>>550
最近寒いですよね………倉庫バイトとかする時なんかもう、厚めの靴下必須です
今特異点は1つ目ということもあって、色々と抑えめな感じにしました
結構お気に入りの特異点なので、定期的にピノ様、ボス、双葉ちゃん視点で番外編を書くかもです
次の特異点は「涙の海」
剪定された世界の消え残りが流れ着く墓場────大きな海、動く島々、美しくも奇妙な動物達、緩やかに滅びゆく人々────明るく広大で冒険に満ちながらも、どこか閉塞感のある特異点となる予定です
>>534
─────────────────
一時の宴
─────────────────
「楔回収記念パーティー、始めるよ!」
「おお!」「待ってました!」「ヒュゥ!」
端の焦げたサンタ帽を被り、牛巻が声を張り上げる。
──────シロ達がブイデアに帰還してから一日経ち、牛巻が予告した通りパーティーを始めようとしている。
世界が消えかけている非常時に開くパーティー。些か不謹慎ではあるが、戦いにおいてこういった労いはほぼ必須。息抜きをせねばパンクする、人とはそういうモノだ。
「特異点から『楔』を回収したお二方……せっかくなのでコメントをお願いしますぅ」
「…………そうっすね、この成功はオイラ達だけの功績じゃなくて、ええ、皆さん全員の功績だと思いますハイ。ええ、特に臓硯なんて通信によるアシストがなければまず負けていたっすね。これからどうなるか解りませんが、今後も助けてくれたら有り難いっす」
「皆支えてくれてありがとう! これからも負担かけるけどお願いします! シロでした!」
「はぁい、ありがとうございました」
不慣れな様子でスピーチを行うばあちゃる。周囲の『早く飲み食いしてぇ』という空気を察して手短に済ませるシロ。
二人が話し終わったのを見計らい、焦げたヒゲを付けたあずきがクルリと指を回す。
──────ブイデアに大きな門が出現し、色んな料理の載ったテーブルがこちら側へ押し出される。門の向こうにテーブルを押す青いナニカがいるが、それが何なのかは誰にも解らない。
>>553
テーブルに乗った豪華な料理。
手作りと思わしきケーキ、タコのマリネ、謎肉ステーキ、タコの飯詰め、湯気立つミートパイ、伸び縮みするチョコレートファウンテン、キンキンに冷えたビール、ワイン、コーヒー、エナドリのチャンポン、蒼く光るコーラ、広告付きフランクフルト、きんぴらごぼう、翡翠色のコンニャク──────とにかく沢山ある。
「メチャクチャ量あるっすね」
「シロと牛巻が作った料理、あずきちゃんが呼び出した料理。それに加えて、特異点から持ってきた料理まであるからねぇ……そりゃ豪華さぁ」
歓声を上げるスタッフ達。彼らを他所に、シロとばあちゃるは二人で会話を交わす。あずきの呼び出した門を無視しながら。
──────スタッフ達の楽しみに水を挿したら悪いし、アレがなんなのか知りたくない。言及するのは止めておこう。
妙に達観した目で門を見つめるスタッフを見て、二人は誰にいうともなくそう決心し、料理を手に取った。
「……そういえば、この緑コンニャクなんなんすかね」
「ソレ? カカラを粉末状にして水に晒して、石灰と一緒に茹でて整形した奴らしいよ。
そのままでも食えなくはないけど、生の状態だと石油みたいな匂いがして不味いんだってさ」
「はえー……じゃあ、あの謎ステーキはなんなんすか? 魚と豚の合いの子みたいな色合いしてますけど」
「アレは……あずきちゃん曰く”スナーク”っていう魚?らしいよ。人魂みたいに軽くて、きつく締めたベルトみたいにサクサクしてるんだってさ。
それはさておき………馬、ミートパイ食べてみてよ」
>>554
「ハイ──────うん、うん、美味しいっす。隠し味のニンニクがいい味出してますね」
「えへへ……実はソレ、シロの手作りなんだぁ」
「なるほど、道理で美味しい訳ですねぇハイ……お、スタッフさんが弾き語りやってますよ」
「ホントだ、結構上手い…………でもなんで弾き語り?」
「さあ……」
§
牛巻・あずき視点
「──────やっぱりさ、ばあちゃる君って先祖に魔術師いたりするのかな」
「彼の魔術回路の質を見る限り、ほぼ確定だと思いますぅ」
打ち上げパーティーの最中、牛巻とあずきは会場の隅でひっそりと会話していた。
二人が話していたのは、ばあちゃるの魔術回路についての事。
魔術回路というのは、魔術を行使する上でほぼ必須の器官であり、優秀な回路を持つ者はそれだけで才能アリとされる。
ほとんどの者はコレを緻密な交配によって子々孫々に遺伝させ培う。優秀な回路を持つ者はほぼ確実に魔術師の子孫である、とも言える。
翻ってばあちゃる。彼の回路はかなり優秀であった──────多少の問題はあるが。
「……しっかし不思議だね、ばあちゃる君の魔術回路。誰かに呪いをかけられてああなった、としか思えない有様だよ」
「まあ……生まれつきそういう体質なんだと思いますぅ。意図的にここまでメチャクチャにするのはほぼ不可能ですし。あずき的には信じがたい事ですが」
──────ばあちゃるは歪だ。
ほぼ独学で『硬化』の魔術を発現するほどの才能がありながら、それ以外の魔術を使えるようになる気配が一切ない。
>>555
不審に思った牛巻が密かに検査を行ってみたところ──────彼の魔術回路に異常がある事が判明した。
全身を神経の様に網羅している筈の魔術回路。彼のはその殆どが眼球付近に偏っている。その上、魔術回路の所々が断裂し癒着している。
魔術を行使できるだけでも奇跡だ。
「眼球付近に魔術回路が集まってるし、目に関連した魔術を使う人が先祖にいて、その血が中途半端に発現した……みたいな感じなのかな。
なんにせよ、下手に高度な魔術を習得させるのは危険やね。硬化魔術に絞って修練させた方が良いかな」
「魔術礼装を使いこなす訓練もさせた方が良いと思いますぅ。ドゥンスタンの蹄鉄、アレの持つ”幸運”と”呪い除け”の効果は有用です」
あずきと牛巻はタコのマリネをつつきながら、仕事について話し合う。
──────今日はパーティー。仕事など忘れて楽しむべきなのだろうが、それでもつい仕事の話をしてしまう。
あずきと牛巻、ブイデアの英霊兼スタッフを取りまとめる責任者。二人はいわゆるワーカホリックであった。
「……お、スタッフ達が弾き語りやってるね。牛巻達もなんかやろうかな」
「いいですね。じゃあ私は……上着消失マジックでもやろうかな、と」
「いやいや、ダメでしょ。コンプラ的に」
「冗談ですぅ。本当に消失させるのは下着です」
「それなら良かった……って、それもアカンやろ」
一時の日常、世界が消えゆく中でもその暖かさは変わらない。
>>556
ほの暗い夜、人工の光に濁った夜。間抜けた薄群青の曇り夜空。
俺らは走る。獲物に向かって、狼のように貪欲に。走る。ハシル。
────倉庫の前にたどり着く。服や食料や日焼け止めやらを一旦集め、それぞれの所へ送る為の倉庫に。
ベルトコンベアが動いてて、働く人がいて、ダンボールが沢山あって……まぁ、それ以上に語れることもない。普通の場所だ。
俺───鎌瀬仁 サレオ───はこの倉庫に強力な武器が搬入されると言う情報をつかみ、それを強奪しに来たのだ。
裏社会の大物が自分用に作らせたという武器。それを奪い、俺は成り上がる。
スラムの仲間を集めて組織を立ち上げ、少しづつ名を上げ、やっとここまで来た。
この仕事さえ上手く行けば、俺はビッグになれる。
「……」
小さく手を挙げて部下達を下がらせ、倉庫の入口にロケランを放つ。
「……よし」
円錐形の重厚な弾頭が炸裂、指を押し込まれた障子のようにあっさりと穴が開く。警報がなる──────ここからはスピード勝負だ。
頭の中でトリガーを押し込む。機械化された俺の脚が唸りを上げる。
『Force Leg Model Harpy』────電力駆動、補助動力に圧縮空気を採用。ブーストを行うことで、最高速度は時速70kmにも達する。
体を打ち付ける大気、横へ後ろへ流れる景色。あっという間に穴を通り抜け、いくつかのベルトコンベアを飛び越し、大きな棚の横を通過し、目的の場所へとたどり着く。
「……あった、これだ。これが例の武器か」
俺はいくつかの真っ赤な箱を発見する。事前に得た情報で”例の武器”があると聞いていた箱と同じ見た目だ。
──────てっきり武器は一つしかないモノと思っていたが、そうか、複数あるのか。これは嬉しい誤算だ。
>>557
「リーダー、せっかくだから他のも分捕っていいですか?」
「あぁ? んな事……していいに決まってんだろ」
「ヒュウ、太っ腹ァ」
俺は微かに口元を緩ませ、部下たちに運び出しを──────ふと違和感を感じ、辺りを見渡す。
「……?」
おかしい。いる筈の労働者が一人もいない。警報が鳴り響いてるというのに、警備員が来る気配すらない。
倉庫は24時間稼働が基本、ここも例外では無かったハズ。
白い照明。ゴウン、ゴウンと絶え間なく動くベルトコンベヤ。多くの段ボールがそのまま放置されている。ひどく寒々しい光景だ。
「お前等、早くここから──────」
ブツン
部下たちに指示を下そうとした瞬間────照明が一斉に消えた。
ごくわずかな窓から差し込む月明かり、それ以外の光はない。暗い、ほとんど何も見えない。
>>558
「なんだ!?」「し、指示をお願いします!」「ブレーカーを落とされま」
「ビ、ビビってんじゃねえ! 近くの奴と背中合わせになって銃を構えろ! 襲い掛かって来る奴がきたら迷わずぶっ放せ!」
恐怖する部下共を𠮟咤する──────そう、そうだ。この仕事さえ上手く行けば俺は成りあがれる。ビビってる場合じゃねえ。
額の汗を拭い、銃の冷やかさに身を寄せる。確かな鉄の感触が心を鎮「ギャッ」
──────悲鳴が聞こえた。どこからかは解らない。ベルトコンベアの音がうるさくて解らない。
「止めっ」
「ガッ……」
「誰かたすっ─────」
「──────」
「────」
足音、銃声、倒れる音、ゴウン、悲鳴、ゴウン、足音、銃声、ゴウン、ゴウン、倒れる音、ゴウン、ゴウン、銃声、ゴウン、ゴウン、ゴウン。
何もかもがベルトコンベアの唸りに飲まれてゆく。消えてゆく。
「あそこにっ──────」
俺の隣にいた部下が倒れた。
ベルトコンベアの唸りが止む。獲物を喰らい満足した怪物の様に。
静寂。静寂の中で心音が上る。
静寂。目が慣れて少しだけ見えるようになった視界の中で、影が動いている。
静寂。影がこちらへ向かってくる。
>>559
「あぁ…………ああああああああ!」
気がつくと俺は走り出していた。
「なんなんだよ、なんなんだよ! 何なんだよオイ!!」
胎の奥から悪態を叫ぶ。そうしなければ恐怖に耐えられない。恐怖に押しつぶされてグチャグチャになって、きっと一歩たりとも動けなくなってしまう。
光、光、光はどこだ。出口はどこだ。誰か教えてくれ、誰か助けてくれ。
「意味が解んねえよ! 俺はホラー映画のキャラじゃねえぞオイ!」
走る。ハシル。子ウサギの様に命がけ。
「──────」
後ろから足音が追いすがって来るのに気づく、気付いてしまう。俺は亡者の様に手を伸ばして救いを求め、無様に転ぶ。
転んだ俺は必死に這いずり──────そして足音に追いつかれた。
「──────あぁ」
至近距離となった事で、追跡者の顔が見える。
俺を追いかけていたのは英雄。グーグルシティの英雄、”蟷螂”のセバス。
右手にゴム製の警棒を持った彼の姿が、暗闇の中にぼんやりと浮かんでいる。
目の前の男を認識し──────俺は思わず安堵の笑みを浮かべた。
追いかけて来ていたのが鬼や悪魔ではなく、人間であった事に安心してしまったのだ。
「こんばんは、セバスと申します。あなた方を捕えに来た者です。
さて…………実のところ、あなた以外はもう倒してしまいまして。今貴方に自首して頂ければ少し罪が軽くなるのですが……どうですかな?」
「あ、ああ。そうさせて貰うよ」
「そうですか。それは──────む、失礼」
突如セバスが俺を抱えて棚の上に跳ぶ──────次の瞬間、真っ赤な炎が床を舐めた。
原始的なエネルギー。光と熱。俺はしばし目を奪われる。
「!?」
>>560
──────この倉庫に搬入されていた武器は『裏社会の大物』が作らせたモノ。 そしてこの火。
まさかその『大物』とは、
「発注してた武器を受け取りに行ったらよぉ……いきなり電気が消え、引き渡し人も居ない──────やっぱお前のせいだったか、セバスのジジイ」
「ええそうですよ。いかがでしたか?」
「いかがでしたかって? そりゃ最悪の気分だよ」
炎を搔き分け、鳴神がぬうっと姿を表す。額に青筋を浮かべながら。
──────鳴神裁。多くの構成員を抱えるギャング、サンフラワーストリートのトップ。炎使いの武闘派としても知られている。
鳴神は髪についたススを振り払い、威嚇する様に口元を歪めた。
久しぶりの投稿です
細かいプロット詰めないとなので、少し投稿が遅くなるかもです
単発で倉庫バイトをやった時『いきなり電気消えたら怖いやろなぁ』とふと思い、何となく書いた番外編です
シロちゃんの衣装、新アレンジ披露嬉しいけど…………今の服、歴代で一番好きだからちょっと名残惜しい(小声)
おっつおっつ、夜勤時の暗闇と機械音は怖いよねぇ、あと夜廻シリーズ大好きだからあってていいわ
>>564
自分の呼吸音や心拍が搔き消されるせいで、怪物の腹に居る様な感じと言うか………吞まれるような感じです
夜廻良いですよね!
>>561
「マジで最悪な気分だ。俺の新武器でお前を黒焦げにしなきゃ…………気が収まらねえなぁ、オイ」
「新武器…………そりゃどんなガラクタで御座いますか?」
「ハ、一々気に障るジジイだ…………OK、真っ黒な燃えカスにしてやるよ」
丁寧な言葉遣いで相手を煽るセバス。腕の仕込み刃は既に展開され、戦う気満々だ。
表情に怒りと殺意を滲ませてゆく鳴神。握りしめた両拳から炎が漏れ出ている。
強者二人の相対、冷や汗が止まらない。猛獣の檻にぶち込まれたウサギの様な気持ちだ。
「手足の一二本は覚悟なさって下さいね」
「ぶっ殺す」
鳴神が両腕に付けた謎の装置──恐らく例の新武器──から炎を放射する。
炎は俺とセバスのいる棚の上へと迫り──────
「!?」
俺は山なりに投げられた。結果として俺は炎から逃れ──────鳴神の視線は俺へと誘引される。
「やはり上に逃げ──────違う、アレはマネキンか!」
違ぇよ。さっきまで視界にいたやろ。せめて人としてカウントしてくれよ。
……なんて俺がいう暇すらない程、状況は目まぐるしく動く。
>>566
俺が投げられてから0.5秒後──────ゴム警棒が炎を突き破って飛来。熱々に熱せられた樹脂が鳴神の頬を掠める。
0.7秒後、俺の体が床に着弾。骨が何本か折れたが、焼けて死ぬよりはマシだ。
「くっ!?」
1秒後。多くの荷物を載せた棚が倒れた。梱包材やホコリが飛び散って視界が悪化。
棚の脚に切断痕。恐らくはセバスの仕込み刃によるもの。
俺は盛大に目を擦りながら一連の光景を眺める。(ゴミ屋敷育ちの俺はハウスダストアレルギーなのだ)
「クソ、何も見えねえ………何処から来やがッ!?」
鳴り響く銃声。どこか聞き覚えが──────そうか、俺の愛用してる銃の音か。俺を投げた際に掠め取ったのか。
薄れゆく粉塵。別の棚に身を隠したセバスの姿が見えた。俺の銃を構えている。
そして銃弾をぶち込まれた鳴神は─────アレ?
「……そんだけ撃って当たんないのは逆にすげえよ」
傷一つなく、呆れた表情を浮かべている。マジかよ……。
「ちゃんと力一杯、真心込めて撃っているのですが、中々どうして当たらないモノで」
セバスは恥ずかし気に肩をすくめる。
力一杯撃ったら銃口がブレる。正確に狙った銃口が必ずブレる。だから当たらない。馬鹿馬鹿しいが納得はできる。
にしたって一発も当てられないのは可笑しいけどな──────まあ、チートジジイに常識を適用しても不毛か。
>>567
「──────まあいい。今度は俺のターンだ」
気を取り直した様に鳴神が呟く。
再度彼の両腕から炎が放出され──────
「!?」
セバスの近くにあった段ボールが破裂した。炎が着弾する前に。
不意を突かれたセバスは炎をマトモに喰らってしまう。
「お前の隠れてた棚は、除菌用アルコールを積んだ棚。
熱せられれば気化するし、炎が迫れば破裂だってするのさ。
武器の受け取りで迷わない様、倉庫の間取りを調べといて助かったぜ……な、ジジイ」
「──────」
鳴神は勝ち誇る、それも当然だろう。
敵は炎に包まれていて、とうてい生存なんて望めない状態なのだから。
勝者となった男は悠然と傲慢に歩を進め、敗者の顔を──────
「シッ!」
仕込み刃が閃く。鳴神の腕に刃が食い込む。
勝者だったはずの男は面食らって距離を取り、腕を抑えた。
「ッ…………!? なんで生きているんだお前!?」
「いやはや、中々熱うございました。それに武器も中々、ガラクタだなんて言って申し訳ない。
あなたの能力で発生させた炎、ソレを遠くまで飛ばす武器──────シンプルかつ強力、素晴らしい」
セバスに巻きついていた炎が止む。肉体が露わになる。
──────彼の肉体は焦げ、人工皮膚の下に隠された金属を露にしていた。
「質問に答えろ!!」
「私の体が火に強かった、それだけの事。全身機械なので可燃性は低いですし、耐熱加工だってキチンとしております」
未だ赤熱する肉体…………いや、鋼体を軋ませ立ち上がる。遠くにいる俺が震える程の気迫をなびかせて。
これが英雄か。子供の頃に読んだ本とまるきり同じだ。
対する鳴神はと言えば──────
「ふん…………止めだ止め」
>>568
酷く冷めていた。興ざめしたように鼻を鳴らしていた。
感情的なせいで勘違いされやすいが、鳴神の頭はそれなりに回る。
『戦闘継続のリスクが許容できない程に大きくなった』と、彼はそう判断したのだろう。
「俺ぁ、楽に勝てない勝負は好きじゃねえ。帰らせて貰う」
「私がソレを許すとお思いで?」
「ハ、お前の許しなんか要らねえよ」
幽鬼のような形相で迫りくるセバスに、鳴神は嘲笑的な笑みを返した。トン、トントンと踵を踏み鳴らした。
──────音が鳴る。鳴神の足首に仕込まれていたブースターが火を噴く。空を飛ぶ。
「俺の新兵器は『二つあった』ッ! 俺の火を利用した飛行ブースターがな!」
鳴神は嗤う。空から相手を見下す、心底愉快そうに。
なるほど、空からひたすら炎を打ち下ろすのが本来のコンセプトか。ちょっと引くくらい合理的だ。
…………アレ? ここって室内じゃ。倉庫だから天井はかなり高いけど、それでも結構危ない気がするぞ。
「ではさらばッ!?」
「あ」
案の定、天井に突っ込んだ。そしてそのまま突き抜けていった。
「…………」
「…………」
気まずい沈黙。俺は耐え切れなくて口を開いた。
「……あの、俺と部下の罪ってどうなる感じですか?」
「強盗とは言え、未遂かつ自首扱いなのでまあ……そんなに刑期は長くないと思いますよ」
「そうですか…………」
俺はそっと胸をなでおろす。
もし終身刑などになってしまえば、俺のやりたいことが出来なくなってしまう。
>>569
「…………犯罪を犯した人間って、更生できるモンなんですかね?」
「出来ます。出来ると知っているから、私は悪党を殺さず……捕らえるんです」
鋼や回路がむき出しになったセバスの顔には…………不思議なほど優しい笑みがハッキリと見て取れた。
溶けて焦げた唇は盆のように緩く弧を描き、ショートした人口眼球はパチパチとコミカルに火花を散らしている。
「そう、ですか」
裏社会でビッグになれると思っていた。だがさっきの戦いを見て、俺には到底無理だと思い知らされた。
部下と一緒に起業でもしたほうが余程希望がある。
犯罪やっといて何を今更、と我ながら思う。そんな事はどうでもいい。
一度しかない人生。図太く生きた方が良いに決まってる。清算しきれなかった罪は地獄で償えばいい。
俺は膝にこびりついたホコリを払い、外へ歩きだ─────
「あの、更生できるとは言いましたが、それは服役した後の話です。
それっぽい雰囲気出して逃げようとするのはお辞め下さい」
うん、流石に無理か。
俺は大人しく足を止め、近くにあった縄で自分の両手を縛る。(コツを知っていれば案外簡単にできる)
「というか、セバスさんって不殺主義だったんすね。知らなかった」
「不殺とは言え、状況次第で半殺しにはしますからねぇ。知らないのも無理は無いですよ」
>>570
この後、牢にぶち込まれた俺は
『頭打って記憶喪失になった鳴神』
『超絶美人の政治犯』
『頭に電極ぶっ刺されたカカラ』
『自称歴戦の傭兵』
『汚職・無断欠勤・親の七光り看守』
と共に、服役囚が作らされていた兵器を破壊したり──────釈放と引き換えに大怪獣を討伐する羽目になったり──────なぜか秘境の薬草を取りに行ったり──────まあ色々な大冒険をしたが、それはまた別の時に話すとしよう。
今回は番外編ということで
・地の文が一人称視点
・かなり崩した文体
・海外小説みたいな謎注釈
等々冒険してみました
シロちゃんの食レポめっちゃ美味しそう
新章の構想が大分組み上がってきたのでそろそろ投稿できそうです
本編で出さなかった裏設定
カカラの味について
死ぬほどマズイ。そのままでは家畜が拒否する程マズイ
細かく切って半日程流水にさらすと「中途半端に茹でたキャベツ」みたいな味になり、一応食える様になる
肉体改造について
メガネ買うくらいのノリでメカ眼球を取り付けられる
それ位に広く普及している
流石に「時速65kmで走れる機械脚」とか「刃仕込んだ義手」とかまでいくと所持にライセンスとか申請が必要になる
今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=w-sQRS-Lc9k&list=PLUjwA-Z4c05rAfdrDkQt8ZJP7iohktSIP&index=10
おっつおっつ、新章楽しみにしてます、あと何そのスーサイドスクワッドみたいな別のお話気になる
>>574
別のお話、はいつかオリジナルで書こうと思ってた話を流用したものですねぇ
詳しくキャラ解説すると
『主人公』
高出力の機械脚を持つ小規模ギャングのリーダー
シングルマザーの家庭で半ばネグレクトされて育った
靴磨きで生計を立てていた子どもの頃、ある一人の常連から戦闘術や教養を教え込まれた
なにかと構ってくれた常連に恩義を感じている
野心家、言動はやや粗暴だが教養は高い
『超絶美人の政治犯』
超絶人気アイドルになるため、洗脳兵器を開発
アイドルのついでに統一国家の独裁者も目指すつもりだった
兵器自体の設計はほぼ完了していたが、製造段階で逮捕されて設計図は監獄に接収された
監獄で製造されてた兵器がコレ
独自の政治思想を持っているが難解すぎて誰も理解できない
『頭に電極ぶっ刺されたカカラ』
実験で知性を得たカカラ。知性は高いが、価値観が怪物寄り
作曲が好きで、最近は「人の悲鳴をサンプリングして作ったEDM」に挑戦している
化学に詳しい他、なぜか声真似にも造詣が深い
『自称歴戦の傭兵』
事有る度に自分の事を「歴戦の傭兵」とうそぶくものの
「どんな傭兵だったんだ」と聞かれると決まって口を閉じてしまう
なお、実はマジで歴戦の傭兵。二つ名などはないが、それなりに名の知れた傭兵だった
主人公の実の父親であり、主人公に戦闘術を教えた『常連』その人
当時かなりヤバ目の相手に恨みを買ってた彼は、戦友との子を愛人に託した
『親の七光り看守』
署長の一人息子
人間性や甘さを残したタイプのクズ
父親の"世界征服"という野望を止める為
牢獄内での優遇を条件に、主人公ら最凶の囚人達へ野望阻止を依頼する
>>571
ブイデア KANGON前
──────第一特異点より帰還してしばらく後。
「シロちゃん、次の特異点はどんな場所なんすか?」
「えっとね……広大な海と島がある場所らしいよ。牛巻ちゃんいわく、海の面積は最低でも、この世界の5倍はあるってさ。しかもね、独自進化した猛獣があちこちに生息してるんだって」
「…………今回の『楔』探しも大変そうですねハイ」
「ま、頑張ってこ」
怯えた様なジェスチャーをする ばあちゃる。肩をすくめて微笑むシロ。
二人はKANGONのそばで第二特異点への転移を待っていた。
「第二特異点、転移準備開始」「了解。転移準備」「現実性希釈、規定通りに進行」
「シロ、ばあちゃる、バイタルサインに異常なし」「メインシステム、以前の火災で損傷中、サブシステムを使用します」「サブシステムの使用、了解」「座標固定ルーチン、正常に完了」
「充填魔力量、機材損傷により規定値に到達せず。スタッフによる魔力補充を提案」「レイシフト、プロセス安定化完了」「転移先の安全を確認」
「魔力補充、承認」「充填魔力の属性配合比、誤差を±5%まで許容に一時変更」「誤差許容の補てんとして、プロセス安定化の補強を提案」「プロセス安定化の補強、承認」
牛巻とあずき、そしてスタッフ達。彼らは殺気すら感じる程の真剣さでレイシフトの準備を行っていた。
複雑な機械を操作し、計器類と水晶玉を交互に確認し、床の魔法陣に文様を書き加える。科学と魔術とが融合した奇妙な光景の中、スタッフ達は作業を済ませてゆく。
「──────各班長へ、最終点検をせよ」
「A班、異常なし」「B班異常なし」「C班異常なし」
「了解。準備完了」
沈黙。
「レイシフト開始」
>>577
牛巻の宣言。
シロとばあちゃるが光に包み込まれる。第一特異点に転移した時と同じ、レイシフトの光だ。
「頑張ってね!」
「気負いすぎない程度に頑張って下さぁい」
──────牛巻とあずきの激励に押し出されるように、二人は転移していった。
§
ダレカの日記
最近睡眠時間が異様に増えた。ほとんど起きていられない。
夢で別の世界にいく度、自分という存在が不確かになって行くのを感じる。
今日起きたら指先が透けていた。手袋で手を隠した。未だに心臓の動悸が止まらない。
…………気を紛らわす為、楽しい事を書こうと思う。
最近、夢の先で友人ができた。大きなクジラの腹の中に住む、子供の魔術師だ。
年は私と同じくらい。名前はオレィ。
元は裕福な家に住んでいたのだが、色々あって今はカエルみたいな人たちに拾われ、養って貰っているらしい。
……ちなみに、オレィの魔術は本物だった。
流れ星をふらせたり、お月さまの模様を変えることだって出来る。とても綺麗だった。
ふと、オレィが浮かない表情をしているので話を聞いてみると、
「恩返しをしたいと思っているが、子供の自分には出来ることがない」
との事。
「魔術でみんなを助けてあげればいいじゃないか」
と私が返すとオレィは、
「僕の家は、魔術のせいで滅んだ。人は魔術に頼るべきじゃないんだ…………流れ星をみたりして、楽しむのに使うくらいが良いんだよ」
……そう言われて、私は思わず言い返してしまった
「恩はいつでも返せるわけじゃない。いつか、突然返せなくなる時がくる。そうなる前に、魔術でも何でも使って恩返しをしてやりなよ」
と。
>>578
私は、ほとんど寝たきりだ。恩返しなんてもう出来ない。
終わりはいきなり来るんだ。いつかやる、じゃダメなんだ。
私は手遅れになってしまった。
彼にはそうなって欲しくない。
オレィは少しだまりこくって、それから小さく頷いた。
§
──────そこら中に見える砂浜、海、波、苔むした大岩。海面スレスレを飛ぶ極彩色の鳥。矢のような日差しが肌を刺す。
「マジで暑いっすね」
「暑さで溶けそう…………」
ばあちゃるは汗を袖で拭い、拭いきる前に新たな汗が吹き出す。
「……熱中症対策、しとかないとヤバーしですねハイ」
あまりの暑さにばあちゃるは閉口し、蒼い海へ投げやり気味な視線を向けた。
──────遠くまで広がる浅瀬、奥に見えるのはサンゴ礁だろうか。あそこに飛び込んでしまえば気持ち良いだろうな、とばあちゃるは栓もない事を考える。
「シロちゃ──────『ボンッ!』
巨大なウミヘビが水面から飛び上がった。飛び上がって、鳥を丸のみにした。鳥を丸のみにして、海へ戻っていった。
ばあちゃるは一連の出来事を呆然と眺めたのち、ゆっくりと海面を指さした。
「え、ナニアレ」
『あれはサーペント・リーパーだね』
『先行調査を行っているイオリさんの報告によると、「すごく背筋が強くて、バーンって飛ぶの! とっても口が大きいから、大体のモノは丸のみに出来るよ!」との事ですぅ』
「こわ…………やっぱ特異点は怖い場所ですね──────ッ!?」
「馬、シャキッとしな!」
シロはビビる彼の背中をバンと叩き、愉快そうに鼻を鳴らした。ばあちゃるへの信頼と情を表情で表しながら。
>>579
「シロと馬がいれば、大体どうにかなるって」
「それはまあ、確かにそっすね…………そうだリコさん、これからどうすれば良いですかね? やっぱ現地の英霊と合流ですかねハイ」
『その通りだね。あと5分くらいで、英霊「ヤマトイオリ」ちゃんが到着するハズだよ』
『蒼い長髪で、和服を着た少女ですぅ。とても優しい人ですよ』
「それは、会うのが楽しみですねハイ」
プロット書きによるブランクと定期試験によって過去一で間が空いてしまいました…………
裏設定
サーペント・リーパー
生息域:陸地近くの海 温暖な場所を好む
危険度:D(こちらから近寄らなければ安全)
異常な程に背筋が発達しており、海面から10mくらい飛び上がれる
好物は鳥
結構なグルメであり、特定の種族しか食おうとしない(ヤバい時は流石にえり好みしない)
今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=bJRk5iS8C1o&t=1528s
>>580
「…………来ないですねぇ」
『お、おっかしいなぁ?』
「集合場所間違えたかなぁ?」
シロは眉間を指で抑え、頭上の太陽へ縋るような視線を向けた。
──────太陽の位置はまだ高いが、これが沈み始めると困ったことになる。夜を越す為の為の野宿の為の食事の為の焚火の為の…………と、合流どころでは無くなってしまう。
既に、ブイデアの英霊である「ヤマトイオリ」を待ち始めてから15分以上経過していた。
「オイラ、一応野営の用意しとくっす。とりあえずあのカニを捕まえて…………いやこれヤドカリですね、カニっぽい殻を背負ってますけども」
『ソレは「カニモドキ」ですぅ。殻をつけたまま蒸し焼きにすると、とても美味しいとか』
「へぇ、危ない生き物だけじゃなく、こう言うのもいるんすね。ピノピノとか生き物好きそうだし、いたら目ェ輝かせて────────────ん?」
>>584
ばあちゃるは、眉をひそめて首を上げる。上から声らしきモノが聞こえたのだ。微かにだが。
「…………?」
一様でノッペリとした空の蒼に、違う青が混ざる。その青は磨き込まれた海面に似た鮮やかさを持ち、旗の様にヒュルヒュルとはためいていた。
風切り音。徐々に大きくなる叫び声(少女と思わしき声質)。
──────ああそうか。あの青は髪の色だ。空から落ちてくる少女の髪が、風圧と重力と慣性にまかれて揺れてい「プギャッ!?」
しょうもない考察をしていた ばあちゃる の上に、青髪の少女がちょうど落下した。
「ああああああああ! …………あれ?」
「むぅ」
「ちょ、馬!? って、イオリちゃ──────」
「助かった? なんで、ってああ! 下に人がいる!」
せわしなく表情を変えつつ独り言を唱えた後、少女はようやっと下敷きにしたばあちゃるに気づき、慌てて立ち上がる。
そしてパンと手を打ち合わせ、頭を25°垂れた。
「下敷きにしちゃってごめんなさい! とっても急いでて! それであの、大丈夫ですか?」
>>585
──────少女の髪は腰まで届くほど長い。
身にまとった和服には所々スリットが入っているが、不思議と下品さはない。『和服』という概念に結びついた上品さのお陰だろうか。
夜と夕暮れの境を切り出したかの様な黒混じりの赤目は、片方が前髪の裏に隠れていて、微かに人外めいた風情を醸し出している。
大人びた風貌に反し、彼女の所作や声は童めいて無邪気だった。
下品と上品、夜と夕暮れ、大人と童、色々な境目を集めて擬人化したような、どこか不安定な少女。
ばあちゃるはそう感じた。
「大丈夫ですよ。オイラはとっても丈夫なので」
ばあちゃる は立ち上がり、ひらひらと手を振って自身の無事を示した。
少女がぶつかる直前に肉体を硬化させたので、本当にかすり傷すら負っていない。
「それは良かったぁ! それでね、本当ならお詫びに色々すべきなんだけど…………今すごい急いでて、ごめんねぇ。今日の所はこれで許して欲しいな!」
「ねえイオリちゃん────」
「さようなら! また会おうね!!」
>>586
少女は自身の和服から飾り(ウン十万はしそうな紅色の細工)を外して押しつけ、バネ仕掛けの様にクルッと踵を返し、どこぞへと走り去っていった。
──────人がクッションになった程度でどうにかなる落下速度では無かった気もするが…………まあ元気そうだしいいか。
ばあちゃるは貰った細工を弄りながら、先程から立ち惚けているシロへ視線を送った。
「いやはや、突風のような女の子でしたねハイ」
「…………あれイオリちゃんだよ! 合流する予定だった子!」
蒼い瞳をかっ開き、シロは走り去る少女の背中を指さした。
ばあちゃるは肩をすくめる。
「んなアホな。90年代のギャグマンガじゃあるまいし」
「マジなんだよこれが。イオリちゃんはかなり天然な子でさ…………うっかりが多いんだ」
そう語るシロの目はマジだ。混じりっけないマジの目だ。ウソの気配なんて全くない。
「…………マジすか」
『イオリちゃんは今、300m先で息切れして休んでるよ』
「OK、早く追いかけに行こ、馬」
「うっす」
§
5分後
>>587
「遅れてごめんねぇ。島の位置が予想以上にズレちゃっててさ」
青髪の少女、もといヤマトイオリに追いつき、三人は合流を果たしていた。
合流を果たしたのは、森の入り口に差し掛かろうかと言う所。木々が日差しを程よく遮り、近くに流れる小川の音がなんとも涼しげだ。
──────イオリの背後にオオワシが三羽いる。
「大して待ってないんで大丈夫ですよハイ。それよりも…………『島の位置がズレる』ってどういう事っすか?」
「この特異点の島は”ほとんど”『浮島』でさ。海流にゆられて移動しちゃうんだ」
『ブイデアの分析班的には、島そのものが”異界”を形成し、周囲空間ごと漂流してる…………というのが主流の解釈ですぅ。
まあぶっちゃけ、イオリさんの認識で十分ですけどね』
「なるほど。でも…………もしそうなら『楔』の探索はどうやってするんすか?
島が動くんじゃ、最寄りの島に辿り着くのだってかなり難しいような」
ばあちゃるが首をかしげてそう聞くと、イオリはサムズアップして鼻を鳴らした。
──────イオリの横で三羽のオオワシが互いに毛づくろいをしている。身長だけで3mはあろうか。
「それはダイジョーブ! 私が鳥さんと交渉して、島に送って貰えるようにしたから!
果物一個につき半日運んでくれるってさ」
「鳥さんと交渉…………?」
「イオリちゃんには『動物会話』って言うスキルがあるから、動物と会話できるんだぁ。凄いでしょ」
シロはそう語り、イオリの肩に手を乗せた。手を乗せられたイオリはというと、目を細めて実に嬉しそうだ。
──────オオワシ達が地面にマス目を描いている。鋭い爪を実に器用に使っていた。
>>588
「アレ? でも結局、鳥に頼っても『島が動く』問題は解決してない様な気がハイ」
「動物ってのは感覚が鋭いし…………島が動いても問題なく到達できる、ナニカが有るのかな?」
「そう! シロちゃん大正解!! それとね、『楔』の位置も大体特定できたよ」
──────オオワシたちは16×16のマス目で〇×ゲームを始めた。一羽が〇、もう一羽が×、残った一羽は審判をする様だ。
「この特異点はね、とっても不思議なモノが多くて、全部確かめてたらキリがなかったの!
でもね、シロちゃん達が楔をいっこ回収したでしょ!?
牛巻ちゃんとあずきちゃんが、楔の魔力パターン?とか言うのを解析したんだってさ!
でねでね! その結果、それらしい反応を7個まで絞り込めたんだって!! 凄いよね!」
「7個かぁ。イオリちゃん、それはどこにあるのかな?」
──────×側のオオワシは長考に入っていた。〇側が既に一列を取っているが、まだ挽回の余地はある。勝負所だった。
「今から行く島に1つあるよ! 他の場所はかなり”ヤバい”から…………一発目で当たって欲しいな。
とにかく色々おかしい島、『放浪狂島 ワンダーランド』。
こわーい怪物がたくさん居る、『獣禍龍島 アンダーヘル』。
海に縄張りを持ってて、近づく船をみんな沈めちゃう『略奪幽船 ブージャム』。
この三つは特にヤバかった!」
「うわ…………良く生還出来ましたね、イオリさん」
ばあちゃるがそう言うと、イオリは首を横に振る。
──────〇×ゲーム、一進一退の攻防。お互い緊張し、しきりに毛づくろいをしている。
>>589
「ああいや、他の航海者さん達と情報交換しててさ、そこから得た情報なんだ」
「航海してる人居るんすか、凄いバイタリティっね…………ああそうだ、さっき貰った飾り細工、これ返しま──────!?」
「んーん、持ってて」
飾り細工をばあちゃるの胸に押し付け、イオリは太陽のように微笑む。
イオリに気がある訳ではない。ばあちゃるとて、思考を少し巡らせれば解る。だが、そう勘違いしてしまいそうな程に、キレイな──────
『…………』
イオリの背後に、赤いオジサンがいた。身の丈は3m程か。足元は透けており、幽霊の様な出で立ちだ。
ばあちゃるを凄まじい表情で睨みつけている。羅刹がごとき、とでも表せば良いのだろうか、とにかく凄まじい。
『…………』
「あ、あの後ろ…………」
「ん、ああ! これね、赤いおじさんだよ。イオリの守護霊的なアレなの」
イオリが振り向いた瞬間、赤いオジサンはにこやかな表情へと変わった。
…………どうも、ネコを被るタイプのオジサンである様だ。
──────『キー!』〇側のオオワシが高らかに鳴き声を上げた。9対7、僅差で〇側の勝利。
涙あり、笑いあり、買収あり、リアルファイトあり、本が書けるくらいの名勝負だった。
「ま、それはさておき…………そろそろ次の島へ行こう! ここで話してても何も始まらないしね。おいでマーちゃん達!」
イオリが右手を上げると、三羽のオオワシが三人の肩に留まった。
『これは、マーセナリーホークですね。知性、強さ共にかなり高い生き物ですぅ。
一羽だけでも家で飼いたいと思ったり思わなかったり、なんて』
「いくよ! 行き先『廃船島』!」
三人と三羽は飛んで行く。
>>590
§
──────錆び切った戦艦。ツタやフジツボが一面に張り付いている。
戦艦の全長は、数km程あろうか。島として見れば小さいが、戦艦として見れば規格外(戦艦大和の全長は263m)もいい所だ。
錨が下がっており、船体に傷はなく、沈没していない。錆び切る程の時間が経っても尚、浮かび続けているのだ。
ここは廃船島。ノアの箱舟、その残骸。
イオリちゃんの紹介回でした!
廃艦島はもちろん、世界遺産の戦艦島がモデルです(それとウクライナの腐海、ガルパンの学園艦の要素も少しだけ)
裏設定
マーセナリーホーク
危険度:E(友好的)、条件次第でB(危険かつ回避困難)、ごく稀にA(死の危険、対策困難)
解説:
マーセナリー(傭兵)のワシ
非常に知能が高く哺乳類、鳥類に対しては友好的
普段は3から5羽程度の小規模な集団で行動するが
冬の間だけ大規模な群れを形成し、その間に子供を作る
傭兵のように仕事を請け負うという一風変わった生態を持ち、受けた依頼次第では人間にも(モチロン猛獣にも)襲い掛かってくる
依頼を受ける程、全身の羽毛が赤みがかった色に変わる
赤みの強い個体ほど群れでの発言力が高い
真っ赤な個体はマーセナリーホーク内でも選りすぐりの傭兵であり、同種からは『キィギャ ○○(個体名)』と尊称で呼ばれる
もうじき最初の敵キャラを出す予定なのですが、実は候補が複数おりまして…………
なので、アンケートで選ばれたキャラを出します!(無投票・同数の場合はランダム)
@
双子の人形遣い
モチーフ:トウィードルダム
ショタ、ロリ、酷薄、正統派悪役
A
兎の女戦士
モチーフ;ヴォーパルソード
長身、女性、脳筋系悪役
B
黄色い服を着た紳士
モチーフ:ハンプティダンプティ
中年、小太り、剽軽にみえて仕事人悪役
おっつおっつ、イオリンはどんな状況でもイオリンだなぁ(ワシの戦いが気になりすぎる)アンケートは2ですかねぇ(天然vs脳筋で酷いことなりそうだけど)
>>591
§
──────ギィ、ギギィ。
三人は廃船島へ降りて歩く。
錆び切った甲板。一歩毎に軋み、三歩毎に小さく割れる。
進む。
扉を開け中に入ると、酷く荒れ果てた船室が見えた。天井は所々崩落しており、そこから日が差し込んでいる。窓はない。
降り積もったホコリ。長い年月を経て凝固し、静止している。
進む。進むほどに闇が深くなる。
いくつかの階段を降りた先。そこには住居区画があった。真っ直ぐな廊下の脇に、無数のドアが配置されている。
ドアには金属板が埋め込まれており、それぞれに違った文字が刻まれていた。
進む。進む。無言のまま。
廊下に座り込んだ屍。朽ち果てた写真を抱いている。
>>597
進む。進む。進む。
壁に刻まれた絵。牢屋から太陽に手を伸ばす男の絵。
表情は陰影に隠され、強張った筋肉と乞うような指先だけが感情を表していた。
進む。進む。進む。進む。
機関室。住民が居なくなっても尚、寂しく無意味に動いている。
進む。
船の最奥。そこは礼拝堂だった。
──────その礼拝堂だけは新築のようにキレイで、暖かな光に満たされている。
整然と配置された長椅子。その長椅子に、何十もの骸が座っている。
彼らは手を組み、祈るように、恨むように、焦がれるように、ただ天井を、天井の先の空を見上げていた。
「ついたね」
イオリが小さく呟く。
普段は明るく天然なイオリではあるが、それでも今は静かであった。空気に吞まれていた。
「あの光る球が目的のモノだよ」
イオリは祭壇を指さす。
祭壇には球がおかれており、それは優しく光っていた。
「…………了解、シロが取ってくるね」
シロは厳かに歩きだし、その球を──────
「!?」
取ろうとした手が、重なった。
イオリやばあちゃるの手ではない。毛むくじゃらの、知らない手。
>>598
『生体反応、魔力反応、共にナシですぅ。高度な魔術による隠ぺいが成されてるかと』
「…………誰?」
球に手を置いたまま、シロはゆっくりと振り返る。
──────そこに居たのは、半兎半人の女戦士。
身の丈は2m以上、担ぐエモノは幅広の片手剣。豊満な肢体を鎧と毛皮に包んでおり、半獣の風貌と相まって、異界めいた美しさを感じさせる。
頭頂部には、ウサギにそっくりな長耳がついていた。ピンと伸びきったソレは、どこか童めいた力強さを感じさせる。
「うむ! 我が名は”ヴォーパル”、竜狩りの英霊、サーヴァントだ!
この度は、その秘宝を持ち帰りにきた次第である!」
ヴォーパルの声が重く、強く、船内に響く。陰鬱な空気を跳ね飛ばす。
彼女の声は低く、力強く、どこか真摯で、無邪気さがあった。
「初めまして、ヴォーパルさん。私はシロです。
実は…………シロ達も”秘宝”を持ち帰りに来たんですよ」
「そうか! なら、戦うしかないな!」
ヴォーパルは剣の柄を握り、カラカラと笑う。
「…………」
ばあちゃるは無言で拳銃を構え、狙いを定めていた。
「ふぅん」
イオリも鉄扇を構え、背後に”赤いオジサン”を出現させている。
空気が徐々に張りつめ──────
「とはいえ、だ! いくら主の命とは言え…………ここを血で汚すのは、余りにも忍びない」
>>599
緩んだ。
ヴォーパルが柄から手を離したのだ。ひどく困った風に。
長耳をペタンと倒し、煮え切らない表情を浮かべる彼女を前にしては、誰も緊張を保てなかった。
左手を胸に当て、ヴォーパルは頭を垂れる。
「シロ、であったか。卿らの長とお見受けする。
厚かましい提案なのだが…………ここはしばし休戦し、船の外に戦場を移さないか?」
「──────」
…………しばし考えた後、シロは頭を縦に振った。イオリもばあちゃるも、ソレに反対しなかった。
──────皆、思う所が有ったのだ。この廃船に。
§
移動中、船内での会話
「…………ばあちゃると申します。ヴォーパルさん、一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」
「一つと言わず、いくらでも良いぞ。それと…………我に対しては、もっとフランクに接してくれ。あまり礼儀正しく接されると、何というか、その、ムズムズする」
「じゃあお言葉に甘えて、そうさせて貰います。
ヴォーパルさん、この船は一体、何なんすか? 心当たりがあれば教えて欲しいっす」
「”主”が言うには、『太陽に嫌われた』モノ達の墓場だそうだ」
>>600
「それは何というか…………哀れですね」
しばし沈黙。まばらな足音が響く。
「…………暗い話はさておこう。
ほら、他に聞くべき事があるだろう? 我の英雄譚とか、特に竜狩りの話とか!」
「うーん…………オイラ、”ジャバウォックの詩”でヴォーパルさんの偉業知っちゃってるんですよね。
”鏡の国のアリス”作中作、”ジャバウォックの詩”。
『…………He took his vorpal sword in hand(ヴォーパルの剣ぞ手に取りて)
Long time the manxome foe he sought(人喰らいの怪物めを永きに探さん)
[中略]
The Jabberwock, with eyes of flame,(怒れる瞳のジャバウォック、)
Came whiffling through the tulgey wood,(鬱茂たる木より倦み出でて、)
And burbled as it came!(疚しく唸り迫らん!)
[中略]
One, two! One, two! And through and through(一つ二つ! 一つ二つ! 刺して貫く、只管に、ただ只管に)
The vorpal blade went snicker-snack!(ヴォーパルの剣ぞ斬り舞いし!)
He left it dead, and with its head(ジャバウォックは死に伏し、首を遺す)
He went galumphing back.(ジャバウォック狩りの勇者、揚々たりて凱旋す)
[中略]』
…………これの主人公、ヴォーパルさんっすよね? ”ヴォーパル”の剣、ってありますし」
「うむ、いや、確かにソレでも合ってる。
ただこう…………竜の部下150体をなぎ倒した事や、空中で竜をブチ抜いたりした事…………そう言ったエピソードが省略されているのだよ」
>>601
「!? すごいっすねソレ」
「だろ!? やっぱ凄いよな我!?
…………だのに吟遊詩人の奴ら『脳筋すぎる』とか、『イマイチ華がない』とか、『半獣属性がアタランテと被ってる』とか…………とにかく酷いんだ!」
クシャリと、子供のように顔を歪ませるヴォーパル。
他の三人はソレを微笑まし気に見ている。
「ハハ……お疲れ様っす。竜を倒せるヴォーパルさんでも、吟遊詩人には頭上がらないんすねぇ」
「吟遊詩人はなぁ…………現代風にいう所の”アイ ドル”とか”タレン ト”とか、そういう類の存在だったからな。
友、武勇伝、そして吟遊詩人! これさえあれば、宴はいつも盛り上がったものだ」
「おお! 宴に吟遊詩人、いかにもって感じっすねソレ」
「まあな! ただ……宴の後半にもなると吟遊詩人に酔いが回ってな。度々、下品な替え歌をしだすのよ」
ヴォーパルは苦笑し、長耳の先を弄りまわしていた。
「酒の良くない所っすねぇ…………オイラも偶にやらかします」
「『ヘラクレス 12の試練 ヒュドラ討伐の章』…………ああ、アレの替え歌は特に酷かった。
あの有名なヘラクレスの試練……その中でも屈指の名勝負が、
『女装ヘラクレス 12の秘め事 ショタヒュドラの章』に改変されたんだ…………信じられないだろ?」
「冒とくもいい所っすねハイ」
「しかもあのアホ吟遊詩人……よりにもよって、ヘラクレス本人の前で歌いやがってな。
寛大なヘラクレス相手だったから、幸いにもデコ.ピン一発で許されてたが」
「えっ」
ふと、ばあちゃるが身を乗り出す。
>>602
「ヘラクレスって、ギリシャ神話のヘラクレスですよね!? 正直、激情家のイメージありましたよハイ。何度か激昂して、友人や恋人を殺しちゃってますし」
「ヘラクレスさんは良い人だぞ! …………ただ、強すぎるのが玉に瑕だった。
強すぎるから、些細な事で殺してしまう。強すぎるから、誰も彼を放っておかなかった」
懐かしむ様な、愛おしむ様な彼女の表情。それは儚く美しく、母性的であった。
「昔々、ヘラクレスと手合わせして、ボロ負けした。我の攻撃は掠りすらしなかった。
それが余りにも悔しくてなぁ…………何度も何度も挑んだ。彼は嫌な顔一つせず、毎回全力で戦ってくれたものよ」
「世界一の戦士に、一撃くらい当ててやりたい! その一心で100回以上挑戦し、負ける度に反省と研鑽をし、ついに一撃当てたのだ!」
「…………そうして一撃当てた日。ヘラクレスと大いに語り合った。
『これで挑戦も終わり』という、感傷にかられてな」
「女神ヘラとの因縁、友を殴り殺してしまった事、英雄としての誇り、苦しみ…………本当に、色々な話を聞いたよ。
そして我は思った『後世に名など残さぬ方が、幸せだろうな』と」
「それは……確かにそうっすね」
「だろ?」
ヴォーパル。竜狩りのヴォーパル。
この船を出れば敵対する仲であるが、それでも今は語り合った。行きずりの友として。
>>603
§
船の外、甲板へと出た。
「…………さあ出たぞ! いざ勝負!
我が名はヴォーパル、”オレィ”様に召喚されたサーヴァント! 主の命を果たす為、武を競わん!」
長耳をピコ.ピコと揺らし、ヴォーパルは剣を抜く。実に嬉しそうな顔で戦闘態勢へ──────
「ちょっと待って」
行こうとした所、イオリに止められた。
「どうした?」
「あのね、実はね…………この球、イオリたちの欲しいモノじゃない可能性があるの。それを判断するために、三日ほど待って欲しいなって。
待ってくれたらシイタケあげるよ…………どう?」
「うむ…………それは、無理だ。実は、ここに来るために船頭を雇っていてな…………三日も待たせると、払う賃金が足りなくなってしまう!
シイタケは好きだし……心惹かれないといえば噓になる。だがすまんな! 我が忠誠は食欲より重いのだ」
──────ヴォーパルが構えた。
両の脚を極限までたわませ、左手を地面につける。ケモノの如き構え。
「そっか、それは残念」
微かに表情を歪め、イオリは鉄扇を取り出す。そして赤いオジサンを出現させた。
「シロです。お手合わせお願いします」
「よろしくお願いします」
残りの二人も武器を出す。シロは銃剣、ばあちゃるは拳銃にナイフ。
沈黙。
「!」
──────真っ先に動いたのはヴォーパル。
シロへ向かって一直線に駆け出す。速度は超人、風を切る。
>>604
「馬!」
「ハイ!」
ばあちゃるがシロの前に割り込む。硬化した肉体で刃を受け止──────
「遅い!」
跳んだ。ヴォーパルが跳んだ。3mも跳んだ。
流石サーヴァント。身体能力が人を超越している。しかしソレは、シロやイオリも同じ事。
「そっちこそ!」
シロの銃剣が、ヴォーパルの右ふくらはぎを貫く。空中に縫い留める。
「グゥッ!? これは──────」
ドゴン
”赤いオジサン”の拳。圧倒的な威力の拳が、突き刺さった。
ヴォーパルの肉体は甲板の端にまで吹っ飛ばされ、ピクリとも動かなくなる。
──────常人なら死んでいるだろうが、相手は英霊。死んではいまい。とはいえ、半日は立ち上がる事すらできないだろう。
「…………フゥッ」
シロは短く息を吐き、額の汗を拭く。
今回は瞬殺できたが、ソレはただの幸運だ。
ヴォーパルが空中に飛び上がり…………せっかくの速度を殺したから、銃剣を刺せた。アレがなければヤバかった。
「少し休憩しよっか。馬もイオリちゃんも疲れたでしょ?」
シロは踵を返し、二人に笑みを向け──────
「うむ! メッチャ痛い! 雑な戦い方はいかんな!」
「!?」
──────ヴォーパルが動いた、立った、歩き出した。
彼女の体にはキズ一つない。
「ど、どうして…………!」
シロの動揺に、ヴォーパルは己の剣を掲げて応える。
それは実に子供っぽく、与えられたオモチャを自慢するようであった。
「見よ! これぞ『言祝ぎの剣』! これがある限り、我は無限に回復する! つまり不死!」
「な、なにそれ、反則じゃん! …………馬」
>>605
──────シロは即座に動揺から脱する。この程度で思考停止するほど、ヤワな女ではない。
しかしソレを表に出さず、あえて動揺したフリを続けた。
そうやって気を引きながら、ばあちゃるへ目配せを送る。
流石のばあちゃるも慣れたモノ。すぐさまシロの意図を理解し、密かにオペレーターと通信を行った。
「…………りこりこ。アレ無効化できないっすか?」
『多分アレ、元はそんな凄い剣じゃない。検出できる神秘の濃度が薄いもん。
なにかしら強化されてるね。時間があれば絶対に解除してみせる』
「了解」
──────戦いは、始まったばかりだった。
一週間とちょっとぶりの更新でした!
シロちゃんの衣装メチャカワイイ!!! リアル猫耳が破壊力高かった
今回、ジャバウォックの詩を引用する際、著作権対策として独自翻訳を行わせて頂きました
我ながら拙い翻訳ですが、こんなんでも二時間くらい掛かりました
造語の解釈が難しすぎる…………
裏設定
言祝ぎの剣
元ネタ:ヴォーパルの剣
造語である、『ヴォーパル』の解釈の一つ、「VERVAL(ことばの)とGOSPEL(みおしえ)の合成語である」と言うのを採用して和訳したモノ
能力:持ってるだけで超回復 切れ味はイマイチだが、耐久力はバカみたいに高い
>>609
ヴォーパルさんのキャラは割とfgoっぽさを意識したので、そう思って頂けたのなら幸いです!
>>606
§
「…………解除にかかる時間はどれ位っすか?」
『5分はかかるかな。ゴメン、それまで持ちこたえて』
牛巻からの返答を聞き、ばあちゃるは唇を小さく歪める。
──────命のやり取りにおいて、5分は”重い”。
一回の攻撃にかかる時間はおおよそ『5秒』。つまり5分を持ちこたえる為に、理論上では『60回もの攻撃を切り抜けなければならない』。
無論これは理論上の話であり、実際はもう少しマシだろうが。
「シロちゃん、5分持ちこたえれば、りこりこが不死身を解除してくれるそうですハイ」
しかし、シロは動じない。勝利を目指して突き進む。
「ん」
シロは小さく頷き、ヴォーパルに銃剣を掲げ返した。
微かな恐れを戦意で塗りつぶし、不敵に笑う。演技はもう終わった。
「ヴォーパルちゃん! 例え不死身相手だろうと、シロたちは負けないんだから!」
「おう!」
ヴォーパルが獰猛に笑う。そして跳躍した。甲板スレスレに、滑るように。
「シロちゃんに、手を出しちゃダメ!」
”赤いオジサン”の拳が跳躍をカット──────
>>611
「ハッ!」
と、そこでヴォーパルが”オジサン”の腕を蹴り、180°方向転換し、『言祝ぎの剣』をイオリにブン投げた。
「!?」
身をよじって剣を避けたイオリに──────ヴォーパルの拳。2m越えの巨体を生かした、殴り下ろし。
イオリは鉄扇で辛うじて受け止めた。
「うっ!?」
受け止めた鉄扇が僅かに歪む。イオリの瞳が驚愕に染まった。
続けて剣を回収したヴォーパルが────────とっさに振り返り銃弾を弾く。上空からの刺突をいなす。
「今のは凄いぞ!」
撃ったのは ばあちゃる。突いたのはシロ。互いの信頼がなければ出来ない、一糸乱れぬ連携であった。
「褒められても、銃弾しか出ないっすよ!」
ばあちゃるが断続的に銃弾を放ち、シロとイオリの退却をカバーし、態勢を立て直させる。
──────戦闘開始からこれで30秒。まだ30秒。
「…………」
「……………………」
静寂。双方様子見。
この隙にシロは思考を回す。
(強いね、不死の力を抜きにしても。スピード、パワー、テクニック、全てが高水準。能力にかまけた風もないし、こりゃ頭使わないと勝てないねぇ。
とは言え…………5分持ちこたえなきゃいけないのは、イオリちゃんにも既に伝わってるハズ。オペレーター越しに)
(闇雲に方針転換しても足並みが乱れるだけ…………全体としては時間稼ぎの方針を維持しつつ、シロだけで他の可能性を探るのが吉……かな?)
(不死身への対策…………メジャーなモノとしては『耐え難い苦痛を与え続ける』『動けなくする』『不死の元を断つ』だね。とにかく色々試してみよう)
シロは思考を終え、蒼い瞳を細め、両の脚に力を込めた。
>>612
──────思考を始めてから終わるまで、実に1秒足らず。ほぼ一瞬である。
「いくよ」
シロが仕掛けた。甲板を蹴り、間合いを詰める。
右手を銃剣の中ほどに添え、左手で根元を保持──────リーチを捨て、取り回しを重視した構えだ。
「シッ!」
首への薙ぎ払い──────と見せかけての、銃床による殴打。意識とアゴを砕く、凶悪な一撃。
「ぬん!」
しかし、ヴォーパルはその一撃に耐えた。
そのまま剣を逆手に持ち、シロへ向かって──────
「どけっす!」
タックル。全身を硬化したばあちゃるによる突撃。背後からの突撃。
重量70kg以上、硬度は鋼鉄並み。英霊相手でも痛打となる威力──────当たりさえすれば。
「素晴らしい技だが…………躊躇いが見えるぞ!」
言祝ぎ剣はシロを掠め、甲板に叩きつけられ──────ヴォーパルがその反動で飛んだ。そして『ドチャッ』
”オジサン”の拳。内臓を破裂させ、骨を粉砕し、人を破断せしめる本気の拳。不死相手だからこそ躊躇なく打てる、正真正銘本気の拳。
ヴォーパルは空高く打ちあげられ…………壊れた人形のように落下する。
>>613
「イオリの事、忘れないでね」
イオリは首をかしげ、フワリと微笑んだ。
「な、なに…………忘れては、おらぬよ。ただチョイと”クセ”が抜けきっておらんでな。
跳んだらやられると解っては居ても、つい跳んでしまうのだ」
ヨロヨロと立ち上がり、ピョコンと長耳を跳ね上げ、コミカルに肩をすくめる。
立ち上がり切った頃にはもう、ヴォーパルのキズは全て塞がっていた。
──────これで1分経過。まだ4分もある。
さしものシロも頬を引きつらせ、倦んだ息を吐いた。
「まあ足掻くしかないか。それに──────」
──────まだ手はある。
シロは言葉を飲み込み、銃剣を構えた。銃剣を構え、足を二回・一回・二回と踏み鳴らした。事前にばあちゃると示し合わせた連携の合図。
「…………」
「……」
ノタリと歩を進めるシロ。共にゆくばあちゃる。
言葉は要らない、これ以上の合図も要らない。静かに足取りを合わせ、進む。
「なにか狙っておるな…………ならばこちらも、最高の一撃にて相手しようぞ!」
対するヴォーパル──────彼女の構えが変わった。
右手を刃の根元に添え、左手で柄の根元を握る。獣が如き体勢はそのまま、”溜め”をより力強く。
「…………!」
長耳がパタンと倒れ、目は爛々と輝く。三日月の様に弧を描く口、弾き絞られた戦意。今、ヴォーパルは戦士の顔をしている。
「…………」
イオリは静観する。
二人が何をしたいか知らない以上、無理に加勢するのは得策でないと判断したのだ。
>>614
「──────唸れや砕け、私の拳(ぱいーん砲)」
呟く、宝具の真名を。
光る、シロの拳が。
「コード申請4693-315-1225」
ばあちゃるが呟く。彼のナイフが黄金に光る。
──────グーグルシティのナノ加工技術によって作成された、ハイテク聖別ナイフ。
極小の聖句7777語が内部に刻まれ、全ての寸法は7キュビットで割り切れる値となっている。あらゆる要素が聖数字7に関連付けられ、その威力を増大させている。
シロとばあちゃるが歩を進めた。
「──────」
間合いに入る。ヴォーパルが目を見開く。
「竜鱗抜きィッ!」
──────全身のバネを一気に開放し、言祝ぎの剣を突き出す。
常軌を逸した強度の踏み込み、錆びた甲板が足の形に凹む。
「シッ!」
鋭く息を吐き、ばあちゃるがナイフを合わせる。
確かな研鑽の見て取れる一撃。相手の攻撃を逸らす事に専念した、守勢の業。
「──────グ」
ヴォーパルの突きがナイフを粉砕し、硬化したばあちゃるを吹っ飛ばす。
──────ばあちゃるの後ろより現れたシロ。輝く拳を振り上げている。
ソレを見たヴォーパルは獰猛に笑う。最小の動作で剣を引き、薙ぐ──────
「竜骨断ち──────むっ!?」
その動作が、不意に止まった。
ヴォーパルの着ている鎧が、錆びついたかの様に動きを止めたのだ。
「喰らえッ! ぱいーん砲!」
棒立ちの彼女に、シロが拳を叩き込む。鎧が凹む。
「…………ケフッ」
>>615
「…………ケフッ」
凹んだ鎧に気管を圧迫され、ヴォーパルはマトモに呼吸できない。その上、動かない鎧に縛られた。
如何に無限の回復力を持とうと、拘束され、呼吸もままなければどうしようもない。
「こ、これは一体なんだ?」
倒れ伏したヴォーパルは、困惑した表情を浮かべた。
そんな彼女にシロが近づき、解説をする。
「馬は、触れたモノを硬化させる魔術を使えるんだ。
それを使って、ヴォーパルちゃんの鎧の関節部を硬化させ、動けなくしたんだ」
「なるほど……ケフ……理屈は解った。しかし……その魔術は、いつ掛けられたんだ?」
「馬が吹っ飛ばされた時だね。ナイフが押し負けることを前提に、硬化魔術をかけることに専念してたん…………だよね、馬」
シロがそう言うと、馬はフラフラと立ち上がりながら頷きを返した。
「痛ッ…………シロちゃんの言う通りです…………まあ結構な賭けでしたよハイ。
ギリギリ指先が掠ったから良いものの…………触れてなけりゃ、賭けに負けた大マヌケになる所でしたね」
「ケフッ……………………良いじゃないか、成功したのだから。勝利を誇れ……ケフ……強き戦士よ」
空咳をしながらも、ヴォーパルは心底愉快そうに笑う。
「そう言って貰えると嬉しいっす…………では」
ばあちゃるはそう言うと一礼し、踵を返した。
呼吸困難、束縛状態。既に勝負は決している。彼はそう判断していた。
「…………これからが楽しい所だぞ? ばあちゃるよ」
──────だが彼女は、ヴォーパルはまだ敗北していない。
>>616
「!!」
彼女の鎧が異音を鳴らす。
筋肉が膨張し、関節が唸り、硬化した己の鎧をへし曲げ、引きちぎり、ブッ壊した。
『言祝ぎの剣に掛けられた強化、急速に減衰開始! これなら直ぐに解除でき──────!? ヴォーパルの霊基が変化を開始!』
「ッ…………ハァッ!」
響く牛巻の声。立ち上がる全裸のヴ■ーパル。豊満かつ強靭な肢体が解放され、揺れる。
余りの事態に硬直する三人。
真っ先に動き出したのはイオリ。
「お願いオジサン!」
ヴ■ーパルにオジサンの拳が迫る。彼女はソレを跳んで避けた。
「…………ッ!」
次に動いたのはシロ。取り回しの良い拳銃へとっさに持ち替え、空中の■■ーパルに連射した。
6発の弾が飛び迫り──────
「なんだその銃! カッコイイぞ! 欲しいぞ!」
──────■■■パルは”空を蹴って”避ける。
更に数度、空を蹴ってシロへと迫った。
「…………ッ」
硬直から脱したばあちゃるが銃を構えるも、狙いが定まらない。
──────格好が目に毒というのもあるが、それ以上に目がついて行けない。立体的な動き故、動きを予測することも難しい。
「待てえ!」
”オジサン”を凌がれたイオリが、畳んだ鉄扇を■■■■ルに投げつける。
サーヴァントである彼女であれば、多少その動きを捉える事が出来た。
「待たん!」
「ずっ!?」
■■■■は空で回転し、鉄扇を蹴り返す。
予想だにしない反撃にイオリは対処できず、額に鉄扇を喰らい、体勢を崩した。
「…………」
迫るリ■■■。
シロは目を細め、ギリギリまで彼女を引き付ける。
「…………!」
来た。シロはリ■■■の急所へ銃剣を突き出し──────
>>617
「なぁっ!?」
片腕を犠牲にして、防がれた。
そのままリュ■■は剣を──────「させないよ! おいでマーちゃん達!」
上空で待機していた三羽のマーセナリーホーク。彼らがリュ■■に体当たりする。
「伏兵か! 凄いぞ!」
しかし、それでも止まらない。リュ■■は剣をそのまま振り下ろし──────
『やっと解析完了! 強化解除!』
彼女の剣は、シロへ届く前に砕け散った。
「…………」
動きが止まる。
「シッ!」
シロの銃剣が突き刺さる。リュ―■の体が光り出す。
「や、やったすかね!?」
ばあちゃるが思わず叫ぶ。
『いや…………やってない! ヴォーパル霊基再臨! 再解析開始──────』
「とう!!」
跳ぶ。
「我が真名はリューン・ヴォーパル! 空駆けリューン! 竜狩りリューン! 神代ギリシャの幻霊だ!」
真名表出──────『リューン・ヴォーパル』。
「我、春風の祝福を受けし戦士なり! うっかり神のペットを殺し、半獣の呪いを受けし者なり!」
ヴォーパルからリューンへ。渦巻く風を身にまとい、真の姿を現す。
──────相も変わらずの長身。相も変わらずの半獣。
変わったのは、防具と武器。竜鱗を打った革を乱雑に纏い、身長より長い槍を担いでいる。先程まで使っていた剣がそのまま穂先となっており、獅子すら両断できそうな程に重厚な槍であった。
「…………!」
>>618
シロ、ばあちゃる、イオリの三人は身構える。
そんな三人の前にカン!と小気味よい音を立て、リューンが着地した。
「…………」
「……………………」
沈黙。緊張。
ピリつく空気の中、リューンが口を開いた。
「うむ! 我の負けだ!」
「…………へ?」
「我は『リューン』ではなく、『ヴォーパル』として決闘に臨んだ!
そして……お主らは見事”ヴォーパル”を倒した! 故に我の負けよ!! 秘宝は持って行け」
彼女はドカッと腰を下し、清々しく笑った。
§
数分後。戦闘が終わり、皆一息ついていた。
特にイオリはリラックスモードに突入しており、優雅にキノコなんかを焼いている。
ばあちゃるが口を開く。
「それで、結局ヴォ……リューンさんはどういう存在なんすか?」
「ヴォーパルで良いぞ、そっちも本名だしな。
それで…………我がどんな存在かというとな、まぁ簡潔に言うなら『片方を主体とした、幻霊の複合体』だな」
「えっと、つまりどういう事なんすか?」
「つまりだな………うむ……」
穂先を所在なくクルクルと回し、リューン……もといヴォーパルは困った表情を浮かべた。
「まず、幻霊が何なのかは解るか?」
「『歴史に名を刻むも、英霊となるには一歩足りなかった存在。英霊の一歩手前の存在』でしたよねハイ」
「その認識で大体合っている。さて、次の質問だが…………戦う前の我と、今の我。何が違う?」
「えっと……英霊から幻霊に、名乗りが変わった事。後は武器と防具…………ですかねハイ」
「うむ」
ヴォーパルが深く頷く。
>>619
「今の我は幻霊、リューン・ヴォーパル。ギリシャで竜を狩っていた…………当時基準では平均的な英雄だった。
ヘラクレスさんなどの大英雄に押され、後世にほぼ名が残らなくてな。故に我は、英霊ではなく幻霊止まり」
「ふむふむ」
「そして戦う前の我………あの時は『ジャバウォックの詩』の主人公を演じ…………その力を憑依させていたのだよ
所有者に無限の回復をもたらす『言祝ぎの剣』なんかが、憑依によって得た力だな」
そう言いながら、ヴォーパルは槍で甲板に絵を描いた。
──────ヴォーパル自身を指したウサギの絵に、オーラの様なモノが纏わりついている。中々に味のある絵だ。
「憑依?」
「そう、憑依だ。幻霊に他の存在を憑依させ、その力を増大させる。
そうすることで、マスターである”オレィ様”は、我らを英霊に昇華させた。
…………強いて自称するなら『憑依英霊』。そんな所か」
「…………」
ばあちゃるは彼女の話をかなりマジメに聞いている。それでも正直あんま理解できていない。最近まで一般人だったので、魔術関連の事はピンと来ないのだ。
ヴォーパルもソレを察しているのだろう。おおらかな笑みを浮かべ、説明を嚙み砕く。
「我らは”キャラを演じる事”でそのキャラを憑依させ、より強くなれるのだ。
ただ…………今回のように装備を剝されると、憑依が解除される。衣装がなければ、演技は成り立たないからな。
また”正体を見破られる”事でも……憑依は解除される」
>>620
「なる程?」
「要するに、アレだ。我のような存在が敵対して来たら、
・装備をぶっ壊す
・本性を見破る
このどっちかをやれば弱体化する! と言う事だ」
「なる程!」
「因みにここだけの話…………オレィ様に仕える幻霊は複数いてな、皆”憑依”で強化された幻霊だったり──────────」
──────ふと、シロが身を乗り出し、ヴォーパルに話しかける。
アホ毛をしならせた彼女の表情は、どこか心配そうだ。
「ねえヴォーパルちゃん。教えてくれるのは嬉しいんだけど…………あんま情報もらしたら、オレィ様って人に怒られない? ヴォーパルちゃんの主人なんでしょ?」
「あ」
シロの言葉を聞き、ヴォーパルの表情が凍りつく。長耳がピンと立ち上がる。
「……………………マズイ、怒られる」
(我が主、オレィ様の目的は『人を救うモノ』。我が見立てが正しいなら、お主らの目的もそう違いはすまい。
今回はたまたま敵対してしまったが、この様な事、二度とないだろうよ! 故に問題なし!)
うなだれる彼女の額には汗が滲んでおり、頬も引きつっていた。
本音と建前がつい反転してしまう程度には、焦っている様である。
「…………」
10秒ほどそうした後、ヴォーパルはガクリと項垂れ、長耳をシュンとさせた。
これから主の元へ帰り、謝罪せねばならない。その運命を悟ったのだ。
──────気付き、焦り、思考停止、悟り。これらのプロセスはやらかしをした人間が大抵行うモノであり、そのいずれも哀愁に満ちている。
>>621
「……シロ卿、ばあちゃる卿、イオリ卿。この度は色々と迷惑をかけてしまい、申し訳なかった。
今は謝罪しかできないが…………次に会う時があれば、埋め合わせをさせて欲しい」
「あはは、しなくて良いよそんな事。
そんな事よりさ! シイタケが焼けたから食べてみて。きっと美味しいよ」
「…………ありがとう」
ペコリと頭を下げ、イオリの焼いたシイタケを食べながら、ヴォーパルは帰って行った。
憑依幻霊のチュートリアル回でした!
幻霊が他の存在を演じる事でより強くなると言う、現実のvtuberにやや似た構造となっております
それはそうと…………シロちゃんと馬のサプボがそろそろ届きます 毎回高品質なグッズばかりなので楽しみ
裏設定
リューン・ヴォーパル
節度を弁えた脳筋
かなりのお喋り好きで、口が少し軽い
竜を狩れる程度には強かったが、同期にビックネームが多すぎて埋もれた
昔「竜の血に武器を漬け込んだら強くなるんじゃね?」と考えて実行し
愛用の槍を錆びさせてしまった過去がある
今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=anUaSb5tZb8&list=PLuRYZt4M2mLQREx3U6HJf21VV7s4P-tFU&index=3
>>624
「知力と武力のどっちでも攻略できる敵にしたい!」と考えた結果、この設定になりました
ヴォーパルさんは描写にかなり気を使ったキャラなので、気に入って頂けたのなら嬉しいです!!
>>622
「オエッ……」
数時間後、イオリ、ばあちゃる、シロの三人は次の島にいた。
イオリの従えるマーセナリーホークに運ばれ移動した三人の内、ばあちゃるだけがゲッソリしている。戦いの疲労も抜けぬ間に空輸され、酔ってしまったのだ。
「イオリちゃん、イオリちゃん。ここはどんな島なの?」
「えっとねえ、あのね、次の島は遠くて鳥さんじゃ体力が持たないから…………この『港島 ポートランド』で船を雇うの!」
『他の島は独自空間を所持し、空間ごと漂流してますぅ。しかし港島だけは独自の空間を持ちません。その為か多くの冒険者や船乗りが拠点として用いてますぅ』
──────港島には不思議な光景が広がっていた。陸地の上にではなく、海の上に居酒屋や宿屋や雑貨屋が建っているのである。
大きな船同士が鎖で連結されて木の陸地を形成し、船の一つ一つが店の役割を果たしているのだ。一つの船にいくつもの店が寄り合っているモノまである。
「イオリちゃん……それで、港島のどこへ行くの?」
「うーん、まずは大きい酒場に行って、運んでくれる船さんの募集かな、それでダメだったら他に行く感じだねぇ」
「なるほど」
シロはグッタリするばあちゃるの背中をさすりながら、元気に声を挙げた。
「行き先も分かったことだし、早速行こう! …………馬、大丈夫?」
「ハイ……」
「うん行こう!」
>>626
§
??視点
「…………ケッ」
水で薄めたラム酒をあおり、チキンの野菜炒めをナイフでつつく。
俺の名前は『ラーク』。船酒場(船の上に作られた酒場)で飲んでいる最中だ。下から響く木板の軋み、のたりと揺れる店内、微かにすえた磯とアルコールの香り。
船は良い、揺り籠のように人を包んでくれる。
「ガハハハ!」「爪剥ぎじゃんけんしようぜェ!」「お前もう爪ないじゃん……第一、何が楽しいんだそれ?」「スリルだよォ!」
「……」
俺は空になった酒杯をテーブルに置いてまぶたを閉じ、栄光の過去へと思いを馳せた。酒場の喧騒を枕にして。
──────祖先の残した魔術書を偶然見つけて力をつけ、地元の仲間と一緒に故郷を飛び出し、腕利きの海賊『赤鷲船団』として名をはせた。
俺が使うのは符(魔術的な紋様を書いた札の事)を媒介とした魔術。所詮素人の独学であり、ぶっ飛んだ力が使える訳ではない。だがそれでも常人をボコすには十二分だった。
同業の海賊共から財宝を分捕り、愚民共にソレをばら撒く。たまに財宝の地図を手に入れて冒険して…………本当に愉快な日々だった。
「──────」
>>627
「イイからやろうぜ、爪剥ぎじゃんけん! やってくれたら酒おごるからさァ!」「解った、一回だけだぞ。ほらじゃーんけん…………」「「ポン!」」
──────忘れもしない、愉快な日常が終わったあの日を。かの有名なマリン船長率いる『マリン海賊団』にケンカを売ってしまった、悪夢の日を。
『マリン海賊団』には、銃も大砲も魔術も通じなかった。銃弾は弾かれ、大砲は当たらず、全力の魔術も軽くあしらわれた。勝てる勝てないじゃない。レベルが違ったのだ。
俺は負けた後、アイツらにスカウトされて部下になった。当然俺の部下も一緒に。
まあ……マリン海賊団はそれほど悪い場所じゃない。飯も金も十分くれるし、働き次第では昇進もある。
実際、すでに俺は7宝船(マリン海賊団の主力をなす船の事だ)の内1隻を任されていた。
「ハイ、俺の勝ち。約束通り酒おごってくれよな」「…………待ってくれ。俺は爪剥ぎじゃんけんに負けたんだ。まず俺の爪を剥いでくれェ!」「剥ぐ爪がもうないじゃん」「じゃあ…………他人の爪を代わりに剥がないとォ!」
だがそれでも…………誰かの下に付くのがガマンならないのだ。俺は自由が欲しくて海賊になった。いくら待遇が良くたって、自由でなければ何の意味もない。
「他人の爪を剥すって、それペナルティとして成立するのか?」「ならないよォ! でもやらないと」「几帳面だなホント」
隙をみてマリン海賊団からおさらばして、また海賊として一旗上げてやる。その為にも今は──────「そこの人! どうか爪を一枚くれないかッ!?」「頼む、コイツに付き合ってやってくれ」
>>628
変な奴らが俺の肩を掴んできた。赤いペンチを持ったヒョロガリ男と、やけに身綺麗な海賊の二人だ。
ペンチのヒョロガリ男が目を血走らせながら懇願してくる。
「…………何言ってんだお前?」
「爪が欲しいんだッ!」
「爪が欲しいのは知ってるよ。whatじゃなくてwhyを聞いてるんだ、俺は」
「ワット? ワイ? 何の話なんだ、教えてくれッ!?」
俺は頭が痛くなり、手で額を覆った。普通ならこんなクソボケは前歯をへし折って船外に蹴り出す所なのだが…………生憎マリン船長に『むやみな暴力は控えるように』と言いつけられている。
「頼む! 爪ェ! 爪ェ!」
ペンチ男の声と動作はどんどんヒートアップし、しまいには地団駄を踏み始めた。ホコリが舞って非常にうっとおしい。
「まあまあ、そこの兄さん。こいつはチョット盛り上がり易いだけで、根は悪い奴じゃないんだ。だから…………ここは一つ、爪を一枚貰えませんかね?」
身綺麗な海賊がペンチ男の前に割り込んだ。声色こそ穏やかだが、顔が全くの無表情だった。腰に提げたカトラスに手をかけており、物騒な気配を放っている。
「…………」
──────ペンチ男はただの狂人。身綺麗な男はマトモぶった狂人、しかもそこそこの手練れ。柄の形状を自分用に調整してやがる。実戦経験が豊富でなければしない事だ。
適当にあしらえる相手ではないか。俺は気怠い息を吐いてイスから立ち上がり、両手の人差し指を眼前の二人にそれぞれ向けた。
「…………?」
「まさかオマエ、あの──────」
>>629
次の瞬間、二人の腹に小さな穴が空く。二人は倒れた。
──────ポケットに入れておいた符が二枚、ボロボロと崩れ落ちる。俺の作成した符は俺にしか使えないし、しかも使い捨て。種類も威力もそんなにない。だがまあ、こうやって一般人をボコす位は余裕だ。
「やっちまった……マリン船長にどやされちまうぜ」
俺は舌打ちしながらイスに腰掛け直し、店員に注がせた二杯目を一口で飲み干す。
勝ったというのに酒がマズイ。勝利の甘露はあっても、不自由の苦味が何もかも塗りつぶしてしまう。苦いのは嫌いだ。
酒が回って揺れる視界を天井へ向け、意識を再度過去へ飛ばす。昔した冒険を一つ一つなぞり直して、自由な幻想へ行こ──────「こんにちは!」
「!?」
女の声が聞こえた。暴力的な気配の一切ない、柔らかい声だ。
船酒場に入ってくる集団。女が二人、男?(何故か馬のマスクを付けている)が一人。そいつらを見た瞬間──────俺の全身に衝撃が走った。
女の見た目が美しいからじゃない。場違いな格好をしてるからでもない。アイツらから感じる力、その大きさに衝撃を受けたのだ。
「オイラ達を乗せてくれる船をさがしてるんすけど…………誰かいないっすかね?」
馬マスクの男がそう言って辺りを見渡す。周囲の反応は主に三種類。拒絶、嘲り、そして警戒。
「帰んな」「異性を乗せたら船は沈む。これ常識だぜ?」「船上での男女トラブルは本当にヤバいぞ」「下手な怪物よりよっぽど怖え」
「……どう思う?」「強いですね」「勝てるか?」「あの馬男でギリギリ。他は無理ですね」
>>630
だが俺の反応は三種類のどれにも当てはまらない。イスから勢い良く立ち上がり、彼らに大股で近づいた。
「蒼髪の姉ちゃん。ムネ揉ませてくれるなら乗せても良いぜ」「乗せるって……船にか?」「違げえよ兄弟、乗せるのは──────ウギャッ!?」
「どうも、ラークと言います」
彼らに絡むチンピラを殴り飛ばし、俺は迷うことなく前へ出た。こういうのは早い者勝ちだ、少しでも躊躇すればチャンスを取り逃す。
──────そう、チャンスだ。俺の目が曇ってなければ、こいつらはマリン船長に匹敵する力を持っている筈。
俺は、こいつらを上手いこと使って独立してやる腹積もりだ。具体的な計画はないが、考える時間なんていくらでもある。
「一つ提案なのですが…………俺の所属するマリン海賊団を足として使いませんか?」
傷まみれの顔に笑みを作り、最大限紳士的にお辞儀をした。このチャンスをモノにする為に。
自由、冒険。自由、冒険。自由! 冒険! 想像するだけでワクワクする。こんなに興奮したのは、初めて宝の地図を見つけた時以来だ。
──────俺は酒杯を放り投げ、彼らと共に青空の元へと出ていった。
明日サプライズボックスが届くので楽しみです!
今回は新キャラのお披露目回でした!
キャラ紹介
ラーク
性別:男
年齢:30代前半
強さ:カカラ5体と一度に戦って勝てる位
海賊。祖先から引き継いだ符術を使う海賊。いわゆる『魔術使い』と型月世界では呼称される存在(研究ではなく実用する為だけに魔術を用いる人の総称)
自由と冒険がとにかく大好き
海賊基準では穏健派だが、一般人基準でみると普通に悪党
今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=jquJLs0wdFk&list=PL5JawQb6w1fSnQPF9KIJr0OVhvJ7_g7pU&index=10
>>629 文章が酷かったので一部改稿
変な奴らが俺の肩を掴んできた。赤いペンチを持ったヒョロガリ男と、やけに身綺麗な海賊の二人だ。
ペンチのヒョロガリ男が目を血走らせながら懇願してくる。
「頼むゥ! 爪をくれェ!」
「何言ってんだお前」
「だから…………爪が欲しいんだってェ!」
「爪が欲しいのは知ってるよ。whatじゃなくてwhyを聞いてるの」
「ワット? ワイ? 何の話なんだ、教えてくれッ!?」
俺は…………相手の余りのバカさ加減に頭が痛くなり、手で額を覆った。
普通ならこんなクソボケは速攻で前歯をへし折って船外に蹴り出す所なのだが…………生憎マリン船長に『むやみな暴力は控えるように』と言いつけられている。
「頼む! 爪ェ! 爪ェ!」
ペンチ男の声と動作はどんどんヒートアップし、しまいには地団駄を踏み始めた。ホコリが舞って非常にうっとおしい。
そこに割り込む例の身綺麗な海賊。
「まあまあ、そこの兄さん。こいつはチョット盛り上がり易いだけで、根は悪い奴じゃないんだ。だから…………ここは一つ、爪を一枚貰えませんかね?」
身綺麗な海賊。アイツは声色こそ穏やかだが、顔が全くの無表情だった。腰に提げたカトラスに手をかけており、物騒な気配を放っている。
「…………」
ペンチ男はただの狂人。身綺麗な男はマトモぶった狂人、しかもそこそこの手練れ。柄の形状を自分用に調整してやがる。実戦経験が豊富でなければしない事だ。
適当にあしらうには相手が強い。優しく説得できる相手でもな────ああもう面倒くせえ。普通にやっちまおう。
俺は気怠い息を吐いてイスから立ち上がり、両手の人差し指を眼前の二人にそれぞれ向けた。
>>631
§
ラークの案内で船に向かう途中。
シロ、ばあちゃる、イオリ、ラークの四人は板を被せた小舟の道、『橋船』の上を歩いていた。打ち寄せる波がクツを濡らし、ぬるまった潮風が服をべたつかせる。
倦んだ気持ちを誤魔化すように、ばあちゃるが口を開いた。
「そういえば、なんで船の上に港が建ってるんですか?」
「あ、それシロも気になる」
「……チョイと複雑な理由があるんですわな。それには」
指先で海賊帽をクルクルと回しながら、ラークが答える。
実に気楽そうな態度であるが、しかしその動作は一つ一つが奇妙な緊張に満ちていた。常に揺れる視線、不規則な歩幅、一切ブレない重心。理性の一枚下に暴力性を隠している。
「ここらの島は全部、海流に流されて漂流します。でも、この島だけは動きません。だからですかねぇ、この島は船乗りにとって信仰対象、聖域でもあるんです。だから入っちゃいけない…………これが表向きの理由」
「表向き、ですかハイ」
「この島の奥には、恐ろしい怪物がいるんですわな。真っ黒な体、縦向きに付いたむき出しの口。ただ恐ろしいだけじゃなくて体も硬い、普通の銃弾じゃ通らんのですわ。
要するに……島の奥に踏み込んで死ぬバカを減らしたい。それが本当の理由ですな。
でもソレを直接言うより、『信仰』に絡めたほうがより効果的に抑制できる。そんな所でしょう」
>>636
ラークは海賊帽を真上に放り投げ、逆の指で受け止めてまた回し始めた。
「というか、何でそこまで知ってるんすか?」
「昔、宝を探しに奥へ踏み込んだんですわ。そんでその後…………怪物に追われて、這う這うの体で逃げましたな。冒険は大好きですがね、アレは流石に」「チュン!」
会話の最中、巨大なキツツキが突如飛来し、ラークの脳天にアイスピックの様なクチバシを──────
「危ない! イオリが今助け──────」
突き刺す寸前で、海賊帽のフチが鳥の胴をブッ叩く。鳥は玩具のように吹っ飛び、壊れて動かなくなった。
「後はまあ、ヤバい怪物が来ても船なら逃げられる……ってのもありますわな。なにせ世の中には歩く災害みたいな奴もいますからねぇ……おお怖い」
ラークは大げさに自分の肩を抱く。相も変わらず気楽そうに。古傷まみれの顔にビジネススマイルを浮かべながら。
「──────そういえば、なんでダンナ達は船が必要なんですかい?」
「実はシロ達、ある秘宝を探す旅をしてるんだ。だから船が必要なの」
「秘宝! そりゃどんな?」
「それはね──────」
波と風に揺られ、時と歩は進んで行く。
§
>>637
数十分後。ばあちゃる達は『七宝船』の甲板にいた。
雲を突くメインマスト、慌ただしく行き来する船員達。彼らの顔色は総じて良い。それなりの待遇を受けているのだろう。
「やあ客人さん!」
──────目の前に女性がいた。
赤を基調とした海賊服、大きな海賊帽子。黄金色の右目、夕焼け色の左目、赤髪のツインテール。
腰に下げたフリントロック(前込め式の銃)には芸術品めいた金細工が施されており、あまり物騒な感じはしない。
「マリン海賊団 第七宝船 布袋丸へようこそ! アタシの名前は宝鐘マリン。この海賊団の『大船長』をやってる。秘宝を探してるんだって? 協力するよ」
「…………」
マリンは帽子を取って頭を下げた。深すぎず浅すぎず、丁度良く。その姿勢は礼儀に正しく沿ったものであり、確かな教養がにじみ出ている。
──────見た目も所作も、海賊のソレではない。莫大な魔力も感じられる。誰かしらの手先かもしれない。
シロは静かに目を細め、ばあちゃるとイオリへ”警戒”のハンドサインを送った。
「ねえ……本当に協力してくれるの? シロが言うのもなんだけど、そっちに利益がなくない?」
「…………ふふ」
首を傾げながらシロが聞くと、マリンは海賊帽で顔を隠し、ミステリアスに吐息を漏らした。
「もちろん理由はあるよ。でも教えない、秘密にしと──────」
「別に大した理由じゃないですぜ。この頃は怪物の動きが活発なんで、ダンナ達を無料の用心棒として船に置いときたいんですわ。見る人が見れば、ダンナ達の強さは一目瞭然ですからね。
それと…………マリン大船長、カッコつけたいのは解りますがね……初対面の相手に意地悪はダメでしょうよ」ニヤニヤと笑うラーク。
「──────」
>>638
──────マリンは手から帽子を取り落とし、顔をゆっくりと朱に染め、そしてラークに詰め寄った。
パクパクと口を開閉させる彼女の顔からはもう、ミステリアスさは全く感じ取れない。
「ラ、ラーク! 罰を受けてる最中に喋っちゃダメでしょ!?」
「はーい、スミマセン」
────上司であるマリンに怒られ、ラークは"逆さ吊りにされた"状態で上方向に頭を垂れた。
イオリに絡んでいたチンピラ。彼らがラークに殴られた際……どうも骨が折れてしまったらしい。品性下劣なチンピラであったが、骨を折られる程の事はしていなかった。
なのでラークは罰として、ロープで逆さ吊りにされている。(彼に絡んできた狂人の件は正当防衛なのでお咎めナシ)
「…………」
シロは彼女らを疑うのがどうにも馬鹿馬鹿しくなって、二人へ”警戒解除”の合図を出す。
──────ばあちゃるは懐の拳銃から手を放し、イオリは上空のマーセナリーホークを休ませた。
弛緩する空気。静かな緊張が溶けて消える。
「……オイラはばあちゃると申します。今後しばらくお世話になります」
「イオリの名前はヤマトイオリ! 宜しくね!」
「シロです。料理が得意なので、手伝える事があれば言ってください」
『あずきですぅ。声と映像でしか挨拶できませんが……気にしないでくれると有り難いです』
『牛巻です。細かい所はスルーしてくれると嬉しいかな!』
「あー……うん、OK。客室はあっちだよ、ゆっくりしてってね」
挨拶を済ませたシロ達は客室へと向かうのだった。
「……」
「…………」
>>639
────シロ達が立ち去り、船員たちの単調な足音、あとは鳥の声くらいしか聞こえない。
言葉の不在による、音に満ちた静寂。
「……変わったね」
しばらく続いた静寂の最中、マリンが誰にともなく呟いた。
「イヤ、取り戻したのかな? ねえラーク」
「……」
コテンと首をかしげるマリン。無反応のラーク。
マリンは艶やかな指先でフリントロックをさすり、謎めいた流し目を送る。深海じみた底知れない視線を。
「昨日までショボくれてたのにさ、今日はえらく覇気に満ちてるじゃん」
「…………」
「昔のラークを思い出すなぁ。海賊殺しのラーク、共喰いラーク、赤鷲ラーク。アタシに真っ向から襲いかかった、気骨のある海賊」
会話めいた独白。ラークは無視も反応もせず、ただじっと耳を澄ましている。
「シロちゃんとイオリちゃん……だっけ? あの子達は凄いよ、アタシでも勝てるかどうか。ばあちゃる君も無視できる程弱くはない」
「……」
「あの3人、いや5人か。アレを招いた理由なんてお見通しだよ…………あの子達を利用して、アタシに下剋上したいんだろ?」
「…………」
────ゆっくりと持ち上がるラークの口角。それは無言の肯定であった。
マリンも同様に笑う。ゆったりと、獰猛に。
「うんうん。アタシたちは海賊、無法者の集まり。裏切りでも下克上でも、まぁ好きにやれば良いさ。でも────」
マリンの手が閃く。一瞬の内に弾丸が放たれた。数は三発。
一発目はラークを吊り下げていたロープを切断。二発目と三発目が彼の頬を掠めた。
「やんなら腹ァくくれよ?」
>>640
突然の銃声に気色ばむ船員たち。マリンは手をひらひらと振り、悠々と船内に降りていった。
─────しばらく後に流れ弾が帆に穴を開けてしまったと解り、ガチ目の説教を受ける事になるが…………それはまた別のお話。
§
数時間後、船上にて。
今は夜。船はとっくのとうに海へと漕ぎ出している。異様な程に凪いだ海面が星々を写し、もう一つの夜空めいて広がっていた。
「……」
ばあちゃるは欄干に一人、もたれ掛かっている。少し船酔いしたので夜風に当たっていた。
馬の覆面を軽く持ち上げ、口元を露出させる。完全には脱がない。何故かは自分でも解らない……ただ何となく、そうしなければならないと感じるのだ。
「……」
ナニカ思い出せそうになって首を捻るが、しかし何も思い出せない。夜風が強まってきた。
ばあちゃるはブルリと身を震わせて船内へ──────「ねえ、馬」
降りようとしたとき、背後からシロの声が聞こえてきた。どこか浮かない声色だ。
「馬……前に回収した秘宝さ、『楔』じゃなかったみたい。ついさっき牛巻ちゃんから報告があった」
「ありゃま。ヴォーパルさんには悪い事しちゃいましたねハイ」
「だね…………実のところ、楔である可能性が低いと最初から解ってはいたんだけど……回収が一番容易な場所だったから、真っ先に向かったんだ」
両手の指を何度も組み替えつつ、シロは肩をすくめる。彼女の豊かな胸が小さく揺れた。
「だからまあ…………次の秘宝回収は、多分もっと難しい。馬、いけそう?」
「きっとどうにか成りますよ。オイラとシロちゃん、それと皆が居ればの話ですけどね」
ばあちゃるの言葉に、シロは歯切れ悪く頷く。忙しなく視線を動かす彼女の表情は、悩みのソレとは少し違う。
>>641
「うん……だよね! 皆が居ればシロたちは負けない! …………でもさ、なんでだろうね、何だか凄くヤな予感がするんだ。背筋がビリビリするの」
焦燥だ。シロの顔には強い焦燥が滲んでいる。言いしれぬナニカがシロを苛んでいる。
見かねたばあちゃるは彼女の肩に手をおき、戯けた動作でもう一方の手を振った。
「ま、まぁ……解らないものを気にしてもしょうが無いですし、楽しい話でもして気をまぎらわしましょうよハイ」
「だね……じゃあシロから話すね。えっとね、この船って”第七”宝船でしょ? 当然他の宝船があと六隻ある訳なんだけど……ソレがどこにあるか知ってる?」
「…………第七ってのは"七代目”って意味で、あとの六隻はとっくに沈んでる……とかですかね? 合ってますかシロちゃん」
「……ブッブー」
シロは自らを抱きしめるように腕を交差させバッテン印を作る。
─────シロの動作や言葉の節々には、隠し切れないぎこちなさが見受けられた。しかし、それを指摘する無粋な人間はいない。少なくともこの場においては。
「正解は『艦隊として運用すると収支が終わるから、7隻それぞれが独自に貿易をして稼いでる』でした! 船員の人たちから教えて貰ったんだ」
「へぇー、かなり現実的な理由っすね。じゃあオイラからも豆知識をば」
ばあちゃるはそう言って夜空を指さす。彼の指さす先には月が浮かんでいた。
ノッペリとした真鍮色の月。冬場の廃墟を思わせる寒々しい色合いだ。
「ついさっき気づいたんすけど……実はこの世界、月が二つあるんですよねハイ」
「…………」
────彼の披露した豆知識に、シロは何故か反応しない。真鍮色の大きな月をジッと見上げている。
>>642
「……ど、どうしたんすか?」
「この世界に……月は一つしかないの。先行した仲間からの報告で、それは解ってる」
彼女はゆっくりと、空に浮かぶ真鍮色のナニカを指さした。
「え……じゃ、じゃあ! アレは何なんですか?」
「……解らない。きっと良いものじゃない」
空に浮かぶナニカが段々とサイズを増す。雨が降り出す。本物の月が隠れた。
気がつくと、いつの間にか風が吹き荒れている。船員が鐘を鳴らしている。海が不気味に凪いでいた。
「は、はやく船内に逃げよう」
薄く清楚な唇を震わせ、シロが言葉を紡ぐ。ばあちゃるの手を引く。
「ええハ────」
シロの判断は間違っていなかった。だが遅すぎた。
真鍮の柱が海面を叩く。轟音。
「────」
豪雨、耳鳴り。果てしない轟音が鼓膜を破った。
水に浮かせた枯葉の様にクルクル回る船。消える平衡感覚、現実感。
二人が船から吹き飛ばされる。シロはがむしゃらに手を伸ばし、ばあちゃるを掴む。ばあちゃるもシロを掴む。暴風。
余りの強風が二人を空に巻き上げる。
「 」
音の消えた主観風景の中、シロは巨大な牡牛を捉えた。そして悟った。
─────月に見えたのは、ただの足裏でしかない。柱に見えたのは足。
ついさっきまで水平線の向こう側にいて、たったの一歩でこちらへ来たのだろう。
多分敵意なんか一切なくて、牡牛はただ歩いてるだけなのだ。ただそれだけで災害が巻き起こる。
「 」
シロは、アレが何なのか知らない。それでもアレの巨大さは理解できた。無論その強さも。
>>643
「 」
へし折れたマストがばあちゃるの頭にぶつかる。二人は引き離され、散り散りになって飛ばされた。
─────ここは特異点。無数の浮島と怪物が闊歩する場所。人智及ばぬ魔境。
アプランが毎日放送の子会社になってビックリした
それはそうと、今回はマリン船長とラークの掘り下げ回、ハプニング回、設定の細かい補足回でした
フルスペック状態(推定)のグガランナを描写できて大満足
裏設定
ヒトツキ
危険度:C(危険だが明確な対処法アリ)
蒼い体色を持った、やや大きめのキツツキ。名前通り人の頭を一突きして、死に至らしめる。
厳密には殺すわけでは無く、大脳だけを破壊してゾンビの様な状態にしてしまう。死ぬよりある意味酷い。
なお、ヒトツキ自体は人肉を食さない。ゾンビ状態の人間というスケープゴートを造る事で天敵の腹を満たし、自分等が襲われない様にしているのでは? という説があるが、実際の所は不明
かなり危険だが『丈夫な帽子や頭防具をつける』だけで対策可能。
また、人しか狙わないので『動物の被り物でヒトツキを騙す』方法も有効。
今回のBGM
https://www.youtube.com/watch?v=undE1G2OgYA&t=2262s
おっつおっつ、島の奥の化け物に聞き覚えがある件については草、いや草じゃねぇ。従業員数にも驚かされましたな。
>>646
18人は少ないですよねやっぱ
島の奥の怪物は世界観とストーリーにいずれガッツリ絡む予定です!
>>644
ばあちゃるの日記
一日目
気がつくと、どこかの海岸に流れ着いていた。周囲には誰もいない。
何故かボールペンと日記が共に流れ着いていた(ビニール袋に包まれ濡れていなかった)ので、今後の事を書いていこうと思う。
ソウシナケレバ ナラナイ キガスル
頭が酷く痛む。記憶がハッキリしない。何か大事な使命?があった気がするが……思い出せない。
ひとまず、今日は流れ着いた物質をひたすら集めようと思う。
二日目
物資が集まった。五日分の水と携帯食料、カバン、ナイフ、キャンプセット……それと拳銃。かなりの成果だ。
周囲に誰もいないので、取り敢えず内陸に向かって歩く。人に会いたい。
三日目
砂漠。砂漠。どこまで行っても不毛の砂漠だ。サボテンすらほぼ見かけない。
砂漠にしてはそこまで気温は高くない…………気がする。ぶっちゃけこれが初砂漠(覚えている限りでは)なので、比較対象がない。
四日目
オアシスを見つけた。水を補給できた。木に果物がなっていたので、これを収穫した。しばらくここに滞在しようかとも思ったが、やめておいた。奇妙な地鳴りが聞こえたからだ。それが何なのかは知らないが、余りよい予感はしない。
それに、私は立ち止まりたくない。薄らぼんやりとした使命感が、得も言えぬ焦燥となって背中を焼くのだ。
食料と水はあと五日持つ。気張って行こう。
>>648
五日目
ふと気が付いたのだが…………この砂漠でまだ動物に会っていない。サソリとかラクダとか、一回位は見かけても良さそうなモノだが。
六日目
ここで初めて動物を見た。いや、アレを動物と判定していいのかは微妙だが。
私が見たのは巨大な芋虫。全身に凝固した砂を纏っていた。とにかくデカい、そしてノロい。
芋虫の出てきた穴からは水が噴出していた。オアシスで聞こえた地鳴りの正体は、正にアレだったのだろう。私は水だけ補給して足早に芋虫から離れた。
七日目
私の見る風景にはずっと砂しかなかったが、段々と岩も混じり始めた…………まあ大差ないか。水はまだ大丈夫だが、食料がそろそろヤバそうだ。
八日目
今日は野営の跡を見つけた。岩に打ち込まれたペグ(テントを組み立てる為の杭)の跡と、いくつかの忘れ物。
ただ、不可解な点がいくつかある。焚き火の跡が一切ない事。そして、私がこれらを考察出来ている事だ。
私は馬マスクを被っているだけの一般サラリーマン……の筈だ。
こんな異常な状況に置かれているのにも関わらず、私は冷静に行動している。良く考えてみると、これはおかしな事だ。
私の使命、未だ消えぬ使命感。それが背中を押しているのだろう。
九日目
砂、砂、たまに岩。この砂漠に変化はない。
今日で食料が尽きた。またオアシスを見つけられれば良いのだが。
>>649
十日目
腹が減った。水もそろそろ切れそうだ。生命力の減少、そして使命感と焦燥感が私を苛む。耐え難い。
砂地に足跡が見えた。多分幻覚ではない。足跡を辿ってみることにする。
十一日目
丸一日かけても足跡の主にたどり着けない。
日記を書いてる時に気が付いたのだが…………この足跡、人にしてはやたら深い。重い荷物でも担いでいるのだろうか。
水がついになくなった。人は水なしだと三日で死ぬそうだ。早く水と食料を補給しなければ。
十二日目
かなりマズイ。砂漠だからだろうか。三日はおろか、今日中すら持ちそうにない。意識が朦朧とする。日記を書いてる場合ではないのだが、如何せん歩く気力がないのだ。
……これから私は死ぬ。私の脳をかき乱すこの使命感は、あやふやなままに終わる。それが無念でならない。
マブタの裏に走馬灯が走る。会社の同僚たち、家族、友人、それと白髪の美少女。
他の人間はともかく、白髪の美少女は何なのだろうか? 幼げな見た目をしているが、妙に惹かれる。死を間際にして私のストライクゾーンが進化したようだ。
正直もっとマシな進化をして欲しかったが…………まぁ何でも良いか。
視界が暗くなってきた。もうほとんど何も見えない。奇跡的にまだ文字は書けるが、その奇跡もそう長く続かないだろう。
遠くから足音が聞こえてきた。幻聴、それとも死神の足音? どちらにせよ大差ない。
[数ページにわたって空白が続く]
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