」
口をつけ、カップを傾け、一息に飲み干す。チェシャが遺した銀貨を懐に仕舞う。
「チェシャ、俺が最初に呼び出した幻霊よ。不慣れゆえ大した力も授けられなかったが、良く仕えてくれた。
……ドードーを覚えているか? 3番目に呼び出され、最初に死んだ憑依幻霊。楽しいやつだった。今でもアイツの歌を覚えている。マッドハッター、2番目に死んだ。帽子のセンスは壊滅的だが、癒しの術と語学に長けていた。レッドクイーン、カードナイト…………道を違えたのが残念だ。ハンプティ・ダンプティ。誰よりも慎重で、真の勇気をもった幻霊。ジャバウォッキー。果てしなく無邪気な────」
>>811
まぶたを細め、指折り数えながら一人一人名を挙げる。かつてここにいた、そしてもういない者達の名を。オレィは全て覚えている。名前も、声も、姿も、性格も。
幻霊とは、名を世界に刻めず死んだ存在。故にオレィは彼らを忘れない。誰かが死ぬたび、必ずこうして過去を振り返る。
「俺は”計画”を達成する。そして皆を救う。そしたらお前らは、晴れて救済の英雄だ。石像も建ててやる。だから…………」
『人間の男』としか認識できない彼の顔に感傷が浮かぶ。だが感傷はすぐさま奥底に沈み、見えなくなった。オレィが腕を振る。ビュウ、と侘しい風が吹く。風が食器やテーブルを吹き崩す。乾いた砂の城めいて。
「……」
彼が立ち去った後には、何も残っていない。
※
??視点
彼は困惑していた。己の感情がなんであるか、理解できなかったからだ。『楽しい』と『嬉しい』はよく知っている。『悲しみ』、『怒り』、『恐怖』……これも解る。だがこれは何だ? 自分の体をフツフツと満たす、この感情は。怒りにどことなく似ているが、違う。
「uyukq@b;f?」
>>812
砂辺に腰を下ろし、深く思考を巡らせる。ヒビだらけの黒い節足をくゆらせて。
────こうして、深く考えたことがあっただろうか? なかった気がする。なにせ己は”ラフム”だ。ティアマトに創造された新人類。何も考えずとも、大概の相手は蹂躙できる。母たるティアマトが消えてからもソレは変わらなかった。
仲間と共に弱者を、旧人類をいたぶる日々。その繰り返し。正直あまり楽しくはなかった。仲間は楽しそうで、それが何とも不思議だった。
仲間から離れ……海に出たのはなぜだったか。そうだ…………知るためだ。
旧人類には、楽しそうに死んでいく奴らがいた。武器を使い果たし、血まみれになり、指一本動かなくなり、それでも笑っていたのだ。不思議だった。自分は理由を知りたいと思ったが、仲間は同意してくれなかった。
だから一人で海へ出た。何となく、そこに答えがありそうだと思って。
「体t@t8e」
海へ出て……グガランナに吹き飛ばされて…………ばあちゃるとか言う変な奴と戦って、負けた。そして何故か見逃された。それ以降、この感情が取りついたまま離れない。
この感情がなんなのか『私』は知りたい。それを知るために──────
「モウイチド、タタカイタイ」
旧人類の言葉が口をついて出て来た。不思議と悪い気持ちはしなかった。
波打ち際に体を預ける。海水がヒビの内側にジーンと染みる。旧人類の文化である”フロ”の真似をしてみたが、中々悪くない。
ふと、『私』は自身の肉体に違和感を覚えた。長く発達した四本の腕が肉体を支えているが、それとは別に足が生えている。だがその足は酷く萎びている。使われていないからだ。
これではダメだ。こんなムダを放置したまま同じように戦って、同じように負けて。それでは何も得られない。
そう思った。
>>813
────私は背中側に生えた腕二本を千切る。ガクン、と体が沈み込む。萎びた足が体重を支え切れない。
「私ハ、ヘンカスル!」
それでも、それでも私は『楽しい』と思った。足裏に食い込むこそばゆい砂の感触。先程までのそれとはまた違う、新たな感情の湧出。全てが未知だ。
千切った腕が、なにか使えそうな気がした。早速加工に取り掛かる。とはいえ私の腕に指はない。昆虫のそれと同じ、黒い甲殻に包まれた節足だ。かなりの試行錯誤が必要になるだろう。かまわない。
それすら『楽しい』のだから。
「…………」
海の奥底から、ドロリとした黒い潮が立ち上る。恐らく、母たるティアマトの残滓。ケイオスタイド。ソレが私の体に纏わりつく。そして旧人類じみた五指や健全な脚を形成しようとし──────私はザブンとそれを振り払った。
深い意味はない。何となく、自分一人だけの力でやってみたかった。それだけだ。
その後しばらくラフムはそこに留まった。ひび割れた殻はいつしか治り、彼の体に白い網目模様を名残として残すのみ。萎びていた脚はいつしか太く頑強になり、以前よりもずっと俊敏になっていた。
千切った腕の先端が残った方にくくりつけられ、カニのハサミと同じように腕一本で物を掴めるようになっている。人間の手に比べれば恐ろしく不便ではあるが、ラフムにとっては大きな進歩だ。
「ヘンカハ、タノシイ! タノシイ!」
ラフムは自身の腕をゆっくりと開閉させ、ケタケタと笑う。その声はまさしく怪物。しかしどこか、赤子の笑い声にも似ていた。
>>814
※
視点は移り、ばあちゃる。
ここは海。船の上。顔を上げれば緩く弧を描いた水平線が見える。今日の風はよい具合。オールを漕がずとも船は進む。海図もなく、羅針盤もなく、目的地へ向かって。
四枚翼のカモメが異様な速度で空を飛んでいる。「クーッ、クーッ」という鳴き声がドップラー効果付きで聞こえた。
「いやー、見渡す限りの海っすね。どっちを向いても水平線……ハイ……」
「申し訳ありません、失念しておりました。人間には食料が必要だったことを……あと三日あれば次の島があるはずなのですが」
「三日、三日かぁ。そこまで持ちますかね、ハイ……しかし、何故か怖がったり怒る気持ちが湧いてこないんですよ。いやぁ、人って死が近づくと穏やかになるんすかね? ハイハイ」
古代文明のアンドロイド『2CH』と共にばあちゃるは────遭難していた。
ウルクの人々が用意してくれた船の上で、ばあちゃるはオールに糸をくくりつけて垂らす。釣り針はない。一縷の望みにかけ、ただ糸を垂らしているだけだ。太公望の逸話によく似た情景だが、再現と言うには風情が不足している。
ふと、2CHが遠くを指差した。
「見てください、ばあちゃるさん。あそこに何か浮いてます。もしかしたら食料などの物資かも知れません」
「ハイハイ、あぁホントですね。しかも二つ……ていうかあれ、人じゃないすか? は、早く助けにいかないと!」
「…………おかしいですね、人影には見えなかったのですが」
2CHはやや怪訝そうに言いつつ、手指を複雑に動かす。青く透き通る流体が彼女の背部から湧出し、浮遊し、スクリューめいた形状で固体化。船の後部で回転しだす。
宝石の生成・操作。2CHが持つ”機能”である。
>>815
見る見る内に人影が近づき、顔がハッキリ視認できるほどの距離まで行き────そこで、ばあちゃるは自身の迂闊さを呪った。
そこに居たのが溺れかけた人間ではなく、体表の濃淡を巧みに変化させ、人影に見せかけていた……怪物であったからだ。
モノトーンの鱗に包まれた体はウミヘビのようで、しかし頭部に生えた二本のツノが竜であることを主張している。ビビッドカラーのサイケなギョロ目。サイズは人を一人、ギリギリ丸吞みにできそうな程度。
名を付けるのであれば『海竜』といったところか。
「方向転換、五時の方角」
2CHが船を方向転換させ逃走を開始。だが、即座に回り込まれる。海竜の動きは速くなかったが、距離が近すぎた。
ばあちゃるはとっさに拳銃を抜いて銃弾を撃ち……鱗に弾かれる。多少の痛みはあったのか、海竜が警戒交じりの鳴き声をあげた。
「これはヤバーシーですよ……ハイ」
ばあちゃるは思わずボヤく。
────見た所、耐久力は常識的な部類。目や鼻に銃弾を当てれば撃退できそうだ。だがここは海の上。足元が波で不規則に揺れる。ゴルゴでもない限り無理だろう。
ではナイフで斬りかかるか? リーチが絶望的に足りない。
2CHに頼るのも厳しかろう。彼女の宝石生成・操作は攻撃手段に乏しい。操作する宝石の質量が増えるほど操作速度・精度が落ちるそうだ。
もはや詰みか──────
そう諦めそうになった途端、ばあちゃるの脳内に一つのアイデアが浮かぶ。
「ウォラァ!」
海竜が近づくのを見計らい、おもむろに船のオールをフルスイング。相手の胴体に叩きつけた。当然…………ダメージは入らない。所詮木製だ。海竜が嘲るように鼻を鳴らす。
────ここだ!
「2CHさん! イイ感じにお願いします!」
「了解」
>>816
ばあちゃるがそう言って船を飛び出す。何をして欲しいのか具体的には言わない。言えば、海竜になにをするのかバレるリスクがあった。
怪物が言語を解する可能性。2CHが意図を汲めない可能性。両者を天秤にかけ、前者のリスクを避けたのだ。それは2CHへの信頼でもある。
「ハイ! ハイハイハイハイッ!」
空中に足場。小さな面積の宝石板が何枚も浮かび、ばあちゃるは駆け上がる。そして海竜の顔面に──────オールをフルスイング。魔術で硬化させたオールを。
最初に素のオールを叩きつけて油断させ、その後硬化させた状態で顔面をぶっ叩く。基本的に脳ミソは鍛えられない。流石に殺せはしないだろうが、逃げる時間ができる程度には怯んでくれるだろう。
ばあちゃるはそう考えていた。
「ヨシ…………ッ!?」
「シャアアアアアア!!」
────そう考えてしまったのがダメだった。
海竜は大きく首を振り、ばあちゃるを撥ね飛ばした。多少ふらついてはいる。だが確かに動いていた。威力が足りなかったのだ。
打撃というものはとかく踏ん張りが大事だ。踏ん張りのない状態で打撃をしても衝撃が逃げてしまう。ばあちゃるがオールを振ったのは空中。踏ん張りなど望むべくもない。
撥ね飛ばされたばあちゃるの下で海竜が口を開く。2CHが即座に対応しようとするも、海竜が尻尾を海面に叩きつけ、船を揺らしつつ彼女の視界を塞いだ。
ばあちゃるは全身を硬化させて牙に備えた。一回二回咀嚼される程度なら耐えられるだろう。だが────────────
「竜頭…………断ちィ!」
>>817
海竜の首がスパンと飛ぶ。極限まで円運動のモーメントをかけた、馬鹿馬鹿しいほど大きな槍の穂先に薙がれて。一拍遅れて噴き出す血しぶき。赤い噴水。
それらを成したのは、空を駆ける半獣の女戦士。身長は2m以上。かつて戦った敵にして友、ヴォーパルであった。まあ、ばあちゃるはそのことを事故で忘却しているのだが。
「うむ、久しいな! 息災であったか? ばあちゃるよ」
ヴォーパルは空を駆けてばあちゃるをキャッチし、返り血を浴びながら豪快に笑う。
「ちなみに、此方は絶賛遭難中だ! そこに居るのはお主の友か? よい目をしてるな」
「あ……え…………その、すみません。オイラ、記憶喪失中でして、ハイ」
「なんと! …………まぁ、とは言いつつそんなに驚いてはいないのだが。何を隠そう、我のいた場所では記憶喪失が風邪と同じくらいメジャーな病気でな」
船に着地するヴォーパル。彼女の頭部に生えた長耳が、ばあちゃるを慰めるように揺れていた。
「どこそこの乙女と愛を誓い合った男が、精霊に魅入られて記憶を奪われたりとかな。話し合いで解決する場合もあるが……大概の末路は血みどろの殺し合いよ。
あと、実は男と精霊が心底から愛し合っていて、俗世を捨てるため記憶喪失のフリをしてた…………なんて事もあってな。男はそのまま精霊と駆け落ち、そして乙女は二股をしていた。アレは色々な意味で酷かった。
と、名乗りが遅れたな。改めて、我はヴォーパル。リューン・ヴォーパルだ。よろしくな、ばあちゃる。そして、そこの御方もよろしく頼む」
>>818
「当機の名称は2CHと申します」
「うむ、2CH卿か。良い名だ! あそこの者にも名乗ってやってくれ!」
ヴォーパルがおもむろに遠方を指さす。そこには…………木材の集合体があった。浮いているのが不思議なくらいの。なんと、上に女が一人乗っている。
「……何あの……え? なんすかアレ?」
「ヤッホー!」
あちこちから漏出する水を手桶でかき出しながら、木材に乗った女はブンブンと手を振った。
艶の濃い金髪を長いツインテールでまとめた髪型。脇をモロにだした改造巫女服。緑の瞳からストレートな闊達さが見て取れる。顔立ちはモデル系で、健全な自信が表情全体に満ちていた。
女はこちらの船に乗り移り、拝むように手を合わせる。
「はい、みなさんおはようございます。私立■■■■■学園■■■■■の金剛いろはです! 今はブイデアのサーヴァントやってるよ〜」
お久しぶりです…………かなり忙しい時期が続いていました
イベント盛り沢山で嬉しみ
裏設定
ミミックサーペント;
危険度A(命の危険、対策困難)
体表の濃淡を変化させることで、狙った獲物そっくりの影を作り出し、救助しにきたところを襲う海竜。相手が近づいて来さえすればいいので、擬態のクオリティ自体はそこそこ止まり。
体表に特殊な黒い微生物を飼っており、難水溶性のフェロモン物質を分泌することで群を制御し、体の濃淡を変化させている。
戦闘力は怪物基準だと中の下程度。フィールド込みで中の上程度。だが頭がキレる上、割と好戦的なため危険度は高い。
今回のbgm
https://www.youtube.com/watch?v=jDjxXR4eUgM
寝落ちしてました
クアッドシーガル 危険度C(やや危険だが対処は容易)
捕食されないよう翼を四枚に増やし、飛行速度をバチクソに増加させたカモメ。
時折地上に急降下して小動物を食っていくが、夕暮れ時などでたまに小動物と勘違いして人間を食おうとする。所詮カモメなので人を殺すほどの性能は無いが、つけられた傷から菌の入るリスクがある。
対処法としては、両腕を上げて自身の大きさをアピールするのが一番良い。
おっつおっつ、ラフムくんが楽しそうで何より、ごんごんだああああああああああああ!!!???いまだにアプランとつながりがあるから嬉しいよエアコン買えよ。
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