>>600
「それは何というか…………哀れですね」
しばし沈黙。まばらな足音が響く。
「…………暗い話はさておこう。
ほら、他に聞くべき事があるだろう? 我の英雄譚とか、特に竜狩りの話とか!」
「うーん…………オイラ、”ジャバウォックの詩”でヴォーパルさんの偉業知っちゃってるんですよね。
”鏡の国のアリス”作中作、”ジャバウォックの詩”。
『…………He took his vorpal sword in hand(ヴォーパルの剣ぞ手に取りて)
Long time the manxome foe he sought(人喰らいの怪物めを永きに探さん)
[中略]
The Jabberwock, with eyes of flame,(怒れる瞳のジャバウォック、)
Came whiffling through the tulgey wood,(鬱茂たる木より倦み出でて、)
And burbled as it came!(疚しく唸り迫らん!)
[中略]
One, two! One, two! And through and through(一つ二つ! 一つ二つ! 刺して貫く、只管に、ただ只管に)
The vorpal blade went snicker-snack!(ヴォーパルの剣ぞ斬り舞いし!)
He left it dead, and with its head(ジャバウォックは死に伏し、首を遺す)
He went galumphing back.(ジャバウォック狩りの勇者、揚々たりて凱旋す)
[中略]』
…………これの主人公、ヴォーパルさんっすよね? ”ヴォーパル”の剣、ってありますし」
「うむ、いや、確かにソレでも合ってる。
ただこう…………竜の部下150体をなぎ倒した事や、空中で竜をブチ抜いたりした事…………そう言ったエピソードが省略されているのだよ」
>>601
「!? すごいっすねソレ」
「だろ!? やっぱ凄いよな我!?
…………だのに吟遊詩人の奴ら『脳筋すぎる』とか、『イマイチ華がない』とか、『半獣属性がアタランテと被ってる』とか…………とにかく酷いんだ!」
クシャリと、子供のように顔を歪ませるヴォーパル。
他の三人はソレを微笑まし気に見ている。
「ハハ……お疲れ様っす。竜を倒せるヴォーパルさんでも、吟遊詩人には頭上がらないんすねぇ」
「吟遊詩人はなぁ…………現代風にいう所の”アイ ドル”とか”タレン ト”とか、そういう類の存在だったからな。
友、武勇伝、そして吟遊詩人! これさえあれば、宴はいつも盛り上がったものだ」
「おお! 宴に吟遊詩人、いかにもって感じっすねソレ」
「まあな! ただ……宴の後半にもなると吟遊詩人に酔いが回ってな。度々、下品な替え歌をしだすのよ」
ヴォーパルは苦笑し、長耳の先を弄りまわしていた。
「酒の良くない所っすねぇ…………オイラも偶にやらかします」
「『ヘラクレス 12の試練 ヒュドラ討伐の章』…………ああ、アレの替え歌は特に酷かった。
あの有名なヘラクレスの試練……その中でも屈指の名勝負が、
『女装ヘラクレス 12の秘め事 ショタヒュドラの章』に改変されたんだ…………信じられないだろ?」
「冒とくもいい所っすねハイ」
「しかもあのアホ吟遊詩人……よりにもよって、ヘラクレス本人の前で歌いやがってな。
寛大なヘラクレス相手だったから、幸いにもデコ.ピン一発で許されてたが」
「えっ」
ふと、ばあちゃるが身を乗り出す。
>>602
「ヘラクレスって、ギリシャ神話のヘラクレスですよね!? 正直、激情家のイメージありましたよハイ。何度か激昂して、友人や恋人を殺しちゃってますし」
「ヘラクレスさんは良い人だぞ! …………ただ、強すぎるのが玉に瑕だった。
強すぎるから、些細な事で殺してしまう。強すぎるから、誰も彼を放っておかなかった」
懐かしむ様な、愛おしむ様な彼女の表情。それは儚く美しく、母性的であった。
「昔々、ヘラクレスと手合わせして、ボロ負けした。我の攻撃は掠りすらしなかった。
それが余りにも悔しくてなぁ…………何度も何度も挑んだ。彼は嫌な顔一つせず、毎回全力で戦ってくれたものよ」
「世界一の戦士に、一撃くらい当ててやりたい! その一心で100回以上挑戦し、負ける度に反省と研鑽をし、ついに一撃当てたのだ!」
「…………そうして一撃当てた日。ヘラクレスと大いに語り合った。
『これで挑戦も終わり』という、感傷にかられてな」
「女神ヘラとの因縁、友を殴り殺してしまった事、英雄としての誇り、苦しみ…………本当に、色々な話を聞いたよ。
そして我は思った『後世に名など残さぬ方が、幸せだろうな』と」
「それは……確かにそうっすね」
「だろ?」
ヴォーパル。竜狩りのヴォーパル。
この船を出れば敵対する仲であるが、それでも今は語り合った。行きずりの友として。
>>603
§
船の外、甲板へと出た。
「…………さあ出たぞ! いざ勝負!
我が名はヴォーパル、”オレィ”様に召喚されたサーヴァント! 主の命を果たす為、武を競わん!」
長耳をピコ.ピコと揺らし、ヴォーパルは剣を抜く。実に嬉しそうな顔で戦闘態勢へ──────
「ちょっと待って」
行こうとした所、イオリに止められた。
「どうした?」
「あのね、実はね…………この球、イオリたちの欲しいモノじゃない可能性があるの。それを判断するために、三日ほど待って欲しいなって。
待ってくれたらシイタケあげるよ…………どう?」
「うむ…………それは、無理だ。実は、ここに来るために船頭を雇っていてな…………三日も待たせると、払う賃金が足りなくなってしまう!
シイタケは好きだし……心惹かれないといえば噓になる。だがすまんな! 我が忠誠は食欲より重いのだ」
──────ヴォーパルが構えた。
両の脚を極限までたわませ、左手を地面につける。ケモノの如き構え。
「そっか、それは残念」
微かに表情を歪め、イオリは鉄扇を取り出す。そして赤いオジサンを出現させた。
「シロです。お手合わせお願いします」
「よろしくお願いします」
残りの二人も武器を出す。シロは銃剣、ばあちゃるは拳銃にナイフ。
沈黙。
「!」
──────真っ先に動いたのはヴォーパル。
シロへ向かって一直線に駆け出す。速度は超人、風を切る。
>>604
「馬!」
「ハイ!」
ばあちゃるがシロの前に割り込む。硬化した肉体で刃を受け止──────
「遅い!」
跳んだ。ヴォーパルが跳んだ。3mも跳んだ。
流石サーヴァント。身体能力が人を超越している。しかしソレは、シロやイオリも同じ事。
「そっちこそ!」
シロの銃剣が、ヴォーパルの右ふくらはぎを貫く。空中に縫い留める。
「グゥッ!? これは──────」
ドゴン
”赤いオジサン”の拳。圧倒的な威力の拳が、突き刺さった。
ヴォーパルの肉体は甲板の端にまで吹っ飛ばされ、ピクリとも動かなくなる。
──────常人なら死んでいるだろうが、相手は英霊。死んではいまい。とはいえ、半日は立ち上がる事すらできないだろう。
「…………フゥッ」
シロは短く息を吐き、額の汗を拭く。
今回は瞬殺できたが、ソレはただの幸運だ。
ヴォーパルが空中に飛び上がり…………せっかくの速度を殺したから、銃剣を刺せた。アレがなければヤバかった。
「少し休憩しよっか。馬もイオリちゃんも疲れたでしょ?」
シロは踵を返し、二人に笑みを向け──────
「うむ! メッチャ痛い! 雑な戦い方はいかんな!」
「!?」
──────ヴォーパルが動いた、立った、歩き出した。
彼女の体にはキズ一つない。
「ど、どうして…………!」
シロの動揺に、ヴォーパルは己の剣を掲げて応える。
それは実に子供っぽく、与えられたオモチャを自慢するようであった。
「見よ! これぞ『言祝ぎの剣』! これがある限り、我は無限に回復する! つまり不死!」
「な、なにそれ、反則じゃん! …………馬」
>>605
──────シロは即座に動揺から脱する。この程度で思考停止するほど、ヤワな女ではない。
しかしソレを表に出さず、あえて動揺したフリを続けた。
そうやって気を引きながら、ばあちゃるへ目配せを送る。
流石のばあちゃるも慣れたモノ。すぐさまシロの意図を理解し、密かにオペレーターと通信を行った。
「…………りこりこ。アレ無効化できないっすか?」
『多分アレ、元はそんな凄い剣じゃない。検出できる神秘の濃度が薄いもん。
なにかしら強化されてるね。時間があれば絶対に解除してみせる』
「了解」
──────戦いは、始まったばかりだった。
一週間とちょっとぶりの更新でした!
シロちゃんの衣装メチャカワイイ!!! リアル猫耳が破壊力高かった
今回、ジャバウォックの詩を引用する際、著作権対策として独自翻訳を行わせて頂きました
我ながら拙い翻訳ですが、こんなんでも二時間くらい掛かりました
造語の解釈が難しすぎる…………
裏設定
言祝ぎの剣
元ネタ:ヴォーパルの剣
造語である、『ヴォーパル』の解釈の一つ、「VERVAL(ことばの)とGOSPEL(みおしえ)の合成語である」と言うのを採用して和訳したモノ
能力:持ってるだけで超回復 切れ味はイマイチだが、耐久力はバカみたいに高い
>>609
ヴォーパルさんのキャラは割とfgoっぽさを意識したので、そう思って頂けたのなら幸いです!
>>606
§
「…………解除にかかる時間はどれ位っすか?」
『5分はかかるかな。ゴメン、それまで持ちこたえて』
牛巻からの返答を聞き、ばあちゃるは唇を小さく歪める。
──────命のやり取りにおいて、5分は”重い”。
一回の攻撃にかかる時間はおおよそ『5秒』。つまり5分を持ちこたえる為に、理論上では『60回もの攻撃を切り抜けなければならない』。
無論これは理論上の話であり、実際はもう少しマシだろうが。
「シロちゃん、5分持ちこたえれば、りこりこが不死身を解除してくれるそうですハイ」
しかし、シロは動じない。勝利を目指して突き進む。
「ん」
シロは小さく頷き、ヴォーパルに銃剣を掲げ返した。
微かな恐れを戦意で塗りつぶし、不敵に笑う。演技はもう終わった。
「ヴォーパルちゃん! 例え不死身相手だろうと、シロたちは負けないんだから!」
「おう!」
ヴォーパルが獰猛に笑う。そして跳躍した。甲板スレスレに、滑るように。
「シロちゃんに、手を出しちゃダメ!」
”赤いオジサン”の拳が跳躍をカット──────
>>611
「ハッ!」
と、そこでヴォーパルが”オジサン”の腕を蹴り、180°方向転換し、『言祝ぎの剣』をイオリにブン投げた。
「!?」
身をよじって剣を避けたイオリに──────ヴォーパルの拳。2m越えの巨体を生かした、殴り下ろし。
イオリは鉄扇で辛うじて受け止めた。
「うっ!?」
受け止めた鉄扇が僅かに歪む。イオリの瞳が驚愕に染まった。
続けて剣を回収したヴォーパルが────────とっさに振り返り銃弾を弾く。上空からの刺突をいなす。
「今のは凄いぞ!」
撃ったのは ばあちゃる。突いたのはシロ。互いの信頼がなければ出来ない、一糸乱れぬ連携であった。
「褒められても、銃弾しか出ないっすよ!」
ばあちゃるが断続的に銃弾を放ち、シロとイオリの退却をカバーし、態勢を立て直させる。
──────戦闘開始からこれで30秒。まだ30秒。
「…………」
「……………………」
静寂。双方様子見。
この隙にシロは思考を回す。
(強いね、不死の力を抜きにしても。スピード、パワー、テクニック、全てが高水準。能力にかまけた風もないし、こりゃ頭使わないと勝てないねぇ。
とは言え…………5分持ちこたえなきゃいけないのは、イオリちゃんにも既に伝わってるハズ。オペレーター越しに)
(闇雲に方針転換しても足並みが乱れるだけ…………全体としては時間稼ぎの方針を維持しつつ、シロだけで他の可能性を探るのが吉……かな?)
(不死身への対策…………メジャーなモノとしては『耐え難い苦痛を与え続ける』『動けなくする』『不死の元を断つ』だね。とにかく色々試してみよう)
シロは思考を終え、蒼い瞳を細め、両の脚に力を込めた。
>>612
──────思考を始めてから終わるまで、実に1秒足らず。ほぼ一瞬である。
「いくよ」
シロが仕掛けた。甲板を蹴り、間合いを詰める。
右手を銃剣の中ほどに添え、左手で根元を保持──────リーチを捨て、取り回しを重視した構えだ。
「シッ!」
首への薙ぎ払い──────と見せかけての、銃床による殴打。意識とアゴを砕く、凶悪な一撃。
「ぬん!」
しかし、ヴォーパルはその一撃に耐えた。
そのまま剣を逆手に持ち、シロへ向かって──────
「どけっす!」
タックル。全身を硬化したばあちゃるによる突撃。背後からの突撃。
重量70kg以上、硬度は鋼鉄並み。英霊相手でも痛打となる威力──────当たりさえすれば。
「素晴らしい技だが…………躊躇いが見えるぞ!」
言祝ぎ剣はシロを掠め、甲板に叩きつけられ──────ヴォーパルがその反動で飛んだ。そして『ドチャッ』
”オジサン”の拳。内臓を破裂させ、骨を粉砕し、人を破断せしめる本気の拳。不死相手だからこそ躊躇なく打てる、正真正銘本気の拳。
ヴォーパルは空高く打ちあげられ…………壊れた人形のように落下する。
>>613
「イオリの事、忘れないでね」
イオリは首をかしげ、フワリと微笑んだ。
「な、なに…………忘れては、おらぬよ。ただチョイと”クセ”が抜けきっておらんでな。
跳んだらやられると解っては居ても、つい跳んでしまうのだ」
ヨロヨロと立ち上がり、ピョコンと長耳を跳ね上げ、コミカルに肩をすくめる。
立ち上がり切った頃にはもう、ヴォーパルのキズは全て塞がっていた。
──────これで1分経過。まだ4分もある。
さしものシロも頬を引きつらせ、倦んだ息を吐いた。
「まあ足掻くしかないか。それに──────」
──────まだ手はある。
シロは言葉を飲み込み、銃剣を構えた。銃剣を構え、足を二回・一回・二回と踏み鳴らした。事前にばあちゃると示し合わせた連携の合図。
「…………」
「……」
ノタリと歩を進めるシロ。共にゆくばあちゃる。
言葉は要らない、これ以上の合図も要らない。静かに足取りを合わせ、進む。
「なにか狙っておるな…………ならばこちらも、最高の一撃にて相手しようぞ!」
対するヴォーパル──────彼女の構えが変わった。
右手を刃の根元に添え、左手で柄の根元を握る。獣が如き体勢はそのまま、”溜め”をより力強く。
「…………!」
長耳がパタンと倒れ、目は爛々と輝く。三日月の様に弧を描く口、弾き絞られた戦意。今、ヴォーパルは戦士の顔をしている。
「…………」
イオリは静観する。
二人が何をしたいか知らない以上、無理に加勢するのは得策でないと判断したのだ。
>>614
「──────唸れや砕け、私の拳(ぱいーん砲)」
呟く、宝具の真名を。
光る、シロの拳が。
「コード申請4693-315-1225」
ばあちゃるが呟く。彼のナイフが黄金に光る。
──────グーグルシティのナノ加工技術によって作成された、ハイテク聖別ナイフ。
極小の聖句7777語が内部に刻まれ、全ての寸法は7キュビットで割り切れる値となっている。あらゆる要素が聖数字7に関連付けられ、その威力を増大させている。
シロとばあちゃるが歩を進めた。
「──────」
間合いに入る。ヴォーパルが目を見開く。
「竜鱗抜きィッ!」
──────全身のバネを一気に開放し、言祝ぎの剣を突き出す。
常軌を逸した強度の踏み込み、錆びた甲板が足の形に凹む。
「シッ!」
鋭く息を吐き、ばあちゃるがナイフを合わせる。
確かな研鑽の見て取れる一撃。相手の攻撃を逸らす事に専念した、守勢の業。
「──────グ」
ヴォーパルの突きがナイフを粉砕し、硬化したばあちゃるを吹っ飛ばす。
──────ばあちゃるの後ろより現れたシロ。輝く拳を振り上げている。
ソレを見たヴォーパルは獰猛に笑う。最小の動作で剣を引き、薙ぐ──────
「竜骨断ち──────むっ!?」
その動作が、不意に止まった。
ヴォーパルの着ている鎧が、錆びついたかの様に動きを止めたのだ。
「喰らえッ! ぱいーん砲!」
棒立ちの彼女に、シロが拳を叩き込む。鎧が凹む。
「…………ケフッ」
>>615
「…………ケフッ」
凹んだ鎧に気管を圧迫され、ヴォーパルはマトモに呼吸できない。その上、動かない鎧に縛られた。
如何に無限の回復力を持とうと、拘束され、呼吸もままなければどうしようもない。
「こ、これは一体なんだ?」
倒れ伏したヴォーパルは、困惑した表情を浮かべた。
そんな彼女にシロが近づき、解説をする。
「馬は、触れたモノを硬化させる魔術を使えるんだ。
それを使って、ヴォーパルちゃんの鎧の関節部を硬化させ、動けなくしたんだ」
「なるほど……ケフ……理屈は解った。しかし……その魔術は、いつ掛けられたんだ?」
「馬が吹っ飛ばされた時だね。ナイフが押し負けることを前提に、硬化魔術をかけることに専念してたん…………だよね、馬」
シロがそう言うと、馬はフラフラと立ち上がりながら頷きを返した。
「痛ッ…………シロちゃんの言う通りです…………まあ結構な賭けでしたよハイ。
ギリギリ指先が掠ったから良いものの…………触れてなけりゃ、賭けに負けた大マヌケになる所でしたね」
「ケフッ……………………良いじゃないか、成功したのだから。勝利を誇れ……ケフ……強き戦士よ」
空咳をしながらも、ヴォーパルは心底愉快そうに笑う。
「そう言って貰えると嬉しいっす…………では」
ばあちゃるはそう言うと一礼し、踵を返した。
呼吸困難、束縛状態。既に勝負は決している。彼はそう判断していた。
「…………これからが楽しい所だぞ? ばあちゃるよ」
──────だが彼女は、ヴォーパルはまだ敗北していない。
>>616
「!!」
彼女の鎧が異音を鳴らす。
筋肉が膨張し、関節が唸り、硬化した己の鎧をへし曲げ、引きちぎり、ブッ壊した。
『言祝ぎの剣に掛けられた強化、急速に減衰開始! これなら直ぐに解除でき──────!? ヴォーパルの霊基が変化を開始!』
「ッ…………ハァッ!」
響く牛巻の声。立ち上がる全裸のヴ■ーパル。豊満かつ強靭な肢体が解放され、揺れる。
余りの事態に硬直する三人。
真っ先に動き出したのはイオリ。
「お願いオジサン!」
ヴ■ーパルにオジサンの拳が迫る。彼女はソレを跳んで避けた。
「…………ッ!」
次に動いたのはシロ。取り回しの良い拳銃へとっさに持ち替え、空中の■■ーパルに連射した。
6発の弾が飛び迫り──────
「なんだその銃! カッコイイぞ! 欲しいぞ!」
──────■■■パルは”空を蹴って”避ける。
更に数度、空を蹴ってシロへと迫った。
「…………ッ」
硬直から脱したばあちゃるが銃を構えるも、狙いが定まらない。
──────格好が目に毒というのもあるが、それ以上に目がついて行けない。立体的な動き故、動きを予測することも難しい。
「待てえ!」
”オジサン”を凌がれたイオリが、畳んだ鉄扇を■■■■ルに投げつける。
サーヴァントである彼女であれば、多少その動きを捉える事が出来た。
「待たん!」
「ずっ!?」
■■■■は空で回転し、鉄扇を蹴り返す。
予想だにしない反撃にイオリは対処できず、額に鉄扇を喰らい、体勢を崩した。
「…………」
迫るリ■■■。
シロは目を細め、ギリギリまで彼女を引き付ける。
「…………!」
来た。シロはリ■■■の急所へ銃剣を突き出し──────
>>617
「なぁっ!?」
片腕を犠牲にして、防がれた。
そのままリュ■■は剣を──────「させないよ! おいでマーちゃん達!」
上空で待機していた三羽のマーセナリーホーク。彼らがリュ■■に体当たりする。
「伏兵か! 凄いぞ!」
しかし、それでも止まらない。リュ■■は剣をそのまま振り下ろし──────
『やっと解析完了! 強化解除!』
彼女の剣は、シロへ届く前に砕け散った。
「…………」
動きが止まる。
「シッ!」
シロの銃剣が突き刺さる。リュ―■の体が光り出す。
「や、やったすかね!?」
ばあちゃるが思わず叫ぶ。
『いや…………やってない! ヴォーパル霊基再臨! 再解析開始──────』
「とう!!」
跳ぶ。
「我が真名はリューン・ヴォーパル! 空駆けリューン! 竜狩りリューン! 神代ギリシャの幻霊だ!」
真名表出──────『リューン・ヴォーパル』。
「我、春風の祝福を受けし戦士なり! うっかり神のペットを殺し、半獣の呪いを受けし者なり!」
ヴォーパルからリューンへ。渦巻く風を身にまとい、真の姿を現す。
──────相も変わらずの長身。相も変わらずの半獣。
変わったのは、防具と武器。竜鱗を打った革を乱雑に纏い、身長より長い槍を担いでいる。先程まで使っていた剣がそのまま穂先となっており、獅子すら両断できそうな程に重厚な槍であった。
「…………!」
>>618
シロ、ばあちゃる、イオリの三人は身構える。
そんな三人の前にカン!と小気味よい音を立て、リューンが着地した。
「…………」
「……………………」
沈黙。緊張。
ピリつく空気の中、リューンが口を開いた。
「うむ! 我の負けだ!」
「…………へ?」
「我は『リューン』ではなく、『ヴォーパル』として決闘に臨んだ!
そして……お主らは見事”ヴォーパル”を倒した! 故に我の負けよ!! 秘宝は持って行け」
彼女はドカッと腰を下し、清々しく笑った。
§
数分後。戦闘が終わり、皆一息ついていた。
特にイオリはリラックスモードに突入しており、優雅にキノコなんかを焼いている。
ばあちゃるが口を開く。
「それで、結局ヴォ……リューンさんはどういう存在なんすか?」
「ヴォーパルで良いぞ、そっちも本名だしな。
それで…………我がどんな存在かというとな、まぁ簡潔に言うなら『片方を主体とした、幻霊の複合体』だな」
「えっと、つまりどういう事なんすか?」
「つまりだな………うむ……」
穂先を所在なくクルクルと回し、リューン……もといヴォーパルは困った表情を浮かべた。
「まず、幻霊が何なのかは解るか?」
「『歴史に名を刻むも、英霊となるには一歩足りなかった存在。英霊の一歩手前の存在』でしたよねハイ」
「その認識で大体合っている。さて、次の質問だが…………戦う前の我と、今の我。何が違う?」
「えっと……英霊から幻霊に、名乗りが変わった事。後は武器と防具…………ですかねハイ」
「うむ」
ヴォーパルが深く頷く。
>>619
「今の我は幻霊、リューン・ヴォーパル。ギリシャで竜を狩っていた…………当時基準では平均的な英雄だった。
ヘラクレスさんなどの大英雄に押され、後世にほぼ名が残らなくてな。故に我は、英霊ではなく幻霊止まり」
「ふむふむ」
「そして戦う前の我………あの時は『ジャバウォックの詩』の主人公を演じ…………その力を憑依させていたのだよ
所有者に無限の回復をもたらす『言祝ぎの剣』なんかが、憑依によって得た力だな」
そう言いながら、ヴォーパルは槍で甲板に絵を描いた。
──────ヴォーパル自身を指したウサギの絵に、オーラの様なモノが纏わりついている。中々に味のある絵だ。
「憑依?」
「そう、憑依だ。幻霊に他の存在を憑依させ、その力を増大させる。
そうすることで、マスターである”オレィ様”は、我らを英霊に昇華させた。
…………強いて自称するなら『憑依英霊』。そんな所か」
「…………」
ばあちゃるは彼女の話をかなりマジメに聞いている。それでも正直あんま理解できていない。最近まで一般人だったので、魔術関連の事はピンと来ないのだ。
ヴォーパルもソレを察しているのだろう。おおらかな笑みを浮かべ、説明を嚙み砕く。
「我らは”キャラを演じる事”でそのキャラを憑依させ、より強くなれるのだ。
ただ…………今回のように装備を剝されると、憑依が解除される。衣装がなければ、演技は成り立たないからな。
また”正体を見破られる”事でも……憑依は解除される」
>>620
「なる程?」
「要するに、アレだ。我のような存在が敵対して来たら、
・装備をぶっ壊す
・本性を見破る
このどっちかをやれば弱体化する! と言う事だ」
「なる程!」
「因みにここだけの話…………オレィ様に仕える幻霊は複数いてな、皆”憑依”で強化された幻霊だったり──────────」
──────ふと、シロが身を乗り出し、ヴォーパルに話しかける。
アホ毛をしならせた彼女の表情は、どこか心配そうだ。
「ねえヴォーパルちゃん。教えてくれるのは嬉しいんだけど…………あんま情報もらしたら、オレィ様って人に怒られない? ヴォーパルちゃんの主人なんでしょ?」
「あ」
シロの言葉を聞き、ヴォーパルの表情が凍りつく。長耳がピンと立ち上がる。
「……………………マズイ、怒られる」
(我が主、オレィ様の目的は『人を救うモノ』。我が見立てが正しいなら、お主らの目的もそう違いはすまい。
今回はたまたま敵対してしまったが、この様な事、二度とないだろうよ! 故に問題なし!)
うなだれる彼女の額には汗が滲んでおり、頬も引きつっていた。
本音と建前がつい反転してしまう程度には、焦っている様である。
「…………」
10秒ほどそうした後、ヴォーパルはガクリと項垂れ、長耳をシュンとさせた。
これから主の元へ帰り、謝罪せねばならない。その運命を悟ったのだ。
──────気付き、焦り、思考停止、悟り。これらのプロセスはやらかしをした人間が大抵行うモノであり、そのいずれも哀愁に満ちている。
>>621
「……シロ卿、ばあちゃる卿、イオリ卿。この度は色々と迷惑をかけてしまい、申し訳なかった。
今は謝罪しかできないが…………次に会う時があれば、埋め合わせをさせて欲しい」
「あはは、しなくて良いよそんな事。
そんな事よりさ! シイタケが焼けたから食べてみて。きっと美味しいよ」
「…………ありがとう」
ペコリと頭を下げ、イオリの焼いたシイタケを食べながら、ヴォーパルは帰って行った。
憑依幻霊のチュートリアル回でした!
幻霊が他の存在を演じる事でより強くなると言う、現実のvtuberにやや似た構造となっております
それはそうと…………シロちゃんと馬のサプボがそろそろ届きます 毎回高品質なグッズばかりなので楽しみ
裏設定
リューン・ヴォーパル
節度を弁えた脳筋
かなりのお喋り好きで、口が少し軽い
竜を狩れる程度には強かったが、同期にビックネームが多すぎて埋もれた
昔「竜の血に武器を漬け込んだら強くなるんじゃね?」と考えて実行し
愛用の槍を錆びさせてしまった過去がある
今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=anUaSb5tZb8&list=PLuRYZt4M2mLQREx3U6HJf21VV7s4P-tFU&index=3
>>624
「知力と武力のどっちでも攻略できる敵にしたい!」と考えた結果、この設定になりました
ヴォーパルさんは描写にかなり気を使ったキャラなので、気に入って頂けたのなら嬉しいです!!
>>622
「オエッ……」
数時間後、イオリ、ばあちゃる、シロの三人は次の島にいた。
イオリの従えるマーセナリーホークに運ばれ移動した三人の内、ばあちゃるだけがゲッソリしている。戦いの疲労も抜けぬ間に空輸され、酔ってしまったのだ。
「イオリちゃん、イオリちゃん。ここはどんな島なの?」
「えっとねえ、あのね、次の島は遠くて鳥さんじゃ体力が持たないから…………この『港島 ポートランド』で船を雇うの!」
『他の島は独自空間を所持し、空間ごと漂流してますぅ。しかし港島だけは独自の空間を持ちません。その為か多くの冒険者や船乗りが拠点として用いてますぅ』
──────港島には不思議な光景が広がっていた。陸地の上にではなく、海の上に居酒屋や宿屋や雑貨屋が建っているのである。
大きな船同士が鎖で連結されて木の陸地を形成し、船の一つ一つが店の役割を果たしているのだ。一つの船にいくつもの店が寄り合っているモノまである。
「イオリちゃん……それで、港島のどこへ行くの?」
「うーん、まずは大きい酒場に行って、運んでくれる船さんの募集かな、それでダメだったら他に行く感じだねぇ」
「なるほど」
シロはグッタリするばあちゃるの背中をさすりながら、元気に声を挙げた。
「行き先も分かったことだし、早速行こう! …………馬、大丈夫?」
「ハイ……」
「うん行こう!」
>>626
§
??視点
「…………ケッ」
水で薄めたラム酒をあおり、チキンの野菜炒めをナイフでつつく。
俺の名前は『ラーク』。船酒場(船の上に作られた酒場)で飲んでいる最中だ。下から響く木板の軋み、のたりと揺れる店内、微かにすえた磯とアルコールの香り。
船は良い、揺り籠のように人を包んでくれる。
「ガハハハ!」「爪剥ぎじゃんけんしようぜェ!」「お前もう爪ないじゃん……第一、何が楽しいんだそれ?」「スリルだよォ!」
「……」
俺は空になった酒杯をテーブルに置いてまぶたを閉じ、栄光の過去へと思いを馳せた。酒場の喧騒を枕にして。
──────祖先の残した魔術書を偶然見つけて力をつけ、地元の仲間と一緒に故郷を飛び出し、腕利きの海賊『赤鷲船団』として名をはせた。
俺が使うのは符(魔術的な紋様を書いた札の事)を媒介とした魔術。所詮素人の独学であり、ぶっ飛んだ力が使える訳ではない。だがそれでも常人をボコすには十二分だった。
同業の海賊共から財宝を分捕り、愚民共にソレをばら撒く。たまに財宝の地図を手に入れて冒険して…………本当に愉快な日々だった。
「──────」
>>627
「イイからやろうぜ、爪剥ぎじゃんけん! やってくれたら酒おごるからさァ!」「解った、一回だけだぞ。ほらじゃーんけん…………」「「ポン!」」
──────忘れもしない、愉快な日常が終わったあの日を。かの有名なマリン船長率いる『マリン海賊団』にケンカを売ってしまった、悪夢の日を。
『マリン海賊団』には、銃も大砲も魔術も通じなかった。銃弾は弾かれ、大砲は当たらず、全力の魔術も軽くあしらわれた。勝てる勝てないじゃない。レベルが違ったのだ。
俺は負けた後、アイツらにスカウトされて部下になった。当然俺の部下も一緒に。
まあ……マリン海賊団はそれほど悪い場所じゃない。飯も金も十分くれるし、働き次第では昇進もある。
実際、すでに俺は7宝船(マリン海賊団の主力をなす船の事だ)の内1隻を任されていた。
「ハイ、俺の勝ち。約束通り酒おごってくれよな」「…………待ってくれ。俺は爪剥ぎじゃんけんに負けたんだ。まず俺の爪を剥いでくれェ!」「剥ぐ爪がもうないじゃん」「じゃあ…………他人の爪を代わりに剥がないとォ!」
だがそれでも…………誰かの下に付くのがガマンならないのだ。俺は自由が欲しくて海賊になった。いくら待遇が良くたって、自由でなければ何の意味もない。
「他人の爪を剥すって、それペナルティとして成立するのか?」「ならないよォ! でもやらないと」「几帳面だなホント」
隙をみてマリン海賊団からおさらばして、また海賊として一旗上げてやる。その為にも今は──────「そこの人! どうか爪を一枚くれないかッ!?」「頼む、コイツに付き合ってやってくれ」
>>628
変な奴らが俺の肩を掴んできた。赤いペンチを持ったヒョロガリ男と、やけに身綺麗な海賊の二人だ。
ペンチのヒョロガリ男が目を血走らせながら懇願してくる。
「…………何言ってんだお前?」
「爪が欲しいんだッ!」
「爪が欲しいのは知ってるよ。whatじゃなくてwhyを聞いてるんだ、俺は」
「ワット? ワイ? 何の話なんだ、教えてくれッ!?」
俺は頭が痛くなり、手で額を覆った。普通ならこんなクソボケは前歯をへし折って船外に蹴り出す所なのだが…………生憎マリン船長に『むやみな暴力は控えるように』と言いつけられている。
「頼む! 爪ェ! 爪ェ!」
ペンチ男の声と動作はどんどんヒートアップし、しまいには地団駄を踏み始めた。ホコリが舞って非常にうっとおしい。
「まあまあ、そこの兄さん。こいつはチョット盛り上がり易いだけで、根は悪い奴じゃないんだ。だから…………ここは一つ、爪を一枚貰えませんかね?」
身綺麗な海賊がペンチ男の前に割り込んだ。声色こそ穏やかだが、顔が全くの無表情だった。腰に提げたカトラスに手をかけており、物騒な気配を放っている。
「…………」
──────ペンチ男はただの狂人。身綺麗な男はマトモぶった狂人、しかもそこそこの手練れ。柄の形状を自分用に調整してやがる。実戦経験が豊富でなければしない事だ。
適当にあしらえる相手ではないか。俺は気怠い息を吐いてイスから立ち上がり、両手の人差し指を眼前の二人にそれぞれ向けた。
「…………?」
「まさかオマエ、あの──────」
>>629
次の瞬間、二人の腹に小さな穴が空く。二人は倒れた。
──────ポケットに入れておいた符が二枚、ボロボロと崩れ落ちる。俺の作成した符は俺にしか使えないし、しかも使い捨て。種類も威力もそんなにない。だがまあ、こうやって一般人をボコす位は余裕だ。
「やっちまった……マリン船長にどやされちまうぜ」
俺は舌打ちしながらイスに腰掛け直し、店員に注がせた二杯目を一口で飲み干す。
勝ったというのに酒がマズイ。勝利の甘露はあっても、不自由の苦味が何もかも塗りつぶしてしまう。苦いのは嫌いだ。
酒が回って揺れる視界を天井へ向け、意識を再度過去へ飛ばす。昔した冒険を一つ一つなぞり直して、自由な幻想へ行こ──────「こんにちは!」
「!?」
女の声が聞こえた。暴力的な気配の一切ない、柔らかい声だ。
船酒場に入ってくる集団。女が二人、男?(何故か馬のマスクを付けている)が一人。そいつらを見た瞬間──────俺の全身に衝撃が走った。
女の見た目が美しいからじゃない。場違いな格好をしてるからでもない。アイツらから感じる力、その大きさに衝撃を受けたのだ。
「オイラ達を乗せてくれる船をさがしてるんすけど…………誰かいないっすかね?」
馬マスクの男がそう言って辺りを見渡す。周囲の反応は主に三種類。拒絶、嘲り、そして警戒。
「帰んな」「異性を乗せたら船は沈む。これ常識だぜ?」「船上での男女トラブルは本当にヤバいぞ」「下手な怪物よりよっぽど怖え」
「……どう思う?」「強いですね」「勝てるか?」「あの馬男でギリギリ。他は無理ですね」
>>630
だが俺の反応は三種類のどれにも当てはまらない。イスから勢い良く立ち上がり、彼らに大股で近づいた。
「蒼髪の姉ちゃん。ムネ揉ませてくれるなら乗せても良いぜ」「乗せるって……船にか?」「違げえよ兄弟、乗せるのは──────ウギャッ!?」
「どうも、ラークと言います」
彼らに絡むチンピラを殴り飛ばし、俺は迷うことなく前へ出た。こういうのは早い者勝ちだ、少しでも躊躇すればチャンスを取り逃す。
──────そう、チャンスだ。俺の目が曇ってなければ、こいつらはマリン船長に匹敵する力を持っている筈。
俺は、こいつらを上手いこと使って独立してやる腹積もりだ。具体的な計画はないが、考える時間なんていくらでもある。
「一つ提案なのですが…………俺の所属するマリン海賊団を足として使いませんか?」
傷まみれの顔に笑みを作り、最大限紳士的にお辞儀をした。このチャンスをモノにする為に。
自由、冒険。自由、冒険。自由! 冒険! 想像するだけでワクワクする。こんなに興奮したのは、初めて宝の地図を見つけた時以来だ。
──────俺は酒杯を放り投げ、彼らと共に青空の元へと出ていった。
明日サプライズボックスが届くので楽しみです!
今回は新キャラのお披露目回でした!
キャラ紹介
ラーク
性別:男
年齢:30代前半
強さ:カカラ5体と一度に戦って勝てる位
海賊。祖先から引き継いだ符術を使う海賊。いわゆる『魔術使い』と型月世界では呼称される存在(研究ではなく実用する為だけに魔術を用いる人の総称)
自由と冒険がとにかく大好き
海賊基準では穏健派だが、一般人基準でみると普通に悪党
今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=jquJLs0wdFk&list=PL5JawQb6w1fSnQPF9KIJr0OVhvJ7_g7pU&index=10
>>629 文章が酷かったので一部改稿
変な奴らが俺の肩を掴んできた。赤いペンチを持ったヒョロガリ男と、やけに身綺麗な海賊の二人だ。
ペンチのヒョロガリ男が目を血走らせながら懇願してくる。
「頼むゥ! 爪をくれェ!」
「何言ってんだお前」
「だから…………爪が欲しいんだってェ!」
「爪が欲しいのは知ってるよ。whatじゃなくてwhyを聞いてるの」
「ワット? ワイ? 何の話なんだ、教えてくれッ!?」
俺は…………相手の余りのバカさ加減に頭が痛くなり、手で額を覆った。
普通ならこんなクソボケは速攻で前歯をへし折って船外に蹴り出す所なのだが…………生憎マリン船長に『むやみな暴力は控えるように』と言いつけられている。
「頼む! 爪ェ! 爪ェ!」
ペンチ男の声と動作はどんどんヒートアップし、しまいには地団駄を踏み始めた。ホコリが舞って非常にうっとおしい。
そこに割り込む例の身綺麗な海賊。
「まあまあ、そこの兄さん。こいつはチョット盛り上がり易いだけで、根は悪い奴じゃないんだ。だから…………ここは一つ、爪を一枚貰えませんかね?」
身綺麗な海賊。アイツは声色こそ穏やかだが、顔が全くの無表情だった。腰に提げたカトラスに手をかけており、物騒な気配を放っている。
「…………」
ペンチ男はただの狂人。身綺麗な男はマトモぶった狂人、しかもそこそこの手練れ。柄の形状を自分用に調整してやがる。実戦経験が豊富でなければしない事だ。
適当にあしらうには相手が強い。優しく説得できる相手でもな────ああもう面倒くせえ。普通にやっちまおう。
俺は気怠い息を吐いてイスから立ち上がり、両手の人差し指を眼前の二人にそれぞれ向けた。
>>631
§
ラークの案内で船に向かう途中。
シロ、ばあちゃる、イオリ、ラークの四人は板を被せた小舟の道、『橋船』の上を歩いていた。打ち寄せる波がクツを濡らし、ぬるまった潮風が服をべたつかせる。
倦んだ気持ちを誤魔化すように、ばあちゃるが口を開いた。
「そういえば、なんで船の上に港が建ってるんですか?」
「あ、それシロも気になる」
「……チョイと複雑な理由があるんですわな。それには」
指先で海賊帽をクルクルと回しながら、ラークが答える。
実に気楽そうな態度であるが、しかしその動作は一つ一つが奇妙な緊張に満ちていた。常に揺れる視線、不規則な歩幅、一切ブレない重心。理性の一枚下に暴力性を隠している。
「ここらの島は全部、海流に流されて漂流します。でも、この島だけは動きません。だからですかねぇ、この島は船乗りにとって信仰対象、聖域でもあるんです。だから入っちゃいけない…………これが表向きの理由」
「表向き、ですかハイ」
「この島の奥には、恐ろしい怪物がいるんですわな。真っ黒な体、縦向きに付いたむき出しの口。ただ恐ろしいだけじゃなくて体も硬い、普通の銃弾じゃ通らんのですわ。
要するに……島の奥に踏み込んで死ぬバカを減らしたい。それが本当の理由ですな。
でもソレを直接言うより、『信仰』に絡めたほうがより効果的に抑制できる。そんな所でしょう」
>>636
ラークは海賊帽を真上に放り投げ、逆の指で受け止めてまた回し始めた。
「というか、何でそこまで知ってるんすか?」
「昔、宝を探しに奥へ踏み込んだんですわ。そんでその後…………怪物に追われて、這う這うの体で逃げましたな。冒険は大好きですがね、アレは流石に」「チュン!」
会話の最中、巨大なキツツキが突如飛来し、ラークの脳天にアイスピックの様なクチバシを──────
「危ない! イオリが今助け──────」
突き刺す寸前で、海賊帽のフチが鳥の胴をブッ叩く。鳥は玩具のように吹っ飛び、壊れて動かなくなった。
「後はまあ、ヤバい怪物が来ても船なら逃げられる……ってのもありますわな。なにせ世の中には歩く災害みたいな奴もいますからねぇ……おお怖い」
ラークは大げさに自分の肩を抱く。相も変わらず気楽そうに。古傷まみれの顔にビジネススマイルを浮かべながら。
「──────そういえば、なんでダンナ達は船が必要なんですかい?」
「実はシロ達、ある秘宝を探す旅をしてるんだ。だから船が必要なの」
「秘宝! そりゃどんな?」
「それはね──────」
波と風に揺られ、時と歩は進んで行く。
§
>>637
数十分後。ばあちゃる達は『七宝船』の甲板にいた。
雲を突くメインマスト、慌ただしく行き来する船員達。彼らの顔色は総じて良い。それなりの待遇を受けているのだろう。
「やあ客人さん!」
──────目の前に女性がいた。
赤を基調とした海賊服、大きな海賊帽子。黄金色の右目、夕焼け色の左目、赤髪のツインテール。
腰に下げたフリントロック(前込め式の銃)には芸術品めいた金細工が施されており、あまり物騒な感じはしない。
「マリン海賊団 第七宝船 布袋丸へようこそ! アタシの名前は宝鐘マリン。この海賊団の『大船長』をやってる。秘宝を探してるんだって? 協力するよ」
「…………」
マリンは帽子を取って頭を下げた。深すぎず浅すぎず、丁度良く。その姿勢は礼儀に正しく沿ったものであり、確かな教養がにじみ出ている。
──────見た目も所作も、海賊のソレではない。莫大な魔力も感じられる。誰かしらの手先かもしれない。
シロは静かに目を細め、ばあちゃるとイオリへ”警戒”のハンドサインを送った。
「ねえ……本当に協力してくれるの? シロが言うのもなんだけど、そっちに利益がなくない?」
「…………ふふ」
首を傾げながらシロが聞くと、マリンは海賊帽で顔を隠し、ミステリアスに吐息を漏らした。
「もちろん理由はあるよ。でも教えない、秘密にしと──────」
「別に大した理由じゃないですぜ。この頃は怪物の動きが活発なんで、ダンナ達を無料の用心棒として船に置いときたいんですわ。見る人が見れば、ダンナ達の強さは一目瞭然ですからね。
それと…………マリン大船長、カッコつけたいのは解りますがね……初対面の相手に意地悪はダメでしょうよ」ニヤニヤと笑うラーク。
「──────」
>>638
──────マリンは手から帽子を取り落とし、顔をゆっくりと朱に染め、そしてラークに詰め寄った。
パクパクと口を開閉させる彼女の顔からはもう、ミステリアスさは全く感じ取れない。
「ラ、ラーク! 罰を受けてる最中に喋っちゃダメでしょ!?」
「はーい、スミマセン」
────上司であるマリンに怒られ、ラークは"逆さ吊りにされた"状態で上方向に頭を垂れた。
イオリに絡んでいたチンピラ。彼らがラークに殴られた際……どうも骨が折れてしまったらしい。品性下劣なチンピラであったが、骨を折られる程の事はしていなかった。
なのでラークは罰として、ロープで逆さ吊りにされている。(彼に絡んできた狂人の件は正当防衛なのでお咎めナシ)
「…………」
シロは彼女らを疑うのがどうにも馬鹿馬鹿しくなって、二人へ”警戒解除”の合図を出す。
──────ばあちゃるは懐の拳銃から手を放し、イオリは上空のマーセナリーホークを休ませた。
弛緩する空気。静かな緊張が溶けて消える。
「……オイラはばあちゃると申します。今後しばらくお世話になります」
「イオリの名前はヤマトイオリ! 宜しくね!」
「シロです。料理が得意なので、手伝える事があれば言ってください」
『あずきですぅ。声と映像でしか挨拶できませんが……気にしないでくれると有り難いです』
『牛巻です。細かい所はスルーしてくれると嬉しいかな!』
「あー……うん、OK。客室はあっちだよ、ゆっくりしてってね」
挨拶を済ませたシロ達は客室へと向かうのだった。
「……」
「…………」
>>639
────シロ達が立ち去り、船員たちの単調な足音、あとは鳥の声くらいしか聞こえない。
言葉の不在による、音に満ちた静寂。
「……変わったね」
しばらく続いた静寂の最中、マリンが誰にともなく呟いた。
「イヤ、取り戻したのかな? ねえラーク」
「……」
コテンと首をかしげるマリン。無反応のラーク。
マリンは艶やかな指先でフリントロックをさすり、謎めいた流し目を送る。深海じみた底知れない視線を。
「昨日までショボくれてたのにさ、今日はえらく覇気に満ちてるじゃん」
「…………」
「昔のラークを思い出すなぁ。海賊殺しのラーク、共喰いラーク、赤鷲ラーク。アタシに真っ向から襲いかかった、気骨のある海賊」
会話めいた独白。ラークは無視も反応もせず、ただじっと耳を澄ましている。
「シロちゃんとイオリちゃん……だっけ? あの子達は凄いよ、アタシでも勝てるかどうか。ばあちゃる君も無視できる程弱くはない」
「……」
「あの3人、いや5人か。アレを招いた理由なんてお見通しだよ…………あの子達を利用して、アタシに下剋上したいんだろ?」
「…………」
────ゆっくりと持ち上がるラークの口角。それは無言の肯定であった。
マリンも同様に笑う。ゆったりと、獰猛に。
「うんうん。アタシたちは海賊、無法者の集まり。裏切りでも下克上でも、まぁ好きにやれば良いさ。でも────」
マリンの手が閃く。一瞬の内に弾丸が放たれた。数は三発。
一発目はラークを吊り下げていたロープを切断。二発目と三発目が彼の頬を掠めた。
「やんなら腹ァくくれよ?」
>>640
突然の銃声に気色ばむ船員たち。マリンは手をひらひらと振り、悠々と船内に降りていった。
─────しばらく後に流れ弾が帆に穴を開けてしまったと解り、ガチ目の説教を受ける事になるが…………それはまた別のお話。
§
数時間後、船上にて。
今は夜。船はとっくのとうに海へと漕ぎ出している。異様な程に凪いだ海面が星々を写し、もう一つの夜空めいて広がっていた。
「……」
ばあちゃるは欄干に一人、もたれ掛かっている。少し船酔いしたので夜風に当たっていた。
馬の覆面を軽く持ち上げ、口元を露出させる。完全には脱がない。何故かは自分でも解らない……ただ何となく、そうしなければならないと感じるのだ。
「……」
ナニカ思い出せそうになって首を捻るが、しかし何も思い出せない。夜風が強まってきた。
ばあちゃるはブルリと身を震わせて船内へ──────「ねえ、馬」
降りようとしたとき、背後からシロの声が聞こえてきた。どこか浮かない声色だ。
「馬……前に回収した秘宝さ、『楔』じゃなかったみたい。ついさっき牛巻ちゃんから報告があった」
「ありゃま。ヴォーパルさんには悪い事しちゃいましたねハイ」
「だね…………実のところ、楔である可能性が低いと最初から解ってはいたんだけど……回収が一番容易な場所だったから、真っ先に向かったんだ」
両手の指を何度も組み替えつつ、シロは肩をすくめる。彼女の豊かな胸が小さく揺れた。
「だからまあ…………次の秘宝回収は、多分もっと難しい。馬、いけそう?」
「きっとどうにか成りますよ。オイラとシロちゃん、それと皆が居ればの話ですけどね」
ばあちゃるの言葉に、シロは歯切れ悪く頷く。忙しなく視線を動かす彼女の表情は、悩みのソレとは少し違う。
>>641
「うん……だよね! 皆が居ればシロたちは負けない! …………でもさ、なんでだろうね、何だか凄くヤな予感がするんだ。背筋がビリビリするの」
焦燥だ。シロの顔には強い焦燥が滲んでいる。言いしれぬナニカがシロを苛んでいる。
見かねたばあちゃるは彼女の肩に手をおき、戯けた動作でもう一方の手を振った。
「ま、まぁ……解らないものを気にしてもしょうが無いですし、楽しい話でもして気をまぎらわしましょうよハイ」
「だね……じゃあシロから話すね。えっとね、この船って”第七”宝船でしょ? 当然他の宝船があと六隻ある訳なんだけど……ソレがどこにあるか知ってる?」
「…………第七ってのは"七代目”って意味で、あとの六隻はとっくに沈んでる……とかですかね? 合ってますかシロちゃん」
「……ブッブー」
シロは自らを抱きしめるように腕を交差させバッテン印を作る。
─────シロの動作や言葉の節々には、隠し切れないぎこちなさが見受けられた。しかし、それを指摘する無粋な人間はいない。少なくともこの場においては。
「正解は『艦隊として運用すると収支が終わるから、7隻それぞれが独自に貿易をして稼いでる』でした! 船員の人たちから教えて貰ったんだ」
「へぇー、かなり現実的な理由っすね。じゃあオイラからも豆知識をば」
ばあちゃるはそう言って夜空を指さす。彼の指さす先には月が浮かんでいた。
ノッペリとした真鍮色の月。冬場の廃墟を思わせる寒々しい色合いだ。
「ついさっき気づいたんすけど……実はこの世界、月が二つあるんですよねハイ」
「…………」
────彼の披露した豆知識に、シロは何故か反応しない。真鍮色の大きな月をジッと見上げている。
>>642
「……ど、どうしたんすか?」
「この世界に……月は一つしかないの。先行した仲間からの報告で、それは解ってる」
彼女はゆっくりと、空に浮かぶ真鍮色のナニカを指さした。
「え……じゃ、じゃあ! アレは何なんですか?」
「……解らない。きっと良いものじゃない」
空に浮かぶナニカが段々とサイズを増す。雨が降り出す。本物の月が隠れた。
気がつくと、いつの間にか風が吹き荒れている。船員が鐘を鳴らしている。海が不気味に凪いでいた。
「は、はやく船内に逃げよう」
薄く清楚な唇を震わせ、シロが言葉を紡ぐ。ばあちゃるの手を引く。
「ええハ────」
シロの判断は間違っていなかった。だが遅すぎた。
真鍮の柱が海面を叩く。轟音。
「────」
豪雨、耳鳴り。果てしない轟音が鼓膜を破った。
水に浮かせた枯葉の様にクルクル回る船。消える平衡感覚、現実感。
二人が船から吹き飛ばされる。シロはがむしゃらに手を伸ばし、ばあちゃるを掴む。ばあちゃるもシロを掴む。暴風。
余りの強風が二人を空に巻き上げる。
「 」
音の消えた主観風景の中、シロは巨大な牡牛を捉えた。そして悟った。
─────月に見えたのは、ただの足裏でしかない。柱に見えたのは足。
ついさっきまで水平線の向こう側にいて、たったの一歩でこちらへ来たのだろう。
多分敵意なんか一切なくて、牡牛はただ歩いてるだけなのだ。ただそれだけで災害が巻き起こる。
「 」
シロは、アレが何なのか知らない。それでもアレの巨大さは理解できた。無論その強さも。
>>643
「 」
へし折れたマストがばあちゃるの頭にぶつかる。二人は引き離され、散り散りになって飛ばされた。
─────ここは特異点。無数の浮島と怪物が闊歩する場所。人智及ばぬ魔境。
アプランが毎日放送の子会社になってビックリした
それはそうと、今回はマリン船長とラークの掘り下げ回、ハプニング回、設定の細かい補足回でした
フルスペック状態(推定)のグガランナを描写できて大満足
裏設定
ヒトツキ
危険度:C(危険だが明確な対処法アリ)
蒼い体色を持った、やや大きめのキツツキ。名前通り人の頭を一突きして、死に至らしめる。
厳密には殺すわけでは無く、大脳だけを破壊してゾンビの様な状態にしてしまう。死ぬよりある意味酷い。
なお、ヒトツキ自体は人肉を食さない。ゾンビ状態の人間というスケープゴートを造る事で天敵の腹を満たし、自分等が襲われない様にしているのでは? という説があるが、実際の所は不明
かなり危険だが『丈夫な帽子や頭防具をつける』だけで対策可能。
また、人しか狙わないので『動物の被り物でヒトツキを騙す』方法も有効。
今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=undE1G2OgYA&t=2262s
おっつおっつ、島の奥の化け物に聞き覚えがある件については草、いや草じゃねぇ。従業員数にも驚かされましたな。
>>646
18人は少ないですよねやっぱ
島の奥の怪物は世界観とストーリーにいずれガッツリ絡む予定です!
>>644
ばあちゃるの日記
一日目
気がつくと、どこかの海岸に流れ着いていた。周囲には誰もいない。
何故かボールペンと日記が共に流れ着いていた(ビニール袋に包まれ濡れていなかった)ので、今後の事を書いていこうと思う。
ソウシナケレバ ナラナイ キガスル
頭が酷く痛む。記憶がハッキリしない。何か大事な使命?があった気がするが……思い出せない。
ひとまず、今日は流れ着いた物質をひたすら集めようと思う。
二日目
物資が集まった。五日分の水と携帯食料、カバン、ナイフ、キャンプセット……それと拳銃。かなりの成果だ。
周囲に誰もいないので、取り敢えず内陸に向かって歩く。人に会いたい。
三日目
砂漠。砂漠。どこまで行っても不毛の砂漠だ。サボテンすらほぼ見かけない。
砂漠にしてはそこまで気温は高くない…………気がする。ぶっちゃけこれが初砂漠(覚えている限りでは)なので、比較対象がない。
四日目
オアシスを見つけた。水を補給できた。木に果物がなっていたので、これを収穫した。しばらくここに滞在しようかとも思ったが、やめておいた。奇妙な地鳴りが聞こえたからだ。それが何なのかは知らないが、余りよい予感はしない。
それに、私は立ち止まりたくない。薄らぼんやりとした使命感が、得も言えぬ焦燥となって背中を焼くのだ。
食料と水はあと五日持つ。気張って行こう。
>>648
五日目
ふと気が付いたのだが…………この砂漠でまだ動物に会っていない。サソリとかラクダとか、一回位は見かけても良さそうなモノだが。
六日目
ここで初めて動物を見た。いや、アレを動物と判定していいのかは微妙だが。
私が見たのは巨大な芋虫。全身に凝固した砂を纏っていた。とにかくデカい、そしてノロい。
芋虫の出てきた穴からは水が噴出していた。オアシスで聞こえた地鳴りの正体は、正にアレだったのだろう。私は水だけ補給して足早に芋虫から離れた。
七日目
私の見る風景にはずっと砂しかなかったが、段々と岩も混じり始めた…………まあ大差ないか。水はまだ大丈夫だが、食料がそろそろヤバそうだ。
八日目
今日は野営の跡を見つけた。岩に打ち込まれたペグ(テントを組み立てる為の杭)の跡と、いくつかの忘れ物。
ただ、不可解な点がいくつかある。焚き火の跡が一切ない事。そして、私がこれらを考察出来ている事だ。
私は馬マスクを被っているだけの一般サラリーマン……の筈だ。
こんな異常な状況に置かれているのにも関わらず、私は冷静に行動している。良く考えてみると、これはおかしな事だ。
私の使命、未だ消えぬ使命感。それが背中を押しているのだろう。
九日目
砂、砂、たまに岩。この砂漠に変化はない。
今日で食料が尽きた。またオアシスを見つけられれば良いのだが。
>>649
十日目
腹が減った。水もそろそろ切れそうだ。生命力の減少、そして使命感と焦燥感が私を苛む。耐え難い。
砂地に足跡が見えた。多分幻覚ではない。足跡を辿ってみることにする。
十一日目
丸一日かけても足跡の主にたどり着けない。
日記を書いてる時に気が付いたのだが…………この足跡、人にしてはやたら深い。重い荷物でも担いでいるのだろうか。
水がついになくなった。人は水なしだと三日で死ぬそうだ。早く水と食料を補給しなければ。
十二日目
かなりマズイ。砂漠だからだろうか。三日はおろか、今日中すら持ちそうにない。意識が朦朧とする。日記を書いてる場合ではないのだが、如何せん歩く気力がないのだ。
……これから私は死ぬ。私の脳をかき乱すこの使命感は、あやふやなままに終わる。それが無念でならない。
マブタの裏に走馬灯が走る。会社の同僚たち、家族、友人、それと白髪の美少女。
他の人間はともかく、白髪の美少女は何なのだろうか? 幼げな見た目をしているが、妙に惹かれる。死を間際にして私のストライクゾーンが進化したようだ。
正直もっとマシな進化をして欲しかったが…………まぁ何でも良いか。
視界が暗くなってきた。もうほとんど何も見えない。奇跡的にまだ文字は書けるが、その奇跡もそう長く続かないだろう。
遠くから足音が聞こえてきた。幻聴、それとも死神の足音? どちらにせよ大差ない。
[数ページにわたって空白が続く]
>>650
十五日目
揺れる感触に目が覚める。気がつくと、私は誰かに背負われていた。
私を背負ってくれていたのは女性。青い瞳と蒼色のショートヘア、スレンダーな肢体、冷ややかな美貌。私が言うのもなんだが、とても不思議な人だった。
彼女曰く、私は三日も寝込んでいたらしい。倒れた私を看病しながら運ぶ……相当な重労働だったろうに。感謝してもしきれない。いつか恩を返したいものだ。
十六日目
今日も砂漠を歩いた。
背中を焼く使命感も、誰かと会話してる間は収まってくれる。
私が記憶喪失なこと、謎の使命感に駆られていること……色々な事を話した。
十七日目
今日は驚くべき話を聞いた。
私を助けてくれた彼女は、鉱石から錬成されたロボットであり……名前は2CHと言うことを。
2CHというのは2(完成品)Coal(石炭のように過去を留めた)Hauyne(藍方石のように美しく)という意味。
完成品を示す『2』を与えられたのは自分だけであると、彼女は少し誇らしげに語っていた。
ちなみに、この命名法則は彼女を作った種族に対しても適用され、その場合は最初の数字が0(未加工品)となるらしい。
この命名法則だと名前が被りまくりそうなモノだが……本来は数字の後に5文字以上アルファベットを連ねるのが普通なので、別に問題ないのだそう。
十八日目
2CHの持ってきた食料と水がアホ程あるので、食うには困らない。彼女の食う物と私の食う物が一致していたのも幸いだった。
…………だというのに、私の胸中には焦燥感が未だしつこく渦巻いている。使命とやらを早く思い出させて欲しいモノだ。
>>651
十九日目
今日も旅をした。どこまで行っても砂漠だ。靴がジャリジャリして少し気持ち悪い。
2CHさんに自分を見つけられた理由を聞いてみたら、『非再現的エネルギーをアナタから感知した』との事。
非再現的エネルギーというのは、『同じ条件を揃えても観測者や実験者などによって性質が変わる』、そう言ったエネルギーの総称らしい。魔術とか呪術とか、そういう特殊な物事に作用するそうだ。
……本当に魔術が実在するのか聞こうとも思ったが、馬鹿馬鹿しくなって止めた。
ロボットが居る時点で今更だし、そもそも私だって大概だ。砂漠を旅する記憶喪失の人間とか、我ながらフィクションじみているなと思う。
二十日目
2CHにここまで来た経緯を聞いてみた。
その時の会話がとても印象的だったので、小説形式で記録しておこうと思う。
砂漠を放浪する最中。私は襟を開いて汗による湿気を逃しながら、なんとなしに口を開いた。
「そういえば2CHさん、貴方はどうしてここに来たんですか?」
「………」
2CHは静かに目を細め、空を仰ぐ。逆巻く砂塵が頬をなでた。
「大した理由じゃありません。ワタシはただ知りたいのです、創造主たちの結末を」
「結末?」
「ワタシが目覚めた時、創造主はすでに滅んでいました。与えられた役割は『墓守』。”滅びゆく創造主”たちの最後の作品、残存リソース全てを注ぎ込んだ完成品。創造主なき後の都市、それを守護するロボット。それがワタシでした」
「……? それだと、2CHさんが居るのはおかしい様な。ここに都市なんてないですし」
>>652
私の質問に、彼女はこくりと頷く。クールな美貌に反した子供っぽい動作。無くなった記憶が妙に騒いだ。
「その通り。ですがこれには訳があるのです…………ワタシに与えられた使命は『1000年の間、都市を守れ』。そして、ワタシは1000年かけて使命を果たしました」
「使命……」
「使命を果たし自由となったワタシは、途方にくれました。これからどうすれば良いのか、どうしたいのか。己を問い直す必要がありました。その果てに見出した新たな使命、それが『創造主の結末を知る』……です」
彼女は夢見るように微笑む。果てしない砂漠に、確かな足跡を残しながら。
「創造主たちはせめてもの抗いとして、多くの同族を外の世界に送り込みました。
殆どは無為に死んでいるでしょう。しかし、この世界は呆れるほどに広大です。きっとどこかで創造主の子孫が生き残っていると…………そう思えて仕方ない。
だからワタシは探します、1000年後の創造主を。島から島へと旅をして」
「…………」
私は絶句した。絶句するしかなかった。1000年という時をひたすらに待つ。その凄まじさや、それを平然と言える彼女の精神性。
彼女は人のように喋り、きっと心を持つ。しかしその構造はどこか人と違っているのだ。それが良いことか悪いことなのか、私には判断がつかなかった。
乾いた熱気が私の頭を炙る。旅はまだ長そうだ。
二十一日目
体の変な部分に力を込める事で、肉体や触れたモノを硬化できることに気が付いた。
前に2CHが言っていた『非再現性エネルギー』とやらの影響だろうか。
[しばらく空白が続く]
三十日目
ついに人の集団と合流できた!
少し皮膚が岩っぽい…………というか岩そのものだが、人であることに違いは無い。意思疎通ができる。それだけで十分だ。
新学期のゴタゴタと軽いスランプ(それとライキン)で投稿が遅れました…………
シロちゃんのサブクランに所属しているので、もうじき起こる戦争が楽しみです
裏設定
2CH
元ネタ:2ch
ロボット。厳密に言うと、無機物製のホムンクルス。
人間とは違い『使命ありき』で生まれるので、その精神構造も使命に適したモノとなる。
砂漠島(正式名所は別にアリ)
殆ど砂漠だけの島。ほぼ何もない島。怪物とかもいない。植物もほぼない。
環境の危険性は極めて低い。食料と水さえあれば子供でも生きていける。
今回のbgm
https://www.youtube.com/watch?v=RtLLZrd8T-A
今回短めなので
出し損ねた裏設定出しときます
グーグルシティと臓硯について
聖杯の力でほぼ不老不死と化した臓硯を封印するための封印はニ重に施されていた。
聖杯の霊脈を転用した一つ目の封印(霊脈の乱れにより破壊済)、楽園(グーグルシティ中心の隔離地域)を囲う壁を用いた封印
本来は程々に強い怪物(カカラの事)を生産させ続け、市民が武装するように誘導しつつ、聖杯のエネルギーを何十年もかけて枯渇させる計画だった
それだけだと破綻のリスクが有るので『楽園の内部に精鋭を配置しておき、万が一封印を破ったら一斉に叩いて再封印』という第二案も完備
本編で臓硯が最初から逃げなかったのは楽園の封印によるもの
聖杯パワーブッパすれば逃げられなくもなかったのだが
それやると大幅に弱体化=討伐のリスク
になるので実質不可能だった
本編ではほぼ言及されなかったが
間桐家、アインツベルン、遠坂の魔術を総動員して『不死殺し』
も並行して研究していた
臓硯にトドメ刺したシンジコ.ピーがそれ
大まかな作成方法・原理としては
@蟲毒を通じて複数の魂を一匹の蟲に押し込む
A魂は予め埋め込んておいた複数の宝石にそれぞれ保管
B蟲の体を揺りかごとし、宝石内部の魂を少しづつ無垢に近づける
準備完了
C相手の内部に無垢の魂を送り込み(針や牙を通じて)、相手の魂を希釈
D送り込んだモノを相手の魂ごと再度吸収
E内部の宝石で分割保管
F分割した魂を 無垢化&別個の存在として成立させる
G不死性に抵触する事なく事実上の殺害が完成
…………と、かなり複雑かつ殺意に満ちた原理となっている
おっつおっつ、お疲れ様です、凄かったっすね戦争(対岸の火事)馬ならなんか分からんがなんとなく生きてけるイメージ
>>656
馬はマイクラのバトルロワイヤルでも何か終盤まで生き乗ってた男ですからねぇ…………
>>653
三十一日目
岩肌の集団。白い装束を身にまとった彼らは、自分等をウルクと呼称していた。
この呼称には特別な意味があったそうだが…………その中身は殆ど失われてしまったらしい。
この地で外来人はかなり珍しいそうで、2CHさんと共に手厚い歓待を受けた。干しサボテンを乗せた果実は、とても美味しかった。
少し不思議なのは、彼らが皆小食な事だった。水すら殆ど飲まない。
三十二日目
集団の長に会った。顔をほとんど隠した、大柄な男。雨垂れに長年打たれた岩が人の形を成した様な、如何にも智慧深そうな見た目だった。
彼から色々な話を聞けた。この砂漠には元々大きな都市があった事、神の怒りで壊滅した事…………分厚い岩に覆われた長の口が、遥か昔の過去を紡いでくれた。
『昔々の大昔。とある神が怒り荒んだ。生命の大母、万物の祖先。母たる神を忘れ繁栄する人間を憎悪した。よって今の人間を排し、新人類を創らんとしたそうな。
湧き上がる怪物。黒く染まる海。気がつけば、ほとんど何も無くなっていた。千々に千切れた大地、僅かに生き残った人類、無数の新人類。
母の作った新人類────ラフム────は完璧だった。食事を取る必要がなく、生存競争をする必要がなく、生まれた時から知性を持つ。それ故に歪だったそうな。
戯れに他を弄び、生存競争に関係なく他者と殺し合い、与えられた知性はどこか空虚。人類とかけ離れた新人類。愛するからこそ憎い。矛盾した母の感情を、新人類は体現していた』
>>658
『新人類が生まれてからしばらく後に、彼らは母に反旗を翻した。そこに深い理由はなく、ただの享楽だったそうな。
母は彼らに逆らうことなく、されるがままだった。されるがまま泣いていた。
母たる神は死に、涙は広大な海に、死骸は島へ。矛盾した心は二頭の龍に姿を変えた。
新人類はほとんどが退屈故に命を断ち、今に至るそうな』
余りにも神話じみた、しかし否定もし難い。眼の前には岩肌の人間がいて、仲間はロボット、周囲はファンタジーめいた不毛の砂漠。わざわざ嘘をつく理由もない。
遥か昔から変わらぬであろう砂混じりの風。絶えることなく私の背中に吹きつけていた。
三十二日目
今日は岩肌の集団……もとい、ウルクの人達の仕事を手伝った。今日の仕事は家の作成だ。
彼らは白い被膜と動物の骨を組み合わせて大きなテントを作る。被膜は『サンドワーム(私が前に見かけた巨大なイモムシの事だ。脱皮の為に時折地上へ上がってくるそうな)』、動物の骨は時々漂着する大型動物を解体して手に入れるとのこと。
彼らの手際は恐ろしく速く、子供ですら熟練の職人めいて手を動かす。私と2CHに出来る事はあんまりなかった。
長に至っては他の3倍は手際が良い。あの巨体の何処にあんな瞬発力が有るのだろうか?
彼らは笑って『手伝ってくれるだけでも嬉しい』と言ってくれたが、その好意に甘え続ける訳にも行かないだろう。精進せねば。
>>659
三十三日目
最近気付いた事がある。ウルクの赤子には岩肌が発現していない事だ。不思議に思って聞いてみると『岩肌の力は儀式によって後天的に発現するもの』と教えて貰えた。
ちなみに岩肌が発現すると食事がほぼ不要になるらしい。正直うらやましいと思った。岩肌自体もかなりカッコイイし。
……それを何となくウルクの人達に伝えたら、微妙な顔をされた。無神経な発言だったか。
三十四日目
人(ロボット)と合流し、今度は人の集団と合流し、飢え死ぬ心配はもうない…………それ故、私は新たな道を見つけなければならない。未だ詳細不明の使命感が私の足を進めさせるのだ。
一度は『1000年の勤めを果たし切った2CHに比べれば、私の使命なんて気にするほどの事でもない』と思おうともしたが、やめた。かすり傷だろうと痛いモンは痛いのと同じように、気になるモンは気になるのだ。
知らなきゃいけない…………という義務感があるし、知りたいという欲望も少しある。
失った記憶と向き合うべき時が来たのかも知れない。
三十五日目
意気込んだのは良いが、記憶喪失ってどう治せば良いのだろう? そもそも治せるモノなのかコレ?
……いや、きっと何かある。歩き続ければ、考え続ければ、きっと解決策が見つかる。焦りに吞まれてはいけない。この砂漠と同じだ。どれだけ茫洋としていようが、果ては必ずどこかにある。
私はただ、進めば良いだけだ。その筈だ。
>>660
三十六日目
ウルクの子供たちに頼まれて一緒に遊んだ。丈夫な岩肌を用いた人間砂丘スキー。こんな環境でも子供は元気だ。
私は硬化が使えるのでどうにかなるが、2CHには流石にキツイだろう…………と伝えたら彼女は怜悧な顔に笑みを浮かべて、足裏に蒼い宝石板を生成すると、それはもう見事な滑りを見せてくれた。(2CHは一時的に宝石を生成し、操作出来るそうだ)
……その後に長もスキーへ誘われ、これまた見事な滑りを披露した。昔は村一番の砂スキーヤーだったらしく、その腕前は今も健在だとか。
三十七日目
ウルクの人達はテントを張り直しながら何日かごとに移動している。
理由を長に聞いてみたら、彼は泰然と空を見上げて『私の葬式をする為だ』と言った。
死ぬにしては余りにも軽く、冗談にしては真剣過ぎる口調。私はどうにも解らなくなってしまい、それ以上のことは質問出来なかった。
三十八日目
記憶喪失を治す方法がどうしても思いつかないので、思い切って2CHに相談してみた。これ以上お世話になるのも……とは思ったが仕方ない。聞くは一時の恥、という奴だ。
それはさておき、2CH曰く
「私の故郷には高度な医療施設があるので、多分どうにかなります。ただここへ来る時に船が沈没してしまっている」
とのこと。
こんな砂漠しかない土地に、船なんてあるのだろうか。あったとしてもくれる訳がない。船というのは替えの効かない財産だ。そして私に船に対価を払えるほどの持ち合わせなど無い。
ウンザリする…………だが進まねば。進まねば。
※
>>661
いつもの様にテントを組み立てる。ばあちゃるも2CHも、この作業にすっかり慣れていた。
2CHがスフェーンの頭を撫でると、彼は懐いたネコの様に目を細める。スフェーンはばあちゃる達に仕事を教えてくれた男の子だ。今でも手が空くと手伝ってくれる。
「今日の仕事もつつがなく終わりましたね。食事を取ったら早めに寝ましょう」
「そっすね。昨日は砂塵が酷くてちゃんと寝れませんでしたし」
互いの背中についた砂埃を叩き、こった首肩を回してほぐす。
ばあちゃるの着てる服は、この”島”へ漂着した時と同じ。汗がしみ込んでも明日にはキレイになるし、糸がほつれたりもしないから問題ない。多分魔術的なナニカが掛かっているのだろう。
テントの中に入ると、ばあちゃるはナイフに砂をかけて擦った。そうして刃に浮いた錆を取る。ナイフはテントの設営位にしか使わない。だからマメに研ぐ必要なんてない。
それでも、ばあちゃるは研ぐ。深い理由はない。使命のもたらす焦燥感、それに向き合わねばという義務感が、手を止める事への恐怖を齎しているから。理由はそれだけだ。
「……」
ポン、ポン、とテントの入り口を弾く音。来客を知らせる音だ。
ばあちゃるはポン、ポン、ポン、と内側から三度弾き返す。入っても良いよと知らせる為の動作だ。
少し間を置いて、人が一人入ってくる。入って来たのは恰幅の良い男。真っ黒な岩に覆われた男。ウルクの長だ。名前は『ビルガメス』。かつての偉大な王を悼んだ名だそうな。
「ビルガメスさん。いつもお世話になってます」
「ああ……ばあちゃる君。時間はあるか?」
「ハイ、大丈夫っす」
「ついて来てくれ」
>>662
長はそう言うと、ばあちゃるをテントの外へ連れ出した。
ウルクの皆がいる場所を通り抜け、小さな砂丘を幾つか超え、小高い大岩の上にたどり着く。辺りはすっかり夜、肌寒い。
長は自身の纏っていた上着を取り、ばあちゃるに被せる。
「少し寒かったな」
「全然大丈夫で──────」
「すまん。私はもう温度を感じ取れなくてな」
しばし沈黙。長の唐突な発言を、ばあちゃるは処理出来なかった。
「……え?」
「儀式によって発現する能力『自己石化』…………この能力の本質は、自己を岩へ近づける事にある。岩に近づくから食事がほぼ不要になる。不毛の砂漠でも生きていける。
しかしリスクも存在する。それは感情や五感が少しずつ死んでいく、という事だ」
「ど、どういう事っすか?」
「岩に感情はないし、増してや五感なんてモノはない。だから自己を岩へ近づけて行くと、そういった人間らしいモノが失われてゆく……そして終いにはタダの岩に成り果てる。
だからと言って、岩であることを止めれば飢えて死ぬ。
岩となって生き、岩となって死ぬ。それが私たちの運命だ」
──────長は大岩に身を横たえ、瞼を閉じる。彼の輪郭は自然と岩に溶け込んでいた。彼は腕を伸ばす。空に浮かぶ青白い月へと。
長の表情に恐怖はない。長の表情に悲しみはない。長の表情に怒りはない。恐怖も悲しみも怒りも、もうほとんど枯れている。
「…………それは、辛くないんですか?」
ばあちゃるが言葉を絞り出す。長は横になったまま、ゆるゆると首を横に振った。
砂塵混じりの荒涼とした風が吹く。
「辛くはない。もう慣れたし、辛いという感情そのものがもう薄れている……ただ、子供や、ずっと先の世代にも同じ生活をさせると思うと…………呆然とする」
>>663
「──────」
「とうの昔に廃れた信仰がある。『楽園信仰』、100年後に楽園───豊かの地───への箱舟が来るという…………100年以上前の信仰だ。
ここには何もない、何も無いから誰も来ない。誰かしら流れ着いたとして、大抵は広大な砂漠の中で飢えて死ぬ。だからこそ外へ憧れる。外に楽園を夢見た。
ばあちゃる君。君らが来たのは奇跡だ。きっと数百年に一度の奇跡だ。夢見ることすら諦めた私たちに、外の風を吹き込んでくれた」
風が吹く。静かに、ただ静かに長が笑った。感情が枯れていても、彼は笑う事が出来る。
長の見た目は悲しいほど岩に近く、それでもまだ人間だった。
「私はもう長くない。もうじき岩に成り果て、長たる私の葬式がとり行われる…………そしてその時、小舟を海に流す。流れ着いた骨とサンドワームの皮で作った小舟だ。
船が欲しいんだろう? 良ければ受け取ってくれ。どうせ海に流してそれっきりだ。誰かの役に立つのなら、それが一番良い」
「……ありがとうございます」
「それともう一つ。君はいつも悩んでいたね? 多分、私の葬儀で悩みに決着をつけられると思う。だから見届けてくれ。私の最後を……そして私達の生き方を」
.liveの新しい子を見るのが楽しみ!
ずっと前から構想してた部分に入れて楽しい
裏設定
ビルガメス
ギルガメッシュの古い呼び方。設定上はギルガメッシュでも良かったが、紛らわしいので辞めておいた。
>>667
この世界線にカルデアは居ません
なのでまぁ、そう云うことです
新人の中で、傘付いてる子が気になります……!
>>664
「…………ッ」
「歩くのがキツければ手伝いましょうか? ワタシは完成品の2CH、歩行補助の最適解もインプットされておりますが」
長と話した夜からしばらく、ばあちゃるは2CH、ウルクの皆と未だ旅を続けていた。ばあちゃるの中で焦燥は燻り続けているが、これまで程では無い。
とはいえ傾斜のキツイ坂、砂だけで構成された坂を延々と登るのは肉体的に辛い。見上げる程に巨大な砂丘を三時間は登っているが、未だ天辺は見えてこないのだ。おまけにこの砂丘は山脈の様に横へ延々と延びている。
背後以外は砂、砂、砂。見渡す限りの灰黄色。ここに三日もいれば気が狂うに違いない。
尚、そんな状況でもウルクの子供達はキャイキャイと元気にあちらこちらを駆け回っている。子供の体力はともすれば魔術より摩訶不思議だと言えよう。
「大丈夫っす……多分。というか2CHさんって多機能っすよね」
「ハイ。滅亡を前にした創造主達は、ワタシに全リソースを注ぎ込み、それは情報も例外では有りませんでした。因みに『開発者達の自作ポエム』なんてのもインプットされてます。結構な良作ですよ。気晴らしに聞きますか?」
「お願いしま──────ん?」
ふと、ウルクを先導していた長が足を止めた。長は文字の刻まれた粘土板を取り出し、地面を擦る岩のように重く非人間的な声を発する。
>>669
「天命の粘土板をここに掲げる。これぞ我らウルクの王権なり。我が名はビルガメス。偉大なる王ギルガメッシュの代理なり。
かつて荒ぶりし神よ。神の死体より生まれし二匹の龍、分かたれた愛憎の片割れよ。其方は愛なり。黙して動かぬ静かの龍よ。貴方の愛は不動。滅びし者達を、切り捨てられし物達を、涙の海で受け止めし。
しかし愛は償いにならず。貴方の罪と貸与されし王権によって命ず。その巨体を持ち上げ、道を開け」
長は粘土板を仕舞って立ち尽くした。杭のように。
しばらく待つと大地が揺れた。
「…………!」
砂丘の山脈が唸る、持ち上がる。堆積した砂を持ち上げ龍が身を起こす。搔き分けられた砂が波の様にうねり流れる。
現れた龍の姿はひたすらに壮大。黒鉄色の鱗には傷一つなく、その威容は天を突く。『そこに有る』それだけで偉大なモノもあるのだと、ばあちゃるの本能に叩きつけられた。まるで真鍮色の──────
「……ッ」
マスクの下でばあちゃるの顔が歪む。失った記憶が微かに揺れ動いた、その痛みで。
ばあちゃるがそうこうしている内に龍は身を起こし切った。先にある光景が見える。
──────果てしなく広がる石の平野。木々の代わりに巨大な石筍(尖った石突起)が生えている。石筍は鍾乳洞にしか生えない筈だが。不思議だ。
「…………」
長が歩を進める。皆が彼に付き従う。先ほどまで無邪気に遊んでいた子供たちすら厳粛な空気に飲み込まれ、口をつぐんだ。
前進。前進。ただ前進。押し出されるように、放浪めいて龍の下を通過する。
ウルクの最後尾が通過しきっても龍は元に戻ろうとしない。長の葬儀が終わってウルクの皆が帰った時、その時にまた体を横たえるのだろう。じっと、身じろぎ一つせず。ばあちゃるは何となしにそう思った。
※
>>670
数十分後、ばあちゃる達は岬にいた。一面が岩で満たされた岬だ。岬の先には黒く滑らかな立方体が鎮座している。
先ほどよりも石筍の形が多く、先ほどよりも形が荒い。それほど綺麗に尖っておらず、人の様な形を成している。
──────実際、これは元々人だったモノなのだろう。寿命を迎えたウルクの人達が石像と化した後、長い長い年月の中で削れて石筍となったのだろう。気の遠くなるような話だ。
ばあちゃるはそんな事を考えながら、黙々と手を動かしていた。今は長をあの世へと送り出す準備の最中だ。
「……あと少しですね」
あちらこちらに建てられた骨の柱。骨の柱を縫うように糸が張り巡らされ、そこに様々な飾りが吊り下げられていた。飾りにはサンドワームの蒼血で染めた小石、複雑な文様を刻まれた獣骨等、様々な品が吊られている。
長は座禅を組んで黙す。これから行われる葬儀も、きっとこの砂漠の様に重々しいのだろう。
「……」
───────葬儀の準備が終わった。ウルクの皆が集まり、人の輪を組む。(勿論赤子は別として)
ばあちゃると2CHはその輪から少し外れた所に立っている。余所者である自分たちが大事な葬儀に参加して良いのか、測りきれずにいた。
「────」
ガツン、と音がなる。岩と化したウルクの足が大地を踏み鳴らす。
続いて三度音がなる。一つ一つ間をおいて重々しく。
そして──────
「畜生!!」「死ぬなよ長!」「長に美味いモンご馳走したかった!」「悲しみすら薄れて行く!」
「…………えっ」
>>671
──────烈火のごとく音がなる。強い感情に満ちたウルク達の怒号が響く。一定のリズムをもって岩の大地が踏み鳴らされる。踊る。
彼らは踊る。岩の如き無機質な長を囲んで。彼らは踊る。泣きながら。彼らは踊る。全霊の怒りをもって。
彼らは泣いている。悲しむ事すらできない長の代わりに。
彼らは怒っている。擦れ行く己の心に怒りを刻んでいる。
「おいで」
ばあちゃると2CHはウルクの女性───見るからに若く感情もまだ豊かそうだ───に手を引かれ、輪の中へ招かれた。彼女は踊りながら囁く。
「……私たちの葬式、どう思いますか?」
「いや、その……」
「ふふ、意地悪でしたね。ぶっちゃけ私たちの葬式は異常です。でもね、こうでもしなきゃやってられないんですよ」
「やってられない?」
彼女は小さく頷いた。
「そう、やってられない! この砂漠は理不尽で一杯! …………何の実りもない大地、岩と同化して擦れ行く心……極まれに流れ着く書物は実り多き大地の存在を教え、それが私たちを惨めに感じさせる。
私たちが生きるのに必要な物はあっても、豊かに生きる事はできない。だのに不毛さを感じる時間だけは腐る程ある!」
「…………」
ばあちゃるは何も言えなかった。改めて突き付けられる悲惨さに。それをどこか明るく言い放つアンバランスさに……そう、彼女は確かに笑っていた。泣きながら。
>>672
「そうさ! 稀に気概のある者が海へ出るが、そいつらは一度だって戻らない…………俺の友達も小舟で海に出てそれっきりさ。
優しい奴らは口を揃えて『外が楽しすぎて故郷の事を忘れちゃってる』なんて慰めてくれるが、それが有り得ない事ぐらい子供でも解る!」横からウルクの男が口を挟む。
「何が一番辛いかと言えば、誰も恨めない事だね。伝承によれば神が一度世界を滅ぼしてこうなったそうだけど……その神は人間を作ったんだってさ。
私たちは親を恨めるほど柔軟じゃない。子供の悲哀って奴だよ」女性が言葉を継ぐ。
「だから、せめて理不尽そのものに対してだけは怒るんだ! 何の意味もない訳じゃない。感情を発散すれば心に整理をつけられる。そうしなきゃやってらんない! そうしてやってくのが俺たちの生き方さ」
「もう長は泣くことも笑う事も出来ないし、私も遠からずそうなる…………だからこそ送り出す私達だけでも感情的にならないと」
破壊的なステップを踏み鳴らし、ウルクの男と女は踊りへと戻る。
怒りの叫びが混ざり合ってうねりと化した。踊りにリズムは最早なく皆感情のままに岩の大地を踏み鳴らす。気がつくと、ばあちゃる達も輪に混ざっていた。
「────────────」
踊る。踊る。叫ぶ。ばあちゃるは果たせぬ使命、内容すら不明な使命への恨みを叫んだ。ウルクと共になって。彼は記憶を無くしてから初めて弱音を吐いた。
2CHも共に踊る。何も言わず、ただ慈しみの籠った微笑を浮かべて。
熱狂は最高潮に──────
「zeq! zeq! 生g残zq!」
その瞬間、黒色の怪物が葬儀に割り込んできた。縦向きに口の付いた真っ黒な怪物。足は退化し、昆虫のような細長い四本の腕で体を支えている。怪物の声は酷く不明瞭で、頭蓋の中を引っかかれるような不快感を与えて来る。
>>673
一見すると恐ろしい怪物……しかしその姿を詳細にみれば、むしろ痛々しさが勝った。半分以上抜けた歯にあちこち捻じれた体。黒々とした体表には数え切れない量のヒビが走っていた。
「…………」
止まる踊り、静寂、急速に冷える熱狂。この場にいる誰もが怪物への対応を決めかねていた。無視するには余りにも異様すぎ、かといって即座に排除を決めさせる程でもない。
「あ、あのー。どちら様ですか? 意思疎通は出来ますか?」
膠着を破り前へと進み出るばあちゃる。声こそオドオドしているが、彼の歩みに迷いはなし。
「旧人類t@話dt:.u! 死<」
「…………!」
近づいたばあちゃるが問答無用でぶっ飛ばされた。四本ある腕の一本を使い、薙ぎ払われた。やにわに殺気だつウルクの民と2CH。ウルク達は岩と化した拳を構え、2CHは宝石製の薄刃を形成する。
──────そんな彼らを、起き上がったばあちゃるが静止した。咄嗟に硬化して怪物の攻撃を防いでいたのだ。
「皆さんは葬儀を続けて下さい。長を送り出す為の大事な行事、こんなのに邪魔されちゃいけないっす」ばあちゃるはナイフを抜き放つ。
「……そりゃ葬儀は大事さ。でもお前の命程じゃない」ウルクの男が止めようとする。先程ばあちゃるに話しかけた男だ。
「オイラはここに流れ着いてから、色んな物を与えられました。ウルクの皆さんと2CHさんに。オイラはもうじき海へでます…………ここらで恩返ししとかないと、一生借りっぱなしになっちゃいますよハイ」
ばあちゃるはそう言って「無視r.u!」
>>674
「それにオイラ、こんな感じの怪物と沢山戦ってきたような…………そんな気がするんすよハイ。まぁ記憶はないだけど」
飛び掛かって来た怪物を冷静に受け止め、投げ飛ばす。怪物は岩の大地へしたたかに打ち付けられる。
ふらつく怪物。ばあちゃるは三歩距離を取ってナイフを構えた。
「オイラはばあちゃる。ウルクの食客、記憶喪失にして2CHと共に旅する放浪者。もし貴方に言葉があるなら……どうか名を教えて頂きたい」
「…………ラフム」
そう返した怪物の──────ラフムの声は明瞭だった。
家庭の事情があって投稿が遅れました
ウルクの葬儀コンセプトは『ハカ(ニュージーランドのアレ)+ファンタジー』です
せつーなすこ
裏設定
『サンドワーム』
危険物 D(無暗に近づかなければ無害)
アホ程デカいワーム。普段は深い地中にいるが、時折脱皮の為に地上へ出てくる。
脱皮した皮は他生物のタンパク源やテントの建材として使用される。
極まれに水脈を掘り当ててオアシスを作り出す事もあるなど、非常に有益な生物。
今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=8P7Hn9MI24g&list=PLUjwA-Z4c05rAfdrDkQt8ZJP7iohktSIP&index=65
今回少しボリューム少なめなので
追加で設定置いときます
『葬儀について』
元は5年に一度行われる楽園信仰の儀式であった。100年後に来るという、楽園行きの箱舟へ声を届ける為の儀式であった。
年に関係なく、長が死ぬと儀式が執り行われた。楽園を見ぬまま死んだ長を悼む為に。
楽園信仰が廃れるにつれ儀式の頻度は減り、長が死ぬ時にのみ行われるようになり、その意義からも楽園信仰は失われていった。
>>678
葬儀は死人の為だけではなく、残される人の為にもある
それを最近教えてもらいました
新人たちみんなフレッシュですこ
夏の侵略も楽しみです!
>>675
「オイラの名前は…………ばあちゃる」
名を名乗り合う。ごく僅かに頭を垂れる。人としてなら当然の礼儀。
人間の礼儀など知るハズもないラフムは、ばあちゃるの行った作法に追従した。
それが何故かは解らない。ラフム自身にもハッキリとは解らない。ただ間違いないのは、互いに礼を交わした瞬間、そこに人と怪物の確かな交流があったという事。それだけだ。
そして、その交流は刹那に終わる。
「!」
ラフム、ばあちゃる。両者同時に岩の大地を蹴り前に飛び出す。三歩分の間合いが瞬時に詰まる。
何か攻撃をすれば確実に当たるが、同時に避ける事も出来ない。思いがけず踏み入った危険な距離。退くか押すか、降ってわいた偶然が両者に最初の判断を迫った。
「シッ!」
「!?」
結果ばあちゃるは押して、ラフムは退いた。ばあちゃるの振るったナイフが下がり際のラフムを捉え──────刃が通らない。ひび割れてもなお固い甲殻が彼の手を痺れさせる。
しかしそこで止まらないのが今のばあちゃる。今の彼は悩みを解消したばかり。度胸も判断力も絶好調。
彼はラフムの体に飛びつき、硬化させたナイフを殻のヒビ割れに差し込んでメチャクチャに回した。このままヒビ割れを広げて殻を壊す心づもりだ。
だが、ラフムとてそれで終わる程ヤワではない。
──────戦う二人の後ろで葬儀が再開する。どこか遠慮気味に大地が打ち鳴らされ始めた。
>>681
「離;\!」
黒鉄の怪物が叫んだ。重量200kg以上の巨体をメチャクチャに振り回し、岩の大地へばあちゃるを叩きつける。
ばあちゃるはソレに全身硬化で応じ、そして苦痛を絶える為に歯を食いしばった。いくら身を硬くしようと内部に伝わる衝撃まで無効にはならない。無論ばあちゃるとてその程度の対応は想定済み。左手でラフムの体をしっかりと掴み、右手でナイフを掻き回した。全霊の力をこめて。
──────ウルクの葬儀が徐々に激しさを取り戻す。うねりを成す悼みの叫び、硬質化した肉を叩く音、祈りと怒りを踏み刻む音、軋むラフムの甲殻と攪拌される肉。生臭い命のやり取りと、失われる命を悼む葬儀。相反する二つの音がごく自然に混ざり合う。
「こわ、れろっす」
技術もクソもない我慢比べ。退いたら負けの耐久勝負。先に退いたのはラフムだった。
「…………付g合eg;無e!」
頑強な節足を自身に叩きつけ、ラフムは自分の甲殻を破壊する。そうしてばあちゃるをどうにかこうにか引き剝した。ラフムからヘドロじみた高粘度の血が零れ出る。
「…………」
──────葬儀の踊り。ずっと上がり調子だったリズムが徐々に落ち着きを得て行く。
ナイフで傷口を抉られたラフム。岩の大地に何度も叩きつけられた ばあちゃる。傷を負った両者はつかの間息を整える。
戦いの中に生じた僅かな休戦時間。これ幸いにとばあちゃるは思考を回す。
>>682
(前に戦ったカ■■や、シャ■ウ■■ヴァ■■は個体としての死を一切恐れていなかった。だから殺し切るまで安心できない”怖さ”があった。
だがラフムは違う。自分の命や痛みを行動原理に含めていて、怪物というよりむしろ以前に闘■場で戦った…………そうか、少し思い出して来たぞ。
記憶を失う前、自分は怪物どもと戦っていた。何故かまでは思い出せないけど、それは間違いない。だから、こんなにも”体が思い通りに動く”のだろう)
「異常q@。僅t───q@t@確ti───人k領域=超越dwe.」
「…………」
休戦の終わり。先に動いたのは ばあちゃる。懐から拳銃を抜き撃った。
動作開始から撃ち終わり───銃を掴み、取り出し、狙いをつけ、トリガーを引く───までにジャスト1秒。充分な訓練を受けた軍人並のスピード。ラフムは反応しきれず、甲殻の剥げた部分に弾丸が入り込む。
「──────!?」
声にならない苦悶と共に複数の節足を振り回すラフム。その時、節足の一本が偶然にも岩に当たり、葬儀に参加しているウルクの子供に向かって飛び──────2CHがその岩を受け止めた。蒼い宝石の盾を生成して。
「流れ弾が来ても私が処理します。安心して戦いに集中して下さい」
「あざっす!」
後顧の憂いが消えたばあちゃるはラフムに襲い掛かる。ラフムは精彩を欠いた動きでそれをどうにか凌ぐ。
何度も、何度もそれが繰り返された。繰り返す度にばあちゃるの動きは鋭くなり、ラフムの動きには怯えの色が強くなる。
──────葬儀のリズムは単調に。感情の発露であるウルク各々らのステップが足並みを揃えた。長を失う理不尽への怒りが枯れ、皆の感情が悲しみに向かっていた。終わりが近い。
「ハイ! ハイハイハイ!」
>>683
ばあちゃるのナイフが振り抜かれる。短期間に何度も衝撃を受けた甲殻がついに崩壊を始めた。一振り毎に舞い散る破片と血。
苦し紛れに振り回される節足は掠りすらしない。
「7/\……止/wh;」
ついにラフムの動きが止まり、弱々しい呟きを漏らすだけになった。別に死にかけている訳ではない。傷は決して浅くないがまだ戦える。
ただ……心がポッキリと折れてしまったのだ。
生まれつき強靭な体を持ち、天敵も寿命も病もないラフムにとって『死』の迫る感覚は余りにも恐ろしかった。それは幼子が闇を恐れたり、大人が未来を恐れたりするのと同じ、『未知』への恐怖であった。
「……大技の準備っすかね?」
しかし、ばあちゃるは止まらない。ひたすら攻撃し続けている。
当然の帰結だ。言葉が通じない以上、ラフムの心が折れている事なんて解るハズがない。これは人と怪物の殺し合いで、人同士の戦いとは違う。
そもそもこれはラフムの方から仕掛けた殺し合いだ。
葬儀もほぼ終わりとなり、場に静寂が満ち始める。ばあちゃるがラフムを砕き、裂く音だけが無機質に響く。岩の大地に祈りと血がしみ込む。
「……溺;.94u眠気、氷k94i冷qeuitk指先。b;fuyq@? 0qdk知oue感覚q@」
最早抗う気力すらない。死ぬのは恐ろしく、それ故に向き合う事も抗う事も困難であった。真の恐怖とはそういうモノだ。
ラフムは観念して瞼(にあたる器官)を閉じる。
「…………?」
しかし、何時まで経ってもラフムに死の気配が迫ってこない。怯え切った怪物はナメクジのようにゆっくりと目を開き、そしてばあちゃるがナイフを納めるのを見た。
>>684
──────別に、ばあちゃるが突然怪物愛護に目覚めたとかそういう事はない。ウルクの長の死を察知しそちらを優先しただけだ。
ウルクの長、ビルガメスは死んだ。その死は実に静かなモノだった。岩の如き存在から本物の岩へ。それは本当に些細な”変化”だった。それでも尚、生死の境に横たわる差は歴然としている。
『長であったあの岩は、もう生きていない』。理屈ではなく心でそれが解ってしまう。眠りと死の違いが解るのと同じように。
「……」
長の死を察知した瞬間、ばあちゃるは戦士から人間に戻った。戦士には祈る為の手がないから。
もしラフムが健在ならこんな事は絶対にしなかっただろう。だが、もうラフムは動いていなかった。勿論それでも多少のリスクはあったが、色々と世話になった長の死を軽いモノにしたくない気持ちが勝ったのだ。
「…………」
長への黙禱を終えた ばあちゃる はラフムの方へ向き直る。ナイフはまだ抜かない。『今退くなら見逃す』と態度で示している。
彼のメッセージを受け取ったラフムは少し迷った様子を見せたものの、結局は大人しく去って行った。
「m4b@/yq@」
「……フゥ」
──────ラフムが完全に去ったのを確認し、ばあちゃるは覆面の中で安堵の溜息をつく。もちろん相手を殺す覚悟はあったし殺す気でもいた。だが、殺さないで済むならそれが一番だ。
ばあちゃるはその場に座り込み、覆面のすそを持ち上げる。そして戦闘中に流れた汗と血を拭いた。
「よくよく考えてみたら……後で改めてウルクの人達に襲い掛かってくるかも知れないっすねハイ…………」
>>685
「その時は俺たちで倒すさ。ありがとう、俺らの為に戦ってくれて。お陰で葬儀をつつがなく行えた」ウルクの男性が近づいてくる。葬儀の時にばあちゃると話した人だ。
「オイラの勝手な恩返しですよ」
小さくアゴを上げ、ばあちゃるは頬の下側をポリポリと掻く。
「その恩返しに恩返しがしたいんだ。これを…………受け取ってくれ」
「……これは?」
男がばあちゃるの手にナニカを押し付けた。ごく小さな黒色の石と──────半分に割れた大きな水晶玉を。
「石の方は、俺らの岩石化を使えるようになるブツだ。飲めば使えるようになる。あそこの岬にでっかい立方体があるだろ? アレがこいつを生産してくれるんだ。まぁ原理も由来も解らねえんだけどな。
それと、渡した俺がいうのもなんだが、可能な限り飲まない事をオススメする。岩石化の代償は人間性だ。だがそれを差し引いても、役に立つ。そんで水晶玉の方は──────」
ウルクの男は岩製の顔面に悪戯っぽい笑みを浮かべ、ばあちゃるの耳元に口を当てた。
「ウルクの秘宝、導きの灯だ。万民を楽園に導く灯さ」
「えっ!? そ、そんな大切なモノ貰えないっすよ!」
ばあちゃるは水晶玉から手を離す。
「良いんだ。というか……貰ってくれ、頼む。
ぶっちゃけこれさ、楽園信仰で生まれたなんちゃって秘宝なんだよ。灯とかいう癖に今まで一度も光った事ないし…………だからさ、こいつの幻想を終わらせて欲しいんだ。
いつも悩んでた使命を終えたら、またこの島に戻って来てくれ。数年はここらの近くで待ってるから。そんでどんな島に行って、どんな冒険してきたか教えてくれよ。それで……………………『灯はなんの役にも立たなかったので、路銀の足しにしました』なんて風に言ってくれ」
「それは…………流石に」
>>686
「頼む。お願いだ。とっくのとうに廃れた楽園信仰の秘宝なんて持ち続けているから……俺たちは楽園への幻想を捨てられないんだ。
とっくに廃れた信仰を忘れられないんだ。今代の長が死んで、お前等がきた。今が切り替えの時なんだ、今を逃せばまたズルズルと縋ってしまう」
少し寂しそうな、男の優しい声。男は口元の笑みを保ったままに瞼を伏せる。
「でも……アナタが良くても他の人達はどうなんですか?」
「これはウルクの皆で決めた事なんだ。次代の長に選ばれた、俺を中心にしてな」
「……」
ばあちゃるが周囲を見渡すと、偶然目の合ったウルクが彼に向かって頷いた。男の言葉はウソではないらしい。
いつの間にか近くにいた2CHが口を開く。
「彼の願いを聞いてあげてはどうですか…………と、提案します。一般的な道徳に反している訳でもないですし」
「…………解りましたよハイ。幻想の終了、しかと成し遂げて見せるっす」
ばあちゃるは割れた水晶玉を改めて受け取った。それはズシリと重かった。
馬の実質強化回&秘宝ゲット回でした
ボスの歌配信よかった…………
因みに、ラフムのセリフは
https://yt8492.com/RafmanTranslator/
から翻訳できます
原作だとラフムの言葉に(確か)漢字は入りませんが
大まかなラフムの意図を解るようにしたい&この世界でのラフムが怪物から一生物へと変化し始めている(情緒が育って来ている)事を表現するために敢えてこうしました
今回のbgm
https://www.youtube.com/watch?v=zuZsWKEWkCI&list=PLlc4VauHL1hCdN6g7tv1jNlX4DX0kfvcS
>>687
※
「いやー、皆優しい人でしたねハイ」
「……ですね」
ばあちゃると2CHは海の上にいた。ウルクの皆が作ってくれた船に揺られて。
動物の骨を組み合わせて、隙間を砂とサンドワームの分泌物で固めた特性の船。本来は死者の霊魂を運ぶ為の船、長距離の航行など想定されていないそうだが……今回は特別丈夫に作ってくれたので問題ないらしい。
少なくとも今は問題ないので、多分この先も大丈夫だろう。
心地の良い潮風が二人のほおを撫でる。2CHが愉快そうに頭を揺らした。
「ずいぶんと上機嫌っすね。良い事でもあったんすか?」
「ハイ……実はですね、ウルクの人達が岩石化の力を手に入れるのに使っていたモノリス。
アレは私の創造主が作ったモノなんですよ。つまりあの場所に、私の創造主達はたどり着いたという事……そして、その痕跡がウルクの人達を助けたという事。
つまり、生き残りをかけて海へでた創造主の行動は無駄ではありませんでした」
ばあちゃるは心底から驚いて身を乗り出す。骨船がこれまた愉快そうにノタリと揺れた。
「えっ、おめでとうございますハイ! ……でもなんでソレをウルクの人達に言わなかったんすか?」
>>691
「私が思うに、彼らの『楽園信仰』は私の創造主が齎したモノだと思っております。異界の技術を携えてやってきた流れ者の話す、懐かしき故郷の話。それに尾ひれがついて楽園信仰に繋がったと推測できます。
つまり、ある意味で楽園は実在します。しかし……あの人数を連れて行くのはまず不可能です。かなり遠く険しい場所にありますから。
仮に十分な量の船があったとしてもたどり着く前に絶対半分以上は沈みます。二割辿りつければ万々歳といった所…………しかし、それでも人の憧れはきっと止められません。楽園の実在を知ればなんとしてでも辿りつこうとしてしまうでしょう」
「知らない方がいい過去もある……という事ですかハイ」
「そういう事です。あの人達は遠い楽園から目を離し、自分たちに目を向けようとしていました。部外者である私たちが、その意思を踏みにじってはいけません」
そう言い切る2CHの表情は寂しげで、しかしそれ以上に嬉しそうだった。
ばあちゃるが骨とサンドワームの皮で出来たオールを回す。
「2CHさんがそれでいいならオイラは何も言いません。でも……この先は何を目的にするんすか? 創造主の結末を見届けるって目的は果たしちゃいましたよね?」
「もしかしたら……あの砂漠以外にも創造主が辿り着いているかもしれません。なので世界中を周り、創造主の痕跡をコンプリートしてみようかと」
「なんかゲームのやりこみプレイみたいっすね」
「まあ1000年以上生きていますからね。実際そんな感じですよ」
2CHは自身の蒼い長髪を細い指先でくしとかし、肩をシニカルに竦めた。
>>692
「──────ところで、オイラ達って2CHの故郷に向かう予定なんですよね? そこでオイラの記憶を取り戻す為に」
「ハイ」
「その場所には、二割辿りつければ万々歳なんすよね?」
「…………ハイ、そうです」
「……中々ハードな旅になりそうっすねハイ」
波濤の向こうに小さく見える砂漠の島。更に遠くに見える緑色の島。潜航して船を狙う巨大肉食魚。
一人と一機の旅はまだまだ始まったばかりだった。
※
閑話休題
マリン視点・嵐から半日後
「皆! 何人生きてる!?」
どこかの海岸で、マリンの元気な声が響く。
海岸には真っ二つに折れた船……もとい船であった木材の塊が漂着している。その木材にぐったりともたれ掛かった船員達。
嵐を伴った真鍮色の巨獣、グガランナによりマリンの船は壊滅してしまった。あの巨獣は滅多に出会う存在ではないので、今回の航海ではかなり運が悪かったと言える。
元気そうなのは、フリントロック(式の銃)をクルクルと回しながら海岸を歩くマリンだけ。
船員の一人────副船長格の男────が精一杯の声を張り上げてマリンの質問に答える。
「今回死んだのは少しです! なので生き残ってる数は……たくさんいます!」
「それじゃ報告にならないって。ラークはどうしたの!? アイツなら100まで数えられるでしょ! それかあの、航海士やってる男の子!」
>>693
「航海士なら、ペンが脳天にぶっ刺さって死にました! 嵐で船が揺れた拍子に! ラーク船長は……なんか、船から飛ばされた客人を追って海に飛び込みました」
副船長の答えを聞き、マリンは困ったように頭を掻く。
「ありゃまぁ。航海士の子は死んじゃったのか。まだ若かったのにね。ラークはどうせ生きてるとして……どうしよっかなぁ。
別に私が航海士やっても良いんだけどさ、そうすると不測の事態に対応できなくなるかもなんだよね。人員も結構減っちゃったし、ここらでそろそろ人材を補充するべきかもね。近くの街を探して訪ねようか!」
フリントロックでジャグリングモドキをしながらマリンは呟く。その呟きを耳ざとい平船員が聞きつけた。
「おっ、補充ですか。補充って事は略奪ですか大船長!」
「そんな訳ないでしょ! マリンは海賊団で堅気に手を出すのはルール違反だよ!」
「……じゃあ、堅気相手じゃなけりゃOKってことですか大船長!」
「もちろん。悪人相手ならじゃんじゃん略奪しちゃって良いよ! …………といってもまあ、まずは街を見つけないと略奪もクソもないけどね!」
そう言って肩を竦めるマリンの表情に、船員を失った悲しみは微塵もない。船員達にも悲壮感は一切ない。
船旅というのは人が死んで当たり前。怪物、悪霊、疫病、食糧不足、水不足、仲間の諍い、呪い、アーティファクト、意味不明な災害…………とにかく色んな理由で人が死ぬ。死ぬだけならまだマシで、死ぬより酷い目に会う事だってザラにある。
今回の災害ですら”酷い部類”と言うだけであって、最悪には程遠い。
>>694
──────しかしこの特異点における海賊というのは、そういったリスクを理解した上で海に漕ぎだしてしまった、本当にどうしようもない生物なのだ。死への恐怖など微塵もない。仲間の死に悲しみなどしない。死に方次第ではむしろ羨望の対象になる。
「大船長、遠くに飯炊きの煙が見えます!」
「良いね! でかした!」
この特異点の島は常にその座標が流動し、それ故に確かな航路と言うモノが存在しない。どれほどの短距離であっても常にリスクが付きまとう。
マトモな悪党であれば大人しく山賊や盗賊をする。そちらの方が安全だから。
故に、この特異点における海賊というのは、すべからくロマンと冒険の中毒者と言えよう。
そしてそれはマリンとて例外ではない。
「指針が決まったよ! シャキッとしな野郎共! 冒険のお時間だよ!」
「「いよっしゃあ!」」
”冒険”という言葉を聞いて途端に元気を取り戻した船員達。マリンは彼らを引き連れて冒険に出る。マリンも彼らも皆一様に口角が持ち上がっていた。
……生者が皆去った後の海岸には、船の残骸と幾人かの死体が残されているのみ。
『やっちまった』とでも言いたげな表情をした死体達を、大きな海鳥達が無慈悲についばんでいった。
※
シロ視点・嵐から半日後
「………う、ん……」
酷く乱れた平衡感覚。泥のように重い体。シロは手をつき、強引に体を引き起こす。
周囲を見渡す。シロが立っている場所は小さな砂浜。近くには鬱蒼と茂る森。木々の一本一本が異様に大きい。
「ここ……どこ?」
>>695
──────あの時、真鍮色の巨獣が襲来した時。巨獣のまとう凄まじい嵐に船から弾きだされた時。ばあちゃるは折れたマストに吹き飛ばされてどこかに流されていった。生きているかどうか心配だ。
ブイデアとの通信は繋がらない。嵐の時に壊れたな。
シロがそんな事を考えていると、背後から微かに足音が聞こえて来た。シロは武器を出さずにそのまま振り向いた。知っている人間の足音だったからだ。
「シ、シロちゃん! 目覚めたんだね! 良かったよぉ!」
「うん……シロも会えて良かった。それで、シロは何日眠っていたの? シロとイオリちゃん以外には誰が流れ着いている?」
抱きついてくるイオリの蒼髪をそっと手でくし解かし、シロは努めて明るく微笑む。
「えっとね、あのね、ラークさんと一緒にばあちゃるを探してみたんだよ? ただその、うん、色々と探すのが難しくって」
「ラークさん……マリンちゃんの部下だね。その人と一緒にいるって事で良いのかな?」
「そうだよシロちゃん! 今は食料の調達に行って貰っているんだ!」
「……そっか」
>>696
ポツリと呟くシロ。彼女の微笑みが少しだけ硬くなる。
ばあちゃるが死亡し、シロが一人で流されていた可能性もあった。今の状況は最悪の事態から程遠い。だというのに彼女の心は酷く沈んでいた。
蒼い瞳が静かに閉ざされる。シロは、イオリの鼓動と穏やかな波の音に耳を澄まして心を落ち着かせた。そして──────
「ギィッ!?」
森の中から這い出してきた、半透明の怪物を撃ち抜く。英霊としての力を使い出現させた銃剣で。
センチメンタルな空気が一瞬にして消し飛ぶ。イオリはシロに抱きつくのを止め、自身の護衛である”赤いオジサン”を出現させた。
「ねぇイオリちゃん。もしかしてここってさ──────」
「…………うん。多分シロちゃんが想像している通りかなってイオリは思うよ」
──────ここは、地球の何倍もの面積を持つこの特異点において、ブイデアが観測した中では最も過酷な生態系を持つ巨大な島である。
英霊すら凌ぐ狂った生物が跳梁跋扈する島。その名は『アンダーヘル』。
9月末締め切りの文学賞に応募する為ミステリーを執筆しており、投稿が遅れました……
今回出した海賊のイメージはピーターパンのフック船長がモデルです
あのコミカルさの端々から漏れ出る残虐さが好きです
そんな事よりシロちゃんの新オリソンが良き!
今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=AKaRUH5wPaQ&list=PLUjwA-Z4c05rAfdrDkQt8ZJP7iohktSIP&index=14
おっつおっつ、海賊ってそのイメージよね、黒髭見てるとそう思う、オリソン良いよねぇ、ピノ様のライブも楽しみ
>>699
海賊はやっぱ愉快な悪でないとですからね
ただ、この特異点では”とある事情”から島に秘宝財宝の眠る確率がかなり高いため
fgoの海賊よりもロマンの比率がやや大きかったり
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